大河ドラマ『風と雲と虹と』第52回(最終回)「久遠の虹」

 天慶3年(940年)2月13日、藤太軍に後詰めの軍を破られた将門は、一旦石井の館に退却します。藤太は石井の館の北8kmほどに陣を構え、貞盛・藤原為憲に兵を任せて、石井の館とその周囲の村とを隔てるようにしています。藤太は、兵が村に入れば激しい抵抗に遭うと危惧し、民人が村から出られぬよう、外から監視し、道を確保しています。我々は今完全に孤立させられた、と清忠が言い、これ以上兵は集められないのだぞ、と将頼は言います。これほどの敵に出会うことはもうあるまい、と言った将門は、不利な状況のなか、打って出ることを決意します。一度勝てば、敵の囲みにも綻びが生じよう、と将門は言い、一同は勝利を確信して会議は終わります。将門は良子とともに寝ている豊田丸を見て、ずいぶんしっかりしてきたな、と微笑みます。藤太は戦巧者と聞いている、と不安な様子の良子ですが、負けはしない、と将門が言うと、信じております、と笑顔で答えます。将門は寝ている豊田丸に、お前も立派な板東武者になれ、と言います。

 天慶3年2月14日、ついに決戦の日を迎えます。決戦に向かう将門は、員経とともに、良子を奪った日のことを思い出していました。藤太軍は、中央に総大将の藤太が、右翼に貞盛が、左翼に為憲が位置し、総勢が4000人となるのにたいして、将門軍は400人しかいませんが、いずれも精兵です。将門は、全軍一丸となって中央の藤太勢を襲うと見せて、将門の合図により、一気に右翼の貞盛を襲う作戦を立てます。将門軍が一丸となって向かってくるのを見た藤太は、自分と正面から戦うとはあの男らしい、受けて立とう、とつぶやきます。風下に位置していることを郎党から忠告された藤太は、敵は小勢だから引きつけて射よ、と命じます。そのとき、将門は突如として方向を転換し、右翼の貞盛勢を襲います。不意を突かれた藤太は、貞盛の救援を命じます。乱戦のなか、奮闘していた清忠は、藤太軍から一斉に射かけられ、将門の見守るなか息を引き取ります。将門軍の激しい戦意に押され、風下に立っていたこともあり、さすがの藤太軍も退却します。将門は傷の深い者を残し、怪我を負った員経にその指揮を任せ、敗残の兵を集めて態勢を整えつつあった藤太を追撃します。

 4000人もの藤太軍は、逃亡兵が相次いだこともあって、今や300にまで減っていました。貞盛は、下総の村を抑えていた兵も逃げ帰っただろうな、と言います。一刻も早く逃げよう、と為憲は言いますが、風が止んだことを見て取った藤太は、時が経てば周囲の民人が出てくるだろう、と言って徹底抗戦を主張します。さきほどは10倍もの兵があったのに負けた、という為憲にたいして、臆病者は逃げよ、負ければ運命は一つだ、板東武者の誇りある者は自分に続け、と藤太は力強く言います。こういう時、真っ先に逃げ出しそうな貞盛も、さすがに後がないと覚悟しているのか、藤太に続きます。その頃、藤太の懸念した通り、藤太軍の包囲は破れ、民人たちが将門に加勢すべく村から出てきました。

 勢いに乗る将門は、またしても藤太軍を圧倒し、藤太は一斉に弓を放つことで将門軍を食い止めようとしますが、再び将門軍にとって追い風となり、矢戦でも将門軍は藤太軍を圧倒します。藤太は、将門は鬼か神か、とつぶやきます。その時、風向きが変わって将門軍にとっては逆風となり、藤太はこの機を逃さず反撃を命じます。貞盛と藤太は小次郎とつぶやき、連合軍が一斉に矢を放つと、将門のこめかみに矢が刺さり、将門は落馬し、刺さった矢を何とか引き抜こうとしますが、力尽きて亡くなります。将頼と螻蛄婆は将門が討ち死にしたことに衝撃を受け、呆然とします。将門が討ち取られた後、多治経明も文室好立も将頼も討ち死にします。

 その夜、石井の館は炎上し、老郎党などおもだった郎党・家人は自害しましたが、良子・豊田丸は逃げ出します。藤太・貞盛・為憲が炎上した石井の館に来ると、興世王がまだ館に残っており、兵に連行されてきます。夢は消えた、儚い夢であったが、自分はその夢にかけていた、とつぶやく興世王にたいして、捕われ人でも粗略には扱わない、と藤太は言いますが、自分は武者ではないが恥は知っている、と興世王は言い、舌を噛み切って自害します。貞盛はその様子を唖然として眺めていました。

 良子と豊田丸は、員経・将平に伴われて館を脱出しました。桔梗は、良子の弟の公雅を頼ろう、と提案しますが、公の追求が厳しくなるだろう、と員経は反対します。将平の恋人である「かや」は、自分の父の故郷であり親戚のいる陸奥へと落ち延びよう、と進言します。そこへ追捕の兵士たちが現れ、桔梗たちは兵に立ち向かい、良子たちを落ち延びさせようとします。桔梗たちはその目的を果たしましたが、兵たちにはやはり適わず、強姦され殺されてしまいました。桔梗が殺された土地では、以後桔梗の花が咲かなくなった、と伝えられています。員経とともに陸奥に落ち延びた良子・豊田丸親子のその後の行方は定かではありません。

