在来の狩猟採集民により始まったアナトリア半島の農耕

 アナトリア半島を中心とした農耕開始前後の人類集団の遺伝的構成に関する研究(Feldman et al., 2019A)が報道されました。農耕はアジア南西部の肥沃な三日月地帯で紀元前10000~紀元前9000年頃に始まり、その後ユーラシア西部の広範な地域へと拡大し、アナトリア半島中部には紀元前8300年頃に到達しました。農耕はアナトリア半島からヨーロッパへと拡散し、それは初期農耕民の移住によるものでした。アナトリア半島からの初期農耕民と在来の狩猟採集民とは、ヨーロッパで融合していきます(関連記事)。

 一方、肥沃な三日月地帯のレヴァント南部やザグロス地域(現在のイラク東部およびイラン西部)では、新石器時代への移行を通じて集団の遺伝的構造が持続し、在来の狩猟採集民が農耕を始めた、と推測されています(関連記事)。アナトリア半島中部は、肥沃な三日月地帯以外の地域では最も早く農耕の始まった地域なので、農耕拡散の様相を理解するための鍵となります。アナトリア半島の初期農耕民は、レヴァント南部およびザグロス地域の初期農耕民と遺伝的にはっきりと異なるので、アナトリア半島でも在来の狩猟採集民が主体となって農耕を始めた、と推測されます。

 じっさい、考古学的証拠からは、アナトリア半島中部らおける文化的継続性が指摘されていました。しかし、農耕前の人類集団の遺伝的データが欠けていたので、アナトリア半島の初期農耕の発展が移住者によりもたらされたのか、そうだとして在来の狩猟採集民との混合がどの程度だったのかは、明らかではありません。同様に、農耕開始前の近東とヨーロッパの狩猟採集民の遺伝的類似性も、アナトリア半島の狩猟採集民の遺伝的データの欠如のため、明らかではありません。

 これまでの遺伝学的研究は、近東集団がヨーロッパの狩猟採集民およびアジア東部集団と共通の外集団からの系統をかなりの程度有する、と示唆します。この非アフリカ系現代人系統における深い分岐系統はしばしば「基底部ユーラシア人」と呼ばれ、非アフリカ系現代人全員の共通祖先集団とは、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)との交雑前に分岐した、と推測されています(関連記事)。現代人集団において、この基底部ユーラシア人の遺伝的影響がユーラシア西部では強いため、アジア東部よりもネアンデルタール人の遺伝的影響が小さくなっている、とも推測されていますが、基底部ユーラシア人による「希釈」効果は大きくなかった、との見解も提示されています(関連記事)。

 14000年前頃以降のヨーロッパの狩猟採集民は、それ以前のヨーロッパの狩猟採集民よりも、現代の近東集団との遺伝的類似性が増加する、と示されていますが、この類似性がどのように形成されたのか、よく理解されていません(関連記事)。後期更新世のヨーロッパにおいて、文化的にはマグダレニアン(Magdalenian)と関連する集団系がイベリア半島も含めて広範に存在しており、ベルギーのゴイエット(Goyet)遺跡で発見された19000年前頃のゴイエットQ2(Goyet Q-2)個体に代表されます。その後、イタリアのヴィラブルナ(Villabruna)遺跡で発見された14000年前頃の個体に代表される系統が、マグダレニアン集団(ゴイエットQ2)系統をほぼ置換した、と推測されています。しかし、イベリア半島においては、ゴイエットQ2系統も存続した、と指摘されています(関連記事)。

 本論文は、末期更新世~前期完新世にかけてのアナトリア半島とレヴァント南部の人類遺骸の新たなゲノム規模データを報告しています。このうち、直接年代測定された紀元前13642~紀元前13073年頃のアナトリア半島の狩猟採集民のゲノム規模データは、アナトリア半島の続旧石器時代のものとしては最初となります。この他に、紀元前8300~紀元前7800年頃となる5人の新石器時代アナトリア半島農耕民、1人の紀元前8269~紀元前8210年頃のトルコの農耕民、紀元前7700~紀元前7600年頃および紀元前7027~紀元前6685年頃の2人のレヴァント南部の農耕民のゲノム規模データが報告されています。本論文はこれらの新たなゲノム規模データを、既知の587人の古代人および254人の現代人と比較しました。

