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アメリカ大陸への人類最初の移住に関する近年の研究のまとめ

2017/09/21 00:00
 これは9月21日分の記事として掲載しておきます。アメリカ大陸への人類最初の移住に関しては、現代世界の政治・経済・文化(学術も含めて)の中心と言ってよいだろうアメリカ合衆国においても直接的問題であり、時には激しい政治的論争に発展するためか、アメリカ大陸のみならず他地域でも関心が寄せられているように思われます。このブログでは、2012年(関連記事)と2014年(関連記事)に、この問題に関する研究動向を簡単にまとめた記事を掲載しました。この記事では、その後にこのブログで取り上げた関連研究をざっとまとめることにします。もちろん、このブログで取り上げていない重要な研究は多いでしょうが、とりあえず備忘録としてまとめておきます。

 アメリカ大陸への人類最初の移住について、20世紀後半には、更新世末期にベーリンジア(ベーリング陸橋)から内陸部の無氷回廊を通過してアメリカ大陸に拡散した、クローヴィス(Clovis)文化の担い手が最初の移住者だとするクローヴィス最古説が主流でした。しかし20世紀末以降、アメリカ大陸におけるクローヴィス文化以前の人類の痕跡が相次いで報告されていることから、クローヴィス最古説を否定する研究者が増えつつあり、クローヴィス最古説はもはや否定された過去の仮説と言ってよいでしょう。しかし、だからといって、この問題に関して新たな共通認識が形成されたとも言い難い状況であり、その年代や拡散の速度・経路などをめぐって、議論が続いています。数少ない共通認識の一つは、アメリカ大陸に移住した人類は現生人類(Homo sapiens)のみだった、というものです。

 しかし、今年(2017年)になって、アメリカ大陸における13万年前頃の人類の痕跡が確認された、との見解が提示され、現生人類ではない系統の人類がアメリカ大陸に進出した可能性も議論されています(関連記事)。ただ、これはあまりにも異例の発見であり、まだ広く認められているとは言い難く、将来撤回される可能性もじゅうぶんあると思います。とりあえず、アメリカ大陸における13万年前頃の人類の痕跡との見解は採用せず、近年の研究動向をまとめることにします。

 放射性炭素年代測定法によるクローヴィス文化の推定年代は、近年までは11500〜10800年前(較正年代では13300〜12800年前)とされていましたが、メキシコ合衆国ソノラ州のエルフィンデルムンド(El Fin del Mundo)遺跡では11550年前年前(較正年代では13390年前)となり、クローヴィス文化の年代が従来よりもさかのぼります。そのため、クローヴィス文化の起源は北アメリカ大陸の北部ではないのかもしれない、との可能性が示唆されています。

 これは、アメリカ大陸最初の人類の拡散経路とも関わってくる問題となります。近年では、アメリカ大陸最初の人類集団はベーリンジアからアメリカ大陸西岸を南下したのではないか、との見解(沿岸仮説)が有力になっています(関連記事)。無氷回廊で人類が生活できるような生態系になったのは12600年前頃であり、すでにその前にはアメリカ大陸に人類が存在していたので、その移住経路は海岸沿いだっただろう、というわけです。ただ、クローヴィス文化よりも後の人類集団は、無氷回廊経由でアメリカ大陸へと拡散した可能性も指摘されています。アラスカのバイソンとアメリカ大陸本土のバイソンが混じり合うようになったのは13000年前頃と推測されていることからも、沿岸仮説が支持されています(関連記事)。

 クローヴィス最古説を否定する証拠に関しては、すでにアメリカ大陸南北の複数の遺跡が報告されています。前記のまとめ記事以降では、放射性炭素年代測定法による較正年代で、14064年前〜13068年前と推定されているアルゼンチンの草原地帯にあるアロヨセコ(Arroyo Seco)2遺跡(関連記事)や、14550年前(較正年代)と推定されているアメリカ合衆国フロリダ州のページ-ラドソン(Page-Ladson)遺跡(関連記事)があります。また沿岸仮説は、人類はアメリカ大陸に進出する前に、最終最大氷期を含む寒冷期にベーリンジアに孤立した状態で1万年程度留まっていたのではないか、と推定するベーリンジア潜伏モデルを想定していますが、放射性炭素年代測定による非較正年代で19650±130年前(較正年代で24033〜23314年前)と推定されるカナダのユーコン準州北部のブルーフィッシュ洞窟群(Bluefish Caves)遺跡がその証拠とされています(関連記事)。また、考古学的証拠から、南アメリカ大陸の初期人口史も推定されており、他地域の新石器時代と同様に、作物の栽培と動物の家畜化が始まってからも長期間、人口増加率が低く、その後に人口が急増するという特徴が指摘されています(関連記事)。

 古代DNAの研究は近年飛躍的に発展している分野ですが、アメリカ大陸の人類の古代DNA研究も着実に進んでいます。最初期のアメリカ大陸の人類と現代のアメリカ大陸先住民との連続性については疑問も提示されており、政治的問題に発展することもありました。その代表例がアメリカ合衆国ワシントン州で発見された成人男性のケネウィック人(Kennewick Man)で、「白人」との解剖学的類似性が指摘されました。つまり、「最初のアメリカ人」は「ヨーロッパ系」だったのではないか、というわけです。しかし、ケネウィック人のDNA解析の結果、父系でも母系でもケネウィック人は現代アメリカ大陸先住民の変異内に収まることが明らかになりました(関連記事)。

 暦年代で推定13000〜12000年前頃とされるメキシコのユカタン半島東部の地底湖で発見された推定年齢15〜16歳の少女の人骨のDNA解析(関連記事)や、中央アラスカのアップウォードサン川遺跡(the Upward Sun River Site)で発見された、放射性炭素年代測定法により較正年代で11600〜11270年前と推定されている幼児2個体のミトコンドリアDNA(mtDNA)解析(関連記事)も、現代アメリカ大陸先住民の変異内に収まることが明らかになりました。また、8600〜500年前頃のアメリカ大陸の住民92人のmtDNA解析結果も、これまでに報告されている現代のアメリカ大陸先住民集団の変異幅に収まる、と報告されています(関連記事)。

 たいへん注目されるのは、アメリカ大陸先住民がオーストラロ・メラネシア人とも交雑した可能性や、アマゾン地域のアメリカ大陸先住民集団の一部のゲノムにオーストラレシア人との密接な共通領域が認められる、との見解が提示されていることです(関連記事)。この見解が妥当なのか、そうだとしてどのような経緯が考えられるのか、現時点では説得力のある想定がなかなか難しく、アメリカ大陸の古代人のゲノムではまだ確認されていない、との慎重な指摘もあります(関連記事)。

 上述したように、アメリカ大陸最初の人類をめぐる議論は激しい政治的問題に発展することもあります。その一例が更新世末期のアメリカ大陸における大型動物の大量絶滅です。後期〜末期更新世にかけて、アメリカ大陸とオーストラリア大陸(更新世の寒冷期にはニューギニアやタスマニア島と陸続きでサフルランドを形成していました)で大型動物が大量に絶滅しており、人類の最初の進出時期と近いため、人類が原因とされていますが(人為説)、環境要因説も提示されています。アメリカ大陸に関しては、人為説が先住民を貶めるものではないか、との政治的議論に発展することもあります。

 近年の研究では、12700年前頃までにアメリカ大陸で絶滅した大型動物のうち、人間の狩猟対象となったことが確実なのは約16.7%に留まっていることから、大型動物の絶滅に関しては、寒冷気候に適応していたなか、更新世末期の温暖化が打撃になった可能性を指摘したものがあります(関連記事)。しかし一方で、大量の人為的痕跡が見つかる頃に、現在有力な上述した沿岸仮説で想定されるベーリンジア→北アメリカ大陸→南アメリカ大陸という移住経路の順に、大型動物の絶滅が始まることから、人為説を妥当とする研究もあります(関連記事)。この研究では、アメリカ大陸で大型動物の絶滅が本格的に進行するのはクローヴィス文化以降であることから、先クローヴィス文化期の集団は時空間的に孤立しており、継続的な移住とはならず、偶発的な拡散にすぎなかった可能性が指摘されています。アメリカ大陸への人類最初の移住に関しては未解明の問題が多々あり、今後も研究の進展をできるだけ追いかけていくつもりです。
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条鰭類の進化

2017/09/20 00:00
 これは9月20日分の記事として掲載しておきます。条鰭類の進化に関する研究(Giles et al., 2017)が公表されました。現生条鰭類(条鰭亜綱)は、現存する脊椎動物種の約半数によって構成され、グッピーとタラのように多様な魚が含まれています。この分類群は、デボン紀の「魚類時代」の直前の約3億8500年前に起源があると考えられています。その生き残りが構成する小規模な分類群に属するのがビチャー(ポリプテルス科)で、この分類群にはチョウザメも含まれます。

 アフリカで生息が確認されているビチャーは、肉鰭・肺・厚い鱗を併せ持つことから、デボン紀の肉鰭類、さらには両生類とさえ関連づけられることもあり、これまで長い間にわたって分類が困難でしたが、現在では、ビチャーは鱗に覆われたウナギに似た原始総鰭類で、その他の条鰭類の現生姉妹群であることが認められています。しかし、わずかに存在する化石記録がさかのぼれるのは白亜紀までで、クラウン群条鰭類が進化したと考えられているデボン紀との間にはたいへんに長いゴースト系統が残されており、その化石史は1億年しかさかのぼることができません。もしビチャーが他の条鰭類の魚よりも祖先的ならば、その起源が他の条鰭亜綱魚類より古いと予想され、その化石記録に2億5000万年分の空白が生じます。

 この研究は、約2.5〜2億年前(原始恐竜が陸上で進化した頃)と年代推定され、広範囲に分布していた化石魚類スカニレピス目に属するFukangichthysの化石の高分解能コンピュータ断層撮影(CTスキャン)の結果を報告しています。これまでスカニレピス目はビチャーに似ているとされていましたが、これまでの研究で指摘されていた類似点は外見上のものでした。この新たなCTスキャンでは保存されていた頭蓋骨を立体的に観察することが可能になり、さまざまな物理的性質と12個の遺伝子のDNA塩基配列の解析と近縁種との比較の結果、ビチャーがスカニレピス目に属することが明らかになりました。

 三畳紀を起源とするスカニレピス目が、ビチャーに最も近縁な化石魚類というわけです。しかし、もしビチャーが本当に原始魚類であれば、現生条鰭類の起源は、これまで考えられていたよりもかなり遅かった可能性が生じます。この研究は、デボン紀から三畳紀に生息していた条鰭類の外観を有する化石の再検討をもたらす可能性があります。以下は『ネイチャー』の日本語サイトから引用(引用1および引用2)です。


【古生物学】謎めいた魚類進化の時系列を解明する手掛かりとなる化石

 このほど化石魚類の分析が新たに実施され、謎めいた原始魚ビチャー(あるいはロープフィッシュ)が正真正銘の条鰭類の魚であることが判明した。この新知見は、魚類進化の解明を大きく前進させるものであり、その詳細が記述された論文が、今週掲載される。

 現生する条鰭類(条鰭亜綱)は、現存する脊椎動物種の約半数によって構成され、グッピーとタラのように多様な魚が含まれている。この分類群は、デボン紀の「魚類時代」の直前の約3億8500年前に起源があると考えられている。その生き残りが構成する小規模な分類群に属するのがビチャー(ポリプテルス科)であり、この分類群にはチョウザメも含まれる。アフリカで生息が確認されているビチャーは、鱗に覆われたウナギに似た原始総鰭類で、これまで長い間にわたって分類が難しかったが、その他の条鰭類の現生姉妹群であることが認められた。ところが、その化石史は、わずか1億年しかさかのぼることができない。もしビチャーが他の条鰭類の魚よりも原始的なのであれば、その起源が他の条鰭亜綱魚類より古いと予想され、その化石記録に2億5000万年分の空白が生じる。

 今回、Sam Gilesたちの研究グループは、約2〜2.5億年前(原始恐竜が陸上で進化した頃)と年代決定され、広範囲に分布していた化石魚類スカニレピス目に属するFukangichthysの化石の高分解能コンピュータ断層撮影(CTスキャン)の結果を調べた。これまでスカニレピス目は、ビチャーに似ているとされていたが、これまでの研究報告で指摘されていた類似点は外見上のものだった。この新たなCTスキャンでは、保存されていた頭蓋骨を立体的に観察することが可能になった。そして、さまざまな物理的性質と12個の遺伝子のDNA塩基配列の解析と近縁種との比較が行われた結果、ビチャーがスカニレピス目に属することが実証された。その結果、三畳紀を起源とするスカニレピス目が、ビチャーに最も近縁な化石魚類となった。ところが、もしビチャーが本当に原始魚類であれば、現生条鰭類の起源は、これまで考えられていたよりもかなり遅かった可能性が生じる。今回の研究結果は、デボン紀から三畳紀に生息していた条鰭類の外観を有する化石の再検討をもたらす可能性がある。

 この研究によって得られた知見を裏付けるCTデータと本論文に記述された化石材料の三次元表面ファイルは、本論文の出版によって利用可能となる(https://doi.org/10.6084/m9.figshare.c.3814360)。


進化学:現生の条鰭類魚類の起源がより新しいことを示す「生きた化石」系統の初期の構成種

進化学:ポリプテルス類の起源を紐解く

 ポリプテルス科の魚類(ポリプテルスおよびアミメウナギ)は、極めて原始的な魚類の生き残りであり、現在はアフリカの淡水環境にのみ生息している。肉鰭や肺、厚い鱗を併せ持つことから、ポリプテルス類はデボン紀の肉鰭類、さらには両生類とさえ関連付けられることもあったが、現在は他の全ての条鰭類魚類の現生姉妹群とする説が広く受け入れられている。しかし、硬い鱗に覆われているにもかかわらず、ポリプテルス類の化石記録は疑わしいほどに不足している。わずかに存在する化石記録がさかのぼれるのは白亜紀までで、クラウン群条鰭類が進化したと考えられているデボン紀との間には非常に長いゴースト系統が残されている。ポリプテルス類はまた、三畳紀の原始的な条鰭類であるスカニレピス型類(Scanilepiformes)とも比較されたことがあるが、その類似性は表面的なものでしかなかった。今回、スカニレピス型類の1種であるFukangichthysの化石標本をコンピューター断層撮影法で解析し、さまざまな近縁種と比較した結果、ポリプテルス類が実際にスカニレピス型類に属することが明らかになった。こうした条鰭類の系統樹の書き換えによって、ポリプテルス類の起源はデボン紀から三畳紀へと一気に押し上げられ、さらには、クラウン群条鰭類の進化もデボン紀ではなく石炭紀というより新しい年代に起きたことが示唆された。



