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zoom RSS 小山聡子『浄土真宗とは何か 親鸞の教えとその系譜』

<<   作成日時 : 2017/02/26 00:00   >>

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 これは2月26日分の記事として掲載しておきます。中公新書の一冊として、中央公論新社から2017年1月に刊行されました。本書は、親鸞の生涯と浄土真宗教団の成立過程を、その思想の変遷をたどりつつ解説しています。親鸞やその後継者たちの思想の背景として、浄土教をはじめとする平安時代以来の伝統的な信仰があり、親鸞やその後継者たちが自力に完全に徹していたわけではないことが解説されています。

 本書のこうした指摘の背景として、近代以降に研究者を中心として浄土真宗に「近代性」を見出す志向が強くあり、親鸞やその後継者たちの言説からそうした志向に合致するものを継ぎはぎ的に取捨選択してきた結果、浄土真宗が理想化されてしまっているのではないか、との問題意識があるようです。本書は、親鸞の誕生から蓮如の代になって強大な教団が成立するまでだけではなく、平安時代の浄土教信仰や法然の信仰といった親鸞の登場背景と、近代以降の親鸞および浄土真宗の解釈についても解説しており、視野の広い一般向け書籍になっていると思います。

 浄土真宗をはじめとして、いわゆる鎌倉新仏教に、ヨーロッパにおける宗教改革との類似性と近代性の萌芽を認めるような見解は、近代以降の日本においてすっかり定着した、と言えそうです。そうした傾向のなかで、親鸞と浄土真宗に関しても、その合理性・近代性が主張されてきました。しかし本書は、親鸞とその後継者たちに関しても、平安時代以来の伝統的信仰の影響を強く受けており、呪術的行為を否定したわけではない、と指摘しています。

 たとえば親鸞は、呪術を完全否定したのではなく、呪術による極楽往生を否定したのでした。親鸞は、完全に他力の思想に徹することはできず、臨終時の奇瑞を称賛するようなところもあったとはいえ、晩年まで他力の思想に近づこうと努力していました。しかし、親鸞と身近に接していた妻や娘でさえ、伝統的な信仰のもと、臨終行儀などの自力に拘ったところがある、と本書は指摘します。本書は、親鸞も自分と妻や娘との思想の違いに気づいてはいたものの、絶縁するほどのことではなかったと考えていたのだろう、と推測しています。

 親鸞と家族との思想の違いが、親子関係の断絶を生じさせることもありました。親鸞の長男である善鸞は、父との関係が良好だったようです。しかし、親鸞が京都に戻り、善鸞が布教のために関東に向かうと、関東の門徒の一部と善鸞との間で諍いが生じ、親鸞はついに善鸞を義絶します。善鸞は、関東で他力の思想に徹したのではなく、伝統的な世界観にいる人々の要望にこたえて、呪術的要素も取り入れて布教を拡大していきます。それが親鸞門下の間での確執を生じさせ、ついには親鸞も善鸞を義絶するに至ったわけです。

 本書は、この義絶の背景として、親鸞自身にも他力と自力の間をはじめとして思想・論理の揺れがあり、弟子も親鸞の思想を理解しにくかったことが根本的要因としてあるのではないか、と指摘しています。偉大な宗教家・思想家の思想は奥が深く発展性に富んでいる、ということでしょうか。親子の仲は良好だったとはいえ、善鸞も親鸞の思想をよく理解できていなかったのではないか、というのが本書の見解です。本書では、このような親子関係の断絶はその後も親鸞の子孫においてたびたび繰り返された、と指摘されています。

 親鸞の教えは関東・北陸などで浸透していきますが、現代では浄土真宗の最大勢力となっている本願寺教団(江戸時代になって東西に分裂してますが)は、蓮如の頃までは親鸞の教えの門徒のなかでも最大勢力というわけではなく、そもそも親鸞の教え自体も、独立した宗派というより、天台宗の一流派のようなものでした。親鸞もその子孫も、多くが天台宗をはじめとして旧来からの顕密体制的な寺院で修行しており、朝廷・大寺社などの権門との関係を深める動きもありました。

 そうした背景のなかで、蓮如は他力を強く主張し、教勢を拡大して独立した教団を確立しますが、門徒だけではなく蓮如自身にも、他力に徹することはできず、自力的な要素が見られたことを、本書は指摘しています。浄土真宗と称するようになったのも蓮如の時で、親鸞の教えは当時、時宗や修験道的な信仰とともに一向宗と呼ばれていました。しかし、蓮如の意向にも関わらず、当時の人々は、親鸞の教えを一向宗と呼んでいたそうです。

 本書を読んだのは、仏教史についてあまりにも無知なので、多少なりとも知見を得たい、という動機もありますが、やはり、私自身が自覚的な浄土真宗の門徒であることが大きく、本書を読んで色々と考えさせられるところがありました。私は、信仰について尋ねられたら、浄土真宗だと即答するくらいには自覚的ですが、正直なところ、教義もその歴史もよく理解しているとはとても言えません。私も40代半ばとなり、そろそろ信仰についても真剣に考えていかねばならない、と考えています。その意味でも、本書は有益でした。もちろん、近世における浄土真宗についての解説が欠けているとはいえ、親鸞と浄土真宗の歴史的位置づけについての解説というでも、良書だと思います。

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