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人類進化史における直立二足歩行と木登りの能力との関係

2018/04/27 00:00
 これは4月27日分の記事として掲載しておきます。人類進化史における直立二足歩行と木登りの能力との関係についての研究(Kozma et al., 2018)が公表されました。人類は直立二足歩行に特化し、その代償として木登りの能力は低下した(トレードオフ)、との見解は有力です。また、ホモ属出現前の人類の直立二足歩行は現代人よりも効率的ではなく、現代人よりも樹上生活に適応していた、との見解も有力です。しかし、ホモ属出現前に、アウストラロピテクス属でもおそらくはアファレンシス(Australopithecus afarensis)に分類され得る個体の歩行様式は現代人のようだった、との見解も提示されています(関連記事)。

 本論文は、骨盤形状の3D形態測定を、運動力学的な実験的測定と統合し、直立二足歩行と木登りの能力とがトレードオフ(交換)の関係にあるのか、検証しました。比較対象となったのは、現生種では現代人・類人猿・その他の霊長類で、化石類人猿と化石人類も含まれています。化石人類は、アルディピテクス属ではラミダス(Ardipithecus ramidus)、アウストラロピテクス属ではアファレンシスとアフリカヌス(Australopithecus africanus)が比較対象となりました。

 比較分析の結果明らかになったのは、ラミダスは股関節伸展の点では、直立二足歩行のさいに現代人と同様の動作が推測されたものの、一方で木登りのような垂直方向の移動のさいには類人猿のような動作が推測された、ということです。ラミダスの直立二足歩行は、木登りの能力とのトレードオフではなかっただろう、との見解を本論文は提示しています。一方、アウストラロピテクス属においては、より短い座骨から、直立二足歩行がラミダスよりも効率的になった可能性が指摘されています。さらに、アウストラロピテクス属に見られる土踏まずなど後肢の変化が直立二足歩行の効率性をさらに高めた可能性もありますが、本論文は、さらなる検証が必要だと慎重な姿勢を示しています。

 本論文は、足の母指対向性が失われ、後肢の長くなった現代人(というか、ホモ属)も、木登りのさいのエネルギー効率は樹上霊長類と同等だと指摘しています。さらに本論文は、直立二足歩行の効率性を高めるような形態の進化は、木登りの能力と機能的トレードオフの関係にあるのではなく、樹上で費やす時間の減少と、樹幹における安全性を維持する特徴への選択圧の弱化を反映しているのかもしれない、との見解を提示しています。なかなか興味深い見解で、今後の研究の進展が期待されます。


参考文献:
Kozma EE. et al.(2018): Hip extensor mechanics and the evolution of walking and climbing capabilities in humans, apes, and fossil hominins. PNAS, 115, 16, 4134–4149.
https://doi.org/10.1073/pnas.1715120115
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能動的飛行をしていた始祖鳥

2018/04/26 17:19
 始祖鳥の飛行に関する研究(Voeten et al., 2018)が公表されました。始祖鳥が羽毛の生えた翼を使って能動的飛行をしていたのか、それとも受動的滑空をしていたのか、これまでの研究で解決されていませんでした。この研究は、位相差シンクロトロン・マイクロトモグラフィーという手法を用い、化石を破壊せずに骨の内部を可視化し、始祖鳥の翼の骨の構造を分析しました。この研究は、絶滅した翼竜類から現生鳥類に至る広範囲の動物種との比較により、骨の構造から飛翔様式を高い信頼性で予測できると示し、始祖鳥が短距離飛行やバースト飛行の時に羽ばたきをする現生鳥類と類似している、と明らかにしました。始祖鳥と現生鳥類は、骨の内部構造に類似点があるものの、始祖鳥の解剖学的構造は現生鳥類の飛翔時の羽ばたきに適していないため、この研究は、始祖鳥が現生鳥類と異なる羽ばたき運動をし、異なる空中姿勢をとっていた、との見解を提示しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【化石】始祖鳥は能動的飛行をしていた

 ジュラ紀後期の恐竜である始祖鳥は動力飛行できたことを示唆する論文が、今週掲載される。始祖鳥が羽毛の生えた翼を使って能動的飛行をしていたのか、それとも受動的滑空をしていたのかという疑問は、これまでの研究で解決されていない。

 今回、Dennis Voetenたちの研究グループは、位相差シンクロトロン・マイクロトモグラフィーという手法を用いて化石を破壊せずに骨の内部を可視化し、始祖鳥の翼の骨の構造を分析した。Voetenたちは、絶滅した翼竜類から現生鳥類に至る広範囲の動物種との比較により、骨の構造から飛翔様式を高い信頼性をもって予測できることを示し、始祖鳥が、短距離飛行やバースト飛行の時に羽ばたきをする現生鳥類と類似していることを明らかにした。

 始祖鳥と現生鳥類は、骨の内部構造に類似点があるが、始祖鳥の解剖学的構造は現生鳥類の飛翔時の羽ばたきに適していないため、Voetenたちは、始祖鳥が現生鳥類と異なる羽ばたき運動をし、異なる空中姿勢をとっていたと考えている。



参考文献:
Voeten DFAE. et al.(2018): Wing bone geometry reveals active flight in Archaeopteryx. Nature Communications, 9, 923.
http://dx.doi.org/10.1038/s41467-018-03296-8
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アメリカ大陸と東アジアにおいてシャベル状切歯が高頻度で見られる理由

2018/04/26 00:00
 これは4月26日分の記事として掲載しておきます。アメリカ大陸と東アジアにおいてシャベル状切歯が高頻度で見られる理由についての研究(Hlusko et al., 2018)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。アメリカ大陸先住民集団と東アジア地域集団においては、他地域ではほとんど見られないシャベル状切歯が高頻度で見られます。これは、東アジアにおける数十万年(もしくは百万年)以上の継続的な人類進化の根拠だとして、現生人類(Homo sapiens)多地域進化説的な立場からかつてはよく言及されていました。しかし近年では、複数の表現型に関わっているエクトジスプラシンA受容体(EDAR)遺伝子の多様体のうち、アメリカ大陸先住民集団や東アジア地域集団において高頻度で見られる「EDAR V370A」がシャベル状切歯と関わっており、その変異は3万年前頃に東アジアで生じた、との見解も提示されています(関連記事)。

 本論文は、「EDAR V370A」の機能と人類遺骸標本を改めて検証し、アメリカ大陸と東アジアにおけるシャベル状切歯の定着に関して新たな見解を提示しています。「EDAR V370A」は、シャベル状切歯の形成だけではなく、汗腺密度や乳腺管分岐にも関与しています。汗腺密度にも関わっていることから、「EDAR V370A」がアメリカ大陸と東アジアにおいて高頻度で定着したことを、皮を鞣す習慣や寒冷化と関連づける見解もあります。しかし、寒冷化との関連ならば、もっと北方で変異が生じ、まず定着した可能性も考えられます。

 本論文は、「EDAR V370A」が乳腺管分岐を増大させる役割を担っていることに注目しています。乳腺管分岐の増大により、母親から乳児への栄養補給が増大すると予測されます。本論文は、これが高緯度地帯において重要になる、と推測しています。高緯度地帯では低緯度地帯と比較して紫外線量が少なく、紫外線を浴びて体内でじゅうぶんな量のビタミンDを合成することが難しくなっています。そのため、高緯度地帯では少ない紫外線量を効率的に受け取れる薄い色の肌が濃い色の肌より適応的となります。しかし、動物脂肪からビタミンDを摂取できるので、高緯度地帯の住民は、たとえばアザラシのような脂肪が豊富な海棲哺乳類を食べていれば、肌の色が薄くなくとも、生きていくことができます。ビタミンDが不足すると、カルシウムの吸収が低下し、免疫機能や脂肪性組織に悪影響を及ぼします。

 しかし、(更新世というか前近代の)乳児は母乳を通じてビタミンDを摂取するしかないので、乳腺管分岐の増大をもたらす「EDAR V370A」は高緯度地帯において適応的だったのではないか、と本論文は推測しています。その意味で、「EDAR V370A」が出現して定着した地域は東アジアではなくベーリンジア(ベーリング陸橋)で、それは2万年前頃だったのではないか、との見解を本論文は提示しています。近年では、人類はアメリカ大陸に進出する前に、28000〜18000年前頃の最終最大氷期を含む寒冷期に、ベーリンジアに孤立した状態で1万年程度留まっていた、とするベーリンジア潜伏モデルが有力説になっています(関連記事)。この「潜伏」期間に、シャベル状切歯の形成に関わる「EDAR V370A」が、乳腺管分岐の増大をもたらす効果により、正の選択で孤立した集団において定着したのではないか、というわけです。この見解の傍証としては、ヨーロッパ勢力侵出前のアメリカ大陸において、住民のほぼ100%にシャベル状切歯が見られることも指摘されています。アメリカ大陸と東アジアにおけるシャベル状切歯の定着の理由として、なかなか興味深い見解だと思います。



参考文献:
Hlusko LJ. et al.(2018): Environmental selection during the last ice age on the mother-to-infant transmission of vitamin D and fatty acids through breast milk. PNAS.
https://doi.org/10.1073/pnas.1711788115
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バルト海における侵入種による生態系への影響

2018/04/25 18:51
 バルト海における侵入種による生態系への影響に関する研究(Kotta et al., 2018)が公表されました。この研究は、ミナトオウギガニ(Rhitropanopeus harrisii)を対象とした個体数調査を監視した長期データと野外実験を組み合わせることで、ミナトオウギガニの侵入の影響を記録しました。この研究は、ミナトオウギガニが2011年に到来し、その個体数がその後の2年間で急増した一方で、底生の(海底に生息する)無脊椎生物のバイオマスと種数が、それぞれ61%と35%減少したことを明らかにしました。また、ミナトオウギガニの生息域では、優占種の二枚貝類の個体数が減少し、ミナトオウギガニの主な食餌であるハマグリ・ザルガイ・巻貝類・紐形動物が消滅したことも明らかになりました。

 さらに、二枚貝のカワホトトギスガイ(Dreissena polymorpha)とケヤリムシ科の海生環形動物(Laonome sp.)という侵入種2種のバイオマスが増加し、海水の栄養素含量も増加していました。この研究は、カワホトトギスガイの殻が在来種の二枚貝よりもかなり硬く、ミナトオウギガニが容易に捕食できないことを指摘しています。そのため、ミナトオウギガニが在来種の二枚貝を捕食する可能性が高くなり、通常は在来種の二枚貝によって消費される植物プランクトンのバイオマスが間接的に増加しました。これが、侵入種2種の個体数増加の基盤になっている、と考えられています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【生態学】バルト海に侵入したミナトオウギガニによる生態系のレジームシフト

 バルト海にミナトオウギガニ(Rhitropanopeus harrisii)という侵入種が到来したことで、食物網内の資源の支配が急激に変化し、そのまま続いていることを報告する論文が今週掲載される。この新知見は、種の個体数が、その生息環境における栄養素、食物、空間の利用可能性ではなく、捕食によって調節されるようになったことを示唆している。

 今回、Jonne Kottaたちの研究グループは、ミナトオウギガニを対象とした個体数調査を監視した長期データと野外実験を組み合わせることで、ミナトオウギガニの侵入の影響を記録した。Kottaたちは、ミナトオウギガニが2011年に到来し、その個体数がその後の2年間で急増した一方で、底生の(海底に生息する)無脊椎生物のバイオマスと種数が、それぞれ61%と35%減少したことを明らかにした。また、ミナトオウギガニの生息域では、優占種の二枚貝類の個体数が減少し、ミナトオウギガニの主な食餌であるハマグリ、ザルガイ、巻貝類、紐形動物が消滅したことも判明した。さらに、二枚貝のカワホトトギスガイ(Dreissena polymorpha)とケヤリムシ科の海生環形動物Laonome sp.という侵入種2種のバイオマスが増加し、海水の栄養素含量も増加していた。

 Kottaたちは、カワホトトギスガイの殻が在来種の二枚貝よりもかなり硬く、ミナトオウギガニが容易に捕食できないことを指摘している。そのため、ミナトオウギガニが在来種の二枚貝を捕食する可能性が高くなり、通常は在来種の二枚貝によって消費される植物プランクトンのバイオマスが間接的に増加した。このことが、カワホトトギスガイとLaonome sp.の個体数増加の基盤になっているとKottaたちは考えている。



参考文献:
Kotta J. et al.(2018): Novel crab predator causes marine ecosystem regime shift. Scientific Reports, 8, 4956.
http://dx.doi.org/10.1038/s41598-018-23282-w
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衣笠祥雄氏死去(過去と現在のプロスポーツの水準の比較)

