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zoom RSS 入江曜子『古代東アジアの女帝』

<<   作成日時 : 2016/05/12 00:18   >>

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 岩波新書(赤版)の一冊として、岩波書店より2016年3月に刊行されました。率直に言って、本書がなぜ岩波新書の古代史本として刊行されたのか、理解に苦しみます。いやまあ、岩波書店が本書をどのように位置づけているのか、私には正確なところは分からないのですが、カバーの広告には日本古代史本が掲載されていたので、やはり本書は古代史本という位置づけなのでしょう。

 本書は、7世紀の東アジア世界に相次いで出現した「女帝」を取り上げています。倭(日本)の推古・皇極・斉明・間人・倭姫・持統、新羅の善徳・真徳、唐(周)の武則天(則天武后)です。このうち、本書も認めるように、倭姫は即位していません(即位説もありますが)。本書は倭姫を、「王朝交代のミッシング・リンク」として描き出しています。間人も通説では即位が認められていませんが、本書は、即位とともに、同父同母兄である天智との「禁断の恋」も認めています。このように「異端説」を採用している本書は、天武に関しても、天智と母は同じでも父は異なっているとし、年齢に関しても、天武の方が年上だった可能性を示唆しています。

 こうした「異端説」の採用に関しては、そうした説もあるので著者の「大暴走」とまでは言えないかもしれませんが、全体的に「異端説」を採用する根拠が薄弱だと思います。さらに、推古が見抜いた通り、能力・気力ともに皇極が夫の舒明を上回った、というように、しっかりとした論証もなく断定的に人物が評価されていく傾向にあります。とくにひどいのは倭姫に関してで、「宮廷の才媛才女とは無縁の、ほとんどその存在さえ知られていない女性だった」とか、「容姿も特に優れているとはいえず」とかいった評価がどのような根拠に基づくのか、理解に苦しみます。天武・天智・高宗に通底する620年代生まれの気質との評価も、何が根拠なのかさっぱり分かりませんし、そもそも何を言いたいのかもよく理解できませんでした。

 率直に言って、本書は気の向くままに書いた随筆か小説の構想といった感じで、なぜ岩波新書の古代史本として刊行されたのか、本当に分かりません。私も岩波新書は一部しか読んでいませんし、岩波新書にもひどいものがある、との評価をネットでは見かけることもあります。その意味で、本書は例外的ではないのかもしれませんが、それにしても、よく編集者が刊行を決断したな、と思います。まあ、妄想というか創作のネタになりそうではありますし、そもそも著者は作家なので、本書で主張したような見解を取り込んだ小説を執筆すればよいのではないか、と思うのですが。

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コメント(2件)

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飯豊皇女については、事実上の王位にあったと記されているのに間人については、
そうした記録がないのはおかしと思うのですが?
クルル
2017/05/13 15:04
間人は即位していたはずなのに、記録にないのはおかしいという意味でしょうか。それとも、即位の記録がないのに即位説を採用するのはおかしいという意味でしょうか。質問の意図をよく把握できませんでした。
管理人
2017/05/13 17:28

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