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人類史における弔意の起源(橋本琴絵氏公認アカウントのネアンデルタール人論)

2018/01/24 20:00
 これは1月24日分の記事として掲載しておきます。昨年(2017年)の衆院選で広島県第5区に希望の党から立候補した橋本琴絵氏(得票率21.7%、惜敗率32.4%で落選)の公認らしいTwitterアカウント(以下、橋本氏と省略します)が、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)について色々と呟き(関連記事)、それなりに話題になりました。遺伝子とさまざまな認知能力との関連は、もちろん環境も大きく影響してくるのでたいへん複雑であり、現時点では不透明なところが多分にある、と言わざるを得ないでしょう。そうした中で、認知能力に基づくある行動の有無を特定の民族集団や生物学的分類群の遺伝子に起因すると断定するのは、差別主義に他ならないと思います。その意味で、

人間で悪いことをする人なんて誰一人としていない。悪いことはすべてネアンデルタールの血がするの。だから、悪いことをしても、それはあなたがしたんじゃない。ネアンデルタールの血がしたの。獣の血を抑えて。きっとあなたは救われる。あなたそのものが悪いのではないのだから。

との橋本氏の発言は、差別主義そのものと言えるでしょう。橋本氏は、ネアンデルタール人には家族の概念や弔意がなく、仲間を食べる、と述べています。現代人の野蛮な振る舞いはネアンデルタール人の遺伝子に起因する、というわけです。これは、ネアンデルタール人と現生人類(Homo sapiens)との交雑という現在の有力説(関連記事)を踏まえたものでしょう。ネアンデルタール人の食人行為はさほど珍しいわけではありませんが(関連記事)、ネアンデルタール人に家族の概念や弔意がなかったと言えるのか、まだ断定できるような状況ではないでしょう。しかし、後期更新世のイベリア半島北部のネアンデルタール人社会において、夫居制的婚姻行動の可能性が指摘されており(関連記事)、現代人とある程度以上対比できるような家族概念がネアンデルタール人社会にも存在した可能性は高いと思います。

 では、橋本氏が拘っているように見える、ネアンデルタール人の弔意の有無についてですが、こちらも現時点では断定できるような状況ではありません。橋本氏の見解にたいして、ネアンデルタール人は遺骸に花を供えていた、との批判が少なからず寄せられましたが、これは橋本氏にとっておそらく想定済の批判で、容易に反論できるものです。現在では、イラクのクルディスタン地域にある有名なシャニダール洞窟(Shanidar Cave)遺跡ではネアンデルタール人遺骸に花が供えられていた、との見解は疑問視されており、遺骸に花を供えた最古の証拠としては、13700〜11700年前頃のイスラエルの遺跡の事例が知られています(関連記事)。

 この件に限らず、橋本氏はネアンデルタール人や人類進化についてよく調べていると思います。うかつに罵倒・嘲笑すると、簡単に反論されてしまうでしょう。たとえば、ネアンデルタール人の遺伝子が現代人の悪行の要因だとしたら、ネアンデルタール人の遺伝的影響が他の地域集団よりずっと少ないか皆無に近い(サハラ砂漠以南の)アフリカ系現代人のみが理性的なのか、といった疑問が呈されます。これは、人類進化に関する近年の研究の進展をある程度把握している人にとって当然の疑問でしょうが、これも橋本氏にとっては容易に反論できる疑問で、橋本氏は「アフリカ人については他の近縁種(たくさんいるよ)との交雑を研究中」と指摘しています。アフリカ系現代人の悪行は、それら「近縁種」の遺伝的影響だと言いたいのでしょう。じっさい、アフリカにおいても、現生人類と遺伝学的に未知の人類系統との交雑の可能性が指摘されています(関連記事)。

 また、現在では削除されているものの、上述のまとめ記事では残っている、「アジアにはデニソワ人やネアンデルタール人がわんさか今もいます」との発言も、一見すると電波ですが、東アジア系現代人では西ユーラシア系現代人よりもゲノムに占めるネアンデルタール人や種区分未定のデニソワ人(Denisovan)由来の領域の割合が高い、との研究成果を踏まえたものと言えるでしょう(関連記事)。もっとも、本格的な差別主義のために、この件に限らず、橋本氏の人類進化に関する知見は、かなりゆがんだ解釈・表現になっていますが。せっかくの人類進化に関する知見がもっぱら差別主義に用いられているというか、差別主義の根拠を求めて人類進化を調べたようにも見えることは、何とも残念ではあります。

 このように、橋本氏はネアンデルタール人や人類進化についてかなり調べているようで、ネアンデルタール人には弔意がないという見解も、ある程度以上の根拠に基づいています。なお、橋本氏は、埋葬には弔意が必ず伴い、その証拠が副葬品だと考えているようですが、一般に、埋葬概念に弔意(とその考古学的指標としての副葬品)は必要なく、弔意が必要条件となるのは埋葬や鳥葬などの遺骸処置法ではなく、葬送儀礼だと思います。この点で、橋本氏と、私も含めて橋本氏の批判者との間で会話がかみ合っていないところはあります。

 それはさておき、橋本氏は、おそらくは現生人類(Homo sapiens)のことを指しているだろう「人間」には「10万年前」の「墳墓も副葬品もたくさんある」一方で、ネアンデルタール人にはそれらはない、と発言しています。これこそが、「人間」には弔意がある一方で、ネアンデルタール人には弔意がない根拠だというわけです。確かに、ネアンデルタール人に関しては、埋葬は広く認められているものの、確実な副葬品はまだ認められておらず、埋葬と葬儀とは明確に区別しなければならないでしょうが、5万年前よりもさかのぼる、現生人類遺骸に共伴する明確な副葬品の事例は、現時点ではイスラエルのスフール(Skhul)およびカフゼー(Qafzeh)遺跡に限られています(関連記事)。「人間」には「10万年前の人間の墳墓も副葬品もたくさんある」との発言にたいして、スフールおよびカフゼー遺跡以外の事例はあるのでしょうか、と私は尋ねましたが、橋本氏はその他の遺跡を挙げることができませんでした。

 少なくとも現時点では、5万年前頃以降の上部旧石器時代の現生人類に関しても、明確(で豪華)な葬儀的儀式の証拠は稀であり、ほとんどの場合はネアンデルタール人の埋葬とあまり変わりませんでした(関連記事)。また、ネアンデルタール人の子供に関しては、遺骸に副葬品が共伴する可能性が指摘されており、ネアンデルタール人社会では子供がきわめて大切に扱われていたのかもしれません(関連記事)。近い将来、ネアンデルタール人の副葬品の事例が広く認められるようになる可能性は高い、と私は考えています。そうだとすると、現代人と同じとは言えないかもしれないにしても、ネアンデルタール人にも何らかの弔意があった可能性は高いでしょう。

 現時点では、現生人類の起源地であるアフリカでは5万年以上前の明確な埋葬の痕跡が発見されておらず、西アジアやヨーロッパで埋葬や副葬品が確認されているということは、埋葬や副葬品を備えることは現生人類起源の行為ではなく、ネアンデルタール人起源か、ネアンデルタール人と現生人類との接触による何らかの刺激が両集団に(時として)埋葬(および副葬品を供えること)を行なわせる要因になった、とも考えられます。また、現時点での状況証拠からは、埋葬や副葬品を供えることに関して、ネアンデルタール人と現生人類との間に大きな先天的(遺伝的)な違いがあるというよりは、人口密度や他集団との接触頻度など、後天的な社会的要因が決定的だったのではないか、とも思います。そうだとすると、5万年以上前の副葬品自体はごく稀だとしても、ネアンデルタール人にも現生人類にも、同じではないとしても弔意概念は存在した可能性が高そうです。もちろん、今後アフリカで、10万年以上前の埋葬の痕跡が発見される可能性は無視できないほどあるでしょうし、ゲノム解析からも新たな知見が続々と得られるでしょうから、今後、私の考えは変わるかもしれません。

 弔意という概念は現代人では普遍的で、現代人と同じではないとしてもネアンデルタール人でも普遍的だったとすると、その起源は現生人類とネアンデルタール人の最終共通祖先の段階までさかのぼるかもしれません。弔意の状況証拠としては、遺骸を特別に扱うことが挙げられます。たとえば、遺骸の埋葬や、生活空間から離れていたであろう穴に遺骸を集めるなどといった行為です。スペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)では、43万年前頃の少なくとも28個体分となる6700個以上の人骨が一括して発見されており、遺骸の特別な処置が明確に認められます(関連記事)。SH人骨群は、ネアンデルタール人の祖先集団か、その近縁集団だと考えられます(関連記事)。おそらくはネアンデルタール人よりもずっと現生人類とは遠い関係にあるだろうホモ属のナレディ(Homo naledi)は、アフリカ南部に遅くとも335000〜236000年前頃まで存在していましたが、やはり遺骸を意図的に穴に運んでいた可能性が指摘されています(関連記事)。

 これらの事例は葬儀とも解釈されることがありますが、上述したように、埋葬(というか、遺骸の特別な処置)と葬儀とは明確に区別しなければなりません。SH人骨群やナレディの事例は、遺骸が身近にあることによる、腐敗臭などの不快さや肉食獣が接近する危険性を避けるためのものでしかなかった、とも考えられます。SH人骨群に共伴していた石器は副葬品かもしれませんが、単に偶然落ちただけの可能性もあります。ともかく、SH人骨群とナレディに関しては、まだ弔意の存在はとても確認できていない状況です。

 ただ、現生人類とネアンデルタール人に弔意が存在したとすると、上述したように、現代人と同じではないとしても、現生人類とネアンデルタール人の最終共通祖先の段階で何らかの弔意概念が存在した可能性は無視できませんし、それが現生人類およびネアンデルタール人とナレディとの最終共通祖先の段階までさかのぼる可能性すら考えられます。弔意概念の起源については現時点ではとても断定できず、人間ではない現生動物種の事例も含めて、今後の研究の進展が期待されます。
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デスクトップパソコンのCPU周波数を定格に戻したことによる電気代の上昇

2018/01/23 00:00
 これは1月23日分の記事として掲載しておきます。ほぼ8年間使用していた37インチのフルハイビジョン液晶テレビ「REGZA 37Z9000」が昨年(2017年)11月17日に故障したのですが(関連記事)、その後はテレビを購入せず、21.5インチのモニターBenQ「GW2265HM 21.5」を代用品として購入し、録画機と接続しています(関連記事)。その結果、電気代が500円ほど安くなっていたので(関連記事)、1.6GHzにダウンクロックしていたデスクトップパソコンのCPU周波数を定格(3.4GHz)に戻すことにしました。

 どれくらい電気代が上がるのか、気になっていたのですが、250円弱ほど上がっていました。計測対象日数に違いがあるので、その分の違いも考慮しないといけないでしょうが、1ヶ月でこの程度の負担ならば、今後もデスクトップパソコンをCPU周波数定格で運用してもとくに問題ない、と思います。今冬はまだ暖房を使用していないことと、テレビが故障したこともあり、昨年同時期と比較すると2500円強ほど電力代が安いので、デスクトップパソコンのCPU周波数を4.4GHzかそれ以上までオーバークロックしてもよいかな、とも思うのですが、費用対効果は悪そうなので、当分は定格で運用することにします。

 今年になって、Intel製CPUの欠陥問題が広く知られるようになり、修正プログラムの導入によりIntel製CPUの性能が低下する、と報道されました。現在使用しているデスクトップパソコンのCPUはCore i第2世代(Core i7-2600 K)ですから、やはりその影響を受けてしまいます。じっさい、ディスクへのアクセス速度は顕著に低下しました(とくにRandom Read 4KiBとRandom Write 4KiB)。CPUがCore i第7世代(Core i 5-7200U)の方は、それ以上にディスクへのアクセス速度が低下しました。BIOSもアップデートしたからでしょうか。まあ、体感ではそこまで性能低下していないのですが、セキュリティの問題でもありますし、予備のノートパソコンはともかく、デスクトップパソコンの方はできればすぐにでも買い替えたいところです。今度はAMD製CPU搭載のデスクトップパソコンを購入する予定ですが、今すぐ買い替えるか、今年4月以降に登場予定のAMDの新CPU「Zen+」搭載製品まで待つべきか、悩むところです。
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大河ドラマ『西郷どん』第3回「子どもは国の宝」

2018/01/22 00:00
 これは1月22日分の記事として掲載しておきます。今回も、西郷家を中心とした下級武士層の話と、薩摩藩上層部の話の二重構造となっていました。どちらも歴史ドラマとしては重要ですが、これまでのところは、両者が赤山靱負により接続される構成になっており、そこで物語としての一体性が保たれているように思います。島津斉彬は江戸幕府の老中である阿部正弘に働きかけ、薩摩藩当主になろうと画策します。その結果、調所広郷は主君を守るために自分のみが責任を負うことにし、自殺します。これを機に薩摩藩内で粛清が行なわれ(お由羅騒動)、赤山靱負に切腹命令が下されます。

 いよいよ政治ドラマが本格的に動き始めた感じで、今後どう描かれるのか、注目されますが、竜雷太氏演じる調所の登場場面が短かったのは残念です。今回は表題に子供とありましたが、中村半次郎という少年が重要な役割を果たしました。半次郎は後の桐野利秋で、西郷吉之助(隆盛)への忠義はここから始まる、ということなのでしょう。今回の半次郎の話はおそらく創作なのだと思いますが、歴史ドラマとして悪くはないと思います。本作の期待値は低そうで、正直なところ私もあまり期待していなかったのですが、これまでのところは期待値以上の出来になっています。
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更科功『絶滅の人類史 なぜ「私たち」が生き延びたのか』

2018/01/21 00:00
 これは1月21日分の記事として掲載しておきます。NHK出版新書の一冊として、NHK出版から2018年1月に刊行されました。本書は、ヒト(現代人)の変わった特徴はなぜ進化したのか、人類のなかでなぜヒトだけが生き残ったのか、という観点から人類進化史を検証しています。本書は、初心者向けの人類進化史の概説というよりは、ある程度人類進化について知った一般層が、さらに詳しく知るために読むべき手がかりという位置づけのように思われます。本書は近年までの研究成果を踏まえつつ、興味深い論点を検証しており、人類進化史の(第二段階的な)入門書として、良書になっていると思います。

 本書は、ヒトが現生種のなかで特別な存在とも言えるところがある理由として、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)などの他のホモ属各種や、それ以前に存在したアウストラロピテクス属各種など、ヒトの近縁種が絶滅したことを挙げています。近縁種がことごとく絶滅してしまったので、現生種のなかでヒトは特異的なところのある存在になった、というわけです。ヒトを相対化するようなこの視点は、たいへん重要だと思います。また、脳は大きければよいものでもない、といった指摘など、通俗的な進化観を念頭に置いた批判的解説もあり、一般層向けへの配慮も窺われることも、なかなかよいと思います。

 本書はホモ属出現前にもかなりの分量を割いています。人類進化史において占める期間を考えれば妥当と言えるかもしれませんが、ホモ属出現前の人類進化史はそれ以降と比較して圧倒的に証拠が少ないだけに、これは大胆な配分と言えるかもしれません。本書はそれだけ、ヒトを特異的な存在とするにいたった特徴、とくに直立二足歩行の進化を重視しており、どのような選択圧で進化していったのか、さまざまな仮説を取り上げつつ、検証しています。もっとも、この問題は証拠の少なさからまだ確定的なことは言えない状況ですので、今後の研究の進展が期待されます。

 本書は近年までの研究成果を踏まえつつ人類進化史を解説しているので、大きな違和感はとくにありません。一つ、異議を唱えるというわけではないとしても、別の可能性もあるかな、と考えたのは、第3章の犬歯の縮小の問題です。本書では、人類系統の犬歯の縮小は雄同士の戦いが穏やかになったことの表れとされていますが、闘争のさいに、直立二足歩行により可能となった石や木などの使用が、鋭い犬歯の使用より効率的だったため、犬歯を縮小させるような多様体が定着した、とも考えられるように思います。犬歯の使用には密着しなければなりませんが、石や木の使用では、そこまで密着しなくとも相手に打撃を与えることが可能です。石を投げれば、さらに安全に相手に打撃を与えられます。もっとも、初期人類の投擲能力は、現代人というか異論の余地のほぼないホモ属以降と比較して、かなり劣っていたかもしれませんが(関連記事)。