2018/04/25 00:00
 これは4月25日分の記事として掲載しておきます。衣笠祥雄氏が71歳で亡くなりました。先週木曜日(2018年4月19日)にBS放送での解説を担当しており、かなり体調が悪そうだったとのことですが、もう十数年前にプロ野球への関心を失ってしまった私は、そうしたことをまったく知りませんでした。しかし、プロ野球に関心を抱いていた頃の有名選手なので、やはり寂しいものです。衣笠氏の現役生活晩年に関しては、批判も少なくないでしょうが・・・。死因は大腸癌とのことで、マスコミに最後となった解説はかなり辛かったのではないでしょうか。ご冥福をお祈り申し上げます。

 衣笠氏の訃報に接して、かねてより考えていたことをまとまりもなく述べますが、それは、現在と過去とでプロスポーツの水準はどれだけ違うのか、ということです。現在の方が昔より水準は上に決まっている、との見解を支持する人は多いでしょうし、プロ野球で言えば、球速のような「客観的数値」を根拠とする人もいるでしょう。ただ、これも、昔と今とで球速測定の基準が同じなのか、現在でも、それは球場により異なるのではないか、といった素朴な疑問を抱いてしまいます。まあ、プロ野球への関心を失って久しいので、的外れな疑問かもしれませんが。

 素朴な疑問と言えば、少子化が進む中、いかに練習法や体調管理が昔より向上しているだろうとはいえ、昔よりも水準が下がっていると考えるのが妥当ではないか、とも思います。野球人気の低下も通俗的にはよく言われているようですから、その点からも現在のプロ野球の水準が昔より向上しているのか、疑問が残ります。高校野球の部員数や子供の平均体力の推移といったデータと組み合わせれば、ある程度は定量的に検証できるのかもしれませんし、そうした研究はすでにあるのかもしれませんが、この問題についてほとんどまったく調べてこなかった私には、その取っ掛かりを掴むことが容易ではありません。まあ、そんなに真剣に知りたいわけではないので、調べるのに時間を割こうとは考えていませんが。

 現在と過去の水準との比較という点では、大相撲も気になります。大相撲も、昔より現在の方が高水準に決まっている、との見解が一般には根強いかもしれません。しかし、21世紀になってモンゴル出身力士の活躍がとくに目立ち、ヨーロッパ出身力士も20世紀までよりもずっと活躍しているとはいえ、かつては活躍したハワイ出身力士は逆にほとんど見なくなりましたし、何よりも、昔も今も圧倒的多数を占めるだろう日本出身力士に関しては、やはり少子化を考慮しなければならないでしょう。

 大相撲に関しては、新弟子検査があるので、その人数・体格の推移を見ていけば、ある程度は新弟子の「素質」を定量化できそうではあります。まあ、こちらもさほど真剣に知りたいわけではないので、調べるのに時間を割こうとは考えていませんが、単なる憶測を述べると、現在は1990年代と比較して水準が下がっている可能性もあると思います。そうだとすると、たとえば険悪な関係にあるとされる白鵬関と貴乃花関(現在は貴乃花親方)との比較も、単純に成績では白鵬関が圧倒していますが、実際の力関係は成績ほどには差がない、もしくは逆転する可能性も考えられます。じっさい、貴乃花関と白鵬関の両横綱と対戦した元力士の中には、最強の力士として貴乃花関を挙げる人も少なくないようです。はっきりと記憶しているわけではありませんが、具体的には雅山関(現在は二子山親方)と若の里関(現在は西岩親方)です。

 まあ、白鵬関と貴乃花関の比較は、貴乃花関はガチンコだったらしいとか、貴乃花関は関取が多数いた二子山部屋所属で対戦相手に恵まれていたとか、比較の難しいところではありますが。両横綱をリアルタイムで見てきた私の印象論を述べると、白鵬関は貴乃花関にたいして優位(10回対戦すれば7〜8回は勝てそう)ではないか、と思います。横綱昇進以降の白鵬関を最も苦しめたのが日馬富士関であったことを考えると、白鵬関に通用しそうなのは速さと技の上手さを兼ね備えた力士で、もちろん、力があればなおさらよいでしょう。その意味で、貴乃花関よりも兄の若乃花関の方が白鵬関に通用しそうです。また、過去の横綱で白鵬関と好勝負できそうなのは、千代の富士関と北の湖関でしょうか。まあ、私の妄想にすぎませんが。
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ホモ属出現前に現代人のように歩いていた人類

2018/04/24 17:22
 366万年前頃の人類の歩行様式についての研究が報道されました。アメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴ市で今月(2018年4月)21日〜25日にかけて開催中の実験生物学2018年度年次総会で公表されました。この研究は、タンザニアのラエトリ(Laetoli)で発見された366万年前頃の足跡を詳細に分析しました。ラエトリの足跡はアウストラロピテクス属のものと推測されており、アファレンシス(Australopithecus afarensis)に分類されています。ラエトリの足跡の分析からは、アファレンシスの性的二型は大きかった、と推定されています(関連記事)。

 アファレンシスに関しては、後のホモ属よりも樹上生活に適応しており、直立二足歩行の様式は現代人と異なっており、現代人よりも非効率的だっただろう、と推測されています(関連記事)。アファレンシスは前かがみの姿勢で歩いていたのではないか、というわけです。これは、アファレンシスの中でもとくに有名な化石である「ルーシー(A.L. 288-1)」の分析に基づいています。しかし、別の360万年前頃のアファレンシス化石(KSD-VP-1/1)の分析からは、アファレンシスがルーシーの分析から想定されるよりも直立二足歩行に適応していた、との見解も提示されています(関連記事)。

 この研究は、ラエトリの足跡を実験的手法で検証しました。現代人が直立して歩いた時と前かがみ姿勢で歩いた時の足跡が、ラエトリの足跡と比較されました。その結果、ラエトリの足跡は、現代人の直立二足歩行のさいの足跡と一致していた、と明らかになりました。直立二足歩行は、類人猿的な前かがみの姿勢での二足歩行よりエネルギー消費が少なくなります。そのため、より遠方にまで食料を探しに行けます。環境変化により、エネルギー消費が少なくなるような歩行様式への選択圧が生じ、ホモ属の出現(250万〜200万年前頃?)よりも前の360万年前頃までには、人類(の一部?)はじゅうらいの想定よりも現代人に近いような歩行様式へと進化したのではないか、とこの研究は推測しています。

 ただ、上記報道でも指摘されているように、この研究の推測が妥当だとして、人類系統がいつ現代人のような歩行様式へと進化したのか、まだ不明です。これは人類進化の研究においてたいへん関心の高い問題でしょうが、その解明のためには、現時点ではあまりにも証拠が不足しています。新たな化石証拠や足跡とともに、既知の資料の見直しも必要になるでしょう。また、現代人と現生類人猿とは確かに歩行様式が異なりますが、現生類人猿のなかでも現代人と近縁なゴリラとチンパンジーの歩行様式が、現代人・チンパンジー・ゴリラの最終共通祖先と類似していたのか疑わしいので(関連記事)、そうした観点からの検証も必要でしょう。
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山岳地帯の鳥類の多様性

2018/04/24 17:21
 山岳地帯の鳥類の多様性に関する研究(Quintero, and Jetz., 2018)が公表されました。山脈は、進化が生じるさいに重要な役割を担っています。生物種の豊富さの標高に応じた低下は、生物多様性の緯度方向の勾配に次いで、生態系で最も普遍的に見られるパターンの一つです。山脈は複雑で多様な地形になっており、高度に分離していることが多く、生息地としては新種の発生につながる個体群の遺伝的隔離が生じやすくなっているわけです。ただ、そうした特性のために山岳地帯の研究は困難なので、標高に伴う多様性の勾配の根底にある過程については、共通した見解は得られていません。

 この研究は、世界の主要な山脈46ヶ所に生息する8470の鳥類種(既知の鳥類種全体の約85%)の分布と多様性、進化を調べました。これまでの数多くの研究では、種の多様性が中程度の標高で最大化するとされてきましたが、この研究は、中程度の標高に生息するさまざまな鳥類種の過剰提示を補う新しいサンプリング法を用いて、全ての山脈において種の豊かさが標高の増加に伴って減少することを明らかにしました。標高の高い地域では、1日の気温変動や風力と日射量が大きくなるなど極端な環境条件になる。

 この研究は、さまざまな鳥類種の進化的類縁関係を調べ、標高が高くなると種の集合体の分布がまばらになることと、種の多様化速度の上昇が関連することを明らかにしました。この新知見は、最近になって新種の出現率が低下したために生物相の多様性が減少した、とする学説と真っ向から対立しています。この研究は、標高の高い地域に存在する高地に適応した独特な生物相を維持するためには、種の多様化という現在も継続する強力なプロセスが必要だと考えています。

 さらに、この研究は、過去に気温の変化率が高かった山岳地帯に生息する種の集合体は、より急速に多様化することも明らかにしました。この新知見は、山岳地帯で進化が発生する上で気候の変動が重要であることを明確に示しています。また、この新知見は、現在進行中の、そしてごく最近起こったものであることの多い多様化の過程が、高い標高域に見られる独特で高度に適応した生物多様性の維持において担っている役割を浮き彫りにしている。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


【生態学】山岳地帯の鳥類種の多様性

 山岳地帯の鳥類個体群は、標高が増すにつれて多様性が減少するが、多様化は速くなることを明らかにした論文が、今週掲載される。この新知見は、種の豊かさが中程度の標高で最大化し、種の豊かな個体群を維持するためには局所的な多様化速度が高いことが必要だ、という長年の考え方に反した内容になっている。

 山脈は、進化が生じる際に重要な役割を担っている。山脈は、複雑で多様な地形になっており、高度に分離していることが多く、生息地としては新種の発生につながる個体群の遺伝的隔離が生じやすい。それと同時に、こうした特性のために山岳地帯の研究は困難を極めることがよく知られている。

 これに対して、今回のIgnacio QuinteroとWalter Jetzの研究では、世界の主要な山脈(46か所)に生息する8470の鳥類種(既知の鳥類種全体の約85%)の分布と多様性、進化を調べた。これまでの数多くの研究では、種の多様性が中程度の標高で最大化するとされてきたが、QuinteroとJetzは、中程度の標高に生息するさまざまな鳥類種の過剰提示を補う新しいサンプリング法を用いて、全ての山脈において種の豊かさが標高の増加に伴って減少することを明らかにした。標高の高い地域では、1日の気温変動や風力と日射量が大きくなるなど極端な環境条件になる。

 QuinteroとJetzは、さまざまな鳥類種の進化的類縁関係を調べて、標高が高くなると種の集合体の分布がまばらになることと種の多様化速度の上昇が関連することを明らかにした。この新知見は、最近になって新種の出現率が低下したために生物相の多様性が減少した、とする学説と真っ向から対立している。これに対してQuinteroとJetzは、標高の高い地域に存在する高地に適応した独特な生物相を維持するためには、種の多様化という現在も継続する強力なプロセスが必要だと考えている。

 さらに、QuinteroとJetzは、過去に気温の変化率が高かった山岳地帯に生息する種の集合体はより急速に多様化することも明らかにした。この新知見は、山岳地帯で進化が発生する上で気候の変動が重要であることを明確に示している。


進化学:全球の標高多様性と鳥類の多様化

進化学:鳥類の種の豊富さで見る、山岳地帯の生物多様性

 生物種の豊富さの標高に応じた低下は、生物多様性の緯度方向の勾配に次いで、生態系で最も普遍的に見られるパターンの1つである。しかし、こうした標高に伴う多様性の勾配の根底にある過程については、共通した見解は得られていない。今回I QuinteroとW Jetzは、世界の46の主要な山系について、鳥類の種の豊富さに見られる標高に伴う勾配の進化的基盤を調べた。その結果、全ての山岳地帯において、種の豊富さは標高とともに直線的に低下するが、多様化の速度は上昇することが分かった。これらの知見は、高い多様化速度が高標高域に種の豊富さをもたらしてそれを維持する、という見方を否定するとともに、現在進行中の、そしてごく最近起こった多様化が高標高域での高度に適応したな生物多様性の維持に役割を果たしていることを示している。



参考文献:
Quintero I, and Jetz W.(2018): Global elevational diversity and diversification of birds. Nature, 555, 7695, 246–250.
http://dx.doi.org/10.1038/nature25794
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アフリカ低緯度地帯の東西の狩猟採集民と農耕民の人口史

2018/04/24 00:00
 これは4月24日分の記事として掲載しておきます。アフリカ低緯度地帯の東西の狩猟採集民と農耕民の人口史に関する研究(Lopez et al., 2018)が報道されました。人間の健康に有害な変異の多様性に関する研究は、感染症や自己免疫疾患のような「複雑な」疾患の危険性を高める変異の識別において重要です。こうした有害な変異の多様性は人口史の影響を受けていると予測され、人口史は生存戦略に影響を受けると考えられます。

 本論文は、アフリカの低緯度地帯の東西の狩猟採集民(ピグミー)と農耕民(バンツー語族)計300人のゲノム多様性を比較し、その人口史を復元するとともに、有害な変異の蓄積が異なっているのか、検証しました。過去2万年間の両集団の人口史は対照的で、狩猟採集民の方は人口サイズが80%にまで低下したのにたいして、農耕民の方は人口が3倍に増加しました。これは、狩猟採集と農耕という生活様式の違いに起因すると考えられます。

 有害な変異の蓄積は人口史に影響を受けると考えられるので、狩猟採集民と農耕民とに違いがある、と予測されました。しかし、現在の有害な変異の蓄積は両集団で類似していました。これは、狩猟採集民の方がかつては農耕民の祖先集団と同じくらいの人口規模を有しており、遺伝的多様性が高かったことと、狩猟採集民と農耕民との間の交雑が絶えなかったことが要因ではないか、と推定されています。他地域での同様の研究の進展が期待されます。


参考文献:
Lopez M. et al.(2018): The demographic history and mutational load of African hunter-gatherers and farmers. Nature Ecology & Evolution, 2, 721–730.
https://dx.doi.org/10.1038/s41559-018-0496-4
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新石器時代のウシの頭蓋手術?

