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ネアンデルタール人から現生人類への遺伝子移入と選択の効果

2019/01/20 09:51
 ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)から現生人類(Homo sapiens)への遺伝子移入と選択の効果に関する研究(Petr et al., 2019)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。非アフリカ系現代人は全員、似たような割合でネアンデルタール人由来のゲノム領域を有しています。そのため、非アフリカ系現代人の祖先集団が各地域集団に分岐する前に、おそらくは西アジアでネアンデルタール人と交雑した、と考えられます。

 これまでの研究ではおおむね、現生人類のゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域は、両者の交雑(54000〜49000年前頃)以降、負の選択のために単調な減少傾向にある、と考えられてきました。たとえば、ヨーロッパの現生人類の現生人類のゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域の割合は、過去45000年に低下してきている、と推測されています(関連記事)。東アジア北部の4万年前頃の現生人類に関しては、ゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域が現代人よりずっと高い4〜5%程度と推定されています(関連記事)。

 しかし本論文は、南シベリアのアルタイ地域(関連記事)とクロアチア(関連記事)のネアンデルタール人の高品質なゲノム配列を用いて、現生人類のゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域を再検証し、これら有力説にたいして異なる見解を提示しています。本論文は、これまでの有力説は現生人類集団間の遺伝子流動(アフリカ系と非アフリカ系)の推定を間違っているとして、ヨーロッパにおいて過去45000年間に現生人類のゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域の割合はほとんど変わっていない、と推測しています。また、東アジア北部の4万年前頃の現生人類に関しても、ゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域は、以前の推定値4〜5%程度よりも低く、現代人とさほど変わらない2.1%程度と推定しています。

 さらに本論文は、現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人由来の領域では、タンパク質コード配列よりも調節領域や非コード領域の方で強い選択が生じている、と推測しています。ネアンデルタール人と現生人類とは、タンパク質コード配列よりも調節領域の多様体の方で異なっており、調節領域多様体がより強い選択要因になったのではないか、というわけです。本論文は、ネアンデルタール人から現生人類への遺伝子移入により、有害な(適応度を下げるような)変異が一定以上の割合でもたらされたとしても、負の選択がネアンデルタール人由来の領域の割合を低下させる効果は低く、他の1もしくは複数集団との交雑の方が効果は大きいだろう、と推測しています。

 たとえば、ヨーロッパ系現代人は東アジア系現代人よりもネアンデルタール人の遺伝的影響が小さいのですが、それは、まだ遺骸の確認されていない仮定的な存在(ゴースト集団)で、ネアンデルタール人の遺伝的影響をほとんど受けていなかったと推測される「基底部ユーラシア人」とヨーロッパ系現代人の祖先集団が交雑したからだ、との見解(希釈仮説)が提示されています(関連記事)。ただ本論文は、その「希釈」効果がさほど大きくなかった可能性も指摘しています。また、西アジア系現代人はヨーロッパ系現代人よりもさらにネアンデルタール人の遺伝的影響が有意に低いので、「基底部ユーラシア人」の遺伝的影響をヨーロッパ系よりも強く受けたか、ヨーロッパ系よりもアフリカからの移住が多かったことを反映しているかもしれません。

 本論文の見解はたいへん興味深いもので、今後の研究の進展が期待されます。研究の進展は、もちろん方法論の見直し・改善も大きいのですが、やはり、より多くのゲノム配列を得ることが重要です。とくに、ネアンデルタール人との交雑からさほど時間の経過していない世代の現生人類の高品質なゲノム配列が望ましいでしょう。現時点では、更新世の人類の高品質なゲノム配列は、上述のネアンデルタール人2個体以外では、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)1個体分(関連記事)しか得られていないと思います。この分野の発展は目覚ましいので、今後、更新世人類の高品質なゲノム配列の数は増加していくと期待されます。


参考文献:
Petr M. et al.(2019): Limits of long-term selection against Neandertal introgression. PNAS.
https://doi.org/10.1073/pnas.1814338116
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大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』第3回「冒険世界」

2019/01/20 09:48
 海軍兵学校の試験に落ちた金栗四三は進路に悩んでいましたが、1910年、試験に合格して東京師範学校に進学することになります。近代前期の地方の若者の立身物語としては、なかなか面白くなっています。全体的になかなか軽いこともあり、大河ドラマらしくないとして嫌う大河ドラマ愛好者は少なくないかもしれませんが、地方の優秀な学生の視点からの近代の歴史ドラマとしては悪くないと思います。東京に舞台が移ってロケの場面が減ると懸念していたのですが、今回は金栗の帰省が描かれ、ロケを多用した美しい映像が見られたのは何よりでした。金栗家の話は、器の大きい兄の存在もあり、面白くなっています。

 今回も冒頭で東京オリンピックの近づいた1960年の古今亭志ん生一門の様子が描かれました。正直なところ、1960年の古今亭志ん生の場面が浮いているというか、主人公である金栗四三の物語と上手く接続していないように思います。まあ、クドカン作品だけに、今後上手くつながってくるのではないか、と期待しているのですが、やや不安ではあります。ただ、明治時代の古今亭志ん生(美濃部孝蔵)と金栗四三とが、浅草を舞台につながってきそうな予感もあるので、まだ失望するのは時期尚早かな、とは思います。これまでのところ連続ドラマとして全体的には楽しめているので、最終回まで視聴を続けられそうです。
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『卑弥呼』第9話「日見子誕生」

2019/01/19 09:43
 『ビッグコミックオリジナル』2019年2月5日号掲載分の感想です。前回は、トンカラリンの洞窟内の坑道を進んでいたヤノハが前方に光を見つけ、天照様の光だ、我々は勝ったのだ、と明るい表情で力強くアカメに言い、アカメが不適な笑みを浮かべたところで終了しました。今回は、その光は人間が通れない小さな穴から差してきており、しかも夕日なので、出口のある東側ではなく反対の西側にいる、とヤノハが気づく場面から始まります。アカメは、西に歩いていたのか、と驚きますが、これは演技で、ヤノハを洞窟から脱出させないために、わざと西側に誘導したのでしょう。落胆する様子を見せず、最初からやり直しだ、と言うヤノハにたいして、少し休まないか、とアカメは提案します。

 その頃、麑(カノコ)の里では、鞠智彦(ククチヒコ)が夕日を眺めていました。従者(だと思われます)のウガヤからここで一泊しようと提案された鞠智彦は承諾します。ウガヤは、暈(クマ)の国の「首都」である鹿屋(カノヤ)から慌ただしく出立したため、詳しくは聞いていなかったタケル王との話し合いについて、鞠智彦に尋ねます。鞠智彦が、タケル王は自分に全軍の指揮を委ねるとようやく承諾した、と答えると、これで那(ナ)との勝利は確実だ、とウガヤは嬉しそうに言います。那の次は伊都(イト)・末盧(マツロ)・穂波(ホミ)・都萬(トマ)を攻略して筑紫の島をすべて制圧する、と鞠智彦は今後の予定を語ります。『三国志』では、穂波は不弥、都萬は投馬でしょうが、これらの国々は九州にある、という設定なのでしょう。その後に向かうのは伊予之二名島(イヨノフタナシマ)、とウガヤが言うと、五百木(イオキ)・伊予(イヨ)・土器(ドキ)・三野(ミノ)・土左(トサ)・賛支(サノキ)を手中に収める、と鞠智彦は続けます。このやり取りで地図が掲載されていますが、伊予之二名島は四国で、旧国名では、伊予はそのままで(ただ、全域ではないようです)、五百木は伊予と土佐の間(両国にまたがっているのかもしれません)、讃岐を構成するのは東から賛支・土器・三野、土左は土佐の西半分程度ということになりそうです。タケル王は山社(ヤマト)に籠ろうとしたのではないか、とウガヤに尋ねられた鞠智彦は、そうだったが、それよりも東征をするよう進言した、と答えます。タケル王が山社に赴けば、「日の巫女」に偽の日見彦(ヒミヒコ)だとばれてしまう、と鞠智彦が言うと、タケル王は自分に天照大神(アマテラスオホミカミ)が降りると本気で信じているようだ、とウガヤは懸念します。そこが悩ましいところだ、と鞠智彦は嘆息しますが、タケル王に対する悪意・敵意はなさそうで、困った人とは思いつつも支えていく意思は固そうです。

 その頃、トンカラリンの洞窟の出口には、祈祷部(イノリベ)の長であるヒルメや祈祷女見習いたちへの講義を担当しているイクメたちが、洞窟から出てくる者を待ち構えていました。もう日が暮れかけていることから、自分たちがトンカラリンの洞窟に送り込んだ11人の中には日見子(ヒミコ)はいないのでは、とイクメがヒルメに尋ねると、もう1日待とう、とヒルメは答えます。明日、生還者がいなければ、残った祈祷女(イノリメ)見習い全員をトンカラリンの洞窟に送り込む、とヒルメは言います。祈祷女見習い全員に死ねということなのか、とイクメは驚きますがヒルメは動じず、それほど我々には日見子が必要なのだ、と力説します。

 その頃洞窟内では、休憩していたヤノハが夢を見ていました。目の前にモモソが現れると、ヤノハは怯えます。なぜ自分を殺したのだ、とモモソに問われたヤノハは、生きるために仕方なかった、と答えます。私はようやく顕われた日見子だ、私が死ねば倭国に平和は訪れない、と言うモモソに、だからモモソを補佐しようとした、とヤノハは答えます。するとモモソは恐ろしい表情を浮かべて、だが私を楼観より投げ落とした、とヤノハに厳しく言い放ちます。ヤノハは土下座して許しを請います。モモソのような選ばれし者だけが得をして、自分のような何も持たない人間が野垂れ死にするような世の中に腹が立ち、いつの間にかモモソへの殺意になったのだ、とヤノハは懺悔します。しかしモモソは冷然と、私を殺した科は消えない、お前には罰として、私に代わって倭国大乱を治める神託がくだった、とヤノハに告げます。それは無理だ、と言うヤノハにたいして、そう、お前は偽物だからな、とモモソは冷然と言い放ちます。自分には神は永久に降りないから倭国を平和に導くのは無理だ、と言うヤノハにたいして、お前は生涯偽者を貫く運命だ、生涯、本物を演じ続けるのだ、とモモソは告げます。

 ヤノハが目を覚ますと、アカメは側にいませんでした。洞窟内の広場に戻ってきたアカメは、土を掘って食料を取り出して食べます。ヤノハは日見子ではないもののおそろしく生命力が強かったので、祈祷女ではなく自分のように探り女(サグリメ)になればよかったのだ、とアカメは考えていました。トンカラリンの洞窟から祈祷女見習いたちを脱出させないようにする、という使命を果たしたと考えたアカメは、自分が脱出するべく出口へと向かいます。アカメは、自分の助けがないヤノハは脱出できない、と確信しているのでしょう。寝ているヤノハを殺そうとしなかったのは、ヤノハの武人としての実力としたたかさを知っており、寝ている振りかもしれない、と警戒していたからでしょうか。

 夜が明け、トンカラリンの洞窟の出口には、ヒルメとイクメがいました。二人とも一晩中起きていたようです。日の出を眺め、種智院(シュチイン)に戻ろう、とヒルメはイクメに促します。私を冷酷と思うか、と尋ねるヒルメにたいして、イクメは否定します。ヒルメは憤懣やるかたないといった感じで、すべてはヤノハのせいだ、と吐き捨てるように言います。モモソこそ真の日見子だったのに、ヤノハがモモソを殺害した、最も酷い死を迎えていればよい、と加虐的な表情を浮かべつつ、ヒルメは言い放ちます。

 その頃、出口近くまで来たアカメは、真の見ていたヒルメは、ヒルメたち日の巫女集団がまだ日見子出現を諦めていないことに苛立っていました。ヒルメたちが立ち去らないと、自分も出ていけない、というわけです。一先ず寝ようとしたアカメの背後からヤノハが迫り、アカメの首を絞めます。ヤノハはアカメがヒルメの放った刺客だと疑っていました。なぜここに来られたのか、とアカメに問われたヤノハは、自分は偽者なので同類の心が読める、お前は最初から怪しかった、と答えます。洞窟内の広場で死んでいたナカツとオシは刺殺されていたので、籠も松明もアカメが用意したのだとヤノハは推測しました。それでも、なぜ出口近くまで来たのか、疑問に思うアカメにたいして、アカメの体に松脂を塗っておいた、自分は鼻が利くのだ、とヤノハは答えます。ヒルメ様の命で自分を置き去りにしたのだろう、飛んでもらうぞ、と言ってアカメの首を強く締めてくるヤノハにたいしてアカメは、私はヒルメ様の刺客ではなく、鞠智彦様の探り女である志能備(シノビ)だ、と言います。アカメはヤノハに、鞠智彦様は倭国大乱を本気で鎮めようとしており、そのためにトンカラリンの生還者は邪魔なのだ、とヤノハに説明します。するとヤノハはアカメから離れて、そうならば殺す必要はない、と言います。自分は日見子の柄ではない、お前こそ日見子になれ、そうすれば鞠智彦様も安心するだろう、と言うヤノハにたいして、アカメは剣を突き付けます。お前こそ日見子だから殺さねばならない、と言って斬りかかってくるアカメにたいしてヤノハは石を投げて剣を地面に落とし、アカメの首を絞めて殺します。ヤノハはアカメに、自分は生きたいのだ、すまない、と声をかけます。

