『天智と天武~新説・日本書紀~』今後の展開と謎

 まだ日付は変わっていないのですが、11月24日分の記事として掲載しておきます。第30話の感想でも少し述べましたが、今後どこまでが主に描かれるのか、まだ予想がつきません。表題からすると、少なくとも天智帝(中大兄皇子)の死までは続きそうですが、壬申の乱は結果だけ簡単に触れられるのでしょうか。このところ展開が遅くなり、その分丁寧に話が進行しているので、長期連載はもう確定したのかな、とやや安心しています。ただ、私が訪れた書店では、相変わらず単行本の入荷数が少ないのが気にかかるところではありますが。天智帝没後も、第二部「天武と持統」・第三部「持統と不比等」・第四部「藤原氏の覇権」のような感じで、救世観音像が法隆寺夢殿に安置されるというか封じ込められるまで続くとよいのですが。まあでもそうなると、さすがに長すぎる気もします。

 大海人皇子が蘇我入鹿の息子とか、豊璋=藤原鎌足とかいった設定以外は基本的には史実の大枠から外れずに進むでしょうから、その意味では、この作品には謎解き的要素が多いというわけではないかもしれません。ただ、まだ明かされていない大きな謎もあります。一番の謎は、聖徳太子=蘇我入鹿という設定はほぼ確定だとして、では現在聖徳太子とされている厩戸皇子は作中世界ではどのように位置づけられるのか、またなぜ聖徳太子として語られるようになったのか、ということです。現時点では、厩戸皇子にも上宮王家にもまったく言及されていません。そもそも作中世界では、上宮王家が存在したか否かも不明です。この謎がどう語られるのか、この作品の見所になりそうです。

 その他には、大海人皇子は即位するにあたって、誰を父と称したのかも気になるところです。おそらく作中の最新の時点では、公的には舒明帝の息子とされているのでしょう。大海人皇子は入鹿の子と公表すると、斉明帝の不義も明らかになりますから、これは隠し続けねばならないでしょうか。それが、藤原不比等(史)の台頭もあったにせよ、最終的に入鹿の名誉回復を阻んだ遠因になったのかもしれません。不比等の台頭がどう描かれるのかも注目です。これには、現時点で言及はされているものの、未登場の鸕野讚良皇女(持統天皇)が深く関わってきそうです。

 同じく存在が言及されているだけで、未登場の舒明帝についても気になるところです。こちらも人物像がほとんど明かされていないのですが、息子の中大兄皇子は、母の斉明帝からだけではなく、父からも疎まれていたと感じていたようです。舒明帝は妻の宝皇女(斉明帝)の不義に気づいていたのか、中大兄よりも古人大兄の方を買っていた理由は何なのかなど、謎が明かされることを願っています。間人皇女(中大兄皇子の同父同母妹で孝徳天皇の皇后)が未登場どころか言及さえされていないことも謎なのですが、こちらは、人間関係を簡略化し、中大兄皇子の「禁断の関係」の対象を入鹿(と弟の大海人皇子?)に限定するためでしょうか。

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