参考文献:
Giles S. et al.(2017): Early members of ‘living fossil’ lineage imply later origin of modern ray-finned fishes. Nature, 549, 7671, 265–268.
http://dx.doi.org/10.1038/nature23654
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ファミリー劇場HDリマスター版『太陽にほえろ!』661話〜664話

2017/09/19 00:00
661話「マミーが怒った」9
 バーで男性が女性に刺されます。その女性には横領など複数の容疑がかけられていました。その女性は昔の恋人に会うために郷里に行き、店で働いていましたが、東京に戻ることにします。女性は店で、検事と名乗る男性から書類を預かります。重要事件解決のための書類で社会的意義が大きい、届けるまで黙っていてくれと言われた女性は、生まれ変われるかもしれない、と思います。そのためか女性は男性に追われるようになり、マミーに保護を求めます。マミーは、夜遅いので母親と過ごすよう、女性に言います。マミーとマイコンが地元の警察署に立ち寄ると、刑事が女性を強引に取り調べようするので、マミーはそれを遮って出発します。ところが、自動車が細工されていたり、男性が女性を拉致しようとしたり、昔の恋人がつきまとってきたりで、妨害が続きます。女性はマミーとマイコンの護衛で無事書類を地検に届けますが、その書類は偽者で、本物は検事が別の経路で届けていました。女性は囮に使われた、というわけです。謎解き要素もありましたが、偶然が道を踏み外した女性を再生するというヒューマンドラマ的性格が強くなっていたように思います。オチもつけられていましたし、デュークのキャラを立てようという工夫も見られ、かなり私好みの話になっていました。ここまで楽しめたのは久々です。

662話「制服よさらば」8
 警官の制服を着た男性に現金輸送車が襲撃されます。亡くなった旧知の警官の未亡人と会っていた山さんは、直ちに現場に向かいます。一係は警察退職者のなかに犯人がいるのではないか、と推理して捜査を進めます。捜査が進むなか、山さんを、警察を退職したかつての同僚が訪ねてきます。その男性は山さんから名刺を受け取り、入院中の事件被害者を訪ねます。一係は、山さんの元同僚の息子が犯人ではないか、と考えて捜査を進めます。けっきょく、息子は犯人ではなく、真犯人逮捕の描写はあっさりしたものでした。今回は、謎解きではなく、山さんとその元同僚との関係を描いたヒューマンドラマが主題だったので、それでよいかな、と思います。前回もそうでしたが、今回はとくに懐かしい選曲になっていたと思います。山さん主演で、元同僚との関係や、冒頭と最後に山さんの淡いロマンスもわずかに描いた大人向けの作品になっていたので、これは意図的な選曲でしょうか。話自体は、抜群に面白かったわけではないのですが、選曲がよかったのでやや高い評価としました。今にしてみると、終了まで1年少しとなった時期なわけで(第2部を除くと)、原点回帰的な選曲なったことはやや感慨深いものがあります。


663話「9月13日1970年」6
 若い女性が一係にやって来て、1970年9月13日に伊豆旅行中に殺害された双子の妹の殺人犯を捕まえてほしい、とトシさんとデュークに訴えます。近所の変質者が逮捕され、自白した後に自殺しました。女性は、駅で自分を見て動揺した男性が真犯人だと考え、ずっと追っていましたが、時効間近の最近になって偶然その男性を見つけたのでした。その男性は、事件当時伊豆旅行中だったことも分かりました。しかし、再捜査の正式命令が簡単には下りないことを知った女性は、真犯人と考える男性を刺そうとして、デュークに阻まれます。事件を起こせば、動機を問われて再捜査が始まるのではないか、と女性は考えたのでした。正式に再捜査が始まり、トシさんとデュークは男性に当時のことを問い質しますが、当然のことながら男性は犯行を否定します。トシさんとデュークは伊豆に赴いて再捜査を始めますが、やはり有力な証言はなかなか得られません。それでもトシさんは粘り強く捜査を進めていきます。一旦は失敗したように思われたデュークの強引な行動が決定的証拠をもたらすなど、時効が迫るなか緊張感の続く展開になっており、まずまず面白くなっていました。男性の人物像がもっと描かれていればよかったかな、とも思いますが。トシさんのキャラを活かした話になっていますが、トシさんとデュークがずっと組んで捜査を進めており、デュークの個性も強く前面に出ており、その家庭事情が少し触れられたこともあって、ダブル主演と言ってよいと思います。


664話「マイコンがトシさんを撃った」6
 男性の運転する自動車がライフルで狙撃されます。トシさんには犯人の心当たりがありました。狙撃された男性はかつて女性を轢き殺し、その夫が今回の狙撃犯ではないか、とトシさんは推理していました。男性は自動車を運転中に再びライフルで狙われ、トシさんとマイコンは男性を保護しつつ犯人を逮捕しようとします。マイコンはトシさんに拳銃を使うなと厳命されていたにも関わらず、暗闇の中で発砲してしまい、誤ってトシさんを撃ってしまいます。トシさんは命も危ぶまれるような重傷を負い、マイコンは大きな精神的打撃を受けます。これまで、一係の刑事の失敗は度々描かれてきましたが、殉職を除けば、今回は最大の失敗と言えるでしょう。落ち込むマイコンを叱咤したのは山さんでした。マイコンは何とか立ち直って捜査を進め、今回の狙撃事件の犯人だけではなく、今回の事件の被害者でかつての轢き逃げ事件の犯人まで逮捕します。今回は若手刑事の挫折と成長という本作の王道的路線となっていましたが、同僚の誤射というたいへん過激な話になっていました。とっくに全盛期を過ぎたなか、制作者側も試行錯誤していたのでしょう。


665話「殉職刑事たちよ、やすらかに」5
 2時間スペシャル放送となります。本放送前は楽しみにしていたこともあり、さすがに内容はわりと覚えていましたが、再視聴しても、さほど面白い話ではなかった、との感想は変わりませんでした。まあ、ファンサービスとも言えるでしょうし、終了までに一度はこうしたスペシャル放送があってよかったな、とは思いますが。ジーパンの母親が登場したのはよかったのですが、それならばシンコと宗吉も登場してもらいたかったものです。何よりも、退職・転勤で降板となったスニーカーと原昌之は再登場して話に深く関わってもらいたかったものです。アッコとナーコも再登場を・・・と要望は次から次へと出てきますが、過去のレギュラー・準レギュラーを多く登場させても話がもっと散漫になるだけだったでしょうし、演者の都合もあったでしょうから、難しいでしょうか。ボンとボギーの遺族や殿下とゴリさんの元婚約者が登場しただけでも満足すべきでしょうか。
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大河ドラマ『おんな城主 直虎』第37回「武田が来たりて火を放つ」

2017/09/18 00:00
 これは9月18日分の記事として掲載しておきます。還俗し農民として生きていく道を選んだ直虎(次郎法師)は、還俗して龍雲丸とともに穏やかな日々を送っていました。そんなある日、堺で新たな商売を始めた中村屋からの誘いを受けた龍雲丸は、一緒に堺に行ってほしい、と直虎に言います。直虎は井伊谷から去ることに難色を示しますが、いつまでも過去に捕らわれているのはどうなのか、と龍雲丸は言います。直虎は母から龍雲丸とともに堺に行くよう勧められ、堺に行くことを決めます。

 近藤家に仕えることとなった高瀬を怪しげな行商人風の男性が訪ねてきて、武田軍の来襲を伝えるとともに、近藤康用の殺害を命じます。ついに武田軍が遠江に侵攻してきて、井伊谷にも危機が迫ります。南渓和尚は直虎と龍雲丸に、直ちに堺に行くよう勧めますが、龍雲丸は直虎とともに井伊谷に残り、井伊家中の者全員を逃すつもりだ、と決意を伝えます。南渓和尚は、武田方と徳川方のどちらが優勢なのか、見極めて対応を決めよう、と考えていました。

 武田軍は遠江で快進撃を続け、徳川家康は遠江を武田に割譲し、武田と和睦しようと考えます。畿内でも反織田勢が活動しているので、織田から武田に鞍替えしようというわけですが、酒井忠次をはじめとして重臣は危ぶみます。そこへ織田から援軍が到着したので、徳川家中は武田と戦う決意を固めます。徳川軍は武田軍と戦ったものの惨敗し(三方ヶ原の戦い)、井伊家中は衝撃を受けます。近藤康用があくまでも徳川方として戦おうするなか、直虎・龍雲丸に引き入れられて井伊谷の百姓は逃散します。

 激昂して龍潭寺に乗り込んだ近藤康用にたいして、南渓和尚は武田に就いてはどうかと進言しますが、近藤康用はあくまでも徳川方として戦おうとします。直虎は城に入り込み、圧倒的に優勢な武田軍に降伏するよう、近藤康用を直接説得します。近藤康用は、武田と戦いはしないものの、武田に降伏せず城に火を放って落ち延びる、と返答します。城に火が放たれるなか、近藤康用を毒殺しようとした高瀬はまだ城に残っており、高瀬は自分を探しに来た直虎・龍雲丸とともに城を落ち延びます。

 今回は、武田の圧倒的な力の前に難しい選択を強いられる人々の姿が描かれました。徳川のような小大名・近藤のような国衆(井伊も元国衆と言えるでしょう)・村の百姓それぞれの戦いへの対応の描写は、戦国時代の歴史ドラマとしてよかったのではないか、と思います。本作からは、戦国時代の様相を描こうとの意図が窺え、それは一定以上成功している、と私は考えています。まあ、昔はよかったと声高に語る長年の大河ドラマ愛好者にとっては、戦いの場面が描かれていない、と不評かもしれませんが。高瀬については、近藤康用を毒殺しようとしたのは間違いないでしょうし、おそらく武田の間者なのでしょうが、まだ完全に謎が明かされたわけでもなさそうなので、もう一ひねりあるかもしれません。
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『カラー図解 進化の教科書 第3巻 系統樹や生態から見た進化』

2017/09/17 00:00
 これは9月17日分の記事として掲載しておきます。カール=ジンマー(Robin Dunbar)、ダグラス=エムレン(Douglas J. Emlen)著、更科功・石川牧子・国友良樹訳で、講談社ブルーバックスの一冊として、2017年8月に講談社より刊行されました。原書の刊行は2013年です。第1巻(関連記事)と第2巻(関連記事)については、すでにこのブログで取り上げています。第3巻は系統樹・遺伝子・種間関係・生態の進化を重点的に解説しており、第9章「系統樹」・第10章「遺伝子の歴史」・第11章「遺伝子から表現型へ」・第12章「種間関係」・第13章「行動の進化」という構成になっています。

 人類も含めて生物進化の系統樹が一部の人の誤解を招きやすいことは、以前このブログでも取り上げました(関連記事)。本書は系統樹の作成法と見方を基礎から解説しており、たいへん有益だと思います。系統樹の解説では人類の進化も一事例として取り上げられており、人類の進化が生物の進化の中に位置づけられ、他の生物と同様に表現型により進化系統樹が作成されている、とよく理解できるようになっています。ただ、脳の大型化については、現生人類(Homo sapiens)系統のみならず、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)系統でも独立して起きた可能性が高い、ということも指摘されているとよかったように思います。

 第10章でも遺伝子に基づく系統樹が解説されていますが、遺伝子の系統樹と種の系統樹とが一致しない場合もある、との指摘は私も含めて非専門家層にはたいへん重要だと思います。遺伝子の系統樹では現代人のミトコンドリアDNA(mtDNA)の事例が取り上げられており、非専門家層の読者にとってより身近な話題を取り上げよう、との意図が窺えます。近年、この分野の研究の進展は目覚ましいので、本書の日本語改訂版が刊行されるのだとしたら、どのような解説になるのか、楽しみでもあります。

 第11章では、遺伝子と表現型との複雑な関係が解説されています。生物における遺伝子発見の仕組みの共通性と、わずかな変化が表現型の変化をもたらすことが解説されており、進化学の妥当性を改めて教えられます。この分野は不勉強だったので、今後繰り返し読むつもりです。第12章では、人間も含めて生物が他の多くの生物との相互作用で生存・進化してきたことが解説されています。人間の場合は、腸内細菌叢が最近注目を集めてきているようですが、細菌との共生なくして人間は生きていけない、ということは強く認識しておく必要があるでしょう。

 第13章では、行動も生物の表現型であるとの認識を前提に、生物の行動がどのように進化してきたのか、解説されています。ここでは人間の事例がとくに大きく取り上げられているわけではありませんが、細菌・昆虫・爬虫類などさまざまな生物の事例が取り上げられており、読み物としても面白くなっていると思います。この『カラー図解 進化の教科書』は本書で完結となりますが、より理解しやすい解説を意図しつつ、安易な簡略化もなされていないように思われ、読み物としても面白いことから、現時点での一般向けの進化学の入門書としてお勧めと言えるでしょう。もちろん、本書の内容は今後「古く」なっていくのでしょうが、系統樹など基礎的な解説は長く読み続けられるだけの価値があると思います。


参考文献:
Zimmer C, and Emlen DJ.著(2017B)、更科功・石川牧子・国友良樹訳『カラー図解 進化の教科書 第3巻 系統樹や生態から見た進化』(講談社、原書の刊行は2013年)
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遺伝的に多様なパプアニューギニア人

2017/09/16 00:00
 これは9月16日分の記事として掲載しておきます。ニューギニア島の住民の遺伝的多様性に関する研究(Bergström et al., 2017)が報道されました。ニューギニア島の住民は、言語でも遺伝子でも多様性が高いことで知られています。この研究は、パプアニューギニアの85の言語集団の385人からゲノム規模の一塩基多型データを得て、パプアニューギニア人の地理的な遺伝的構造を解明しました。その結果、ニューギニア島では高地集団と低地集団とが2万〜1万年前頃に分岐し、高地集団には非ニューギニア島人との交雑の痕跡が見られない、ということが明らかになりました。

