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zoom RSS 酒井信彦「男系天皇絶対論の危険性―女系容認こそ日本文明だ―」

<<   作成日時 : 2008/04/15 00:00   >>

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 『諸君』2006年10月号(文藝春秋社)に掲載された論考(酒井.,2006)です。酒井氏の他の論考はこの論文集で読めます。まだほとんど読んでいませんが、私とはかなり価値観の異なる人だろうということは、容易に想像がつきます。しかしながら、この論考でもなかなか面白い指摘がなされているように、酒井氏の学識には一定以上の敬意を払うべきだろうと思います。


 この論考での酒井氏の主張の要点は、皇位継承のあり方をめぐる議論における男系絶対主義派の主張は、中国大陸文明の価値観によるものであり、日本文明では女系が容認されているのだから、皇位継承においても女系継承が容認されるべきであり、それでこそ君臣一体だ、というものです。

 ただ、王室や皇室といった社会的に高貴さを認められている存在の在り様が、その国における一般的な人々の在り様を必ずしも反映させる必要はない、とも言えます。つまり、一般庶民とは異なるからこそ高貴なのだ、との論理も成立しますから、酒井氏の主張は必ずしも説得的ではないと思います。とはいえ、酒井氏の主張は、日本の独自性と伝統を強調する見解では見逃されがちな論点を指摘したという意味で、なかなか興味深いものだと思います。

 あまりにも古い時代はともかくとして、かなりの信憑性を認めてもよいだろう欽明以降、称徳→光仁・称光→後花園・後桃園→光格というように、前代からみるとかなりの傍系にあたる皇族が皇位を継承している例が存在することからして、男系絶対主義派の主張通り、皇位(王位)継承にあたって男系の論理が強く貫かれてきたことは間違いないでしょう。中国大陸でも趙氏宋朝において、上記の日本の事例以上の傍系継承が認められます。

 女性天皇(大王)の存在や、異母兄妹間や父方の叔父と姪との間の婚姻も認められるという古代の皇族(王族)の在り様は、中国大陸の男系宗族社会とは異質なものであり、日本列島の古代社会が元々は男系宗族社会でなかったことをうかがわせます。その日本列島において、皇位継承のさいに男系の論理が強く貫かれてきたのは、酒井氏の指摘通り、中国大陸文明の影響と考えるのがようさそうです。

 酒井氏は、日本文明は中国大陸文明の男系絶対主義とは異なると述べていますが、この男系の論理は、皇位継承のみならず日本列島の社会に大きな影響を与えたと思われます。男系宗族社会の中国大陸と朝鮮半島では夫婦別姓ですが、日本列島においてもかつては夫婦別姓で、源頼朝の妻は源政子ではなく平政子(北条政子は後世の俗称と思われます)と称されました。

 しかしながら、酒井氏の指摘通り、日本列島の社会は本質的には男系宗族社会とは異なっていたと言うべきで、日本列島において同姓婚は禁忌とされませんでした。したがって、結果的に夫婦同姓だった例も珍しくなかっただろうと思われます(実例としては、藤原師通や平清盛など)。

 この夫婦別姓は男系宗族社会における論理に基づくものであり、現在の中国や韓国における夫婦別姓もその論理に由来しますから、現在の中国・韓国やかつての日本列島における夫婦別姓は、現代日本的な意味での夫婦別姓とは似て非なるものと言うべきでしょう。復古を掲げた明治政府は、当初古代以来の制度に基づいて夫婦別姓を採用していたのですが、それは中国大陸文明的な男系宗族社会の論理に由来するものでした。しかしそれは、後述する日本列島社会の現実の前に挫折してしまいます。


 元々男系宗族社会の中国大陸とは異なっていた日本列島において、鎌倉時代〜江戸時代にかけて、いわゆる伝統社会がじょじょに形成されます。この伝統社会はイエ制度をその基礎に置くものであり、異姓の養子を迎えることが禁忌とされなかったように、擬似的な血縁関係が結ばれたにしても、第一義的には血族による継承ではなくイエという経営体の存続を目的とした社会だったという意味で、男系宗族社会とは大きく異なるものでした。しかし、相変わらず日本列島は男系宗族社会の論理の影響を強く受けていたと推測され、この伝統社会形成の時期に、女性の地位が低下していったことが指摘されています(網野.,1991,P186-189)。