参考文献:
更科功(2018)『絶滅の人類史 なぜ「私たち」が生き延びたのか』(NHK出版)
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レッテル貼りの作用

2018/01/20 00:00
 これは1月20日分の記事として掲載しておきます。レッテル貼りの作用に関する研究(Mace et al., 2018)が公表されました。「魔女である」と名指しするといった、個人を仲間外れにするような否定的なレッテルには、人間社会において長く広範囲に及ぶ歴史があるものの、その社会的な機能はよく分かっていません。魔女のレッテルは、レッテルを貼られた者が信用できない人、あるいは協力的でない人であるという印をつけるために使われていると示唆する研究もあれば、そうしたレッテルは、競争相手の意志をくじくように機能していると指摘する研究もあります。現時点では、どちらの説が正しいかを判断するための定量的なデータはほとんどありません。

 この研究は、中国南西部に住むモソ族の5つの村の800世帯を対象に、インタビューおよび贈り物を使う実験を実施しました。モソ族では、世帯主である女性およびその娘たちは、周囲の人々によって、超自然的な力を備えていて、食中毒に関わる者であると見なされると、「zhu」と呼ばれます。この研究は、世帯間の社会的相互作用を視覚的に再構成することで、「zhu」と非「zhu」にはっきりと分けられる世帯間の社会的ネットワークの存在を見いだしました。zhuの世帯は多くの場合、近親結婚が避けられ、また非zhu集団との間において農作業の協力がなされません。zhuの世帯はむしろ結婚や労役交換を、小規模なサブネットワークの中で優先的に互いにやりとりしています。

 この研究が、zhuの世帯が経済ゲームにおいて他の世帯と同程度に協力的であることを見いだした点は重要です。なぜならば、この結果から、「zhu」というレッテルが「協力的でない、あるいは信頼できない世帯である」という印をつけるために用いられているのではないことが、示唆されるからです。この研究は、魔女であるというレッテル貼りは、家系の繁栄や資源の確保に関して、競争相手の名を汚すことで競争上の優位性を得るための方法として進化してきた可能性がある、と示唆しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


社会的相互作用を構造化する魔女

 中国南西部のある村落では、魔法の使い手(中国語で「zhu」と呼ばれる)のレッテルを貼られることが、結婚の相手、協力の対象、世帯間の取引などに影響を及ぼし得ることが、今週掲載される論文で明らかになった。このようなレッテル貼りは、競争相手となり得る者に対して悪意を示すように機能している可能性がある。

 「魔女である」と名指しするといった、個人を仲間外れにするような否定的なレッテルには、人間社会において長く広範囲に及ぶ歴史があるが、その社会的な機能はよく分かっていない。魔女のレッテルは、レッテルを貼られた者が信用できない人、あるいは協力的でない人であるという印をつけるために使われていると示唆する研究もあれば、そうしたレッテルは、競争相手の意志をくじくように機能していると指摘する研究もある。現時点では、どちらの説が正しいかを判断するための定量的なデータはほとんどない。

 Ruth Mace、Ting Ji、Yi Taoたちの研究グループは、中国南西部に住むモソ族の5つの村の800世帯を対象に、インタビューおよび贈り物を使う実験を行った。モソ族では、世帯主である女性およびその娘たちは、周囲の人々によって、超自然的な力を備えていて、食中毒に関わる者であると見なされると「zhu」と呼ばれる。研究グループは、世帯間の社会的相互作用を視覚的に再構成することで、「zhu」と非「zhu」にはっきりと分けられる世帯間の社会的ネットワークの存在を見いだした。zhuの世帯は多くの場合、近親結婚が避けられ、また非zhu集団との間において農作業の協力がなされない。zhuの世帯はむしろ結婚や労役交換を、小規模なサブネットワークの中で優先的に互いにやりとりしている。今回、研究グループが、zhuの世帯が経済ゲームにおいて他の世帯と同程度に協力的であることを見いだした点は重要である。というのも、この結果から、「zhu」というレッテルが、〈協力的でない、あるいは信頼できない世帯である〉という印をつけるために用いられているのではないことが示唆されるからである。

 研究グループは、魔女であるというレッテル貼りは、家系の繁栄や資源の確保に関して、競争相手の名を汚すことで競争上の優位性を得るための方法として進化してきた可能性があると示唆している。



参考文献:
Mace R. et al.(2017): Population structured by witchcraft beliefs. Nature Human Behaviour, 2, 39–44.
http://dx.doi.org/10.1038/s41562-017-0271-6
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ネアンデルタール人的特徴と祖先的特徴を有する中期更新世のフランスの下顎

2018/01/19 00:00
 これは1月19日分の記事として掲載しておきます。フランスのオート=ガロンヌ県(Haute Garonne)のモンモラン(Montmaurin)のラニッチェ(La Niche)洞窟(以下、MLNと省略)で1949年に発見された、中期更新世のホモ属下顎についての研究(Vialet et al., 2018)が報道されました。当初、MLNの年代は「ミンデル-リス(Mindel-Riss)」間氷期と推定されました。「ミンデル-リス」間氷期は、海洋酸素同位体ステージ(MIS)11〜9(42万〜30万年前頃)に相当します。

 その後、地質学および動物相の証拠に基づき、MLN下顎の年代はMIS7(24万〜19万年前頃)と推定されました。しかし、この研究は、MLN下顎のより精確な年代を特定できるだけの確実な証拠はまだないので、今後の研究を俟つ、と慎重な姿勢を示しています。この研究は、MLN遺跡で発見された石器にルヴァロワ技法(Levallois technique)が欠如していることなどから、MLN下顎の年代はMIS9〜6(30万〜13万年前頃)の範囲に収まると思われ、この期間は下部旧石器時代〜中部旧石器時代への移行期に相当する、と指摘しています。

 この研究は、MLN下顎の形態を再検証しています。現在は、1970年代の分析の時よりも、更新世の人類化石記録が大きく増えており、人類進化に関する理解が進展しているので、その中での再検証には大きな意味がある、と言えるでしょう。この研究で比較対象になったのは、前期更新世〜後期更新世のホモ属および現代人です。比較対象となった更新世のホモ属は、ヨーロッパのネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)のみならず、アフリカ・東アジア・東南アジアのホモ属と広範にわたっており、ハビリス(Homo habilis)やエレクトス(Homo erectus)やハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)や現生人類(Homo sapiens)など多様です。

 解析・比較の結果、MLN下顎の形態はネアンデルタール人の下顎と派生的特徴を2もしくは3個しか共有していない、と明らかになりました。一方で、MLN下顎の形態は、アフリカやユーラシアの前期および中期更新世のホモ属のそれとより密接に関連していました。MLN下顎にはホモ属系統の進化史における祖先的特徴が見られる、というわけです。

 一方で、MLN下顎の臼歯の形態に関しては、スペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)の人類群およびネアンデルタール人の変異内に収まります。SH人骨群は形態的にはネアンデルタール人と派生的特徴を有しており(ネアンデルタール人の派生的特徴すべてを有するわけではありませんが)、43万年前頃という年代から、ネアンデルタール人の祖先集団(の一つ)もしくはその近縁集団と考えられます(関連記事)。核DNAの解析からも、SH集団とネアンデルタール人との近縁性が明らかになっています(関連記事)。

 おそらくは24万〜19万年前頃のMLN下顎のこうした特徴は、中期更新世のヨーロッパにおけるホモ属の複雑な進化を示している、とこの研究は指摘しています。おそらくネアンデルタール人の進化は単線的ではなくモザイク状であり、中期更新世のヨーロッパにおいて複数系統の人類集団が共存し、遺伝的浮動や創始者効果や交雑などにより複雑な進化が生じたのではないか、というわけです。40万年前頃のポルトガルの人類頭蓋からは、中期更新世のヨーロッパにおいて、人類集団間または集団内の多様性と複雑な人口動態が見られ、さまざまな水準の孤立と交雑を伴う多様な集団置換が想定される、との指摘もあり(関連記事)、この研究はそうした見解と整合的と言えるでしょう。おそらくMLN下顎は、ネアンデルタール人と交雑した非ネアンデルタール人系統に属すのだと思います。


参考文献:
Vialet A, Modesto-Mata M, Martinón-Torres M, Martínez de Pinillos M, Bermúdez de Castro J-M (2018) A reassessment of the Montmaurin-La Niche mandible (Haute Garonne, France) in the context of European Pleistocene human evolution. PLoS ONE 13(1): e0189714.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0189714
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強力な侵略種としての現生人類

2018/01/18 00:00
 これは1月18日分の記事として掲載しておきます。「史上最強の侵略種ホモ・サピエンス」と題する記事がかつて『日経サイエンス』に掲載されましたが(関連記事)、確かに、現生人類(Homo sapiens)が強力な侵略種であることは否定できないでしょう。その記事では、現生人類の拡散に伴い、(直ちにというわけではないとしても)ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のデニソワ人(Denisovan)といった現生人類と同じくホモ属の種(もしくは分類群)が絶滅し、現生人類が人類史上初めて、後期更新世にオーストラリア大陸(更新世の寒冷期にはニューギニアと陸続きでサフルランドを形成していました)やアメリカ大陸にまで拡散すると、それから間もなくして大型動物が絶滅した、と指摘されています。

 オーストラリア大陸やアメリカ大陸における後期〜末期更新世の大型動物の絶滅に関しては、人為的要因を否定する見解もあり、議論が続いています。しかし、オーストラリア大陸(関連記事)でもアメリカ大陸(関連記事)でも、大型動物の絶滅にある程度以上人為的要因があるのは確かだろう、と思います。「自然と調和してきた先住民」といった言説は、現代の環境破壊を否定する文脈でしばしば取り上げられますが、私はかなり疑問に思っています。

 ネアンデルタール人やデニソワ人といった現生人類と同じホモ属の絶滅に関しても、要因は色々と議論されており(関連記事)、現生人類との競合よりも寒冷化を重視する見解も提示されています(関連記事)。もっとも、ネアンデルタール人とデニソワ人は絶滅したとはいっても、両者のDNAは現代人にわずかながら継承されているわけで、より正確には、ネアンデルタール人とデニソワ人の形態的・遺伝的特徴を一括して有する集団は現在では存在しない、と言うべきかもしれませんが。

 ネアンデルタール人の絶滅要因に関しては、ネアンデルタール人と現生人類とはヨーロッパで短くとも数千年程度共存しており(関連記事)、現代のドイツ領域では、ネアンデルタール人は人口が最大となったすぐ後に絶滅し、同じ頃に現生人類が拡散してくる、との見解も提示されていること(関連記事)から、やはり現生人類との競合が決定的要因になったのだと思います。もちろん、現生人類とは無関係に絶滅したネアンデルタール人の地域集団もあったとは思います。

 デニソワ人に関しては、まだ南シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)でしか発見されていないので(関連記事)、その絶滅要因をネアンデルタール人と同水準で検証することは、とても無理な状況です。ただ、ネアンデルタール人と同じくデニソワ人も現生人類と交雑しており、現代では(デニソワ人の形態的・遺伝的特徴を一括して有する集団は)存在していないわけですから、やはり、現生人類との競合が決定的な絶滅要因になった可能性は高いと思います。

 インドネシアのフローレス島で後期更新世まで存続していたホモ属であるフロレシエンシス(Homo floresiensis)は、以前には年代が2万年前以降と推定されていたので、現生人類が近隣地域に拡散してきてから数万年も共存していた事例として謎でしたが、推定年代の見直しにより、5万年前頃までに絶滅した可能性が高くなりました(関連記事)。これは、上記の「史上最強の侵略種ホモ・サピエンス」の公表以降に明らかになりました。オーストラリア大陸への現生人類の拡散は65000年前頃(関連記事)、スマトラ島への現生人類の拡散は73000〜63000年前までさかのぼる可能性が指摘されているので(関連記事)、フロレシエンシスも現生人類との競合により絶滅した可能性が高いように思われます。

 このように、現生人類は各地で同じホモ属の先住民を直接的・間接的競合により絶滅に追い込んだと考えられるのですが、競合とはいっても、具体的にどのような要因なのかというと、議論になりそうです。おそらく、現生人類と他のホモ属との潜在的(先天的)な認知能力の違いを想定する見解が最も一般的というか、有力だろうと思います。そのために現生人類は食資源の獲得などで他のホモ属にたいして優位に立った、というわけです。また、先天的な認知能力の違いはなくとも、後天的な社会的要因(集団規模の違いなどに起因する技術の優劣など)に起因する優位性を想定する見解も有力だと言えるでしょう。

 しかし、こうした能力面での優位性がとくになくとも、現生人類がネアンデルタール人を絶滅に追い込むこともあり得る、との見解も提示されています(関連記事)。現時点では、現生人類が他のホモ属を絶滅に追い込んだ具体的な要因は不明です。おそらく、他のホモ属は複合的な要因により絶滅したのでしょう。先天的もしくは後天的な要因の優劣関係が現生人類と他のホモ属との間にあった可能性は高いでしょうし、現生人類がもたらした感染症も地域によっては大きな影響を及ぼしたのかもしれません。もちろん、気候要因も考えられます。

 ヨーロッパのネアンデルタール人に関しては、48000年前頃のハインリッヒイベント(HE)5における寒冷化・乾燥化により衰退したことが、絶滅の前提になったかもしれません(関連記事)。これまでならば、そうした気候悪化に伴う衰退の後にネアンデルタール人は回復してきたのですが、ヨーロッパではHE5の後、急激に温暖化した47000年前頃に現生人類が進出してきたため、強力な侵略種である現生人類との直接的・間接的競合により、ネアンデルタール人は絶滅した、というわけです。

 これはあくまでもヨーロッパにおけるネアンデルタール人の事例で、デニソワ人やフロレシエンシスについては、また違った絶滅の様相があるかもしれません。ともかく、現生人類はある時期(10万〜7万年前頃、あるいはそれ以前?)以降、他のホモ属にたいして何らかの点で優位に立ち、強力な侵略種となったことで、他のホモ属やオーストラリア大陸・アメリカ大陸の大型動物を絶滅に追い込んだのでしょう。特定の生物種が強力な侵略者として、競合する他の生物種を衰退・絶滅に追いやった事例は地球史上珍しくないかもしれませんが、大型動物で地球規模の深刻な事例となると、現生人類が初めてではないか、と思います。
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ファミリー劇場HDリマスター版『太陽にほえろ!』692話〜695話

2018/01/17 00:00
692話「捜査に手を出すな!」7
 山さんが殉職して初めての放送となりますが、オープニングに山さんが登場せず、本当に山さんがいなくなったのだな、と思い知らされ、何とも寂しいものです。今回は山さんについてとくに言及はありませんでしたが、冒頭で山さんの机に花が置かれている場面が描かれました。部屋には誰もおらず、しんみりとした雰囲気でしたが、山さんの殉職はあっさりとしたものでしたから、これでよかったのではないか、と思います。話の方は、一係が覚醒剤取引容疑で貿易商の男性を逮捕したところから始まります。覚醒剤の取引相手の暴力団の思惑に、容疑者の妹と、かつてデュークに世話になった男性も関わってきて、喜劇的要素も入れつつ話が展開します。妹が警察や暴力団を出し抜こうとするオチは、ある程度予想できたとはいってもなかなか楽しめましたし、デューク無双的なアクションシーンもあり、娯楽作品としてまずまずの質ではないか、と思います。ただ、残念ながら、視聴率が低迷する末期において、新たに視聴者を獲得するほどの出来ではなかったでしょうか。


693話「わが子へ!」8
 相次いで犬が毒殺されます。ついには中学生の男子も毒殺されますが、トシさんは殺された男子の頭の傷に注目します。トシさんが捜査を進めると、殺された男子は虐めの主導者だったことが分かります。殺された男子の担任は虐めとの関係を必死に否定しますが、トシさんは虐められた男子の名前を聞き出し、男子生徒の家を訪ねます。しかし、男子生徒の父親は息子をトシさんと会わせようとはしません。トシさんの家庭事情も絡んで話が進み、本作ではたまにある子供の深刻な問題を扱った社会派的な重い話になっています。残念なのは、全盛期よりも視聴率が低迷するなかでの放送だったことでしょうか。


