『天智と天武~新説・日本書紀~』第87話「夢殿」

 これは4月26日分の記事として掲載しておきます。『ビッグコミック』2016年5月10日号掲載分の感想です。前回は、蘇我入鹿の分身としての聖徳太子を、誰もが聖人として崇める人物にしてみせる、と行信が誓うところで終了しました。今回は、739年(西暦は厳密な換算ではなく、1年単位での換算です)4月、法隆寺(斑鳩寺)にて八角円堂が完成した場面から始まります。光明皇后(安宿媛)と聖武天皇(首皇子)は、立派な墓が建った、と満足気です。

 すると行信は、この八角円堂は聖徳太子様がお眠りになられ、夢を見られる場所なので、墓所と呼ばずに「夢殿」と名づけたい、と聖武天皇に提案します。行信は、この八角円堂を建てることになったのは、聖徳太子になる前の蘇我入鹿が夢に現れたことが始まりだった、とその由来を説明します。聖武天皇は「夢殿」という名を気に入り、その中に安置されている蘇我入鹿を模した仏像(現在では法隆寺夢殿に安置されている救世観音像)を見ようとします。

 しかし、まだ仏像は安置されていませんでした。そこへ、淡海三船を含めて三人の僧侶が現れ、布に包まれた仏像を運び入れて安置し、花や食べ物を供えます。その間、行信は一心不乱に経をあげ、光明皇后・聖武天皇夫妻も祈っていました。行信は夢殿から帰る光明皇后・聖武天皇夫妻を見送り、入鹿の怨霊を聖徳太子として祀り、夢殿に封じ込めて毎日経をあげれば、鎮魂でき祟りもなさないだろう、と言います。聖武天皇は満足そうで、光明皇后は、できる限り夢殿を訪れる、と言います。

 光明皇后は帰ろうとして、聖徳太子の息子を死に追いやった人物を誰とするのか、訊き忘れていたことを思い出します。行信は一瞬言い淀みますが、聖武天皇に強く促され、蘇我入鹿にした、と答えます。すると光明皇后・聖武天皇夫妻は慌て、それでは元の木阿弥ではないか、また怒りを買って祟りをなしたらどうするのだ、と聖武天皇は行信に問い質します。怨霊の入鹿は聖徳太子となって夢殿で眠っており、子孫を死に追いやった者たちとは別人として考えていただきたい、と行信は答えます。

 なおも反対する光明皇后に、『日本紀(日本書紀)』に加筆するのはこれからなので、怨霊を封じ込めた後だけに祟る心配はないと思われる、と三船が説明します。三船はさらに、入鹿が聖徳太子の息子を討ったことにすれば、我々の祖先である天智天皇(中大兄皇子)と藤原鎌足(三船や行信は鎌足の子孫ではないでしょうが、光明皇后・聖武天皇夫妻のことも含めてそう言っているのでしょう)が入鹿を討ったのは正しかったことになるし、入鹿が無実だと困るという聖武天皇の懸念も解消される、と光明皇后・聖武天皇夫妻を説得します。

 なおも躊躇う光明皇后・聖武天皇夫妻にたいして、蘇我倉山田石川麻呂や孝徳天皇が聖徳太子の息子を討ったことにしたら、彼らが祟り神となってしまうが、入鹿は「聖徳太子」という名を贈られ、夢殿という墓で神として崇められながら眠ることができるのだ、と行信は説得を続けます。ようやく光明皇后・聖武天皇夫妻は納得し、行信の提案を許可します。祟りがまた起きた時には覚悟せよ、と聖武天皇は行信に言い、覚悟はできています、と行信は答えます。

 光明皇后・聖武天皇夫妻が退出すると、分かっていただけてよかった、と三船が叔父の行信に語りかけます。三船は、入鹿の人格を聖人と逆賊の二つに分けて『日本紀』に記すという叔父上の案は完璧だと思う、光明皇后・聖武天皇夫妻の希望にも見事に応えている、と言います。行信は、『日本紀』が初めから矛盾を抱えて出来上がっている、と言い、『日本紀』の成立過程を三船に説明します。『日本紀』の始まりは、天武天皇(大海人皇子)が父である入鹿の名誉回復を念願に、日本の正式な史書を作ろうとしたことでしたが、天武天皇は完成前に崩御します。天武天皇の次に即位したのは、天武天皇の皇后だった鸕野讚良皇女(持統天皇)でした。持統天皇は藤原不比等(史)を重用し、父である天智天皇や藤原氏の正当性を主張するために、自分に都合のよくなるように史書を書き換えさせました。ここで、即位後と思われる持統天皇の姿が描かれ、やはり壬申の乱の前よりも老けた感じになっています。三船に『日本紀』の成立過程を説明した行信は笑みを浮かべ、怨霊より恐ろしいのは人間かもしれない、と言います。

 三船は『日本紀』の加筆を行ないながら、怨霊より恐ろしいのは人間かもしれない、との叔父の発言を想起していました。祟りを封じ込めるためとはいえ、歴史を歪めるという、死んでも続く罪を後世の人にたいして犯しているわけですから、恐ろしいことをしているものだ、と三船は感じていました。『日本紀』の加筆が終わり、行信と三船は聖武天皇に献上します。光明皇后・聖武天皇夫妻は満足そうで、これで災いも遠のくだろう、と穏やかに語り合います。

