『天智と天武~新説・日本書紀~』第67話「鎌足異変」

 『ビッグコミック』2015年7月10日号掲載分の感想です。前回は、大海人皇子(天武帝)の要望が聞き入れられ、斑鳩で法隆寺(斑鳩寺)の建築が始まったところで終了しました。今回は、669年(西暦は厳密な換算ではなく、1年単位での換算です)に蘇我入鹿の怨霊を鎮魂するための斑鳩寺が完成し、中臣鎌足(豊璋)が天智帝(中大兄皇子)に報告するためにその視察に訪れる場面から始まります。鎌足の発言によると、立地は侘しい限りとのことで、これ以前には斑鳩に寺院などめぼしい施設はなかったことが窺えます。やはり、作中世界では上宮王家自体が存在しなかったのでしょうか。

 鎌足が中に入ると、そこには仏像が安置されていました。それは、蘇我倉山田石川麻呂とその遺志を継いだ大海人皇子の依頼により、新羅の仏師が制作した蘇我入鹿を模した仏像(現在では法隆寺夢殿に安置されている救世観音像)でした。鎌足はその仏像に入鹿ばかりではなく蘇我倉山田石川麻呂と孝徳帝の面影を見て衝撃を受け、気分が悪くなったようです。入鹿の殺害を計画したのは鎌足でしたし、主導的に石川麻呂を自害に追い込んだのも鎌足でしたから、祖国の百済のためとはいえ、鎌足にも多少は後悔の念があった、ということでしょうか。

 近江大津宮に戻った鎌足は、入鹿を象ったように見える仏像が斑鳩寺に安置されており、おそらく朝鮮半島かきら来た仏師に造らせたのだろう、と天智帝に報告します。鎌足の報告を聞いた天智帝は、石川麻呂により入鹿の仏像が造られていた、とかつて孝徳帝が告白したことを思い出します(第12話)。天智帝は苛立ち、石川麻呂も孝徳帝も入鹿殺害に関与したことをそれ程までに恐れて悔やんでいたとは情けない、と吐き捨てるように言います。

 あの仏像が異様に生々しく見えるのはそのためかもしれない、仏像を造るのに関わった全員の情念が強くこもっているような気がする、と鎌足が報告すると、ならば一層壊しがいがあるもの、と天智帝は言います。しかし鎌足は、仏像(斑鳩寺自体も?)を壊そうという天智帝の考えに反対し、仏像がどんなものか、一度実見することを天智帝に勧めます。しかし天智帝は不快そうな様子で、その話はもうよい、気分が悪くなる、と言って鎌足を退出させます。

 その日なのか、しばらく経過してのことなのか、明示されていませんが、鎌足は自邸で政務に励んでいました。すでに夕暮れとなっていたので、使用人の老女が鎌足を案じて灯火を持ってきます。鎌足は日が暮れてきたことにも気づかないほど、政務に励んでいました。鎌足の身を案じる使用人にたいして、新政権に相応しい律令をまとめており、もうすぐ完成するのだ、と鎌足は言います。どこまで実態があったのか、不明ですが、これが近江令ということなのでしょうか。あるいは作中では、年内に鎌足が死ぬことにより近江令は未完に終わった、という設定なのかもしれません。

 自分が見込んだ方(天智帝)が大君(天皇)になった、これまでにどれほどの血と涙を流したことか、だからこそ、いつまでも長くその座にいてもらわなければ、と鎌足は感慨深そうに言います。使用人が再度鎌足の身を案じつつ退出しようとすると、鎌足が倒れます。鎌足が倒れたとの報は、ただちに天智帝・大海人皇子・大友皇子に伝わります。天智帝が慌てて鎌足邸を訪れると、鎌足は床に伏しており、天智帝が呼びかけても目を覚まさず、狼狽した天智帝は鎌足を揺すって起こそうとします。今は安静が一番だ、と医師が天智帝を宥めると、天智帝は激昂し、鎌足を治さねば首を落とすぞ、と医師を脅迫します。