 その頃、トンカラリンの洞窟の出口にいたヒルメやイクメたちは、誰も洞窟から出てくる様子がないので、種智院に戻ろうとしていました。すると、日の巫女の一人が、誰か出てくる、と言います。それがヤノハだと分かると、ヒルメは狼狽して、嘘だ、ヤノハを殺せ、と配下に命じます。しかし、配下は全員、日見子が顕われた、これで倭国大乱が終わる、と言って感激し、ヤノハを拝み始めます。戸惑いつつも、モモソの言葉が正夢になった、とヤノハが思っているところで今回は終了です。


 今回もひじょうに密度が濃く、たいへん楽しめました。タケル王は自分が真の日見彦だと確信しているようですが、暈の国上層部は、そうではないと知っています。それでもなおタケル王を退位させたり殺そうとしたりしないのは、タケル王を日見彦として推戴することが統治に有利と考えているからでしょうか。鞠智彦は現実的な思考の有能な人物といった感じで、日見子と認定されたヤノハとは対立する関係にありますから、今後しばらくは、鞠智彦がヤノハをどのように殺害しようとするのか、ヤノハがそれにどう対処するのかが、見どころになりそうです。

 ヤノハの夢に出てきたモモソは、本当にモモソが「降りてきた」というオカルト的な設定かもしれませんが、単なる夢とも解釈できます。モモソが、正式な祈祷女になる前に自分は死ぬと分かっていたり、天照大神が「降って」くると、まったく疑っていなかったヤノハの謀略を見抜いたりしていることを考えると、オカルト的な解釈が正解なのかな、とも思います。創作なのでオカルト的な設定があってもよいと思いますし、おそらく夢ともオカルトとも解釈できるような描写が今後も続くのではないか、と予想しています。それは曖昧な描写と否定的に考えることもできますが、現時点では上手く描写できているように思うので、とくに気になりません。おそらく今後もたびたび、ヤノハの夢にモモソが現れて、ヤノハに進路を指示するのでしょう。

 アカメは予想通りヤノハに殺されました。ヤノハは一度はアカメを生かそうとしましたから、生きるためには手段を選ばないというだけで、殺人鬼というわけではないのでしょう。また、すまない、とアカメに言っていることからも、少なくとも現時点では、ヤノハにもある程度は人並の心は残っているのだと思います。アカメが予定していたように、ヒルメたちがトンカラリンの洞窟の出口から立ち去った後に洞窟から脱出する、という選択肢もヤノハにはあったのではないか、とも考えました。しかしヤノハは、ヒルメたちがいつトンカラリンの洞窟の出口から去るのか、確証を得ていなかったでしょうし、アカメのように食料の隠し場所を知っていたわけではありません。ならば、体力の観点からも、ともかくできるだけ早いうちに洞窟から脱出すべきだ、と考えたのでしょう。ただ、ヤノハは脱出した時点では、自分が日見子として迎え入れられるとは予想していなかったようです。ただ、夢でのモモソの発言をすぐに思い出し、自分は偽の日見子として生きていこう、と決断したのでしょう。

 ヤノハは祈祷部のほとんどから日見子と認められましたが、その長であるヒルメはなおも、モモソが真の日見子で、モモソを殺したヤノハが真の日見子のはずはない、と確信しているようです。日見子の出現を、日見彦たるタケル王もその共治者たる鞠智彦もまったく歓迎しておらず、殺そうとしています。さらに、祈祷部の長であるヒルメもヤノハに立ちはだかる敵となりそうですから、今後しばらくは、ヤノハが暈の国において日見子としての権威をいかに確立していくのか、という話が続きそうです。これもたいへん面白くなりそうですが、すでに名前だけ登場している那国のトメという将軍との戦いも描かれるでしょうし、やがては九州だけではなく四国と本州、さらには朝鮮半島や後漢(およびその後の三国時代)も舞台となるでしょうから、かなり雄大な物語になるのではないか、と期待されます。次回もたいへん楽しみです。
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小笠原弘幸『オスマン帝国 繁栄と衰亡の600年史』

2019/01/19 09:40
 中公新書の一冊として、中央公論新社から2018年12月に刊行されました。オスマン帝国については、いつか林佳世子『興亡の世界史10 オスマン帝国500年の平和』(関連記事)を再読するつもりだったのですが、同書を再読する前に本書を読むことになりました。いつかは同書と本書を続けて再読するつもりです。本書は手軽に読めるオスマン帝国通史として優れていると思いますが、だからといって内容が薄いわけではなく、なかなか濃密です。オスマン帝国の通史となると、近代史の方が史料に恵まれているため、近代史の方が分量は多くなってしまいがちですが、本書は意図的に均等な時間配分にした、とのことです。一般向け通史として、こういう試みも悪くないと思います。

 オスマン家は名門というわけではなさそうで、当初はアナトリア半島の諸勢力の一つにすぎませんでした。それが大帝国を築くにあたって、歴代当主個人の能力だけではなく、オスマン家が当初はイスラム教神秘主義(スーフィズム)と提携していたことも大きかったようです。スーフィズムには習合主義(シンクレティズム)的な緩やかなところがあり、キリスト教徒の武力も糾合したところに、オスマン家拡大の一因があったようです。また、イスラム教系諸王朝の統治手法を早くから積極的に導入していたことも、オスマン家拡大の一因だったようです。本書は、これが、アンカラの戦いで滅亡寸前まで追い込まれながら、急速に復興してむしろ領土を拡大していった要因ではないか、と推測しています。

 オスマン家の自己認識には多様な側面があったようですが、重要なのはトルコ系遊牧民とイスラム教勢力だったようです。本書は、オスマン家は遊牧民としての性格を早くに失ったものの、オスマン家が自己の権威確立に伝統的なトルコ系の支配者としての正当性を訴えた、と指摘します。また、イスラム教勢力の支配者としての正当性の主張も重要となります。オスマン家は、勢力を拡大するにつれて、当初のシンクレティズム的な側面からイスラム教へと傾倒していきますが、それでも、イスラム法の解釈には正統的ではない側面が多分にあり、依然として緩かったことも指摘しています。広範な地域の多様な人々を統治できたのも、この緩さが大きかったのでしょう。

 オスマン家といえば、兄弟殺しで有名ですが、これは当初からの慣例ではなく、コンスタンティノポリスを陥落させたメフメト2世以降のことです。オスマン家の当主争いは激しいもので、読んでいると陰鬱な気分になります。オスマン家の当主に関しては母親の身分が問われず、奴隷身分であることも多かったようです。これは、当主の母親の身分が高いと、外戚として権力を振るう可能性がある、と懸念されていたためでもあるようです。そもそも外戚が存在しないようにしたこと、有力な後継者となり得る兄弟の排除が、オスマン王朝の長期の存在を可能としました。もう一つ重要なのは、高官といえども君主の命で殺される場合が多いことで、奴隷を取り立てて、奴隷身分のまま高官とすることも多かった制度が、王朝交代を阻止した、という側面もあるようです。

 オスマン帝国の全盛期は16世紀前半〜16世紀中盤のスレイマン1世時代だった、と通俗的には考えられているでしょうが、本書は近年の研究動向にしたがって、18世紀が繁栄の時代だった、と主張しています。ただ、スレイマン1世以降、君主だけではなく、大宰相など中央高官・母后・后妃・宦官長・高位ウラマーなどが主要な政治主体として合従連衡を繰り返すようになり、君主は最大の政治主体ではあるものの、以前のような絶対的権力を掌握することはなくなった、とも指摘されています。17世紀に頻発した廃位もそうした文脈で解され、本書はそうした廃位を清教徒革命や名誉革命に比しています。

 オスマン帝国の18世紀の繁栄を終焉させたのは、1768年に始まった露土戦争でした。これ以降、イスラム教の価値観と西洋近代の価値観とのせめぎ合いのなかで、トルコの近代化は進展していきます。均質な国民から構成される国家の形成が時代の潮流となるなか、オスマン帝国では多様な人々を抱えて統合を維持するオスマン主義が志向されました。しかし、ヨーロッパ列強との戦いで領土が縮小していくなか、残った領地であるアナトリア半島ではトルコ人が多数派となっていったこともあり、トルコ民族主義が台頭します。ただ本書は、現代のトルコ共和国につながるトルコ民族主義の本格的な台頭がバルカン戦争以後で、オスマン帝国の末期のことだった、と指摘します。トルコ共和国はオスマン帝国の否定から始まり、世俗主義が採用されましたが、イスラム教の影響力は根強く、現在は親イスラム教政党が長期にわたって政権を掌握しています。本書は、オスマン帝国を否定したトルコ共和国とオスマン帝国との連続性を指摘しており、現代トルコを理解するうえで、オスマン帝国史の理解は不可欠と言えるでしょう。
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現代人と似た歯の成長を示す10万年以上前の東アジア北部のホモ属

2019/01/18 17:13
 10万年以上前の東アジア北部のホモ属遺骸の歯に関する研究(Xing et al., 2019)が報道されました。このホモ属遺骸は許家窯(Xujiayao)遺跡で発見されました。許家窯遺跡は泥河湾盆地(The Nihewan Basin)にあり、行政区分では中華人民共和国河北(Hebei)省張家口(Zhangjiakou)市陽原(Yangyuan)県に位置することになります。本論文は、許家窯遺跡で発見された推定死亡年齢6歳半(2377±47日)の子供の歯を分析し、現代人(Homo sapiens)やネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と比較しました。許家窯遺跡の子供の年代は、224000〜161000年前もしくは125000〜104000年前と推定されています。許家窯遺跡では複数のホモ属遺骸が発見されており、その歯に関しては祖先的特徴と派生的特徴とが指摘されています(関連記事)。ただ、許家窯人の頭蓋骨の形態や薄さ、また大きな歯など多くの特徴は現代人的ではありません。

 現代人は霊長類の中でも遅い生活史を有し、歯の発達も遅くなっています。これは、子供期、つまり親をはじめとして養育者への依存期間が長いことを意味します。現代人に見られるこの生活史の遅さは、巨大な脳など現代人の重要な特徴と深く関わっている、と考えられます。このような生活史の遅さが人類進化史においていつ確立したのか、議論が続いています。エレクトス(Homo erectus)のような初期ホモ属は現代人より速く、ネアンデルタール人はその中間との見解(関連記事)は今でも有力だと思います。一方、ネアンデルタール人と現代人の成長速度はさほど変わらない、との見解も提示されています(関連記事)。

 本論文はX線顕微鏡を用いて子供の許家窯人の歯の成長と発達を定量化し、現代人やネアンデルタール人と比較しました。子供の許家窯人の歯は、歯冠形成期間の延長や最初の臼歯の萌芽の遅れといった歯の成長と発達パターンのほとんどの側面において、現代人の範囲内に収まります。異なるのは、子供の許家窯人の歯根の成長速度が現代人よりも速いことです。本論文は、許家窯人が現代人と同じく遅い生活史を有していた可能性を指摘していますが、本論文の共著者の一人であるグアテリ-スタインバーグ(Debbie Guatelli-Steinberg)氏は、子供期でも後期にどのような成長パターンだったかは不明だ、と慎重な姿勢を示しています。

 現代人と同じような歯の成長・発達パターンは許家窯人が最古の事例となり、形態学的にほぼ完全な現生人類(Homo sapiens)の出現するずっと前に、東アジア北部で現代人的な歯の成長・発達パターンが出現したことになります。許家窯人は、歯冠と歯根のサイズから、デニソワ人である可能性も指摘されています。現生人類の形成過程はたいへん複雑だったと考えられますが、現時点で有力なのは、現代人の派生的な形態学的特徴がアフリカ各地で異なる年代・場所・集団に出現し、比較的孤立していた複数集団間の交雑も含まれる複雑な移住・交流により現生人類が形成された、との「アフリカ多地域進化説」だと思います(関連記事)。

 このアフリカ多地域進化説では、現代人の変異内に収まるような形態の組み合わせの出現は10万年前頃以降と想定され、それまでは部分的に現代人的な形態を有する複数の地域集団が共存していた、と考えられます。すでに194000〜177000年前頃にはレヴァントに(関連記事)、12万〜8万年前頃には東アジア南部に(関連記事)現代人的な特徴を有するホモ属が出現しており、10万年以上前に現代人的な特徴を有するホモ属が東アジア北部まで拡散していても不思議ではない、と思います。

 許家窯人は、そうしたアフリカから拡散してきた現代人的な特徴を有するホモ属かもしれませんし、アフリカ起源の現代人的な特徴を有するホモ属と在来のホモ属との交雑集団かもしれません。その在来のホモ属がデニソワ人である可能性も考えられます。後期ホモ属の進化はかなり複雑だったようで、今後、アフリカの特定の地域が起源の現生人類集団が6万〜5万年前頃にアフリカからユーラシアに拡散して、ネアンデルタール人など先住のホモ属を絶滅に追いやった、というような単純明快な説明が復活する可能性は低いのではないか、と思います。


参考文献:
Xing S. et al.(2018): First systematic assessment of dental growth and development in an archaic hominin (genus, Homo) from East Asia. Science Advances, 5, 1, eaau0930.
https://doi.org/10.1126/sciadv.aau0930
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未知のホモ属と現生人類との交雑

