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zoom RSS ボルネオ島の4万年以上前の洞窟壁画(追記有)

<<   作成日時 : 2018/11/08 17:05   >>

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 ボルネオ島の4万年以上前の洞窟壁画に関する研究(Aubert et al., 2018)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。本論文は、ボルネオ島でインドネシア領となる東部の東カリマンタン州の洞窟群の壁画の上下の炭酸カルシウム堆積物のウラン系列法による年代測定結果を報告しています。これらの洞窟群では、数千点の壁画が確認されており、おそらくは在来の野生ウシを描いた赤燈色の動物壁画と手形の第一期、それよりも後の、暗赤紫色の手形ステンシルと複雑なモチーフと人間を描いた第二期、さらにその後の、黒色顔料の人物・舟・幾何学模様を描いた第三期に区分されていますが、これまで正確な年代は不明でした。

 本論文はおもに、東カリマンタン州のルバン・ジェリジ・サレー(Lubang Jeriji Saléh)洞窟(以下、LJS洞窟と省略)の壁画の年代を報告しています。野生ウシと思われる動物の壁画の2ヶ所での測定による下限年代は、40880±840年前と39930±570年前となります。これは、形象的な壁画としては現時点では世界最古となります。LJS洞窟の手形の一つは下限年代が38800±1600年前、別の手形は下限年代が26090±2500年前、上限年代が50280±1550年前となります。

 これら第一期に続く第二期の年代は21000〜20000年前までさかのぼり、更新世では珍しい人間を描いた壁画の下限年代は13800±270年前となります。第二期は、大型動物と手形だけではなく、複雑なモチーフと人間が描かれるようになったという点で、大きな文化的変化と指摘されています。なお、第三期の舟に人間が乗っている絵は初期オーストロネシア語族集団の絵と類似しており、オーストロネシア語族集団の東南アジアへの拡散との関連が指摘されています。

 本論文は、ボルネオ島では52000〜40000年前頃に洞窟壁画が描かれるようになり、最終氷期極大期に新たな絵画様式が出現した、との見解を提示しています。これは、環境変化に伴う社会変動が要因だったのでしょうか。スマトラ島には73000〜63000年前頃に現生人類(Homo sapiens)が存在していた、と確認されているので(関連記事)、ボルネオ島の後期更新世の洞窟壁画を描いたのが現生人類である可能性は高そうです。本論文は、ボルネオ島の洞窟壁画は現生人類の所産としては最古級で、ユーラシア西端のイベリア半島にあるエルカスティーヨ(El Castillo)洞窟の壁画(関連記事)と同等以上の古さになる、とその意義を強調しています。なお、エルカスティーヨ洞窟の壁画に関しては、当初はネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の所産である可能性も指摘されていましたが、現在では現生人類の所産である可能性が高い、との見解が有力です(関連記事)。現生人類はユーラシア圏の東西両端で、さほど変わらない年代に洞窟壁画を描き始めたのではないか、というわけです。

 ボルネオ島の東に隣接するスラウェシ島では、4万年前頃までさかのぼる洞窟壁画が確認されています(関連記事)。本論文は、ボルネオ島からスラウェシ島やパプアニューギニアとオーストラリア(更新世の寒冷期には、タスマニア島とも陸続きとなり、サフルランドを形成していました)まで、洞窟壁画の概念・技術が伝わった可能性を指摘しています。ボルネオ島の人間を描いた洞窟壁画と似ている絵はオーストラリアでも確認されていますが、その年代不明です。本論文は、東南アジアに最初に現生人類が到達してから洞窟壁画が出現するまでやや長いことから、まだ最初期の現生人類の描いたもっと古い洞窟壁画が発見されていない可能性と、人口増加により社会が複雑化し、儀式的行動との関連も想定される洞窟壁画が描かれるようになった可能性を想定しています。ただ、東南アジアの最初期の現生人類が現代人にどの程度の遺伝的影響を残しているのか不明で、遺伝的にも文化的にも、現代への影響が皆無に近い可能性も無視できないほどある、と私は考えています。

