現代東南アジア人の形成過程(追記有)

 現代東南アジア人の形成過程に関する研究(McColl et al., 2018)が公表されました。この研究は、最近取り上げた東南アジアの古代ゲノム解析の研究(関連記事)と一対になっている、と言えるでしょう。現生人類(Homo sapiens)は73000~63000年前頃には東南アジアに到達していたと指摘されていますが、この初期現生人類集団が現代人にどの程度の遺伝的影響を及ぼしているのか、まだ不明と言うべきでしょう(関連記事)。東南アジアにおいては、44000年前頃までには狩猟採集のホアビン文化(Hòabìnhian)が形成されます。

 東南アジアにおける農耕の開始は、東アジアからの影響が指摘されています。これに関しては、ホアビン文化集団が外部からの遺伝的影響をあまり受けずに農耕文化を採用したという見解や、東アジアから南下してきた移住民が先住民たるホアビン文化集団を置換した、という見解が提示されています。東南アジアの環境条件は古代DNA解析に適していないため、東アジアから東南アジアへの遺伝的影響の程度については、最近までよく分かっていませんでした。

 本論文は、マレーシア・タイ・フィリピン・ベトナム・インドネシア・ラオス・日本の、8000~200年前頃の古代人のDNA解析結果を報告しています。農耕開始前となるホアビン文化集団の個体から、新石器時代を経て青銅器時代、さらには鉄器時代までの個体群が含まれていることになります。日本の古代人とは、2600年前頃となる、愛知県田原市伊川津町の貝塚で発見された縄文人です。これら古代人の合計26個体分の低網羅率の全ゲノム配列が得られ、現代人や古代人も含む既知のゲノム配列と比較されました。

 その結果、以下のように推測されています。出アフリカ現生人類系統のうち、アフリカから東進してきた集団は、南アジアもしくは東南アジアで北上した系統(北方系統)と南下した系統(南方系統)とに分岐します。北上した系統からは、北京の南西56kmにある田园洞窟(Tianyuan Cave)で発見された4万年前頃の男性の系統が分岐しますが(関連記事)、この系統は現代人にはほとんど遺伝的影響を残していない、と推測されています。南方系統の一部は北上し、北方系統と融合して東アジア系現代人の主要な祖先集団を形成しますが、そのさいに南方系統の方が北方系統よりも大きな遺伝的影響力を有したようです(およそ4:1の比率)。

 南方系統では、まずパプア人系統が、次にホアビン文化系統とアンダマン諸島のオンゲ語族系統とが分岐します。ホアビン文化系統は現代東南アジア人の基層集団となり、新石器時代に南下してきた、おそらくはオーストロアジア語族(の祖語系統)の東アジア系統と混合しましたが、両者の遺伝的影響はさほど変わらず、東アジア系統が先住のホアビン文化集団系統を置換したわけでも、ホアビン文化集団系統が外来の他集団の遺伝的影響をほとんど受けずに農耕文化を採用したわけでもなさそうです。

 その後2000年前頃までには、東アジアからタイ・カダイ語族およびオーストロネシア語族系統が東南アジアへと南下してきて先住集団と融合し、現代東南アジア人と類似した遺伝的構成が確立しました。現代東南アジア人は、ホアビン文化集団を基層とし、東アジアから東南アジアへと南下してきた、最初に農耕をもたらしたオーストロアジア語族、2000年前頃までに到達したタイ・カダイ語族およびオーストロネシア語族の融合により形成された、と推測されます。オーストロネシア語族は、おそらく東アジア系から分岐して台湾へと拡散し、そこから東南アジア島嶼部やオセアニアへと拡散しました。オーストロネシア語族は東南アジア島嶼部では、インドネシアへは2100年前頃までに、フィリピンには1800年前頃までに到達した、と推測されています。

 本論文は縄文人にも言及しています。伊川津縄文人は、ホアビン文化集団系統と近縁な南方系統と、東アジアの北方系統との混合により形成され、その遺伝的影響は前者が38%で後者が62%程度だったようです。伊川津縄文人の現代日本人への遺伝的影響は21%程度で、福島県相馬郡新地町の三貫地貝塚の縄文人ではその割合が15%程度と推測されていますから(関連記事)、縄文人とはいっても地域・年代によりある程度の違いがあったと思われます。


参考文献:
McColl H. et al.(2018): The prehistoric peopling of Southeast Asia. Science, 361, 6397, 88–92.
https://dx.doi.org/10.1126/science.aat3628


追記(2020年10月24日)
 見落としていましたが、本論文で取り上げられた、マレーシアのクアンタン州のグアチャ(Gua Cha)洞窟遺跡のホアビン文化(Hòabìnhian)層で見つかった、較正年代で4415~4160年前頃の1個体(Ma911)のY染色体ハプログループ(YHg)はD1(M174)です。やはり、「本土」日本人に多く、アイヌではとくに多いYHg-D1はユーラシア東部南方系統に由来するようです。そうすると、ともに農耕開始に伴ってアジア東部系統集団が拡散してきて大きな遺伝的影響を残しているにも関わらず、YHg-D1が、アジア南東部大陸部ではアジア東部系統に圧倒されたのに対して、日本列島「本土」ではかなり多く残っている、という非対称性をどう解釈すればよいのか、との問題が生じます。一つ大きな違いと考えられるのは、同じアジア東部系統でも、日本列島「本土」では北方系統が、アジア南東部大陸部では南方系統の影響が強いだろう、ということですが、拡散の経緯や外来集団と在来集団との力関係や社会構造などの影響の方が大きいかもしれません。なお、Ma911のミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)は、フィリピンやインドネシアなどで見られるM21b1aです。

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この記事へのコメント

2018年08月12日 21:55
他の人の紹介で、読ませていただきました。
オーストロアジア、オーストロネシア、タイ・カダイ等を南下させた東アジア系集団の形成過程です。これら集団は、東アジア南方系言語集団に属し、長江流域で稲作を始めた集団で、初期中国文明の担い手もこの集団でしょう。
一方、北方にはアルタイ系言語集団がいました。この北方系、南方系東アジア集団の形成過程に興味があります。
2018年08月13日 16:36
本論文ではユーラシア北部について言及されていませんが、もちろん、こちらも重要なので、今後も調べていくつもりです。

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