2019/01/17 18:52
 遺伝学的に未知のホモ属と現生人類(Homo sapiens)との交雑に関する研究(Mondal et al., 2019)が報道されました。ゲノム解析では、現代人の最も深い分岐の年代は35万〜26万年前頃と推定されています(関連記事)。出アフリカを果たした非アフリカ系現代人は全員、似たような割合でネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)由来と推定されるゲノム領域を有しています(関連記事)。そのため、非アフリカ系現代人の共通祖先集団がネアンデルタール人と交雑した、と推測されています。種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)の遺伝的影響は、オセアニア系、とくにパプア人でとくに高く、東アジア系では多少見られるものの、西ユーラシア系やアフリカ系ではほとんど見られません(関連記事)。その他にも、アフリカにおける現生人類と遺伝学的に未知の(おそらくは)ホモ属との交雑の可能性(関連記事)などが指摘されていますが、まだ確定したとは言えない状況です。

 上述したように、非アフリカ系現代は全員、似たような割合でネアンデルタール人由来と推定されるゲノム領域を有していますが、より詳しく見ていくと、ヨーロッパ系も含む西ユーラシア系よりも、東アジア系の方がその割合は有意に高いと明らかになり、その割合は最近では、西ユーラシア系は1.8〜2.4%、東アジア系は2.3〜2.6%と推定されています(関連記事)。これに関しては、ヨーロッパ系現代人の祖先集団が、まだ遺骸の確認されていない仮定的な存在(ゴースト集団)で、ネアンデルタール人の遺伝的影響をほとんど受けていなかったと推測される「基底部ユーラシア人」と交雑したため、東アジア系現代人よりもネアンデルタール人の遺伝的影響が低くなった、との見解(希釈仮説)も提示されています(関連記事)。一方、ネアンデルタール人がヨーロッパ系現代人および東アジア系現代人双方の祖先集団と複数回交雑した、との見解も提示されています(関連記事)。また、現代人におけるデニソワ人の遺伝的影響に関しても、東アジア系現代人の祖先集団が、オセアニア系現代人の祖先集団が交雑したデニソワ人集団とは異なるデニソワ人集団と交雑した、との見解も提示されています(関連記事)。

 このように、現生人類とネアンデルタール人やデニソワ人など他系統のホモ属との交雑はかなり複雑だった、と推測されます。そのため、さまざまなモデルの検証が必要となるわけですが、本論文は、じゅうらいの手法ではそうした複雑な状況を的確に検証ではきないとして、深層学習(ディープラーニング)も用いてさまざまなモデルを評価しています。本論文は、更新世のホモ属の交雑について、8通りのモデルを検証しています。たとえば、上述した、ヨーロッパ系現代人の祖先集団は「基底部ユーラシア人」と交雑したため、東アジア系現代人よりもネアンデルタール人の遺伝的影響が低くなった、といった仮説です。

 それらのモデルの中で最も可能性が高いと判断されたのは、ネアンデルタール人とデニソワ人の混合集団が、東アジア・アンダマン諸島・南アジア・パプア・オーストラリア先住民の共通祖先集団(EAIPA)と交雑した、というモデルHです。ただ、ネアンデルタール人よりもややデニソワ人の方の影響が大きい、と推定されます。Hよりやや可能性が低いのは、デニソワ人の近縁系統(ネアンデルタール人系統とデニソワ人系統が分岐した後、デニソワ人系統と分岐した系統)がEAIPAと交雑した、というモデルFです。いずれも遺伝学的に未知の「ゴースト集団」と言えるでしょう。一方、それらに続いて可能性の高い、ネアンデルタール人が非アフリカ系現代人の共通祖先集団と交雑した後、EAIPAと交雑した、というモデルEは、Hよりずっと可能性が低い、と判断されました。

 モデルHおよびFは、東アジア系現代人においてネアンデルタール人の遺伝的影響がヨーロッパ系現代人よりも高く、東アジア系現代人の祖先集団が、オセアニア系現代人の祖先集団が交雑したデニソワ人集団とは異なるデニソワ人集団と交雑した、と推定されているような、上述した複雑な状況をじゅうらいの諸説よりも整合的に説明できる、と本論文は指摘します。モデルHおよびFは「基底部ユーラシア人」との交雑による「希釈仮説」を否定するわけではありませんが、東アジア系現代人と比較してのヨーロッパ系現代人におけるネアンデルタール人の遺伝的影響の低さは、モデルHおよびFにより少なくとも部分的には説明できる、と本論文は指摘します。本論文の手法の改善により、後期ホモ属における交雑の検証が今後さらに進展するのではないか、と期待されます。後期ホモ属の系統関係と交雑については昨年(2018年)3月にまとめましたが(関連記事)、近いうちに大きく修正せざるを得ないでしょう。もっとも、すでに現時点でもかなりの修正が必要ですが。


参考文献:
Mondal M, Bertranpetit J, and Lao O.(2019): Approximate Bayesian computation with deep learning supports a third archaic introgression in Asia and Oceania. Nature Communications, 10, 246.
https://doi.org/10.1038/s41467-018-08089-7
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円口類の内耳の発生と脊椎動物の半規管の進化

2019/01/17 16:10
 円口類の内耳の発生と脊椎動物の半規管の進化に関する研究(Higuchi et al., 2019)が公表されました。脊椎動物学の全ての教科書には、「顎口類(ヒトを含む有顎脊椎動物)は左右それぞれの内耳に、ピッチ、ロール、ヨーといった回転運動を検知するのに最適化された、三半規管を持つ」と書かれています。一方、内耳の構造が知られている顎を持たない魚類の化石には半規管が2つしかなく、これは一般に、同じく無顎の魚類である現生のヤツメウナギにも当てはまると考えられています。しかし、同じ無顎類に属するヌタウナギは、半規管を1つしか持っていません。こうした違いはこれまで、ヤツメウナギが進化的にヌタウナギよりも顎口類に近い場所に位置づけられる根拠として用いられてきました。

 しかし近年、ヤツメウナギとヌタウナギは円口類という1つの自然分類群を形成し、ヌタウナギに見られる祖先的と考えられてきた多くの形質は二次的に派生したものである、という見方が復活しています。この研究は、ヤツメウナギとヌタウナギの発生の分析から、ヌタウナギとヤツメウナギの近縁性を示す新たな証拠を示しました。ヤツメウナギには、半規管が2つではなく1つしかないことが明らかになったものの、膨大部稜として知られる感覚器官は2つ発生するように見受けられました。顎口類では、これら2つの膨大部稜が三半規管のうち2つの半規管の基礎となっており、ヌタウナギにおける膨大部稜の数の減少は二次的な変化と見られます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


発生生物学:円口類の内耳の発生と脊椎動物の半規管の進化

発生生物学:ヤツメウナギの耳の中

 脊椎動物学の全ての教科書には、「顎口類(すなわち、ヒトを含む有顎脊椎動物)は左右それぞれの内耳に、ピッチ、ロール、ヨーといった回転運動を検知するのに最適化された、三半規管を持つ」と書かれている。一方、内耳の構造が知られている顎を持たない魚類の化石には半規管が2つしかなく、これは一般に、同じく無顎の魚類である現生のヤツメウナギにも当てはまると考えられている。しかし、同じ無顎類に属するヌタウナギは、半規管を1つしか持たない。こうした違いはこれまで、ヤツメウナギが進化的にヌタウナギよりも顎口類に近い場所に位置付けられることの根拠として用いられてきた。ところが近年、ヤツメウナギとヌタウナギは円口類という1つの自然分類群を形成し、ヌタウナギに見られる原始的と考えられてきた多くの形質は二次的に派生したものであるという見方が復活している。今回、こうしたヌタウナギとヤツメウナギの近縁性を示す新たな証拠が、倉谷滋(理化学研究所)たちによるヤツメウナギとヌタウナギの発生研究によって示された。ヤツメウナギには、半規管が2つではなく1つしかないことが明らかになったものの、膨大部稜として知られる感覚器官は2つ発生するように見受けられた。顎口類では、これら2つの膨大部稜が三半規管のうち2つの半規管の基礎となっており、ヌタウナギにおける膨大部稜の数の減少は二次的な変化と見られる。



参考文献:
Higuchi S. et al.(2019): Inner ear development in cyclostomes and evolution of the vertebrate semicircular canals. Nature, 565, 7739, 347–350.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0782-y
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初期四肢類の歩行(追記有)

2019/01/17 16:07
 初期四肢類の歩行に関する研究(Nyakatura et al., 2019)が公表されました。四肢類(四足の動物)が水中での生活から陸上での歩行に踏み出した時、さまざまな適応が後押しをしました。四肢類に属する羊膜類は、急速に多様化し、より効率の良い直立歩行の発達と関連づけられてきました。しかし、化石に保存されている情報量は少ないことが多く、高度な移動運動が発達した時期は明確になっていませんでした。この研究は、約2億9000万年前に生息しており、羊膜類の近縁種だと考えられている大型の草食四足動物(Orobates pabsti)の化石を調べ、それに対応する連続した足跡化石を照合して、動作と歩様に関する知見を得ました。

 この研究は、それを現生の両生類種と爬虫類計4種の測定結果と組み合わせることで、初期大型草食四足動物のデジタル復元を行ない、「OroBOT」と命名されたロボットシミュレーションを構築し、用いて歩行様式に関する仮説の妥当性と有効性を調べました。その結果、初期大型草食四足動物が、羊膜類以外の四肢類と通常関連づけられてきた歩行よりも直立に近く、バランスが取れており、機械的に省力化された姿勢で歩行できた可能性がひじょうに高い、と明らかになりました。この研究は、高度な移動運動様式がこれまで考えられていたよりも早い時点で発達し、羊膜類の多様化に先行した、と考えています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


【化石】四肢類が高度な歩行をし始めた時を再現するロボット

 先史時代の四肢類(四足の動物)は、これまで考えられていたよりも早くから陸上で効率よく歩行する術を身に付けていたことが、ロボット工学と模擬骨格による知見から示されたことを報告する論文が、今週掲載される。この知見は、陸上での効率的な移動運動が発達してから羊膜類(爬虫類、鳥類、哺乳類)の進化と多様化が起こったことを示唆している。

 四肢類が水中での生活から陸上での歩行に踏み出した時、さまざまな適応が後押しをした。四肢類に属する羊膜類は、急速に多様化し、より効率の良い直立歩行の発達と関連付けられてきた。しかし、高度な移動運動が発達した時期は明確になっていなかった。

 今回、John Nyakatura、Kamilo Meloたちの研究グループは、Orobates pabstiの化石を調べた。Orobatesは、約2億9000万年前に生息していた大型の草食四足動物で、羊膜類の近縁種だと考えられている。Orobatesの化石とそれに対応する足跡化石の照合が行われ、Orobatesの動作と歩様に関する知見が得られた。著者たちは、このOrobatesの化石と足跡の分析結果を現生の両生類種と爬虫類種(計4種)の測定結果と組み合わせることで、Orobatesのデジタル復元を行い、ロボットシミュレーション(「OroBOT」と命名)を構築し、これを用いて歩行様式に関する仮説の妥当性と有効性を調べた。

 著者たちはその結果、Orobatesが、羊膜類以外の四肢類と通常関連付けられてきた歩行よりも直立に近い姿勢で歩行できた可能性が非常に高いことを明らかにした。従って、高度な移動運動様式は、これまで考えられていたよりも早い時点で発達したと、著者たちは考えている。


バイオメカニクス:羊膜類のステムグループに属する種のロコモーションのリバースエンジニアリング

Cover Story:ロボット古生物学:羊膜類化石のロボットモデルが示唆する初期の四肢類の歩行様式

 四肢を持つ脊椎動物が初めて陸に上がったときに、その歩様が具体的にどのように進化したのかを解明するのは、化石に保存されている情報量が少ないことが多いために困難である。今回J Nyakaturaたちは、羊膜類のステムグループの一種であるOrobates pabstiの推定される歩行様式を、リバースエンジニアリングで再構築した結果を報告している。今回Orobatesが選ばれたのは、全身の完全な化石が、歩行の際に足が置かれた場所を捉えた行跡(連続した足跡)の化石とともに保存されているためである。著者たちは、Orobatesと行跡の化石をデジタル化して、運動学的シミュレーションと動的シミュレーションを行い、妥当と思われる歩様を特定した。次に、この結果を、Orobatesの実用模型を作って検証した。その結果、Orobatesのロコモーションは、初期の四肢類にこれまで想定されていたものと比べて、より直立的でバランスの取れた、機械的に省力化された高度なものであったことが示された。これは、高度なロコモーションが羊膜類の多様化に先行した可能性を示唆している。



参考文献:
Nyakatura JA. et al.(2019): Reverse-engineering the locomotion of a stem amniote. Nature, 565, 7739, 351–355.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0851-2


追記(2019年1月19日)
 ナショナルジオグラフィックでも報道されました。
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横綱の稀勢の里関が引退表明(追記有)

2019/01/16 14:56
 大相撲初場所で初日から3連敗の横綱の稀勢の里関が、4日目を迎えた今日、引退を表明しました。引退が遅すぎと考えている人は私も含めて少なくないでしょう。稀勢の里関は、横綱昇進後初めて迎えた一昨年(2017年)年春場所で優勝して以降、先場所までの10場所で勝ち越したのは昨年秋場所だけで(10勝)、途中休場が5場所、全休が4場所と横綱としては惨憺たる成績でした。こんな惨状でも横綱審議委員会からは引退勧告がなく、悪例を残しただけとなりました。白鵬関と鶴竜関の両横綱にも、少々休場しても構わないだろう、と開き直っているところが窺えます。じっさい、相撲協会は稀勢の里関にこれだけ甘い態度を示した以上、白鵬関と鶴竜関に関してはある程度の休場を認めねばならない、と思います。