 ニューギニア島では1万年前頃より植物栽培が始まり、高地集団は過去1万年間に主要な3集団に分かれ、低地集団は北部と南部の主要な2集団に分かれます。一般的に、農耕が始まると新技術を携えて集団が拡大していき、遺伝的に均質化する傾向にあるのですが、ニューギニア島では植物栽培の開始以降も各集団が遺伝的独自性を保持し、現在の遺伝的多様性が形成されました。ニューギニア島の多様な言語は遺伝的多様性を反映したものだろう、と指摘されています。

 高地集団に関しては、山岳地帯が交流の地理的障壁になったのではないか、と考えられてきましたが、低地集団でも植物栽培開始以降も遺伝的独自性が保持されており、地理よりも、戦争や集団内の婚姻といった文化の方が障壁として大きな役割を果たしていたのではないか、と推測されています。この研究で明らかになったニューギニア島の住民の遺伝的多様性は、農耕の拡大が遺伝的均質化を促進するとは限らない事例を示している、と言えるでしょう。


参考文献:
Bergström A. et al.(2017): A Neolithic expansion, but strong genetic structure, in the independent history of New Guinea. Science, 357, 6356, 1160-1163.
http://dx.doi.org/10.1126/science.aan3842
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ドイツ南西部のネアンデルタール人化石のmtDNAについての解説

2017/09/15 00:00
 これは9月15日分の記事として掲載しておきます。ドイツ南西部のホーレンシュタイン-シュターデル(Hohlenstein–Stadel)洞窟(以下HST洞窟と省略)で発見されたネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)化石のミトコンドリアDNA(mtDNA)を解析した研究については、2ヶ月前(2017年7月)にこのブログで取り上げました(関連記事)。取り上げるのが遅れてしまいましたが、その研究についての解説記事の内容に疑問が残るので、自分の知識をまとめるという意味で、備忘録として掲載しておくことにします。まず疑問なのは、以下の見解です。

 ネアンデルタール人やデニソーワ人など古代人と私たちホモサピエンスは交雑が可能で、しっかり子供ができていたことがわかっている。その結果として、アジア、ヨーロッパ、アメリカ、オセアニアの現代人にはネアンデルタール人やデニソーワ人の遺伝子が流入し今も維持され続けている。このことは、ネアンデルタール人の父と現代人類の母の間にできた子供も、現代人類一員として受け入れられていたことを意味する。しかし、ミトコンドリアゲノムで比べると現代人類と古代人の交雑の痕跡はない。ミトコンドリアは母親の卵子を通してのみ子孫に伝わっていくので、母親がネアンデルタール人の子供が現代人類に育てられないと、ネアンデルタール人のミトコンドリア遺伝子は残らない。したがって、この結果はネアンデルタール人の母親が現代人の仲間として受け入れられなかったことを物語る。

 ネアンデルタール人や種区分未定のデニソワ人(Denisovan)と現生人類との交雑は今では広く認められていますが、ネアンデルタール人由来と推定されるmtDNAが現代人には見られないからといって、現生人類の父親とネアンデルタール人の母親の間の子供は現生人類集団において受け入れられなかった、というわけではありません。ネアンデルタール人由来と推定されるY染色体も現代人には見られませんから(関連記事)、この解説記事の論理では、ネアンデルタール人の父親と現生人類の母親の間の子供は現生人類集団において受け入れられなかった、となってしまいます。

 mtDNAもY染色体も基本的に母系・父系での単系統遺伝となるので、偶発系統損失が生じやすくなります。ネアンデルタール人の父親と現生人類の母親との間の子供で、現代にも子孫を残しているのが女性のみだった場合、もしくは男性の子供もいたものの、その男性の子供には女性しかいなかったような場合、ネアンデルタール人由来のゲノム領域は現代人に伝わっても、ネアンデルタール人由来のmtDNAもY染色体も現代人には伝わりません。現生人類の父親とネアンデルタール人の母親という逆の組み合わせでは、現代にも子孫を残しているのが男性のみだったか、女性の子供もいたものの、その女性の子供には男性しかいないと、やはりネアンデルタール人由来のmtDNAもY染色体も現代人には伝わりません。

 性染色体や繁殖に直接関わる遺伝子に関しては、現代人にはネアンデルタール人由来のものが確認されないか少なく(関連記事)、ネアンデルタール人のY染色体についての研究から、ネアンデルタール人のY染色体を有する個体は、ネアンデルタール人と現生人類との交雑集団において繁殖能力が低下して排除された可能性が指摘されていますから(関連記事)、ネアンデルタール人と現生人類との交雑において、ネアンデルタール人男性と現生人類女性という組み合わせが多かったというか一般的だったとすると、(非アフリカ系)現代人のゲノムにネアンデルタール人由来の領域が認められるのに、ネアンデルタール人由来のmtDNAもY染色体も見られない理由を上手く説明できそうです。もちろん、これ以外の想定もじゅうぶん可能ですが。次に疑問が残るのは以下の見解です。

 今日紹介する同じライプチッヒ・マックスプランク研究所からの論文は1930年代にドイツ南部で発掘されたネアンデルタール人のミトコンドリアDNAが他のヨーロッパから出土するネアンデルタール人とは異なり、ホモサピエンスに近いことを示す研究

 HST洞窟のネアンデルタール人は、他のネアンデルタール人との比較でとくに現生人類と近いわけではありません。まあ、HST洞窟のネアンデルタール人は、mtDNAが解析された他のネアンデルタール人よりもやや古いかもしれませんから、その分だけ他のネアンデルタール人よりも現生人類に近いと言えるかもしれませんが、その確証はありません。このように疑問が残るのは、そもそもこの解説記事が、以下に引用するように、HST洞窟のネアンデルタール人のmtDNAに関する研究を間違って理解しているからなのでしょう。

 新しく解読した南ドイツのネアンデルタール人のミトコンドリアゲノムは、これまで発見された多くのネアンデルタール人ゲノムとは大きくかけ離れており、他のネアンデルタール人と20−30万年前に分離したと考えられる。面白いことに、現代人の核内ゲノムの導入の痕跡があるアルタイのネアンデルタールに近縁で、しかも他のネアンデルタールグループと比べても現代人のミトコンドリアに近い。おそらく20−40万年以前にアフリカで現代人の先祖のミトコンドリアゲノムが極めて限られたネアンデルタール人グループに導入され、他とは異なる私たち現代人と母系を共有する新しいネアンデルタール人系統を形成した。

 HST洞窟のネアンデルタール人のmtDNAが、「これまで発見された多くのネアンデルタール人ゲノムとは大きくかけ離れて」いるのは確かですが、「アルタイのネアンデルタールに近縁」でも、「他のネアンデルタールグループと比べても現代人のミトコンドリアに近い」わけでもありません。HST洞窟のネアンデルタール人のmtDNAの意義は、既知のネアンデルタール人のmtDNAとの比較で最も早期に分岐したと推定されることにあり、他のネアンデルタール人のうち特定の系統と近縁というわけでも、他のネアンデルタール人と比較して現生人類とより近縁というわけでもありません。なお、このアルタイのネアンデルタール人とは、デニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見されたデニソワ5(Denisova 5)のことです。

 また、HST洞窟のネアンデルタール人のmtDNAの意義としてもう一つ重要なのは、ネアンデルタール人のmtDNAはおそらく「前期型」と「後期型」とで異なり、「後期型」はネアンデルタール人やデニソワ人よりも現生人類系統に近縁なアフリカ起源の(遺伝学的に)未知の人類系統からもたらされたと推測されていますが(関連記事)、その下限年代が絞り込めそうだ、ということです。「現代人の先祖のミトコンドリアゲノムが極めて限られたネアンデルタール人グループに導入され」たというよりも、現代人の祖先と近縁な系統がネアンデルタール人集団と交雑したのであり、現生人類と近縁なmtDNAは、複数系統のネアンデルタール人に独立してもたらされた可能性も指摘されています。

 HST洞窟のネアンデルタール人のmtDNAは、それ自体は「これまで謎だったミトコンドリアDNAから見た時の古代人の系統樹と核DNAから見た系統樹の矛盾を説明する」ものではなく、あくまでも、ネアンデルタール人のmtDNAの「前期型」から「後期型」への置換という現時点で有力とされている仮説の下限年代を提示するものだと思います。「ミトコンドリアDNAから見た時の古代人の系統樹と核DNAから見た系統樹の矛盾」については、上述したアフリカ起源の現生人類と近縁な系統とネアンデルタール人系統との交雑が有力だと考えられていますが、他にも説明は可能であり(関連記事)、まだ決着したとは言えないように思います。
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ISとその対立集団の兵士が戦争に参加する動機

2017/09/14 00:02
 ISとその対立集団の兵士が戦争に参加する動機に関する研究(Gómez et al., 2017)が公表されました。ISは2014年夏にその勢力をイラク全土に大きく広げました。ISの戦意の高さについて提案された理由の一つは、IS兵士が「熱烈な行為者(Devoted Actor)」として行動するためというものでした。IS兵士は、譲ることのできない神聖な価値(物や金銭による補償との交換を拒絶する価値)を守ろうとする時に、自ら進んで大きな犠牲を払って過激な行為へと向かうのではないか、というわけです。

 この研究は、「熱烈な行為者」という枠組みが戦意の理解に使えることを示す新たな証拠を提示しています。この研究は、(1)拘束されたIS兵士を含むイラク北部の前線の兵士たちを対象とした2015年2月〜3月の現地インタビュー、(2)ISと交戦中の56のクルド人民兵組織(ペシュメルガ)・イラクのクルド人武装組織・スンニ派アラブ人の軍事組織を対象に2016年2〜3月に実施された定量的現地調査、(3)6000人以上のスペイン人を対象とした一連の大規模なオンライン調査を組み合わせて分析しました。

 その結果、自らの命や近親者の幸福などコストの大きい犠牲を進んで払う意志・神聖な価値の重視・自身が属する集団が敵より精神的に強いという認識の三者に共通する関係が見出されました。この研究は、クルドの言語・歴史・土地への責任を感じる感覚である「クルド性」というような抽象的理念の尊重が戦意の説明となることを示唆しているものの、さらなる研究を要する同様に重要な疑問は、なぜ一部の集団は他の集団よりも抽象的な理念への忠誠度が高くなるのかということだ、と指摘しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


ISのための精神、ISに立ち向かうための精神

 IS(イスラム国)と対立する集団のために戦う兵士、またISの兵士自身は、「神聖な価値」を奉ずること、神聖な価値を優先して近親者との絶縁をいとわないこと、敵と比較して自身の属する集団の精神力の強さを疑わないことのために、自ら進んで戦場に赴いて命を捨てようとする。今週報告された知見からは、個人が戦場へ出ていく動機が何かということについての理解が得られそうである。

 ISが2014年の夏にその勢力をイラク全土に大きく広げたとき、このテロ集団の戦場の拡大は多くの人を驚かせたが、それはイラクの軍隊が当初、戦意の弱い集団であると見なされていたためであった。ISの戦意の高さについて提案された理由の1つは、IS兵士が「熱烈な行為者(Devoted Actor)」として行動するためであるというものであった。つまり彼らは、譲ることのできない神聖な価値(物や金銭による補償との交換を拒絶する価値)を守ろうとする時に、自ら進んで大きな犠牲を払って過激な行為へと向かうという理由が考えられた。

 Scott AtranとAngel Gomezたちの研究グループは今回、〈熱烈な行為者〉という枠組みが戦意の理解に使えることを示す新たな証拠を提示している。研究グループは、(1)イラク北部の前線の兵士たち(拘束されたIS兵士を含む)を対象に2015年2月〜3月に実施された現地インタビュー、(2)ISと交戦中の56のクルド人民兵組織(ペシュメルガ)、イラクのクルド人武装組織、スンニ派アラブ人の軍事組織を対象に2016年2〜3月に実施された定量的現地調査、(3)6000人以上のスペイン人を対象とした一連の大規模なオンライン調査を組み合わせて分析を行った。

 その結果、コストの大きい犠牲(自らの命や近親者の幸福など)を進んで払う意志、神聖な価値の重視、自身が属する集団が敵より精神的に強いという認識の三者に共通する関係が見出された。研究グループは今回の調査は、(クルドの言語、歴史、土地への責任を感じる感覚である「クルド性」というような)抽象的な理念の尊重が戦意の説明となることを示唆しているものの、さらなる研究を要する同様に重要な疑問は、なぜ一部の集団は他の集団よりも抽象的な理念への忠誠度が高くなるのかということだと指摘している。

 News & ViewsではJohn Horganが、「前線の兵士たちを対象とした研究が(研究グループの言うように)「難しい」というのは控え目な表現である。むしろ今回の研究をいっそう重要なものとしているのは、内容の濃い学際的な理論的枠組みが明らかにし、かつ問いかける、民族誌的で実験的なインタビューに基づく研究の複雑さにある」と述べている。



参考文献:
Gómez Á. et al.(2017): The devoted actor’s will to fight and the spiritual dimension of human conflict. Nature Human Behaviour, 1, 673–679.
http://dx.doi.org/10.1038/s41562-017-0193-3
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藻類の繁栄と動物の繁栄

2017/09/13 00:00
 これは9月13日分の記事として掲載しておきます。藻類の繁栄と動物の繁栄に関する研究(Brocks et al., 2017)が公表されました。カンブリア紀に複雑な動物が突然出現したことはダーウィンの悩みの種であり、自然選択による進化という自身の理論に付きまとう極めて重大な問題である、とダーウィンは考えました。この研究は、「カンブリア爆発」に先行して「藻類の繁栄」が存在し、それは全球がほぼ完全に凍結していた可能性がある2つの氷期の合間に起こったことを明らかにしています。堆積物に保存されているさまざまなステロイドは真核生物の特異なマーカーですが、藻類に典型的なステロイドが多く見られるのは、クライオジェニアンのスターティアン氷期(約7億2000万〜6億6000万年前)とマリノアン氷期(約6億5000万〜6億3500万年前)の間の短期間のみでした。この比較的短い温暖な期間に、スターティアン氷期の風化作用で流出したリンによって真核生物が繁栄し、これにより、低いリン濃度で生存可能なシアノバクテリアによる地球生態系の完全支配は崩壊しました。この「藻類の繁栄」は、より連鎖が短くて効率的な食物網を作り出し、生物の大型化および複雑化に向けた競争を激化させ、動物の繁栄を促進したと考えられます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


