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zoom RSS 松本直子「人類史における戦争の位置づけ 考古学からの考察」

<<   作成日時 : 2017/07/05 00:00   >>

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 『現代思想』2017年6月号の特集「変貌する人類史」に掲載された論文です。戦争は人間の本性なのか、それとも社会的な要因で発生した人類史上で比較的新しい(農耕開始・国家形成移行)現象なのか、という問題は広く関心を持たれているように思います。もちろん、研究者の間ではここまで単純化された議論が展開されているわけではないでしょうが、とりあえずこの記事では、「本性説」と「後天説」と分類しておきます。本論文は、明確に後天説を支持しています。

 冷戦期までは後天説の方が主流と言えたようですが、冷戦後は、狩猟採集社会において戦争の頻度は高く、むしろ国家の形成により戦争も含む暴力が抑制されてきた、との見解がしだいに影響力を強めているようです。本書はその代表例として、『文明と戦争』(関連記事)や『暴力の人類史』(関連記事)を挙げています。しかし本論文は、戦争と暴力を区別する必要性と、本性説の根拠とする考古学的データに、東アジアの事例が抜け落ちていることなどを指摘し、じゅうぶんな裏づけはない、と指摘します。

 本論文は、東アジアの事例として、著者も関わった縄文時代の受傷人骨を取り上げています(関連記事)。本論文は、縄文時代には明確な大量殺戮や子供の殺害や明確な対人用武器・防御集落などが認められないことから、日本列島という特定地域では1万年にわたって戦争はなかった可能性が高く、本性説への反証になる、と主張しています。また本論文は、弥生時代には受傷人骨の割合が高くなるものの(約3%)、それでも本性説の想定する戦争死亡率(約14%)よりずっと低い、と指摘しています。

 本論文は、受傷人骨の認定の難しさや、狩猟採集社会が現代と農耕開始前の更新世とでは異なるかもしれないといった不確定要素も認めつつ、後天説が妥当だと明確に主張しています。本論文は、戦争の始まりを経済も含めて社会的要因で説明し、とくに、殺人を躊躇う傾向のある人間を戦争へと向かわせる、更新世には存在しなかった新たな文化的制度が重要となり、その研究が必要になる、と指摘しています。

 本論文の見解は傾聴すべきでしょうが、本論文も認める受傷人骨の認定の難しさ、とくに更新世の人骨はほとんどが断片的であることを考慮すると、すでに43万年前頃に明確な殺人行為が認められていること(関連記事)からも、後天説にはかなりの疑問が残ります。かなり精度の高い暴力死亡率の分かる時代に関して、『暴力の人類史』は、暴力死亡率の低下要因として国家統合の進展や通商の拡大などを挙げています。これはかなり説得力のある議論だと私は考えていますので、更新世にはそれらが存在しない(もしくはたいへん未熟)ことを考えると、戦争と定義できるか否かはさておき、更新世の人類社会の平均的な暴力死亡率は、本論文の想定よりかなり高かったのではないか、と思います。人間の認知メカニズムは、人類史において一般的だった環境において、戦争も含む暴力を容易に発動してきたのではないか、と私は考えています。


参考文献:
松本直子(2017)「人類史における戦争の位置づけ 考古学からの考察」『現代思想』第45巻12号P162-174(青土社)

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