 男系宗族社会の論理も含めて、中国大陸文明の影響を強く受けて日本列島における伝統社会が成立したことは間違いありませんが、それは中国大陸と同じ構造の社会の形成を意味するものではありません。思想も含めて文化は、その土地と人間集団の特殊歴史的事情に基づいて理解されるものであり、伝播先で変容することは珍しくありません。

 このイエ制度を前提とする日本列島の伝統社会において、家名としての苗字が成立します。イエ制度は百姓(農民だけではありません、念のため)社会においても確立し、百姓の多くも苗字・家名を用いるようになります。江戸時代には百姓による苗字の公的使用は禁止されていましたが、実質的には百姓の間でも苗字が使用されていました。伝統社会における百姓の間では、夫婦同苗字が当然視される傾向が強く、現在の法制用語である氏(俗語では姓・苗字)が、基本的には前近代の苗字を継承していることを考えると、日本における夫婦同姓は、西欧の制度を模倣して100年ほど前に成立したのではなく、多分に伝統社会に根ざしていると言うべきで、それゆえに、明治政府による夫婦別姓の採用にたいする庶民の不満や批判が高かったのでしょう(坂田.,2002,2006)。

 しかし現代の日本においては、夫婦別姓容認論の側を中心として、日本における夫婦同姓は西欧の模倣でたかだか100年の歴史しかなく、「創られた伝統」にすぎないとの物語が定説化してしまった感があり、夫婦同姓を日本の伝統とする見解にたいする嘲笑が見られるのは、残念ではあります。このようにして歴史は「創られる」ものなのだ、との実例を観察するよい機会ではありますが。


 さて、日本列島の社会が元々は中国大陸のような男系宗族社会とは異なっており、いわゆる伝統社会の成立により、中国大陸や朝鮮半島との社会構造の違いがますますはっきりとしてきたことは間違いありません。その意味で、日本は東アジアではないとの言説に一定の根拠があることは否定できず、中国大陸文明とは異なる独自の日本文明圏との概念は、酒井氏と、酒井氏が批判する男系絶対主義派の多くとが共有しているだろうと思われます。なお私は、現代の中国の沿岸部を中心とした大都市圏も日本も近現代欧州文明圏に属すという文明論に基づいて、前近代の日本列島の大半はある時期以降東アジア文明圏に属していた、と考えています。

 しかしながら、そのような日本文明論という言説において重要な地位を占めるだろう天皇の位の継承は、日本列島社会の一般的な在り様とは異なっており、中国大陸文明の影響が強く認められると指摘した酒井氏などの主張にたいして、男系絶対主義派は気にとめないか、説得的な見解をまだ述べられていないように思います。その意味で、酒井氏の主張には注目すべきところがあります。

 もちろん、日本では易姓革命がなく(そもそも日本の皇室には姓がありませんが)、男系が連綿と継承されてきたことにこそ、中国大陸や朝鮮半島などとは異なる日本の独自性があるのだ、との主張もあるでしょう。しかしこの主張も、多分に中国大陸文明的な論理と言うべきで、確かに中国大陸では王朝交代が絶えず、そのための論理が色々と用意されましたが、その本音・理想が「万世一系」にあったことは、秦の初代皇帝が始皇帝と自称したことや、『宋史』「日本伝」に採録された太宗の発言(石原.,1995)からも明らかだと思います。

 酒井氏のような保守派からの男系絶対主義批判にたいして、男系絶対主義派が説得的な見解を提示できないようなら、皇位継承法の議論において男系絶対主義派が広範な支持を得るのは難しいでしょう。しかし、中国大陸文明とは異なる独自文明圏としての日本と考えている人が多いだろう男系絶対主義派の側が、酒井氏の見解にたいして説得力ある反論をするのは、なかなか難しいだろうと思います。


 しかし一方、酒井氏の主張にも重大な問題が潜んでいます。酒井氏の主張の根本には、中国による精神的侵略を排さねば日本民族の存続は危ういというものがあり、その主張に全面的に同意するわけではありませんが、酒井氏の主張と通ずる懸念は私にもあります。それは、今後中国が経済・軍事・政治的に影響力を強めていった場合、中国に迎合的な言説が日本ではますます増えるだろう、ということです。