694話「出口のない迷路」9
 尾島和久という男性がアパートの階段から転落して負傷し、救急車で病院に搬送されます。その側には怪しげな男性がいました。尾島は救急車の中で、金貸しの男性に突き落とされたと主張していましたが、ドックとマイコンが病院に到着すると、自分で足を滑らせて落ちてしまった、と証言します。ドックは、尾島和久という名前に覚えがありました。ドックの学生時代の友人が書いた、尾島を主人公にした小説を読んだことがあるからでした。その小説の尾島は不運な男で、ドックは心配になって尾島の手術の結果を待つことにします。すると、ドックの懸念が的中し、尾島は簡単な膝の手術にも関わらず、出血多量で死亡します。ドックは、ほぼ同時に病院に搬送された、バイクに轢かれた血栓症の男性と間違えて、病院が尾島にアスピリンを投与してしまったのではないか、と推理します。ドックは、医療ミスによる保険金の支払いを金貸しが計画したのではないか、と考えて尾島の妻を問い質しますが、尾島の妻はあくまでも、夫が自分で足を滑らせて落ちたのだ、と証言し続けます。病院側で工作に関与したと考えられる看護師も毒殺され、捜査は行き詰まります。ドックは尾島の妻を調べ続け、尾島が娘との心中未遂の後、生き方を変えようとしたのだ、と気づいて尾島の妻に伝え、説得します。尾島の妻は夫の遺作となってしまい、入選がほぼ決定していた小説を読んで夫への想いを取り戻し、金貸しが尾島夫妻を脅迫していた、と証言します。

 謎解き要素があり、こちらもなかなか面白かったのですが、尾島夫妻の人間関係の機微と苦い結末は、最後に救いもあったものの、大人の話としてよかったと思います。本作も末期に入り、視聴率は低迷していましたが、最近視聴した話に関しては、脚本の出来は全体としてそんなに悪くないと思います。今回も含めてこの時期の話を少なくとも一度は視聴しているはずなのに、ほとんど忘れてしまったこともあって、新鮮な気持ちで楽しめています。まあ、10代前半の頃と40代半ばの今とでは、同じ作品でも感じ方が違う、ということでもあるとは思いますが。今回のような話をしっかりこなせるとは、ドックも末期にはすっかり中堅になっていた、ということなのかもしれません。


695話「赤いドレスの女」5
 拳銃密売事件を追うマイコンは、店で男性に追われていると訴える赤いドレスの女性と知り合います。マイコンと謎めいた赤いドレスの女性との関係を軸に話が展開しますが、この女性にマイコンが振り回され、未熟な若手刑事というマイコンのキャラが活かされ、やや喜劇調でもあります。この謎めいた女性の名前は野口美絵で、実は麻薬捜査官でした。かつて本作のセミレギュラーだった村岡房江と同じ役割なのですが、村岡房江への言及がなかったのは残念でした。話の方は、謎めいた野口の存在を活かしていますし、久々の女性麻薬捜査官ものなので、新鮮ではありました。ただ、全体的に盛り上がりに欠けた感はあります。
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大河ドラマ『西郷どん』第2回「立派なお侍」

2018/01/16 00:00
 これは1月16日分の記事として掲載しておきます。第2回となりますが、冒頭から西郷吉之助(小吉)や大久保正介(利通)や大山格之助(綱良)や有村俊斎(海江田信義)といった重要人物が成人役で登場します。重要人物をあまり子役で引っ張らないのは好感が持てます。今回は、幕末の薩摩藩の様子を背景に吉之助(隆盛)たち重要な若者たちの人となりが示され、青春群像劇的性格が強くなっていました。正義感が強く優しくて青臭い吉之助の苦悩と挫折が描かれ、陳腐とも言えますが、普遍的な安定した話になっていました。薩摩藩上層部の様子も描かれ、ここは王道的な歴史ドラマになっていたと思います。調所広郷は今回が初登場となりますが、竜雷太氏はすっかり貫禄のある老人役が似合うようになり、感慨深くもあります。

 吉之助の身分でいきなり調所広郷のような家老に会えるのかな、とも思いますが、幕末の薩摩藩の事情には疎いので、的外れな疑問かもしれません。大久保正介は冷静で現実的な思考の人物として、有村俊斎はお調子者として描かれ、これも陳腐な人物造形と言えるかもしれませんが、安定感はあると思います。正直なところ、原作者と脚本家を警戒して期待値は高くなかったのですが、長期の歴史ドラマの序盤としてさほど悪くないように思います。まあ、過去の作品(の一部)を絶賛して最近の作品を罵倒するような「声の大きな大河ドラマ愛好者」は、つまらない、重厚感がない、などと「批判」し、この記事も含めてそれなりに評価する意見を、分かっていない、などと言って嘲笑するのかもしれませんが。
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初期人類の進化とチンパンジー・ゴリラ

2018/01/15 00:00
 これは1月15日分の記事として掲載しておきます。現生種で現代人と最近縁なのはチンパンジー属(Pan)で、チンパンジー(Pan troglodytes)とボノボ(Pan paniscus)の2種に区分されています。次に現代人と近縁な現生種はゴリラ属(Gorilla)の各種で、その次に近縁なのはオランウータン属(Pongo)の各種です。現代人・チンパンジー・ゴリラ・オランウータンの最終共通祖先からまずオランウータン系統が、次に現代人・チンパンジーの共通祖先系統とゴリラの祖先系統が、その次に現代人の祖先系統とチンパンジーの祖先系統が分岐しました。現代人の祖先系統と分岐した後、チンパンジーの系統はチンパンジーとボノボの系統に分岐しました(参照図)。この参照図は他サイトより引用しました。

 配偶行動など初期人類の社会構造と生態については、化石記録からも推測は可能です。たとえば、体格の性差についてある程度以上明らかになれば、社会構造を推測することも可能となります。一般に、霊長類で雌雄(男女)の体格差が大きいと(性的二型)、ハーレム型社会を形成する傾向にある、と考えられています。ホモ属よりも前の初期人類については、現代人よりも雌雄の体格差が大きかった、との見解が有力で(関連記事)、初期人類はハーレム型社会を形成していたかもしれません。しかし、300万年以上前のアウストラロピテクス属のアファレンシス(Australopithecus afarensis)では、雌雄の体格差は現代人とさほど変わらなかった、との見解も提示されています(関連記事)。大型類人猿のDNA解析結果からは、人類は、乱婚型社会は経験せず、ハーレム型社会は経験したかもしれない、と指摘されています(関連記事)。初期人類の雌雄の体格差や社会構造・生態については、確実な直接的証拠を得るのが難しい、と言えるでしょう。

 そこで、チンパンジーやゴリラなど、現代人と近縁な現生種の社会構造・生態が初期人類のモデルとして用いられることがあります。ただ、チンパンジーやゴリラなど現代人と近縁な現生種も、現代人の祖先系統と分岐してから、現代人の系統と同じ時間だけ進化してきた、という事実は強く念頭に置いておかねばならないでしょう。もちろん、進化学の専門家はさすがにこのような過ちを犯さないでしょうが、急激な進化を遂げた人類と、人類に近縁の霊長類をはじめとして進化の止まった他の生物という対比を強調する生理学の研究者もいるくらいですから(関連記事)、チンパンジー(ボノボ)・ゴリラは人類と比較して「進化が停滞しており」、初期人類のモデルとして適している、との見解は少なからぬ現代人に共有されているかもしれません。

 確かに、霊長類の進化において、人類はホモ属の出現以降に脳容量を増加させてきており、この点では特異的な進化を遂げたと言えるでしょう。体毛が薄くなったことなど、他にも人類の特異的な進化は色々とあるでしょうが、だからといって、現代人と近縁なチンパンジー・ゴリラと比較して、特定の表現型において現代人が派生的でチンパンジー・ゴリラは祖先的である、と常に言えるわけではありません。たとえば、移動様式に関して、現代人(というか「確実な」ホモ属以降)は直立二足歩行に特化しており、この点は霊長類の進化史において特異的と言えますが、それがチンパンジー・ゴリラと比較してより派生的なのかというと、疑問も残ります。

 直立二足歩行への特化は人類の重要な特徴とされており、現代人の移動様式はチンパンジー・ゴリラと比較して派生的ではないところもあるかもしれない、とは暴論かもしれませんが、大型類人猿において、恒常的ではないとしても、二足歩行は見られます。これは、人類と大型類人猿(人類も大型類人猿の1種と言えますが)の共通祖先はたまに二足歩行をしていた、と示唆しています。一方、チンパンジー・ゴリラのナックル歩行(手を丸めて手の甲の側を地面に当てつつ移動する歩き方)は、かなり特異的な進化とも言えるでしょう。

 初期人類では、アルディピテクス属のラミダス(Ardipithecus ramidus)に関して詳細な研究が公表されていますが(関連記事)、そこから示唆されるのは、最初期の人類はナックル歩行をしていなかったのではないか、ということです。つまり、人類・チンパンジー・ゴリラの最終共通祖先は、ナックル歩行をしていなかった可能性がある、ということです。これは、上述した人類・チンパンジー・ゴリラの分岐順からは、想定しにくいことです。現代人・チンパンジーの共通祖先系統とゴリラの祖先系統がまず分岐し、その後に現代人の祖先系統とチンパンジーの祖先系統が分岐したわけですから、ナックル歩行を可能とする形態学的進化がチンパンジーの系統とゴリラの系統でそれぞれ独自に起きたことになります。

 確かに、そのような収斂進化は進化史においてきょくたんに珍しいわけではありませんが、人類・チンパンジー・ゴリラの最終共通祖先がナックル歩行だった、との想定の方が可能性は高いと言えるでしょう。ただ、ラミダスに関する詳細な研究が公表される前から、チンパンジーとゴリラがそれぞれ独自にナックル歩行を進化させていった、との見解は提示されていました(関連記事)。何よりも、人類の祖先系統とチンパンジーの祖先系統とが700万年前頃以前もしくは500万年前頃までに分岐したとして、その頃から更新世末期まで、チンパンジーとゴリラの祖先はほとんど「確認」されていないので、どのような移動様式だったのか、直接的証拠は皆無に近い状況です。

 ここからは、すでにチンパンジーとゴリラの祖先は発見されているものの、想定される形態と大きく異なっているので、そうだと考えられていないかもしれない、という可能性すら想定されます。移動様式やそれと関わる形態に関して、現代人よりもチンパンジーとゴリラの方が派生的なところもある、という可能性は想定されておくべきだと思います。なお、チンパンジーの化石としては50万年前頃のものが確認されており、チンパンジーはかつて現代よりも広範に分布していたようです(関連記事)。

 このように、初期人類のモデルとしてチンパンジーやゴリラなど現代人との近縁種を想定するのには慎重でなければならないでしょうが、それでも、参考になることも否定はできないと思います。ただ、その場合、ゴリラよりもチンパンジーの方が現代人と近縁だからといって、行動・社会構造や形態などの点でチンパンジーの方がゴリラよりも初期人類に近いとは限りません。ゴリラよりもチンパンジーの方が現代人と近縁とは、あくまでも種系統樹でのことであり、各遺伝子系統樹のなかには、種系統樹と一致しないものもあります。じっさい、ゴリラのゲノムの30%では、現代人とチンパンジーの近縁度よりも、ゴリラと現代人あるいはゴリラとチンパンジーの近縁度の方が高くなっています(関連記事)。

 つまり、行動・社会構造や形態などの点で、チンパンジーよりもゴリラの方が現代人および初期人類と類似している可能性もある、というわけです。この場合、ゴリラと現代人が人類・チンパンジー・ゴリラの最終共通祖先の特徴をより強く保持している(より祖先的)のにたいして、チンパンジーの方がより派生的(より進化している)ということになります。たとえば、人類は発情期・発情徴候の明確化を喪失した、とよく言われますが、これは現代人と最近縁の現生種であるチンパンジーとの比較が根拠になっています。しかし、この点に関しては、チンパンジーよりもゴリラの方が現代人と類似していることから、むしろチンパンジーの方が特殊化(派生的)していった可能性が高い(関連記事)、と言えるかもしれません。

 もちろん、上記の二足歩行に関する推測のように、発情期・発情徴候の明確化に関して、人類・チンパンジー・ゴリラの最終共通祖先は現代人と現生ゴリラよりも現生チンパンジーの方と類似しており、人類系統とゴリラ系統それぞれで類似した特徴が進化していった、という可能性も考えられます。しかし、二足歩行の場合(ラミダスの詳細な研究、チンパンジーとゴリラの祖先がほとんど発見されていないこと)とは異なり直接・間接的証拠がとくにないことから、発情期・発情徴候の明確化に関しては、現代人とゴリラよりもチンパンジーの方が派生的である可能性は高いと思います。チンパンジーとゴリラは、初期人類のモデルとして参考にはなるものの、両者の共通の特徴を初期人類の特徴としたり、種系統樹を根拠にゴリラよりもチンパンジーの方が初期人類の特徴に近いとしたりすることには、慎重でなければならない、と思います。
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後藤明『世界神話学入門』

2018/01/14 00:00
 これは1月14日分の記事として掲載しておきます。講談社現代新書の一冊として、講談社から2017年12月に刊行されました。遺伝学を中心に考古学・言語学などの諸研究成果から、現生人類(Homo sapiens)がアフリカから世界中にどのように拡散したのか、次第に明らかになりつつあります。世界神話学とは、世界の遠く離れた地域同士の神話の類似性(たとえば、日本神話とゲルマン神話)を、現生人類拡散の様相から説明する仮説です。この仮説自体は以前に報道で知りましたが、具体的な内容をほとんど知らなかったので、本書を読もうと思った次第です。

 本書は、世界の神話を古層ゴンドワナ型と新層ローラシア型に分類します。ゴンドワナ型は、サハラ砂漠以南のアフリカやインドの非アーリア系住民地帯やアンダマン諸島やメラネシアやオーストラリアなどで見られます。その特徴・傾向は、ストーリー性が弱く、天地(自然)は最初から存在して絶対的な創造神がおらず、罪を犯した人類には洪水のような罰がくだされるものの、終末論的性格は欠けている、とされます。ゴンドワナ型は現生人類が出アフリカ(10万〜5万年前頃?)の前より語っていた神話群と想定されていますが、オーストラリア先住民やメラネシアの現代人は、アフリカから最初期に拡散してきた現生人類集団が、後続の現生人類集団から強い影響を受けずに形成されてきた、と考えられています(関連記事)。そのために、出アフリカ時点の現生人類の神話が保持されているのではないか、というわけです。

 一方、ローラシア型はユーラシア大陸やポリネシアで見られ、アメリカ大陸については、ローラシア型とゴンドワナ型の混合だ、との見解が本書では提示されています。その特徴・傾向は、ストーリー性が強く、天地(自然)を無から創造する絶対的な創世神がおり、神々の系譜が語られ、世界は秩序化されて明確な時代区分が存在し、終末論が見られることです。本書は、人間と世界の成り立ちを明快に説明するローラシア型は、支配者の正統性の説明に用いられる傾向がある、と指摘します。ローラシア型の起源は4万年前頃の西アジアにあると提唱されていますが、本書は、その起源は3万〜2万年前頃との見解を提示しています。ローラシア型は、騎馬遊牧民の拡散や大航海によるポリネシアへの拡散など、現生人類の最初期の拡散より後の移動により広まり浸透していった、と想定されています。本書は日本神話について、基本的にはローラシア型であるものの、ゴンドワナ型の影響も見られ、それは38000年前頃に日本列島に到達した現生人類集団が持ち込んだ、という可能性を想定しています。

 世界神話学はたいへん興味深い仮説で、今後の研究の進展が大いに期待されます。ただ、本書で主張されているゴンドワナ型神話の意義については、疑問が残ります。本書はゴンドワナ型神話について、人間と動植物や自然現象を区別せず、自民族中心主義や征服者の思想には決して導かれることのない神話であり、現代世界で最も必要とされている思考様式だ、と主張しています。ゴンドワナ型神話は調和と共存を叡智としており、右肩上がりのローラシア型神話とは異なるが故に、現代世界において再評価されなければならない、というわけです。しかし、議論が続いているとはいえ、オーストラリアの最初期の現生人類が大型動物を絶滅させた、という仮説は有力ですから(関連記事)、ゴンドワナ型神話に環境破壊抑制の展望を見出すのは、現代社会の問題意識を過剰に投影しているためではないか、との疑問は残ります。


