小畑弘己『タネをまく縄文人 最新科学が覆す農耕の起源』

 これは4月3日分の記事として掲載しておきます。歴史文化ライブラリーの一冊として、吉川弘文館より2016年1月に刊行されました。縄文時代には農耕は行なわれていなかった、との見解が一般では長く浸透していましたが、近年では、縄文農耕論が一般にも少しずつ知られるようになってきたのではないか、と思います。ただ本書を読むと、農耕や栽培といった基本的な概念の定義に難しいところがある、とよく分かるので、どのような基準で農耕の開始と判断するのか、迷うところではあります。これは昔からの持論ですが、一般的に、基本的な概念ほど定義が難しいものだと思います。

 本書は「最新科学が覆す農耕の起源」と題していますが、その「最新科学」とは、21世紀になって大きく発展した圧痕法です。これにより、土器に植物や昆虫などの痕跡が確認されるようになり、当時の社会を推測する重要な手がかりが大量に提示されることになりました。この圧痕法の飛躍的な発展により、縄文時代にマメ類などの植物が栽培されていたことは確実だと考えられるようになりました。ただ本書は、圧痕法で得られた証拠による当時の社会の解釈にはまだ難しいところがあり、圧痕法は万能ではなく限界のある方法論であることも指摘されています。そうした限界も踏まえつつ、本書は日本列島における農耕化を次のように時代区分しています。

I期・・・ヒョウタンなどの有用植物の栽培が始まった可能性のある時期(16000年前以前、旧石器時代)

II期・・・局所的ではあるものの、アサ・エゴマ・ヒエ・アブラナ科などの食用植物の栽培が始まった時期(16000~7300年前、縄文時代草創期~早期)

IIIa期・・・中部地方高地や西関東地域を中心にアズキ・ダイズなどのマメ類やウルシの栽培が始まった時期(7300~5500年前、縄文時代前期)

IIIb期・・・植物栽培が日本列島へと拡散した時期(5500~2860年前、縄文時代後期~晩期前葉)

VI期・・・アワ・キビ・イネなどの大陸系穀物が流入してきた時期(2860~2800年前、縄文時代晩期中葉~後葉)

V期・・・一定規模の人類集団を伴う水稲耕作が朝鮮半島から到来した時期(2800年前以降、弥生時代早期以降)


参考文献:
小畑弘己(2016)『タネをまく縄文人 最新科学が覆す農耕の起源』(吉川弘文館)

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