近親交配によるイベリア半島北部のネアンデルタール人の形態と絶滅

 近親交配によるイベリア半島北部のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の形態についての研究(Ríos et al., 2019)が公表されました。本論文は、ネアンデルタール人の遺跡として有名なスペイン北部のエルシドロン(El Sidrón)洞窟遺跡のネアンデルタール人遺骸の形態について報告しています。イベリア半島南部は例外かもしれませんが(関連記事)、ネアンデルタール人は4万年前頃までに大半の地域でいなくなったと推測されています(関連記事)。ネアンデルタール人の絶滅要因に関しては議論が続いており、ネアンデルタール人と現生人類(Homo sapiens)との潜在的能力の違いが強調される傾向にあったように思います。しかし近年では、食資源獲得や象徴的思考などの点で、4万年前頃までの現生人類とネアンデルタール人とに大きな違いはない、との見解も提示されています(関連記事)。

 ネアンデルタール人の絶滅に関して、潜在的能力の違いに起因するかもしれないとしても、より後天的な社会要因を重視する見解では、人口規模と社会的ネットワークの密度が重視されます。考古学では、ヨーロッパにおけるネアンデルタール人から現生人類への「交替劇」のさいに、ネアンデルタール人と比較して初期現生人類の人口密度は10倍に増加した、と推定されています(関連記事)。一方、ネアンデルタール人は気候変動や現生人類との競合などにより断片化されていき、広範な社会的ネットワークを築けず、その結果として近親交配の頻度が高くなり、遺伝的多様性が低下していって絶滅にいたった、とも考えられます。

 ネアンデルタール人や種区分未定のデニソワ人(Denisovan)といった古代型ホモ属の現代人と比較しての低いヘテロ接合性から、ネアンデルタール人やデニソワ人は約3000人の有効人口規模の孤立した小規模集団だった、と推定されています(関連記事)。そのため、現生人類と比較して孤立しやすく、遺伝的多様性が低かったのでしょう。ただ、だからといって、ネアンデルタール人社会で近親交配が一般的だったとは言えません。近親交配の指標となるホモ接合性に関して、南シベリアのアルタイ地域のデニソワ洞窟(Denisova Cave)のネアンデルタール人で顕著に高い一方で(関連記事)、クロアチアのネアンデルタール人は一部の現代人集団並だったからです(関連記事)。

 本論文は、エルシドロン遺跡のネアンデルタール人は、ホモ接合性の累積長がデニソワ洞窟のネアンデルタール人より大きく、ミトコンドリアDNA(mtDNA)は、遺伝的多様性が低いことから、近親交配の頻度の高い集団だったのではないか、と推測しています。さらに本論文は、近親交配の頻度の高さが形態(表現型)に現れているのではないか、との予測に基づき、エルシドロン遺跡のネアンデルタール人遺骸の形態を検証しました。更新世のホモ属の発達異常の多さは近親交配の頻度の高さに起因するとの見解も提示されており(関連記事)、この予測は合理的と言えるでしょう。

 本論文は、エルシドロン遺跡のネアンデルタール人の顎から肋骨・椎骨・手・膝・足まで多岐にわたって形態を検証し、少なくとも4個体において、現代人と比較して顕著に高い先天的異常頻度がある、と明らかにしました。たとえば、下顎乳犬歯の保持率は、現代人で0.001~1.8%なのにたいして、エルシドロンのネアンデルタール人では15.38%です。膝の骨の先天的異常(三分膝蓋骨)頻度は、現代人で0.05~1.7%なのにたいして、エルシドロンのネアンデルタール人では7.69%です。これらは、エルシドロン遺跡のネアンデルタール人集団における遺伝的多様性の低さと近親交配頻度の高さを示している、と本論文は指摘します。

 近親交配が健康に与える影響は、現代人でも研究されており、いとこ間の子供では、近親交配ではない子供と比較して、性的成熟前の死亡率が3.5%、先天的異常頻度が1.7~2.8%高く、その原因のほとんどは常染色体の劣性(潜性)遺伝です。個体数減少に起因する近親交配による健康状態の悪化は、ヒト以外でも、フロリダパンサーやスカンジナビアオオカミやスペインオオヤマネコなどで見られます。エルシドロン遺跡のネアンデルタール人集団の高い先天的異常頻度も、人口減少と近親交配の結果として解釈できる、と本論文は指摘します。

 ただ、こうした高頻度の先天的異常頻度は、胎児期や成長期の有害な環境が原因とも解釈できます。じっさい、エルシドロンのネアンデルタール人は、頻繁に飢餓に陥るような過酷な環境で育った、と推測されています(関連記事)。しかし、環境は更新世ホモ属の異常の一部しか説明できず、近親交配の影響が大きいだろう、と指摘されており(関連記事)、本論文も、エルシドロン遺跡のネアンデルタール人集団の高頻度の先天的異常は、近親交配に起因するところが大きいのではないか、と推測しています。