2018/04/23 18:34
 新石器時代のウシの頭蓋に開けられた穴についての研究(Rozzi, and Froment., 2018)が公表されました。人類史において頭蓋手術の最古の証拠は中石器時代のもので、穿頭術(頭蓋骨の層に穿孔、切断、または削り取りによって穴を開ける手術)の証拠の残る最古のヒト頭蓋骨は、過去に用いられた技術に類似した技術が使用されたことを示唆しています。この研究は、フランスのシャンデュラン(Champ-Durand)の新石器時代となる紀元前3400〜紀元前3000年頃の遺跡で発見されたウシの頭蓋骨を分析しました。

 その結果、ウシの右前頭葉の骨に穴が開いていたと明らかになったものの、頭部の強打と一致する骨折や破片は見つかりませんでした。そのため、別のウシの角で突かれた跡とも考えられました。しかし、この穴の断面がほぼ正方形で、外部の力による圧力を示す痕跡がなく、穴の周囲に切り痕があるので、この穴の原因が外科的処置であった可能性が示唆されます。また、治癒の証拠が見つかっていないので、この外科的処置がウシの死体を使って行なわれたか、処置中にウシが死んだことが示唆されています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【考古学】新石器時代に行われていたウシの頭蓋手術

 新石器時代遺跡(紀元前3400〜3000年)で発見されたウシのほぼ完全な頭蓋骨の分析が行われ、ウシの頭蓋手術が行われた可能性が示唆されていることを報告する論文が、今週掲載される。この新知見は、動物の外科的実験が行われていたことを示す最古の証拠となる可能性がある。

 ヒトの歴史において頭蓋手術の最古の証拠は中石器時代(紀元前約1万〜2700年)のもので、穿頭術(頭蓋骨の層に穿孔、切断、または削り取りによって穴を開ける手術)の証拠の残る最古のヒト頭蓋骨は、過去に用いられた技術に似た技術が使用されたことを示唆している。

 今回、Fernando Ramirez RozziとAlain Fromentは、シャンデュラン(フランス)の新石器時代遺跡で発見されたウシの頭蓋骨を分析した。右前頭葉の骨に穴が開いていたが、頭部の強打と一致する骨折や破片は見つからなかった。そのため、別のウシの角で突かれた跡とも考えられた。しかし、この穴の断面がほぼ正方形であること、外部の力による圧力を示す痕跡がないこと、穴の周囲に切り痕があることから、この穴の原因が外科的処置であった可能性が示唆される。また、治癒の証拠が見つかっていないことから、この外科的処置がウシの死体を使って行われたか、処置中にウシが死んだことが示唆されている。



参考文献:
Rozzi FR, and Froment A.(2018): Earliest Animal Cranial Surgery: from Cow to Man in the Neolithic. Scientific Reports, 8, 5536.
https://dx.doi.org/10.1038/s41598-018-23914-1
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周期ゼミの交雑

2018/04/23 18:33
 周期ゼミの交雑に関する研究(Fujisawa et al., 2018)が公表されました。周期ゼミは、幼虫として生涯の大半を地中で過ごし、樹木の根から樹液を吸っています。13年間あるいは17年間の地中での生活の後、それぞれのブルード(同じ周期で同時発生する周期ゼミのグループ)のセミが同時に発生し、最終的に脱皮して成虫になり、1ヶ月足らずとなる生涯の最後の日々は繁殖に力を注ぎます。周期ゼミは3種群7種に分類され、それぞれの種群は、17年ゼミ1種と13年ゼミ1種または2種から構成されています。13年ゼミと17年ゼミの同じ種が同時に発生するのは、わずかな例外はあるものの、221年に一度です。また、13年ゼミと17年ゼミの地理的分布に有意な重複は見られません。

 この研究は、7種の周期ゼミのRNA塩基配列を解読し、それらの相互関係の解明を進めました。その結果、意外なことに、周期ゼミのそれぞれの種群において、17年ゼミ種とそれに最も近縁な13年ゼミ種との間に交雑があったことを示す証拠が見つかりました。こうした交雑があったものの、それぞれの種に特有の生活史は、最長20万年にわたって維持されています。この研究では、こうした平行分岐の遺伝学的説明を明確に示すことができませんでした。今後、進化の過程でこうしたさまざまな生活史が維持される仕組みの解明を進めるには、これらの周期ゼミ種のゲノム全体について塩基配列解読を行うことが必要だと指摘されています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【動物学】周期ゼミの交雑を示す遺伝学的証拠

 13年ゼミと17年ゼミとの交雑を示す遺伝学的証拠について報告する論文が、今週掲載される。この新知見は、意外なものと言える。13年ゼミと17年ゼミは極めて近縁な関係にあるが、両者の遭遇はまれにしか起こらないからだ。

 周期ゼミは、幼虫として生涯の大半を地中で過ごし、樹木の根から樹液を吸っている。13年間あるいは17年間の地中での生活の後、それぞれのブルード(同じ周期で同時発生する周期ゼミのグループ)のセミが同時に発生し、最終的に脱皮して成虫になる。そして、生涯の最後の日々(1か月足らず)は繁殖に力を注ぐ。周期ゼミは、3種群7種に分類され、それぞれの種群は、17年ゼミ1種と13年ゼミ1種または2種から構成されている。13年ゼミと17年ゼミの同じ種が同時に発生するのは、わずかな例外はあるものの、221年に一度となっている。また、13年ゼミと17年ゼミの地理的分布に有意な重複は見られない。

 今回、京都大学大学院理学研究科の曽田貞滋(そた・ていじ)たちの研究グループは、7種の周期ゼミのRNA塩基配列を解読し、それらの相互関係の解明を進めた。その結果、意外なことに、周期ゼミのそれぞれの種群において、17年ゼミ種とそれに最も近縁な13年ゼミ種との間に交雑があったことを示す証拠が見つかった。こうした交雑があったものの、それぞれの種に特有の生活史は、最長20万年にわたって維持されている。これに対して、曽田たちは、この平行分岐の遺伝学的説明を明確に示すことができなかった。今後、進化の過程でこうしたさまざまな生活史が維持される仕組みの解明を進めるには、これらの周期ゼミ種のゲノム全体について塩基配列解読を行うことが必要になっている。



参考文献:
Fujisawa T. et al.(2018): Triplicate parallel life cycle divergence despite gene flow in periodical cicadas. Communications Biology, 1, 26.
https://dx.doi.org/10.1038/s42003-018-0025-7
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人類の影響による後期更新世以降の哺乳類の身体サイズの低下

2018/04/23 00:00
 これは4月23日分の記事として掲載しておきます。人類の影響による後期更新世以降の哺乳類の身体サイズの低下に関する研究(Smith et al., 2018)が報道されました。日本語の解説記事もあります。ロイターでも報道されました。現在、人類の活動により大型動物が絶滅危険に陥っていることはよく知られています。本論文は、この傾向が近代以降の新しい現象なのか、それともさらに古い時代からの傾向なのか、後期更新世以降を対象に世界規模で検証しました。

 すでに、後期〜末期更新世において人類の拡散にともない大型動物が絶滅したことは、アメリカ大陸(関連記事)や更新世の寒冷期にはニューギニア島・タスマニア島と陸続きでサフルランドを形成していたオーストラリア大陸(関連記事)の事例が指摘されていました(これらの地域での大型動物の絶滅には気候変動の影響が大きかった、との説も提示されていますが)。本論文は、オーストラリア大陸やアメリカ大陸のみならず、ユーラシア大陸やアフリカ大陸も対象として、後期更新世以降の哺乳類の多様性の変容を検証しました。

 本論文は125000年前頃以降を主要な検証対象とし、この期間を、125000〜70000年前頃の後期更新世、70000〜20000年前頃の末期更新世、20000〜10000年前頃の終末期更新世、10000万年前頃以降の完新世に区分するとともに、今後200年間も対象としてその傾向を予測しています。本論文が強調しているのは、後期〜終末期更新世における哺乳類の絶滅には、顕著なサイズ偏向性が見られる、ということです。この期間に絶滅した哺乳類は生き残った哺乳類よりも平均して2〜3倍大きく、これは世界中で見られた傾向でした。一方、完新世になると哺乳類の絶滅のサイズ偏向性が低下しますが、これは身体サイズの小さな動物が生息地の変化・捕食動物の導入・都市化のために絶滅危険性にたいして脆弱になったことを反映しているのではないか、と推測されています。また、終末期更新世までに大型哺乳類の多くが絶滅し、その後は人類にたいして比較的強靭な大型動物が生き残ったため、完新世になってサイズ偏向性が弱まったのかもしれません。

 非アフリカ地域では、後期更新世における大型哺乳類の絶滅は、現生人類(Homo sapiens)の拡散以降に顕著になります。まずはユーラシア大陸、続いてオーストラリア大陸、最後にアメリカ大陸と、現生人類がアフリカから拡散していった時期に大型哺乳類が絶滅していきました。この知見は、狩猟も含めて現生人類の活動が大型動物を絶滅に追いやった、とのこれまでの有力説と整合的です。本論文は、西ヨーロッパに拡散してきた現生人類の人口が、ネアンデルタール人の10倍ほどまで急増したと推測されていることから、アフリカから拡散した現生人類の人口急増も、大型哺乳類絶滅の一因になったのではないか、と指摘しています。

 一方、気候変動によるサイズ偏向性絶滅の証拠は、後期更新世よりも前において、過去6600万年間(つまり新生代)に見られませんでした。こうした顕著なサイズ偏向性絶滅は、これよりも前では白亜紀末期の大量絶滅まで確認されていません。このような世界的規模での大型哺乳類の絶滅は、集団を形成して道具や火を使う人類により可能だったのだろう、と推測されています。とくにアメリカ大陸では終末期更新世に平均体重が劇的に低下し、北アメリカ大陸では陸生哺乳類の平均体重が98.0kgから7.6kgに低下しました。当時、人類はすでに現生人類のみとなっており、効率的な遠距離武器の開発により、大型哺乳類の大絶滅が起きたのではないか、と推測されています。

 しかし本論文は、すでに125000年前頃において、アフリカでは大型哺乳類の生息が可能なほどの生態系が存在したにも関わらず、他の大陸よりも哺乳類の平均体重が50%低かったことも明らかにしています。これは、アフリカにおける人類と哺乳類との、他の大陸よりも長い相互作用史を反映している、と本論文は解釈しています。そのため本論文は、大型哺乳類の大量絶滅といった生態系への大きな影響は、現生人類のみならず人類の一般的な傾向ではないか、と示唆しています。種区分未定のデニソワ人(Denisovan)やネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)も、現生人類と同様に後期更新世には生態系に影響を与えたのではないか、というわけです。

 本論文はさらに、今後200年間の動向も推測しています。大型哺乳類の絶滅傾向が続けば、数百年後には、地上最大の生物は体重900kgの家畜ウシ(Bos taurus)になるかもしれない、と本論文は指摘しています。ただ、上述したように、完新世以降には哺乳類絶滅のサイズ偏向性が低下していますし、現在の動物保護政策では小型の動物より象などの大型動物のほうが恩恵を受ける、との指摘もあります。また、大型哺乳類には草食動物が多く、大量の植物を食べて栄養素を生態系周辺に輸送するので、大型哺乳類絶滅の傾向が続けば生態系は大きな影響を受けるのではないか、とも懸念されています。

 人類の活動による動物の絶滅に顕著なサイズ偏向性があるとの見解は、かなり確実性が高いと思います。本論文が示唆するように、これは現生人類だけではなく、ネアンデルタール人など他系統のホモ属でも同様だったのでしょう。ただ、人口(集団規模)・技術などの違いにより、現生人類はとくに多くの大型動物を絶滅に追いやった、ということなのでしょう。大型動物は目につきやすく、仕留められれば多くの人を養えるため、ホモ属は好機と判断すれば積極的に大型動物を狙ったのでしょう。「自然と共生する先住民」といった言説は現代社会では珍しくないようですが、そうした言説は慎重に検証されるべきだと思います。