 すると鎌足が目を覚まし、これからという時に倒れて申し訳ありません、と天智帝に謝罪します。そう思うなら早く治せ、そなたのやることは山ほどある、こんなところで寝ている場合ではない、と天智帝は鎌足に声をかけます。そこへ大海人皇子が見舞いに訪れたのですが、天智帝は激昂し、大海人皇子をつまみ出せ、と(鎌足の?)使用人に命じます。鎌足も大海人皇子の見舞いなど望んでいない、と天智帝は言い、鎌足に話しかけようとしますが、鎌足は再び意識を失い、寝入ってしまいました。

 激昂した天智帝は異父弟の大海人皇子を外に連れ出し、いきなり殴りつけます。鎌足に毒をもったのではないか、と天智帝に詰問された大海人皇子は、そんな人間に思われていたとは随分ですね、と答えます。お前ならやりかねない、となおも天智帝に疑われ続ける大海人皇子は、鎌足を欠いた政権は支えを失った建物と同じですから、怖いのですか、と尋ねます。天智帝はなおも激昂し、入鹿の怨霊鎮魂の寺院を建立させたというのに、鎌足が倒れるとはどういうことだ、祟るならば私に祟ればよいのに、建立に賛成した鎌足に憑くとはどういう料簡だ、と大海人皇子を詰問します。

 大海人皇子が冷静に、怨霊をそもそも信じていないでしょうに、と言うと、天智帝は大海人皇子を地面に叩きつけます。我が国を守るために寺院を建立するとお前は言ったのに、鎌足は倒れてしまった、鎌足に何かあれば、役立たずの斑鳩寺を、安置されている入鹿の仏像とともに即刻潰してやる、と天智帝が苛立った様子で大海人皇子に通告し、それを心配そうに大友皇子が木陰から見守っている、というところで今回は終了です。


 今回は、鎌足が倒れ、動揺した天智帝が斑鳩寺を潰す、と宣言したところまで描かれました。今回天智帝が鎌足に示した態度は、意外にも優しげではありましたが、それだけ国家建設には鎌足の力がまだ必要だ、と天智帝が考えているためなのでしょう。大友皇子を太政大臣とする新体制が発足し、もう鎌足もさほど必要ではないと考えた天智帝が、鎌足を父である鬼室福信の仇として憎んでいるだろう鬼室集斯に命じて、鎌足を殺害させるのかな、とも予想していただけに、鎌足が病に倒れるという話はやや意外でした。

 あるいは、大海人皇子がついに復讐を実行に移し、落馬させることにより鎌足を死に追いやるのかな、とも思っていただけに、予想外の展開でした。鎌足の死因に関しては落馬による負傷との見解が提示されていますが、この見解は作中では取り入れられないのでしょうか。あるいは、鎌足は一旦回復するものの、乗馬中に病が再発し、意識を失って落馬した、という話になるのでしょうか。天智帝は大海人皇子が鎌足に毒を盛ったのではないか、と疑っていましたが、そうではなさそうです。

 鎌足は作中設定ではおそらく満年齢で54~55歳であり、病で倒れたとしても不思議ではない年齢です。その鎌足を病に追い込んだ一因として、蘇我入鹿を象った仏像を見てしまった衝撃もあるのかもしれませんが、大きな要因としては、乙巳の変の直前から、自己中心的で権勢欲が強く、しばしば暴走してしまう天智帝にずっと仕え続けたことが大きいのでしょう。しかも鎌足は、天智帝の意向にしたがい息子の定恵(真人)を見殺しにしているのですから、天智帝に仕えてきたストレスは相当なものでしょう。

 大海人皇子だと、殴ったり意趣返しをしたりと天智帝にしばしば反撃しているので、さほどストレスはたまっていないのかもしれません。しかし鎌足の場合は、真人と不比等という息子二人を、天智帝の意向に逆らい、大海人皇子の助けを借りて逃がし、復興百済の王時代(豊王)に、当初は天智帝の意向に逆らって新羅との和睦を画策していたくらいで、基本的には天智帝の「忠臣手足」でい続けたので、ストレスがたまる一方だったのでしょう。

 上述したように、大海人皇子は鎌足に毒を盛ってはいないでしょうし、直ちに鎌足を殺害しようとも考えてはいないでしょうが、大海人皇子が鎌足を見舞ったからといって、両者の仲が接近したようにも見えません。大海人皇子は鎌足の娘二人(氷上娘・五百重娘)を妻としていますが、これは鎌足の死の直前のことか、あるいは鎌足死後のこととされるのでしょうか。まあ、天智帝の同父同母妹で孝徳帝の皇后(大后)だった間人皇女(作中設定では大海人皇子の異父姉)が登場しなかったくらいですから、大海人皇子が鎌足の娘二人を妻としたことにも触れられないのかもしれませんが・・・。