 戦後ずっと米国に迎合的な言説は絶えませんし、かつてのソ連や輝かしい社会主義国として喧伝されていた頃の中国についても、迎合的な言説が横行したものでした。そうした言説は、現状認識や近現代史にとどまらず、前近代史にも及ぶ可能性があり、たとえば鄭和艦隊への近年の極端な評価(杉山.,2008,P103,350)も、そのうち日本で声高に主張されるようになるかもしれません。

 私の関心に引きつけて考えると、現代人のみならず人類の起源も中国大陸にあるとの考えが今でも中国では根強くあり、それが漢民族的ナショナリズムと親和的であるように思われるのが、やや気になるところではあります。ただ、中国人研究者が中心となった、アフリカ単一起源説を強く支持する画期的な研究(Ke et al.,2001)が公表されたことからも推測されるように、人類中国起源説を中国政府が強く支持している様子はなく、完新世以降の文物が豊富な中国において、そこまでさかのぼって正当性を主張する必要性はほとんどないでしょうから、人類中国起源説が中国や日本で声高に主張されるような危険はほとんどないだろうと思います。

 ただ、だからといって中国大陸文明の「精神的侵略」を排して「日本固有の文明」を抽出するという行為を続けていくと、「唐心」を排していった結果、最高水準の宗教的哲理から、「宗教ではない」と称せられるようになった原始的信仰へと変容してしまった、神道と同じ運命をたどる恐れがあるのではないか、と思います(黒田.,2001)。

 近現代の中国が日本から強い影響を受けたのと同様、前近代の日本列島も中国大陸から強い影響を受けたのであり、それを前提として、近現代欧米文明の強い影響を受けた、日本という中国とは異なる社会構造・価値観の社会が存在するわけですから、中国大陸文明の影響を「精神的侵略」として神経質に排斥しなくても、中国とは異なる日本社会の独自性を主張することは可能でしょう。



参考文献:
Ke Y. et al.(2001): African Origin of Modern Humans in East Asia: A Tale of 12,000 Y Chromosomes. Science, 292, 5519, 1151-1153.
http://dx.doi.org/10.1126/science.1060011

網野善彦(1991)『日本の歴史をよみなおす』(筑摩書房)

石原道博編訳(1995)『新訂旧唐書倭国日本伝・宋史日本伝・元史日本伝 中国正史日本伝(2)』第38刷(岩波書店、第1刷の刊行は1956年)

黒田俊雄(2001)「日本宗教史上の「神道」」『王法と仏法【増補新版】』(法藏館)

酒井信彦(2006)「男系天皇絶対論の危険性―女系容認こそ日本文明だ―」『諸君』2006年10月号(文藝春秋社)