生物地球化学:クライオジェニアンの海洋における藻類の繁栄と動物の出現

生物地球化学:藻類が大発生したとき

 カンブリア紀に複雑な動物が突然出現したことは、ダーウィンの悩みの種であり、彼はこれを、自然選択による進化という自身の理論に付きまとう極めて重大な問題であると考えた。今回J Brocksたちは、「カンブリア爆発」に先行して「藻類の繁栄」が存在し、それは全球がほぼ完全に凍結していた可能性がある2つの氷期の合間に起こったことを明らかにしている。堆積物に保存されているさまざまなステロイドは真核生物の特異なマーカーだが、藻類に典型的なステロイドが多く見られるのは、クライオジェニアンのスターティアン氷期(7億2000万〜6億6000万年前)とマリノアン氷期(6億5000万〜6億3500万年前)の間の短期間のみであった。この比較的短い温暖な期間に、スターティアン氷期の風化作用で流出したリンによって真核生物が繁栄し、これによって、低いリン濃度で生存可能なシアノバクテリアによる地球生態系の完全支配は崩壊した。この「藻類の繁栄」はより連鎖が短くて効率的な食物網を作り出し、生物の大型化および複雑化に向けた競争を激化させ、動物の繁栄を促進したと考えられる。



参考文献:
Brocks JJ. et al.(2017): The rise of algae in Cryogenian oceans and the emergence of animals. Nature, 548, 7669, 578–581.
http://dx.doi.org/10.1038/nature23457
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メソアメリカ最古級の人骨

2017/09/12 00:00
 これは9月12日分の記事として掲載しておきます。メソアメリカ最古級の人骨に関する研究(Stinnesbeck et al., 2017)が報道されました。この人骨については、7年前にこのブログで取り上げました(関連記事)。この研究が年代を測定したのは、メキシコ合衆国キンタナロー(Quintana Roo)州のトゥルム(Tulum)遺跡近くのチャンホル(Chan Hol)海中洞窟で発見された人骨です。人骨の年代は、骨盤の上の石筍を試料とするウラン-トリウム法では11311±370年前までさかのぼります。しかし、二次生成物の同位体分析では13000年前頃までさかのぼる可能性があります。いずれにしても、この人骨は人類遺骸としてはメソアメリカ最古級となり、人類は後期更新世にはすでにメソアメリカ東部にまで到達していたことになります。ただ、この人物が死亡して以降の気候変化が年代測定結果に影響を及ぼした可能性も指摘されています。

 アメリカ大陸への人類最初の移住について、20世紀後半には、クローヴィス(Clovis)文化の担い手が最初の移住者だとするクローヴィス最古説が主流でした。しかし20世紀末以降、アメリカ大陸におけるクローヴィス文化以前の人類の痕跡が相次いで報告されていることから、クローヴィス最古説を否定する研究者が増えつつあり、クローヴィス最古説はもはや否定された過去の仮説と言ってよいでしょう。 しかし、だからといってこの問題に関して新たな共通認識が形成されたとも言い難い状況であり、その年代や拡散の速度・経路などをめぐって、議論が続いています。

 チャンホル洞窟遺跡の人骨は、人類のメソアメリカ東部への到達が13000年前頃までさかのぼる直接的証拠になるかもしれない、という意味で注目されます。アメリカ大陸への人類最初の移住時期・経路については、大きな関心が寄せられてきました。近年では、アメリカ大陸最初の人類は更新世末期にベーリンジア(ベーリング陸橋)からアメリカ大陸西岸を南下したのではないか、との見解(沿岸仮説)が有力になっています(関連記事)。その年代がいつかはまだ確定していませんが、チャンホル洞窟の人骨の年代測定結果は、人類のアメリカ大陸東岸への進出が最初の移住から大きく遅れたわけではないことを示唆している、とも解釈できるように思います。


参考文献:
Stinnesbeck W, Becker J, Hering F, Frey E, González AG, Fohlmeister J, et al. (2017) The earliest settlers of Mesoamerica date back to the late Pleistocene. PLoS ONE 12(8): e0183345.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0183345
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大河ドラマ『おんな城主 直虎』第36回「井伊家最後の日」

2017/09/11 00:00
 これは9月11日分の記事として掲載しておきます。徳川家康と今川氏真が和睦し、遠江の情勢は落ち着きます。氏真は妻とともに岳父の北条氏康を頼ります。武田は北条・徳川・上杉と周囲を敵に回した、と家康は言って上機嫌です。しかし、酒井忠次は楽観的な家康を危ぶみます。井伊を見捨てたのか、と瀬名(築山殿)は夫の家康を問い質しますが、それを家康の母である於大の方が窘めます。

 松下常慶が直虎を訪ね、「しの」からの意向として、井伊家嫡男の虎松(井伊直政)を松下家の養子としたい、と申し出ます。直虎(次郎法師)は龍雲丸に相談し、亡くなった井伊家中の人々のことを想う一方で、家臣に再び犠牲を強いることになりかねないので、井伊家を再興すべきか迷っている、と打ち明けます。悩む直虎に、ここで井伊を終わらせよう、と南渓和尚は言います。南渓和尚は直虎を重荷から解放させようと考えていました。

 直虎は井伊家中の者を集めて、井伊家再興は諦めた、近藤・北条などに仕えよ、と伝えます。井伊家中の者は反発しますが、直虎の意見は変わりません。虎松は直虎から井伊家再興を断念するとの話を聞き反発しますが、直虎は、松下家の養子となるか、僧侶や百姓などになるしかない、と諭します。それでも納得のいかない虎松は食い下がりますが、諦めてこそ得るものがある、と突き放します。しかし南渓和尚は、直虎を帰らせた後、当主ではなくなった直虎に従う必要はない、と虎松を諭します。家臣団の新たな仕官先が決まり、虎松は松下家の養子に迎え入れられ、直虎はさすがに寂しさ・自分の不甲斐なさから涙を流して落ち込みます。

 井伊家中の者たちの新たな仕官先も決まり、龍雲丸は直虎の側にいる、と伝えて直虎は農民として生きることになり、遠江情勢は落ち着いたかに見えました。しかし、北条氏康が死に、北条は武田との同盟を復活させ、北条から追われた氏真夫妻は家康を頼ります。家康は氏真夫妻を武田に引き渡して武田の同盟しようと考えますが、酒井忠次の進言によりまずは織田信長の意向を伺うことにします。北条との同盟が復活し、四面楚歌に近い状況から脱した武田信玄は、ついに徳川領へと攻め込んできます。

 今回は、家康の母である於大の方が初登場となります。於大の方は家康の正妻である瀬名(築山殿)との関係が良好ではないようで、後の悲劇はこれが遠因となっているのでしょうか。登場は最後の方だけでしたが、今回印象に残ったのはやはり信玄のはしゃいだ様子で、次回は大きく話が動くことになりそうです。それにしても、本作のような武田の敵方からの視点のドラマだと、本当に武田は周辺勢力にとって脅威・迷惑だったのだろうな、と改めて思います。最終回でもおかしくないような、穏やかな場面から信玄の登場は強く印象に残りました。予告でも少し描かれましたが、高瀬の正体というか目的も気になるところです。
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白石典之『モンゴル帝国誕生 チンギス・カンの都を掘る』

2017/09/10 00:00
 これは9月10日分の記事として掲載しておきます。講談社選書メチエの一冊として、講談社より2017年6月に刊行されました。なぜチンギスというかモンゴルが12世紀末以降に台頭し、短期間で大勢力を築いたのか、専門家の間でも決定的な見解はまだ提示されていないようです。文献からだけでは解明に限界のあるこの謎を、本書は考古学的観点から検証しています。本書は古気候学や古生態学の研究成果を大きく取り入れ、学際的な内容になっています。気候変動とチンギスやその周囲の諸勢力の動向を結びつける見解は興味深いものでした。できれば、遺伝学的成果も大きく取り入れてもらいたかったのですが、それは他の本・論文で今後調べることにします。

 本書は、豊かな放牧地と鉄を得たことにより、チンギスが飛躍的に勢力を拡大した、と指摘しています。この点に関して、チンギスは雌伏期に魚を食べるほど苦境に追い込まれていた、とのじゅうらいの解釈は、魚を食べなくなった後世のモンゴル人の価値観を過剰に反映したものであり、むしろ放牧に適した豊かな土地を得ていたと考えるべきだ、との指摘は興味深いものです。チンギスは鉄にかなり拘っていたようで、鉄を豊富に獲得して優れた武器に加工したことが、チンギスの飛躍の軍事的要因となったようです。また、チンギスが交通を重視していたことも、飛躍の要因として指摘されています。

 しかし本書は、チンギスの周辺の諸勢力もこれらを重視していたのであり、チンギスが一代で大勢力を築いた理由として決定的ではない、と指摘し、別の側面から推測しています。本書は、チンギスはカンになれる家柄とはいえ、元々の勢力は小さく、自ら放牧の計画を立てて実務に直接携わっていかねばならなかったので、遊牧民の指導者として他勢力の指導者よりも優れた見識・判断力を身に着けていったのではないか、と推測しています。また本書は、チンギスはモンゴルの生存・安定を第一に考えており、世界征服は念頭になかっただろう、との見解を提示しています。
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ヒトのシグナル伝達を模倣する微生物

2017/09/09 00:00
 これは9月9日分の記事として掲載しておきます。ヒトのシグナル伝達を模倣する微生物に関する研究(Cohen et al., 2017)が公表されました。微生物相が産生する代謝産物が、ヒトの生理機能に何らかの機能を果たしたり影響を及ぼしたりしていることが、次第に明らかになってきています。この研究は、腸内細菌が産生するN-アシルアミドが、宿主のGPCR受容体と相互作用することを明らかにしています。マウスモデルおよび細胞を用いた解析により、これらの細菌代謝産物がGPR119のアゴニストとして働き、マウスにおいて代謝ホルモンおよびグルコース恒常性を調節する可能性があることが分かりました。これらの知見は、微生物相由来のリガンドが真核生物のシグナル伝達分子を模倣できることを示唆しており、将来的にはこうした模倣を治療介入に利用できる可能性がある、と指摘されています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


微生物学:共生細菌はヒトのシグナル伝達分子を模倣するGPCRリガンドを作る

微生物学:微生物はヒトのシグナル伝達を模倣する

 微生物相が産生する代謝産物が、ヒトの生理機能に何らかの機能を果たしたり影響を及ぼしたりしていることが、次第に分かってきている。今回S Bradyたちは、腸内細菌が産生するN-アシルアミドが、宿主のGPCR受容体と相互作用することを明らかにしている。マウスモデルおよび細胞を用いた解析によって、これらの細菌代謝産物がGPR119のアゴニストとして働くこと、そして、マウスにおいて代謝ホルモンおよびグルコース恒常性を調節する可能性があることが分かった。これらの知見は、微生物相由来のリガンドが真核生物のシグナル伝達分子を模倣できることを示唆しており、将来的にはこうした模倣を治療介入に利用できる可能性がある。



参考文献:
Cohen LJ. et al.(2017): Commensal bacteria make GPCR ligands that mimic human signalling molecules. Nature, 549, 7670, 48–53.
http://dx.doi.org/10.1038/nature23874
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後期新石器時代〜初期青銅器時代の中央ヨーロッパにおける配偶形態

2017/09/08 00:00
 これは9月8日分の記事として掲載しておきます。後期新石器時代〜初期青銅器時代の中央ヨーロッパにおける配偶形態についての研究(Knipper et al., 2017)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。この研究は、ドイツの南バイエルンのレヒ川(Lech River)渓谷にある後期新石器時代〜初期青銅器時代にかけての7ヶ所の遺跡を調査しました。7ヶ所の遺跡の84点の人類遺骸は放射性炭素年代測定法により年代が推定され、さらには、ミトコンドリアDNA(mtDNA)・酸素安定同位体データ・ストロンチウム放射性同位体比が得られました。これらの人類遺骸の年代は紀元前2500年〜紀元前1700年の間の800年間と推定されています。

 母系のみで継承されるmtDNAの解析の結果、時間の経過とともに母系が多様化していったことが明らかになりました。また、同位体分析の結果、大半の女性は地元出身ではなく、一方で男性と未成年では大半が地元出身であると明らかになりました。地元出身ではない大半の女性は成人してからレヒ川渓谷地域に来たと考えられますが、そうした女性の子孫は、この研究の標本群では確認されませんでした。つまり、後期新石器時代〜初期青銅器時代のレヒ川渓谷地域では、成人女性が外部から来て地元出身の男性と結婚し、地元の女性は他地域に行って配偶者を得たのではないか、というわけです。この研究は、後期新石器時代〜初期青銅器時代にかけての中央ヨーロッパでは、文化の伝播・交換に女性の遊動性が重要な役割を果たした可能性を指摘しています。またこの研究は、じゅうらい考古学で移住と理解されてきた現象の一部は、大規模で制度化された性と年齢に関連した遊動性の結果ではないか、との解釈も提示しています。

 たいへん興味深い研究ですが、Y染色体の解析からは、青銅器時代のヨーロッパにおいて、文化の伝播を伴う男性中心の拡大があったのではないか、との見解も提示されています(関連記事)。しかし、たとえば紀元後4世紀後半のローマ帝国およびその周辺地域における「民族大移動」のような大規模な移動や、モンゴルなどの騎馬遊牧勢力の急速な拡大は、現代人のY染色体に大きな痕跡を残すとしても、それは長期的・持続的ではなく、例外的と考えるべきなのかもしれません。流動性がさほど高くない時期・地域では、外来の女性が地元の男性と結婚するという配偶形態が珍しくなかったのかもしれません。

