篠田謙一『日本人になった祖先たち DNAが解明する多元的構造』

 NHKBOOKSの一冊として、2019年3月にNHK出版から刊行されました。本書は2007年2月刊行の『日本人になった祖先たち』(関連記事)の改訂版となります。本書は基礎的な解説に分量を割いており、DNA解析による人類集団の移動の推定の限界も指摘しているので、一般向けとして配慮された良書になっていると思います。著者が認めるように、前著刊行後の古代DNA研究の進展には目覚ましいものがあり、当然それもしっかりと取り入れられているため、一般層が日本語で読める遺伝学からの日本人形成論としてお勧めの一冊になっています。

 本書は、現生人類(Homo sapiens)の出アフリカと世界への拡散を簡潔に述べた後、日本列島への現生人類の拡散を詳しく解説しています。著者の見解については、報道や他の著書で読んでいたので、意外な感はありませんでした。ただ、最新の見解の体系的な解説ですから、より深く理解しやすくなっており、有益だと思います。縄文時代よりも前の日本列島の確実な人類遺骸はほぼ沖縄でしか発見されていないので、日本列島の古代DNA研究は縄文時代以降が主流となります。

 本書は「縄文人」について、ミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)の頻度の地域的差異から、均一だったのか、疑問を呈しています。縄文時代と現代の日本列島のmtHgの比較から、現代日本人に継承されているのは、東日本ではなくおもに西日本の「縄文人」のDNAだった、と本書は推測しています。Y染色体DNAハプログループ(YHg)でも、東日本の「縄文人」や「弥生人」は現代日本人によく見られるDであるものの、より詳しくは見ていくと、現代日本人で多いD1b1ではなくD1b2aで、こちらでも、東日本の「縄文人」のDNAが現代日本人にはあまり継承されていない、と示唆されます。

 「縄文人」の現代日本人への遺伝的影響については、北海道礼文島の船泊遺跡の女性遺骸からの高品質なゲノム配列から推定すると、10%程度となるそうです。しかし本書は、現代日本人には東日本よりも西日本の「縄文人」の方がより多くの遺伝的影響を残していると推定されることと、縄文時代と現代のmtHgの比較から、現代日本人における「縄文人」の遺伝的影響は20%程度になりそうだ、と推測しています。西日本の「縄文人」の高品質なゲノム配列の決定が期待されます。

 弥生時代の人類遺骸でもDNA解析が進められています。「渡来系弥生人」のゲノム解析はまだ福岡県那珂川市の安徳台遺跡で発見された1人でしか成功していないそうですが、現代日本人の範疇に収まり、在来の「縄文系」との交雑の進展を示唆します。また本書は、在来の「縄文系」と交雑した「渡来系弥生人」が東進して在来の「縄文系」を吸収していったとすると、現代日本人の比率よりもさらに「縄文系」の遺伝的影響が高くなることから、古墳時代以降の渡来集団の遺伝的影響を想定しています。

 「縄文系」と考えられていた長崎県佐世保市の下本山岩陰遺跡で発見された弥生時代の男女2人は、遺伝的には「縄文人」と現代日本人の中間に位置づけられ、形態から「渡来系」と「縄文系」に分類することの難しさを示しています。なお、下本山岩陰遺跡の2人のmtHgは、男性が「縄文系」のM7a、女性が「渡来系」のD4aとのことです。東北地方の弥生時代の男性は遺伝的には「縄文人」の範疇に収まるため、「弥生人」という均一な集団が存在したわけではない、と本書は指摘します。弥生時代末以降の古代DNA解析は進んでいないのですが、古墳時代に現代の「本土」日本人の遺伝的構成がおおむね形成されたのではないか、との見通しを本書は提示しています。

 本書は日本列島でもおもに「本土」を対象としていますが、沖縄も含む南西諸島と北海道は、「本土」とは異なる歴史・遺伝的構成があるとして、その形成過程を考察しています。南西諸島については、人類遺骸が少なく、不明なところが多分にあるのですが、「本土」の弥生時代から平安時代にかけて、「本土」から南西諸島へと人々が流入していき、在来集団と混合していったのではないか、と推測されています。北海道に関しては、「縄文人」のmtHgの構成が東北以南の「縄文人」と異なることから、ユーラシア北東部の周辺集団と把握されています。

 本書は日本語で読める最新の遺伝学からの日本人形成論で、良書と言えるでしょう。ただ、やや疑問に思ったところもあり、まずはYHg-A00系統がアフリカの(遺伝学的に)未知の「原人」に由来する、との認識です(P56)。その根拠として本書は、YHg-A00系統と現代人の他のYHg系統との推定分岐年代が34万年前頃であることを挙げています。ただ、YHg-A00系統と現代人の他のYHg系統との推定分岐年代については、当初338000年前(95%の信頼性で581000~237000年前の間)とされていたものの(関連記事)、後の研究では239000年前頃(95.4%の信頼性で321000~174000年前の間)とされています(関連記事)。いずれにしても、ゲノム解析では現生人類の最も深い分岐年代は35万~26万年前頃と推定されていますし(関連記事)、現生人類の起源に関して、アフリカ単一起源説を前提としつつも、現生人類の派生的な形態学的特徴がアフリカ各地で異なる年代・場所・集団に出現し、比較的孤立していた複数集団間の交雑も含まれる複雑な移住・交流により現生人類が形成された、との「アフリカ多地域進化説」が有力になりつつあるように思えることを考えると(関連記事)、YHg-A00系統を「原人」由来と想定しなくともよいように思えます。

 次に、現生人類の起源に関して、各地域の「原人」が独自に進化して成立した、とする多地域進化説が1990年代初頭まで人類学では定説だった、との認識です(P154)。そもそも、多地域進化説の最終的な成立が1980年代になってからですし、その時点ではアフリカ単一起源説もすでに提唱されており、激論が展開されていました。中には、1989年の時点でアフリカ単一起源説は疑う余地がないものとされており、多地域進化説を検討しようものなら、たちまち異端扱いされたほどだった、との認識さえ見られます(関連記事)。こちらもまた極端な見解と言うべきで、1980年代半ば~1990年代後半にかけて、現生人類の起源に関してアフリカ単一起源説と多地域進化説のどちらかが定説として確立していたわけではない、と思います。また、本書の主題ではないので簡略な説明になってしまうのは仕方ないとしても、各地域の「原人」が独自に進化して成立した、と多地域進化説を説明してしまうと、誤解を招くと思います。多地域進化説は、各地域独自の進化を強調しつつも、地域間の遺伝的交流も想定しており、そのため世界全体で、ホモ・エレクトス(Homo erectus)やネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)のような段階を経て現生人類へと進化した、と想定しているからです(関連記事)。まあ、最近読んだ本もそうだったように、現生人類の起源をめぐる議論は激しいものだったので、関わった人々の認識がやや偏ってしまうのは仕方ないかな、とは思いますが(関連記事)。


参考文献:
篠田謙一(2019)『日本人になった祖先たち DNAが解明する多元的構造』(NHK出版)

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