参考文献:
Smith FA. et al.(2018A): Body size downgrading of mammals over the late Quaternary. Science, 360, 6386, 310-313.
http://dx.doi.org/10.1126/science.aao5987
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フロレシエンシスとさまざまな人類との頭蓋形態の比較

2018/04/22 18:57
 取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、インドネシア領フローレス島のリアンブア(Liang Bua)洞窟遺跡で発見された後期更新世の人類遺骸と、さまざまな系統の人類との頭蓋形態を比較した研究(Baab et al., 2013)が公表されました。リアンブア洞窟で発見された後期更新世の人類遺骸は、ホモ属の新種フロレシエンシス(Homo floresiensis)と分類されました。フロレシエンシスがどのホモ属から進化したのか、本論文の刊行から5年近く経過した2018年4月時点でも議論が続いています。フロレシエンシスの起源をめぐる議論について大別すると、エレクトス(Homo erectus)の子孫で島嶼化により小型化した、という仮説と、エレクトスよりも祖先的な人類系統、たとえばハビリス(Homo habilis)から進化した、という仮説が提示されています。後者においても、島嶼化によるフロレシエンシスの小型化が否定されているわけではありません。

 一方で、フロレシエンシスは病変の小柄な現生人類(Homo sapiens)集団との見解も提示されています。その病変とは、小頭症・クレチン病・ラロン型小人症などです。本論文は、フロレシエンシスの正基準標本とされるLB1の頭蓋形態と、現生人類では健康な現代人・小頭症など病変の現代人・化石現生人類、絶滅(古代型)ホモ属ではネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)・ハイデルベルク人(Homo heidelbergensis)・エレクトス・ハビリスの頭蓋形態を比較しました。

 その結果、LB1は健康な現代人のみならず病変の現代人とも明確に区別でき、全体的には古代型ホモ属と類似している、と明らかになりました。本論文は、後期更新世のフローレス島の人類はホモ属の新種(Homo floresiensis)として区分され得る、と改めて強調しています。古代型ホモ属のなかでもとくにLB1と類似しているのは、広義のエレクトス、具体的には180万〜170万年前頃のジョージア(グルジア)のドマニシで発見された人類遺骸です。ただ、本論文は、LB1と広義のエレクトスとの類似性が、人類進化系統樹におけるフロレシエンシスの位置づけを直ちに決定するわけではない、と慎重な姿勢を示しています。なお、本論文の筆頭著者が再び筆頭著者となった3年後(2016年)の論文では、LB1がダウン症の現生人類との説が否定されています(関連記事)。


参考文献:
Baab KL, McNulty KP, Harvati K (2013) Homo floresiensis Contextualized: A Geometric Morphometric Comparative Analysis of Fossil and Pathological Human Samples. PLoS ONE 8(7): e69119.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0069119
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大河ドラマ『西郷どん』第15回「殿の死」

2018/04/22 18:56
 今回は、13代将軍である徳川家定の後継者をめぐる政争が急展開しました。西郷吉之助(隆盛)は橋本左内とともに京都に赴き、朝廷工作を進めます。すでに篤姫(於一、天璋院)が一橋(徳川)慶喜を次の将軍とするよう、家定に進言し、家定が承認したこともあり、情勢は一橋派に一気に傾いたかに見えました。しかし、家定が倒れて重体に陥り、その隙に徳川慶福(家茂)を次の将軍に推す南紀派が巻き返しを図ります。井伊直弼は大老に就任し、次期将軍を慶福と決定します。

 吉之助は薩摩に戻り、主君である島津斉彬に、一橋派が敗れたことを伝えます。斉彬は吉之助に役目を解くと伝え、万策尽きた、と吉之助は落胆します。そんな吉之助を励ましたのは大久保正助(利通)でした。家定は亡くなり、斉彬も万策尽きて自暴自棄になりかけますが、正助に励まされた吉之助は強引に斉彬と面会し、挙兵を勧めます。京都で馬揃えを行なうことで朝廷に圧力をかけて勅許を得よう、というわけです。斉彬は吉之助の進言を受けて覚悟を決めます。吉之助は斉彬の命で京都に向かい、諸藩の説得工作に従事することになります。

 しかし、斉彬は挙兵の準備中に倒れ、亡くなります。斉彬は急死したそうなので、今回の描写も悪くはないのかもしれませんが、それにしても、正助とともに主人公に次ぐくらいの重要人物にしては、あっけない最期だったように思います。まあ、斉彬の最期は次回でもっと詳しく描かれるのかもしれませんが。今回は、政治劇と友情物語が描かれ、連続歴史ドラマとして王道的な構成になっていたように思います。今後しばらくは吉之助の苦難が描かれるようで、本作第一の山場となりそうですから、楽しみです。
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第2世代Ryzen発表

2018/04/22 18:55
 AMDの新たなCPUである第2世代Ryzen(Zen+アーキテクチャ)が発表されました。第1世代Ryzen(Zenアーキテクチャ)は事前情報(関連記事)通り好評で、AMDの復権に貢献したので、2世代Ryzenにも注目していました。2世代Ryzenは第1世代と比較してアーキテクチャが大きく変わったわけではないので、劇的な性能向上は予想されていませんでしたが、それでも順調に性能が向上しています。相変わらずコストパフォーマンスは高いので、現在使用しているデスクトップパソコンがすでに6年半以上経過しており(関連記事)、やや不安定でもあることから、買い替えも検討しています。

 しかし、デスクトップパソコンのCPU周波数を4.4GHzまでオーバークロックしても、1ヶ月の電気代は定格時より300〜400円高くなる程度なので、テレビとスマホの買い替えを優先し、デスクトップパソコンの買い替えはその後にしよう、と考えています。来年(2019年)には、新アーキテクチャ(Zen2)の第3世代Ryzenが登場する予定なので、メモリ価格も高騰していることから、そこまでは待つ方がよいかな、と思います。まあ、現在のデスクトップパソコンの不安定さはアプリケーションレベルですが、これがOSレベルにまで悪化したら、さすがに買い替えが必要になりそうです。
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再来年(2020年)の大河ドラマは明智光秀が主人公の『麒麟がくる』

2018/04/22 00:02
 これは4月22日分の記事として掲載しておきます。再来年(2020年)の大河ドラマは明智光秀が主人公の『麒麟がくる』と発表されました。再来年の大河ドラマの舞台は戦国時代で主人公は細川ガラシャと予想したのですが、その父親の明智光秀の方が主人公でした。予想の着眼点は悪くなかった、と言えるでしょうか。池端俊策氏のオリジナル脚本とのことで、調べてみたら、池端氏は本放送時に74歳を迎えるようです。調べ上げたわけではないので断定はできませんが、大河ドラマの脚本家の本放送時の年齢としては過去最高になるのではないか、と思います。主演は長谷川博己氏で、勇猛果敢かつ理知的な天才という明智光秀を演じるのに適任だと思います。大河ドラマ初の4K放送とのことで、その頃までには4K対応テレビを購入しておきたいものです。

 「最新の研究で新たなアプローチがなされ始めている英傑たちの姿を、従来のイメージを覆す新しいキャラクター像として、描いていきます」とのことで、具体的には、「革新的な魔王のイメージが強い光秀の主君・織田信長を、最近の研究で見直されている保守的かつ中世的な側面も強調」するそうですから、大いに期待されます。松永久秀も重要人物として登場するようですが、松永久秀も近年の見直しを取り入れた人物造形となるのでしょうか。ただ、そうした作風だと、一般的な印象とは異なるので、視聴率が低迷するのではないか、と懸念されます。それでも、ひじょうに楽しみです。
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性差が大きいと絶滅の可能性が高い

2018/04/22 00:01
 これは4月22日分の記事として掲載しておきます。性差と絶滅の可能性に関する研究(Martins et al., 2018)が公表されました。性選択の結果として、交尾相手の誘引や獲得競争に役立つ性質を有する一定数の個体の繁殖成功度が高まります。このため、両性間に顕著な身体的差異が生じ、これを「性的二形」と言います。これが種の発達にどのような影響を与えるのか、という論点を巡っては、かなりの議論があります。性選択により適応速度が上昇し、種が絶滅しにくくなるという考え方を示した研究がある一方で、誇張された性特異的な性質によって絶滅のリスクが高まるとした研究もあります。ただし、それらの研究には、現生種だけを対象とし、実際の絶滅ではなく、その代理指標を用いている、という限界があります。

 この研究は、こうした問題を解決するため、貝虫類の大量の化石記録(初めて出現した4億5000万年前から現在まで)を調べました。貝虫類は小さな殻をもつ甲殻類で、程度に差があるものの、性的二形を示します。雄の貝虫類は、通常、大きな性器を格納するために細長い殻を形成し、射精の質を高めると考えられる大型の筋肉質の精子ポンプも備えています。この研究は、8400万〜6600万年前頃となる白亜紀後期のミシシッピ川東部に生息していた93種の貝虫類を調べ、性的二形性が高い種ほど絶滅率が高く、性的二形性が最も小さい種の最大10倍に達していた、と明らかにしました。繁殖への投資が大きい雄の貝虫類は、結果として、その他の生存のための機能に利用できる資源が少なくなっている可能性があります。もしこの傾向が他の動物にも見られるのであれば、絶滅の危険のある生物種の保全活動において強力な性選択を考慮に入れるべきだ、とこの研究は結論づけています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


【進化】性差が大きい生物種は絶滅する可能性が大きい

 性差が大きな生物種ほど絶滅する可能性が高くなることを明らかにした論文が、今週掲載される。

 性選択の結果として、交尾相手の誘引や獲得競争に役立つ性質を有する一定数の個体の繁殖成功度が高まる。このため、両性間に顕著な身体的差異が生じるが、これを「性的二形」という。これが種の発達にどのような影響を与えるのか、という論点を巡っては、かなりの議論がある。性選択によって適応速度が上昇し、種が絶滅しにくくなるという考え方を示した研究がある一方で、誇張された性特異的な性質によって絶滅のリスクが高まるとした研究もある。ただし、それらの研究には限界がある。現生種だけを対象としており、実際の絶滅ではなく、その代理指標を用いているからだ。

 今回、Gene Huntたちの研究グループは、この問題を解決するため、貝虫類の大量の化石記録(初めて出現した4億5000万年前から現在まで)を調べた。貝虫類は、小さな殻をもつ甲殻類で、程度に差があるが、性的二形を示す。雄の貝虫類は、通常、大きな性器を格納するために細長い殻を形成し、射精の質を高めると考えられる大型の筋肉質の精子ポンプも備えている。

 Huntたちは、白亜紀後期(約6600〜8400万年前)のミシシッピ川東部に生息していた93種の貝虫類を調べて、性的二形性が高い種ほど絶滅率が高く、性的二形性が最も小さい種の最大10倍に達していたことを明らかにした。繁殖への投資が大きい雄の貝虫類は、結果として、その他の生存のための機能に利用できる資源が少なくなっている可能性がある。もしこの傾向が他の動物にも見られるのであれば、絶滅の危険のある生物種の保全活動において強力な性選択を考慮に入れるべきだとHuntたちは結論付けている。


進化学:化石貝形虫類では、雄の高い性的投資が絶滅の駆動要因となった

進化学:大きくなり過ぎた生殖器で危機に瀕した貝形虫類

 性選択と絶滅の関係は、厄介な問題である。というのも、一部の研究は、性選択が自然選択を強化し、種の適応度を高めて絶滅しにくくすると示しているのに対し、他の研究は、性的二型性への投資がリスクを生じ、絶滅の確率を高めると示しているからである。これまでの研究では、「絶滅」が局地的または実験室レベルのものでしかなく、すなわち人為的なものにすぎないという制限があった。では、実際の絶滅を経験した化石記録を利用してはどうだろう。M Fernandes Martinsたちは今回、石灰化した二枚貝様の背甲を有する小型の甲殻類である貝形虫類の極めて良好に管理された化石記録を用いて、この問題に取り組んだ。貝形虫類は、現生種がいるために生物学的な特徴が分かっており、また化石標本は性別を確実に判定することができるため、理想的な研究対象である。雄の背甲は、生殖器を収納するために雌と比べ大きくて長いが、その程度は一定ではない。著者たちがこの貝形虫類の化石記録をたどったところ、性的二型性が絶滅リスクと関係することが明らかになった。二型性がより顕著な種は、そうではない種に比べて絶滅しやすいことが分かったのである。



参考文献:
Martins MJF. et al.(2018): High male sexual investment as a driver of extinction in fossil ostracods. Nature, 556, 7701, 366–369.
https://dx.doi.org/10.1038/s41586-018-0020-7
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桜井万里子、本村凌二『集中講義!ギリシア・ローマ』

2018/04/22 00:00
 これは4月22日分の記事として掲載しておきます。ちくま新書の一冊として、筑摩書房から2017年12月に刊行されました。20年前の『世界の歴史5 ギリシアとローマ』(中央公論社、1997年)と同じ著者二人による古代ギリシア・ローマ史です。この間、研究は大きく進展しているでしょうから、時間を作って『世界の歴史5 ギリシアとローマ』を再読し、違いを見つけていくのも楽しいかもしれません。