坂田聡(2002)「百姓の家と村」、坂田聡・榎原雅治・稲葉継陽『日本の中世12 村の戦争と平和』(中央公論新社)、関連記事

坂田聡(2006)『苗字と名前の歴史』(吉川弘文館)、関連記事

杉山正明(2008)『興亡の世界史09 モンゴル帝国と長いその後』(講談社)、関連記事

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梶ピエールの備忘録。
2008/04/20 00:49

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
酒井氏が「中国大陸文明の『精神的侵略』を排して『日本固有の文明』を抽出する」と言っても、「日本」という呼称自体がそもそも中国語です。「ニッポン」とは唐代の長安付近の発音、「ニホン」はそれがなまった言い方です。
 「男系宗族社会の論理も含めて、中国大陸文明の影響を強く受けて日本列島における伝統社会が成立したことは間違いありませんが、それは中国大陸と同じ構造の社会の形成を意味するものではありません。」とは、劉公嗣さんのおっしゃるとおりだと思います。
 私は、日本の伝統社会と言えるものが「鎌倉時代〜江戸時代にかけて」成立したというご見解に賛成ですが、この形成に当たっては中国文明が大きな役割を果たしており、それなくしては「日本の伝統社会」の形成など有り得なかったと思います。
 結果、出来上がった社会の構造が中国や朝鮮と違っていたからと言って、中国文明の影響は否定できないと思います。
子欲居
2008/04/15 22:22
連投申し訳ありません。
「酒井氏の主張の根本には、中国による精神的侵略を排さねば日本民族の存続は危ういというものがあり」とありますが、私自身は現実的に「日本民族の存続」を危うくしているものは、少子高齢化による人口減だと思います。
 私的には、アメリカに倣い、諸外国からの移民を増やして意図的に、日本を多民族国家にする、そうした移民(おそらく中国系が多くなる)をも包括した新日本民族を創出するほか、日本民族の滅亡は防げないと思います。
 日本民族の内容も、時代によって異なってしかるべきです。
子欲居
2008/04/15 22:38
この記事では、大和民族の今後についてというような深い考察を意図したわけではありませんが、確かに、民族も固定不変のものではありえません。この問題については、色々と疑問点もあるのですが、『DNAでたどる日本人10万年の旅』での提言も参考になるように思います。

酒井氏の見解には根本的なところで問題があるように私には思われ、それは、中国大陸文明的要素を排した結果出来上がる「日本文明」像・日本史像が、おそろしく貧弱なものになってしまうのではないか、というものです。

もっとも、酒井氏の論考についてはまだ少ししか読んでいないので、酒井氏がどの水準まで中国大陸文明の要素を排そうとしているのか、断定の難しいところで、あるいは私の杞憂に終わるかもしれないのですが。
劉公嗣(管理人)
2008/04/15 23:35
私的には、アメリカに倣い、諸外国からの移民を増やして意図的に、日本を多民族国家にする、そうした移民(おそらく中国系が多くなる)をも包括した新日本民族を創出するほか、日本民族の滅亡は防げないと思います。

watashi ha sono kanngae ni hanntai shimasu.
kumo
2010/05/09 11:26
女系天皇なるものは天皇ではありえません。それは日本国王かもしれません。皇帝かもしれません。しかし天皇ではありません。単なる国王や皇帝ごときを仰ぎ見るいわれも喰わせる義理もありません。日本人は取り立てて従順な民族ではありません。諸外国が国王、皇帝と呼び習わした室町、江戸の将軍家の命脈は、諸国の王朝に比べ、特別長かったわけでもありません。幕藩体制三百年にわたる世襲の君臣関係や身分の別、勝者と敗者の差、諸宗教の対立を超克し得たそのことを指し大御威と申し上げるのです。単なる国王や皇帝などではなく、天皇であったればこそのことです。
天皇の皇位は相続財産ではありません。世界的には、王位や皇帝位の継承やこれにともなう紛争、戦争も、現地の当時の一般的な相続法に照らし合わせてみれば相続財産に準じて理解可能なのが普通です。ヨーロッパなどは良い例でしょうか。天皇位の継承についてこうした理解の仕方には無理があります。相続財産であれば、女子相続が議論の対象になったり、戦争の理由になったりするのは当然です。家族だけで決めるのもよいでしょう。しかし天皇の皇位は相続財産ではありません。

女系天皇なるものは天皇ではない
2010/07/18 00:35
女系での皇位継承がこれまでの継承原理を覆すものであることは間違いないでしょうが、天皇という称号の相対的地位の変遷、とくに近代以降と前近代との違いについて、踏まえておく必要があると思います。

天皇は、いわゆる律令国家の昔より、天子であり皇帝でもあり、天皇という称号に公的にほぼ統一されたのは、明治以降のことです。もっとも、近代以降においても、使用頻度が減少していったとはいえ、皇帝号が用いられていましたが。

国王や皇帝などと天皇との称号の違いには本質的な意味はなく、日本における王の上に立つ地位(天皇・帝)の歴史的位置づけ及びその変遷を丹念にたどっていってこそ、日本の天皇(天子・帝)の、他地域・国の王・皇帝などと比較しての特殊的性格を浮かび上がらせることも可能なのではないか、と思います。

もっとも、これを本気でやろうとしたら、なかなか大変な作業になるとは思いますし、私自身は、最初から日本の天皇の特殊性を強調することを目的として、歴史を検証するつもりはありませんが。
劉公嗣(管理人)
2010/07/18 21:08

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