アメリカ大陸への人類最初の移住をめぐる近年の動向

 『ネイチャー』の5月3日号にて、現生人類(ホモ=サピエンス)の世界各地への拡散の様相についての特集が組まれていることを、以前このブログにて紹介しましたが、そのうちの、アメリカ大陸への人類最初の移住をめぐる議論についての解説(Curry., 2012)を読みました。アメリカ大陸への人類最初の移住については、20世紀後半~近年までクローヴィス最古説が主流でした。しかし近年になって、アメリカ大陸におけるクローヴィス文化以前の人類の痕跡が相次いで報告されていることから、クローヴィス最古説を否定する研究者が増えつつあり、この解説でもクローヴィス最古説は否定された過去の仮説とされています。

 この解説では、クローヴィス最古説が否定された現在、アメリカ大陸への人類最初の移住がどのように行なわれたのか、新たな見解が求められており、考古学と遺伝学の共同研究が進められている、と概観されていて、クローヴィス最古説を否定する根拠された研究や、クローヴィス最古説に替わる新たな見解の根拠となる研究などが取り上げられています。これらの研究には、遺伝学と考古学の共同研究もあり、今後、こうした傾向はさらに強くなっていくでしょう。この解説で取り上げられた研究には、このブログで紹介したものも少なくなく、その意味でこの解説を読んでもとくに違和感や困惑はありませんでした。

 遺伝学と考古学の共同研究の成果の一例として、オレゴン州で発見された人間の排泄物にかんする研究があります(関連記事)。この排泄物は放射性炭素年代測定法により、クローヴィス文化以前の14300~14000年前と推定されました。また、排泄物に含まれていた人間のミトコンドリアDNAには、現代のアメリカ先住民と共通の遺伝的変異が認められました。同じく共同研究の成果の一例として、アメリカ合衆国ワシントン州で発見されたマストドン(ゾウ目の大型動物)に刺さっていた骨のDNA解析から、マストドンの骨で作られた槍の先端がマストドンに刺さっており、それが放射性炭素年代測定により、クローヴィス文化よりも前の13800年前であることを明らかにした研究もあります(関連記事)。

 クローヴィス最古説が否定され、アメリカ大陸への人類の移住経路・時期に関して、新たな見解が提示されています。一つは、大型獣の狩猟者がじゅうらいの想定よりも早くアメリカ大陸へ進出した、というものです。もう一つは、沿岸航海により進出した、というものです。沿岸仮説の主流は、ユーラシア大陸北東部からベーリング陸橋を経てアメリカ大陸へと海岸沿いに人類が進出していった、と想定するのですが、異説もあり、更新世末期のヨーロッパのソリュートレアン(ソリュートレ文化)の担い手がアメリカ大陸へと進出した、という見解も主張されています。しかし、この仮説はDNA解析では強く否定されていることもあり、支持する研究者はほとんどいません。

 現代のアメリカ大陸先住民の遺伝的多様性が乏しいことから、アメリカ大陸へと進出した現代のアメリカ大陸先住民の祖先集団の規模は小さく、数千人ていどだったのではないか、と推定されています。この仮説では、現代のアメリカ大陸先住民の祖先集団はベーリング陸橋で5000年ほど過ごし、その間にシベリアの祖先集団とは異なる遺伝的変異を蓄積したのではないか、と考えられています(関連記事)。ただ、現代のアメリカ大陸先住民の遺伝子構成からアメリカ大陸への人類最初の移住を復元する試みは、ヨーロッパ人がアメリカ大陸と本格的に関わりあうようになった15世紀末以降の、先住民の激減とヨーロッパ人との交雑を考慮に入れると、問題がある、と指摘する研究者もいます。

 したがって、遺伝学的なアメリカ大陸への人類最初の移住の研究は、15世紀末よりも前のアメリカ大陸の住民のDNAを解析する必要がありますが、現在ではそうした解析例もじょじょに蓄積されつつあり、研究の進展に大いに寄与していると言えるでしょう。そうした試みの一例として、グリーンランドの4000年前の住民のDNA解析が挙げられます。その結果、グリーンランドでは何回か移住の波があり、現代のグリーンランドの住民は、4000年前よりもずっと後になって移住してきたのではないか、と推測されています(関連記事)。

 アラスカ南部のプリンスオブウェールズ島で発見された10300年前頃の人骨のDNAの解析の結果が示唆しているのは、アメリカ大陸への人類最初の移住は、最終氷期最盛期の終わる16500年前頃まではなさそうで、おそらく15000年前頃だろう、ということです。また、この10300年前頃の人骨のミトコンドリアDNAは、現代人では北アメリカ大陸西岸の先住民集団ともっとも似ており、アメリカ大陸最初の人類は北アメリカ大陸西岸に到達し、そこから東方へと進出したのではないか、とも推測されています(関連記事)。こうした遺伝学的研究の蓄積から明らかになったのは、現代のアメリカ大陸先住民間に見られる遺伝的な地理分布は、4000年以上前におおむね確立していただろう、ということです。

 沿岸仮説は、想定される移住経路が現代では海面下にあるので、考古学的証明が難しくなっています。しかし、間接的証拠も提示されており、アメリカ合衆国カリフォルニア州の沖合にあるチャネル諸島では、12200年前までさかのぼるかもしれない人類の痕跡が発見されています(関連記事)。また、クローヴィス最古説を否定する重要な根拠となった、チリにあるモンテヴェルデ遺跡では、14000年前頃に海藻が利用されていたと考えられる痕跡が発見されており、沿岸仮説の間接的証拠とも考えられています(関連記事)。

 以上、この解説をざっと紹介しましたが、アメリカ大陸への人類最初の移住をめぐる議論において、クローヴィス最古説はもはやほとんど否定されているといった状況のようで、今後は、いつどのような経路で人類は初めてアメリカ大陸へと進出したのか、より詳細な解明が期待されます。この問題に関しては、近年では遺伝学と考古学の分野、とくに前者において進展がめざましていようですが、形質人類学の分野での貢献も期待されます。そのためには、新たな人骨の発見とともに、既知の人骨の見直しも必要になるでしょう。


参考文献:
Curry A.(2012): Ancient migration: Coming to America. Nature, 485, 30-32.
http://dx.doi.org/10.1038/485030a

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