 ただ、古代ギリシア・ローマ史の概説書という制約を課せられていた『世界の歴史5 ギリシアとローマ』にたいして、本書はより自由な姿勢で執筆されたとのことで、古代ギリシア・ローマ史の復習としてよりは、現代社会も視野に入れた新たな視点・考察への示唆として読むべきなのかな、とも思います。さすがに大御所二人の解説・対談だけに、本書から得るものは少なくないと思います。

 本書は、第1章では政治体制、第2章では文化・生活について、ギリシア・ローマの観点から著者二人がそれぞれ解説した後、第3章で著者二人の対談を収録する、という構成になっています。一般向け概説書という制約がないため、弁論や奴隷制など、特定の観点からの古代ギリシア・ローマ史という性格が強く出ています。古代ギリシアとはいっても一様ではないという指摘と、古代ギリシアは古代ローマよりも非寛容な傾向がある、との指摘がとくに印象に残ります。

 第3章は著者二人による対談ですが、暴走気味の本村氏にたいして、桜井氏が(困惑しつつ?)突っ込みを入れている様子が窺え、私のような非専門家の部外者が読む分には、その点でも楽しめました。意外だったのは、桜井氏が『黒いアテナ』を一定以上評価していることです。桜井氏によると、『黒いアテナ』の主張はある程度受け入れられ、古代ギリシア文化におけるオリエントの影響の大きさを重視すべきだ、という見解が主流になりつつあるそうです。
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ヨーロッパ南部の初期現生人類の環境変動への適応

2018/04/21 00:00
 これは4月21日分の記事として掲載しておきます。ヨーロッパ南部の初期現生人類(Homo sapiens)の環境変動への適応に関する研究(Riel‐Salvatore, and Negrino., 2018)が報道されました。イタリアのフレグレイ平野(Phlegrean Fields)はナポリ近郊のカルデラで、4万年前頃の大噴火によりヨーロッパの環境に大きな打撃を与えた、と推測されています。この大噴火がネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)絶滅の要因になった、との見解も提示されていますが(関連記事)、現生人類やネアンデルタール人に持続的な影響を与えたわけではない、との見解も提示されています(関連記事)。

 本論文は、この4万年前頃のフレグレイ平野の大噴火とその前後の期間の寒冷化といった大きな環境変動が、イタリアのリグリーア(Liguria)州西部、とくにリパロボンブリーニ(Riparo Bombrini)遺跡においてどのような影響を及ぼしたのか、検証しています。なお、この記事の年代は基本的に較正年代です。4万年前頃の寒冷化とは、40200〜38600年前頃のハインリッヒイベント(Heinrich Event)4です。フレグレイ平野の大噴火やハインリッヒイベント(以下、HEと省略)4も含む本論文の検証対象時期は海洋酸素同位体ステージ(MIS)3となりますが、MIS3は気候の不安定な期間だった、とされます。

 そうした気候が不安定で、大噴火やHE4といった大きな環境変動の起きた当時のヨーロッパにおいて、人類はどのように対処したのか、あるいは対処できなかったのか、本論文は検証しています。本論文がとくに大きく取り上げているのは上述したようにリパロボンブリーニ遺跡ですが、ここでは中部旧石器時代のムステリアン(Mousterian)から上部旧石器時代最初期もしくは「移行期インダストリー」のプロトオーリナシアン(Proto‐Aurignacian)への移行が見られます。リパロボンブリーニ遺跡のプロトオーリナシアンの担い手は現生人類と推測されています(関連記事)。

 リパロボンブリーニ遺跡では、ネアンデルタール人が担い手と考えられる後期ムステリアンが44000〜41000年前頃まで継続し、そのすぐ後にプロトオーリナシアンが始まります。プロトオーリナシアンは40710〜35640年前までの5000年間継続しましたが、本論文は、4万年前頃のフレグレイ平野の大噴火とHE4を経てもプロトオーリナシアンが継続した意義を強調しています。この間、プロトオーリナシアンには環境変動への適応を表しているかもしれない変容も見られるものの、石器技術や地理的分布はたいへん安定している、と本論文は指摘します。リグリーア州西部地域の初期現生人類は、大きな環境変動にも関わらず、絶滅せず、またこの地域を放棄しなかった、というわけです。

 本論文は、石器に用いられた燧石のなかに数百km離れた場所から持ち込まれたものもあったことから、当時のヨーロッパ南部の初期現生人類には遠距離交易を可能とする広範な社会的ネットワークが存在し、危機には他集団を頼ることで、生存確率を高めたのではないか、と推測しています。初期現生人類は広範な社会的ネットワークの構築により大きな環境変動といった危機に柔軟に対応したのではないか、というわけです。これは、あるいは現生人類とネアンデルタール人との大きな違いかもしれません。

 最近では、人類に大打撃を与えたとされる、74000年前頃となるスマトラ島のトバ噴火についても、現生人類が絶滅の危機に陥るようなことはなかったのではないか、との見解が提示されています(関連記事)。上記報道でも指摘されているように、温暖化など現代人にとっての脅威も、広範で柔軟な社会的ネットワークの構築・維持により乗り切ることができるのではないか、との希望を抱かせる研究と言えるかもしれません。ただ、こうした広範で柔軟な社会的ネットワークに関しては、あるいはネアンデルタール人も潜在的には構築できたかもしれない、との観点も忘れてはならないと思います。


参考文献:
Riel‐Salvatore J, and Negrino F.(2018): Human adaptations to climatic change in Liguria across the Middle–Upper Paleolithic transition. Journal of Quaternary Science, 33, 3, 313–322.
http://dx.doi.org/10.1002/jqs.3005
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大河ドラマ『西郷どん』第14回「慶喜の本気」

2018/04/20 00:00
 これは4月20日分の記事として掲載しておきます。今回は13代将軍である徳川家定の後継者をめぐるさまざまな要人の思惑が軸になり、話が展開しました。西郷吉之助(隆盛)は主君である島津斉彬の命を受け、松平慶永の家臣である橋本左内とともに、一橋(徳川)慶喜を次の将軍とするべく工作を進めます。島津斉彬は幕府に建白書を提出し、次の将軍を一橋慶喜とするよう、訴えます。一橋慶喜ではなく、徳川慶福(家茂)を次の将軍に推す南紀派は、これに反発します。慶喜は相変わらず、将軍になるつもりはないと言い、吉之助と左内の苦労は絶えませんが、そんな中、吉之助は井伊直弼に呼び出されます。直弼は吉之助に、取り立ててやるので斉彬の情報を売るよう、要求します。もちろん、吉之助は反発し、立ち去ります。

 斉彬の建白書の写しは大奥にも届き、大奥では慶喜擁立への反感が強くなります。焦った篤姫(於一、天璋院)と幾島は慶喜を次の将軍とするよう、家定に進言しますが、慶喜は嫌いだ、と家定は反発します。しかし、篤姫が説得すると、家定はあっさりと慶喜を次の将軍にする、と考えを変えます。しかし、慶喜はそれでも、将軍になるつもりはない、と言い張ります。そんな慶喜を刺客が襲撃し、吉之助は左内とともに慶喜を守ろうとし、刺客を殺してしまいます。刺客は、彦根藩が差し向けたのではないか、と吉之助は考えていました。吉之助に諭されて覚悟を決めた慶喜は、吉之助・左内とともに直弼を訪ねます。直弼は慶喜に、慶福が次の将軍となったら、慶喜を紀伊藩主にする、と提案します。直弼の傲慢な態度に怒った慶喜は、自分が次の将軍になる、と宣言します。

 今回は吉之助が主人公に相応しい活躍をして、娯楽ドラマとしてはこれでよいのではないか、と思います。ただ、歴史ドラマとして見ると、批判的な視聴者は少なくないかもしれません。正直なところ、吉之助の調略の場に井伊直弼が現れ、吉之助を直接勧誘しようとしたのは、さすがにやり過ぎのように思います。まあ、私は幕末史に疎いので、あり得ない、と断定はしませんが。吉之助と慶喜の関係があまりにも濃いのもどうかとは思うのですが、慶喜が将軍後見職、さらには将軍となり、吉之助が薩摩藩の要人となってからの両者の関係・駆け引きにも影響を与えてくるでしょうから、その時にどう描かれるのか、楽しみではあります。今のところは、懸念していたよりも面白く、それなりに楽しみに視聴できています。
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オーストラリアの人類史関連のまとめ

2018/04/19 00:00
 これは4月19日分の記事として掲載しておきます。オーストラリアへの人類の拡散など、オーストラリアの人類史関連の記事をまとめます。オーストラリア大陸は更新世の寒冷期にはニューギニア島やタスマニア島とも陸続きで、サフルランドを形成していました。オーストラリアへにおける人類の痕跡は、現時点では65000年前頃までさかのぼります(関連記事)。人類遺骸は発見されていないので、どの人類系統なのか、確定していないのですが、現生人類(Homo sapiens)である可能性が高そうです。

 ただ、そうだとして、65000年前頃以前にオーストラリアへと到達した現生人類集団が、現代のオーストラリア先住民の祖先なのかというと、まだ確証はありません。この問題は、現生人類の出アフリカの回数・年代・経路などをめぐる議論(関連記事)と関連しています。現生人類の出アフリカについて、少し前までは、1回説・沿岸仮説・後期拡散説の組み合わせが有力視されていたと思います。しかし近年では、現生人類のアフリカからの早期拡散の証拠が増えつつあります(関連記事)。

 現時点で複数の分野からの諸知見をできるだけ整合的に解釈しようとすると、非アフリカ系現代人の主要な遺伝子源となった小規模な現生人類集団の出アフリカは75000万〜55000年前頃の1回のみで、75000年前頃よりも前に出アフリカを果たした(早期拡散)現生人類集団は、後続の出アフリカ集団に駆逐されたか、交雑により吸収されてその遺伝的痕跡を現代にはほとんど留めていない、となりそうです。たとえば、現代パプア人のゲノムの少なくとも2%は、アフリカから早期に拡散した現生人類集団に由来する、と推測されています(関連記事)。現代のオーストラリア先住民も、アフリカから早期に拡散した現生人類集団の遺伝的影響をある程度以上受けているかもしれません。じっさい、更新世末期〜完新世初期の化石は、レヴァントの初期現生人類と似ている、とも指摘されています(関連記事)。

 オーストラリアもしくはサフルランドへの到達には渡海が必要で、おそらくは偶然の漂流ではまず無理なので、航海により到達したと思われます。航海には舟を作り操作する高度な認知能力が必要なので、現生人類にのみ可能な「現代的行動」だった、との見解が有力でしょうが、現生人類ではない系統の人類による航海を想定する見解も提示されています(関連記事)。更新世のサフルランドにおける「現代的行動」については、「一括して」出現したのではなく、異なる年代・場所に個別に現れた、と指摘されています(関連記事)。具体的には、たとえばオーストラリア北部で28000年前頃の岩石画が確認されています(関連記事)。

 オーストラリアでは、後期更新世に人類が拡散してきた頃に85%以上の大型動物が絶滅しており、人為的要因と考えられていますが、気候変動の方を重視する見解も提示されています。絶滅大型鳥の卵殻の年代の分析からは、オーストラリアの大型動物の大量絶滅に関しては、気候変動も無視できない要因としても、主に人為的要因だったことが示唆されます(関連記事)。タスマニア島における後期更新世の大型動物の大量絶滅についても、人為的要因が指摘されています(関連記事)。

 オーストラリア先住民集団と他地域の人類集団との近縁関係、さらにはオーストラリアに人類が定着してからの歴史については、21世紀になって急速に発展したDNA解析により、多くの知見が得られています。Y染色体の分析からは、サフルランド系統と最近縁の非サフルランド系統とが54000年前頃、サフルランド内のオーストラリア系とニューギニア系とが53000〜48000年前頃に分岐したのではないか、と推定されています(関連記事)。一方、高品質のゲノム配列からは、サフルランド系統と最近縁の非サフルランド系統とが72000〜51000年前頃、サフルランド内のオーストラリア系とニューギニア系とが40000〜25000年前頃に分岐したのではないか、と推定されています(関連記事)。

 なお、更新世のサフルランドの考古学的様相は、オーストラリア側とニューギニア側で様相が異なるそうです(関連記事)。オーストラリアでは、馬蹄形石器と不定型な剥片石器の共伴が一般的ですが、オーストラリア北部では、25000〜20000年前頃にかけて磨製石斧が見られます。これは、日本の岩宿遺跡の局部磨製石斧とともに、世界最古級の磨製石器とされています。ニューギニアでは、真ん中のあたりがくびれた形態をしている石斧が多数、長期間にわたって作られていたようです。ただ、ニューギニアでも島嶼部の方では石斧がそれほど発達せず、黒曜石の移動が確認できるそうです。