 その後も行信は入鹿を模した仏像に経をあげ続けます。光明皇后は妊娠し、喜んだ聖武天皇は、聖徳太子にお礼に行かねばならない、と言います。自信はないのですが、この光明皇后の妊娠は創作でしょうか。ところが、その後間もなく、光明皇后にとっては甥、聖武天皇にとっては従兄弟となる藤原広嗣が反乱を起こし、光明皇后は不安を募らせ、流産してしまいます。その間も行信は、入鹿を模した仏像に経をあげ続けていました。そこへ慌てた様子の三船が現れ、藤原広嗣の反乱により藤原氏式家の人々が処罰され、さらには光明皇后が流産したことを伝えます。三船は行信に、聖武天皇が参上を命じた、と伝えます。叔父である行信がどのような処罰を受けるのかと、三船は不安な様子です。行信が怒りに満ちたような表情で入鹿を模した仏像に、ここまで丁寧に祀っても足りないと言うのか、答えよ、と言い、三船が心配そうな表情を浮かべているところで、今回は終了です。


 今回も、蘇我入鹿が聖徳太子とされ、入鹿を模した仏像が法隆寺夢殿に安置というか封印された経緯が解き明かされていきました。注目されるのは、父である蘇我入鹿の名誉を回復しようとして天武天皇は史書の編纂を始めたものの、その次に即位した、天武天皇の皇后だった持統天皇が藤原不比等を重用し、その父である天智天皇や藤原氏の正当性を主張するために史書を書き換えた、との行信の説明です。天智天皇・持統天皇親子の関係はほとんど描かれていませんでしたが、夫の大海人皇子(天武天皇)が天智天皇を殺害したと告白した時に激昂したくらいですから(第77話)、持統天皇は夫よりも父の方が大切だった、ということでしょうか。

 かつて持統天皇は、不比等の父である豊璋(中臣鎌足)を恨んでいるかのようなことを言っていましたが(第32話)、天智天皇への思慕と天武天皇への恨みという点で、不比等と思惑が一致した、ということでしょうか。あるいは、不比等が持統天皇の息子である草壁皇子の擁立と、草壁皇子にとって皇位継承上の競合者たり得る大津皇子の粛清に貢献したので、持統天皇が不比等を重用したのでしょうか。いずれにしても、持統天皇が夫である天武天皇を裏切った、という話になっているようです。この展開はある程度予想していたので、さほど驚きませんでしたが、できれば、天武朝や持統朝の人間模様も描いてもらいたいものです。

 そのためには、連載がいつまで続くのか、ということが問題となるのですが、予告は、「入鹿の怨霊はあまりにも強大だった!次号、怒る聖武天皇の前で、行信は命を賭した決断を・・・!?」となっており、次号で完結とはならないようです。そうすると、少なくとも残り2話はあるのでしょう。読者投稿欄には珍しく本作の感想が掲載されており、編集部は「読者の多くが教科書で、聖徳太子を習った世代ではないでしょうか。近年、歴史上の謎となっている人物、その核心場面を描く今後の展開に是非ご期待ください」と返信しています。そうなると、単行本第10集での完結では、単行本第10集は12話収録となることもありますから、少なくとも単行本第11集までは続くことになりそうです。この場合、少なくとも第93話まで続きそうですから、残り6話は続くと思われます。

 ただ、残り6話以上ありそうだとはいっても、予想以上に行信・淡海三船・光明皇后・聖武天皇の扱いが大きいので、過去に戻っての描写は期待できないでしょうか。行信は、今回の様子を素直に解釈すると、本気で蘇我入鹿の怨霊化を怖れているように思われます。しかし行信は、自分が入鹿の子孫でもあると知っているでしょうから、単純に鎮魂のためではなく、別の思惑もありそうな気がします。それが、後の行信の左遷(本作では、法隆寺の復興に尽力した行信と、聖武天皇の譲位後に左遷された同名の僧侶とは同一人物という設定のようです)とも関わってくるのかもしれません。

 その行信が、祟りが治まらないとして激怒しているだろう聖武天皇に呼び出されてどう答えるのか、ということが次回の見所となりそうです。救世観音像が布で包まれていて、光背が頭に釘で打ち付けられていたのも、強大な怨霊と化した入鹿を封じ込めるために行信が実行した、という話になるのかもしれませんが、聖武天皇の「彷徨」とも絡めて、もっとひねってきそうな気もします。聖武天皇の「彷徨」には行信が関わっていた、という話になるのでしょうか。

 天智天皇と天武天皇の「兄弟喧嘩」を軸に話が進んできた本作ですが、両者が退場してからの話が意外と長く続いています。せっかく、第71話の「禁断の描写」により話題を呼んだらしいのに、これでは、新規の読者層が離れていくのではないか、とやや心配になります。私は、光明皇后・聖武天皇夫妻と行信と三船が主要人物と言える「謎解き編」もわりと楽しんで読んでいるので、飽きたとかつまらないとか思っていませんが。残り6話以上続きそうだということで、天智天皇の最期と遺体の安置場所も明かされそうですし、いかにも打ち切りといった感じの不可解な結末にもならなさそうですから、最後まで楽しんで読んでいけそうです。

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