 相撲協会(横綱審議委員会も含めて)がこれだけ稀勢の里関に甘かったのは、稀勢の里関が「日本人」力士として最強で、多くの相撲愛好者が稀勢の里関を応援し続けたからでしょう。確かに、稀勢の里関は近年では最も客を呼べる力士だったと思います。そうした状況ゆえに、NHKを代表に相撲を報道する主要マスメディアは公然と稀勢の里関を贔屓し続け、それが相撲愛好者の稀勢の里関への応援をさらに促進したように思います。稀勢の里関が甘い基準で横綱に昇進したのも、相撲協会・マスメディア・相撲愛好者が相互に稀勢の里関贔屓を過熱させてしまった結果だと思います。

 私はこの状況に以前から不満を抱いていたので、稀勢の里関を甘い基準で横綱に昇進させることにはずっと反対でした(関連記事)。双羽黒(北尾)関の廃業以降、大関で2場所連続優勝が事実上横綱昇進の条件だったにもかかわらず、稀勢の里関は12勝3敗の「準優勝」→14勝1敗の優勝で横綱に昇進しました。私はこの昇進に反対だったのですが(関連記事)、稀勢の里関の前に横綱に昇進した鶴竜関は大関で2場所連続優勝の条件を満たしていなかったので、稀勢の里関の横綱昇進が30年近く続いた慣例を破った、というわけではありません。

 しかし、そもそも鶴竜関の横綱昇進自体が、稀勢の里関を横綱に昇進させようとして相撲協会が横綱昇進基準を下げた結果のことでした。これにたいして白鵬関は内心かなり不満だったと私は推測しているのですが、訴えられて無罪を勝ち取れるほどの確かな証拠を提示できるわけでもないので、省略します。それはともかく、鶴竜関が14勝1優勝同点→14勝1優勝で横綱昇進を決めたのと比較すると、稀勢の里関は上述のように12勝3敗の「準優勝」→14勝1敗の優勝での横綱昇進ですから、30年近い慣例と比較して甘めな鶴竜関よりもさらに甘い基準での昇進でした。しかも、12勝3敗の「準優勝」とはいっても星二つの差です。せめてその前の場所で優勝していればまだ理解できますが、10勝5敗でした。

 これは、興行上「日本人」横綱が必要だとして、稀勢の里関に甘い態度を示し続けてきた相撲協会の責任ですが、上述したように、相撲愛好者とマスメディアの責任も大きいと思います。相撲協会および横綱審議委員会は今後、横綱の昇進基準を見直して厳しくし、休場を続ける横綱にたいしてもっと毅然とした態度を示さねばならないでしょう。率直に言って稀勢の里関の引退までの経緯は、年6場所制以降の横綱では、双羽黒関の件と匹敵するかそれ以上の汚点になってしまったと思います。

 当ブログの過去記事の引用にさいして読み返してみましたが、第三者から見れば、私は稀勢の里関のアンチに他ならないでしょう。率直に言って、稀勢の里関は好みの力士ではなかったので、実力以上に贔屓されていることが気に入らず、必要以上に批判してしまったところはあるかもしれません。しかし、腰高で相撲が上手いわけでも速いわけでもなく、力があるとはいっても曙関や武蔵丸関や把瑠都関ほどではなくて、重圧にたいへん弱く、不愛想で、千代の富士関や霧島関のように二枚目でもない稀勢の里関が、「日本人」力士として最強という理由(それ以外の理由も多少あるでしょうが)で相撲協会・相撲愛好者・マスメディアから贔屓され続けてきたのは、やはり健全とは言えないと思います。

 稀勢の里関の引退により、上位は横綱2人・大関3人となりました。大関の高安関を除く4人は30代で、加齢による疲労蓄積と衰えがあるのでしょうが、今場所の上位陣の成績は惨憺たるものです。稀勢の里関も含めると、3日目までの横綱・大関陣の成績は合計5勝13敗で、白鵬関を除くと2勝13敗となります。場所前に栃ノ心関が太股を痛めたり、高安関がインフルエンザにかかったりといった事情はあるにしても、今後が不安になります。大関に近い力士となると、すでに優勝経験のある御嶽海関と貴景勝関でしょうが、御嶽海関には不安定なところがありますし、貴景勝関は基本が押し相撲ですから、横綱に昇進して相応しい成績を残せるかとなると、疑問も残ります。鶴竜関も限界に近づきつつあるように思われるので、かなり力が衰えてきたようだとはいえ、やはり白鵬関にもうしばらく頑張ってもらわねばならないのでしょうか。当分は、白鵬関が大怪我をしないよう、祈るしかなさそうです。


追記(2019年1月16日)
 稀勢の里関の引退の原因となった、一昨年春場所13日目の日馬富士関との対戦での負傷は確かに不幸で、これがなければ、鶴竜関と同等以上の成績を残していた可能性は低くないと思います。まあ、鶴竜関も横綱としては水準以下だと思いますが。また、稀勢の里関も自身への相撲協会・相撲愛好者・マスメディアの期待はよく理解していたでしょうから、それが稀勢の里関を追い込んだ、という側面は多分にあります。また、それまでほとんど休場を経験していなかったことも、どう対処すべきかの経験の少なさという点で、不運と言えるかもしれません。おそらく稀勢の里関が絶対服従していただろう先代の鳴戸親方(横綱の隆の里関)が定年前に急死し、自分より現役時代の実績がずっと劣る田子ノ浦親方(隆の鶴関)が師匠となったことも、不運だったと言えるかもしれません。

 しかし、状態を見極めずに強引に出場しては途中休場を繰り返したことに関しては、稀勢の里関が責任を負うべきであり、そのように意固地になってしまうあたりも、横綱の器ではなかった、と思います。しかし、ともかく稀勢の里関は横綱を務めて、横綱在位中に1回優勝しています。曙関以降、今場所の前までに引退した6人の横綱のうち5人が、定年よりもずっと前に相撲協会を退職しています。稀勢の里関が優れた指導者になれるとはとても思えませんが、ともかく横綱だったのですから、何とか定年まで相撲協会に在籍してもらいたいものです。
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平安時代に関する記事のまとめ

2019/01/15 15:20
 平安時代に関する当ブログの記事もそれなりの本数になったので、一度まとめておきます。今後、平安時代に関する記事を掲載した場合、追記していきます。


川尻秋生『日本の歴史第4巻 揺れ動く貴族社会』(2008年3月刊行)
https://sicambre.at.webry.info/200804/article_1.html

東野治之『遣唐使』(岩波書店、2007年)
https://sicambre.at.webry.info/200808/article_1.html

田中史生『越境の古代史』
https://sicambre.at.webry.info/200905/article_14.html

川尻秋生『戦争の日本史4 平将門の乱』第3刷
https://sicambre.at.webry.info/200909/article_11.html

野口実『伝説の将軍藤原秀郷』第2刷
https://sicambre.at.webry.info/200910/article_22.html

川尻秋生編『歴史と古典 将門記を読む』
https://sicambre.at.webry.info/201011/article_3.html

愛国先生の平安時代論
https://sicambre.at.webry.info/201101/article_13.html

佐々木恵介『天皇の歴史03 天皇と摂政・関白』
https://sicambre.at.webry.info/201103/article_1.html

森公章『古代豪族と武士の誕生』
https://sicambre.at.webry.info/201301/article_22.html

荒木敏夫『古代天皇家の婚姻戦略』
https://sicambre.at.webry.info/201302/article_20.html

愛国先生の新平安時代論
https://sicambre.at.webry.info/201305/article_9.html

倉本一宏『藤原道長の日常生活』
https://sicambre.at.webry.info/201305/article_13.html

『週刊新発見!日本の歴史』第13号「平安時代1 平安遷都の構想力」
https://sicambre.at.webry.info/201309/article_19.html

『週刊新発見!日本の歴史』第14号「平安時代2 平安仏教と王権の変容」
https://sicambre.at.webry.info/201309/article_28.html

『週刊新発見!日本の歴史』第15号「平安時代3 天皇と貴族の24時間365日」
https://sicambre.at.webry.info/201310/article_2.html

『週刊新発見!日本の歴史』第16号「平安時代4 摂関政治の絶頂と転機」
https://sicambre.at.webry.info/201310/article_9.html

『週刊新発見!日本の歴史』第17号「平安時代5 院政期を彩った人々」
https://sicambre.at.webry.info/201310/article_16.html

『週刊新発見!日本の歴史』第18号「平安時代6 平氏政権の可能性」
https://sicambre.at.webry.info/201310/article_23.html

佐々木恵介『日本古代の歴史4 平安京の時代』
https://sicambre.at.webry.info/201402/article_25.html

廣瀬憲雄『古代日本外交史』
https://sicambre.at.webry.info/201404/article_26.html

今正秀『敗者の日本史3 摂関政治と菅原道真』
https://sicambre.at.webry.info/201405/article_4.html

荒木敏夫『敗者の日本史4 古代日本の勝者と敗者』
https://sicambre.at.webry.info/201411/article_2.html

山田雄司『怨霊とは何か 菅原道真・平将門・崇徳院』
https://sicambre.at.webry.info/201411/article_5.html

倉本一宏『平安朝 皇位継承の闇』
https://sicambre.at.webry.info/201503/article_1.html

戸川点『平安時代の死刑 なぜ避けられたのか』
https://sicambre.at.webry.info/201504/article_5.html

倉本一宏『蘇我氏 古代豪族の興亡』
https://sicambre.at.webry.info/201601/article_6.html

坂上康俊『日本古代の歴史5 摂関政治と地方社会』
https://sicambre.at.webry.info/201601/article_17.html

遠藤慶太『六国史 日本書紀に始まる古代の「正史」』
https://sicambre.at.webry.info/201604/article_6.html

田中史生『国際交易の古代列島』
https://sicambre.at.webry.info/201604/article_17.html

鈴木拓也『戦争の日本史3 蝦夷と東北戦争』
https://sicambre.at.webry.info/201605/article_6.html

五味文彦『シリーズ日本中世史1 中世社会の始まり』
https://sicambre.at.webry.info/201608/article_19.html

美川圭『日本史リブレット人021 後三条天皇 中世の基礎を築いた君主』
https://sicambre.at.webry.info/201611/article_27.html

倉本一宏『戦争の日本古代史 好太王碑、白村江から刀伊の入寇まで』
https://sicambre.at.webry.info/201711/article_5.html

佐藤信編『古代史講義 邪馬台国から平安時代まで』
https://sicambre.at.webry.info/201802/article_21.html

倉本一宏『藤原氏―権力中枢の一族』
https://sicambre.at.webry.info/201803/article_4.html

佐藤弘夫『「神国」日本 記紀から中世、そしてナショナリズムへ』(前編)
https://sicambre.at.webry.info/201808/article_51.html

橋昌明『武士の日本史』
https://sicambre.at.webry.info/201809/article_2.html

中公新書編集部編『日本史の論点 邪馬台国から象徴天皇制まで』
https://sicambre.at.webry.info/201809/article_35.html

美川圭『公卿会議 論戦する宮廷貴族たち』
https://sicambre.at.webry.info/201811/article_30.html

百田尚樹『日本国紀』(前編)
https://sicambre.at.webry.info/201811/article_23.html

桃崎有一郎『武士の起源を解きあかす 混血する古代、創発する中世』
https://sicambre.at.webry.info/201812/article_2.html

文藝春秋編『日本史の新常識』
https://sicambre.at.webry.info/201812/article_22.html

倉本一宏『内戦の日本古代史 邪馬台国から武士の誕生まで』
https://sicambre.at.webry.info/201901/article_7.html
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DNAの二重螺旋構造解明のワトソン氏が人種差別発言で名誉職剥奪

2019/01/14 15:06
 DNAの二重螺旋構造を解明したことで有名な、生きる伝説とも言えるワトソン(James Dewey Watson)氏が、人種差別的な発言を繰り返したとして、かつて自身が所長を務めていた、アメリカ合衆国のコールド・スプリング・ハーバー研究所(CSHL)の名誉職をはく奪された、と報道されました。ワトソン氏は、「白人と黒人の知能検査では、遺伝子に起因する知性の差が出る」と発言したそうです。報道にあるように、ワトソン氏のこうした発言は以前からのもので、とくに驚きませんでした。

 ただ、任意に設定した2集団間に遺伝的構成の違いがあるのは当然なので、「黒人」と「白人」との間に「遺伝子に起因する知性の差」があったとしても不思議ではありません。問題となるのは、集団の設定・比較にどれだけ妥当性があるのか、知性はどう定義・測定され得るのか、ということです。まず、「黒人」と「白人」との対比自体が不適切です。遺伝的には、「黒人」はきわめて多様な集団なのにたいして、「白人」の遺伝的多様性は乏しく、いわば「黒人」の多様な系統のうちの1系統と比較的近い世代で祖先を共有しているにすぎないからです。「黄色人種」に関しても、「白人」と同様のことが当てはまります。「黒人」を「白人」と比較するのは、爬虫類と鳥類を対等な分類群として比較するようなものです。

 次に、「知性」は表現型の一部であり、当然のことながら遺伝的基盤があります。したがって、任意に設定した複数集団間に「遺伝子に起因する知性の差」があるのは当然なのですが、表現型とは遺伝子と環境の相互作用により発現するものであり、環境要因をとても無視できない、ということです。さらに、「知性」の定義も問題となります。たとえば、対人関係や意思伝達に関わる能力と博物的知能とでは、共通する遺伝的基盤はもちろんあるでしょうが、異なるものも少なくない、と予想されます。「知性」も無数に設定し得るものであり(関連記事)、その測定にかなり恣意的な側面が入り込むのはとても否定できないでしょう。

