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zoom RSS 桐野作人『龍馬暗殺』

<<   作成日時 : 2018/10/21 09:56   >>

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 歴史文化ライブラリーの一冊として、吉川弘文館より2018年3月に刊行されました。坂本龍馬殺害(暗殺)事件(近江屋事件)への関心は高く、実行犯や黒幕などの「謎解き」が盛んです。しかし本書は、近江屋事件関連の史料を調査し、幕末のさまざまな殺害事件のなかでも近江屋事件は比較的よく解明されている方だ、と指摘します。竜馬を殺害したのは見廻組で、薩摩藩など幕府ではない組織の暗躍はなかった、というわけです。本書は、「謎解き」で提示されているさまざまな見解を意識して、関連史料と当時の情勢から近江屋事件を丁寧に解説しています。

 本書を読むと、近江屋事件が突発的ではなかった、と了解されます。1866年(西暦は厳密な換算ではなく、1年単位での換算です)1月の寺田屋事件の前より、すでに龍馬は幕府に警戒される人物でした。龍馬は薩摩藩と長州藩との和解・提携に尽力し、両藩の提携が成立した直後、寺田屋で襲撃され(寺田屋事件)、幕吏を殺傷したことで、さらに幕府に警戒されることになりました。龍馬の動向を幕府側は監視しており、京都での龍馬の活動は、幕府側に筒抜けとまでは言えないとしても、かなりの程度把握されていたようです。龍馬はいつ殺害されても不思議ではなかったわけです。また、中岡慎太郎も幕府側に警戒されてはいたものの、近江屋事件においては襲撃対象ではなかった、とも指摘されています。

 近江屋事件を当時の政治情勢に位置づけているのも本書の特徴です。本書は、1867年後半の大政奉還前後の政治情勢を、「廃幕派」と「保幕派」に区分しています。以前は、「廃幕派」に含まれる「武力倒幕派」と「公議政体派」とがこの時期の政治情勢の対立軸とされ、前者の中岡や薩摩藩や長州藩などと、後者の龍馬や土佐藩などとの対立が想定され、そこから近江屋事件の黒幕として薩摩藩が挙げられることもありました。しかし、この時期の政治情勢の根本的な対立軸は「廃幕派」と「保幕派」で、後者は、幕府体制の存続と自勢力の死活的利害が一致していると認識していた、会津藩や桑名藩などでした。大政奉還において龍馬はほとんど活躍しておらず、薩摩藩の小松帯刀の貢献が大きかったのですが、「廃幕派」にたいする「保幕派」の危機感を高め、大政奉還後に「保幕派」が京都でクーデタを計画さえした、と本書は指摘します。この「廃幕派」にたいする「保幕派」の危機感・怨恨が、「廃幕派」のなかで当時知名度が高く、寺田屋事件で幕吏を殺傷したことから幕府にとって捕縛対象だった龍馬へと向かった、というのが本書の近江屋事件の見通しです。薩摩藩や土佐藩に直接武力を行使するのは難しくても、脱藩浪士の龍馬相手になら容易だった、というわけです。ただ、本書は、「廃幕派」の薩摩藩や土佐藩などにしても、藩内の意見は一致していなかった、とも指摘しています。

 本書からは、龍馬は幕末の浪士の一類型だったように思われます。脱藩浪士は旧所属藩の一般藩士との間に感情的な溝があり、幕府など敵対的勢力から狙われる危険のなか活動を続け、運が悪ければ落命しました。龍馬も、そうした多くの幕末の志士の一人だった、というわけです。本書は近江屋事件の単なる謎解きではなく、当時の政治情勢のなかに位置づけており、幕末政治史の解説にもなっています。本書は、近江屋事件の一般向け入門書として優れており、長く読み続けられることになるでしょう。

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