 将門討ち死にの報告を受けた純友は、自身のなかで何かが崩れ去ったのを感じます。純友配下の大浦秀成は、都へと攻め上る手はずを他の海賊衆に説明し、我々は世直しの軍なのだから、殺さず・奪わず・犯さずを旨とし、違反する者は斬る、と言います。海賊衆は、いよいよ都へと攻め上るということで、大いに盛り上がっていました。そこへ純友が現れ、顔色が悪いのに配下の者たちは気づきます。純友は、将門の討ち死にを受けて撤退を決意しました。くらげ丸は、裏切り者は斬ると言って純友に斬りかかりますが、純友らに突き倒されます。我々だけで都を抑えて何ができる、と言う大浦秀成にたいして、できなくてもよい、自分は都が燃えて焼け野原になるのを見たかったのだ、とくらげ丸は言います。純友は、必ずまた帰って来よう、と力強く言います。翌年、純友は再び挙兵しますが、恒利の裏切りもあって敗れます。純友のその後は、明確には描かれず、殺されたとも、捕らえられて牢死したとも、海賊の大船団を率いて南海に消息を絶ったとも伝えられる、との語りが入ります。

 将門が討ち取られた後、将門追討の征東軍は板東に入り、そのなかに源経基もいしまた。征東軍は藤太・貞盛・為憲を招き、宴を開きました。経基は将門の妻子を捕らえよと言いますが、妻子には罪はなく、坂東には坂東の作法がある、と藤太は経基の要請を断ります。しかし経基は、将門は謀反人であり、妻子も同罪だ、と主張します。そのとき雷鳴が轟き、貞盛は将門が旗に掲げていた火雷天神に言及し、板東の民人は将門には火雷天神がついていると信じている、将門が天上で怒っているのかもしれない、と言います。その直後に、坂東を放浪していた源護と詮子の親子が、雷に打たれて死んだ、との報告が届きます。護と詮子は、良子たちが弟の公雅の助けを受けた後、陸奥へと向かったとの情報を知り、雷雨のなか征東軍の陣所へと急いでいました。護は、雷は将門が来たためだと思い込み、錯乱して空に向かって刀を掲げ、詮子がそれを止めようとしますが、そのとき刀に雷が落ち、二人は亡くなりました。火雷天神とされていた菅原道真の怨霊としての記憶が生々しい都から来た官人にとって、護と詮子が雷に打たれて死んだことは、火雷天神が将門のために護と詮子に罰を下したように思えたことでしょう。

 将門が討ち取られた板東に戻ってきた玄明は、すべて終わった、と螻蛄婆につぶやきます。螻蛄婆は、将門は死んでいない、生きている、と言います。我々の心の中にか、と玄明が訊くと、何万回でも生まれ変わるのだ、我々に年はないからな、と螻蛄婆は言います。それを待とうと言って玄明が歩き出すと、空には虹がかかっていました。ここで第1回の冒頭の場面とつながり、民人が将門の馬の駒音を聞き、馬上の将門が郎党・民人とともに進む姿が描かれ、将門は死なず今もなお生き続けている、という語りが入ってこの作品は完結します。

 ついにこの作品を見終わったことになり、満足感とともに寂しさも多少感じています。藤太軍が苦戦した原因として、藤太の油断があったようにも思われるのですが、これまでの藤太の描写からすると、やや不自然だったようにも思います。主人公が討ち死にし、主人公の周囲の人間も多くは非業の死を遂げるという最終回だけに、全体として憂鬱な印象を受けたのは仕方のないところですが、それぞれの人物の最期も、時間的制約のなかでよく描けていたのではないか、と思います。とくに印象に残ったのは興世王で、将門陣営では新参者で浮いたところがあったのですが、将門への想いは強く、将門に賭けていたということがよく分かる最期だった、と思います。ただ、興世王の将門への想いがほとんど一方通行だったのは、哀れというか滑稽でもありましたが。最後に、初回の冒頭とつながる構成はなかなか上手い作りだな、と思います。今回はこれまでとし、全体的な感想は次回述べることとします。

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この記事へのコメント

みら
2010年07月28日 19:56
こんばんわ

とうとう終わってしまいましたか。

「あの時・・風が吹かなければ・・歴史は変わったんだろうな」と思いましたね・・凄く思った 笑

将門の存在は、現代人にも大きく影響しているのですから、最後のけらばあの言葉は、事実ですね。

忘れてましたが、詮子は雷に打たれて死んだのでしたね、やはり天罰?・・ホッとします爆。

このドラマで平将門について興味を持ち、知らなかったこともたくさん知りました。劉さんには感謝です。

またおすすめ教えてくださいね。
2010年07月29日 01:45
詮子と護の最期はおそらく創作なのでしょうが、都から派遣された追討使の恐れようとあわせて、なかなか上手い設定だったな、と思います。

詮子はずっと存在感を示せていましたが、詮子の妹の小督が、最初は重要人物だと思ったものの、途中から存在感が希薄になったのは残念でした。

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