 何よりも、多くの表現型は集団間の差異よりも集団内の個体差の方がはるかに大きいので、「黒人」だから特定の分野で優秀とか劣っているとか判断できません。多くの表現型で重要なのは、集団間の差異よりも個体差の方です(能力・成績なども含めて特定の表現型に基づいて各集団を選抜するような事例は除外します)。その意味でも、特定の集団を一律にある別の集団よりも優れているとか劣っているとか断定することは大問題です。そもそも、「科学的知見」以前に、個人と人権の尊重といった近代の理念から言って、論外となるわけですが。

 ただ、「人種」の生物学的定義は困難だとしても、通俗的観念ではしばしば「人種」と結びつけられるような地域集団間において、表現型に有意な差があることも否定してはならないでしょう。遺伝学の分野でも、ライク(David Reich)氏は著書にて、人類集団間において実質的な遺伝学的差異があるのに、「正統派的学説」の立場から、それを無視したり、研究を抑制したりするようなことが続けば、集団間の実質的な遺伝学的差異の確たる証拠を提示された時に右往左往して対処できなくなるし、また抑圧により生じた空白を似非科学が埋めることになり、かえって悪い結果を招来するだろう、と懸念を表明しています(関連記事)。私もライク氏の懸念に同意します。

 これは性別についても同様で、男女には本質的な違いはないとか、性別を重視すること自体が社会的に構築されたものだとか、性別自体が生物学的に否定されているとかいった「社会正義の活動家」の主張には大いに疑問が残り、そうした主張を批判する生物学者のライト(Colin Wright)氏の見解に同意します(関連記事)。
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「航空会社の飲酒問題」で見えたアルコールに寛容すぎる日本社会の罪

2019/01/14 15:02
 表題の記事を読みました。「そもそも日本社会全体がアルコールには寛容すぎて、問題の認識が非常に甘い」との指摘には大いに同感です。「二日酔いで仕事にならなかったとか、酒で失敗をしたとか、武勇伝のように吹聴したり、笑い話にしたりすることは、日常的な光景である」との指摘はもっともです。飲酒のうえでの発言なので許してもらいたい、と言わんばかりのふざけた発言は、ネット上だけではなく、書籍でも見かけることがあります(関連記事)。

 私は昔から酒が心底嫌いなので(煙草もパチンコも)、酒を飲みたいとは全く思いません。酒には本当に迷惑をかけられ続けてきました。近年では、心底嫌いを通り越して激しい憎悪を抱く水準にまでなっているので、飲酒や飲酒に寛容な雰囲気にはつい厳しい視線を向けてしまいます。大麻が禁止なら酒も煙草も禁止すべきだ、とさえ思ってしまいます。まあそれでも、酒類の経済規模からして、残念ながら日本国内で禁酒令を施行するのはとても無理だろう、ということくらいは理解しています。こんなことを言う自分がきわめて偏屈な人間であることは自覚しており、これも当ブログがほぼ毎日12年以上更新しても過疎のままである一因にもなっているのでしょう。まあそれよりも、面白い情報や有益な独自情報を提供できていないことがずっと大きいのでしょうが。
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人類の社会構造と近親婚

2019/01/14 10:41
 人類の社会構造が元々は父系的だったのか母系的だったのか、という問題について、私は以前より高い関心を抱いていたので、当ブログでも何度か取り上げてきました。この問題については、唯物史観の影響により現在でも、人類の「原始社会」は母系制だった、との観念が一般層でも根強いように思われます(関連記事)。もっとも、より詳しくは、唯物史観が「原始社会」母系制説を採用した、と言うべきでしょうが。私は以前より、更新世の人類社会が母系制だったのか、疑問を抱いてきましたが(関連記事)、最近では、人類社会は元々母系的ではなかった、との確信がますます強くなっています(関連記事)。

 「遅れた(未開な)」母系制社会から「社会の進歩」に伴い父系制社会に移行した、といった観念は、偏見・差別を助長するものだと思います。もちろん、それがかなりの程度妥当であれば広く認知されるべきでしょうが、少なくとも現時点では根拠薄弱で妥当性が低いのだとしたら、人類の「原始社会」は母系制だった、との見解がある程度以上受け入れられている状況は改善されるべきでしょう。これは唯物史観の悪影響の一例だと思います。唯物史観は今では否定・克服されたとして、その影響力を過大視することに否定的な人は少なくないかもしれませんが、呉座勇一『戦争の日本中世史 「下剋上」は本当にあったのか』(関連記事)で指摘されているように、人々は今でも無意識のうちに唯物史観(階級闘争史観)に拘束されており、克服されたとの認識により、かえって唯物史観の影響に気づきにくくなっているのかもしれません。

 この問題についてまず参考になるのは、きわめて多様な社会を構築する現代人(Homo sapiens)をのぞいて、現生類人猿系統の社会はすべて父系的もしくは非母系的である、ということです(関連記事)。また、現代人の直接の祖先ではなさそうで、お互いに祖先-子孫関係ではなさそうな、アウストラロピテクス・アフリカヌス(Australopithecus africanus)およびパラントロプス・ロブストス(Paranthropus robustus)とイベリア半島北部の49000年前頃のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)について、前者は雄よりも雌の方が移動範囲は広く(関連記事)、後者は夫居制的婚姻行動の可能性が指摘されていることからも(関連記事)、人類系統の社会は他の現生類人猿系統と同様に元々は父系的だった、と考えるのが節約的だと思います。

 ただ、これまでの当ブログの記事で単純化しすぎたと反省しているのは、人類系統において少なくとも現代人は、他の霊長類とは異なり、所属集団を変えても元の集団への帰属意識を持ち続け、そうした特徴が人類社会を重層的に組織化した、との観点(関連記事)を軽視していたことです。この柔軟性により、現生人類(Homo sapiens)は世界中に拡散し、大型動物としては異例なほど多くの個体数にまで拡大できたのではないか、と思います。この柔軟性が、現代人において、父系的な社会を基本としつつも、母系的な社会も構築させた要因なのだと思います。9世紀〜12世紀にかけて、北アメリカ大陸では支配層の母系継承も見られました(関連記事)。

 こうした柔軟性は現代人系統のいずれかの時点で獲得されたものでしょうが、それはある程度段階的なものだったでしょうし、そもそも霊長類、その中でも現代人も含まれる類人猿系統はとくに柔軟な行動を示します(関連記事)。これが現代人の柔軟性の基盤となっているのでしょうが、現代人系統では類人猿系統の中でもとりわけ、この柔軟性が発達したのだと思います。そうした柔軟性が現生人類出現以降のことなのか、それとも現生人類とネアンデルタール人の最終共通祖先の時点でかなりの程度備わっていたのか、現時点では明確にできません。

 この問題で参考になりそうなのは、近親婚(近親交配、近親相姦)です。霊長類には、絶対的というほど強くないとはいえ、近親相姦回避の生得的な仕組みが備わっており、現代人も同様だと考えられます(関連記事)。これは、血縁関係ではなく育児というか共に生活して育つことで発動されます。現代人を除く類人猿系統はすべて、父系もしくは非母系社会を形成するので、雌が出生集団を離れていくことで、さらに近親相姦の可能性が低下します。上述したアウストラロピテクス属やパラントロプス属やネアンデルタール人の事例からは、人類系統においても、雌が出生集団を離れていくことで、さらに近親相姦の可能性を低下させていた、と推測されます。

 しかし、現生人類社会においてしばしば近親婚が見られることは、歴史学などでも確認されています。近親婚が行なわれる理由としては、人口密度が希薄で、交通手段の未発達やそれとも関連した1世代での活動範囲の狭さなどによる、他集団との接触機会の少なさが考えられます。その他の理由としては、何らかの閉鎖性が考えられます。それは宗教的だったり社会身分的なものだったりするのでしょうが、高貴性と財産の保持という観点からの、古代エジプトや古代日本の王族の事例がよく該当すると言えそうです。また、更新世よりもずっと人口密度が高く、他地域よりもむしろ移住が活発で、交通手段も発達していたのに、アラブ地域やイランのように、王族のような最上級の階層に限らず、広範に長期にわたって近親婚が推奨されてきた地域もあります(関連記事)。ローマ帝国支配下のエジプトでは、きょうだい間の結婚が社会的にも法的にも認められていたようです(関連記事)。

 こうした現生人類の柔軟性が、父系制に限定されない、多様な社会を構築する基盤になっているのだと思います。では、他の人類系統ではどうなのかというと、南シベリアのアルタイ地域のデニソワ洞窟(Denisova Cave)のネアンデルタール人個体では、自身のみならず、近い祖先の間での一般的な近親婚が推測されています(関連記事)。一方、更新世の現生人類社会では近親婚が回避されていたのではないか、と推測されています(関連記事)。そのため、近親婚の繰り返しがネアンデルタール人絶滅の要因だったのではないか、との見解も提示されています(関連記事)。しかし、クロアチアのネアンデルタール人の高品質なゲノム配列では、近親婚の痕跡は確認されませんでしたし(関連記事)、デニソワ洞窟で発見された、ネアンデルタール人と近縁で種区分未定のデニソワ人(Denisovan)についても、近い世代での近親婚の痕跡は確認されていません(関連記事)。

 更新世のホモ属においては近親婚の頻度が高かった、との推測もありますが(関連記事)、そうだとしても、基本的には近親婚を回避する傾向が強かったと推測されます。それでも、シベリアのネアンデルタール人社会において少なくとも数世代にわたって近親婚が行なわれていただろう事例は、現生人類系統ではないホモ属にも、配偶行動に関してある程度以上の柔軟性があったことを示唆します。もちろん、非現生人類ホモ属の近親婚は、宗教的あるいは社会身分的な理由ではなく、低い人口密度に起因する配偶相手の少なさが要因かもしれず、現生人類の柔軟性とは水準が異なる可能性もあります。ただ、現代人系統において、ネアンデルタール人との最終共通祖先の時点である程度以上の柔軟性が備わっており、父系制に限定されない社会が存在した可能性も無視できない、とは思います。

 唯物史観で採用された「原始乱婚説」では、人類の「原始社会」は親子きょうだいの区別なく乱婚状態だったと想定されています。しかし上述したように、人類系統にはずっと近親婚を回避する生得的な認知メカニズムが備わっていた、と考えるのが妥当で、唯物史観的な「原始乱婚説」は、現在では少なくともそのままでは通用しないと思います。近年、唯物史観的な「原始乱婚説」がフェミニストの間で評価されている、との指摘もあります。その代表作と言えるかもしれない『性の進化論』を当ブログでも取り上げましたが(関連記事1および関連記事2)、人類社会における一夫一妻を基調とする通説には問題があり、今では捨てられてしまった唯物史観的な「原始乱婚説」にも改めて採るべきところがある、といったところで、唯物史観的な「原始乱婚説」とは似て非なるものだと思います。私は、『性の進化論』の見解が妥当である可能性を全否定するわけではありませんが、きわめて低いと考えていますし、仮に同書の見解が妥当だとしても、それを唯物史観の復権と評価することは妥当ではないでしょう。やはり今でも、唯物史観の悪影響にたいする批判は必要なのだと思います。

 なお、『性の進化論』を取り上げたさいにも述べましたが、私は現代人系統がかつて乱婚社会を経験した、との見解にきわめて批判的です。同書でも、現代人系統の性的二形はアウストラロピテクス属の頃には大きく、ゴリラのようなハーレム社会を形成していた、と推測されています。一方、配偶行動とも密接に関連しているだろう発情徴候は、類人猿系統においてチンパンジー属系統においてのみ顕著に発達した可能性が高い、と推測されます(関連記事)。おそらく現代人系統は、マウンテンゴリラのような、親子・兄弟といった父系の血縁関係にある複数の雄が複数の雌と交尾相手を重複させずに共存する、家族に近い小規模な共同体から出発し、利他的傾向とコミュニケーション能力が強化されるような選択圧を受けた結果、一夫一妻傾向の家族を内包する大規模な共同体という、独特な社会を形成したのではないか、と思います(関連記事)。
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John Gribbin「人類という奇跡」

2019/01/13 10:00
 『日経サイエンス』2018年12月号の特集「新・人類学 ヒトはなぜ人間になったのか」第3部「明日の姿」に掲載された解説です。本論文は、天の川銀河では千億個の星が惑星を有しているものの、生命の誕生する条件はたいへん厳しい、と強調します。まず、重い元素がある程度以上誕生するには、宇宙誕生から数十億年以上経過する必要があります。次に、銀河中心近くでは超新星爆発やガンマ線バーストなどの生命にとって危険な事象が多く起きます。また、適度な温度と液体の水があり、生命に有害な宇宙放射線を(かなりの程度)遮る磁場の形成される惑星が必要となります。

 生命誕生にはこれらの厳しい条件が満たされねばならないので、天の川銀河に地球以外にも生命はほぼ確実に存在しているだろうとはいえ、その個数は少ないと予測されます。また、生命誕生以降も、人間の出現につながった真核生物の出現には長い時間を要し、生物の爆発的な多様化もそのずっと後なので、人間の出現はきわめて低い確率の連続の結果だ、と本論文は指摘します。天の川銀河に人間のような知的生命体が存在する可能性はほぼない、というわけです。本論文では約15億年前とされている真核生物の出現時期や、真核生物の出現と後にミトコンドリアとなった真正細菌の獲得とが混同されているのではないか、といった疑問が残りますが、この問題に関してはあまりにも不勉強なので、今後の課題とします。


