『天智と天武~新説・日本書紀~』第79話「壬申の乱」

 これは12月26日分の記事として掲載しておきます。『ビッグコミック』2016年1月10日号掲載分の感想です。前回は、大友皇子が近江朝の重臣五人組(蘇我赤兄・中臣金・蘇我果安・巨勢人・紀大人)に、早急に戦の準備をするよう命じたところで終了しました。今回は、672年6月24日(西暦は厳密な換算ではなく、1年単位での換算です)、大海人皇子(天武帝)が吉野で決起する場面から始まります。前回はまだ近江大津宮に雪が降っている時期の話でしたが、今回はいきなり真夏にまで進みました。

 大海人皇子が決起し、進軍を始めて東国に入った、との報せはただちに大津宮に届きます。大海人皇子は吉野で決起した時点で大軍を率いているような描写になっており、ここは『日本書紀』とは異なります。ただ本作では、大海人皇子は準備万端で決起したことになっており、無理のない描写になっています。壬申の乱における大海人皇子の計画性を認める見解を採用している、ということなのでしょうか。近江朝の重臣五人組(蘇我赤兄・中臣金・蘇我果安・巨勢人・紀大人)は大友皇子に、東国の兵を大海人皇子に押さえられる前にすぐ大海人皇子を討つべきだ、と進言します。

 大海人皇子は自軍の目印を赤とし、我々は秦を倒して漢を興した劉邦になるのだ、と高らかに宣言します。大海人皇子が自らを劉邦に擬していた、との見解は古くから提示されており(関連記事)、それが採用されているわけですが、正直なところ、これまでそうした描写はまったくなかったわけですから、今回のこの描写は不要だったのではないか、とも思います。それとも、今後大海人皇子のこの宣言が作中で重要な意味を持つことになるのでしょうか。

 この後、壬申の乱の経過が2ページで駆け足気味に説明されます。説明文だと、わずか数十名で吉野を出た大海人皇子軍は、諸国の兵を味方につけて進撃し、各所で大友軍を撃破した、となっていますが、冒頭の描写からは、大海人皇子はかなりの軍勢を率いて吉野で決起したように見えます。冒頭の描写は、大海人皇子が不破の近辺にまで進出した時のことでしょうか。7月2日に大海人皇子派の豪族が倭京(飛鳥)を制圧し、7月7日には息長横河の合戦で大海人皇子軍が大友軍に勝利します。予想よりずっと展開が速いので、困惑するとともに、残り2話で完結するのではないか、と不安になってしまいます。

 7月17日、大海人皇子軍は大津宮に十数キロメートルのところまで迫っていました。大海人皇子軍の兵士たちは意気軒昂で、大津宮の陥落は間違いない、大友皇子の首は自分がとる、と騒いでいました。そんな士気の高まっている大海人皇子軍の陣中で、鵲は大海人皇子の天幕に大海人皇子の実父である蘇我入鹿を模した仏像(現在では法隆寺夢殿に安置されている救世観音像)を運ぼうとしていました。鵲は、裏山で夕餉の煙が立っているのを目撃します。

 大海人皇子軍と大友皇子軍とは瀬田川を挟んで対峙し、瀬田橋の決戦が始まろうとしていました。大友皇子軍の本陣では、大友皇子と重臣五人組が作戦を検討していました。瀬田川を渡られたら終わりだということで、重臣五人組は焦りと苛立ちを隠せません。蘇我果安が、大海人皇子の東国入りの報せが届いたときに、さっさと騎兵を差し向けて打ち取るべきだった、と今更ながら言うと、もうやめろ、と蘇我赤兄が窘めます。なおも発言しようとする果安にたいして、あの時そなたも大君(天皇)の決断に同意したではないか、と赤兄は叱責します。この時点で果安は自害していると思うのですが、重臣五人組は最終決戦まで大友皇子に付き従っていた、という設定のようです。

 この赤兄の発言からすると、冒頭では明示されていなかったのですが、大友皇子は大海人皇子が決起したと知っても、ただちに討伐軍を差し向けなかったようです。また、大友皇子はすでに即位しているとも解釈できます。ただ、前回、まだ即位していない大友皇子が「覚醒」して天智帝(中大兄皇子)そっくりの姿で現れた時、重臣五人組は大友皇子を大君と呼んでいたので、大友皇子はまだ即位しておらず、重臣五人組が大友皇子を実質的な大君とみなしているだけなのかもしれません。

 果安と赤兄の言い争いを聞いていた大友皇子は笑いだし、陰謀を企んでいる時の天智帝そっくりの顔で、それもこれも織り込み済みだ、と言います。大友皇子の意図を理解できていない赤兄にたいして、快進撃の続いている大海人皇子軍は勝利に酔いしれて油断していることだろうが、それこそ自分の思い通りであり、大海人皇子の首さえ取れればよいのだ、そのための仕上げに瀬田川の橋に手を加えておいた、後は息をひそめて夜明けを待つだけだ、と大友皇子は説明します。次回は、瀬田橋に板を渡してそれを引き、大海人皇子軍を下に落とした、との逸話が取り入れられるのでしょうか。