 オーストラリアの人口史についても、遺伝学的データが考古学的データと組み合わされて推測されています(関連記事)。それによると、最初期の5万年前頃の人口は1000〜2000人で、計画的な移住だった可能性が指摘されています。この点からも、オーストラリアへの移住はほぼ間違いなく航海によるものだった、と言えそうです。オーストラリア大陸の人口の変遷は気候変動に対応しており、最終氷期最盛期の21000〜18000年前頃の間に人口は約60%まで落ち込み、その後、更新世末〜完新世最初期に5万年前頃と同等まで人口が回復し、完新世になってからは、8300〜6600年前頃・4400〜3700年前頃・1600〜400年前頃と何度か増減はありつつも人口は緩やかに増加していき、500年前頃にヨーロッパ人による侵略の前としては最大の120万人に達しました。その後、オーストラリア大陸の先住民とヨーロッパ人とが接触するようになった頃には、オーストラリア大陸の先住民の人口は77万〜110万人へと低下しており、イギリスによる植民地化が進むと、イギリス人の持ち込んだ疫病やイギリス人による武力弾圧のために、オーストラリア大陸の先住民の人口は劇的に減少しました。

 オーストラリア内における人類の拡散についても、遺伝学的データからの復元が進められています。高品質のゲノム配列からは、オーストラリア先住民の祖先集団は32000〜10000年前頃に分岐し始め、現在の各オーストラリア先住民集団が形成されていき、完新世になると、オーストラリア北東の地域集団が拡大していった、と推測されています(関連記事)。オーストラリア先住民のミトコンドリアDNA(mtDNA)の解析からは、オーストラリア先住民の祖先集団は5万年前頃にオーストラリア北部に上陸した後、それぞれ東西の海岸沿いに急速に拡散して49000〜45000年前までに南オーストラリアに到達して遭遇し、各地域集団の人口構造は長期にわたって持続した、と推測されています(関連記事)。

 オーストラリア先住民集団は、オーストラリアに定着して以降、ヨーロッパ勢力の侵出まで比較的孤立していた、とされていますが、4000年前頃に南アジアからオーストラリアへの遺伝的流動があったと推測されており、考古学的記録とも整合的だと指摘されています(関連記事)。ただ、これはY染色体では確認されていません(関連記事)。もっとも、交雑の痕跡は、Y染色体では確認されなくとも、核DNA全体を対象にすれば確認される、という可能性はじゅうぶん想定されます。オーストラリアはDNAの保存に適していない地域なので、古代DNAの研究はあまり進んでいませんが、3000〜500年前頃の人骨のmtDNAの解析が成功しています(関連記事)。

 現生人類と他系統の人類との交雑は、人類進化史において現在たいへん関心の高い問題です。非アフリカ系現代人は全員、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の遺伝的影響をわずかながら受けています。オーストラリア先住民集団は、現代パプア人とともに、種区分未定のデニソワ人(Denisovan)の遺伝的影響を比較的強く受けていることが明らかになっています(関連記事)。なお、オーストラリア先住民の祖先集団とは別に、東アジア系現代人の祖先集団がデニソワ人と交雑した可能性も指摘されています(関連記事)。

 まだ決定的な解釈は提示されていないのですが、たいへん興味深いことに、アマゾン地域のアメリカ大陸先住民のゲノムに、オーストラレシア人との密接な共通領域が確認されています(関連記事)。これは、北アメリカ大陸の13000〜12600年前頃の男児でも(関連記事)、アマゾン地域の集団と3000年前頃に分岐したと推測される集団に属する、1000年前頃のカリブ海地域の女性でも(関連記事)確認されていません。この問題については、今後アメリカ大陸の住民の古代DNA解析が進めば、有力な仮説が提示されるかもしれません。
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『太陽にほえろ!』1981年以降放送分の高評価作品一覧

2018/04/18 00:00
 これは4月18日分の記事として掲載しておきます。ファミリー劇場での『太陽にほえろ!』の再放送もついに最終回を迎え、時期区分と各時期の自己評価の平均をまとめました(関連記事)。以前、1980年放送分までの最高点(10点)評価の作品の一覧とその感想記事へのリンクをまとめてみましたが(関連記事)、今回は1981年以降の放送分の最高評価作品をまとめてみます。


489話「帰って来たボス─クリスマスプレゼント─」
http://sicambre.at.webry.info/201511/article_17.html

493話「スコッチよ静かに眠れ」
http://sicambre.at.webry.info/201512/article_1.html

525話「石塚刑事殉職」
http://sicambre.at.webry.info/201603/article_30.html

529話「山さんの危険な賭け」
http://sicambre.at.webry.info/201604/article_12.html

552話「或る誤解」
http://sicambre.at.webry.info/201607/article_13.html

591話「ボギーの妹?」
http://sicambre.at.webry.info/201612/article_6.html

597話「戦士よさらば・ボギー最期の日」
http://sicambre.at.webry.info/201612/article_20.html

598話「戦士よ眠れ・新たなる闘い」
http://sicambre.at.webry.info/201701/article_10.html

610話「38時間」
http://sicambre.at.webry.info/201702/article_22.html

620話「素晴らしき人生」
http://sicambre.at.webry.info/201703/article_22.html

691話「さらば!山村刑事」
http://sicambre.at.webry.info/201712/article_26.html

715話「山さんからの伝言」
http://sicambre.at.webry.info/201804/article_3.html


 第1期・第2期に関しては、まだ当ブログに感想記事を掲載していない話もあるのですが、とりあえず、前回まとめた分も含めて、各時期の10点評価話数とその比率をまとめてみます。


第1期・・・52話中3話(5.77%)。

第2期・・・59話中7話(11.86%)。

第3期・・・56話中11話(19.64%)。

第4期・・・49話中13話(26.53%)。

第5期・・・28話中9話(32.14%)。

第6期・・・11話中1話(9.09%)。

第7期・・・108話中5話(4.63%)。

第8期・・・36話中1話(2.78%)。

第9期・・・15話中2話(13.33%)。

第10期・・・61話中0話(0.00%)。

第11期・・・18話中2話(11.11%)。

第12期・・・27話中0話(0.00%)。

第13期・・・5話中1話(20.00%)。

第14期・・・20話中1話(5.00%)。

第15期・・・17話中1話(5.88%)。

第16期・・・37話中3話(8.11%)。

第17期・・・24話中2話(8.33%)。

第18期・・・36話中0話(0.00%)。

第19期・・・33話中1話(3.03%)。

第20期・・・15話中0話(0.00%)。

第21期・・・13話中1話(7.69%)。


 第6期以降は最高評価の割合が激減していますが、全体的な平均評価の低い後期〜末期、とくにボギー殉職後の第17期以降もそこそこ最高評価の話はあり、そこが14年以上基本的には毎週放送の続いた『太陽にほえろ!』の底力と言うべきでしょうか。1980年放送分までもまとめて、単独主演とは言えなさそうな話を除外して主演作別に集計すると、以下のようになります。


山さん・・・24話
殿下・・・8話
スコッチ・・・6話
ゴリさん・・・5話
ボス・・・4話
長さん・・・4話
ボギー・・・3話
ジーパン・・・2話
テキサス・・・2話
マカロニ・・・1話
ボン・・・1話
デューク・・・1話


となります。やはり、山さん主演作の評価が高めになっているようです。これは、私が山さんを演じる露口茂氏のファンだということもあるのでしょうが、山さん主演作は大人向けの話が多いので、年齢を重ねるごとに面白く感じるということもあるのでしょう。スコッチ主演作の最高点評価は出演期間の割に多めですが、こちらも山さん主演作と要因は同じで、演じる沖雅也氏への高い評価と、スコッチ主演作は大人向けの話が多い(ただし、山さん主演作よりは若い層向けのように思います)ためなのでしょう。殿下主演作もやや多めで、殿下主演作は山さん主演作ほど安定していないものの、大当たりが多めという印象があります。

 その他には、出演期間が長いロッキー・ドック・ラガー・マミー・ブルースの主演作で最高点評価がなく、同じく出演期間が長いボンも主演作で最高点評価は1話だけなのが目立ちます。と言いますか、ロッキー以降の新たに登場した刑事で、最高評価の主演作があるのはボギーとデュークだけです。デュークの場合は、実質的には山さんとのダブル主演作でしたから、ボギーのみとなります。ドック主演作には9点評価がわりとあるので、今後再視聴したら、10点評価に変更する話もあるかもしれませんが。これら最高点評価の話のうち上位10話を選ぶのはなかなか難しいのですが、現時点で暫定的に選ぶとすると、以下のようになります。この評価も、今後再視聴で変わってくるかもしれません。


49話「そのとき、時計は止まった」
163話「逆転」
204話「厭な奴」
239話「挑発」
355話「ボス」
385話「死」
413話「エーデルワイス」
489話「帰って来たボス─クリスマスプレゼント─」
525話「石塚刑事殉職」
691話「さらば!山村刑事」
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『太陽にほえろ!』の暫定的なまとめ

2018/04/17 00:00
 これは4月17日分の記事として掲載しておきます。ファミリー劇場での『太陽にほえろ!』の再放送もついに最終回を迎えました。以前、1980年放送分までを暫定的にまとめましたが(関連記事)、今回は最終回までをまとめます。もっとも、マカロニとジーパンの在籍時に関しては、まだ当ブログに掲載していない話も少なからずありますし、時間が経過して再視聴したら、評価が変わってくることもあるので、あくまでも暫定的なものです。前回の分も含めて、七曲署一係の刑事の構成で時期を主観的に区分して、その時期の個人的評価の平均を計算してみました。その時期区分とは、以下の通りです。


第1期・・・最初期の7人体制、計52話。

第2期・・・マカロニ殉職、ジーパン登場後の7人体制、計59話。

第3期・・・ジーパン殉職、シンコ退職、テキサス登場後の6人体制、計56話。

第4期・・・ボン登場後の7人体制、計49話。

第5期・・・テキサス殉職、スコッチ登場後の7人体制、計28話。

第6期・・・スコッチ転勤後の6人体制、計11話。

第7期・・・ロッキー登場後の7人体制、計108話。

第8期・・・ボン殉職、スニーカー登場後の7人体制、計36話。

第9期・・・スコッチ復帰後の8人体制、計15話。

第10期・・・殿下殉職、ドック登場後の8人体制、計61話。

第11期・・・スニーカー退職、ラガー登場後の8人体制、計18話。

第12期・・・スコッチ殉職、原昌之登場〜長さん退場まで、計27話。

第13期・・・ボギー登場〜ゴリさん殉職までの7人体制、計5話。

第14期・・・トシさん登場から原昌之転勤までの7人体制、計20話。

第15期・・・マミー登場後の7人体制、計17話。

第16期・・・ブルース登場〜ボギー殉職解決編まで、計37話。

第17期・・・ボギー殉職後の7人体制、計24話。

第18期・・・マイコン登場〜ラガー殉職までの8人体制、計36話。

第19期・・・ラガー殉職後、山さん殉職まで、計33話。

第20期・・・山さん殉職後の7人体制、計15話。

第21期・・・橘警部・DJ登場〜最終回まで、計13話。


 以下、各期の個人評価の平均ですが、第1期はブログに掲載した感想記事が少ないので、今回も除外しました。基本的には第2期の69話以降を対象としていますが、欠番などの理由により未視聴の話はもちろん除外して、個人的評価の平均を計算しています。第2期に関しては試験的な平均評価となりますが、第3期以降は、暫定的とはいえ、今後大きく変わることはないかな、とも思います。


第2期・・・7.61

第3期・・・8.07

第4期・・・8.33

第5期・・・8.86

第6期・・・7.91

第7期・・・7.56

第8期・・・7.17

第9期・・・8.00

第10期・・・6.61

第11期・・・6.17

第12期・・・6.63

第13期・・・8.40

第14期・・・7.45

第15期・・・6.94

第16期・・・6.89

第17期・・・6.25

第18期・・・6.14

第19期・・・6.24

第20期・・・6.36

第21期・・・6.15


 『太陽にほえろ!』を前期と後期で二分すると、ボン殉職か殿下殉職が区切りになると思います。今回の区分でいうと、前者では第7期、後者では第9期までが前期となります。どちらの区分にしても、明らかに前期の方が私の好みとなるわけですが、第13期〜第16期までは評価が高めで、とくに第13期は歴代でも第2位の評価となります。もっとも、第13期は5話しかないので、他の期間との比較は適切ではないでしょうが、20話ある第14期は、ボン・ロッキー在籍時の第7期ともさほど変わらない評価です。第13期〜第16期はちょうどボギーの在籍期間と重なっており、ボギーのキャラへの私の高評価が反映されているのでしょう。ボギー殉職後の第17期以降の評価はそれ以前と比較してかなり低く、やはり後期〜末期にかけては視聴者への訴求力が落ちていたのかな、とも思います。ただ、この時期の話を久々に視聴してみて、脚本自体はそこまで悪くはなかったようにも思います。