 これと関連して気になるのは、同位体比の分析からアウストラロピテクス属とパラントロプス属では女性の方が移動範囲は広かったと推測した研究(関連記事)と、mtDNAの解析結果から、49000年前頃のイベリア半島北部のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)社会では夫居制的婚姻行動があったと推測した研究(関連記事)です。アウストラロピテクス属とパラントロプス属の事例はアフリカヌス(Australopithecus africanus)とロブストス(Paranthropus robustus)で、現代人の祖先ではなさそうです。49000年前頃のイベリア半島北部のネアンデルタール人も、おそらくは現代人の祖先ではないでしょう(ヨーロッパ系現代人にはわずかにDNAが継承されているかもしれませんが)。

 しかし、ネアンデルタール人社会(の少なくとも一部)と、おそらくはネアンデルタール人と現代人の共通祖先ではないだろうアフリカヌスとロブストスの社会においても、夫居制的婚姻行動があったのだとしたら、元々人類社会において夫居制的婚姻行動は珍しくなかったというか、ある時点までそれが「普通」だったのかもしれません。仮にそうだとすると、現生人類(Homo sapiens)の系統において、配偶形態の多様性が生じた可能性も考えられます。もっとも、そうではなく、ホモ属、さらにはアウストラロピテクス属の時点で、人類の配偶形態は多様だったのかもしれませんが。


参考文献:
Knipper C. et al.(2017): Female exogamy and gene pool diversification at the transition from the Final Neolithic to the Early Bronze Age in central Europe. PNAS, 114, 38, 10083–10088.
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1706355114
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マウスの妊娠と子宮年齢

2017/09/07 00:00
 これは9月7日分の記事として掲載しておきます。マウスの妊娠と子宮年齢に関する研究(Woods et al., 2017)が公表されました。母体の年齢は繁殖の成功に対するリスク因子であると知られており、加齢に伴う卵子の異常は、胎仔の染色体異常を引き起こし、妊娠初期の流産につながることもあります。この研究はマウスを使い、流産や周産期死亡など妊娠中期以降の妊娠合併症の原因となり得るものを明らかにしました。

 母マウスの年齢が高くなると、胎仔の健康状態と生存率が低下し、発育の遅れや心臓の異常などの問題が発生しますが、それらは子宮内で胎仔の成長を支える胎盤の異常と関係しています。この研究は、胎仔を高齢の母体から若齢の母体に移すことで、これらの問題を直せる、と明らかにしています。これは、子宮における胎盤と胎仔の健康を維持する能力が、年齢とともに低下することを示しています。子宮の老化は、脱落膜(胎盤と相互作用して胎仔の成長と発達を支える子宮内構造体)の免疫細胞の減少と関連しています。また、脱落膜の形成を促進するホルモンに対する応答性は、子宮内の細胞の方が低いことも判明しました。

 この研究結果は、マウスにおいて母体の年齢(卵子の齢だけでなく、母体の子宮年齢)が胎仔の生存に影響を及ぼすことにより、胎仔の健康と生存を確実なものとしていることを明らかにしています。現代人においてはどうなのか、人類進化史においてマウスとは異なる特徴が獲得されてきたのか、ということも気になりますが、この研究で得られた知見はマウスでのことであり、ヒトにもそうした機構が存在していることを示す証拠は得られていない点に留意する必要がある、と指摘されています。しかし、ヒトにもかなりのところ当てはまる可能性は低くないように思います。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【生理学】マウスの妊娠が成功裏に導かれるかどうかには子宮年齢が関係している

 マウスを使った研究で、胚の着床と出産の転帰が子宮の年齢によって左右されることが判明した。この研究結果について報告する論文が、今週掲載される。これまでの研究では、加齢に伴う妊娠合併症の原因として卵子の異常に着目されていたが、今回の研究によって得られた新知見は、これまで正当に評価されてこなかった母体環境の役割に光を当てている。

 母体の年齢は、繁殖の成功に対するリスク因子であることが知られており、加齢に伴う卵子の異常は、胎仔の染色体異常を引き起こし、それが妊娠初期の流産につながることがある。今回、Myriam Hembergerたちの研究グループは、マウスを使った研究で、妊娠中期以降の妊娠合併症(例えば流産や周産期死亡)の原因となり得るものを明らかにした。母マウスの年齢が高くなると、胎仔の健康状態と生存率が低下することが分かったのだ。発育の遅れや心臓の異常などの問題が発生したが、それらは子宮内で胎仔の成長を支える胎盤の異常と関係していた。Hembergerたちは、胎仔を高齢の母体から若齢の母体に移すことで、これらの問題を直せることを実証した。このことは、子宮が胎盤と胎仔の健康を維持する能力が年齢とともに低下することを示している。子宮の老化は、脱落膜(胎盤と相互作用して胎仔の成長と発達を支える子宮内構造体)の免疫細胞の減少と関連している。また、脱落膜の形成を促進するホルモンに対する応答性が、子宮内の細胞の方が低いことも判明した。

 この研究結果は、マウスにおいて母体の年齢(卵子の齢だけでなく、母体の子宮年齢)が胎仔の生存に影響を及ぼすことによって胎仔の健康と生存を確実なものとしていることを明らかにしている。ただし、これはマウスの研究であり、ヒトにもそうした機構が存在していることを示す証拠は得られていない点に留意する必要がある。



参考文献:
Woods L. et al.(2017): Decidualisation and placentation defects are a major cause of age-related reproductive decline. Nature Communications, 8, 352.
http://dx.doi.org/10.1038/s41467-017-00308-x
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絶滅したドードーの生活史

2017/09/06 00:00
 これは9月6日分の記事として掲載しておきます。絶滅したドードーの生活史に関する研究(Angst et al., 2017)が公表されました。この研究は、モーリシャスのさまざまな化石産地から産出した22羽のドードーの22点の骨の微細構造を調べて、ドードーの繁殖行動と成長、換羽(羽の生え変わり)の習性に関する新たな手掛かりを得ました。研究対象となった骨試料のうちの数点は幼鳥のものです。その結果、ドードーの骨において広範なカルシウム再吸収が観察されましたが、これは換羽を示す証拠である可能性がある、と推測されています。また、換羽によって鳥類の外観が体色と羽の種類の点で著しく変化するため、さまざまな史料におけるドードーの記述に数多くの食い違いがあることの原因は換羽の習性ではないか、との見解も提示されています。

 これらの知見は、モーリシャスの現生鳥類の観察結果およびドードーに関する歴史的記述と一致しており、ドードーの繁殖期が雌の排卵とともに8月頃に始まり、孵化したヒナが急速に成長して南半球夏季とモーリシャスのサイクロン期(11〜3月)の過酷な条件に耐えられる頑健な体形になる、と見解が提示されています。ドードーは3月頃に南半球夏季が終わると換羽が始まって翼部と尾部の羽が最初に生え変わり、7月末には換羽が完了して次の繁殖期に間に合うようになります。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【生態学】ドードーの知られざる生活史

 絶滅したドードーの生活史を明らかにする新たな手掛かりを示した論文が、今週に掲載される。

 今回、Delphine Angstたちの研究グループは、モーリシャスのさまざまな化石産地から産出した22羽のドードーの22点の骨の微細構造を調べて、ドードーの繁殖行動と成長、換羽(羽の生え変わり)の習性に関する新たな手掛かりを得た。研究対象となった骨試料のうちの数点は幼鳥のもので、Angstたちは、ドードーが性的成熟に達するまで急速に成長し、それから骨格が成熟するまでには数年を要したという見解を示している。

 分析されたドードーの骨において広範なカルシウム再吸収が観察されたが、これが換羽を示す証拠である可能性があるとAngstたちは考えている。また、Angstたちは、換羽によって鳥類の外観が体色と羽の種類の点で著しく変化するため、いろいろな史料におけるドードーの記述に数多くの食い違いがあることの原因が換羽の習性だとする仮説を提起している。

 今回の研究による新知見は、モーリシャスの現生鳥類の観察結果とドードーの歴史的記述と一致しており、Angstたちは、この新知見に基づいて、ドードーの繁殖期が雌の排卵とともに8月頃に始まり、孵化したヒナが急速に成長して南半球夏季とモーリシャスのサイクロン期(11〜3月)の過酷な条件に耐えられる頑健な体形になるという仮説を示している。南半球夏季が終わると(3月頃に)換羽が始まり翼部と尾部の羽が最初に生え変わり、7月末には換羽が完了して次の繁殖期に間に合うようになっているというのだ。



参考文献:
Angst D. et al.(2017): Bone histology sheds new light on the ecology of the dodo (Raphus cucullatus, Aves, Columbiformes). Scientific Reports, 7, 7993.
http://dx.doi.org/10.1038/s41598-017-08536-3
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大河ドラマ『おんな城主 直虎』第35回「蘇りし者たち」

2017/09/05 00:00
 これは9月5日分の記事として掲載しておきます。徳川軍が気賀に攻め込んだと知った直虎(次郎法師)は気賀に行き、瀕死の状態の龍雲丸を見つけ、懸命に看病しますが、厳しい容態が続きます。しかし、直虎の看病の効果か、龍雲丸は意識を回復します。徳川軍の気賀での残酷な対応に脅えた大沢基胤は徳川に降伏します。いよいよ今川氏真の立て籠もる掛川城へと後顧の憂いなく攻め込むことができる、と酒井忠次は意気軒昂ですが、家康は今川との和睦を模索します。家康は氏真と面会し、二人は率直に意見を交わします。家康は遠江全域を支配し、氏真は北条に退くことになります。しかし、酒井忠次が懸念したように、武田信玄はこの徳川の動きに激怒します。

 今回は龍雲丸の回復が描かれました。龍雲丸は架空の人物だけに、今後の役割をかなりの程度自由に描けるでしょうから、注目されます。井伊にとって厳しい状況が続くなか、瀬戸方久が新たな商売の道を見出したり、隠れ里の井伊家中の者たちが小野政次(鶴丸)を偲んでいたりと、希望があるというか一息つけるような場面も描かれました。しかし、信玄の激怒は、今後の厳しい展開を予感させます。抜群に面白かったわけではありませんが、家康と氏真の関係など、今後の展開を楽しむうえで見逃せない回だったと思います。
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クレタ島の570万年前頃の人類の足跡?

2017/09/04 00:00
 これは9月4日分の記事として掲載しておきます。クレタ島で発見された人類のものと思われる足跡についての研究(Gierliński et al., 2017)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。この研究は、クレタ島西部のトラチロス(Trachilos)地域で発見された足跡を分析し、現代人・ホモ属やアウストラロピテクス属の化石人類・チンパンジーやゴリラなどの現生霊長類・クマなどの哺乳類の足跡と比較しています。その結果、この足跡は初期人類系統が残したものだ、という見解がこの研究では提示されています。

 この足跡は、全体的に人間ではない類人猿系統よりも人類系統の方と似ており、とくに爪先がそうで、親指の形・サイズ・位置が現代人と似ています。この研究は、これがヨーロッパの未知の類人猿系統の残したもので、収斂進化で初期人類と類似した足が進化した、という可能性も検討しましたが、より簡潔で説得力のある、人類系統の足跡だという見解を採用しています。

 タンザニアのラエトリ(Laetoli)では366万年前頃のアウストラロピテクス属と思われる足跡(関連記事)が発見されており、アファレンシス(Australopithecus afarensis)に分類されていますが、トラチロスの足跡はこれよりも祖先的だと指摘されています。一方、アウストラロピテクス属よりも前の440万年前頃に存在したアルディピテクス属のラミダス(Ardipithecus ramidus)の足には、類人猿のような特徴が認められます。

 こうした評価と関連しますが、議論になりそうなのは、570万年前頃というトラチロスの足跡の推定年代です。後期中新世の570万年前頃のクレタ島は、ウマやウシなどの非固有種が確認されていることから、ヨーロッパ本土と陸続きだったと考えられています。両者の分離は500万年前頃だった、と推定されています。一方、クレタ島はアフリカとは陸続きではありませんでした。クレタ島の570万年前頃の人類は、ヨーロッパ本土から進出してきたと考えられます。

 これと関連しそうなのが、最近、ヨーロッパ南部で700万年以上前の化石が人類系統だと分類されたことです(関連記事)。この見解が妥当ならば、後期中新世のヨーロッパ南部の人類系統がクレタ島に進出して足跡を残した、とも考えられます。当時、地中海東部ではサバンナのような環境が広がっており、ここで人類系統が進化してアフリカに進出した、との想定も可能かもしれません。しかしこの研究は、証拠が限定されているため、700万年前頃のヨーロッパ南部の人類とされる化石と、トラチロスの足跡の人類との関連について断定を避けています。

 一方、クレタ島は後期中新世においてアフリカと陸続きではありませんでした。しかし、現代ではサハラ砂漠がアフリカにおいて南北の移動を妨げる障壁になっているものの、後期中新世にはそうした障壁は存在しませんでしたから、アフリカ起源の人類が後期中新世にクレタ島まで到達したとしても不思議ではありません。いずれにしても、このクレタ島の570万年前頃の足跡が人類系統のものだとすると、人類はアフリカで進化し、ホモ属が初めて出アフリカを果たした、とする通説を覆すことになるので、今後の研究の進展が注目されます。


参考文献:
Gierliński GD.(2016): Possible hominin footprints from the late Miocene (c. 5.7 Ma) of Crete? Proceedings of the Geologists' Association.
https://doi.org/10.1016/j.pgeola.2017.07.006
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澁谷由里『<軍>の中国史』

2017/09/03 00:00
 これは9月3日分の記事として掲載しておきます。講談社現代新書の一冊として、講談社から2017年1月に刊行されました。本書は軍事的観点からの中国通史です。古代・中世(唐代まで)と近世(宋〜18世紀末まで)にも1章ずつ、近代以降に3章割かれています。現代中国社会では、前近代と近代との境目としてアヘン戦争が特筆されているようですが、本書では太平天国の乱が重視されており、さらにその前史として、18世紀末の白蓮教徒の乱が取り上げられています。

