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zoom RSS 『卑弥呼』第5話「憑依」

<<   作成日時 : 2018/11/05 18:09   >>

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 『ビッグコミックオリジナル』2018年11月20日号掲載分の感想です。前回は、モモソが盟神探湯の試練を切り抜け、暈(クマ)の国にある「日の巫女」集団の学舎である種智院の人々がモモソを日見子(ヒミコ)と認めるところで終了しました。今回は、種智院で戦部(イクサベ)の見習いたちが朝食中に噂話をしている場面から始まります。見習いの女性たちはモモソを百年ぶりに出現した日見子(ヒミコ)と賞賛します。しかしヌカデは、噂話をしている女性たちに忠告します。もしモモソが日見子なら、天照大御神は同時に二人の身体には降らないので、日見子と日見彦は同時に存在しないことになり、現在は日見彦とされている暈の国のタケル王はもう日見彦としての役割を終えたか、最初から偽っていたことになり、タケル王はモモソを殺そうとするかもしれない、とヌカデは説明します。倭国の戦いが終わらないのはタケル王のせいだ、タケル王は偽りの日見彦ではないか、と疑念を公然と口にする諸国の王も多いので、モモソが日見子と認められたなら、タケル王には自害するかモモソを殺すしか選択肢がなくなるわけですから、モモソが日見子との話を軽々しくするな、というわけです。見習いの女性がヤノハの不在に気づくと、ヤノハとは二度と会えない、たいていの場合は帰ってこない戦柱(イクサバシラ)として今日戦場に向かう、とヌカデは説明します。見習いの女性たちは、腕が立ちすぎるのも考えものだ、とヤノハに同情します。

 その頃ヤノハは、戦部の師長であるククリに戦柱として出立する挨拶をしていました。ククリは、必ず帰ってこい、とヤノハに声をかけますが、本心ではなさそうです。万一の場合は知らせる家族はいるのか、とククリはヤノハに尋ねます。こちらがククリの本心なのでしょう。ヤノハは、養母は死に、実母は死んだと聞いており、邑が賊に襲われた時に離ればなれになった弟は行方不明だが、恐らく死んだ、と答えます。そこへ祈祷部(イノリベ)の女性(年配のようなので、見習いではないのでしょう)が現れ、ヤノハを祈祷部に移すよう、命令が下され、ククリは驚きます。ククリは嘲笑とも冷笑ともとれるような表情を浮かべて、お前は天照大御神の声が聞こえるそうだが、自分にはそのように思えない、とヤノハに言います。さらにククリは、祈祷部の長であるヒルメ様は厳しいので、お前の嘘を簡単に見抜く、偽りならば即刻死罪だから、戦場よりも分が悪い賭けに出たようだな、とヤノハに冷ややかな様子で言います。ヤノハは俯いたまま一言も発さず、ほくそ笑んでいました。

 祈祷部では祈祷女(イノリメ)見習いたちへの講義が行なわれ、ヤノハも離れたところに座って静かに聴いています。講師は、我々がお暈(ヒガサ)さまと呼ぶ天照大御神は、お日さま・お天道さまなど様々な呼び名で信じられており、金砂(カナスナ)の国や鬼国(キコク)のように、天照大御神以外の神を信じる国もある、と解説します。祈祷女見習いたちは、薄黒い服を着て新たに加わってきたヤノハのことが気になり、戦部から移ってきた、と噂します。ヤノハには天照大御神の声が聞こえるらしい、と一人が言うと、他の見習いたちは、10年もお暈さまを学んできた我々にも何も聞こえないのに、阿比留(アビル)文字も読めないヤノハが我々に追いつけるのか、などと話しています。偽りならヒルメ様が見抜いてヤノハは死罪となるだろう、と見習いたちが話していると、そのうちの一人が、ヤノハは凶暴らしいので聞こえたら殴られるぞ、と忠告します。ヤノハは、このやり取りがある程度は聞こえていたようですが、静かに座ったままでした。