 こうして評価一覧を見ると、第11期は前後と比較してかなり評価が低く、自分の評価ながらやや驚きました。改めて第11期の評価を確認すると、新たに登場したラガー主演作の評価の低さが要因となっています。ただ、個人的にはラガーの演技は合わないのですが、『太陽にほえろ!』の後期をアイドル的人気で支えた功労者であることは間違いないでしょう。この区分をもっと細かくしていったり、半年もしくは3ヶ月ごとに集計してみたり、主演刑事ごとに平均を計算してみたりすれば、別のことも見えてくるのかな、と思います。まあ、私の個人的な評価なので、平均値を算出してみたところで、他の誰かの役に立つというわけではありませんが、当ブログは基本的に備忘録なので、やりたいように進めていきます。
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ファミリー劇場HDリマスター版『太陽にほえろ!』716話〜718話

2018/04/16 00:00
716話「マイコン、疾走また疾走」6
 今回はマイコンのアクションシーンが見せ場となりましたが、意外な人選とも言えるでしょう。アクションシーンが見せ場の話となると、この時点でのレギュラーメンバーではブルースとDJが主演に相応しいのでしょうが、意外な人選ということで、新鮮さはあると思います。また、今回はもうずっと使われていなかったような初期の曲がいくつか流れてきて、その意味でも新鮮でした。こちらは、意図的な選曲なのでしょう。話の方は、マイコンが偶然助けた男性をめぐる謎めいた展開になっており、男性が信じていた女性に裏切られていたというオチも含めて、なかなか工夫された脚本になっていたと思います。もう最終回間近で、視聴率は全盛期に遠く及びませんが、末期も脚本自体は全体的にさほど悪くないように思います。


717話「女たちは7いま・・・」6
 結婚相談所に入会していた男性が殺され、3人の女性に疑いがかかります。2人の子供がいるマミーの家庭事情も絡めて話が進み、マミー主演作としては陳腐とも言えますが、今回はマミーの息子がこれまで以上に深く描かれ、この点は新鮮でした。マミーとロッキーの間の子供2人はもう5歳で、改めて本作の歴史の長さに感慨深くなります。話の方は、謎解き要素があり、まずまず楽しめました。しかし、登場時点でいかにも怪しげだった3人の容疑者の女性のうちの1人の弟が、けっきょくは犯人だったのはやや残念でした。


718話(最終回)「そして又、ボスと共に」7
 ついに最終回を迎え、じつに感慨深いものです。とはいっても、最終回だというのに、覚えていたのは、ブルースが殉職の危機に陥ったことと、ボス復帰の場面と、ボスの取り調べ場面くらいです。というか、ボスの取り調べ場面があまりにも印象に残りすぎて、話の本筋を忘れてしまったのかもしれません。まあ、最終回の視聴は本放送以来なので、30年以上経過していることもありますが。ボスの取り調べ場面でスコッチが言及されたのには、本放送時驚くとともに嬉しくもありましたが、スコッチは撃たれて死んだわけではないよなあ、と思った視聴者は多くいたことでしょう。それは監督もプロデューサーも気づいていたのでしょうが、あのボスの熱演を止めることはできなかったのでしょう。ボスは明らかに体調が悪く、最終回だけとはいえ、よく出演してくれたな、と改めて思います。最終回の本放送の翌年となる1987年7月17日にボス役の石原裕次郎氏が亡くなり、その直後のワイドショーで、山さん役の露口茂氏が、石原氏はスコッチ役の沖雅也氏の自殺を惜しんでいたので、スコッチに言及したのではないか、というようなことを述べていたと記憶しています。石原氏の真意は今となっては分かりませんが、私にとっては説得力のある話でした。
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杉本淑彦『ナポレオン 最後の専制君主、最初の近代政治家』

2018/04/15 00:00
 これは4月15日分の記事として掲載しておきます。岩波新書(赤版)の一冊として、岩波書店から2018年2月に刊行されました。最近、ナポレオンに関する本では『ナポレオン時代 英雄は何を遺したか』を読みましたが(関連記事)、同書がナポレオンの伝記というよりは、ナポレオン時代のパリの様相を中心に、フランス、さらにはヨーロッパにおけるナポレオンの評価・影響を論じた評論といった感じだったのにたいして、本書は歴史学からの堅実なナポレオンの伝記になっています。本書は簡潔にまとまった一般向けのナポレオンの伝記として、長く読み続けていかれることになるのではないか、と思います。

 本書は一般向けであることを意識して、ナポレオン没後に刊行された回想録などから、興味深い逸話も紹介しています。しかし本書は、歴史学からのナポレオン伝なので、そうした逸話を安易に肯定することはなく、当時の状況や当事者の思惑などを解説しつつ、確たる根拠はない、などと読者に注意を喚起しています。このような堅実なところは、ある意味では面白さを減じていると言えるかもしれませんが、それは多分に安易な面白さでもあり、本書は歴史学からの伝記として堅実ですし、かえって魅力的でもあると思います。

 本書の特色は、ナポレオンが皇帝となってからの分量が意外と短いというか、それ以前に多くの分量を割いていることです。ブリュメール18日のクーデタ(グレゴリオ暦では1799年11月9日)以降で数えても、予想していたよりも少ない配分でした。しかし、皇帝に即位してから10年半ほどで、ブリュメール18日のクーデタから数えても15年半ほどでワーテルローの戦いを迎えるわけですから、満51歳で没したナポレオンの生涯を考えると、妥当な配分かもしれません。ただ、それでも、ナポレオンが兄をスペイン王としてからワーテルローの戦いまでの「没落期」が短すぎるかな、とも思いますが。

 本書のもう一つの特色は、ナポレオンのエジプト遠征と、そこでのイスラム教との関係にかなりの分量が割かれていることです。ナポレオンのエジプト遠征はけっきょくのところ失敗だったと言うべきなのでしょうが、本書は、ナポレオンが新聞・雑誌などを活用し、自分の敗北を覆い隠し、勝利を過大に伝えようとするなど、自己宣伝に熱心だったことをやや詳しく解説しています。本書の副題は「最後の専制君主、最初の近代政治家」ですが、こうしたところは、いかにも「最初の近代政治家」といった感じです。

 ナポレオンのエジプト遠征に関しては、イスラム教との関係についてもやや詳しく取り上げられています。ナポレオンの伝記を読んだのはずいぶん昔のことなので、よく覚えていないのですが、こうした観点が強調されていたとは記憶していません(単に私が忘れているだけかもしれませんが)。本書はナポレオンのエジプト遠征を、近代ヨーロッパ世界とイスラム教世界との濃密な関係の起点と位置づけていますが、やはり本書にも同時代の問題意識が反映されている、ということなのでしょうし、それが悪いわけではなく、むしろそうでなければ、平板な伝記になってしまうのではないか、とも思います。
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先コロンブス期におけるポリネシアとアメリカ大陸との人的交流

2018/04/14 00:00
 これは4月14日分の記事として掲載しておきます。サツマイモ(Ipomoea batatas)のDNA解析についての研究(Muñoz-Rodríguez et al., 2018)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。本論文は、サツマイモとその近縁種199標本から、葉緑体全領域と核の605個の単一領域のDNA解析結果を報告しています。その結果、サツマイモは近縁野生種の中でも、メキシコアサガオ(Ipomoea trifida)にのみ起源がある、と明らかになりました。サツマイモ系統は遅くとも80万年前頃にメキシコアサガオ系統から分岐した後、メキシコアサガオ系統と交雑し、サツマイモ系統には2系統目が生じたことも明らかになりました。

 注目されるのは、ハワイに自生するサツマイモの近縁野生種(Ipomoea tuboides)は、110万年以上前にメキシコの最近縁野生種(Ipomoea leucotricha)と分岐し、海流など非人為的要因でアメリカ大陸からハワイに到達した、と推測されることです。人類が介在しないサツマイモ属の渡海を含む長距離移動は、きょくたんに珍しいわけではないようです。

 本論文は、ポリネシアのサツマイモについても調べました。ポリネシアにおいては、先コロンブス期からサツマイモが存在していたと考えられており、先コロンブス期におけるポリネシアとアメリカ大陸との人的交流の有力な証拠と考えられてきました。以前には、ニワトリもその有力な証拠と考えられていたのですが(関連記事)、近年では否定されています(関連記事)。人類のゲノム解析からも、先コロンブス期におけるポリネシアとアメリカ大陸との人的交流の可能性が指摘されていましたが(関連記事)、イースター島住民の古代ゲノム解析では、その証拠は確認されませんでした(関連記事)。

 このように、最近になって、先コロンブス期におけるポリネシアとアメリカ大陸との人的交流に否定的な研究が相次いで提示されている感があります。本論文は、ポリネシアの18世紀のサツマイモ標本の分析から、このサツマイモ系統が遅くとも115000万年前頃には最近縁系統から分岐した、と推測しています。上述したハワイのサツマイモ属の事例からも、ポリネシアにおいて、3000年前頃の人類到達のずっと前にサツマイモがすでに存在していた可能性は高い、と本論文は指摘します。つまり、先コロンブス期におけるポリネシアとアメリカ大陸との人的交流の有力な証拠とされてきたサツマイモについても、その証拠とはならない、というわけです。

 現時点では、先コロンブス期におけるポリネシアとアメリカ大陸との人的交流について、確たる証拠はない、と言うべきなのでしょう。ただ、ポリネシアの古代DNAの解析数は、ヨーロッパほどDNAの残存には向いていない環境であることからまだ少なく、ポリネシアのサツマイモに関しても、状況証拠からは人類到達以前にすでに存在していた可能性は高いものの、決定的とは言えないでしょう。可能性はかなり低くなったかもしれませんが、先コロンブス期におけるポリネシアとアメリカ大陸との人的交流は、まだ真剣な検証に値する仮説なのではないか、と思います。


参考文献:
Muñoz-Rodríguez P. et al.(2018): Reconciling Conflicting Phylogenies in the Origin of Sweet Potato and Dispersal to Polynesia. Current Biology.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2018.03.020
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世論調査の信頼性

2018/04/13 00:00
 これは4月13日分の記事として掲載しておきます。世論調査の信頼性に関する研究(Jennings, and Wlezien., 2018)が公表されました。2015年のイギリス総選挙や2016年のアメリカ合衆国大統領選挙などの事例から、近年では世論調査の信頼性が低下し、世論調査が事業として危機的状況にあるのではないか、と懸念されるようになりました。しかし、この研究は、1942〜2017年における45ヶ国351回の選挙に関連する3万件の全国世論調査を分析した結果、そうした懸念が杞憂である、と指摘しています。

 分析の結果、調査の誤りは過去数十年間でほぼ同程度で、予測が外れた割合はは平均して約2%でした。さらに、世論調査の精度には、長い目で見ればわずかだが徐々に(統計的有意に)上昇していることも明らかになりました。この研究は、世論調査に誤りがないと主張しているわけではなく、予想を大きく外す調査があることは認めています。それでも、この研究の分析からは、投票予測の精度が危機的状況に瀕しているという主張を裏づける証拠はない、と示されています。世論調査機関は、過去20年間で調査回答率が劇的に減少していることなど、現在直面している問題にたいしてうまく適応しつつある、とこの研究は示唆しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


選挙前の世論調査は当てにならないか?