 本書は、このように周代からの軍事史を概観することで、現代中国における軍と政治・社会との関係を浮き彫りにし、現代中国社会への理解の一助にしよう、との意図で執筆されているように思います。本書の大きな見通しは、古代に成立した「兵農一致」は重い財政負担となり、中央政府直轄軍を削減しようとすると、今度は中央政府の権力が弱体化して不安定化するので、中世以降には「兵農分離」が志向され、生活手段としての軍事集団が成立したものの、それは自立的存在であるべき軍隊の横暴(自活しなければならないため)や、その反応としての中国社会における兵士への蔑視を招来し、そうした構造的問題は近現代にいたるまで続いている、というものです。

 「国軍」が存在しない現代の中華人民共和国の特徴を、国共内戦期や太平天国の乱までではなく、周代にまでさかのぼって通史的に解明しようとする意欲的な一冊になっていると思います。それだけに、著者の専門ではなさそうな前近代の解説に関しては、専門家からすると異論も少なからずあるかもしれません。門外漢の私には、本書を的確に評価するのは難しいのですが、隋の煬帝が父である文帝を殺害して即位した、と断定的に書かれているのを読むと、前近代の解説に関してはやや不安の残るところです。まあ私が知らないだけで、最近では、煬帝が文帝を殺したのはほぼ確定したと認められているのかもしれませんが。
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ネアンデルタール人の接着技術

2017/09/02 00:00
 これは9月2日分の記事として掲載しておきます。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の接着技術に関する研究(Kozowyk et al., 2017)が報道されました。骨や石に柄をつけて武器や道具を作り出す着柄技術は、ネアンデルタール人と初期現生人類(Homo sapiens)の認知能力と技術力に関する論争の焦点になっています。着柄技術は30万〜20万年前頃より確認されており、50万年前頃までさかのぼる可能性もあります。

 着柄にタールなどの接着剤を用いた証拠は、ヨーロッパではドイツの8万〜4万年前頃の遺跡と12万年前頃の遺跡で確認されています。これらはネアンデルタール人の所産と考えられています。一方、アフリカにおいては、接着剤の使用は7万年前頃までさかのぼります。しかし、更新世において陶器を使わずにタールがどのように製造されたのか、まだ明らかになっていませんでした。これまでにも無陶器技術または旧石器時代の技術を用いてタールを製造する実験が行なわれてきましたが、着柄を効果的に行なうにはタールの収量が少なすぎる、と指摘されていました。

 この研究は、実験考古学的手法により、ネアンデルタール人がどのようにタールを製造したのか、またそれはどれだけ効率的だったのか、ということを検証しています。この研究は、ネアンデルタール人に利用可能な道具・技術を・材料用いて、収量(得られたタールの量とそれに要する時間およびエネルギーの費用)・温度(タール生成のために必要な温度制御の程度)・複雑さ(タール生成のための手順数)の3観点から、ネアンデルタール人のタール生産を検証しています。

 その結果、ネアンデルタール人が存在した中部旧石器時代のヨーロッパで利用可能なカバノキの樹皮のロールを熱い灰の中に入れることで、乾留により有用な量のタールを製造ができる、と証明されました。そのさい、容器は不要で、火の温度の制御はさほど重要ではないことも明らかになりました。ネアンデルタール人の利用可能な道具・技術・材料だけで有用な量のタールを得られる、というわけです。中部旧石器時代にはすでに、ネアンデルタール人は木も火も使用していました。また、ネアンデルタール人はカバノキの樹皮からタールを得るさいに、当初は簡単な方法を用い、後に増量のため複雑な方法を開発した可能性も指摘されています。

 ただ、こうした手法ではタールを用いた考古学的痕跡が現代までほとんど残らないので、ネアンデルタール人が着柄に接着剤を用いたのがいつからなのか、証明は難しくなっています。遅くとも20万年前頃以降、アフリカには現生人類(Homo sapiens)が出現していましたが、接着剤使用の証拠は、現時点ではアフリカよりもヨーロッパの方が早いことになります。この一因として、カバノキの樹皮がタール生産に適しており、アフリカには存在しないことが挙げられています。この研究は、ネアンデルタール人の認知能力が、現生人類アフリカ単一起源説でも完全置換説が圧倒的に優勢だった頃(1997〜2010年頃)の想定よりも高かったことを改めて証明している、と言えるでしょう。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【考古学】ネアンデルタール人によるタール製造プロセスの進化

 ネアンデルタール人がタールを製造する能力が進化した過程について1つの仮説を示した論文が、今週掲載される。

 柄付け(骨や石に柄をつけて武器や道具を作り出す作業)に用いられる接着剤の製造と使用が、ネアンデルタール人と初期現生人類の認知能力と技術力に関する論争の焦点になっている。接着剤は、現在知られているものの中で最初期の変革技術の1つであり、タールの製造には、少なくとも20万年の歴史がある。しかし、更新世(約258万8000年前から1万1700年前まで)に陶器を使わずにタールがどのように製造されたのかは明らかになっていない。これまでにも無陶器技術又は旧石器時代の技術を用いてタールを製造する実験的な試みがあったが、道具の柄付けを効果的に行うにはタールの収量が少なすぎた。

 今回、Paul Kozowykたちの研究グループは、旧石器時代のものと考えられる技術の数種類のバリエーションを用いて、カバノキの樹皮の乾留によってタールを製造する試験を行った。その結果、ネアンデルタール人が生きていた時代に適合した無陶器技術によってタールを製造することができ、樹皮のロールを熱い灰の中に入れる方法によって小型の道具の柄付けに十分な量のタールが得られることが明らかになった。そして、この製造プロセスを数回繰り返すことで考古学的記録に示される収量を達成できると考えられている。Kozowykたちは、タール製造の進化過程を示し、製造プロセスの改良によってタールの収量効率が高まったという仮説を提示している。この仮説は、中期旧石器時代のネアンデルタール人が利用できた技術と資源とも矛盾しない。

 今後も研究を続けてタール塊の組成と性質を調べることは、タール技術の開発史を詳しく解明する上で役立つ可能性がある。



参考文献:
Kozowyk PRB. et al.(2017): Experimental methods for the Palaeolithic dry distillation of birch bark: implications for the origin and development of Neandertal adhesive technology. Scientific Reports, 7, 8033.
http://dx.doi.org/10.1038/s41598-017-08106-7
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古人類学の記事のまとめ(32)2017年5月〜2017年8月

2017/09/01 00:00
 2017年5月〜2017年8月のこのブログの古人類学関連の記事を以下に整理しておきます。なお、過去のまとめについては、2017年5月〜2017年8月の古人類学関連の記事の後に一括して記載します。私以外の人には役立たないまとめでしょうが、このブログは不特定多数の読者がいるという前提のもとに執筆しているとはいえ、基本的には備忘録的なものですので、今後もこのような自分だけのための記事が増えていくと思います。


●ホモ属登場以前の人類関連の記事

最古の人類系統かもしれないヨーロッパのヒト科化石
http://sicambre.at.webry.info/201705/article_27.html

アファレンシスの脊椎骨
http://sicambre.at.webry.info/201705/article_28.html

地上生活の始まりと体温調節
http://sicambre.at.webry.info/201707/article_22.html

ケニアで発見された中期中新世の類人猿化石
http://sicambre.at.webry.info/201708/article_11.html


●ネアンデルタール人・現生人類以外のホモ属関連の記事

アシューリアン石器製作の基礎となる脳機能
http://sicambre.at.webry.info/201705/article_10.html

ナレディの新たな化石と年代
http://sicambre.at.webry.info/201705/article_11.html

環境変化とホモ属の出現
http://sicambre.at.webry.info/201705/article_17.html

新たに確認されたデニソワ人
http://sicambre.at.webry.info/201707/article_19.html


●ネアンデルタール人関連の記事

ドイツ南西部のネアンデルタール人化石のmtDNA
http://sicambre.at.webry.info/201707/article_6.html

ジェームズ=ロリンズ『イヴの迷宮』上・下
http://sicambre.at.webry.info/201707/article_9.html

ネアンデルタール人の遺伝的影響を受けている現代人の脳と頭蓋
http://sicambre.at.webry.info/201707/article_28.html

ネアンデルタール人の人口史
http://sicambre.at.webry.info/201708/article_10.html


●フロレシエンシス関連の記事

リアンブア洞窟におけるラットの身体サイズの変化
http://sicambre.at.webry.info/201708/article_16.html


●現生人類の起源や象徴的思考に関する記事

2017年度アメリカ自然人類学会総会(クロアチアの後期更新世〜完新世の遺跡について)
http://sicambre.at.webry.info/201705/article_13.html

アフリカ北部の30万年以上前の現生人類的な化石
http://sicambre.at.webry.info/201706/article_9.html

中央ヨーロッパにおける中部旧石器時代〜上部旧石器時代移行期の行動変化
http://sicambre.at.webry.info/201706/article_16.html

さかのぼるオーストラリアへの人類の移住
http://sicambre.at.webry.info/201707/article_21.html

アフリカにおける現生人類と未知の人類との交雑
http://sicambre.at.webry.info/201707/article_24.html

クリミア半島の初期現生人類の食性
http://sicambre.at.webry.info/201708/article_7.html

スマトラ島における73000〜63000年前の現生人類の存在(追記有)
http://sicambre.at.webry.info/201708/article_12.html

東ティモールの後期更新世の石器とリアンブア洞窟の更新世の石器の類似性
http://sicambre.at.webry.info/201708/article_22.html

更新世末期のヨーロッパの現生人類の人口史
http://sicambre.at.webry.info/201708/article_25.html

森恒二『創世のタイガ』第1巻(講談社)
http://sicambre.at.webry.info/201708/article_27.html

当初の想定より新しいネルハ洞窟の壁画の年代
http://sicambre.at.webry.info/201708/article_30.html


●その他の記事

究極の利他的行為の動機
http://sicambre.at.webry.info/201705/article_4.html

アフリカ南部の岩絵の年代
http://sicambre.at.webry.info/201705/article_5.html

Yuval Noah Harari『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』上・下
http://sicambre.at.webry.info/201705/article_7.html

Alex Mesoudi『文化進化論 ダーウィン進化論は文化を説明できるか』
http://sicambre.at.webry.info/201705/article_14.html

移民との混合により形成された現代人
http://sicambre.at.webry.info/201705/article_20.html

白保竿根田原洞穴遺跡についての新たな発表
http://sicambre.at.webry.info/201705/article_22.html

湧水と人類の進化
http://sicambre.at.webry.info/201706/article_1.html

古代エジプト人のDNA解析
http://sicambre.at.webry.info/201706/article_2.html

鈴木紀之『すごい進化 「一見すると不合理」の謎を解く』
http://sicambre.at.webry.info/201706/article_4.html

攻撃者から被害者を守る第三者の介入を肯定する乳児
http://sicambre.at.webry.info/201706/article_7.html

テロリストの道徳的判断
http://sicambre.at.webry.info/201706/article_8.html

イギリスのヨーロッパ大陸からの最初の分離
http://sicambre.at.webry.info/201706/article_13.html

ヒトノックアウトプロジェクトの第一歩
http://sicambre.at.webry.info/201706/article_15.html

蔦谷匠「ヒトの授乳・離乳から見据える生物と文化の齟齬」
http://sicambre.at.webry.info/201706/article_21.html

ネコの起源
http://sicambre.at.webry.info/201706/article_22.html

アリの拡散と人間の行動
http://sicambre.at.webry.info/201706/article_28.html

松本晶子「ヒヒとヒト サバンナの隣人から見える社会性の起源」
http://sicambre.at.webry.info/201706/article_30.html

篠田謙一『ホモ・サピエンスの誕生と拡散』
http://sicambre.at.webry.info/201707/article_2.html

松本直子「人類史における戦争の位置づけ 考古学からの考察」
http://sicambre.at.webry.info/201707/article_5.html

カナダにおける人口増加の要因
http://sicambre.at.webry.info/201707/article_7.html

高畑尚之「進化と人間 その普遍性と個別性」
http://sicambre.at.webry.info/201707/article_14.html

序列を維持する心
http://sicambre.at.webry.info/201707/article_15.html

長谷川眞理子「ヒトの進化と現代社会」
http://sicambre.at.webry.info/201707/article_18.html

現代のイヌの地理的起源
http://sicambre.at.webry.info/201707/article_20.html

音楽にたいする2種類の強烈な情動反応
http://sicambre.at.webry.info/201708/article_2.html

青銅器時代のミノア人とミケーネ人のDNA解析(追記有)
http://sicambre.at.webry.info/201708/article_4.html

乳幼児の社会的視覚関与の遺伝性
http://sicambre.at.webry.info/201708/article_5.html

海岸沿いだったアメリカ大陸最初の人類の移住経路
http://sicambre.at.webry.info/201708/article_14.html

他人に与えると気分が良くなる脳内機構
http://sicambre.at.webry.info/201708/article_19.html



過去のまとめ一覧

古人類学の記事のまとめ(0)
http://sicambre.at.webry.info/200709/article_29.html

古人類学の記事のまとめ(1)
http://sicambre.at.webry.info/200707/article_29.html

古人類学の記事のまとめ(2)
http://sicambre.at.webry.info/200712/article_31.html

古人類学の記事のまとめ(3)
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古人類学の記事のまとめ(4)
http://sicambre.at.webry.info/200807/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(5)
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古人類学の記事のまとめ(6)
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古人類学の記事のまとめ(7)
http://sicambre.at.webry.info/200905/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(8)
http://sicambre.at.webry.info/200909/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(9)
http://sicambre.at.webry.info/200912/article_26.html

古人類学の記事のまとめ(10)
http://sicambre.at.webry.info/201005/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(11)
http://sicambre.at.webry.info/201009/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(12)
http://sicambre.at.webry.info/201012/article_28.html

古人類学の記事のまとめ(13)
http://sicambre.at.webry.info/201105/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(14)
http://sicambre.at.webry.info/201109/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(15)
http://sicambre.at.webry.info/201112/article_28.html

古人類学の記事のまとめ(16)
http://sicambre.at.webry.info/201205/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(17)
http://sicambre.at.webry.info/201209/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(18)
http://sicambre.at.webry.info/201301/article_3.html

古人類学の記事のまとめ(19)
http://sicambre.at.webry.info/201305/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(20)
http://sicambre.at.webry.info/201309/article_5.html

