シナ・チベット語族の起源(追記有)

 シナ・チベット語族の起源に関する研究(Zhang et al., 2019)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。シナ・チベット語族は、インド・ヨーロッパ語族に次ぐ世界第2位の話者数を有する、とされています。シナ・チベット語族の起源に関しては、その地域・年代が長く議論されてきました。一方の「北部起源説」では、シナ・チベット語族の最初の拡大は6000~4000年前頃(紀元後1950年基準)に中国北部の黄河流域で起き、土器や絹を生産し大規模な定住集落を有していた、新石器時代の仰韶(Yangshao)文化やもっと後の馬家窯(Majiayao)文化と関連している、と想定されています。もう一方の「南部起源説」では、シナ・チベット語族の早期の拡大は9000年前頃以前に中国南西部の四川省もしくはインド北東部の地域から起きた、と想定されています。その根拠は、これらの地域ではチベット・ビルマ語派の高い多様性が確認されるからです。

 本論文は、言語学・遺伝学・考古学・人類学の研究成果を統合し、109の言語における949の語彙の系統分析により、シナ・チベット語族の起源を検証しました。その結果、最も可能性が高いと推定されたのは、シナ・チベット語族の起源は中国北部の黄河流域にあり、5900年前頃に(7800~4200年前頃)拡散・多様化が始まった、との想定です。これは「北部起源説」と整合的です。本論文は、シナ・チベット語族がシナ語派とチベット・ビルマ語派に大きく二分され、その後に各語派が分岐していき、その拡散は農耕拡大に伴っていた、との見解を提示しています。

 本論文の見解自体はとくに意外なものではないでしょうが、学際的研究による大規模データの分析で言語の拡散・分岐や人類集団の移動を復元する手法が示されたことは、たいへん意義深いのではないか、と思います。チベット人のゲノムの2/3は、アジア東部の初期農耕民で現代にも子孫を残してはいるものの、その遺伝的構成そのものは失われてしまった「黄河ゴースト集団」に由来し、残りの1/3はチベット在来の狩猟採集民集団に由来する、と推測されています(関連記事)。本論文の見解はこの推測とも整合的で、日本やチベットなど世界では少数地域にしか存在しないY染色体DNAハプログループDの起源やかつての分布域の推定という観点からも、アジア東部、さらにはユーラシア東部の古代DNA研究の進展が期待されます。

 また、頭蓋の分析からは、アジア東部・南東部において、農耕開始に伴う大規模な人類集団の移動が想定されています(関連記事)。つまり、本論文で想定されている中国北部の黄河流域の初期農耕民集団は、更新世の中国北部集団の遺伝的影響を受けているかもしれないとしても、その影響は小さく、農耕開始の頃に中国北部に拡散してきた外来集団だったのではないか、というわけです。これはあくまでも頭蓋形態に基づく推測ですから、この問題の解明には、やはりユーラシア東部における古代DNA研究の進展が必要となります。アジア東部の初期農耕民集団がどのように形成されたのか、現代日本人の形成過程とも大きく関わってくる問題でしょうから、日本人の私はたいへん注目しています。


参考文献:
Zhang M. et al.(2019): Phylogenetic evidence for Sino-Tibetan origin in northern China in the Late Neolithic. Nature, 569, 7754, 112–115.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1153-z


追記(2019年5月2日)
 論文が『ネイチャー』本誌に掲載されたので、以下に『ネイチャー』の日本語サイトから引用します。



言語学:シナ・チベット語族の起源と拡散

言語学:北方の有力集団

 シナ・チベット語族は、インド・ヨーロッパ語族に次いで世界で2番目に大きな言語群で、インド・ヨーロッパ語族と同様に、その「原郷」、すなわち究極の起源地に関して相反する2つの仮説が存在する。「北部起源説」は、その起源を約6000年前の黄河峡谷としており、有名な考古学的遺物と関連付けられている。一方の「西南部起源説」は、その起源を9000年前以前の中国西南部、またははるかインド北部とするもので、これらの地域には現在、小規模ながら多様なチベット・ビルマ語派が多く存在する。L Jinたちは今回、シナ・チベット語族の109言語に関してスワデシュ・リストの同根語100個の比較を行い、ベイズ系統解析法を適用することにより、この重要な語族の北部起源説を支持する結果を得ている。



追記(2019年5月7日)
 以下に『ネイチャー』の日本語サイトから引用します。



【言語学】シナ・チベット語族の起源

 世界で2番目に大きな語族であるシナ・チベット語族の起源についての調査結果を報告する論文が、今週発表される。この研究では、古代アジアにおけるヒト集団の移動に関する新知見も得られた。

 シナ・チベット語族は、インド・ヨーロッパ語族に次いで2番目に話者数が多く、計約15億人に上り、中国語、ビルマ語、チベット語をはじめとする400種以上の言語と方言を含む。シナ・チベット語族の発祥地と時期については、言語学者の間で論争があり、「北方起源仮説」では、約4000~6000年前に中国北部の黄河流域に出現したとされ、「南西起源仮説」では、9000年以上前に東アジアの南西部に出現したとされる。

 今回、Li Jinたちの研究グループは、シナ・チベット語の辞書に記載された109の単語の根源的意味の統計解析を行い、シナ・チベット語は約5900年前に分岐した可能性が非常に高く、北方起源仮説に合致すると結論付けた。シナ・チベット語が2つの言語群に分かれたのは、西方のチベットと南方のミャンマーに移動した集団と、東方と南方に移動して漢民族となった集団に分岐した時だったと考えられている。今回の知見は、言語が農業とともに広がるという学説に合致しており、また、ヒト集団が移動した時期は、独特な建築様式や陶器の様式が南方へ分散したことを示す考古学的証拠と一致している。

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この記事へのコメント

kurozee
2019年04月27日 13:29
現在はゲノム分析が主流ではありますが、自分が古人類に興味をもつ発端となったY染色体DNAハプログループDの起源と来歴については、今でも知りたいと思っています。
2019年04月28日 09:48
ネットでは、Y染色体DNAハプログループDを日本の独自性と結びつけて論じる人が多いだけに、私もその起源と来歴はずっと気になっています。十数年前より、かつてはもっと広範に分布していた、と考えているのですが、研究の進展が期待されます。

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