 その夜、ヤノハは楼観にモモソを訪ねます。講義はさっぱり分からなかった、と言うヤノハにたいして、あなたならすぐに追いつく、とモモソは励まします。食事は戦部より祈祷部の方がずっとよいが、イジメはきつそうだ、とヤノハが言うと、モモソは笑いながら、大丈夫よ、と言います。楼観にいるところを見られたらまずいから出た方がよい、とモモソに促されたヤノハは、手っ取り早く頼みを聞いてほしい、とモモソに言います。ヤノハは近いうちに、天照大御神の声が聞こえるのか、ヒルメの審査を受けることになりますが、手立てはないのでモモソに助けてほしい、と頼みます。天照大御神が降りてきたように振舞う演技を教えてほしい、とヤノハに頼まれたモモソは真顔となります。ヤノハはなおも、自分の養母がそうしていただろうように、何かが憑いているふりをするコツをモモソから聞き出そうとしますが、モモソは悲しそうな表情で、それは間違っている、と言います。モモソは、自分もヤノハの養母も芝居をしているわけではなく、本当に心がどこかに飛んで天照大御神が入ってくるのだ、とヤノハに説明します。なおも納得のいかないヤノハは、盟神探湯(クガタチ)ではなぜ自分の力を借りたのだ、とモモソに尋ねます。するとモモソは、盟神探湯に天照大御神の力は借りられない、と正直に答えます。なおもヤノハは食い下がり、包み隠さず教えろ、芝居なのだろう、と問い詰めます。するとモモソは覚悟を決めた表情で、今から天照大御神を呼ぶ、と言い、天照大御神はあなたを叱ると思う、とヤノハに忠告します。それでもヤノハは、余裕のある表情を浮かべ、それは仕方ないね、と言います。

 天照大御神を呼ぶために呟き始めたモモソの表情が、しばらくすると一変します。天照大御神は降ったのか、とヤノハが嘲笑するような表情を浮かべてモモソに尋ねると、トランス状態?のモモソは、なぜ男を使い、この者(モモソ)を襲わせた、と激昂してヤノハを問い質します。立ち上がったモモソは座っているヤノハを見下ろし、厳しい表情を浮かべて、あの男(ホオリのことでしょう)も暗闇の女(モモソ)をお前と勘違いして抱き着いただけで、そのうえ、あの男にモモソと呼ぶよう命じて、この者(モモソ)を偽った、とモモソが知らないはず(とヤノハは思っていたでしょう)の真相をヤノハに告げます。自分の企みをすっかり見通されていたことに驚愕したヤノハは、モモソに謝ります。しかしモモソ(に憑依した天照大御神?)はヤノハにたいする糾弾を止めません。お前は冷酷にも最初からあの男を犠牲にして、この者(モモソ)に恩を売るつもりだった、と告げられたヤノハはモモソの剣幕に圧倒され、戦場に行きたくなくて必死だったのだ、と言って謝ります。しかし、モモソ(に憑依した天照大御神?)の糾弾は止まず、自分がこの身(モモソの身体)より去った後も、この者(モモソ)に自分の言葉を残すので、お前は終わりだ、この者(モモソ)はお前を告発する、とヤノハに告げます。ヤノハは、勘弁してくれ、友達だろ、と言いますが、モモソ(に憑依した天照大御神?)は激昂して、自分を愚弄する者は絶対に許さない、と言って倒れます。

 モモソはすぐに正気に戻り、ヤノハは安心します。私は何か言ったのか、とモモソに問われたヤノハは、何も言わなかった、と答えて誤魔化そうとします。するとモモソは厳しい表情を浮かべて、嘘だ、あなたは友達ではない、薄汚い嘘つきの詐欺師だ、このことを公にする、とヤノハに告げます。ヤノハはなおも、お前を少しは騙したとはいえ、共に乱世を生き抜くと約束したではないか、と言ってモモソを懐柔しようとします。しかし、モモソは怒った表情を浮かべて、告発するのであなたは全部を失う、とヤノハに宣告します。するとヤノハはモモソを抱え上げ、すまないね、と言いつつ、仕方ないのだ、私はこの乱世で生き残りたい、親友のお前を犠牲にしても、と言ってモモソを楼観から投げ落とし、モモソを殺害します。この時点から先のヤノハが、真実はただ一つ、私は百年ぶりに顕われた本物の日見子を殺してしまったのだ、と回想するところで今回は終了です。


