縄文時代の平均寿命について

 まずは定義についてですが、平均寿命とは0歳時の平均余命のことです。たとえば、X歳時の平均余命をY年とすると、X歳時の平均死亡年齢は(X+Y)歳となり、X=0のときのY歳が平均寿命となります。

 2005年簡易生命表によると、現代日本においては・・・
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life05/01.html
●0歳時の平均余命・・・男性78.53年、女性85.49年
これが平均寿命・0歳時平均死亡年齢となります。
●15歳時の平均余命・・・男性63.94年、女性70.84年
15歳時の平均死亡年齢・・・男性78.94歳、女性85.84歳
●30歳時の平均余命・・・男性49.39年、女性56.09年
30歳時の平均死亡年齢・・・男性は79.39歳、女性86.09歳

 現代日本のような乳幼児死亡率の低い社会だと、0歳・15歳・30歳時の平均死亡年齢に大きな違いはありません。では、これが乳幼児死亡率の高い前近代の社会だとどうなるでしょうか?次は、鬼頭宏『日本の歴史19 文明としての江戸システム』(講談社、2002年)P93よりの引用です。ただし、年齢は数え年となっていますので、厳密にいえば妥当ではないのですが、便宜的な処置として、年齢から一律に1歳引きます。江戸時代の出羽山家村の、1760~1870年の死亡者からの平均余命の推定です。
●0歳時の平均余命・・・男性36.0年、女性37.2年
これが平均寿命・0歳時平均死亡年齢となります。
●14歳時の平均余命・・・男性42.3年、女性42.2年
14歳時の平均死亡年齢・・・男性56.3歳、女性56.2歳
●29歳時の平均余命・・・男性32.8年、女性33.2年
29歳時の平均死亡年齢・・・男性は61.8歳、女性62.2歳

 次は、鬼頭宏『人口から読む日本の歴史』(講談社、2000年)P42の縄文時代の平均余命表からの引用ですが、この元となった研究は、小林和正「出土人骨による死亡年齢の研究」『人類学講座11 人口』です。骨が残りにくいため、正確な年齢別死亡割合を計算するさいに妨げとなる、推定15歳未満の人骨は除いたうえでの推定となります。
●15歳時の平均余命・・・男性16.1年、女性16.3年
15歳時の平均死亡年齢・・・男性31.1歳、女性31.3歳
●30歳時の平均余命・・・男性8.1年、女性10.1年
30歳時の平均死亡年齢・・・男性は38.1歳、女性40.1歳

 縄文時代の平均寿命の推定の根拠となっているのは、上記の小林和正氏による縄文人骨の分析ですが、15歳未満の人骨は除かれていますので、平均寿命を計算するには、15歳未満の死亡率の推定が必要となります。そこで、
http://www.ies.or.jp/japanese/mini/mini_hyakka/30/mini30.html
で触れられているように、18世紀の欧州の15歳未満の死亡率を利用したり、15歳以上のデータを利用して統計的に15歳末満の死亡数を評価したりする手法から、0歳時平均余命=平均寿命が推定されています。前者では平均寿命が15歳(正確には14.6歳だったと思いますが、手許に本がないので、確証はありません)、後者では12歳と推定されました。縄文時代の平均寿命は、10代前半といったところが妥当なのでしょう。

 しかし、ネットで検索すると、縄文時代の平均寿命は30歳である、との記述をよく見かけます。この30歳説の根拠は、いったいどこにあるのでしょうか?それらを読んでいくと、小林氏の研究では15歳時の平均余命が約16年であることから、15+16=31と計算し、どうも15歳時の平均死亡年齢を平均寿命と誤解したようであり、これは明らかな間違いです。

 現代日本のような乳幼児死亡率の低い社会だと、0歳時の平均死亡年齢も15歳時の平均死亡年齢もほとんど変わらないのですが、乳幼児死亡率の高い前近代社会だと、上記の江戸時代の例からも分かるように、0歳時の平均死亡年齢=平均寿命は、15歳時の平均死亡年齢よりもずっと低くなります。縄文時代も同様で、平均寿命は、15歳時の平均死亡年齢31歳よりもずっと低くなると推測するのが妥当でしょう。

 なお、平均寿命15歳では人類集団を維持できない、と主張する人もいますが、室町時代の平均寿命が15歳そこそこだと推測されていて(手許に本がないので、確実ではありませんが・・・)、平均寿命が15歳でも人類集団の維持は可能です。
 縄文時代の平均寿命が30歳という説は、平均寿命・平均余命という概念をよく理解できていない人が、小林和正氏の研究を参照したさいに陥りやすい罠なのでしょう。もっとも、私もじゅうぶん理解しているとは言いがたいのですが(笑)。

 さて、前近代における乳幼児というよりは15歳未満の死亡率の高さは、子供にたいする見方を近現代とは異なったものにします。日本に限らず世界各地の前近代社会において、子供は普通の人間とは異なる特別な存在で、この世ではない別の世界の住人だとみなされる傾向がありました。
 それが畏怖という形であれば、子供は聖なる存在とみなされますが、その裏返しで邪悪な存在とみなされることもあり、そうすると、現代であれば児童虐待として訴えられるような、子供へのひどい扱いとなります。こうした異なる処遇は、未知なるものへの人類の対応としてよく見られるもので、6年近く前に「聖と俗」という主題で、未知なるものにたいする人類の対応について述べたことがあります(下記リンク先を参照してください)。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/history001.htm
http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/history002.htm

 では、なぜ子供が別世界の存在だとみなされたかというと、おそらくは15歳未満の死亡率の高さが要因であり、死にやすい子供は不安定な存在であり、この世においては仮初の住人だと考えられたのでしょう。
 日本社会において数え年15歳あたりで元服(成人)とみなされたのも、その年頃になれば一人立してもよいからという社会観念とともに、成長して死亡率が低下するようになり、この世の住人として認めてもよいから、という観念が根底にあったように思われます。

 乳幼児死亡率の低い現代社会では、成人前の死亡率が高いことに起因する子供の特別視はなくなり、過去の子供観と現代の子供観には、根底で異なるところがあるのではないでしょうか。また、世界各地と密接につながった現代社会は、前近代の社会と比較すると複雑なところがあり、現代の日本で成人の基準が20歳と遅くなったのは、乳幼児死亡率の低下とあわせて考えると、しごく当然なのではないでしょうか。
 私が中学生の頃の担任は、昔は数え年15歳で元服していたのだから、お前たちはもう一人前で、自覚をもって行動しろ、俺もそのつもりで厳しく接する、といって体罰を繰り返すようなひじょうに気分屋の教師でしたが、異なる社会の基準を単純にもってこられても困るわけです(笑)。それにしても、あの教師は今だったら大問題になっていたのでしょうが、この一文を執筆していて、あのとき教育委員会に密告しておけばよかったかな、とふと思いました(笑)。

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    Excerpt:  『考古学ジャーナル』2010年10月臨時増刊号では「古人骨から縄文・弥生時代を考える」という特集が組まれていますが、 http://hokuryukan-ns.co.jp/magazines/ar.. Weblog: 雑記帳 racked: 2010-11-17 00:00
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