 一般通念に反し、昨今の選挙前の世論調査の精度は特別悪いということはなく、むしろ、調査の誤りの平均値は小さくなりつつあることを報告する論文が、今週掲載される。

 世論調査機関は、2015年の英国総選挙でも2016年の米国大統領選挙でも、厳しい批判にさらされ、世論調査が事業として危機的状況にあるのではないか、また世論調査がますます信頼できないものとなっているのではないかと広く懸念された。

 しかし、Will JenningsとChristopher Wlezienは、こうした懸念は正しくないと指摘している。彼らは、1942〜2017年における45か国351回に及ぶ総選挙に関連する3万件の全国世論調査を分析した。その結果、調査の誤りは、過去数十年間でほぼ同程度であり、予測が外れた割合はは平均して約2%であった。さらに、世論調査の精度には、長い目で見ればわずかだが徐々に(統計的有意に)上昇していることが見いだされた。

 研究チームは世論調査に誤りがないと主張しているわけではなく、予想を大きく外す調査があることは認めている。それでも、今回の結果は、投票予測の精度が危機的状況に瀕しているという主張を裏付ける証拠はないことを示している。世論調査機関は、現在直面している問題(例えば、過去20年間で調査回答率が劇的に減少していることなど)に対してうまく適応しつつあると、研究チームは示唆している。



参考文献:
Jennings W, and Wlezien C.(2018): Election polling errors across time and space. Nature Human Behaviour, 2, 276–283.
http://dx.doi.org/10.1038/s41562-018-0315-6
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天皇号と日本国号の画期性

2018/04/12 00:00
 これは4月12日分の記事として掲載しておきます。入院中に考えていたことを短くまとめてみます。天皇号と日本国号の画期性については、たとえば、網野善彦『日本の歴史第00巻 「日本」とは何か』(講談社、2000年)で強調されています。しかし、そうした見解には疑問も残ります。まずは天皇号についてです。天皇号の成立時期については、天武朝説が有力だと思いますが、推古朝説や、遅くとも天智朝には成立していたという説も提示されています(関連記事)。ただ、天武朝成立説では、天皇は天武個人の称号だった、との見解が有力だと思います。

 天皇号の成立時期について、有力な天武朝説を前提とすると、日本国号の採用および律令制定の時期と近接していることからも、その画期性が強調されても不思議ではありません。ただ、養老令(おそらく大宝令でも)儀制令では日本国君主の称号は場面により天子・天皇・皇帝と使い分けると規定されており、天皇とは本来「もう一つの中華世界の皇帝(天子)」に他ならないと思います。もちろん、実態も同じだったわけではありませんが、あくまでも理念的には、ということです。天皇号にしても、天武朝とかなり時代の重なる唐の高宗が用いています。すでに推古朝の遣隋使で天子と称していたように、天皇号の成立は当時の日本(倭)が「(中華世界的)普遍性」を追求した長い歴史の中に位置づけられるべきで、決定的な画期とは言えないのではないか、との疑問は残ります。

 現代日本社会では、どうも天皇と(中華世界の)皇帝との同質性が軽視されているように思います。上述したように、日本国君主の称号は、本来天皇に一元化されていたのではなく、天子でもあり皇帝でもありました。律令制成立当初の日本は、理念的には「もう一つの中華」を目指した国だった、ということは強調されるべきでしょう。日本国の正史である『続日本紀』では、日本が「中国」と表記されることさえありました。このように天皇と(中華)皇帝との同質性が軽視されているのは、近代になって日本国君主の称号の表記がほぼ天皇に一元化された一方で、中華世界では唐代半ば以降に(おそらくは)君主の称号として天皇号が用いられなかったからなのでしょうが、その近代日本においても、皇帝が用いられることもありました。これは、中世〜近世後期にかけて天皇号は公的には用いられなかったことが、一般にはあまり知られていない(だろう)こととも関連しているのでしょう。

 日本国号成立に関しても過大評価されているのではないか、との疑問は残ります。小林敏男『日本国号の歴史』(吉川弘文館、2010年)では、日本国号の画期性を強調する見解は呼称の変化に本質(実体)を見る観念的言説で、自称としてのヤマトの連続性が強調されています(関連記事)。同書では、日本という国号の表記の発信源は中華世界にあり、百済や新羅、とくに百済の知識人が倭の別称として用いたのが直接の起源で、それが渡来人などによりヤマトに伝わり、遅くとも天智朝期には、ヤマト朝廷周辺で百済系渡来人や知識人の間で使用されており、正式に対外的な呼称として採用される前提を形成していたのだ、と推測されています。

 確かに、天皇号にしても日本国号にしても、その成立の意義を軽視することはできませんが、ともに当時の日本(倭)が「(中華世界的)普遍性」を追求した長い歴史の中に位置づけられるべきで、その画期性の強調は、多分に呼称の変化に本質(実体)を見る観念的言説ではないか、とも思います。確かに、律令の制定は日本列島において画期ですが、それにより中央集権的体制が確立したというよりは、通俗的に律令体制の「崩壊」と言われるような過程を経て、「日本国」という枠組みはむしろ浸透していったのではないか、と思われます(関連記事)。このような展開の延長線上に、平安時代後期〜江戸時代にかけての長く緩やかな変容があり、日本の「伝統社会」が成立したのではないか、というのが私の見通しです。
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アラビア半島における8万年以上前の現生人類遺骸(追記有)

2018/04/11 00:00
 これは4月11日分の記事として掲載しておきます。アラビア半島で発見された8万年以上前の現生人類(Homo sapiens)の指骨に関する研究(Groucut et al., 2018)が報道されました。『サイエンス』のサイトには解説記事が掲載されています。現生人類の出アフリカに関しては、回数・年代・経路などをめぐって議論が続いています(関連記事)。長く有力とされてきた見解では、現生人類は10万年以上前にレヴァントにまで拡散したものの、絶滅するかアフリカに撤退して「失敗」に終わり、6万〜5万年前頃にアフリカからユーラシアに拡散した小規模な集団が、非アフリカ系現代人の主要な祖先になった、と想定されていました。しかし近年では、10万年以上前に現生人類がアフリカからレヴァントよりもさらに遠方にまで拡散していたのではないか、との見解も支持を集めつつあり、中国では12万〜8万年前頃の現生人類的な歯が発見されています(関連記事)。

 本論文は、サウジアラビアのネフド砂漠のアルウスタ(Al Wusta)遺跡で2016年に発見された、人類の中節骨(アルウスタ1)の年代をウラン系列法により直接的に測定しました。長さは3.2cmです。その結果、この人類の指骨の年代は88000年前頃と推定されました。アルウスタ遺跡では、カバや淡水生カタツムリなど多数の動物遺骸も発見されています。これらの動物遺骸や堆積物は電子スピン共鳴法や光刺激ルミネッセンス法で測定され、人類の指骨の年代との組み合わせで、アルウスタ遺跡の年代は95000〜86000年前頃と推定されています。当時のアルウスタ遺跡一帯の気候は多湿なモンスーン性で、淡水湖のある草原地帯でした。アルウスタ遺跡では多数の石器群も発見されており、中部旧石器的と区分されています。

 アルウスタ1は、現生人類やネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)やアウストラロピテクス属などの人類系統と比較されました。その結果、アルウスタ1は現生人類と識別されました。本論文は、海洋酸素同位体ステージ(MIS)5の後期となる8万年以上前に、アフリカ起源の現生人類はレヴァントよりもさらに遠方にまで拡散し、アラビア半島内陸部の半乾燥草原にも居住するようになった可能性がある、と指摘しています。現生人類は、じゅうらいの想定よりもずっと早期かつ広範に、アフリカからレヴァントよりも遠方にまで拡散していたのではないか、というわけです。

 MIS5に現生人類がアラビア半島まで拡散していた可能性は以前から指摘されていたので(関連記事)、アルウスタ1の発見自体は驚きではありません。しかし、じっさいに人類遺骸が確認されたことの意義はたいへん大きいと思います。ただ、単一の遊離した指骨で現生人類と識別できるのか、現生人類が早期にアラビア半島にまで拡散したとして、どのくらいの期間存続できたのか、疑問視する見解も提示されています。MIS5もしくはそれ以前となる、さらなるアラビア半島の人類遺骸の発見が期待されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


ホモ・サピエンスへの道を指し示すアラビアの指の化石

 最古のホモ・サピエンス(Homo sapiens)の化石がアフリカ大陸やレバント地方ではなくアラビア砂漠で発掘され、その年代を直接測定したことを報告する論文が、今週掲載される。

 Huw Groucutt、Michael Petragliaたちは、現在のサウジアラビアのアルウスタで出土した指の骨の化石を紹介している。この指の化石は、骨の放射性年代測定法による解析から、8万5000年以上前のものと推定されている。このような人骨の直接的な年代測定は、周囲の堆積物や関連する試料のみに基づく年代測定と比べると信頼性が高いが、常に可能とは限らない。今回のアルウスタの指の骨に関しては、電子スピン共鳴法や光刺激ルミネッセンス法を用いて周囲の動物の骨や堆積物も解析され、年代が裏付けられた。

 その指が埋もれた当時、アルウスタ近辺の地域は、多湿なモンスーン性の気候であった。著者たちは、今回明らかになった「緑のアラビア」への初期の人類流入に基づいて、アフリカを出た人類は夏季の多雨に支えられて広く分散し、冬季の降雨によって維持されていたレバント地方の疎林にとどまらず、アルウスタのようなアラビア半島内陸部の半乾燥草原にも居住するようになった可能性があると結論付けている。そして、この新しい環境への適応がホモ・サピエンスの世界的繁栄に至る道筋の初期段階であった可能性が示唆された。



参考文献:
Groucutt HS. et al.(2018): Homo sapiens in Arabia by 85,000 years ago. Nature Ecology & Evolution, 2, 800–809.
https://dx.doi.org/10.1038/s41559-018-0518-2


追記(2018年4月12日)
 ナショナルジオグラフィックでも報道されました。
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NHKスペシャル『人類誕生』第1集「こうしてヒトが生まれた」

2018/04/10 00:00
 これは4月10日分の記事として掲載しておきます。2018年4月18日放送分の感想です。『人類誕生』は3回構成とのことで、今回は直立二足歩行の始まりから現生人類(Homo sapiens)の出現までが取り上げられました。今回は全体的に、人類が逆境下でいかに生き残ってきたのか、という観点からの解説になっていました。50分弱の一般向け番組で最初期の人類から現生人類の出現までを扱うということで、かなり単純化・簡略化されたのは仕方のないところだと思います。NHKらしい迫力のあるCGはなかなかよかったと思います。

 人類の直立二足歩行の始まりの頃は証拠が少ないため議論が続いており、その状況は今後もかわらないでしょう。そのため、雄が食料を獲得して手に持って雌に運ぶ、ということを直立二足歩行定着の選択圧であるかのように描いた今回の内容に、批判的な視聴者は少なくないかもしれません。しかし、上述したように、時間的制限のあるなか、複数の見解を取り上げるのは難しかったでしょうから、有力説の一つのみを紹介するのも仕方のないところかな、とは思います。

 石器製作の始まりに関しても同様で、今回はホモ属の出現以降のこととされていましたが、現時点では、ホモ属出現のずっと前の330万年前頃までに石器製作は始まっていた、と考えるのが妥当だと思われます(関連記事)。ただ、330万年前頃の石器が後のホモ属の石器と連続的なのか、まだ確証はありません。人類は古くから石を使用しており、350万年前頃には石器を製作するようになったものの、それは継続せず、(何度も)断絶した後に、260万年前頃になって完新世まで技術的につながるような石器が初めて出現した、とも考えられます。ただ、一般向け番組で時間的制約があることを考えると、330万年前頃の石器に触れなかったのは、とくに問題ないと思います。

 逆境下にあった初期現生人類が生き残った一因として、海の貝を食べたことが挙げられており、未知なるものへと挑む現生人類の認知能力として高く評価されていました。確かに、未知なるものへと挑む現生人類の好奇心・挑戦心は、現生人類がアフリカから世界中に拡散するうえで重要な役割を果たしたのでしょうが、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)に関しても、15万年前頃に貝を恒常的に食べていた可能性が指摘されています(関連記事)。貝を恒常的に食べていたことは、他系統の人類と比較しての現生人類の特異的な行動とは言えず、時間的制約があったとはいえ、やや疑問の残った解説でした。本当はもっと色々と述べたいところですが、負傷療養中なので、ここまでにしておきます。
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大河ドラマ『西郷どん』第13回「変わらない友」

2018/04/09 19:10
 Twitterで投稿しましたが、一昨日(2018年4月7日)に負傷して入院することになりました。利き腕(上腕から手まで)から脇腹と下肢まで負傷し、人生で最も深刻な怪我だったので、最低でも1週間の入院を覚悟していたのですが、初期治療のおかげで今日から自宅療養となりました。病院で治療に当たっていただいた方々には感謝申し上げます。まあ、これまで通院の必要さえないような軽い怪我しか経験していなかったので、実態より深刻に考えてしまったのかもしれません。利き腕の方も、とても全快とまでは言えませんが、文字入力は何とかできる程度には回復したので(スマホでの上記投稿は、利き腕ではない方で、普段よりずっと時間をかけて書きました)、当分は、短い記事を新たに執筆したり、すでに書いておいた記事を掲載したりする予定です。いくつかまとめ記事の執筆を構想していたので、早いうちに以前並に入力できるようにしたいものではありますが。ネットでお見舞いの言葉を頂いた方々には、改めて感謝申し上げます。以下、昨日放送分の大河ドラマ『西郷どん』の感想です。

 今回は、西郷吉之助(隆盛)の活躍にたいする大久保正助(利通)の複雑な感情と、それによる衝突を乗り越えての両者の変わらない友情が主題となりました。歴史ドラマとしてよりも、普遍的性格の強い物語になっていたと思いますが、その方が一般受けはよさそうです。歴史ドラマとして不満に思っている視聴者も少なくないかもしれませんが、長期の娯楽ドラマとしてはなかなか工夫されていると思いますし、私はまずまず楽しめて視聴できています。正助の新妻である満寿は、正助と吉之助の関係を修復させる役割を果たし、賢妻という位置づけになるようです。安政の大地震で輿入れの遅れた篤姫(於一、天璋院)ですが、ついに13代将軍である徳川家定の御台所となります。語りで予告されていましたが、江戸城明け渡しのさいには、吉之助と篤姫との絆が重要な役割を果たすようで、どのように描かれるのか、楽しみです。
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