大河ドラマ『風と雲と虹と』第50回「藤太と将門」

 将門追捕使に任命された貞盛ですが、藤太の助力は得られず、姻戚関係にある常陸国司の藤原惟幾とその息子の為憲と組んで将門と戦ってみたものの、実戦を知らない為憲が兵書に拘って惨敗するなど、厳しい状況が続いていました。今や坂東八ヶ国は将門の勢力圏と言ってよく、将門追捕使に任命された故に、坂東ではかえって貞盛が追われる有様でした。とにかく女性にもてる貞盛は、かつての領地にいる女性の家を渡り歩き、なんとか逃げ回る日々を送っていましたが、ある日、妻の小督が貞盛を探し当てて訪れます。将門の運が傾くこともあろうと考えていた貞盛は、将門の打倒を迫る小督と再会し、将門打倒の決意を固め、一人で田原に向かい、藤太に再度会うことにします。藤太は貞盛を迎え入れて泊めてやりますが、すでに近いうちに将門と会うと決めていた藤太は、貞盛を捕らえて将門に引き渡そう、と考えていました。ところが、貞盛から刀を奪い取るよう藤太に命じられていた若い女性が貞盛に惚れてしまい、貞盛に藤太の策を教えてしまったため、貞盛は危うく逃れることができました。

 藤太は、貞盛が逃げたとの知らせにも動揺する様子を見せず、いよいよ将門を訪れることにします。藤太が石井の館を訪れた時、将門は外出していて不在でした。興世王は、藤太が来たとの知らせを聞き、藤太は散々こちらを待たせたのだから、こちらも待たせてやれ、藤太の器量をはかってやる、と言って2時間ほど藤太を待たせた後、文室好立らと共に藤太の前に姿を現します。このとき興世王らは、正装しており、興世王の藤太への詰問も、畏まった口調でした。興世王は、将門が新皇に即位したというのに、藤太が使者を派遣するだけで自ら伺候しなかったことと、藤太が私領を拡大していることとを指摘し、藤太に逆意があると言う者もいる、と厳めしい口調で詰問します。藤太は、将門を祭り上げようとしているのが興世王であることを見抜きます。

 藤太が、伺候が遅れたのは陸奥との国境にあたる北下野に行っていたためだ、と弁明を始めたところに、将門と良子と豊田丸が帰ってきます。何をしているのだ、と将門が興世王たちに問うと、興世王は決まりが悪そうに顔を背けます。将門は藤太が来ていることに気づき、嬉しそうに自分が平将門だと名乗ります。お会いしたかった、と嬉しそうに言う将門は、藤太の殿はあの頃と少しも変わっておられぬ、と言います。藤太が気づかなかったので、20年前に下野国府の前で、と将門は言います。それでも藤太は確信が持てないようだったので、流刑に処されることになった藤太に刀を献上しようとした少年が自分なのだ、と将門は言い、藤太も感慨深げにやはりあの時の少年がそうだったのか、と言います。郎党の佐野八郎から、将門が少年時に自分と会ったことがある、と知らされていたので、あの時の少年が将門ではないか、と洞察力の鋭い藤太は推察していたのでしょう。

 将門は興世王たちを叱り、妻子を紹介し、藤太を客間に案内します。将門は藤太に、帝になるつもりはない、と言います。自分は権威というものが嫌いなのだ、と言う将門にたいして、板東八ヶ国を統べるためにはやはり、と藤太が言うと、興世王のようなことを言われる、と将門はにこやかに言います。では、権威でなくて何を、と藤太に訊かれた将門は、民人を信じています、と答えます。藤太は、かつて流刑に処されたときのことを将門に語ります。少年時代の将門もその場にいたのですが、下野国府の前で手を縛られて馬上にあった自分に、人々は声をかけた、と藤太は言います。将門は、女たちは花を投げたが、今でもその時のことが目に浮かぶ、と言います。税を納められない代償として民人たちから若い女性を差し出させるような国府の役人に、若かりし日の藤太は我慢できず、民人に代わって国府に乗り込み、気づいたときには役人を打ち殺していました。