参考文献:
Gribbin J. (2018)、『日経サイエンス』編集部訳「人類という奇跡」『日経サイエンス』2018年12月号P94-99



 以下、これまでに掲載した『日経サイエンス』2018年12月号の記事です。

Kevin Laland「ヒトがヒトを進化させた」
https://sicambre.at.webry.info/201901/article_15.html

Thomas Suddendorf「思考力をもたらした2つの性質」
https://sicambre.at.webry.info/201901/article_16.html

Susan Blackmore「意識を持つのは人間だけか」
https://sicambre.at.webry.info/201901/article_17.html

Christine Kenneally「高度な言語が生まれた理由」
https://sicambre.at.webry.info/201901/article_19.html

Chet C Sherwood「データで見る脳の違い」
https://sicambre.at.webry.info/201901/article_20.html

Kate Wong「ホモ・サピエンス成功の舞台裏」
https://sicambre.at.webry.info/201901/article_21.html

Michael Tomasello「モラルを生んだ生存競争」
https://sicambre.at.webry.info/201901/article_22.html

Richard Brian Ferguson「戦争は人間の本能か」
https://sicambre.at.webry.info/201901/article_24.html

Menno Schilthuizen「都市が変える生物進化」
https://sicambre.at.webry.info/201901/article_25.html

Pedro Domingos「分身AIがつくる社会」
https://sicambre.at.webry.info/201901/article_26.html
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Pedro Domingos「分身AIがつくる社会」

2019/01/13 09:58
 『日経サイエンス』2018年12月号の特集「新・人類学 ヒトはなぜ人間になったのか」第3部「明日の姿」に掲載された解説です。人工知能(AI)の今後を懸念している人は少なくないと思います。人工知能は人間の仕事を奪い、人間を奴隷とし、ついには殲滅するのではないか、というわけです。しかし本論文は、人工知能は自由意志を持つわけではなく、基本的に人間がプログラムした目標に動かされており、人間の能力の拡張にすぎず、そうした懸念は杞憂だ、と指摘します。本論文が懸念しているのは、人工知能の反逆ではなく、人間による人工知能の誤用です。

 本論文は現時点での機械学習アルゴリズムを5通りに区分しており、最も一般的なのは深層学習(ディープラーニング)です。しかし本論文は、深層学習は知覚問題に適しているものの常識の獲得や推論は苦手で、記号的学習はその逆となる、と指摘します。現時点では、この5通りの機械学習には一長一短がある、というわけです。そこで、マスターキーのような、あるデータから抽出可能なすべての知識を学習できる「マスターアルゴリズム」を作り出そう、と試みられています。その結果として出現するだろう高度な人工知能は、人間の選択をずっと効率的にして、より充実した人生をもたらすだろう、と本論文は推測しています。ただ、高度な人工知能が独裁主義体制に利用される危険性も指摘しているものの、全体的に本論文は楽観的にすぎるのではないか、とも思います。


参考文献:
Domingos P. (2018)、『日経サイエンス』編集部訳「分身AIがつくる社会」『日経サイエンス』2018年12月号P88-93
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Menno Schilthuizen「都市が変える生物進化」

2019/01/13 09:55
 『日経サイエンス』2018年12月号の特集「新・人類学 ヒトはなぜ人間になったのか」第3部「明日の姿」に掲載された解説です。本論文は、都市が進化の「圧力鍋」となっており、都市では素早く徹底的な適応が強いられる、と指摘しています。確かに、都市化も環境変化の一種であり、都市化が選択圧となることは、進化学において容易に予想されますが、それを実証することがやはり重要で、たいへん意義深いと思います。

 本論文は、都市環境における急速な進化の事例として、カタツムリ・クモ・タンポポなどを挙げています。たとえばカタツムリの殻は、都市におけるヒートアイランド現象への適応としても殻の色が薄くなっており、これは黒っぽい色の殻では熱エネルギーの吸収効率が高まってしまうからです。またブリッジスパイダーは夜行性ですが、街灯が餌となる昆虫を引き寄せるため、人工光を生まれつき好むようになりました。しかし一方で、ブリッジスパイダーは日光を依然として避けているそうです。このように、生物は都市に適応していっていますが、本論文は、「成功」事例の背後には絶滅事例がその10倍ほどあるのではないか、と指摘しています。


参考文献:
Schilthuizen M. (2018)、『日経サイエンス』編集部訳「都市が変える生物進化」『日経サイエンス』2018年12月号P82-87
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Richard Brian Ferguson「戦争は人間の本能か」

2019/01/13 09:51
 『日経サイエンス』2018年12月号の特集「新・人類学 ヒトはなぜ人間になったのか」第2部「「他者」とのかかわり」に掲載された解説です。戦争の起源をめぐっては議論が続いています。本論文は、この議論は二つの両極的立場を中心に展開している、と把握しています。一方は、戦争はヒトが進化において潜在的競争を排除するために獲得した傾向で、チンパンジーとの共通祖先の時代から常に戦争してきた、と想定する「タカ派」です。もう一方は、武力紛争はここ数千年で登場したにすぎず、社会的条件の変化により集団殺戮の動機と組織が生まれたとする「ハト派」です。

 著者はハト派の立場であることを明らかにしていますが、この議論については証拠の解釈が難しく、そもそも証拠が少ないことから、現時点では断定できない、と慎重な姿勢を示しています。戦争の起源をめぐる議論について、かなり単純化した整理をしているのではないか、とも思うのですが、証拠の少なさと解釈の難しさからタカ派説の可能性も認めているところは、良心的だと思います。本論文は、ヒトには戦争を行なう能力が備わっているものの、集団的争いにおいて部外者を特定して殺すよう、生まれながら脳にプログラムされているわけではなく、とくに農耕開始以降の社会の複雑化・大規模化により戦争が起きるようになったのではないか、と推測しています。

 率直に言って、「集団的争いにおいて部外者を特定して殺すよう、生まれながら脳にプログラムされている」との認識は、タカ派を戯画化したものだと思います。タカ派の主張らも著者の主張とかなり近いところがあり、ヒトには戦争を遂行する能力があり、条件(環境)次第でそれが発動される、という点は共通しているのではないか、と思います。両者の違いは、戦争の起きやすい環境が更新世にすでに存在したのか、それとも基本的には農耕開始以降なのか、ということでしょう。

 本論文の二分法に従えば、私は以前ハト派でしたが、現在ではタカ派です。確かに、更新世には人口密度が低く、争いになりそうで被害が大きそうだと判断したら、移動すればよい、とも考えられます。しかし、更新世にも水・植物・動物・石材といった資源に偏りはあったはずですし、完新世よりも気候が不安定な中で、飢餓に陥る可能性は低くなかったのではないか、と思います。また、女性も争いの大きな要因だったのではないか、と私は考えています。きわめて多様な社会を構築する現代人を除いて、現生類人猿系統はすべて父系社会もしくは非母系社会を構成しています(関連記事)。おそらく人類系統の社会でも、他の現生類人猿系統と同じく、女性が出生集団から離れていったのではないか、と思います。人口密度の低い更新世において、繁殖相手をめぐって、男性が主体となって時として集団間の闘争が起きていたのではないか、と私は想定しています。

 もちろん、食資源や女性をめぐって常に集団間で争いが起きていたわけではなく、石材や人工物などの交換(関連記事)を通じての「友好的な」関係の構築も多かったのでしょうが、完新世よりも気候が不安定な更新世において、友好関係を築くよりも先制攻撃により収奪する方が効率的だ、との判断がとても無視できない程度の割合でなされたのではないか、と私は推測しています。「戦争は人間の本能」と言うと間違いですし、そのような単純な見解を主張している「タカ派」の研究者がいるとも思えませんが、ヒトの認知メカニズムは、人類史において一般的だった環境において、戦争も含む暴力を容易に発動してきたのではないか、と私は考えています。この機会に、以下に戦争の起源に関する当ブログの記事をまとめておきます。


社会的余剰と生活水準と戦争の起源について
https://sicambre.at.webry.info/200701/article_14.html

現代的行動の起源にかんする2つの研究
https://sicambre.at.webry.info/200906/article_9.html

チンパンジーの攻撃性
https://sicambre.at.webry.info/201409/article_23.html

Azar Gat『文明と戦争』上・下(再版)
https://sicambre.at.webry.info/201410/article_10.html

出アフリカ時の現生人類社会
https://sicambre.at.webry.info/201501/article_6.html

出アフリカ時の現生人類社会(続編)
https://sicambre.at.webry.info/201501/article_10.html

採集民社会における暴力と戦争の起源
https://sicambre.at.webry.info/201501/article_16.html

Steven Pinker『暴力の人類史』上・下
https://sicambre.at.webry.info/201502/article_12.html

1万年前頃の狩猟採集民集団間の暴力
https://sicambre.at.webry.info/201601/article_23.html

縄文時代における暴力死亡率
https://sicambre.at.webry.info/201604/article_2.html

人間の致死的暴力の起源(追記有)
https://sicambre.at.webry.info/201610/article_2.html

自然信仰
https://sicambre.at.webry.info/201610/article_9.html

松本直子「人類史における戦争の位置づけ 考古学からの考察」
https://sicambre.at.webry.info/201707/article_5.html

山極寿一『家族進化論』第4刷
https://sicambre.at.webry.info/201812/article_13.html


参考文献:
Ferguson RB. (2018)、中尾央訳「戦争は人間の本能か」『日経サイエンス』2018年12月号P74-80
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大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』第2回「坊っちゃん」

2019/01/13 09:46
 主人公の金栗四三の実質的な物語は今回から始まり、第1回で描かれたオリンピック予選会にまで行くのはしばらく後になりそうです。四三の誕生から物語は始まるのですが、東京オリンピック直前の東京と明治時代の東京の様子が時々挿入され、やや雑然とした印象も受けます。古今亭志ん生(美濃部孝蔵)は本作の狂言回しとして重要な役割を担うようなので、必要な描写ということでしょうか。まあ、基本的には金栗家の様子が中心に描かれたので、そこまで気になったわけではありませんが。

 少年時代の四三と嘉納治五郎が出会ったり、四三が出産場面から効率的な呼吸法に気づいたりと、後の展開の伏線が描かれており、近代黎明期の地方の人々の生き様がよく描かれているように思いますので、ドラマとしてはまずまず楽しめています。東京オリンピックへの嫌悪感がますます強まっていく精神状態のなか、本作をずっと視聴し続けられるのか、放送開始前には自信がなかったのですが、2回視聴した限りでは、とりあえず序盤は明治時代の青春ものとして楽しめそうです。ロケを多用した美しい映像も魅力的ですが、四三が東京に行ってからはロケの場面が減りそうなのは心配です。
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Michael Tomasello「モラルを生んだ生存競争」

2019/01/12 19:53
 『日経サイエンス』2018年12月号の特集「新・人類学 ヒトはなぜ人間になったのか」第2部「「他者」とのかかわり」に掲載された解説です。モラルの起源についての古典的な説明は、包括適応度と互恵性です・しかし本論文は、これらの古典的仮説は、人間がお互いに感じている恩義の間隔という人間のモラルの本質を説明できていない、と指摘します。本論文が人間のモラルの進化にさいして重視しているのは協働です。共同の目標を設定して力を合わせる積極的な共同作業たる狩猟採集により食物の大半を得るようになって、相互依存が進んでいったことに人間のモラルの起源がある、というわけです。

 この協働採食行動では、仲間の選択が重要となります。成果を独占するような利己的にすぎる個体は排除され、破滅していった、というわけです。この相互依存により、人間は誰もが裁き裁かれるようになったことを認識し、お互いの評判を気にするようになった、と本論文は指摘します。また本論文は、こうした協働採食行動において分業が進んでいったのではないか、と推測しています。この協働採食行動が発展する過程で、罪の意識の内在化といった人間のモラルの基盤が定着していった、との見通しを本論文は提示します。本論文は、この最初の画期を40万年前頃と推測していますが、本格的な狩猟の年代の開始がいつなのか、まだ確定したとは言えないでしょうから、もっとさかのぼるかもしれません(関連記事)。

 本論文は人間のモラル進化の次の画期として、集団間の競争の激化と集団の人口規模の拡大を挙げ、現生人類(Homo sapiens)の出現と関連づけています。集団間の競争激化はより結束の強い社会集団を生み出し、分業をより発達させて集団のアイデンティティをもたらしました。集団の人口規模の拡大は集団の分割をもたらしましたが、一方で分かれた集団間のつながりはしばしば持続し、「文化」が紐帯となりました。技能・価値観・食事など「文化」の共有により内外が峻別されていき、集団への個人の依存が集団への帰属と忠誠心につながり、それに外れた構成員は殺害も含めて排除されていきました。

 本論文は、現代社会の問題の要因として、協力とモラルへの人間の生物学的適応がおもに小集団での生活や均質な文化集団に適合したもので、外集団が道徳的共同体に含まれないことを挙げています。その究極の事例が、内集団と外集団との衝突による戦争です。人間の特徴が現代社会に適合的ではなく、その「ミスマッチ」がさまざまな病因になっている、との見解は以前から提示されていますが(関連記事)、これは集団間の関係に拡大しても同様なのでしょう。人間社会共通の脅威を解決しようとするなら、人類全体を「私たち」として考えるべきだ、と本論文は提言しています。


参考文献:
Tomasello M. (2018)、『日経サイエンス』編集部訳「モラルを生んだ生存競争」『日経サイエンス』2018年12月号P68-73
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Kate Wong「ホモ・サピエンス成功の舞台裏」

2019/01/12 19:50
 『日経サイエンス』2018年12月号の特集「新・人類学 ヒトはなぜ人間になったのか」第2部「「他者」とのかかわり」に掲載された解説です。本論文は、現生人類(Homo sapiens)が「成功(個体数と生息範囲の観点からはそう言って問題ないでしょう)」した理由について、近年の見解を紹介しています。この問題については当ブログでも以前まとめましたが(関連記事)、現生人類の起源について近年まで有力だった見解は、次の通りです。現生人類はアフリカの一地域(東部もしくは南部)において20万年前頃に出現して、6万〜5万年前頃にアフリカから世界中へと拡散し、この非アフリカ系現代人の祖先集団の出アフリカは1回のみで、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)などの先住人類とは交雑せず、置換しました。

 本論文は現生人類の起源に関して、アフリカ単一起源説を前提としつつも、現生人類の派生的な形態学的特徴がアフリカ各地で異なる年代・場所・集団に出現し、比較的孤立していた複数集団間の交雑も含まれる複雑な移住・交流により現生人類が形成された、との「アフリカ多地域進化説」と、現生人類とネアンデルタール人との交雑が確認されたことを紹介し、近年までの有力説が大きく修正されることになった、と指摘します。また本論文は、現生人類とネアンデルタール人とのヨーロッパでの接触が、両集団に技術的・芸術的な大発展をもたらしたのではないか、とも指摘しています。


参考文献:
Wong K. (2018)、『日経サイエンス』編集部訳「ホモ・サピエンス成功の舞台裏」『日経サイエンス』2018年12月号P62-67
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Chet C Sherwood「データで見る脳の違い」

2019/01/12 14:32
 『日経サイエンス』2018年12月号の特集「新・人類学 ヒトはなぜ人間になったのか」第1部「人間性の起源」に掲載された解説です。本論文は、ヒトの脳が特異的であることを強調します。体重に対する脳重量の比率もその一例で、ヒトの脳は体重から予測される重量よりもかなり重くなっています。脳化指数は、ネコが1、ゾウが1〜2、マカクザルが2、ヒレナガゴンドウ(クジラ)が2~3なのに対して、ヒトは7〜8となります。脳、とくに大脳のニューロン数の多さも人間の特徴です。

 また本論文は、他の現生霊長類と比較して、ヒトにおいては言語や抽象的思考といった高次の認知機能と関わる大脳皮質領域が大きくなっている、とも指摘しています。また本論文は、連合野と呼ばれるこれらの領域同士や連合野と小脳を結ぶ接続数が多いこともヒトの脳の特徴で、道具製作や模倣の基盤になっている、と指摘します。本論文の図表もたいへん有益で、アウストラロピテクス属とホモ属の代表的な分類群の頭蓋と脳容量が掲載されています。


参考文献:
Sherwood CC. (2018)、『日経サイエンス』編集部訳「データで見る脳の違い」『日経サイエンス』2018年12月号P58-61
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Christine Kenneally「高度な言語が生まれた理由」

2019/01/12 14:29
 『日経サイエンス』2018年12月号の特集「新・人類学 ヒトはなぜ人間になったのか」第1部「人間性の起源」に掲載された解説です。言語の起源と進化は一般層にも関心の高い問題でしょうが、言語学では禁忌とされたこともありました。その理由としては、非科学的な推測が横行してしまう危険性や、政治的要請が指摘されています。20世紀後半においても、解明が不可能との理由から、言語の起源や進化に冷ややかな姿勢が言語学において見られましたが、近年では、言語学のみならず、脳科学・遺伝学・動物学など幅広い分野で言語の進化に関する研究が進展しており、その答えに近づきつつある、と本論文は指摘します。

 長い間、言語は人間に特有と考えられてきました。しかし、言語の基盤となる能力が他の動物にも備わっている、と明らかになってきました。たとえば、身振りはチンパンジーに見られますし、ベルベットモンキーは危険の種類に応じて単語に似た警戒声を使い分けます。キンカチョウの歌には複雑な構造が見られますし、イルカは単語の順序を理解でき、ハチやアカゲザルは4まで数えることができます。このように、人間の言語の基盤となる能力は複数の動物で見られます。本論文は、言語は複数の能力で構成される一つのプラットフォームから生まれ、そうした能力のいくつかはひじょうに古くからあり、他の動物も共有している、と指摘します。言語に必要な一連の能力を生み出している単一の遺伝子はないだろう、というわけです。また本論文は、言語は世代を重ねるごとに複雑になり構造的になっていくと推測され、そこに言語進化の鍵がある、と指摘しています。


参考文献:
Kenneally C. (2018)、『日経サイエンス』編集部訳「高度な言語が生まれた理由」『日経サイエンス』2018年12月号P52-57
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義江明子『つくられた卑弥呼 <女>の創出と国家』第2刷

2019/01/12 06:28
 ちくま学芸文庫の一冊として、筑摩書房より2018年8月に刊行されました。第1刷の刊行は2014年7月です。本書の親本は、ちくま新書の一冊として2005年4月に筑摩書房より刊行されました。本書は女性史の観点から日本古代史を見直しており、この分野に関して勉強不足ということもあり、得たものが多く、私にとってたいへん有益な一冊となりました。当ブログでも以前本書と関連する記事を掲載しましたが、本書を読んでから執筆すべきだったな、と反省しています。

 本書は、『三国志』に見える卑弥呼、『日本書紀』や『古事記』や『風土記』に見える女性首長、さらには推古から称徳までの古代の「女帝」などが、近代日本の君主像を多分に投影したものであることを指摘します。こうした古代の女性首長・君主の存在は、古墳時代の被葬者に女性首長が多かったことからも確実ですが(関連記事)、巫女的役割を担っていた、と強調されます。つまり、基本的には祭祀に特化し、それを支える男性が政治・軍事を担った、というわけです。『三国志』に見える卑弥呼はその典型とされ、古代の「女帝」や、伝説的な神功「皇后」などもそうした文脈で位置づけられました。

 しかし本書は、古代において女性首長・君主がおもに祭祀のみを担当し、政治・軍事に関わらなかった、との有力説の根拠は弱い、と指摘します。卑弥呼は、「男弟」に「佐治」されたとあり、卑弥呼がおもに祭祀を担当し、男性である「弟」が政治・軍事を担当した有力な根拠とされてきました。この卑弥呼像が、古代の女性首長・君主像にも適用されています。しかし、稲荷山古墳鉄剣銘に見える「獲加多支鹵(ワカタケル)大王」も、「乎獲居(ヲワケ)臣」に「佐治」されたとあります。通説では獲加多支鹵大王と倭王武と『日本書紀』に見える雄略「天皇」は同一人物とされます。倭王武は、自身とその祖先は自ら軍事行動により征服地を拡大していった武人的人物である、と宋に訴えています。これが史実か否かはともかく、自身と代々の倭王をそのように宋へと印象づけたかったことは間違いなく、これもまたし当時の倭王の社会像の一種と言えるでしょう。本書は、獲加多支鹵大王に関しては、「佐治」とあっても乎獲居臣が政治・軍事の実権を握っていた、との解釈は提起されないのに、卑弥呼に関しては「男弟」が政治・軍事の実権を握っていた、と解釈されるのは、近代以降の研究者の常識が反映されているからだ、と指摘します。また本書は、そもそも『日本書紀』においても、神功「皇后」が軍事的指導者として新羅を制圧したことが明記されている、と指摘します。

 本書は、律令制確立以前の日本において女性指導者と男性指導者の担った役割に大きな違いがなかったことの背景として、男女の違いがそれ以降よりも小さかったことを指摘しています。集会(会同)に男女が共に参加したことや、多夫多妻的傾向にあったことです。本書は、女性には一夫が常識だった「中国」知識層にとって、多夫多妻的傾向の古代日本社会はよく理解できないものであり、『三国志』では古代日本が一夫多妻であるかのように描写された、と推測します。また本書は、古代日本においては名前も男女で明確に区別されていたわけではなく、『日本書紀』などに見える、これまで男性と考えられてきた名前の人物の中に、女性もいたかもしれない、と指摘します。このような習慣が大きく変わる契機となったのは、律令制の確立により、男系的な「中国」の習慣が本格的に取り入れられるようになってからでした。名前に関して興味深いのは、最初の遣隋使の時の倭王の名(字)が「多利思北(比)孤」であるからといって、男性を意味するとは限らない、との本書の指摘です。「多利思北(比)孤」は男性なので、『日本書紀』の推古朝の記述には疑問があり、推古「天皇」は実在しなかったかもしれない、などといった言説は根本的に見直されるべきでしょう。
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Susan Blackmore「意識を持つのは人間だけか」

2019/01/12 06:27
 『日経サイエンス』2018年12月号の特集「新・人類学 ヒトはなぜ人間になったのか」第1部「人間性の起源」に掲載された解説です。意識についての多様な議論が紹介されています。そもそも、意識とは何か、という定義自体がひじょうに哲学的でもあり、難問であることが、議論が錯綜している要因でもあるのでしょう。そのため、この問題に関しては、ひじょうに異なる多くの説が提示されています。その中で、意識を持つのは人間だけだ、との見解は前近代から見られ、ひじょうに根強いものがあります。しかし、人間の生理・行動の反応は、多くの動物と共通することも示されています。

 このような多くの動物の知見も踏まえて、人間の意識がどう形成されてきたのか、という問題も論じられていますが、その起源については、5億年以上前、哺乳類の出現した2億年前、文化的爆発の始まった6万年前、3000年前以降など、じつに多様です。本論文は、錯覚に基づく自己という仮説を支持しています。人間の脳では膨大な認識と思考の草稿が耐えず処理されており、システムが探索されて応答が引き出されるまでは意識的なものも無意識的なものも存在せず、応答が引き出されて初めて、思考や行動が意識的だったと言える、というわけです。人間が独特なのは、意識を持つ「私」がいると謝って信じ込むほど賢いのは人間だけだ、と指摘しています。


参考文献:
Blackmore S. (2018)、『日経サイエンス』編集部訳「意識を持つのは人間だけか」『日経サイエンス』2018年12月号P46-51
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Thomas Suddendorf「思考力をもたらした2つの性質」

2019/01/11 16:00
 『日経サイエンス』2018年12月号の特集「新・人類学 ヒトはなぜ人間になったのか」第1部「人間性の起源」に掲載された解説です。人間を現生動物のなかで特別な存在としているのは認知能力であるものの、それが具体的には何か、証明することは難しい、と本論文は指摘します。なぜならば、人間も含まれる霊長類に限らず鳥類まで、動物において広く、人間に匹敵する認知能力を有すると考えられるような事例が相次いで報告されているからです。

 しかし本論文は、そうした報告から動物が「豊かな」認知能力を示していると「課題解釈的な」結論を採る前に、代替的なより単純で「簡素な」説明を慎重に除外する必要があり、多くの研究では、そうした厳しい基準が満たされていない、と指摘します。もっとも本論文は、動物のそうした「豊かな」認知能力を示すことは難しいものの、そうした能力がないことを証明するのはもっと難しい、とも指摘し、慎重な姿勢を示しています。この問題については、本論文が指摘しているように、厳しい基準を設定して、より多くの実験を行なっていくしかないのでしょう。

 本論文は、他の動物にはなく、人間に備わっている二つの認知特性が、人間を特別な存在しにした、と指摘します。その二つの特性とは、「入れ子構造を持つシナリオの構築」と、「互いの心を結びつけたいという欲求」です。前者は、複数の状況を想像して熟考し、関連する出来事に関する、より大きな物語に組み込む能力で、予見性・計画性と深く関わってきます。後者は、考えを他者と交換したいという深く根づいた衝動で、人間は単独の場合よりも優れたものを作り出すために協力し合います。本論文の詳しい内容については、著者の『現実を生きるサル 空想を語るヒト』が参考になります(関連記事)。


参考文献:
Suddendorf T. (2018)、熊谷玲美訳「思考力をもたらした2つの性質」『日経サイエンス』2018年12月号P40-45
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Kevin Laland「ヒトがヒトを進化させた」

2019/01/10 16:51
 取り上げるのが遅れてしまいましたが、『日経サイエンス』2018年12月号の特集「新・人類学 ヒトはなぜ人間になったのか」第1部「人間性の起源」に掲載された解説です。今後、この特集の記事を順次取り上げていく予定です。本論文は、人間が生物界において特別な地位を占めている、と強調します。人間は、同程度の身体サイズの動物の一般的な手段密度をはるかに超えており、居住範囲は広大で、エネルギーや物質の流れを前例のない規模で制御している、というわけです。

 人間をこのように特別な生態的地位の動物とした理由として、本論文は文化的動因を重視します。そこで重要となるのは社会的学習で、模倣が基礎となりますが、社会的学習を行なう動物は、人間も含まれる霊長類に限らず、鳥類や魚類や昆虫まで珍しくありません。では、人間と他の動物の大きな違いは何かというと、模倣の正確性です。どれだけ上手く情報を伝達できるかが、鍵となります。文化的能力の範囲と、文化的性質の持続期間は伝達の忠実度が高まるにつれて指数関数的に増加し、ある閾値を超えると、文化の複雑性と多様性が累積的に高まり始めるからです。人間はこの閾値を超えた唯一の現存種だ、と本論文は指摘します。

 生物の選択圧としては、捕食や気候や病気といった外部要因が重視される傾向にあり、それは間違いではありませんし、人間の進化にも当てはまるでしょう。しかし本論文は、それらだけではなく、一定の水準を超えた模倣能力による文化活動が人間にとって選択圧となり、大きな脳や高い認知能力をもたらした、という側面も重視します。人間が自ら構築していった環境が、人間を生物界で特別な存在にした、というわけです。他者との意思伝達能力や道具の製作・使用などの文化的要因も重要な選択圧となり得る、との見解は妥当だと思います。