参考文献:
後藤明(2017)『世界神話学入門』(講談社)
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フェニキア人のmtDNA解析

2018/01/13 00:00
 これは1月13日分の記事として掲載しておきます。フェニキア人のミトコンドリアDNA(mtDNA)解析についての研究(Matisoo-Smith et al., 2018)が報道されました。フェニキア人は紀元前1800年頃に北部レヴァントに出現し、紀元前9世紀までには地中海全域に拡散していました。しかし、フェニキア人の情報はおもにギリシアとエジプトの記録に依拠しており、そこには偏りが生じているかもしれません。本論文は、サルデーニャ島とレバノンのフェニキア人およびフェニキア人出現前の住民の古代mtDNA(14人分)と、現代のレバノンの87人分のmtDNAを新たに解析し、これらを以前に刊行されていたサルデーニャ島の21人の先フェニキア人のmtDNAと比較しました。

 その結果、先フェニキア時代〜フェニキア時代にかけて、いくつかのmtDNA系統で継続性が確認されました。フェニキア人は征服者として地中海各地に拡散していったのではなく、交易商として拡散しつつ、各地の先住民と融合していったのではないか、というわけです。この見解は、考古学的証拠と矛盾しない、と指摘されています。少なくともサルデーニャ島では、先住民とフェニキア人との融合の可能性がたいへん高い、と言えるでしょう。また、フェニキア人の所産であるサルデーニャ島のモンテシライ(Monte Sirai)遺跡では、ヨーロッパ系のmtDNAハプログループU5b2c1が確認されており、フェニキア人社会にはヨーロッパからの女性の移動もあったのではないか、と考えられています。

 Y染色体の解析でも、フェニキア人が地中海各地に拡散していき、現代でも影響を及ぼしていることが指摘されています。フェニキア人系と推定されているY染色体ハプログループは現代では、フェニキア人が影響を及ぼしたと考えられている地域では6%以上、レバノンでは30%以上確認されています。フェニキア人系と考えられるY染色体DNAとmtDNAの分布は必ずしも一致しないのですが、これは、フェニキア人の拡散における性差を反映しているのかもしれません。いずれにしても、フェニキア人の地中海での拡散は男女どちらかに偏っていたものではなく、男女ともに広範に移動し、フェニキア人社会の遺伝的多様性と文化的多様性が示唆されています。


参考文献:
Matisoo-Smith E, Gosling AL, Platt D, Kardailsky O, Prost S, Cameron-Christie S, et al. (2018) Ancient mitogenomes of Phoenicians from Sardinia and Lebanon: A story of settlement, integration, and female mobility. PLoS ONE 13(1): e0190169.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0190169
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スカンジナビア半島の初期人類集団の遺伝的構成

2018/01/12 00:00
 これは1月12日分の記事として掲載しておきます。スカンジナビア半島の初期人類集団の遺伝的構成に関する研究(Günther et al., 2018)が報道されました。スカンジナビア半島は、ヨーロッパで最後に人類が進出した地域です。27000〜19000年前頃となる最終最大氷期(LGM)の期間で、スカンジナビア半島においては23000年前頃に氷床が後退し始め、植物や動物が再度拡散してきました。スカンジナビア半島では、北部でも南部でも、11700年前頃より人類の居住の痕跡が継続的に確認されています。11700年前頃からしばらくは、スカンジナビア半島内陸部には氷床が存在していました。

 スカンジナビア半島の初期人類集団の遺伝的構成は、これまでよく分かっていなかったので、この研究は、スカンジナビア半島の中石器時代の狩猟採集民7人のゲノムを解析しました。放射性炭素年代測定法による較正年代で、最古の個体は9452〜9275年前、最新の個体は5950〜5764年前となります。ゲノムが解析された7人中、男性は4人、女性は3人です。この7人は、ミトコンドリアDNA(mtDNA)のハプログループではU5aとU4aに、Y染色体DNAのハプログループ(男性3人)ではI2に区分されます。網羅率は、女性の1個体で57.79倍と高いのですが、その他の個体は最大でも4.05倍で、最小の個体は0.10倍です。

 ゲノム解析の結果、スカンジナビア半島の初期人類集団は、西方狩猟採集民集団と東方狩猟採集民集団の混合だと推測されています。考古学的証拠も考慮すると、スカンジナビア半島には、まず西方狩猟採集民集団が南から、その後に東方狩猟採集民集団が北東から到来した、と推測されています。東方狩猟採集民集団は、スカンジナビア半島内陸部の氷床を避けつつ、スカンジナビア半島を北方もしくは南方経由で西部へと進出した、と考えられています。このように、西方狩猟採集民集団と東方狩猟採集民集団との混合により形成されたスカンジナビア半島の初期狩猟採集民集団は、同時代の中央および南部ヨーロッパの狩猟採集民集団よりも遺伝的に多様で、これは現代とは対照的だ、と指摘されています。中石器時代のスカンジナビア半島の狩猟採集民集団の少なからぬ遺伝的多様体が現代では失われてしまった、というわけです。

 注目されるのは、高緯度地帯となるスカンジナビア半島への人類の適応です。高緯度地帯では紫外線量が少なくなるので、ビタミンD合成のために薄い肌の色の方が有利となります。ビタミンDが不足すると、くる病を発症します。逆に低緯度地帯では紫外線量が多いので、肌の色が濃くてもビタミンD合成の妨げにはならず、命に関わるような汗腺の損傷や皮膚の炎症を抑えるためにも、濃い肌の色の方が有利となります。スカンジナビア半島の初期人類集団のゲノムには、低度の色素沈着と関連する多様体が確認されており、高緯度地帯への適応を示しています。また、スカンジナビア半島の初期人類集団は、身体能力と関連する遺伝子領域(TMEM131)において、現代の北部ヨーロッパ人との強い連続性を示しています。


参考文献:
Günther T, Malmström H, Svensson EM, Omrak A, Sánchez-Quinto F, Kılınç GM, et al. (2018) Population genomics of Mesolithic Scandinavia: Investigating early postglacial migration routes and high-latitude adaptation. PLoS Biol 16(1): e2003703.
http://dx.doi.org/10.1371/journal.pbio.2003703
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「原始社会」母系制論と唯物史観

2018/01/11 00:00
 これは1月11日分の記事として掲載しておきます。以前にも述べましたが(関連記事)、人類の「原始社会」は母系制だった、という見解は根強いように思います。この見解の根源はモルガンやバッハオーフェンにあるとしても、広範に浸透した直接的契機は、唯物史観というか、エンゲルス『家族・私有財産・国家の起源』にあるのではないか、と思います。もっとも、私はこの問題に関する学説史をほとんど把握していないので、あるいは的外れなことを言っているかもしれませんが、とりあえず、私の認識が大外れではないと仮定して、以下に述べていきます。現在、こうした唯物史観的な「原始社会」母系制論は、以下の引用にあるように、基本的に否定されていると言ってよいでしょう(関連記事)。

 現代の人類学研究は、対偶婚(自由な性関係を許容するカップル関係)の存在は承認しているが、モルガンの集団婚の諸形態論や母系制必然論を批判し、モルガンの集団婚論やバッハオーフェンの生物学的母権論を無批判に導入したエンゲルス『起原』を批判しつつ、未開社会における父系制的親族社会の広範な存在を実証している(サーヴィス1979、ゴドリエ1976、ブロック1996)。

 しかし、今でも一般層には「原始社会」母系制論が根強く浸透しているのではないか、と思います。たとえば、やや古くなりますが、2007年9月刊行の『かごしま歴教協通信』第36号では、当時現役の高校教師だったと思われる大平政徳氏が、以下のように述べています(関連記事)。

さて,戦争のなかった時代とは原始共産制社会です。
その社会は母系制の「平等」社会で,「富」の蓄積が存在せず,貧富の差がない代わりに「飢餓の平等」と言ってもいい社会です。


 この後段において、大平氏が

読者諸賢にとっては筆者がきわめて古めかしい理論を展開しているように思われるかも知れません。

と述べているように、2007年時点でもこうした見解は時代遅れと考えられていたのではないか、とも解釈できます。ただ、それは戦争の起源を唯物史観的に説明することであり、「原始社会」が母系制であることへの疑問ではないように思います。「富の蓄積による私有財産の発生」により「原始共産制社会」から「私有財産を自分の子どもに相続させる男性優位の社会」に移行し、「階級社会」が戦争の根本原因だ、というような典型的な唯物史観的論理は、2007年の時点でとっくに「古めかしい」と一般層にも認識されていたとしても、「原始社会」が母系制であるとの見解まで「古めかしい」と考えられていたのかというと、違うのではないか、とも思います。まあ、本格的に調べたわけではなく、私の観測範囲での感覚にすぎないので、確証があるわけではないのですが。

 上述したように、「未開社会における父系制的親族社会の広範な存在」は実証されているとしても、では、「未開社会」というか、「太古」という意味合いがもっと強く込められているように思う「原始社会」、とくに完新世よりも前においてどうだったのかというと、現時点では具体的な証拠はほとんど得られていない、と言えるでしょう。完新世では、後期新石器時代〜初期青銅器時代の中央ヨーロッパにおいて、夫居制的婚姻行動が示唆されています(関連記事)。

 完新世よりも前では、現生人類(Homo sapiens)の事例ではありませんが、同位体比の分析から、アウストラロピテクス属とパラントロプス属では女性の方が移動範囲は広かった、と指摘されています(関連記事)。同じく現生人類の事例ではありませんが、後期更新世のイベリア半島北部のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)社会において、夫居制的婚姻行動の可能性が指摘されています(関連記事)。

 霊長類学からも、人類社会は父系的な構造だった可能性が指摘されており(関連記事)、元々人類社会は父系的な構造だったものの、ある時期から社会構造が多様化していったのではないか、と思います。それが、現生人類の出現もしくは現生人類系統がネアンデルタール人系統と分岐した後なのか、ホモ属が出現してネアンデルタール人と現生人類の共通祖先が存在した頃なのか、あるいはもっと古くアウストラロピテクス属の時点でそうだったのか、現時点では分かりませんが、早くてもホモ属の出現以降である可能性が高いかな、と考えています。

 唯物史観は今では否定・克服されたとして、その影響力を過大視することに否定的な人は少なくないかもしれませんが、呉座勇一『戦争の日本中世史 「下剋上」は本当にあったのか』(関連記事)で指摘されているように、人々は今でも無意識のうちに唯物史観(階級闘争史観)に拘束されており、克服されたとの認識により、かえって唯物史観の影響に気づきにくくなっているのかもしれません。なお、戦争の起源については、当ブログでも言及したことがあり(関連記事)、上記の引用文の見解には疑問が残りますが、ある程度以上調べたうえで、後日(当分先になりそうですが)改めて当ブログに掲載しよう、と考えています。
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アウストラロピテクス属の出現より前の人類進化についてのまとめ

2018/01/10 00:00
 これは1月10日分の記事として掲載しておきます。今年(2018年)は、このブログで取り上げてきた古人類学関連の記事を整理していこう、と考えています。人類進化について私見をまとめてからもう10年近く経過しましたから(関連記事)、そろそろ情報を整理し、理解しやすくしよう、というわけです。これまでにも、対象を限定して、そうした目的でいくつかまとめ記事を掲載してきました。いきなり人類進化史全体を見通した情報整理は難しいので、これまでのように対象を限定したまとめ記事を掲載していくつもりです。何とか今年中には人類進化史に関する私見をまとめたいものですが、現在の気力・能力・時間的余裕からすると、難しそうではあります。今回は、以前(2014年9月)にまとめたので(関連記事)やりやすい、アウストラロピテクス属の出現より前の人類進化について、このブログの記事を整理していきます。人類進化史のまとめには気力を要するので、まずは負担の軽いところからやって気力を高めていこう、というわけです。

 前回のまとめ以降、アウストラロピテクス属の出現より前の人類進化について、「派手な」発見はないと言えるかもしれませんが、このブログで取り上げた分だけを見ても、研究は着実に進んでいると思います。最も注目されるのは、バルカン半島で発見された700万年以上前の霊長類化石が、チンパンジー(Pan troglodytes)およびボノボ(Pan paniscus)の系統よりも人類系統の方に近縁かもしれない、と指摘した研究です(関連記事)。この研究では、現生類人猿の系統と現代人系統を含むヒト科系統の主要な分岐は、アフリカ北部での砂漠の拡大やヨーロッパの地中海沿岸地域の草原の拡大といった環境変化を背景として、アフリカ以外の地で起きたのではないか、と示唆されています。これまで、ホモ属ではない人類系統が出アフリカを果たした確実な証拠はない、とされていたのですが、もしこの見解が妥当だとすると、人類進化史は大きく書き換えられることになります。570万年前頃のクレタ島西部の足跡は初期人類系統のものだ、との研究もあり(関連記事)、上述の見解と整合的と言えるかもしれません。最初期の人類系統はユーラシアで進化したかもしれない、というわけですが、このような見解が今後有力説と認められる可能性は低いだろう、と思います。

 ケニアでは人類およびアフリカの現生類人猿の共通祖先の近縁種と推測される1300万年前頃の類人猿化石が発見されており(関連記事)、エチオピアで発見されたゴリラ属(Gorilla)の祖先候補となる類人猿化石の年代は800万年以上前と推定されています(関連記事)。やはり、人類とアフリカの現生類人猿(ゴリラ属とチンパンジーとボノボ)は、中期更新世以降にアフリカで進化したと考えるのが妥当ではないか、と思います。

 人類と他の類人猿とを分かつ決定的な特徴は常習的な直立二足歩行とされていますが、以前は、地上への進出との関連で常習的な直立二足歩行が説明されていました。しかし近年では、それはすでに樹上で始まっていた、との見解が有力になっているように思われます。チンパンジーの研究からは、類人猿の地上生活は季節的なものでエネルギー節約のためであり、地上生活と常習的な直立二足歩行の始まりを関連づける必要はないだろう、と指摘されています(関連記事)。エタノールを効率的に代謝できる変異の推定出現時期に関する研究からも、人類・チンパンジー・ゴリラの共通祖先は、地上での活動を増やし適応していくことで生き延びた可能性が指摘されています(関連記事)。地上では樹上よりも発酵の進んでいる果物を見つける可能性が高いので、エタノール代謝能力を高めるような変異が生存に有利に働き、集団に定着していったのではないか、というわけです。

 直立二足歩行に関しては、現代人とチンパンジーとの間で類似性が指摘されており(関連記事)、アウストラロピテクス属よりも前のアルディピテクス属のラミダス(Ardipithecus ramidus)に関する詳細な研究(関連記事)からは、人類・チンパンジー・ゴリラの最終共通祖先の歩行形態は現生のチンパンジーとゴリラに見られるナックルウォークだっただろう、とする有力説には疑問が投げかけられていることと関連してくるのではないか、と思います。これと関連しますが、現代人・化石人類・現生類人猿も含む霊長類・化石類人猿の手の比較からも、現代人とチンパンジー・ゴリラとの(もしくは現代人とチンパンジーとの)最終共通祖先のモデルとして、現生類人猿を想定することの問題点が指摘されています(関連記事)。こうした問題は、人類・チンパンジー・ゴリラの進化関係についても言えることで、チンパンジー(およびボノボ)はゴリラよりも人類の方と系統的には近縁ですが、特定の行動・形質に関しては、人類の祖先のモデルとしてチンパンジーよりもゴリラの方が適しているかもしれない、と指摘されています(関連記事)。

 人類の社会構造については、化石・遺物からもある程度は推測可能ですが、限界もあるので、現代人と近縁の霊長類の事例も大いに参考になると言えるでしょう。大型類人猿(チンパンジー・ボノボ・ゴリラ・オランウータン)のY染色体とミトコンドリアのDNA解析・比較からは、人類の社会構造は配偶形態においてチンパンジーよりもゴリラの方に近かったのではないか、と推測されています。人類はその進化史において配偶形態では、「乱婚」社会は経験せず、「ハーレム」社会は経験したことがあるかもしれない、というわけです(関連記事)。
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大河ドラマ『西郷どん』第1回「薩摩のやっせんぼ」