 鎌足が今後一旦回復するのか、それともこのまま衰弱して死ぬのか、まだ分かりませんが、いずれにしても、通説にしたがって、年内(669年のうち)に死ぬことになるのでしょう。鎌足が死んだら斑鳩寺を潰す、と天智帝は宣言していますが、斑鳩寺はおそらく鎌足死後の669年冬に火事となり、翌年4月30日に全焼した、と伝わっています。おそらく作中では、これは天智帝の命による放火だということになりそうです。実行責任者の有力候補は鬼室集斯だと思いますが、近江朝で大友皇子を支える5人の重臣のうち、壬申の乱で唯一処刑となった中臣金ということになるかもしれません。

 今回描かれた斑鳩寺の伽藍配置は、どうも現在の法隆寺と同じように見えます。ということは、作中の現時点での斑鳩寺は若草伽藍ではない、ということなのでしょうか。あるいは単に、現在の法隆寺の伽藍配置を参考にしただけで深い意味はなく、作中の斑鳩寺は若草伽藍であり、この後に(おそらくは天智帝の命により放火されて)全焼し、その後に再建された、ということでしょうか。現在では法隆寺夢殿に安置されている救世観音像(作中設定では蘇我入鹿を象った仏像)は、藤原四兄弟の相次ぐ病没に怯えた光明皇后(と聖武天皇?)の命により封印された、という設定になっているように思われるので、そうした事情も描かれるとよいな、と願っています。

 そうした事情が詳しく描かれるかどうかは、今後どこまで連載が続くかにかかっています。来月(2015年7月)30日に刊行予定の単行本第8集には、おそらく次回の第68話まで収録されるでしょうから、展開からしても、最終回告知がなかったことからも、単行本第8集での完結はなく、少なくとも、第76話までは続くことがほぼ確定したのではないか、と思います(最終回が増ページだと、第75話で終了かもしれませんが)。話の流れからすると、次回で鎌足が死ぬことはなさそうなので、鎌足の死は第70話以降になりそうです。

 今年(2015年)初めの予想(関連記事)では、鎌足の死は、最短では第67話から始まって70話~71話で終わり、展開が遅い場合は、第73話から始まって第76話~77話で終わるのではないか、と予想していました。現在の展開からは、最短の方が的中しそうなので、第71話~72話以降に、鎌足の死後の話が描かれそうです。今年初めの予想では、鎌足の死後に庚午年籍など政治体制の整備や天智朝の人事が4~5話、その後に、未来パートが合計1~2話程度描かれつつ、天智帝の崩御が5~6話程度描かれるのではないか、と予想していました。

 しかし、戸籍の話はすでに少し触れられていますし、大友皇子を首班とする体制の発足は、通説よりも早く鎌足の存命中に設定されています。そうすると、合計1話にもならない未来パートが描かれつつ、第72話~第76話もしくは第77話の5話~6話かけて、天智帝の崩御と壬申の乱まで一気に描かれ、単行本第9集にて完結となってしまうのかもしれません。できれば、第84話まで続いて、単行本第10集にて完結、ということになってほしいものです。もちろん、完結が単行本第11集以降となれば、もっと嬉しいのですが・・・。

 これまで、大海人皇子と鸕野讚良皇女(持統帝)との関係があまり描かれてこなかったので、(壬申の乱以降の)未来パートを詳しめに描いて謎解きを提示していき、壬申の乱のを詳しく描けば、完結が単行本第11集以降となっても、まったく不自然ではないと思います。また、大海人皇子に引き継がれた蘇我入鹿の容貌が、大海人皇子の息子の大津皇子に引き継がれる、という私の予想が的中すれば、その話も詳しく描けるのではないか、と思います。草壁皇子と大津皇子との関係が、鸕野讚良皇女も含めて詳しく描かれることも期待しているのですが、大海人皇子の子供たちは、現時点では十市皇女以外ほとんど見せ場がありません。壬申の乱で活躍した高市皇子も含めて、今後見せ場があることを願っています。

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