参考文献:
Laland K. (2018)、熊谷玲美訳「ヒトがヒトを進化させた」『日経サイエンス』2018年12月号P32-39
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イエメンで大流行したコレラのゲノム解析

2019/01/10 16:48
 イエメンで大流行(エピデミック)したコレラのゲノム解析に関する研究(Weill et al., 2019)が公表されました。イエメンでは現在、近年最大と考えられるコレラの大流行が起きています。最初の症例群は2016年9月に公表され、それ以来110万以上の症例と2300人以上の死亡が報告されています。本論文は、イエメンのこの大流行したコレラ菌(Vibrio cholera)分離株と周辺地域の最近の分離株のゲノムの塩基配列を解読し、系統発生学的関係・発症機序・抗微生物薬耐性の決定要因について調べました。得られた計116のゲノム塩基配列は、第7次世界的大流行の血清群O1型およびO139型コレラ菌エルトール生物型の1087分離株からなる全球コレクションの系統発生学的範囲内に位置していました。

 イエメンのコレラ大流行の2回の疫学的流行の波は、初回が2016年9月28日〜2017年4月23日(疑われる症例は25839件)、2回目が2017年4月24日以降(疑われる症例は100万件以上)です。そのさいに採取された分離株は、第7次パンデミックの血清群O1型コレラ菌エルトール生物型(7PET)系統の単一の亜系統である、小川型コレラ菌分離株である、と示されました。本論文はゲノム手法を用いて、イエメンのエピデミックを全球規模のパンデミックコレラ菌の拡散に結びつけ、さらにこの亜系統は南アジアに起源があり、イエメンに出現する前に東アフリカで大発生を引き起こした、と明らかにします。さらに、イエメンの分離株は、コレラ治療に一般的に用いられるいくつかの抗生物質やポリミキシンB(耐性がエルトール生物型のマーカーとして用いられる)に感受性であることも示されています。この研究は、全球規模のコレラの拡散を理解し、それを阻止する取り組みにとって、国境を超えた共同研究がきわめて重要である、と示しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


微生物遺伝学:イエメンでの2016〜2017年のコレラのエピデミックに関するゲノムに基づく手掛かり

微生物遺伝学:イエメンでのコレラのエピデミックを追跡する

 イエメンでのコレラのエピデミックは2016年に始まり、それ以来、100万以上の症例と数千人の死亡が報告されている。F Weillたちは今回、このエピデミックの42の分離株のゲノムの塩基配列解読を行い、その起源についてさらに理解を深めた。周辺地域の分離株の塩基配列との比較から、最近の単一の亜系統がイエメンのエピデミックの原因であり、この亜系統は南アジア起源で、イエメンに出現する前に東アフリカで大発生を引き起こしたことが分かった。この研究は、全球規模のコレラの拡散を理解し、それを阻止する取り組みにとって、国境を超えた共同研究が極めて重要であることを示している。



参考文献:
Weill FX. et al.(2019): Genomic insights into the 2016–2017 cholera epidemic in Yemen. Nature, 565, 7738, 230–233.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0818-3
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ピンタゾウガメの巨体と長寿の遺伝的基盤

2019/01/09 15:21
 ピンタゾウガメ(Chelonoidis abingdonii)の巨体と長寿の遺伝的基盤に関する研究(Quesada et al., 2019)が公表されました。「孤独なジョージ(Lonesome George)」と呼ばれたピンタゾウガメは2012年に死亡し、これによりガラパゴス諸島のピンタゾウガメは絶滅した、と考えられています。この研究は、「孤独なジョージ」とアルダブラゾウガメ(Aldabrachelys gigantea)1頭のゲノムを解析しました。アルダブラゾウガメは、インド洋に生息する唯一のゾウガメ種です。両者のゲノムを近縁種と比較した結果、代謝調節と免疫応答に関係する遺伝子ファミリーの正の選択、および増加を示す証拠が見いだされました。この研究は、これらの遺伝子ファミリーがゾウガメの巨体と長寿に関係している可能性がある、と示唆しています。

 寿命が長い生物は理論的に癌のリスクが高くなります。この研究は、カメの腫瘍抑制遺伝子が他の脊椎動物よりも多くなっていることに加えて、過剰発現が癌の一因になると知られている2つの遺伝子の、ゾウガメ特異的な変化を明らかにしました。こうした知見はゾウガメ特異的な癌の機序を示している可能性があるものの、カメでは腫瘍が極めてまれであるため、このようなゲノムの特徴が腫瘍の発生と関係しているかを明らかにするには、さらに研究を進める必要があります。この研究は、これらのデータがゾウガメ生物学の理解を進展させる一助になるとともに、ガラパゴス諸島の他のゾウガメを保護する活動に役立つだろう、と指摘しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


ロンサム・ジョージの巨体と長寿はゲノムのたまもの

 「ロンサム(孤独な)・ジョージ」を含む2頭のゾウガメのゲノムから、その体のサイズと長寿に関する洞察が得られたことを報告する論文が、今週掲載される。

 ロンサム・ジョージは、すでに絶滅したガラパゴス諸島のピンタゾウガメ(Chelonoidis abingdonii)を象徴する最後の個体であった。

 今回Carlos Lopez-Otin、Adalgisa Cacconeたちの研究グループは、ロンサム・ジョージおよびアルダブラゾウガメ(Aldabrachelys gigantea)1頭のゲノム塩基配列を解読した。アルダブラゾウガメは、インド洋に生息する唯一のゾウガメ種である。両者のゲノムを近縁種と比較した結果、代謝調節と免疫応答に関係する遺伝子ファミリーの正の選択、および増加を示す証拠が見いだされた。研究グループは、これらの遺伝子ファミリーがゾウガメの巨体と長寿に関係している可能性があることを示唆している。

 寿命が長い生物は理論的にがんのリスクが高くなる。研究グループは、カメの腫瘍抑制遺伝子が他の脊椎動物よりも多くなっていることに加え、過剰発現ががんの一因となることが知られている2つの遺伝子のゾウガメ特異的な変化を明らかにした。こうした知見はゾウガメ特異的ながんの機序を示している可能性があるが、カメでは腫瘍が極めてまれであるため、このようなゲノムの特徴が腫瘍の発生と関係しているかを明らかにするには、さらに研究を進める必要がある。

 著者たちは、今回のデータがゾウガメ生物学の理解を進展させる一助になるとともに、ガラパゴス諸島の他のゾウガメを保護する活動に役立つだろう、としている。



参考文献:
Quesada V. et al.(2019): Giant tortoise genomes provide insights into longevity and age-related disease. Nature Ecology & Evolution, 3, 1, 87–95.
https://doi.org/10.1038/s41559-018-0733-x
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地球外の環境でもデオキシリボースは作られる

2019/01/08 15:25
 地球外の環境でもデオキシリボースが作られる可能性についての研究(Nuevo et al., 2018)が公表されました。この25年間で、宇宙物理学的氷に似た化合物に対する光照射や粒子衝突をシミュレートする実験室実験により、非生物学的条件下で有機分子が生成し得る、と明らかになってきました。また、始原的な隕石の中に糖誘導体(リボースなど)やその他の生体化合物(アミノ酸など)が存在していることは、原始地球上で生物学的過程が開始した化合物のかなりの部分が、彗星・隕石・惑星間ダスト粒子によって運び込まれたものである可能性を示唆しています。

 この研究は、宇宙物理学的条件下で、水とメタノールからなる氷混合物に紫外線を照射して生成した残渣物から、DNAを構成する糖である2-デオキシリボースとその他のデオキシ糖誘導体を検出しました。また、この研究は、隕石試料を分析して数種類のデオキシ糖誘導体を検出しましたが、2-デオキシリボースなどの高分子糖類の存在は明確には確認できませんでした。しかし、この研究は、別のもっと大きな隕石試料を分析すれば、これらの高分子糖類が地球外環境に存在していたか否か、確度の高い答えが得られるかもしれない、と指摘しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【天文学】地球外の環境条件で作られたデオキシリボース

 実験室の標準的な宇宙物理学的条件下で、氷混合物に紫外線を照射して生成した残渣物から2-デオキシリボース(DNAを構成する糖)と数種類のデオキシ糖誘導体が検出されたことを報告する論文が、今週掲載される。この研究によって、デオキシ糖誘導体の一部が炭素質隕石試料から初めて同定された。これに対して、分析の行われた隕石試料では、2-デオキシリボースなどの高分子糖類の存在は確認できなかった。

 この25年間で、宇宙物理学的氷に似た化合物に対する光照射や粒子衝突をシミュレートする実験室実験によって、非生物学的条件下で有機分子が生成し得ることが明らかになった。また、始原的な隕石の中に糖誘導体(リボースなど)やその他の生体化合物(アミノ酸など)が存在していることは、原始地球上で生物学的過程が開始した化合物のかなりの部分が、彗星、隕石、および惑星間ダスト粒子によって運び込まれたものである可能性を示唆している。

 今回、Michel Nuevoたちの研究グループは、宇宙物理学的条件下で、水とメタノールからなる氷混合物に紫外線を照射して生成した残渣物から2-デオキシリボースとその他のデオキシ糖誘導体を検出した。また、Nuevoたちは、隕石試料の分析で、数種類のデオキシ糖誘導体を検出したが、2-デオキシリボースなどの高分子糖類の存在は明確に確認できなかった。しかし、Nuevoたちは、別のもっと大きな隕石試料を分析すれば、これらの高分子糖類が地球外環境に存在していたかという疑問に対して確度の高い答えが得られるかもしれないという見解を示している。



参考文献:
Nuevo M, Cooper G, and Sandford SA.(2018): Deoxyribose and deoxysugar derivatives from photoprocessed astrophysical ice analogues and comparison to meteorites. Nature Communications, 9, 5276.
https://doi.org/10.1038/s41467-018-07693-x
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フトオハチドリ雄の求愛

2019/01/07 15:43
 フトオハチドリ雄の求愛に関する研究(Hogan, and Stoddard., 2018)が公表されました。雄のフトオハチドリは、垂直に約30メートル上昇してから急降下するというU字型の飛行を連続的に行なうことで雌に対する求愛を示し、この急降下を行なう時に、尾を使って急降下に特異的な機械雑音を生じさせるとともに、喉の虹色の斑点から視覚シグナルを発します。しかし、この求愛ディスプレイのさいに求愛行動の構成要素がどの程度同期しているのか、分かっていません。

 この研究は、野生の雄のフトオハチドリによる48回の急降下の動画と音声を記録し、そこにマルチアングル映像技術を適用して、雌のフトオハチドリが急降下中の雄の喉の虹色の斑点をどのように認識するのか、調べました。その結果、雄の急降下中に雌が認識する音と色が著しく変化する、と明らかになりました。この研究は、雌のフトオハチドリが、近づいてくる雄の音の周波数が6.5%増加し、離れていく雄の周波数が4%減少することをドップラー効果によって認識していると推定しており、この変化が急降下の速度と軌跡に直接関連している、と結論づけています。また、急降下の幾何学的形状と高速性を合わせて考えると、雄の喉の斑点が雌に見えるのはほんの一瞬(約120ミリ秒)で、雌が認識する色は赤から黒に急速に変化します。この研究は、これらの知見により、動物のディスプレイを調べるさいに運動と方向性を説明することの重要性が明確になった、と指摘しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【動物学】ほんの一瞬、全ての構成要素がそろうと完成するハチドリの求愛

 雄のフトオハチドリの求愛ディスプレイでは、素早い動きと雑音、視覚シグナルが高度に同期して300ミリ秒以内(ヒトのまばたきの所要時間に相当)に一気に起こることを報告する論文が、今週掲載される。

 雄のフトオハチドリは、垂直に約30メートル上昇してから急降下するというU字型の飛行を連続的に行うことで雌に対する求愛ディスプレイを行い、この急降下を行う時に、尾を使って急降下に特異的な機械雑音を生じさせるとともに、喉の虹色の斑点から視覚シグナルを発する。しかし、この求愛ディスプレイの際に求愛行動の構成要素がどの程度同期しているのかは分かっていない。

 今回、Benedict HoganとMary Caswell Stoddardが、野生の雄のフトオハチドリによる48回の急降下の動画と音声を記録し、そこにマルチアングル映像技術を適用して、雌のフトオハチドリが急降下中の雄の喉の虹色の斑点をどのように認識するのかを調べた。その結果、雄の急降下中に雌が認識する音と色が著しく変化することが明らかになった。著者たちは、雌のフトオハチドリが、近づいてくる雄の音の周波数が6.5%増加し、離れていく雄の周波数が4%減少することをドップラー効果によって認識していると推定しており、この変化が急降下の速度と軌跡に直接関連していると結論付けている。また、急降下の幾何学的形状と高速性を合わせて考えると、雄の喉の斑点が雌に見えるのはほんの一瞬(約120ミリ秒)で、雌が認識する色は赤から黒に急速に変化する。

 著者たちは、この知見によって、動物のディスプレイを調べる際に運動と方向性を説明することの重要性が明確になったと主張している。



参考文献:
Hogan BG, and Stoddard MC.(2018): Synchronization of speed, sound and iridescent color in a hummingbird aerial courtship dive. Nature Communications, 9, 5260.
https://doi.org/10.1038/s41467-018-07562-7
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