 今回は衝撃的な展開で、本当に驚きました。ヤノハとモモソのどちらかが『三国志』に見える卑弥呼になるのは確実だと考えていたので、ヤノハが卑弥呼になる場合、モモソの退場は予想していました。具体的にモモソがどう退場するのか、詳しく予想していたわけではないのですが、モモソにより殺されるような展開自体は、さほど意外ではありません。しかし、まだ序盤だろう第5話でヤノハがモモソを殺してしまうとは、まったく予想していませんでした。当分はヤノハとモモソの関係性を中心に話が展開すると確信していたので、今回の展開に驚いたのはもちろんですが、何よりも、キャラがかなり良かったモモソの序盤での退場はたいへん残念です。これまでは、ヤノハが主人公の悪漢小説といった感じですが、巫女として優れた才能を有するものの、世間知らずで純情なところもある平凡な人物のモモソとの対比があって、ヤノハの強烈な個性が和らげられて読みやすくなっていた感もあります。したがって、モモソが退場して、ヤノハの強烈な生き様がこれまで以上に強く主張されると、率直に言ってモモソは多くの読者に共感されるような人物造形になっていないので、読んで疲れそうな作風になるのではないか、と懸念しています。今後、まだ登場していない暈の国のタケル王や将軍の鞠智彦(ククチヒコ)などが、魅力的な人物として登場するよう、願っています。

 モモソがヤノハに殺されたのは残念でしたが、生に執着して手段を選ばず、天照大御神の憑依も信じていないようなヤノハの卑劣な画策を、巫女としてた優れた才能を有するものの、世間知らずで純情なところもある、社会通念に従って天照大御神を純真に信仰しているような凡人のモモソが知ってしまったとしたら、モモソが平凡な人間の感情と正義感によりヤノハを告発しようとして、ヤノハが切羽詰まってモモソを殺すような展開になっても不思議ではありません。モモソがヤノハのような「怪物性」を有していたなら、この件でヤノハを脅迫し、自分に都合のよいように操ろうとしたでしょうが、感情の赴くままにヤノハを告発しようとしたのが、いかにも世間知らずの凡人といった感じでした。まだ序盤ですが、これまでに描かれてきた両者の個性がよく活かされており、ヤノハが序盤でモモソを殺したことは、本当に残念ではあるものの、説得力のある話になっていたと思います。

 ヤノハは、養母を間近で見ていたにも関わらず、あるいは見ていたからこそなのか、天照大御神が憑依するという現象をまったく信じていませんでした。しかし今回、モモソが豹変して知らないはずの真相を語りだした様子を見て、天照大御神(に限らず神々)の憑依を信じるようになったかもしれません。ただ、ヤノハは憑依という現象にかなり懐疑的でしたから、あるいは別の説明を思いつくかもしれません。ホオリはヤノハと勘違いしてモモソを襲ったさい、最後にヤノハと呼びかけているので、モモソがそこから疑問に思っても不思議ではありません。モモソの推理力が優れていれば、ホオリが自分を襲ったのがヤノハの陰謀という結論にたどり着いても不思議ではありません。ヤノハがこのように考えれば、今後も、天照大御神の憑依はないと確信しつつも、人々の天照大御神への篤い信仰を利用して、したたかに生き抜いてこうとするのかもしれません。