2018/01/09 00:00
 これは1月9日分の記事として掲載しておきます。いよいよ今年(2018年)の大河ドラマが始まりました。西郷隆盛はすでに大河ドラマで一度主人公として取り上げられていますし(1990年放送の『翔ぶが如く』)、また薩摩藩視点の幕末ものということで、率直に言って、かなりうんざりしています。しかも、篤姫(天璋院)との淡い恋も描かれるとのことで、NHKは本当に『篤姫』幻想に囚われているのだなあ、と改めて思ったものです。確かに、2008年放送の『篤姫』は21世紀の大河ドラマとしては驚異的な高視聴率を誇っていますが、いつまでもその「(あくまでも視聴率的な意味での)成功体験」に囚われているのはどうかと思います。しかし、このブログを始めてから10年以上、大河ドラマの初回は必ず感想記事を掲載してきたので、今回もとりあえず掲載します。

 さて、初回についてですが、オープニングは、なかなか迫力のある映像だったように思います。音楽はさほど良いとは思いませんでしたが、聴き続けると印象が変わってくるかもしれません。冒頭で先の出来事を少し描き、その後過去にさかのぼって本格的に物語が始まるという手法は、近年の大河ドラマではすっかり定着したように思われますが、今回は、1898年12月18日の、上野公園の西郷隆盛の銅像の除幕式から始まります。除幕式には、西郷隆盛の妻の糸と弟の西郷従道が出席していました。この後、成人後の西郷隆盛がイメージカットで短時間登場しましたが、これは2012年放送の大河ドラマ『平清盛』と同様です。こうした手法が用いられるようになったのは、遅くとも第2回の後半以降に主人公の成人役を登場させれば、主演を毎回オープニングのクレジットに載せることができるからだろう、と私は邪推しています。

 それはさておき、話の方ですが、今回は西郷隆盛(小吉)の子供時代が中心に描かれました。薩摩藩の文化・政治状況と西郷家の様子が描かれ、西郷隆盛が主人公の長期ドラマの初回として、意外と無難な出来になっていたように思います。正直なところ、事前の諸々の情報からかなり警戒していました。まあ、糸の活躍場面と小吉の女装と発言はやり過ぎだったかな、とも思いますが。ロケを多用しての映像は迫力があったと思います。今回は薩摩藩内でのみ話が進み、序盤は長州や土佐や会津など他藩の動向はあまり描かれないのかもしれません。幕府は、島津家の当主問題にも関わってくるので、序盤からある程度描かれるのかもしれませんが。小吉や糸の台詞からは、やはり今後は危ういのかな、とも思うのですが、初回を視聴した限りでは警戒していたほどには悪くない内容だったので、全話視聴することになりそうです。まあ、感想記事の執筆には途中で挫折するかもしれませんが。
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古代貴族の歴史観

2018/01/08 00:00
 17年前(2001年)に、「古代貴族の歴史観」と題して4回にわたって雑文を掲載したことがあります。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/history025.htm
http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/history026.htm
http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/history027.htm
http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/history028.htm

 たいへん未熟な内容になってしまっているのですが、恥ずかしながら、16年経過してもこの問題についてほとんど勉強が進んでいません。今後、少しずつ調べていこうと考えているのですが、記事が4本に分割されていると読み返すのが面倒なので、1本にまとめてこのブログに掲載することにしました。私にしか役立たない記事となりますが、このブログはほとんど備忘録のようなもので、これでよいかな、と思います。なお、漢字を平仮名にしたり、算用数字を半角にしたりと一部の表記を見直したり、分割掲載のための余分な説明を省略したり、段落構成を変更したり、誤字脱字を修正したり、文章を一部入れ替えたり、文章表現をこのブログに合わせたりしましたが、基本的には当時の記事の再掲です。皇祖神についてなど、この16年間に新たに得た知見もありますが、今回は修正しないことにします。歴代の「天皇(という称号の成立は7世紀以降なのでしょうが)」に関しては、「実在」か否か、「即位」前か後かに関わらず、表記は後代の漢風諡号で統一します。以下、本文です。



 表題では「古代貴族」としましたが、これは皇族なども含めて7世紀後半〜8世紀後半における律令国家の支配層全体を含んでいます。不正確な表現でしょうが、前之園氏の表現に倣ったのと、「古代貴族」とすると簡潔に見えるように思われたので、こうしました。

 戦後になって水野祐氏により提唱された王朝交替説は学界のみならず在野にも大きな影響を与え、水野説にたいして肯定的または批判的な立場から様々な王朝交替説が提示されました。こうした王朝交替説にたいして、根本的な批判もなされるようになり、前之園亮一氏は『古代王朝交替説批判』(吉川弘文館、1986年)などにおいて、王朝交替説とは古代貴族階級の時代区分観を王朝の交替と誤認したものである、と批判しました。前之園氏の提示する古代貴族階級の時代区分観が妥当なものかどうか、私には判断するだけの見識はありませんが、興味深い見解だと思います。以下、この前之園氏の見解や遠山美都男『天皇誕生』(中央公論社、2001年)を参考に、古代貴族の歴史観と『日本書紀』について述べていきます。


 『日本書紀』については権力側の自己正当化と記述の正確さという問題があり、在野の研究者の中には、この問題を重視して、『日本書紀』における歴史の捏造を強調する人も多くいます。確かに、『日本書紀』の記述がどこまで歴史的事実に即しているかはよく分からず、推古朝以降の記事はおおむね信用できるのではないか、というのが一般的な見解でしょうから、推古より前の記事にどこまで信憑性があるのか、よくは分からない、ということになります。

 何故このようになったのかというと、少なからぬ論者が、天皇(皇族)の万世一系と支配層の正当性を証明するために、都合の悪い歴史的事実を隠蔽しようとして過去の記事を捏造したのだ、と主張するわけですが、この点には疑問が残ります。確かに、支配の正当化のための捏造がなかったとは言いませんが、『日本書紀』の記事が年代をさかのぼるほど信憑性が低くなる根本的な要因は、政治的圧力よりも編者の歴史的知識と見識の欠乏にあった、と私は考えています。

 つまり、推古より前に関しては、文字史料がきょくたんに少なかったため、歴史事実があまり正確には伝えられず、その時代に関する歴史的知識が乏しかったのに、推古以前の時代についても歴史書として書かねばならなかったため、編者(というか、編者も含めての当時の支配層)の価値観(願望や理想像も含まれます)・歴史観に大きく依拠した記述となり、乏しい歴史知識に基づいた歴史観によって書かれたので、時として史実とは大きく異なる記述になったのでしょう。この古代貴族の歴史観について、『日本書紀』に即して述べていこう、というのが私の意図するところです。


 『日本書紀』は神話から始まります。多くの地域や共同体においては、歴史の始まりは神話から語られ、神話を排した歴史が一般的となるのは、文字による記録が行なわれるようになったこの5000年間でも、ごく最近のことです。もちろん、合理主義の発達にともない、神話や神話もどきの説話への疑念は呈されるようになっており、中国などは、そうした傾向が世界でも最初期に認められる地域と言えるかもしれません。それはともかく、一般的には、神話を歴史の起点に置くことが圧倒的に長期にわたって行われてきたのでした。

 人間が自らの起源と来歴について関心を抱くのは普通のことで、人類学や遺伝学などの確立していない時代にも、その時代の知見と価値観により、自らの起源と来歴が考えられていました。しかし、よく分からないことだけに、自らの起源を不可知的な存在であると考えていた神に結びつけたのは、自然なことでした。そう考えると、『日本書紀』が神話から始まっているのも当然で、古代貴族の価値観・歴史観が反映された結果であると言えます。もちろん、天皇や各氏族を直接・間接に神と結びつけることにより、支配の正統性と自らの高貴性を証明せんとの意図もあったわけですが、別にそれは必ずしも神に根拠を求めなくても可能なものです。神に自らの根拠を求めたのは、人間の起源を神との密接な関係に求める歴史観というか観念が広く浸透していたからでした。

 古代貴族の歴史観では、神と直接・間接に結びつけられた天皇(皇族)や各氏族は、いきなり神から人になったのではないようで、前之園亮一氏が論じているように、その間に過渡期が設定されていると思われます。つまり、神と人との性格を併せ持つ人物がいた、との設定になっています。『日本書紀』に見える初期の天皇は、驚くほど長命です。初代の神武から15代の応神まで没年齢(数え年)は順に、127・84・57・77・113・137・128・116・111・120・140・106・107・52・110、となります(現在では天皇と数えられていない神功は100歳で没)。応神より後は、没年齢が不明な場合が多く、判明している場合も、一応は常識の範囲内に収まっています。このような長命は、応神以前は天皇が未だに神と人との中間的存在である、と理解されていたからで、異様な長命も何ら不思議ではありません。

 一方で、推古朝に建国の年代を大幅に繰り上げた結果、各天皇の寿命が大幅に引き延ばされた、との見解もあります。この見解を全否定するつもりはありませんが、さらにはそこから、『日本書紀』に見える歴代の天皇は実在しており、初期の天皇の不自然な長命は無理に建国の年代を繰り上げたためで、初期の天皇が架空の人物だとしたら、このような不自然な寿命にするのではなく、適当にさらに何代かの天皇を創作し、それぞれの天皇の寿命をもっともらしいものにすればよい、との見解も提示されています。しかし、この見解はまったくの誤りでしょう。神と人との中間的存在である天皇が常識外れの長命であることは、古代貴族の歴史観に沿ったものであり、彼らにとって不自然なことではなかったのです。


 『日本書紀』では、最初から天皇の支配が「日本」全土に及んでいたとされているわけではありません。天皇の支配が「日本」全土に及ぶ(「全国支配」も、古代貴族の歴史観というか、観念・理想・願望なわけですが)に至った経緯についても、古代貴族なりの歴史観があり、それに沿って『日本書紀』は編纂されました。後に初代天皇とされた彦火火出見(神日本磐余彦天皇または神武天皇)が、元は日向(現在の宮崎県)にいたことはよく知られています。神武は45歳になった時、東征を決意して出立するわけですが、そのさいの決意表明は、大略次のようなものです。

 昔、天神がこの国を我が祖先に授けられ、代々祖先の神々はこの西のほとりを統治して善政をしいてこられ、恩沢がゆきわたった。だが遠国では、まだ王の恩恵を受けず、邑(ムラ)には君(キミ)が、村(アレ・フレ)には長(ヒトコノカミ)がいて、境を分かって相争っている。さて、塩土老翁(シオツトノオキナ)に聞くと、東方によき地(クニ)があり、青い山に囲まれていて、天磐船(アマノイワフネ)に乗って飛び降りた者がいるという。余が思うに、その地(クニ)は大業を広め、天下を治めるのに充分であり、国の中心となろう。何としてもそこへ行き都としよう。

 まず、この国の統治権が神により自らの祖先に与えられたこと、故に自らの全国支配が正当なものであることを述べていますが、だからといって当初より全国支配がなされていたと主張しているわけではありません。邑や村といった単位で首長がいて、それぞれ境界を争っている、と述べられています。現在の訓読みでは共に「ムラ」という邑と村とが別に記述されているのは興味深いことで、知見不足なので見当外れの説明になっているかもしれませんが、村の連合体が邑で、邑同士で境界を争っているのみならず、その邑を構成する村同士でも境界を争っていて、村にせよ邑にせよ強固な政治組織ではないことが窺えます。古代貴族が、邑を後の国(武蔵国や河内国というさいの国)か郡の前身だと考えていたとしたら、当初より全国支配がなされていたわけではない、ということのみならず、各地方単位での政治統合も元来は強固なものではなかった、と認識していたわけで、古代貴族の歴史観を知る上で実に興味深いことです。

 それはともかく、神武が東征に出る前までは、天皇(と後になるべき人)の支配領域は九州南部の一部程度で、各地は境界を相争い分裂していた、というのが古代貴族の歴史観でした。日向を出立した神武一行は、各地に立ち寄りながら河内(現在の大阪府)の青雲白肩津に着き、ここから中洲(ウチツクニ)に入ろうとしましたが、この地に勢力を持つ長髄彦の抵抗に遭い、兄を失うなど苦戦しつつも、勝利しました。この中洲とは、後に橿原宮を建造させてそこで即位したことなどからして、奈良盆地南部を指す狭義のヤマトのことなのでしょう。

 初期の天皇の宮が狭義のヤマトに集中していることから推測すると、ヤマトこそ天皇家と国家の発祥地・本拠地であると古代貴族は考えていたようで、神武東征説話は、神の子孫である天皇が如何にしてヤマトを根拠地とするに至ったかという問いにたいする、古代貴族なりの説明だったと思われます。それなら、日向ではなく最初からヤマトに下ればよさそうなものですが、太陽神的性格の強い天照大神の子孫である天皇家の降臨先としては、ヤマトよりも日向の方が相応しいと考えられたのでしょう。

 神武東征説話は、たとえば天皇家の祖先が九州より東征してヤマトを征服したといった、天皇家と国家の発祥に関する事実を何らかの形で反映しているのかもしれませんが、その可能性は高くはないように私には思われます。神武東征説話は、天皇と国家との成立事情を伝えたものではなく、古代貴族の歴史観を色濃く反映したものだと思います。ただ、神武東征説話が全くの創作かというとそうではなく、やはり何らかの史実を反映している可能性は高く、水野祐氏などが指摘されているように、神武のヤマト平定説話は、壬申の乱における天武側の進軍が参考にされたのでしょう。


 長髄彦を倒した(饒速日命が殺害したわけですが)神武がその後にやったことといえば、一部周辺地域の平定、橿原宮の建造、そこでの即位、といったあたりです。即位2年前の令に、周辺がまだ鎮定されていない、とあることからも、神武の平定した地域はヤマトとその一部周辺に留まっていたと言えるでしょう。その後の2〜9代の天皇については、いつ都(宮)をどこに移したか、いつ誰を皇后・皇太子にしたか、いつ亡くなったか、ということが簡潔に記されているだけで、これといって目ぼしい事跡はほとんどありません。ただ、第2代の綏靖に関しては、即位前の兄との争いがやや詳しく描かれています。このことから、2〜9代の天皇は実在しなかったとするのが一般的見解で、欠史8代と呼ばれています。

 さて、この大した事跡のない2〜9代の天皇は、古代貴族の歴史観においてはどのような存在だったのでしょうか。この問題については、遠山美都男氏が『天皇誕生』(中央公論新社、2001年)において興味深い見解を提示しています。遠山氏は、『日本書紀』編纂時には皇后は皇族から選ぶのが一般的なのに、欠史8代の場合のみ例外的に県主の娘から皇后が選ばれていることに着目しました。『日本書紀』本文では県主出身の皇后はこの間も1人ですが、異伝と『古事記』では県主出身の皇后が多くなっています。県主とは県の中心に祭られている神々の祭祀を統括する役目を世襲した神官的な氏族で、大和の名家でしたが、皇后を出す程の家柄ではありません。欠史8代は、大和の名家と婚姻関係を結ぶことにより奈良盆地とその周辺に勢力を浸透させていった、という役割を担わされたのではないか、と遠山氏は論じています。

 この遠山氏の見解は、大筋では妥当なものだと思います。欠史8代では、県主や物部氏や尾張氏や穂積氏といった、『日本書紀』編纂時には到底皇后を輩出できないような家柄から皇后を立てられていることが多くなっています。物部氏も、神武より先にヤマトに降り立っていた天孫族の饒速日命を祖とするとされているのですから、天皇より先にヤマトに勢力を有していたという設定になります。欠史8代は、神武のヤマト平定の跡を受けて、ヤマト土着や近隣の豪族と婚姻関係を結んでいくことで、ヤマトとその周囲に勢力を浸透させていった時代であった、というのが古代貴族の歴史観だったと思われます。欠史8の後の崇神は、古代貴族の歴史観において画期とされていると思われますので、ここで今まで述べてきたことを、今後述べていく予定の見解も一部含めてまとめてみます。

 ヤマトを根拠地とする古代貴族は、自らの「全国支配」が領域的にも質的にも長い時間をかけて徐々に達成されてきたとの歴史観を持ち、「日本国」支配の根源的な正当性が神々との直接・間接の連続性(天皇の場合は直接的な連続性となります)にある、と考えていました。そこで、『日本書紀』においてまずは「天界」での神話が、続いて「俗界」への降臨が述べられました。『日本書紀』編纂時には太陽神的性格が強い天照大神が皇祖神とされていたので、降臨先には日向が選ばれました。むろん、日向のような地名は各地にあったのでしょうが、遠山美都男氏が述べられているように、『日本書紀』編纂時には現在の宮崎県である日向が最も有名で、そのために降臨先に選ばれたのでしょう。