古人類学の記事のまとめ(21)
http://sicambre.at.webry.info/201401/article_2.html

古人類学の記事のまとめ(22)
http://sicambre.at.webry.info/201405/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(23)
http://sicambre.at.webry.info/201409/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(24)
http://sicambre.at.webry.info/201501/article_2.html

古人類学の記事のまとめ(25)
http://sicambre.at.webry.info/201505/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(26)
http://sicambre.at.webry.info/201509/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(27)
http://sicambre.at.webry.info/201601/article_2.html

古人類学の記事のまとめ(28)
http://sicambre.at.webry.info/201605/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(29)
http://sicambre.at.webry.info/201609/article_1.html

古人類学の記事のまとめ(30)
http://sicambre.at.webry.info/201701/article_2.html

古人類学の記事のまとめ(31)
http://sicambre.at.webry.info/201705/article_1.html
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農業用殺虫剤への曝露によって生じる胎児への危険性

2017/08/31 00:00
 これは8月31日分の記事として掲載しておきます。農業用殺虫剤への曝露によって生じる胎児への危険性に関する研究(Larsen et al., 2017)が公表されました。これまでの研究で、殺虫剤による健康への悪影響が農業従事者に出ていると明らかになっていますが、農業地域の周辺住民がどのような影響を受けているのか、まだ明らかになっていません。この研究は、アメリカ合衆国カリフォルニア州のサンホアキン・バレー地域における1997〜2011年の約50万人の出生記録と殺虫剤の使用量を分析し、殺虫剤への曝露と出産結果の関係を調べました。サンホアキン・バレー地域の中心的産業は農業です。この研究は、出産結果として出生時体重・妊娠期間・出生異常に着目しました。

 その結果、妊娠中に殺虫剤が大量に使用された状態(サンプル全体の上位5%、または殺虫剤の使用量が4200 kg以上)に曝露された場合、出産結果(出生時体重・妊娠期間・出生異常に関連するもの)に悪影響が生じる確率が、5〜9%上昇すると明らかになりました。農業用殺虫剤に曝露された母親から生まれた子供には悪い影響が出る可能性があるものの、それはひじょうに高いレベルの曝露があった場合に限られる、というわけです。この研究は、危険性の最も高い人々に的を絞った政策介入を実施することで、殺虫剤に関連する出生異常を効果的に減らせる可能性がある、との見解を提示しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【健康科学】農業用殺虫剤への曝露によって生じるリスクの推

 妊娠中に農業用殺虫剤に曝露された母親から生まれた子どもには悪い影響が出る可能性があるが、それは非常に高いレベルの曝露があった場合に限られるという研究結果を報告する論文が、今週掲載される。この新知見は、サンホアキン・バレー地域(米国カリフォルニア州)で収集されたデータセットを評価して得られたもので、農業用殺虫剤に関連する出生異常を減らす政策の対象として恩恵を受ける可能性のある小規模な集団を明らかにしている。

 これまでの研究では、殺虫剤による健康への悪影響が農業従事者に出ていることが明らかになっているが、農業地域の周辺住民がどのような影響を受けているのかは明らかになっていない。今回、Ashley Larsenたちの研究グループは、農業中心のサンホアキン・バレー地域における1997〜2011年の約50万人の出生記録と殺虫剤の使用量を分析して、殺虫剤への曝露と出産結果の関係を調べた。この研究では、出産結果として出生時体重、妊娠期間、出生異常に着目した。

 今回の研究で、妊娠中に殺虫剤が非常に大量に使用された状態(サンプル全体の上位5%、または殺虫剤の使用量が4200 kg以上)に曝露された場合、出産結果(出生時体重、妊娠期間、出生異常に関連するもの)に悪影響が生じる確率が5〜9%上昇することが明らかになった。Larsenたちは、リスクの最も高い人々に的を絞った政策介入を実施することで、殺虫剤に関連する出生異常を効果的に減らせる可能性がある、という考えを示している。



参考文献:
Larsen AE, Gaines SD, and Deschênes O.(2017): Agricultural pesticide use and adverse birth outcomes in the San Joaquin Valley of California. Nature Communications, 8, 302.
http://dx.doi.org/10.1038/s41467-017-00349-2
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当初の想定より新しいネルハ洞窟の壁画の年代

2017/08/30 00:00
 これは8月30日分の記事として掲載しておきます。取り上げるのが遅れましたが、スペイン南部の海岸に近いネルハ洞窟(Nerja cave)で発見された壁画の年代に関する研究(Sanchidrián et al., 2017)が報道されました。ネルハ洞窟(これまでこのブログではネルジャ洞窟と表記してきましたが、この機会にネルハと訂正します)の壁画については、当初の推定年代が43500〜42300年前頃だったことから、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の所産の可能性があるということで、これまでこのブログで何度か言及してきました。そうだとすると、ネアンデルタール人は壁画を残さなかった、とする通説を覆すことになるからです。
http://sicambre.at.webry.info/201202/article_9.html
http://sicambre.at.webry.info/201202/article_10.html
http://sicambre.at.webry.info/201202/article_17.html
http://sicambre.at.webry.info/201207/article_25.html
http://sicambre.at.webry.info/201502/article_4.html

 この研究は、ネルハ洞窟の壁画の黒い図の放射性炭素年代測定結果を提示しています。この研究は、黒い図に用いられた針葉樹の炭2点だけではなく、一方の図(black mark 1)の上下の炭酸塩堆積物の年代も測定しました。炭酸塩堆積物の年代測定にさいしては、炭素14の存在しない化石炭素(dead carbon)の割合が考慮されました。炭の年代は、一方が15790±460年前(信頼度95.4%の較正年代で20240〜18096年前)、もう一方が15650±300年前(信頼度95.4%の較正年代で19671〜18287年前)です。一方の図の上下の炭酸塩堆積物の推定年代は、下部では20790±90年前(信頼度95.4%の較正年代で、化石炭素の割合が0%だと25939〜24646年前、20%だと23126〜22592年前)、上部では12150±40年前(信頼度95.4%の較正年代で、化石炭素の割合が0%だと14621〜14078年前、20%だと12592〜12398年前)となります。図に由来する炭の年代と、その上下の炭酸塩堆積物の年代は整合的です。

 この研究は、こうした年代測定結果から、ネルハ洞窟の壁画は上部旧石器時代の早期マグダレニアン(Magdalenian)の時代に描かれたものだろう、と推測しています。つまり、ネルハ洞窟の壁画はネアンデルタール人ではなく現生人類(Homo sapiens)の所産である可能性がきわめて高い、というわけです。ネアンデルタール人が壁画を描いていたとしたら面白いな、と思っていたのですが、やはり長年大前提とされてきた通説が覆されるようなことはなかなかないものです。ネアンデルタール人が壁画を描いていた可能性はきわめて低いのでしょうが、私は諦めが悪いので、まだ期待している気持ちも残っています。


参考文献:
Sanchidrián JL. et al.(2017): New perspectives for 14C dating of parietal markings using CaCO3 thin layers: An example in Nerja cave (Spain). Journal of Archaeological Science: Reports, 12, 74–80.
https://doi.org/10.1016/j.jasrep.2017.01.028
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ファミリー劇場HDリマスター版『太陽にほえろ!』657話〜660話

2017/08/29 00:00
657話「ドックの敵は白バイ?」7
 ドックとラガーは強盗事件の犯人を追い、偶然近くにいた白バイ警官の協力を得て逮捕します。しかし、その白バイ警官は偽者でした。偽警官はチンピラに絡まられている若い女性を助けますが、そのさいに拳銃を用います。この偽警官の動向を、中年男性がずっと追いかけていました。偽警官を追う集団の正体と目的がなかなか明かされず、緊張感のある展開となり、謎解きの点でもまずまず楽しめました。ドックのキャラを活かしてやや軽い場面も見られ、緩急のある飽きない話になっていると思います。


658話「ラガーよ、俺たちはお前がなぜ死んだか知っている」6
 ついにラガーが殉職となります。新人刑事としてはボンより少し長い在籍期間で、視聴率が低下傾向にあるなか、ラガーはアイドル的な人気で本作の延命に貢献したと思います。まあ、途中からは太ってしまい、作中でもそのことをよくネタにされていましたが・・・。さすがに殉職回だけに、どのようにラガーが殉職したのかはわりと覚えていました。もっとも、話の大まかな流れはほぼ忘れていましたが。再視聴してみて、バスジャックから話が始まったということで、全体的になかなか緊張感のある展開になっていたと思います。ただ、ラガーの殉職場面は後に出演者の証言によりお笑いの対象になってしまい、そこは残念ではあります。


659話「夏の光」4
 ラガー殉職とデューク登場の間に1回放送があったことは、すっかり忘れていました。話の方は、銀行強盗事件から始まります。ブルースとマイコンが3人組の犯人を追跡し、自動車から降りた1人をブルースが追跡しますが、その犯人はビルの屋上に追い詰められ、隣のビルに飛び移ろうとして転落し、死亡します。他の犯人2人は逃亡を続け、一係は行方を追います。死亡した男性が自殺なのか否か、保険会社の調査員の女性がブルースにしつこく問い続けます。この保険会社の調査員の女性とブルースとのやり取りを軸に話が進みますが、全体的に盛り上がりに欠けた感は否めません。まあ、小道具の使い方は上手く、ブルースのアクションシーンは相変わらずよかったと思いますが。前回殉職したラガーについてはあまり語られませんでしたが、冒頭で、ラガーの机の上に花が置かれている場面と、ブルースがラガーを回想する場面が描かれました。


660話「デューク刑事登場!」5
 デュークが登場となります。本作末期の登場で、1年ほどの在籍期間だったため、多くの人にとってあまり印象に残らない刑事だったかもしれません。系譜としては、スコッチ・原昌之を継ぐクールで一匹狼的な刑事なのですが、原昌之もそうだったように、この系譜の刑事はどうしてもスコッチが比較対象となるため、評価が厳しくなってしまいます。その意味では、不運なキャラだったと言えるかもしれません。また、スコッチや原と比較すると、初登場回ではやや動揺が目についたかな、との印象を受けました。マイコンが重傷を負ったことも含めて話の方はすっかり忘れていましたが、運転手が2回も狙撃されて軽傷だったことなど、謎解き要素もありまずまずだったのではないか、と思います。まあ、最後はかなり強引でしたが、一匹狼的な系譜の刑事らしいと言えるでしょう。始まってからもデュークがなかなか登場しないのは意外でしたが、初登場場面はわりと印象的で、視聴者に印象づけるという点では効果的だったかもしれません。
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大河ドラマ『おんな城主 直虎』第34回「隠し港の龍雲丸」

2017/08/28 00:00
 これは8月28日分の記事として掲載しておきます。小野政次(鶴丸)が死に、直虎(次郎法師)は放心状態で現実を受け入れられません。南渓和尚たちは直虎に、隠れ里に行くよう勧めますが、直虎は、政次が来るかもしれない、と言って聞き入れません。徳川軍は井伊谷を通り抜けて遠江を進んで行きます。そこへ瀬戸方久が現れ、徳川軍のために鉄炮を調達します。しかし、気賀の町衆は徳川支持で固まっているわけではありませんでした。

 徳川軍は今川氏真の立てこもる掛川城へと迫りますが、今川軍は粘り、徳川軍は苦戦します。浜名湖方面でも徳川軍は今川方の大沢基胤に苦戦し、気賀の堀川城も大沢軍が制圧します。瀬戸方久は大沢軍に斬られそうになるものの、何とか逃げ出します。龍雲丸は気賀から逃げるよう、中村与太夫に勧められますが、残って対応することを決めます。直虎は鈴木重時から政次の辞世の句を受け取ることで、やっと政次のいない現実を受け止めます。

 大沢軍は徳川の残酷さを強調し、今川方として戦うよう、気賀の町衆を煽ります。気賀から脱出してきた瀬戸方久と中村与太夫ら町衆は、徳川軍に大沢軍から気賀を解放してもらいたい、と願い出ます。家康は、気賀から船で町衆を逃した後、大沢軍を攻めようとしますが、酒井忠次は主君の方針に納得していない様子です。龍雲丸は決起して気賀の町衆を船に乗せて逃そうとしますが、徳川軍が攻め入ってきます。気賀攻めの大将の酒井忠次は、見せしめのために大沢軍・町衆を問わず気賀を攻め落とそうと決めたのでした。気賀の町衆は大沢軍とともに徳川軍に殺されていきます。

 今回は気賀の悲劇が描かれましたが、前回の悲劇と同じく、各人の思惑のすれ違いが原因となっており、悲劇の盛り上げ方として王道的な構成になっている、と思います。龍雲丸がどうなったのか、気になるところですが、死んだと考えるべきでしょうか。直虎が政次の死を受け入れられないという描写は、直虎が政次の死に大きな衝撃を受けたことの強調表現だとしても、前回あそこまでの覚悟を見せたわけですから、もっと毅然としていてもよかったのではないか、とも思います。
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森恒二『創世のタイガ』第1巻(講談社)

2017/08/27 00:00
 これは8月27日分の記事として掲載しておきます。本書は2017年8月に刊行されました。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)について検索していたら、本作にネアンデルタール人も登場すると知ったので、購入してみました。本作は『イブニング』にて連載中ですが、とりあえず単行本で今後追いかけていこう、と考えています。『天智と天武〜新説・日本書紀〜』昨年(2016年)7月に完結(関連記事)してからは、新作漫画では『ヒストリエ』を単行本で読んだくらいだったのですが(関連記事)、本作も楽しく読み進められそうな漫画作品となりそうです。

 本作は、主人公のタイガと大学のゼミ仲間とのオーストラリア旅行から話が始まります。主人公たちはオーストラリアでワイナリーを目指す途中、洞窟に立ち寄ります。この洞窟には壁画があり、人間の狩猟の様子が描かれていました。壁画にはマンモスらしき動物も描かれており、オーストラリアにはマンモスがいなかったはずですが、これは考証の間違いではなく、どうも重要な意図が込められているようです。主人公たちが洞窟にいると、落盤により入口が塞がれます。何とか出口を見つけた主人公たちですが、外には森林が広がっています。

