大型類人猿における変異率と各系統間の分岐年代

 大型類人猿(ヒト科)における変異率を見直し、各系統間の分岐年代を新たに推定した研究(Besenbacher et al., 2019)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。現代人の変異率は、数千組ものトリオ(両親と子供)の配列における新規変異(de novo変異、親の生殖細胞もしくは受精卵や早期の胚で起きた変異)の解析により通じて研究されてきました。1年あたりの変異率は、各集団間や各系統間の分岐年代の推定に用いられます。その変異率に基づくと、ヒト系統との推定分岐年代は、チンパンジーで1500万年前頃、ゴリラで1900万年前頃、オランウータンで3500万年前頃となります。これらの推定年代は、ヒト系統とオランウータン系統との種分化の上限年代を2000万年前頃とする化石記録と一致せず、ヒト系統において変異率が経時的に低下した、と考えられます。

 この問題の検証のためには、ヒト以外の大型類人猿の変異率を確定する必要があります。チンパンジー6トリオの以前の研究では、ヒトと類似した変異率が報告されていました。しかし、その研究で用いられたトリオの平均年齢は、父親が18.9歳、母親が18.5歳で、ヒトの29歳より若かったので、同じ条件で比較すると、大型類人猿の変異率はヒトより高くなる、と推測されます。それは、ヒト変異率は両親の加齢とともに増加するからです。なお、母親よりも父親の方が加齢に伴う変異率の上昇は高い、と推定されています。じっさい、最近の研究では、チンパンジーの変異率はヒトより高い、と推定されています。

 本論文は、チンパンジー1トリオ、ゴリラ2トリオ、オランウータン1トリオの変異率を分析するとともに、以前に刊行されていたチンパンジー6トリオのデータを再分析しました。さらに、ヒトにおける変異率への加齢効果に関する知見を適用しました。その結果、ヒトとの比較での1年あたりの変異率は、チンパンジーで1.50倍、ゴリラで1.51倍、オランウータンで1.42倍となります。ヒトの変異率は、他の大型類人猿との比較で顕著に低く、ヒト系統において変異率が低下した、との見解が改めて支持されました。

 本論文は、大型類人猿の新たな変異率を適用し、大型類人猿間の各系統の分岐年代を次のように推定しています。()は95%の信頼性の推定年代です。ヒト系統とチンパンジー系統とで660万年前頃(730万~590万年前)、ヒト・チンパンジーの共通祖先系統とゴリラ系統とで910万年前頃(1010万~810万年前)ヒト・チンパンジー・ゴリラの共通祖先系統とオランウータン系統で1590万年前頃(1760万~1420万年前)です。本論文は、これらの推定分岐年代が、化石記録と一致している、と指摘します。上述したように、ヒト・チンパンジー・ゴリラの共通祖先系統とオランウータン系統との分岐年代の上限は、化石記録から2000万年前頃と推定されています。チンパンジー系統と分岐した後の最古のヒト系統として有力なサヘラントロプス・チャデンシス(Sahelanthropus tchadensis)の年代は、704±18万年前と推定されています(関連記事)。

 本論文はまた、この新たな推定変異率が、現生人類(Homo sapiens)とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)との分岐年代の推定にも影響を与えるかもしれない、と指摘しています。これにより、考古学的な年代測定の難しい人類遺骸でも、高品質なゲノム配列が得られていれば、その個体の年代をより正確に推定できるようになるのではないか、と期待されます。大型類人猿間の各系統の推定分岐年代についてはこれまでにもさまざまな見解が提示されてきましたが(関連記事)、今後はさらに信頼性の高い推定年代が提示されていくのではないか、と期待されます。


参考文献:
Besenbacher S. et al.(2019): Direct estimation of mutations in great apes reconciles phylogenetic dating. Nature Ecology & Evolution, 3, 2, 286–292.
https://doi.org/10.1038/s41559-018-0778-x

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック