ヨーロッパの巨石文化の拡散

 ヨーロッパの巨石文化の拡散に関する研究(Paulsson., 2019)が公表されました。ヨーロッパには35000点ほどの巨石遺物があります。それらは、墓や直立したものや直線的に配置されたものや環状のものや建築物(寺院)などです。こうした巨石遺物の大半は新石器時代~銅器時代のもので、ヨーロッパ北部のバルト海や大西洋沿岸から地中海沿岸まで広範囲に分布しているにも関わらず、類似もしくは同一の構造上の特徴が見られます。本論文では、カタルーニャの支石墓(ドルメン)の写真写真が掲載されています。

 巨石文化に関しては、100年以上にわたって議論が続いてきました。19世紀後半~1960年代頃までは、巨石文化は中東に起源があり、地中海と大西洋の沿岸を経由して拡散した、という単一起源海路拡散説が有力でした。1970年代になると、放射性炭素年代測定法により、複数地域、たとえばポルトガル・アンダルシア・ブルターニュ・イングランド南西部・デンマークなどで独立して巨石文化が出現した、という仮説が提示されました。初期の放射性炭素年代測定結果は、拡散仮説を支持しなかったからです。本論文は、巨石文化前から巨石文化期および巨石文化と同年代の非巨石文化の放射性炭素年代測定結果2410点(較正年代)を、ベイズモデリング手法で分析しました。その結果、本論文は、巨石文化の拡散には主要な3段階があった、との見解を提示しています。以下に、本論文の図5を掲載します。
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 巨石墓は、フランス北西部・地中海・イベリア半島の大西洋沿岸で、紀元前5千年紀後半に200~300年以内に出現した、と推測されます。これが第1段階の拡散です。現時点では、ヨーロッパで巨石文化前の記念碑から巨石遺物への移行が見られる地域はフランス北西部だけなので、ここが巨石文化の起源地として示唆されます。カタルーニャやフランス南部やコルシカ島やサルデーニャ島といった、その他の紀元前5千年紀の初期巨石文化拡散地域では、この時代には巨石墓が例外的で、地下への埋葬が依然として一般的でした。

 その後、紀元前4千年紀の前半に巨石文化の新たな拡大が起きました。これが第2段階の拡散です。数千もの羨道墓がイベリア半島・アイルランド・イングランド・スコットランド・フランスの大西洋沿岸に建てられました。この羨道墓の分布は、海路での拡散と、これらの地域が海路で強いつながりを有していた、と示唆します。また、羨道墓の拡散は、ヨーロッパの経済および社会的変化を反映しており、埋葬儀式の急激な変化の指標になる、と指摘されています。

 紀元前4千年紀後半には、羨道墓はスカンジナビア半島へと到達します。これが第3段階の拡散です。この地域の最初期の羨道墓は、バルト海のエーランド島とゴットランド島にあります。本論文は、巨石文化の起源がフランス北西部にあり、地中海と大西洋海岸沿いに拡散し、それは年代的には連続した主要な3段階で区別される、との見解を提示しています。こうした巨石文化の拡大は、新石器時代および銅器時代社会の社会的・経済的変化と一致しており、当時の航海技術と海に関する知識はじゅうらいの推定よりもはるかに発達していた、と本論文は指摘しています。これはたいへん興味深い見解で、今後の研究の進展が期待されます。


参考文献:
Paulsson BS.(2019): Radiocarbon dates and Bayesian modeling support maritime diffusion model for megaliths in Europe. PNAS, 116, 9, 3460–3465.
https://doi.org/10.1073/pnas.1813268116

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