 若いとはいえ、無益なことをした、と言う藤太に、にこやかだった将門の表情が一瞬変わります。なぜ無益と言うのか、と将門に問われた藤太は、自分は夢を描いていた、と答えます。自分は民人のために殺人まで犯した、その民人が自分を見捨てるはずがない、と藤太は考えていました。国府の牢にいる時、流刑の道中、流刑先でも、いつ民人が自分を救いにきてくれるか、期待していましたが、誰も来なかった、と藤太は淡々と語ります。そればかりか、藤太が庇った娘たちは、役人の側室として子を産み、幸せに暮らしていました。何一つ変わらなかった、自分の若気の至りは結果として何も生まなかったが、変わったことと言えば、自分の留守の間に両親が病で亡くなったことだ、と藤太は淡々と語ります。流刑から戻って自分は変わったようだ、と誰もが言った、と藤太は語ります。人と争わなくなった、と言うところまでは藤太は将門に話しましたが、その先の、自分は人を愛することもなくなった、という想いは口に出しませんでした。

 自分のことばかり話してしまったので、将門のことも聞かねば、と藤太は言います。将門は、農地・開墾・適した作物など、農業のことを熱心に語ります。藤太は、そんな将門を良い男だ、正直だ、と思います。民人に愛されているのは当然だが、やがて来る中央権力との過酷な争いに勝ち抜けていけるのだろうか、と藤太の心は次第に冷えていきます。藤太は石井の館を去り、田原へと戻る道中、郎党の佐野八郎から、昨晩は将門とずいぶん親しく過ごしていたようですな、藤太にたいする将門の破格の扱いに石井の人々も驚いていた、と言われます。藤太は八郎に、自分は民人に愛されているか、と訊きます。そうではなかろう、と藤太が訊くと、領内はもとより近隣の者も殿を心から敬っている、と八郎は答えます。そして民人は自分を畏れている、と藤太が言うと、殿は厳しいお方ですから、と八郎は言います。藤太は、それでよいのだ、と自分に言い聞かせるようにつぶやきます。八郎から、将門に会ってどう思っているのか訊かれた藤太は、駄目だな、とつぶやくように答えます。

 都にも将門が帝と称されているとの報告が届き、貴族たちが対策会議を開きます。将門がかつて仕えた、人臣最高位にある藤原忠平は、まだ信じかねている様子ですが、将門が除目を行なったとの噂も忠平に報告されます。その都では、玄明・武蔵たち盗賊の勢いがますます盛んでした。玄明・武蔵たちは、役人など富豪の館から盗んだ財物を貧しい民人に配り、すっかり義賊といった感じです。

 その頃、純友率いる船団は備前の沖合にいました。備前介藤原子高はすっかり怯えており、陸路で都に戻ろうとします。すでに子高の館には、くらげ丸や鮫など純友の配下が多数入り込んでおり、見慣れぬ顔だらけとなっていたことに子高は狼狽します。そこへ純友が現れ、平伏した子高に、これまでの残酷な仕打ちを咎めます。平伏して許しを請う子高ですが、純友は、命まではとらないものの、子高がよくやっていたように、子高の耳と鼻を削ぎます。

 子高の館には純友配下の藤原恒利・千載親子がいました。恒利は都の情勢を純友に報告します。恒利の報告によると、朝廷は純友を従五位下に任じることを決めた、とのことでした。どうするのか恒利に訊かれた純友は、朝廷の懐柔には乗らないことを明言し、恒利も安堵します。純友は、位で人を決める制度も吹っ飛ばしてやる、と豪快に言います。恒利はいよいよ本題を切り出し、千載を純友の正妻とするよう願い出ますが、武蔵のことを想っていた純友は、千載は好きだが断る、と返答します。すべて事が成就してからのことだ、と純友は言いますが、恒利は不満な様子です。