 不審に思う主人公たちの前に、巨大動物と狼が現れます。オーストラリアには狼が存在しないはずですし、古生物に詳しいリクによると、巨大動物は絶滅したカリコテリウムではないか、とのことでした。主人公たちがさらに歩いていくと、水辺にはマンモスがいました。主人公たちは、太古の世界にいるのだ、と絶望します。リクは、カリコテリウムとマンモスとでは時代が重ならない、と疑問を呈します。しかし、カリコテリウムはもっと後まで生きていたかもしれない、との意見も出ます。ともかく、主人公たちが太古の世界に迷い込んでしまったことは確定します。この後、主人公たちは太古の世界で生き抜こうと必死に足掻き、肉食動物・大型動物との遭遇など危機を迎えつつも、創意工夫により生き抜いていきます。

 タイムスリップものはありふれているので、それだけで魅力のある作品にするのはなかなか難しい、と思います。第1巻は、登場人物たちの性格が少しずつ描かれている段階で、まだ各登場人物の個性が全面的に明らかになったとは言えないのですが、主人公を中心に各登場人物の言動が印象的に描かれ、普遍的な青春群像劇という性格も出ています。また、無気力で感動することもなく、とくに秀でたところのない主人公の苦悩も描かれており、この点でも青春ものとしての普遍性を有していると思います。このような人間物語も、本作の見どころとなるのでしょう。

 こうした創作ものとして普遍的な要素も強く打ち出されていますが、やはり気になるのは本作の謎解き要素で、カバーでも、「数万年前人類はまだ地上の支配者ではなかった。何かが起こり人は地上の王となったのだ」とありますから、主人公たちがネアンデルタール人から現生人類(Homo sapiens)への「交替劇」に深く関わっているのではないか、と予感させます。そうだとすると、かなり壮大な人類史の物語になりそうで、その点でも今後の展開が楽しみです。

 すでに第1巻で、ネアンデルタール人は登場しています。主人公たちは、迷い込んだ世界で遭遇した動物から、この世界は100万年前頃より新しく、数万年前頃かもしれず、場所は北アフリカから中東ではないかと推測し、人類と遭遇する可能性もある、と警戒します。その後、主人公たちはじっさいに人類を見かけます。主人公たちが遠くから見かけた人類は肌の色の濃い男性2人でした。この男性2人は何かを警戒しているようで、そこへ声を出しながら肌の色の薄い男性6人が現れ、肌の色の濃い男性2人を襲撃します。肌の色の濃い男性2人は死亡し、主人公たちは彼らが使っていた石器を持ち帰ります。肌の色の薄い男性6人の動作は素早く、かなり高い身体能力を有しているようです。

 主人公たちは、肌の色の濃い男性2人がアフリカ起源の現生人類、肌の色が薄く茶色の髪の男性6人がネアンデルタール人ではないか、と推測します。そうすると、主人公たちも推測しているように、本作の舞台は中東でしょうか。あるいは、ヨーロッパかもしれませんが、いずれにしても、本作でのネアンデルタール人と現生人類との関係は敵対的に描かれています。本作の描写からは、人類進化史についてかなり調べられていることが窺えるので、ネアンデルタール人と現生人類との交雑がどのように解釈されるのか、楽しみです。

 第1巻は、青春群像劇・青春の苦悩という普遍的要素と、SF・人類進化史的な謎解き要素を絡めて、面白い話になっていました。動物の描写も迫力があってよいと思います。私は謎解き要素のある作品が好きなので、やはり、オーストラリアの壁画にマンモスが描かれていたこと、タイムスリップの理由、ネアンデルタール人と現生人類との関係、後期更新世が舞台と思われるのにカリコテリウムが存在していることなど、謎がどう解明されていくのか、ということが気になります。来年1月刊行予定の第2巻が今から楽しみです。
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ハエの翅の進化

2017/08/26 00:00
 これは8月26日分の記事として掲載しておきます。ハエの翅の進化に関する研究(Houle et al., 2017)が公表されました。遺伝的変異は進化の「機関室」です。遺伝的変異がなければ遺伝子は多様化せず、自然選択は作用する力を持たないでしょう。しかし、遺伝的変異が適応の原材料を提供するとした場合に、そうした変異がさらにどの程度、地質年代スケールで進化を制約するのか、議論の的となっています。変異速度は概してひじょうに低く、進化の時間スケールで見られる多くの遺伝的分岐に圧倒されると考えられています。

 この研究は、数千匹ものハエを対象に調査し、「香油の中の1匹のハエ」になり得る結果を示しています。この研究はショウジョウバエ科(Drosophilidae)のハエの翅5万枚以上を調べ、変異・遺伝的多様性・過去4000万年間の進化速度の間に、予想外で強い正の相関があることを明らかにしました。この結果は、進化における変異の役割に関する複数のモデルに疑問を投げ掛けるものだ、と指摘されています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


遺伝学:変異から予測されるハエの翅の4000万年にわたる進化

遺伝学:ハエの翅の進化を予測する

 遺伝的変異は進化の「機関室」である。遺伝的変異がなければ遺伝子は多様化せず、自然選択は作用する力を持たないだろう。しかし、遺伝的変異が適応の原材料を提供するとした場合に、そうした変異がさらにどの程度、地質年代スケールで進化を制約するのかは議論の的となっている。変異速度は概して非常に低く、進化の時間スケールで見られる多くの遺伝的分岐に圧倒されると考えられている。D Houleたちは今回、「香油の中の1匹のハエ」になり得る結果を示している。とはいえ、実際の研究は数千匹ものハエを対象に行われた。ショウジョウバエ科(Drosophilidae)のハエの翅5万枚以上を調べたところ、変異、遺伝的多様性、および過去4000万年間の進化速度の間に、予想外で強い正の相関があることが明らかになった。今回の結果は、進化における変異の役割に関する複数のモデルに疑問を投げ掛けるものだ。



参考文献:
Houle D. et al.(2017): Mutation predicts 40 million years of fly wing evolution. Nature, 548, 7668, 447–450.
http://dx.doi.org/10.1038/nature23473
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更新世末期のヨーロッパの現生人類の人口史

2017/08/25 00:00
 これは8月25日分の記事として掲載しておきます。取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、更新世末期のヨーロッパの現生人類(Homo sapiens)の人口史に関する研究(Tallavaar et al., 2015)が公表されました。この研究は、古気候および民族誌のデータと、現在の気温・降水量などの気候パラメータおよび現在の種分布から現生種の分布面積を推定するモデル(climate envelope modeling approach)を用いて人口較正モデルを構築し、考古学的データと照合して、30000〜13000年前頃のヨーロッパの人口史を復元しました。

 その結果、人口較正モデルにより再現された人口規模・範囲は考古学的データとおおむね対応しており、気候変動が人口動態の要因である、と明らかになりました。30000〜13000年前頃のヨーロッパの推定人口の幅は41万人〜13万人です。具体的には、30000年前頃には推定人口は33万人だったのが、27000〜19000年前頃の最終最大氷期(LGM)中の23000年前頃には、13万人まで落ち込みました。最終最大氷期には、ヨーロッパのうち36%ほどが人間にとって居住可能だった、と推定されています。最終最大氷期が終わるとヨーロッパの推定人口は急増していき、13000年前頃には41万人となりました。

 ただ、人口較正モデルと考古学的データとが合致しない事例は二つあり、その一つの北部ロシアでは人口較正モデルよりも多くの人為的痕跡が推定されていますが、これは、この時期の遺跡のなかにネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)が担い手と示唆されているものもあるからです。しかし、この時期にネアンデルタール人がまだヨーロッパに存在していたのか、疑問が残り(関連記事)、今後も検証が必要となるでしょう。もう一つの例外は地中海地域で、人口モデルでは高密度の人口が推定されていますが、考古学的データの密度は低くなっています。これについては、非気候的要因による低い人口密度も考えられますが、気候・地形による人為的痕跡の消失および推定年代の曖昧さと、研究史的背景が要因かもしれません。

 この地中海地域の事例と深く関連していますが、この研究の推定人口は、たとえば最終最大氷期の推定人口を6000人未満とした考古学的データからの研究よりもかなり多くなっています。これは、上述した気候・地形による人為的痕跡の消失および推定年代の曖昧さや、研究史的背景のため、考古学的データのみでは推定人口の復元が粗くなってしまうことが原因かもしれません。更新世の人口の推定は証拠が限定されているのでたいへん難しいのですが、この研究のように、さまざまなデータやモデルを用いることで、より精密な結果を提示できるようになるのではないか、と期待されます。


参考文献:
Tallavaar M. et al.(2015): Human population dynamics in Europe over the Last Glacial Maximum. PNAS, 112, 27, 8232-8237.
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1503784112
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女王バチの新コロニー形成を妨げるネオニコチノイド

2017/08/24 00:00
 これは8月24日分の記事として掲載しておきます。ネオニコチノイドが女王バチの新コロニー形成への影響に関する研究(Baron et al., 2017)が公表されました。ネオニコチノイド系殺虫剤は、ミツバチのコロニー(関連記事)や野生ミツバチ(関連記事)に影響を及ぼす可能性が指摘されています。そのため、EUはその使用を凍結することにしています。しかし、ハチの個体またはコロニーに対するネオニコチノイドの有害な作用と個体群レベルの衰退との関係は、まだ充分には理解されていません。

 この研究は、セイヨウオオマルハナバチ(Bombus terrestris)の女王バチを、野外で実際に使用される量のネオニコチノイド「チアメトキサム」に曝露しました。その結果、新たなコロニーを形成するタイミングが変化し、産卵する女王バチの数が26%減少したことが明らかになりました。次に、数理モデリングを用いて、この26%の減少が個体群全体に与える影響を予測すると、大規模なチアメトキサムの使用後に個体群が崩壊する可能性が28%以上あることが明らかになりました。

 コロニー形成はハチの生活環の中の重要な段階で、こうした知見は、この段階がネオニコチノイドの悪影響に対して特に敏感であることを示しています。この研究は、今回観察された産卵の減少が野外でのコロニーの繁栄と個体群の動態に与える長期的な影響を調べるため、さらに研究を進める必要がある、と指摘しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


ネオニコチノイドは女王バチの新コロニー形成を妨げる

 一般的なネオニコチノイド農薬に曝露されたマルハナバチの女王バチは、新しいコロニーを形成する能力が低く、そのことは野生個体群の崩壊につながる可能性があるという論文が、今週オンライン掲載される。

 ネオニコチノイド農薬は農業で広く使用されているが、近年、それは実験室での研究でも野外試験でもハチ個体群の衰退と関係付けられ、EUはその使用を凍結することとなった。しかし、ハチの個体またはコロニーに対するネオニコチノイドの有害な作用と個体群レベルの衰退との関係は、いまだ十分には理解されていない。

 Gemma Baronたちは、セイヨウオオマルハナバチ(Bombus terrestris)の女王バチを、野外で実際に使用される量のネオニコチノイド「チアメトキサム」に曝露した。その結果、新たなコロニーを形成するタイミングが変化し、産卵する女王バチの数が26%減少したことが明らかになった。次に、数理モデリングを用いて、この26%の減少が個体群全体に与える影響を予測すると、大規模なチアメトキサムの使用後に個体群が崩壊する可能性が28%以上あることが分かった。

 コロニー形成はハチの生活環の中の重要な段階であり、今回の結果は、この段階がネオニコチノイドの悪影響に対して特に敏感であることを示している。研究チームは、今回観察された産卵の減少が野外でのコロニーの繁栄と個体群の動態に与える長期的な影響を調べるため、さらに研究を進める必要があると述べている。



参考文献:
Baron GL. et al.(2017): Pesticide reduces bumblebee colony initiation and increases probability of population extinction. Nature Ecology & Evolution, 1, 1308–1316.
http://dx.doi.org/10.1038/s41559-017-0260-1
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最初期の被子植物

2017/08/23 00:00
 これは8月23日分の記事として掲載しておきます。最初期の被子植物に関する研究(Sauquet et al., 2017)が公表されました。被子植物は地球上に生息する植物全体の約90%を占め、約1億4000万年前に生息していた単一の祖先に起源がある、と考えられています。被子植物とその特有の構造である花の起源と初期の進化については解明が進んでおらず、花の化石記録もひじょうに少ないため、花の進化の解明には新たな方法が必要となっています。

 この研究は、花進化のモデルと現生種の花の形質に関する膨大なデータベースを組み合わせ、古代の被子植物の花の特徴を復元し、多様化のシナリオを提案しています。この復元結果では、祖先型の花に、「めしべ」と「おしべ」の両方の部分が存在し、花弁様器官が三輪生していくつかの層になっていたことが示唆されています。こうした特徴の一部については不確実な点が残っていますが、今回の復元によって花の初期多様化に関する妥当なシナリオを提案できるようになり、ここから将来の被子植物研究のための新しい検証可能な仮説を立てられるようになる、と指摘されています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【進化】地球上に初めて咲いた花の姿

 祖先型被子植物の花が復元され、古代の花の姿を垣間見ることが可能になったことを報告する論文が、今週掲載される。この論文は、被子植物の進化と多様化を洞察する手掛かりになるだろう。

 被子植物は、地球上に生息する植物全体の約90%を占め、約1億4000万年前に生息していた単一の祖先に起源があると考えられている。被子植物とその特有の構造である「花」の起源と初期の進化については解明が進んでおらず、花の化石記録も非常に少ないため、花の進化の解明には新たな方法が必要となっている。今回、Herve Sauquetたちの研究グループは、花進化のモデルと現生種の花の形質に関する膨大なデータベースを組み合わせて、古代の被子植物の花の特徴を復元し、多様化のシナリオを提案した。この復元結果では、祖先型の花に、めしべとおしべの両方の部分が存在し、花弁様器官が三輪生していくつかの層になっていたことが示唆されている。

 こうした特徴の一部については不確実な点が残っているが、今回の復元によって、花の初期多様化に関する妥当なシナリオを提案できるようになり、ここから将来の被子植物研究のための新たな検証可能な仮説を立てられるようになる、とSauquetたちは指摘している。



参考文献:
Sauquet H. et al.(2017): The ancestral flower of angiosperms and its early diversification. Nature Communications, 8, 16047.
http://dx.doi.org/10.1038/ncomms16047
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