 LJS洞窟の野生ウシを描いた壁画は、形象的なものとしては現時点で世界最古となります。ただ、洞窟壁画としては、スペインでもっと古い64800年以上前と推定されているものが報告されており、ネアンデルタール人の所産と推測されています(関連記事)。しかし、本論文の筆頭著者であるオーバート(Maxime Aubert)氏の研究チームは、スペインの64800年以上前の洞窟壁画について、意図せず壁画よりずっと古い鉱物堆積物を年代測定したかもしれない、と批判的です。じっさい、批判も提示されていますが(関連記事)、それに対する反論も提示されており(関連記事)、ネアンデルタール人が6万年以上前にイベリア半島で洞窟壁画を描いていた可能性は高いと思います。ただ、6万年以上前とされるイベリア半島の洞窟壁画に関しては、同じ洞窟に形象的な絵もあるものの、現時点ではその年代は確定しておらず、まだネアンデルタール人が描いたのか、確定していません。その意味で、形象的な絵としては現時点では最古となるLJS洞窟の野生ウシを描いた壁画の意義は大きいと思います。

 なお、6万年以上前とされるイベリア半島の洞窟壁画の研究に関わったジリャオン(João Zilhão)氏は、年代測定されたLJS洞窟の堆積物が、動物の絵と他の絵の顔料の残骸のどちらなのか、不明確ではないか、と指摘しています。その批判が妥当だとすると、LJS洞窟の形象的な壁画が世界最古とは言えないでしょう。ただ、ジリャオン氏は、東南アジアにおいて洞窟壁画が4万年前頃までに出現したことを疑っているわけではありません。ジリャオン氏も参加している研究チームと、オーバート氏の研究チームとは、壁画の年代測定に用いる鉱物堆積物をどのように収集するのか、という方法論が異なっており、こうした相互批判により、さらに信頼性の高い手法が確立されるのではないか、と期待されます。洞窟壁画は、現生人類とネアンデルタール人の比較という視点でも重要なので、今後の研究の進展が大いに注目されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【考古学】世界最古の形象壁画とされるボルネオ島の洞窟美術

 世界最古の形象壁画が同定されたことを報告する論文が、今週掲載される。ボルネオ島(インドネシア)で発見されたその洞窟壁画には正体不明の動物が描かれており、この壁画は少なくとも4万年前のものとされる。

 ボルネオ島の東カリマンタン州にある鍾乳洞には、数千点の岩壁画があり、(1)赤燈色の動物(主に野生のウシ)の壁画と手形ステンシル、(2)それよりも後の時代の、暗赤紫色の手形ステンシルと複雑なモチーフとヒトを描いた壁画、(3)最終段階の、黒色顔料で描かれた人物、船、幾何学模様という3つの時期に分類されている。しかし、これらの作品の正確な制作時期は明らかになっていない。

 今回Maxime Aubertたちの研究グループは、Lubang Jeriji Saleh洞窟で見つかった、正体不明の動物が描かれた赤燈色の大型壁画を調べた。Aubertたちは、ウラン系列分析を行って、この壁画の上に成長した石灰岩の塊の年代を測定した。その結果、この壁画が少なくとも4万年前のものであり、最古の形象壁画になることを明らかにした。

 また、同じ洞窟で見つかった第2、第3の赤燈色の手形ステンシルは最小年代が3万7200年前で、とりわけ第3の手形ステンシルの最大年代は、5万1800年前であることが判明した。Aubertたちは、これらの年代決定に基づいて、ボルネオ島のこの場所で岩壁画が描かれるようになったのは5万2000〜4万年前で、ヨーロッパの現生人類によるとされる最古の壁画が描かれた時期とほぼ同じだと結論付けている。Aubertたちはさらに、暗赤紫色の壁画の年代を2万1000〜2万年前と決定した。この時期は、大型動物の描写することから一貫してヒトの世界を表現するようになったという文化的変化を示す証拠となっている。



参考文献:
Aubert M. et al.(2018): Palaeolithic cave art in Borneo. Nature.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0679-9


追記(2018年11月13日)
 ナショナルジオグラフィックでも報道されました。

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