 純友配下の大浦秀成は、恒利がさまざまな役人と親しい、と純友に報告しますが、情報を得るためだ、と純友は恒利を庇います。だが度が過ぎる、と秀成は忠告し、裏切り者は誰でも殺す、とくらげ丸は言います。純友は、こういう時は疑心暗鬼が最大の敵だ、と言って笑い、このことは表に出すな、と命じます。純友は将門の情報を知りたがっており、純友が都へと急がないのは、板東の情勢を待っているからでした。純友は、将門が碓氷峠と足柄峠を越えて、西へと攻め寄せてくることを期待していました。都では、忠平が将門討伐の意思を固め、藤原忠舒を東海道追捕使に、小野維幹を東山道追捕使に任命し、藤原忠文を征東大将軍として将門を討つこととしました。

 天慶3年(940年)正月末、将門は石井の館に主だった武将・郎党を招き、慰労の宴を開きます。将門はその席上、昨年11月より軍事活動が続いていたが、農作業の妨げにもなっていたので、板東が治まった今、故郷に帰るよう促します。上野の兵たちが進み出てきて、興世王が帝と呼べとうるさいが、将門の殿と呼んでよいのでしょうか、と将門に尋ねます。将門は、何と呼んでもよいが、堅苦しいのは困る、と言って笑います。興世王は一人離れた場で不機嫌そうに酒を飲んでおり、興世王が石井の館で浮いた人物であることを示しています。上野の兵たちは、いつまでも将門の側にいたい、と言いますが、我々の仕事は合戦ではなく大地に取り組むことだ、と諭します。将門は、板東から国司が去り、公が消えた今、残ったのは、武者である前に大地で働く我々だ、と言います。我々の生まれるずっと前から、郡司・国司・都の朝廷があり、我々はそれに慣れすぎていたが、素直に考えると、今まで当然だったことがそうではなく、その逆が当然だったのだと思えてきた、と将門は言います。公の権威も・勢力も消えた今の板東こそ本来の姿なのだ、第一歩から我々の手で始めよう、と将門が熱く語るところで今回は終了です。

 身内に気を配るよう、と螻蛄婆が懸念していた通り、恒利が純友に異心を抱いたようです。元々、恒利と純友との間ではすれ違いがたびたび見られ、こうなるのも自然な流れのようにも思えます。しかし、純友にとって最大のすれ違いは、自身と将門の思惑ということになるでしょう。純友は、将門が都に向かって攻め上ることを期待しているようですが、将門は、板東を公から解放したことで満足しているようで、今後の展開については、夢を見るのもよいかもしれない、と楽観的に考えているくらいです。純友は、板東の事実上の主になった将門が、その立場上、他の地域も公から解放しようとするはずだ、と考えているのかもしれませんが、それは新たな権威の創出なくして無理であるようにも思われ、それが反逆者としての純友と将門の矛盾・弱点でもある、ということなのでしょう。

 毎回見所の多いこの作品ですが、今回の藤太と将門の対面は、これまでで最大の見せ場になったのではないか、と思います。将門と藤太の考えの違いは、これまでもたびたび描かれてきましたが、若い頃は将門と似た熱い正義漢だった藤太が、なぜ将門とは対極の考えにいたったのか、今回ついに明かされました。藤太に好意と敬意を抱いている将門は、藤太を迎えて終始上機嫌だったのですが、若き日の公への反逆を無益なことだった、と藤太が断言したときは、一瞬表情が変わりました。将門は、藤太も自分と同じく民人を愛し、民人のために尽くす人物だと思っていたでしょうから、衝撃はあったでしょう。しかし、その後に嬉しそうに農事について延々と語る様子からすると、自分と藤太との決定的な違いについて、その意味するところをよく理解していないようです。藤太は、将門は坂東の主としては失格だ、と見切りをつけたようですが、将門の正直な人柄には好感を抱いたようです。将門に好意を抱いているが、対立せざるを得ない立場にあるという点で、藤太と貞盛は似ていると言えるでしょう。

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