 その結果まず明らかになったのは、アナトリア半島の更新世の続旧石器時代の狩猟採集民の遺伝的構成は、既知の他の後期更新世集団とは異なる、ということです。次に、アナトリア半島の初期農耕民は、遺伝的にはおおむね(90%ほど)続旧石器時代の狩猟採集民の遺伝的構成を継承している、ということです。残りの10%ほどは、新石器時代イラン・コーカサス集団系統に由来する、と推測されています。アナトリア半島における農耕は、考古学的証拠が示唆しているように、レヴァント南部ややザグロス地域と同じく、在来の狩猟採集民が主体になって始められただろう、というわけです。この後、新石器時代(先土器時代)のアナトリア半島では、レヴァント南部からの遺伝的影響を受け、その比率は20%ほどと推定されていますが、末期更新世~前期完新世にかけての7000年の長期間、アナトリア半島では狩猟採集から農耕へと移行しても、遺伝的継続性はおおむね維持された、と本論文は指摘しています。ただ、アナトリア半島における狩猟採集から農耕への移行に関しては、均一でも必然的でもなかった、とも指摘されています(関連記事)。

 14000年前頃以降のヨーロッパの狩猟採集民における、それ以前と比較しての現代近東集団との遺伝的類似性の増加に関しては、とくに中石器時代のヨーロッパ南東部狩猟採集民において、アナトリア半島狩猟採集民との強い遺伝的類似性が指摘されています。本論文は、ユーラシア基底部系統の比率に関する分析の限界を認めつつ、アナトリア半島狩猟採集民から中石器時代ヨーロッパ南東部狩猟採集民の祖先への近東遺伝子流動だけでは、この類似性の説明には充分ではないかもしれない、と示唆します。本論文は追加の要素として、中石器時代ヨーロッパ南東部狩猟採集民の祖先からアナトリア半島狩猟採集民の祖先への遺伝子流動を想定しています。ただ、この過程を推測するには遺伝的データが欠如しているので、アナトリア半島とヨーロッパ南東部のデータの増加が必要とも指摘されています。

 狩猟採集社会から農耕社会への移行については、人類集団の移動と、それをあまり伴わないような農耕技術・概念の伝播のどちらが重要だったのか、各地で様相が異なっており、世界中を一律に論じられないのではないか、と思います(関連記事)。一般的に、アジア南西部のように近隣地域よりも早期に農耕の始まった地域では、在来の狩猟採集民が主体的に農耕を始め、近隣地域よりも農耕開始の遅れた地域では、ヨーロッパや日本列島のように、農耕集団の移住が大きな役割を果たす傾向にあるように思います。ただ、近隣地域よりも農耕の始まりの早いアジア東部の黄河流域や長江流域では、更新世の狩猟採集民と新石器時代の農耕民との間に置換があった可能性も指摘されています。アジア東部というかユーラシア東部の古代DNA研究はユーラシア西部よりもずっと遅れているので、今後の研究の進展により、現在のユーラシア西部並の信頼性で農耕開始の様相を推定できるようになるのではないか、と期待されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【遺伝学】アナトリア中部での農業の起源を探る

 1万5000年前のアナトリアの狩猟採集民のゲノム規模のデータを初めて示した論文が、今週掲載される。この知見は、「肥沃な三日月地帯」以外では最古の農耕コミュニティーのいくつかが存在していたアナトリア中部での農業の起源を解明する上での手掛かりとなる。

 農業は、紀元前1万~9000年頃に西南アジアの肥沃な三日月地帯で始まった。その後、農耕技術は西ユーラシア全土に広がり、紀元前8300年頃にアナトリア中部(現在のトルコの一部)に到達した。しかし、その原因が、当時の近隣地域の農耕民が流入したことだったのか、地元の狩猟採集民が農耕技術を取り入れたことだったのかは、これまで明らかになっていなかった。

 今回、Johannes Krauseたちの研究グループは、アナトリアの狩猟採集民1人、新石器時代前期のアナトリアの農耕民5人、新石器時代前期の南レバントの農耕民2人のゲノム規模のデータを解析して、この地域に農業が出現した時期の遺伝的記録を作成した。その結果、新石器時代のアナトリア人の祖先の大部分を占めていたのが狩猟採集民であることが明らかになり、アナトリア中部の最初の農耕民が地元民であったことが裏付けられた。また、原始イラン人/白人、レバント人、南ヨーロッパ人との遺伝的連関も検出され、古代の遺伝子交換と技術交流の複雑な歴史が示された。Krauseたちは、こうした知見に基づいて、アナトリアは肥沃な三日月地帯からヨーロッパへ移動した原始農耕民にとっての経由地であり、地元の狩猟採集民はこの地でアイデアと植物と技術を入手し、農業で生計を立てられるようになったという考えを示している。



参考文献:
Feldman M. et al.(2019A): Late Pleistocene human genome suggests a local origin for the first farmers of central Anatolia. Nature Communications, 10, 1218.
https://doi.org/10.1038/s41467-019-09209-7

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