 しかし、巫女としては百年に一人の逸材と言われているものの、その他の面では平凡なモモソが、ホオリの一言から真相にたどり着くと考えるのには無理があるように思います。まあ創作ものに関して、「合理的な」説明を追求することにあまり意味はないと思いますので、作中では、巫女として本当に優れた者には天照大御神が降り、人知を超えたことも人々に告げられるという、いわゆる超常現象的な設定になっているのかもしれません。あるいは、ジェインズ(Julian Jaynes)氏の「二分心」仮説が採用されているのでしょうか。ただ、あえて少しでも「合理的」に解釈しようとすると、優れた巫女は解離性同一性障害で、精神を集中すると別人格が出現する、という作中設定になっているのかもしれません。モモソの場合は、凡人としての人格の他に、冷酷で冷静な人格も同居しており、そちらはモモソの凡人としての人格も観察でき、真相を見抜けた、というわけです。まあ創作ものですから、この点で「合理的な」設定になっておらず、超常現象的な設定になっていたとしても、本作の魅力を大きく減じることはないだろう、とは思います。

 モモソがヤノハに殺されたことで、ヤノハが『三国志』に見える卑弥呼になるのはほぼ確実だと思います。そうすると気になるのは時々挿入されるヤノハの回想で、まだ若そうなヤノハが洞窟もしくは地下牢で死を待つばかりというような状況に追い込まれているようです。しかも、現時点では生に執着しているヤノハが、回想の時点では間近に迫った死を覚悟しているようです。ヤノハはどのような経緯でそうした状況に追い込まれたのか、また心境の変化はなぜなのか、ということが本作最初の重要な謎解きになりそうです。ヤノハは後に卑弥呼となるでしょうから、その状況から脱出すると考えられます。今回までの描写からは、ヤノハがモモソを殺したと発覚する可能性は低そうなので、天照大御神の声が聞こえる、という申し立てが偽りだとヒルメに判定されて、洞窟もしくは地下牢に幽閉されるのではないか、と予想しています。幽閉されたヤノハを救うのは弟で、『三国志』に見える「男弟」となって卑弥呼たる姉のヤノハを支える、展開になるかもしれません。今回、ヤノハとククリとの会話で、弟はおそらく死んだ、とヤノハが改めて発言していますが、これは逆に生きていることの伏線だと思います。

 もっとも、私の予想は、ヤノハが『三国志』に見える卑弥呼になる、という大前提に基づいているので、この前提が成立しないと的外れになってしまうのですが、題名が「卑弥呼」で、ヤノハが主人公として描かれており、これまでのところもう一人の主人公との感もあったモモソも退場したのですから、素直にヤノハが卑弥呼になると考えてよいと思います。現在の舞台となっている暈の国は、タケルという王と鞠智彦という将軍がいますから、『三国志』に見える狗奴国で、後の熊襲だと思います。ヤノハが暈の国で囚われていて脱出し、後に卑弥呼になったとすると、狗奴国は卑弥呼と対立していた、とする『三国志』の記事と整合的です。その場合、これまでの地理的情報と『三国志』から推測すると、邪馬台国は現在の宮崎県である日向(ヒムカ)となりそうです。ヤノハは日向の出身ですから、郷里で台頭していくのか、あるいは別の地域で台頭した後、郷里を都とするのでしょう。ただ、おそらくヤノハは、モモソから得た情報を活用して成り上がっていき、卑弥呼になるでしょうが、モモソという名前は卑弥呼の人物比定において有力説だろう倭迹迹日百襲姫命に由来すると思われ、その墓は箸墓古墳とされていますから、ヤノハが存命中のある時点で、都は日向から大和へと移るのかもしれません。そうすると、神武東征説話との絡みも考えられ、かなり壮大な話になりそうです。また、卑弥呼死後の混乱は卑弥呼の「宗女」である台与が王となることで収まったとされ、かなり先の話ですが、台与の人物像も気になるところです。血縁関係になくとも、台与はモモソと瓜二つの人物として描かれそうな気もします。色々と予測を述べてきましたが、あまり先のことを予想しても仕方ないので、今回はここまでとします。重要人物で当分は登場し続けると予想していたモモソが早くも退場し、たいへん残念ではあるものの、次回はどのような展開になるのか、たいへん楽しみです。

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