ベルトラン=ランソン『古代末期 ローマ世界の変容』

 これは11月5日分の記事として掲載しておきます。ベルトラン=ランソン(Bertrand Lançon)著、大清水裕・瀧本みわ訳で、文庫クセジュの一冊として、白水社から2013年7月に刊行されました。原書の刊行は1997年です。「古代末期」との概念は、現代日本社会において私のような門外漢にも浸透しつつあるのではないか、と思います。古代末期という概念では、西ヨーロッパにおけるローマ帝国の衰退・滅亡による断絶を強調するのではなく、文化・心性の連続性を強調し、古代から中世への長期にわたる移行が想定されています。

 本書の解説にて、この古代末期との概念は今では日本の学界でも広く受け入れられているものの、その功績がピーター=ブラウン(Peter Robert Lamont Brown)氏一人に帰せられているのが問題だ、と指摘されています。本書を読むと、西ヨーロッパにおけるローマ帝国の崩壊から中世(あくまでも現代における一般的な用法)への連続性を強調する見解は、前近代においてすでに見られ、近代歴史学においても、複数の国で優れた研究者たちが提示していたことが分かります。

 本書は、西ヨーロッパにおいて5世紀にローマ帝国という政治体制が崩壊したことをもちろん認めつつも、文学・美術の衰退をはじめとして、ローマ文化はその高水準のままには中世に継承されず、文化的な断絶があったのだ、とする見解をさまざまな根拠により否定していきます。ローマ文化というか古典古代文化は、古代末期に決定的な影響を及ぼしたキリスト教を中心に変容しつつも継承されていった、というわけです。ローマ帝国を支えていた都市エリート層は、都市で帝国から課される過重な政治・行政・経済的負担を嫌い、それがローマ帝国の政治体制の崩壊にもつながりましたが、キリスト教の司教などに転身することにより、都市を指導していくとともに、古典古代文化を継承していった、との見通しが提示されています。

 また、キリスト教が西ヨーロッパにおいて異教的要素を多く取り入れていったことも以前から指摘されていますが、本書は、キリスト紀元(西暦)の算出が6世紀で、本格的な普及が7世紀以降だったことなどから、異教的要素が5世紀以降も根強く存在し、古代末期が古典古代的要素を強く残しつつ、中世の新たな要素も併存する時代だったことを改めて指摘しています。西ヨーロッパにおいて、初期のキリスト教はギリシア語で布教されていったのにたいして、やがてラテン語化していったことなども、古代末期を挟んで、ローマ帝国の時代と中世との連続性を示している、との見通しが提示されています。

 このように本書は、ローマ帝国はその文化とともに衰退・崩壊し、野蛮な中世との間には断絶が生じた、と古典古代期と中世との断絶を強調して、その移行期間を没落の時代とする根強い見解を否定し、古代末期における変容を挟んでの古代から中世への連続性を強調します。現在では、このように単純にローマ帝国の崩壊および古代と中世との断絶を強調する古典的な説に否定的な見解が重視されているようです。しかし一方で、考古学的分析から、西ヨーロッパにおけるローマ帝国の崩壊にともなう社会の崩壊を強調する見解も提示されているようなので、今後そうした見解に基づく一般向け書籍も読んでいく予定です。

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