 この時点では、支配領域は日向の一部程度です。ここから、古代貴族の根拠地とされていたヤマトに移らなければなりません。そのため、後に初代天皇となる人物が東征してヤマトを平定すると考えられ、その結果創られたのが神武東征説話でしたが、この時点でも支配領域はヤマトとその周辺の極一部です。その後、2〜9代の天皇は、ヤマトとその周辺に勢力を有する豪族と婚姻関係を結んでいくことで、それらの地域に勢力をじょじょに浸透させていきました。しかし、それでも支配領域は神武の頃と大して変わらず、天皇は未だに神と人の両方の性格を有していた、というのが古代貴族の大まかな歴史観です。

 要するに、古代貴族の基本的な歴史観は、自らを神々と直接・間接に繋がるとし、根拠地・発祥地であるヤマトから次第に勢力を浸透させていき「全国支配」を達成したというもので、それに加えて、皇祖神の性格との整合性から神武東征説話が創られたのではないか、というのが私の現時点(2001年)での考えです。
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Adam Rutherford『ゲノムが語る人類全史』

2018/01/07 00:00
 これは1月7日分の記事として掲載しておきます。アダム=ラザフォード(Adam Rutherford)著、渡会圭子訳、垂水雄二解説で、文藝春秋社より2017年12月に刊行されました。原書の刊行は2016年です。本書は人類進化史をゲノムの観点から概観しています。本書がおもに対象とするのは、現生人類(Homo sapiens)がネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と交雑した後期更新世〜現代までとなり、文字記録の残る歴史時代にもかなりの分量を割いているのが特徴です。解説でも指摘されているように、著者の出自もあってかヨーロッパに偏重している感は否めませんが、ゲノム解析の解説と今後の人類の展望も述べられており、読みごたえがありました。

 表題には「人類全史」とありますが、予想していたよりも遺伝の仕組みや個々の遺伝子についての解説が詳しく、一般向け書籍としてはやや濃い内容になっていると思います。もっとも、濃い内容とはいっても、イギリスで発見された男性遺骸をリチャード三世と特定した経緯や、ハプスブルク家の近親婚がどのような事態を招来したのか、カルロス二世を取り上げての解説など、本書は一般読者が興味を抱きそうな話題を提示しており、工夫がなされていると思います。もっとも、上述したように、ヨーロッパに偏重している感は否めませんが。

 より普遍的な一般向けの話題として、本書は人種・病気・犯罪と遺伝との関係を取り上げており、DNAで人種を定義したり、個々の病気や犯罪を遺伝子の必然としたりするような考えが批判されています。遺伝学は急速に発展している分野であり、その全体像や最新の知見を広く一般層が理解するのはなかなか困難でしょう。そのため、一部の知見が誤解されたり拡大解釈されたりして、人種差別的な世界観に悪用される危険性がある、との懸念が著者にもあるのでしょう。本書は、人類の変異が複線的で連続的であることを強調しています。

 本書は全体的に、ゲノムからの人類史と今後の展望として、興味深い内容になっていると思います。私もそうでしたが、一般層が読んで得るものは少なくないと思います。ただ、問題点もあります。原書はAmazonで酷評されていたと記憶しているのですが、改めて確認すると、その酷評を見つけられませんでした。そうした記述が本書の価値を大きく下げているわけではないとしても、まともな啓蒙書として一般には受け入れられているだろうだけに、問題だと思います。

 具体的には、まず、X染色体がヒトの全染色体では二番目に大きい、との記述です(P48)。1〜6番染色体はX染色体よりも大きいと思うのですが・・・。次に、P51などたびたび出てくる記述なので、入力ミスではないと思うのですが、現生人類が6万年前にヨーロッパに到達していた、との見解です。現時点では、現生人類が5万年以上前にヨーロッパに到達していた、とする確実な証拠はないでしょうし、多くの研究者も、5万年以上前に現生人類がヨーロッパへ到達した可能性はたいへん低い、と考えているでしょう。ネアンデルタール人が縫い物をしていた、との記述もありますが(P52)、おそらくまだ確実な証拠はなく、むしろ、ネアンデルタール人社会には縫い物がなく、それが現生人類との競合により滅亡した一因になった、との見解の方がずっと有力だろうと思います。

 ローマ帝国の時代には地球上に2500万人の農耕民がいた、とありますが(P94)、ユーラシア西部のローマ帝国と同時代のユーラシア東部の漢帝国だけで、人口は1憶人を超えるのではないか、と思います。もちろん、全員が「農耕民」ではないとしても、ローマ帝国と漢帝国以外のユーラシア地域(ペルシアや南アジアや東南アジアなど)やアメリカ大陸やアフリカ大陸なども含めると、当時の地球上の「農耕民」が2500万人との推定値は明らかに少ないと思います。その他にも色々と問題点があるのかもしれませんが、私の知見と気力の不足により、ここまでにしておきます。


参考文献:
Rutherford A.著(2017)、垂水雄二訳『ゲノムが語る人類全史』(文藝春秋社、原書の刊行は2016年)
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左右相称動物の神経系の収斂進化

2018/01/06 00:00
 これは1月6日分の記事として掲載しておきます。左右相称動物の神経系の収斂進化に関する研究(Martín-Durán et al., 2018)が公表されました。左右相称動物(左右相称で明確な前端と後端がある動物群)は、正中線に集中した腹側神経索を持つ単一の共通祖先から進化した、との見解が有力です。その根拠は、ショウジョウバエや環形動物やヒトといった多種多様な動物で、体軸に沿った分子発現パターンが共通して見られることです。しかし、こうした類似性が左右相称動物の多様な神経構造で一般的に見られるのか、明らかではなく、そのため神経系の進化史に関しては議論が続いています。

 この研究は、渦虫(左右相称動物の基部に位置する)やさまざまな冠輪動物(環形動物、腕足動物、輪形動物など)を含む幅広い種類の動物について、神経外胚葉の中外側のパターン形成を調べました。その結果、調べたいずれの種の神経索においても、共通した分子発現の背腹領域化は見られず、それは胴部の神経構造が脊椎動物やハエと似ている環形動物のチマキゴカイ(Owenia fusiformis)でも同様でした。つまり、中枢神経系の最終的な解剖学的構造はパターン形成系とは無関係というわけです。この研究は、類似した中枢神経系の構造が左右相称動物の中で何度も独立に生じた、収斂進化の例だと示唆しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


進化発生生物学:左右相称動物の神経索の収斂進化

進化発生生物学:神経系の収斂進化

 左右相称動物(左右相称で明確な前端と後端がある動物群)は、正中線に集中した腹側神経索を持つ単一の共通祖先から進化したと考えられることが多い。ショウジョウバエや環形動物、ヒトといった多種多様な動物で体軸に沿った分子発現パターンが共通して見られることが、このシナリオを裏付けている。今回A Hejnolたちは、珍渦虫(左右相称動物の基部に位置する)やさまざまな冠輪動物(環形動物、腕足動物、輪形動物など)を含む幅広い種類の動物について、神経外胚葉の中外側のパターン形成を調べた。その結果、中枢神経系の最終的な解剖学的構造はパターン形成系とは無関係なことが分かった。著者たちは、類似した中枢神経系の構造が左右相称動物の中で何度も独立に生じた、つまりこれが収斂進化の例であると結論付けている。



参考文献:
Martín-Durán JM. et al.(2018): Convergent evolution of bilaterian nerve cords. Nature, 553, 7686, 45–50.
http://dx.doi.org/10.1038/nature25030
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更新世末期のアラスカの幼児のゲノム解析

2018/01/05 00:00
 これは1月5日分の記事として掲載しておきます。更新世末期のアラスカの幼児のゲノム解析に関する研究(Moreno-Mayar et al., 2018)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。アメリカ大陸への人類最初の移住はベーリンジア(ベーリング陸橋)経由だった、と現在では広く認められています。しかし、その時期と具体的な過程については、議論が続いています。この研究は、アラスカのアップウォードサン川(Upward Sun River)で発見された、放射性炭素年代測定法により較正年代で11600〜11270年前と推定されている2人の幼児(関連記事)のうち、USR1のゲノムを解析しました(平均網羅率は17倍)。すでに、USR1とUSR2のミトコンドリアDNA(mtDNA)は解析されています(関連記事)。

 USR1のゲノム解析および他個体との比較の結果、USR1はアメリカ大陸先住民と最も密接に関連しているものの、現代および古代のアメリカ大陸先住民とは異なる、これまでには知られていない遺伝学的集団に属する、と明らかになりました。この新たな集団は「古代ベーリンジア人」と呼ばれています。現代および古代のアメリカ大陸先住民の最終共通祖先集団と分岐した集団にUSR1は属す、というわけです。アメリカ大陸への人類の拡散に関するこの研究の推測は以下の通りです。

 現代および古代のアメリカ大陸先住民と古代ベーリンジア人の共通祖先は単一の創始者集団であり、東アジアの人類集団と36000±15000年前頃に分岐したものの、25000±1100年前頃まで両者の間には遺伝子流動がありました。22000〜18100年前頃に(既知の)古代および現代アメリカ大陸先住民の祖先集団と古代ベーリンジア人が分岐し、25000〜20000年前頃に北ユーラシアからアメリカ大陸先住民の祖先集団への遺伝子流動がありました。アメリカ大陸先住民集団における最初の分岐は17500〜14600年前頃で、おそらくは北アメリカ大陸の氷床の南でのことでした。11500年前以降、北アメリカ大陸先住民集団の一部は、古代エスキモー(Palaeo-Eskimo)やイヌイット(Inuits)またはケット人(Kets)よりもコリャーク人(Koryaks)と密接なシベリアの集団から遺伝的影響を受けました。古代ベーリンジア人は、DNAと考古学のデータから、6000年前頃に北方への移動を開始した、現代ではアラスカにいるアサバスカ人(Athabascan)の祖先集団に吸収されるか、置換されました。

 この研究は、アメリカ大陸への人類最初の移住について、このような見解を提示しています。この研究の見解は、人類はアメリカ大陸に進出する前に、最終最大氷期を含む寒冷期に、ベーリンジアに孤立した状態で1万年程度留まっていた、とするベーリンジア潜伏モデルと整合的です。ベーリンジア潜伏モデルは今では有力な仮説と言えるでしょう。ただ、アサバスカ人による古代ベーリンジア人の吸収もしくは置換については、現代のアラスカのアサバスカ人についての遺伝的情報はひじょうに限定的だ、と注意が喚起されています。


参考文献:
Moreno-Mayar JV. et al.(2018): Terminal Pleistocene Alaskan genome reveals first founding population of Native Americans. Nature, 553, 7687, 203–207.
http://dx.doi.org/10.1038/nature25173
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五島勉氏激白(文春オンライン)

2018/01/04 00:00
 これは1月4日分の記事として掲載しておきます。文春オンラインに五島勉氏へのインタビュー記事が掲載されました。
http://bunshun.jp/articles/-/5624
http://bunshun.jp/articles/-/5625

 五島勉氏ファンの私にとっては、どこかで読んだ話も多く、新たに知った情報が多いわけではありませんが、それでも知らなかった話もありますし、何よりも、五島氏の近況を知ることができたので、自己弁護的なところも窺えるとはいえ、たいへん興味深い記事となりました。戦後出版業界の一側面という観点からも、たいへん興味深い記事になっていると思います。五島氏も88歳ということで、本当に老けたなあ、と寂しくなります。1980年代前半までの五島氏の写真を見ると、その表情からかなり鋭い感じを受けるのですが、現在ではすっかり好々爺といった印象です。

 もう五島氏の新作を読むのは難しいかな、と思っていたのですが、黙示録を題材にした新作の構想があるとのことで、楽しみです。ただ、もう以前とは大きく異なる見解を提示するのは難しいでしょうから、過去作の使いまわし的性格が強くなりそうですが。インタビュー記事を読んで写真を見た限りでは、五島氏は老けたとはいっても、まだ知力・体力ともに執筆活動に耐えられそうな感もありますから(取材者と編集者が、読みやすくなるようかなり手を入れている可能性もありますが)、新作が刊行される日を待っています。

 オウム真理教への影響についても五島氏は答えており、取材拒否の可能性も考えられるだけに、インタビュアーもよく質問したな、と感心します。オウム真理教が依拠したノストラダムス本の著者である精神科医とは、故人の川尻徹氏でしょうか。ただ、五島氏の著作の悪影響という観点からは、反ユダヤ主義との関わりについても質問してもらいたかったかな、とも思います。日本社会において反ユダヤ主義が浸透するにあたって、もっとも大きな影響力を及ぼしたのは宇野正美氏の1980年代の一連の著作でしょうが、同じく1980年代に刊行された五島勉氏の一連の著作の一部も、大きな影響力を及ぼしたのではないか、と思います(関連記事)。
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小惑星の衝突場所が関係した恐竜の絶滅

2018/01/03 00:00
 小惑星の衝突場所と恐竜の絶滅の関係についての研究(Kaiho, and Oshima., 2017)が公表されました。6600万年前頃、現在のメキシコで起きチクシュルーブの小惑星衝突は生態系を崩壊させ、陸上の植生を破壊し、恐竜と約75%の陸上・海洋動物を絶滅させました。過去の研究では、岩石中の炭化水素が小惑星の衝突で燃焼して成層圏の煤と硫酸塩エアロゾルを生じさせ、極度の地球寒冷化と乾燥が起きた、と明らかになっています。しかし、岩石中の炭化水素と硫黄の量は場所によって大きく異なることから、絶滅事象の確率は衝突の場所に依存したと考えられます。

 この研究は、地中に存在する炭化水素と硫酸塩の量に基づき、仮想の小惑星衝突で生成する成層圏の煤と硫酸塩の量を計算しました。この研究は、20・200・500・1500・2600テラグラム(Tg)という5段階の量のブラックカーボン(煤に相当)を用いて、小惑星の衝突が生じる気候への影響を推定しました。その結果、炭化水素濃度が高い、またはきわめて高い地帯(成層圏へ入るブラックカーボン230〜590 Tgおよび590〜2300 Tgに相当)では、世界の平均地表気温の低下が大量絶滅を引き起こす条件を発生させる、と明らかになりました。しかし、炭化水素濃度がそれに満たなければ、大量絶滅は起こらないと考えられます。この研究は、地表の約13%がこの大量絶滅を引き起こすための要件を満たす、と計算しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【古生物学】恐竜の絶滅には小惑星の衝突場所が寄与した

 恐竜を絶滅させた小惑星の衝突は、地表の約13%を占める炭化水素リッチな地帯でなければ大量絶滅を生じなかった、とする研究論文が、今週掲載される。

 6600万年前、現在のメキシコで起こったチクシュルーブの小惑星衝突は生態系を崩壊させ、陸上の植生を破壊して、恐竜と約75%の陸上・海洋動物を絶滅させた。過去の研究では、岩石中の炭化水素が小惑星の衝突で燃焼して成層圏のすすと硫酸塩エアロゾルを生じ、極度の地球寒冷化と乾燥が起こったことが明らかにされている。しかし、岩石中の炭化水素と硫黄の量は場所によって大きく異なることから、絶滅事象の確率は衝突の場所に依存したと考えられる。

 海保 邦夫(かいほ・くにお)と大島 長(おおしま・なが)は、地中に存在する炭化水素と硫酸塩の量に基づいて、仮想の小惑星衝突で生成する成層圏のすすと硫酸塩の量を計算した。20、200、500、1500、および2600テラグラム(Tg)という5段階の量のブラックカーボン(すすに相当)を用いて、小惑星の衝突が生じる気候への影響を推定した。その結果、炭化水素濃度が高い、または極めて高い地帯(成層圏へ入るブラックカーボン230〜590 Tgおよび590〜2300 Tgに相当)では、世界の平均地表気温の低下が大量絶滅を引き起こす条件を発生させるものとなることが分かった。しかし、炭化水素濃度がそれに満たなければ、大量絶滅は起こらないと考えられた。研究チームは、地表の約13%がこの大量絶滅を引き起こすための要件を満たすと計算している。