 大友皇子から説明を受けた重臣五人組は、予想外の作戦だったためか、不安に思いつつも感心します。良策とも思えるが、歩兵と弓兵だけでどれだけ耐えられるだろうか、と赤兄が不安な様子で言うと、混乱させられればよいのだ、と大友皇子は答えます。しかし、敵に悟られればそれまでだ、と赤兄が言うと、大友皇子は赤兄の胸倉をつかんで、まともに戦って勝てる相手か、と凄みます。のるかそるかの大勝負に賭けるしかないのだ、と大友皇子は力強く宣言し、重臣五人組は平伏します。

 その頃、瀬田橋に到着した大海人皇子を鵲が出迎えていました。瀬田橋を渡り切れば復讐も成就しますが、それともこれからの国造りで頭がいっぱいなのですか、と鵲は尋ねるものの、大海人皇子は考え事をしていたようで、答えません。父である入鹿を模した仏像が気がかりなのか、と鵲に問われた大海人皇子は、どうもうまく行き過ぎている気がする、と答えます。大海人皇子が準備万端で決起したことを知っている鵲は、当然の結果だ、と答えます。

 しかし大海人皇子は、なおも懸念していました。大海人皇子には、娘で大友皇子の妻である十市皇女から鮒の包み焼きの中に入れられた文が届いていました。そこには、大友皇子が負けた場合、大友皇子と十市皇女の間の息子である葛野王の命だけは助けてほしい、ということと、大友皇子が簡単に負けるとは思えない、今の大友皇子は大海人皇子の知っている大友皇子ではない、との忠告が書かれていました。大友皇子に最期まで付き従うと誓った十市皇女ですが、やはり父の方が大事ということなのでしょうか。戦の最中なら人も変わる、と言って鵲は大海人皇子を安心させようとしますが、大海人皇子はなおも警戒しているようです。

 何か気づいたことはないか、と大海人皇子に問われた鵲は、樵か猟師が住んでいるのか、裏山に夕餉の煙が昇っていた、と答えます。すると大海人皇子はただちに自分の失策を悟り、山側の守りを固めるよう、命じます。前夜の酒宴で酔っ払っていた兵士たちが起き始めたところで、裏山から大友皇子軍が奇襲をかけてきます。不意を突かれた大海人皇子軍は混乱します。この様子を見ていた大友皇子が、いよいよ決戦開始だ、と言うところで今回は終了です。


 上述したように、前回はまだ大津宮に雪が降っている時期の話でしたが、今回はいきなり真夏にまで進み、壬申の乱が勃発しました。壬申の乱の展開は予想以上に速く、今回だけで勃発から瀬田橋の決戦の始まりまで進みました。本作の主題は天智帝と大海人皇子との「兄弟喧嘩」なので、天智帝没後の壬申の乱はあっさりとした描写になるのではないか、と以前から懸念していましたが、それにしても予想以上に展開が速いので、打ち切りが決定して当初の予定より話が圧縮されているのではないか、と懸念してしまいます。

 告知されていないので次回で完結とはならないでしょうが、その次の回、つまり残り2話で連載が打ち切られ、来年(2016年)1月末刊行予定の単行本第9集で完結するのではないか、と不安になります。本作の山場になると期待していた壬申の乱だけに、せめて6話かけて描かれた定恵(真人)帰国編並には描いてもらいたかったものです。瀬田橋の決戦が次回で決着せず、2話ていどかけて大友皇子の心境・思惑とともに丁寧に描かれればよいのですが、次回で大友皇子が自害するところまで進み、その次の回で蘇我入鹿を模した仏像が法隆寺夢殿に封印された経緯や天智帝の遺骸の在処などといった「謎解き」が簡潔に描かれて終了してしまうのではないか、と不安になります。

 そうした不安について考えていると落ち込むばかりなので、今回の感想に戻りますが、大海人皇子が決起したと知ったものの、ただちに大海人皇子討伐軍を差し向けなかった大友皇子の意図が気になるところです。大友皇子は叔父の大海人皇子を慕っているので、前回で「覚醒」したように見えながら、実は大海人皇子の方が帝位には相応しいと考えて、自分は身を引こう、と考えているのかもしれません。しかし、大友皇子は大海人皇子を打ち取るために奇策を構想しているわけですから、単に大海人皇子と大軍同士で堂々と雌雄を決したかった、ということなのかもしれません。大友皇子の思惑・意図が、今後明かされることを願っています。

 今回、通説とは異なり、大海人皇子が自ら軍を率いて前線で戦うという話になったため、高市皇子が作中で活躍することはないのでしょう。高市皇子は子供時代の姿が一度描かれただけで台詞はなく、その後も十市皇女が一度言及しただけなので(第62話)、本作では基本的に無視されることになるのでしょう。これは当初の構想通りなのか、それとも打ち切りが決定して短縮されたためなのか、気になるところです。大海人皇子の子供たちのうち、十市皇女の扱いは大きいものの、他の子供たちは基本的に描かれないことになりそうです。どうにも今回は不安の募る内容だったので、しばらくは本作のことを考えると心が乱れてしまいそうです。

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