 こうした先天的異常頻度の高さやそれに起因するだろう疾患・負傷率の高さにたいして、ネアンデルタール人社会では負傷者や病人にたいする有効な看護と健康管理が実践されており(関連記事)、エルシドロンのネアンデルタール人社会では肉食に頼らない食性と薬用植物の活用が推測されていることから(関連記事)、本論文はネアンデルタール人社会における回復力を指摘しています。これにより、ネアンデルタール人は孤立して遺伝的多様性が低くとも、長期にわたって存続できたのでしょう。

 ただ、エルシドロン遺跡のネアンデルタール人集団は、他のネアンデルタール人集団よりも近親交配の頻度が高かったと推測され、じっさいに表現型(形態)でも先天的異常の頻度が高いことから、ネアンデルタール人社会の人口崩壊の始まりを表しているのではないか、と本論文は指摘しています。ネアンデルタール人は現生人類と比較して人口密度が低く、遺伝的多様性が低いものの、エルシドロン遺跡のネアンデルタール人集団のように、遺伝学でも形態学でも近親交配が一定水準を超えたと考えられる場合は、絶滅への道を歩み始めたと解釈しても的外れではなさそうです。じっさい、47000~39000年前頃の複数の西方ネアンデルタール人(関連記事)は、5万年前頃のクロアチアのネアンデルタール人(関連記事)よりもヘテロ接合性の水準が低く、末期ネアンデルタール人の人口密度の低下と孤立による遺伝的多様性の低下を示しているかもしれません。

 おそらく、現生人類がヨーロッパに拡散する前にも、気候悪化などにより人口規模が縮小し、近親交配による弊害で絶滅していったネアンデルタール人集団は珍しくなかったのでしょう。それでも、競合者がいない場合は、一部地域のネアンデルタール人集団が耐えて、気候回復とともにまた拡大していったため、ネアンデルタール人全体では絶滅に至らなかったものの、現生人類という強力な競合者がヨーロッパに拡散してくると、ネアンデルタール人には回復するだけの余力はなく絶滅した、ということなのだと思います。

 一方、ユーラシアに拡散してきた初期現生人類に関しては、近親交配が避けられていたことを示唆する集団の存在も確認されています(関連記事)。これは、ユーラシアの初期現生人類の人口密度の高さと広範な社会的ネットワークと高い遊動性に起因するかもしれません。ユーラシアの初期現生人類の人口密度の高さは、ネアンデルタール人と初期現生人類の成人死亡率に現時点では違いが見られないことから、出生率の増加と乳児死亡率の低下に起因するかもしれない、と本論文は推測しています。

 本論文は、ネアンデルタール人集団の絶滅の始まりの指標として、形態が有効であることを示した点で、たいへん意義深いと思います。古代DNA研究は飛躍的に発展しつつありますが、それでも、その遺骸がほとんど4万年前よりもさかのぼるネアンデルタール人の古代DNA研究は容易ではありません。とくに、ネアンデルタール人と現生人類との接触という観点ではヨーロッパよりもずっと早いレヴァントは、ネアンデルタール人の絶滅過程を検証するうえでたいへん重要な地域となりますが、その気候条件からネアンデルタール人の古代DNA解析はかなり難しそうですから、形態からのネアンデルタール人の遺伝的多様性の変遷という観点の研究の進展が大いに期待されます。なお、この機会に、以下にエルシドロン遺跡関連の記事をまとめておきます。


ネアンデルタール人の食人習慣?
https://sicambre.at.webry.info/200612/article_9.html

ネアンデルタール人のミトコンドリアDNA分析と社会構造
https://sicambre.at.webry.info/201101/article_6.html

ネアンデルタール人は植物を食べていた
https://sicambre.at.webry.info/201207/article_29.html

ネアンデルタール人社会の性別分業
https://sicambre.at.webry.info/201502/article_23.html

ネアンデルタール人と現生人類のY染色体の違い
https://sicambre.at.webry.info/201604/article_9.html

歯石から推測されるネアンデルタール人の行動・食性・病気(追記有)
https://sicambre.at.webry.info/201703/article_10.html

現生人類とさほど変わらないネアンデルタール人の成長速度
https://sicambre.at.webry.info/201709/article_23.html


参考文献:
Ríos L. et al.(2019): Skeletal Anomalies in The Neandertal Family of El Sidrón (Spain) Support A Role of Inbreeding in Neandertal Extinction. Scientific Reports, 9, 1697.
https://doi.org/10.1038/s41598-019-38571-1

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