参考文献:
Kaiho K, and Oshima N.(2017): Site of asteroid impact changed the history of life on Earth: the low probability of mass extinction. Scientific Reports, 7, 14855.
http://dx.doi.org/10.1038/s41598-017-14199-x
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古人類学の記事のまとめ(33)2017年9月〜2017年12月

2018/01/02 00:00
 これは1月2日分の記事として掲載しておきます。2017年9月〜2017年12月のこのブログの古人類学関連の記事を以下に整理しておきます。なお、過去のまとめについては、2017年9月〜2017年12月の古人類学関連の記事の後に一括して記載します。私以外の人には役立たないまとめでしょうが、このブログは不特定多数の読者がいるという前提のもとに執筆しているとはいえ、基本的には備忘録的なものですので、今後もこのような自分だけのための記事が増えていくと思います。


●ホモ属登場以前の人類関連の記事

クレタ島の570万年前頃の人類の足跡?
http://sicambre.at.webry.info/201709/article_4.html

絶滅人類種を経由してのチンパンジーの祖先から現代人の祖先へのウイルス感染
http://sicambre.at.webry.info/201710/article_17.html

スマトラ島の新種オランウータン
http://sicambre.at.webry.info/201711/article_7.html

初期人類による屠殺の証拠の見直し
http://sicambre.at.webry.info/201711/article_24.html

アウストラロピテクス属化石「リトルフット」の公開
http://sicambre.at.webry.info/201712/article_8.html


●ネアンデルタール人・現生人類以外のホモ属関連の記事

デニソワ人についてのまとめ
http://sicambre.at.webry.info/201709/article_28.html

初期の石器は文化的伝達の産物なのか
http://sicambre.at.webry.info/201711/article_9.html

アフリカにおける後期ホモ属の進化
http://sicambre.at.webry.info/201711/article_29.html

現生人類到達前のアジアの人類史とデニソワ人の見直し
http://sicambre.at.webry.info/201712/article_13.html

絶滅人類の歩行の効率性
http://sicambre.at.webry.info/201712/article_18.html

川端裕人『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』
http://sicambre.at.webry.info/201712/article_24.html


●ネアンデルタール人関連の記事

ネアンデルタール人の接着技術
http://sicambre.at.webry.info/201709/article_2.html

ドイツ南西部のネアンデルタール人化石のmtDNAについての解説
http://sicambre.at.webry.info/201709/article_15.html

現生人類とさほど変わらないネアンデルタール人の成長速度
http://sicambre.at.webry.info/201709/article_23.html

クロアチアのネアンデルタール人の年代
http://sicambre.at.webry.info/201710/article_5.html

現代人の表現型へのネアンデルタール人の影響
http://sicambre.at.webry.info/201710/article_7.html

ネアンデルタール人の高品質なゲノム配列
http://sicambre.at.webry.info/201710/article_9.html

難聴のネアンデルタール人
http://sicambre.at.webry.info/201710/article_28.html

現代西アジア人におけるネアンデルタール人の遺伝的影響
http://sicambre.at.webry.info/201710/article_30.html

現生人類の優位性に起因しないかもしれないネアンデルタール人の絶滅
http://sicambre.at.webry.info/201711/article_2.html

クロアチアのネアンデルタール人の高品質なゲノム配列と古代の近親交配
http://sicambre.at.webry.info/201711/article_16.html

イベリア半島で他地域よりも遅くまで生存していたネアンデルタール人
http://sicambre.at.webry.info/201711/article_21.html

ネアンデルタール人と現生人類の交雑パターンおよび生殖隔離
http://sicambre.at.webry.info/201712/article_6.html


●フロレシエンシス関連の記事

頭蓋冠によるフロレシエンシスの系統解析
http://sicambre.at.webry.info/201712/article_21.html


●現生人類の起源や象徴的思考に関する記事

アフリカ南部の2300〜300年前頃の人類のゲノム解析
http://sicambre.at.webry.info/201709/article_30.html

乾燥化による現生人類の出アフリカ
http://sicambre.at.webry.info/201710/article_6.html

上部旧石器時代の配偶システム
http://sicambre.at.webry.info/201710/article_10.html

4万年前頃の東アジアの現生人類のゲノム解析
http://sicambre.at.webry.info/201710/article_16.html

現代人の肌の色の遺伝的基盤
http://sicambre.at.webry.info/201710/article_20.html

古代ゲノム解析による人類の適応の研究
http://sicambre.at.webry.info/201710/article_26.html

アフリカ南部における初期の顔料使用
http://sicambre.at.webry.info/201711/article_11.html

見直しが進む現生人類の拡散
http://sicambre.at.webry.info/201712/article_9.html


●その他の記事

マウスの妊娠と子宮年齢
http://sicambre.at.webry.info/201709/article_7.html

後期新石器時代〜初期青銅器時代の中央ヨーロッパにおける配偶形態
http://sicambre.at.webry.info/201709/article_8.html

メソアメリカ最古級の人骨
http://sicambre.at.webry.info/201709/article_12.html

『カラー図解 進化の教科書 第3巻 系統樹や生態から見た進化』
http://sicambre.at.webry.info/201709/article_17.html

遺伝的に多様なパプアニューギニア人
http://sicambre.at.webry.info/201709/article_16.html

アメリカ大陸への人類最初の移住に関する近年の研究のまとめ
http://sicambre.at.webry.info/201709/article_21.html

アフリカ人の古代DNA
http://sicambre.at.webry.info/201709/article_25.html

左巻健男『暮らしのなかのニセ科学』
http://sicambre.at.webry.info/201710/article_1.html

不公平にたいする感受性と鬱病の関係
http://sicambre.at.webry.info/201710/article_13.html

遺伝子発現における多様な人体組織間の差異と個人差
http://sicambre.at.webry.info/201710/article_14.html

中山一大・市石博明編集『つい誰かに教えたくなる人類学63の大疑問』
http://sicambre.at.webry.info/201710/article_15.html

先コロンブス期のイースター島住民と南アメリカ大陸先住民との交雑の検証
http://sicambre.at.webry.info/201710/article_21.html

カナダのニューファンドランド島の複数系統の先住民集団
http://sicambre.at.webry.info/201710/article_23.html

カナリア諸島先住民のDNA解析
http://sicambre.at.webry.info/201711/article_3.html

長期にわたる人類の身長と体重の進化
http://sicambre.at.webry.info/201711/article_13.html

ヨーロッパの初期農耕民と狩猟採集民との関係
http://sicambre.at.webry.info/201711/article_14.html

地域により異なる新石器時代以降の不平等化の進展
http://sicambre.at.webry.info/201711/article_17.html

小林武彦『DNAの98%は謎 生命の鍵を握る「非コードDNA」とは何か』
http://sicambre.at.webry.info/201711/article_19.html

尾本恵市、山極寿一『日本の人類学』
http://sicambre.at.webry.info/201712/article_10.html

子の新しい遺伝学的変異に影響を及ぼす親の年齢
http://sicambre.at.webry.info/201712/article_15.html

2017年の古人類学界
http://sicambre.at.webry.info/201712/article_29.html



過去のまとめ一覧

古人類学の記事のまとめ(0)
http://sicambre.at.webry.info/200709/article_29.html

古人類学の記事のまとめ(1)
http://sicambre.at.webry.info/200707/article_29.html

古人類学の記事のまとめ(2)
http://sicambre.at.webry.info/200712/article_31.html

古人類学の記事のまとめ(3)
http://sicambre.at.webry.info/200804/article_2.html

古人類学の記事のまとめ(4)
http://sicambre.at.webry.info/200807/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(5)
http://sicambre.at.webry.info/200811/article_3.html

古人類学の記事のまとめ(6)
http://sicambre.at.webry.info/200812/article_26.html

古人類学の記事のまとめ(7)
http://sicambre.at.webry.info/200905/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(8)
http://sicambre.at.webry.info/200909/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(9)
http://sicambre.at.webry.info/200912/article_26.html

古人類学の記事のまとめ(10)
http://sicambre.at.webry.info/201005/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(11)
http://sicambre.at.webry.info/201009/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(12)
http://sicambre.at.webry.info/201012/article_28.html

古人類学の記事のまとめ(13)
http://sicambre.at.webry.info/201105/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(14)
http://sicambre.at.webry.info/201109/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(15)
http://sicambre.at.webry.info/201112/article_28.html

古人類学の記事のまとめ(16)
http://sicambre.at.webry.info/201205/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(17)
http://sicambre.at.webry.info/201209/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(18)
http://sicambre.at.webry.info/201301/article_3.html

古人類学の記事のまとめ(19)
http://sicambre.at.webry.info/201305/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(20)
http://sicambre.at.webry.info/201309/article_5.html

古人類学の記事のまとめ(21)
http://sicambre.at.webry.info/201401/article_2.html

古人類学の記事のまとめ(22)
http://sicambre.at.webry.info/201405/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(23)
http://sicambre.at.webry.info/201409/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(24)
http://sicambre.at.webry.info/201501/article_2.html

古人類学の記事のまとめ(25)
http://sicambre.at.webry.info/201505/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(26)
http://sicambre.at.webry.info/201509/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(27)
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古人類学の記事のまとめ(28)
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謹賀新年

2018/01/01 00:00
 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。ついに2018年を迎えました。毎年元旦には同じような記事を掲載しており、たまには変わったことを述べようと思うのですが、これといって思い浮かびません。今年も色々と不愉快なことが起きそうですが、人生には楽しみも多いのだ、と開き直ってしぶとく生きていき、古人類学を中心としてさまざまな分野で勉強と情報収集を地道に続けていくつもりです。今年の大河ドラマ『西郷どん』にはさほど期待できそうにありませんが、もうほとんど内容を忘れかけている、ファミリー劇場の『太陽にほえろ!』の終盤の再放送が楽しみです。

 その他の楽しみとしては競馬や相撲などがあるのですが、競馬の方は、日本ではとくに思い入れのある馬がおらず、一昨年・昨年と同じくやや冷めた感じで見ることになりそうです。相撲では、日馬富士関の貴ノ岩関にたいする暴行事件と、それをめぐるさまざまな思惑により、相撲人気が再び低迷するのではないか、と懸念されます。横綱・大関陣は高安関を除いて全員30代ですから、そろそろ横綱も期待されるような次の本格的な大関候補の登場と成長を期待しています。漫画作品では、現在『ヒストリエ』と『創世のタイガ』のみ追いかけていますが、『ヒストリエ』の第11巻は来年以降の刊行となるでしょうから、まずは刊行の近い『創世のタイガ』第2巻を楽しみにしています。
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年末の挨拶

2017/12/31 04:05
 いよいよ2017年も終わりが近づいてきました。ブログを始めてから11年半以上経過し、ほぼ毎日更新してきたものの、相変わらずの過疎ブログです。やはり、ある程度以上の人気ブログになるには、更新頻度もさることながら、有益な情報を提供するか、面白い記事を執筆しなければならないのでしょう。もちろん、多くの人が関心を持つような話題を取り上げることも重要になります。このブログでも多くの人が関心を持つような話題を取り上げることはありますが、有益な情報を提供できているわけでも、面白い記事を執筆できているわけでもないので、現状ではほぼ自分にとっての備忘録としてしか機能していない、と残念ながら認めざるを得ません。

 とまあ、昨年の大晦日の記事をコピペして一部だけ修正したわけですが、どうも現在の能力・見識・気力では、今年を振り返って何か的確で有益なことを言えそうにありません。今年も衆院選など色々とありましたが、個人的にたいへん残念だったのは山野浩一先生の訃報で、多くのことを教わりましたし、文体にはとくに強い影響を受けたと思います。関心はあっても記事にするだけの気力はないことも多く、この状況を劇的に改善できる見込みはまったくないのですが、来年も古人類学関連の情報を中心として地道にブログの更新を続けていくつもりです。一年間この過疎ブログをお読みくださった方、さらには有益な情報を寄せてくださった方には感謝申し上げます。皆様よいお年を。
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東京大賞典結果

2017/12/30 00:00
 これは12月30日分の記事として掲載しておきます。大井では東京大賞典が行なわれました。近年ではブログを始めた頃よりも競馬についての記事が激減しているのですが、有馬記念と東京大賞典だけはブログを始めてから毎年必ず取り上げてきました。今年(2017年)も、それほど思い入れの強い馬が出走しているわけではなく、わりと冷静に見られますし、一年の終わりを感じさせるレースでもあるので、区切りのためにも感想を述べることにしました。

 残念ながら外国馬は出走してきませんでしたが、2年前の勝ち馬で今年はJBCクラシックを勝ったサウンドトゥルーや、これで引退となるコパノリッキーや、昨年の勝ち馬アポロケンタッキーや、今年の帝王賞を勝ったケイティブレイブなどが出走してきたので、GIとしてなかなかの出走馬構成になったと思います。東京ダービーとジャパンダートダービーを勝った3歳馬のヒガシウィルウィンが古馬勢にどこまで通用するのか、という点も注目していました。レースは、コパノリッキーが逃げ、ケイティブレイブが二番手につけるという展開で進みました。コパノリッキーは直線に入ってケイティブレイブを突き放し、追い込んできた2着のサウンドトゥルーに3馬身差をつけて完勝しました。3着に終わったケイティブレイブを相手に強気に逃げたことが最大の勝因でしょうか。

 コパノリッキーは2000mよりも1600mの方が向いているのでしょうが、昨年は同じコースの帝王賞で完勝していたくらいですから、能力が大きく落ちる距離ではなかった、ということなのでしょう。コパノリッキーもスターホースで、キタサンブラックほどではないとしても馬主が有名人なので、キタサンブラックと同じく見事に引退レースで勝ち、競馬界も盛り上がることでしょう。ヒガシウィルウィンは8着と完敗でしたが、ゲート入りを嫌がっていたので、集中力を欠いていたのでしょうか。もっとも、古馬一線級相手にはまだ力が足りなかった、というだけなのかもしれませんが。
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テレビの不具合が一部解消される(追記有)

2017/12/29 11:17
 ほぼ8年間使用していた37インチのフルハイビジョン液晶テレビ「REGZA 37Z9000」が先月(2017年11月)17日に故障したので(関連記事)、21.5インチのモニターBenQ「GW2265HM 21.5」を代用品として購入し、録画機と接続しています(関連記事)。それから1ヶ月以上経過し、電気代が500円ほど安くなっていたので、1.6 GHzにダウンクロックしていたデスクトップパソコンのCPU周波数を定格に戻すことにしました(関連記事)。

 テレビは廃棄処分としてもよかったのですが、私は諦めが悪いので、しばらく放置してみて、再度試してみようと考え、テレビは書斎として使っている部屋に保管しておきました。今日、久々にテレビを起動してみたところ、最初はまともに画面が映らず、もう画面もまともに映らなくなったのかな、と思ったところ、しばらくすると画面が映るようになりました。ここ5年ほど、気温が低い環境下でテレビを立ち上げると、しばらくは画面が乱れる状態が続いており、1ヶ月ほどコンセントを電源から抜いていたこともあり、その状態がひどかったのかな、と思います。正常動作するまで温度が上がるのに時間がかかった、ということでしょうか。

 相変わらず、B-CASカードが正しく挿入されていない、との表示が出てBS放送を視聴できないのですが、録画機で正常に使えているB-CASカードを挿入しても不具合は解消されないので、テレビ本体の読み取り部分の故障なのでしょう。しかし、2時間ほどテレビをつけたままにしていても、画面が映らなくなり、すぐに画面が映るようになる、という現象が数分間隔くらいで複数回起き、ついには画面が映らなくなる、という不具合は生じませんでした。

 相変わらずB-CASカードは読み取れないので、BS放送は録画機経由でないと視聴できませんし、またすぐに深刻な不具合が生じるかもしれませんが、HDMI端子が4個あるテレビだと、録画機・プレイステーション3・ひかりTVを簡単に切り替えることができる、という利便性があるので、深刻な不具合が生じるまではこのままテレビを使おう、と考えています。何よりも、光デジタル音声が使えて音質が向上するのは魅力です。

 上述したように、1.6 GHzにダウンクロックしていたデスクトップパソコンのCPU周波数を定格に戻しましたし、BS放送の視聴・録画には録画機を使わねばならなくなったので、電気代は以前より高くなりそうですが、それでも1ヶ月で1000円も高くはならないでしょうから、利便性と快適さによる精神衛生的な効果を考えると、高くはない出費だと思います。まあ、いずれはテレビを買い替えねばならないのでしょうが、とりあえず、本格的な4k放送が始まって対応チューナー内蔵のテレビが発売されるまでは、このまま「REGZA 37Z9000」を使い、また深刻な不具合が生じたら、21.5インチのモニターBenQ「GW2265HM 21.5」をテレビとして代用するつもりです。


追記(2017年12月29日15時15分)
 覚悟はしていましたが、4時間ほどで、画面が映らなくなり、すぐに画面が映るようになる現象が数分間隔くらいで複数回起き、ついには画面が映らなくなる、という不具合がやはり生じました。やはり、もう使い物にならないくらい故障してしまったようです。この不具合が生じない段階でも、MXテレビ・テレビ埼玉・放送大学が視聴できなくなる不具合が新たに生じてしまいました。テレビ神奈川はきちんと映るので、チューナーの部分的な故障でしょうか。諦めの悪い私も、さすがにもう「REGZA 37Z9000」を起動させようとは思いません。
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2017年の古人類学界

2017/12/29 00:00
 これは12月29日分の記事として掲載しておきます。あくまでも私の関心に基づいたものですが、年末になったので、今年(2017年)も古人類学界について振り返っていくことにします。今年の動向を私の関心に沿って整理すると、以下のようになります。

(1)今年も着実に進展した古代DNA解析。

(2)ますます複雑になってきた後期ホモ属の進化史。

(3)さかのぼる現生人類の拡散。


(1)古代DNA研究は近年目覚ましい発展を遂げている分野で、今年も注目すべき研究が多数公表されました。正直なところ、この分野に関しては最新の主要な研究を把握することがほとんどできておらず、よく整理できていません。しかし、当ブログだけでも今年それなりの数の研究を取り上げてきたので、数行程度の簡単な内容紹介で関連記事を掲載していき、今後の整理に役立てようと考えています。

 ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のデニソワ人(Denisovan)など現生人類(Homo sapiens)ではない系統である古代型ホモ属のDNAの解析および現代人との比較は、大きな注目を集めています。そのさいに重要となるのは、現代人と匹敵するくらいの古代型ホモ属の高品質なゲノム配列で、これまでは、南西シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見された、デニソワ人1個体とネアンデルタール人1個体のみから得られていました。今年になって、クロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)遺跡で発見された5万年前頃のネアンデルタール人の高品質なゲノム配列が決定され、3例目であることもそうですが、東方ではなく西方のネアンデルタール人ということでも、たいへん意義深いと言えるでしょう。
http://sicambre.at.webry.info/201710/article_9.html
http://sicambre.at.webry.info/201711/article_16.html

 DNA解析により新たに確認された古代型ホモ属では、デニソワ人の遺骸としては4例目となるものや、
http://sicambre.at.webry.info/201707/article_19.html
ネアンデルタール人の間のミトコンドリアDNA(mtDNA)の系統樹では、既知の個体群のなかで最も古く分岐したと推定される大腿骨化石があります。
http://sicambre.at.webry.info/201707/article_6.html

 また、環境DNA研究の古代DNA研究への応用により、ネアンデルタール人とデニソワ人の存在が確認されたことや、
http://sicambre.at.webry.info/201704/article_29.html
ネアンデルタール人の口腔微生物叢のDNA解析も注目されます。
http://sicambre.at.webry.info/201703/article_10.html

 古代型ホモ属と現生人類との交雑による現代人への影響に関する研究も活発です。これまでもそうでしたが、今年も、現生人類において、脳や精巣ではネアンデルタール人の遺伝的影響が排除されている、との見解が提示されています。
http://sicambre.at.webry.info/201702/article_28.html

 ただ、現代人の脳と頭蓋におけるネアンデルタール人の遺伝的影響を指摘する見解も提示されています。
http://sicambre.at.webry.info/201707/article_28.html

 これに限らず、じゅうらいの研究でも指摘されてきたように、現代人には古代型ホモ属からの遺伝的影響も確認されています。今年は、肌や髪の色・睡眠パターンなどでネアンデルタール人からの遺伝的影響を指摘した見解が提示されています。
http://sicambre.at.webry.info/201710/article_7.html

 現生人類と古代型ホモ属との交雑では、ネアンデルタール人とデニソワ人の事例が確認されており、いずれも(スンダランドも含む)ユーラシアが舞台だったと考えられています。一般には、アフリカ系現代人のみが「純粋なサピエンス」だとの理解もそれなりに広まっているようですが、これまでも、アフリカの非現生人類のホモ属と現生人類との交雑を想定する見解は提示されていました。今年も、アフリカにおいて現生人類と遺伝学的に未知の人類系統の交雑を指摘した見解が提示されていますが、ネアンデルタール人やデニソワ人とは異なり、現生人類の交雑相手のDNAはまだ解析されていません(遺骸も特定されていません)。
http://sicambre.at.webry.info/201707/article_24.html

 現生人類の古代DNA研究は、古代型ホモ属の滅亡後も対象となるだけに、古代型ホモ属よりもずっと条件に恵まれており、たいへん活発な分野となっています。これまでは、政治体制・経済・治安などの要因とともに、DNAが残るのに適している環境でもあることから、ヨーロッパの現生人類の古代DNA研究が盛んでした。そうした条件のため、今後もこの傾向は変わらないでしょうが、他地域の古代DNA研究も着実に進展しています。アフリカはヨーロッパと比較して古代DNAが残るのに適していない環境なのですが、東部と南部における古代DNAの解析結果が報告されています。
http://sicambre.at.webry.info/201709/article_25.html
http://sicambre.at.webry.info/201709/article_30.html

 東アジアにおいても、7700年前頃の現生人類と4万年前頃の現生人類のDNA解析結果が報告されています。
http://sicambre.at.webry.info/201702/article_3.html
http://sicambre.at.webry.info/201710/article_16.html


(2)後期ホモ属の進化史は、かなり複雑なものだったようです。中期更新世のヨーロッパにおいては、人類集団間または集団内の多様性と複雑な人口動態が見られ、さまざまな水準の孤立と交雑を伴う多様な集団置換が想定される、と指摘されています。
http://sicambre.at.webry.info/201703/article_16.html

 中国で発見された12万〜10万年前頃の「許昌人」の頭蓋からは、東アジアにおける後期ホモ属の地域的継続性と、地域間の比較的低水準の交雑の可能性が指摘されています。
http://sicambre.at.webry.info/201703/article_4.html

 アフリカ北部では30万年以上前の現生人類的な化石が発見されましたが、現生人類の起源さかのぼるというよりは、現生人類アフリカ単一起源説を前提としつつ、アフリカ内の多地域進化を想定する必要があるのかもしれません。
http://sicambre.at.webry.info/201706/article_9.html

 今年この問題で最も注目されたのは、年代不明のホモ属の新種とされたナレディ(Homo naledi)の推定年代が335000〜236000年前頃とされたことです。これにより、少なくとも中期更新世の後半まで、アフリカにおいても現生人類系統とは大きく異なる系統の人類が存在していた、と明らかになりました。
http://sicambre.at.webry.info/201705/article_11.html

 また、おもに東・東南アジアを対象としていますが、現生人類到達前のアジアのホモ属進化史を概観した論文はたいへん有益だと思います。
http://sicambre.at.webry.info/201712/article_13.html


(3)アフリカからの現生人類拡散の年代が、じゅうらいの有力説よりもさかのぼることを指摘する見解が複数提示されました。オーストラリア大陸(更新世の寒冷期には、ニューギニア島やタスマニア島とも陸続きとなり、サフルランドを形成していました)における人類の痕跡は65000年前頃までさかのぼる、との見解が提示されています。
http://sicambre.at.webry.info/201707/article_21.html

 スマトラ島の現生人類的な歯の年代は、73000〜63000年前頃と推定されました。
http://sicambre.at.webry.info/201708/article_12.html

 ただ、東南アジア(スンダランド)やサフルランドにおいて6万年以上前に現生人類が存在していたとしても、現代人の祖先ではなかった可能性も考えられます。また、スンダランドやサフルランドの初期現生人類が、フローレス島にいた現生人類ではないホモ属種フロレシエンシス(Homo floresiensis)と接触した可能性も想定されます。
http://sicambre.at.webry.info/201708/article_22.html

 現生人類の起源と拡散については、近年の遺伝学的研究成果を概観した研究がたいへん有益だと思います。
http://sicambre.at.webry.info/201704/article_20.html


 この他にも取り上げるべき研究は多くあるはずですが、読もうと思っていながらまだ読んでいない論文もかなり多く、古人類学の最新の動向になかなか追いつけていないのが現状で、重要な研究でありながら把握しきれていないものも多いのではないか、と思います。この状況を劇的に改善させられる自信はまったくないので、せめて今年並には本・論文を読み、地道に最新の動向を追いかけていこう、と考えています。なお、過去の回顧記事は以下の通りです。



2006年の古人類学界の回顧
http://sicambre.at.webry.info/200612/article_27.html
http://sicambre.at.webry.info/200612/article_28.html
http://sicambre.at.webry.info/200612/article_29.html

2007年の古人類学界の回顧
http://sicambre.at.webry.info/200712/article_28.html

2008年の古人類学界の回顧
http://sicambre.at.webry.info/200812/article_25.html

2009年の古人類学界の回顧
http://sicambre.at.webry.info/200912/article_25.html

2010年の古人類学界の回顧
http://sicambre.at.webry.info/201012/article_26.html

2011年の古人類学界の回顧
http://sicambre.at.webry.info/201112/article_24.html

2012年の古人類学界の回顧
http://sicambre.at.webry.info/201212/article_26.html

2013年の古人類学界の回顧
http://sicambre.at.webry.info/201312/article_33.html

2014年の古人類学界の回顧
http://sicambre.at.webry.info/201412/article_32.html

2015年の古人類学界の回顧
http://sicambre.at.webry.info/201512/article_31.html

2016年の古人類学界の回顧
http://sicambre.at.webry.info/201612/article_29.html
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森林の脊椎動物に対して全球的な影響を及ぼす林縁形成

2017/12/28 00:00
 これは12月28日分の記事として掲載しておきます。林縁形成が森林の脊椎動物にたいして及ぼす影響に関する研究(Pfeifer et al., 2017)が公表されました。全世界の森林で現在も続いている分断化は、生物多様性にたいして(森林中心部における生息地の減少による)直接的な影響と(林縁部の創出による)間接的な影響を及ぼしています。現在、全世界の森林の約半分が林縁から500メートル以内に位置しています。

 この研究は、全世界の哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類の計1673種の個体数にたいする人為起源の森林分断化の影響を評価し、脊椎動物種全体の85%が林縁の影響(エッジ効果)を受けている、と明らかにしました。この結果から、林縁付近で生息し続ける動物群集が森林中心部に生息する動物群集とほとんど似ておらず、全世界の森林の半分において脊椎動物群集が破壊されている、と明らかになりました。とくに、鳥類の11%・爬虫類の30%・両生類の41%・哺乳類の57%の個体数は、林縁の近くで大きく減っていることも明らかになりました。森林の中央部(林内)に生息する種は、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで絶滅危惧種に分類される傾向が高く、周囲環境との差異が大きく明瞭な林縁から200〜400 m以上の地点でようやく個体数がピークに達しました。サイズのより小さな両生類・より大きな爬虫類・中程度の非飛翔性哺乳類は、他の林内種と比較して、適した生息地のより大きな縮小を経験しました。

 この研究は、分断化された景観全体にわたる生息環境の質の連続的変化を説明する新しい方法を用いています。そのためこの研究の分析結果は、これまでに実施された土地利用の変化にたいする生物多様性の応答の全球的分析結果とは大きく異なっています。これまでの分析では、こうした段階的な変化が組み込まれていなかった、というわけです。この研究の知見からは、世界の森林の半分以上において、脊椎動物個体群の崩壊が起きている、と示唆されています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


【生物多様性】森林の林縁に生息する動物種の個体数減少傾向

 人為起源の森林分断化が森林の林縁部に生息する脊椎動物種の個体数に全球的な影響を及ぼしていることが判明した。この新知見からは政策への示唆が得られる可能性があり、大規模な森林の減少と分断化に応答して生物多様性がどのように変化する可能性が高いのかを予測する際に役立つかもしれないと考えられている。この研究成果を明らかにした論文が、今週掲載される。

 全世界の森林で現在も続いている分断化は、生物多様性に対して(森林中心部における生息地の減少による)直接的な影響と(林縁部の創出による)間接的な影響を及ぼしている。現在、全世界の森林の約半分が林縁から500メートル以内に位置している。今回、Marion Pfeiferたちの研究グループは、全世界の哺乳類と鳥類、爬虫類、両生類(合計1673種)の個体数に対する人為起源の森林分断化の影響を評価し、脊椎動物種全体の85%が林縁の影響を受けていることを明らかにした。この結果からは、林縁付近で生息し続ける動物群集が森林中心部に生息する動物群集とほとんど似ておらず、全世界の森林の半分において脊椎動物群集が破壊されていることが判明した。特に、鳥類の11%、爬虫類の30%、両生類の41%、哺乳類の57%の個体数は、林縁の近くで大きく減っていることも明らかになった。

 Pfeiferたちは、分断化された景観全体にわたる生息環境の質の連続的変化を説明する新しい方法を用いている。そのためPfeiferたちの分析結果は、これまでに実施された土地利用の変化に対する生物多様性の応答の全球的分析結果とは著しく異なっている。これまでの分析では、こうした段階的な変化が組み込まれていなかったのだ。


生態学:林縁形成は森林の脊椎動物に対して全球的な影響を及ぼす

生態学:森林生物多様性を脅かすエッジ効果

 世界の森林の分断化は、生物多様性および生態系サービスの低下につながっている。今回M Pfeiferたちは、メタ解析を行い、世界各地の森林の哺乳類、鳥類、爬虫類および両生類の計1673種について、人間活動による森林分断化が個体数に及ぼす影響を評価した。その結果、分断化により生じた林縁がもたらす影響(エッジ効果)によって、これらの動物種の85%で個体数が変化しており、鳥類の11%、爬虫類の30%、両生類の41%、哺乳類の57%では、林縁に近づくほど個体数減少の度合いが著しいことが分かった。総合すると今回の知見は、世界の森林の半分以上において、脊椎動物個体群の崩壊が起きていることを示唆している。



参考文献:
Pfeifer M. et al.(2017): Creation of forest edges has a global impact on forest vertebrates. Nature, 551, 7679, 187–191.
http://dx.doi.org/10.1038/nature24457
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テレビを使わなくなって電気代が下がる

2017/12/27 00:00
 これは12月27日分の記事として掲載しておきます。ほぼ8年間使用していた37インチのフルハイビジョン液晶テレビ「REGZA 37Z9000」が今年(2017年)11月17日に故障したので(関連記事)、21.5インチのモニターBenQ「GW2265HM 21.5」を代用品として購入し、録画機と接続しています(関連記事)。それから1ヶ月以上経過し、電気代の請求金額が確定したので、以前とはどれくらいの違いがあるのか、調べてみました。昨年は、早くからエアコンを使用していたので、今年と同じく、エアコンの使用を12月のうちは控えていた一昨年と比較してみました。

 すると、500円ほど安くなっていました。現在、テレビを視聴するには録画機を用いなくてはいけないので、その分だけ電気代が余分に発生しているわけですが、さすがに2009年製の37インチのフルハイビジョン液晶テレビと、最近の21.5インチのモニターでは、消費電力に大きな違いがある、ということなのでしょう。テレビの代用品としての「GW2265HM 21.5」に関しては、画質にはさほど不満はありませんが、音質にはやや不満が残ります(関連記事)。しかし、来年12月に4k放送が本格的に始まるまではこのまま我慢しようと考えています。

 電力代が多少安くなりそうなので、1.6 GHzにダウンクロックしていたデスクトップパソコンのCPU周波数を定格に戻すことにしました。今年秋に新たに導入したセキュリティソフトがやたらと重く、chromeで新たなページにアクセスするとしばらくの間まともに操作できなくなることもありますし、ワードも重いということもあり、もはや1.6 GHzでの運用は厳しいかな、と考えました。本当は4.4GHz以上にオーバークロックしたいところですが、さすがに以前よりも電気代が高くなりそうなので、とりあえず久々に定格で運用することにします。
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