デニソワ人の生息範囲


 昨年(2018年)~今年にかけて、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)についての研究が大きく進展したように思います。デニソワ人については以前一度まとめたのですが(関連記事)、まだ2年も経過していないのに、もうかなり情報が古くなってしまったので、近いうちに改訂版を掲載しようと考えています。つい最近まで、デニソワ人は南シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)だけでしか確認されていませんでした。しかし、オーストラリア先住民やパプア系においてとくにデニソワ人の遺伝的影響が高いと明らかになっていたので、デニソワ人の生息範囲はアルタイ山脈に限らず、もっと広かったのではないか、と以前よりずっと考えられていました。

 ただ、つい最近まで、まだ本格的な研究はおそらく公表されていないだろう頭頂骨の一部(関連記事)を除くと、デニソワ人のものとされる頭頂骨デニソワ人の遺骸は手の指骨や歯といった断片的なものだったので、遺伝学的情報は更新世の人類としては豊富に得られていたものの、形態学的情報はほとんど得られておらず、更新世の他地域の人類との照合が困難でした。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)でも現生人類(Homo sapiens)でもない更新世人類に関しては、形態学的情報はそれなりに得られているものの、遺伝学的情報はまったく得られていないからです。なお、DNAが解析されている43万年前頃のイベリア半島北部のホモ属集団は、形態学的にも(関連記事)遺伝学的にも(関連記事)ネアンデルタール人の祖先集団もしくは初期ネアンデルタール人ときわめて近縁な集団と推測されるので、後期ネアンデルタール人の直系の祖先ではないとしても、大まかに言えばネアンデルタール人系統だろう、と私は考えています。

 上述したように、デニソワ人の生息範囲はアルタイ山脈に限らず、もっと広かったのではないか、と以前よりずっと考えられおり、既知のホモ属遺骸の中にデニソワ人と同じ系統に区分できるものがあるのではないか、と推測していた人は多かったと思います。とくに、中国で発見された中期~後期更新世のホモ属遺骸の中には分類の曖昧なものが少なからずあることから、デニソワ人の有力候補と考えられていました。しかし、上述した理由のため、デニソワ人とネアンデルタール人および現生人類ではないホモ属遺骸との照合が困難なため、確証は得られていませんでした。

 ところが、今月(2019年5月)、チベット高原東部で1980年に発見された16万年以上前のホモ属下顎骨が、タンパク質分析の結果、デニソワ人もしくはそのきわめて近縁な系統と明らかになり(関連記事)、デニソワ人に関する研究は大きく進展しました。この右側半分の下顎骨は、デニソワ洞窟以外で初めて確認されたデニソワ人というだけでも大きな意義を有するのですが、それだけではありませんの他にも大きな研究の進展をもたらしました。まず、これまでのデニソワ人遺骸と比較すると、はるかに豊富な形態学的情報が得られたことです。これにより、遺伝学的情報が得られていない、ネアンデルタール人でも現生人類でもないホモ属との照合がじゅうらいよりずっと容易になりました。デニソワ人の形態および生息範囲の研究が大きく進展するのではないか、と期待されます。次に、この下顎骨は標高3280mという高地で発見されたことから、デニソワ人は非現生人類ホモ属としては初めて、高地のような極限環境への拡散が確認されたことになります。ただ、チベット高原東部で発見されデニソワ人(もしくはそのきわめて近縁な)系統と分類された下顎骨に関しては、1980年に僧侶により発見されたと報道されているように、考古学的文脈に曖昧なところがあり、この点に批判が寄せられても仕方のないところだと思います。1980年に発見されたのに、本格的な研究が2010年代に始まったのも、厳密な考古学的発掘によるものではなく、その信頼性に疑問が呈されそうなので、放置されていたからではないか、と邪推したくなります。ただ、年代は下顎骨の付着物の放射性年代測定法によるものですし、系統分析は下顎骨の歯からのコラーゲン分析によるものなので、年代とデニソワ人(もしくはそのきわめて近縁な)系統という分類は妥当だろう、と思います。

 このように、デニソワ人の遺骸は現時点でアルタイ山脈とチベット高原東部のみで確認されています。一方、遺伝学的にもデニソワ人の生息範囲が推測されています。上述したように、デニソワ人の遺伝的影響はオーストラリア先住民やパプア系においてとくに高いので、デニソワ人はアジア南東部にも存在したのではないか、と以前より推測されていました。今年になって公表された、デニソワ人の複数系統の可能性を指摘した研究は、デニソワ人が渡海してニューギニア島(もしくは、更新世寒冷期にオーストラリアと陸続きになっていたサフルランド)に拡散していたのではないか、と推測しています(関連記事)。そうだとすると、デニソワ人は比較的寒冷なアルタイ山脈やチベット高原東部だけではなく、熱帯地域にも適応していた可能性が高くなります。デニソワ人系統はネアンデルタール人系統との最終共通祖先から分岐した後、複数の系統に分岐していき、高地や比較的寒冷な地域に適応した系統と、熱帯地域に適応した系統が存在したのかもしれません。これはまだ遺伝学的な推測で、決定的な証拠が提示されているわけではありません。ただ、当ブログではまだ取り上げていませんが、昨年、オーストラリア南東部のモイジル(Moyjil)遺跡における人類の痕跡が12万年前頃にさかのぼる、と報告されています。この見解が妥当だとすると、どの人類系統か確証は得られていませんが、あるいはデニソワ人の1系統がサフルランドまで拡散したのではないか、と妄想したくなります。デニソワ人については、今後も形態学・遺伝学・考古学で大きな研究の進展が期待されるので、ひじょうに注目しています。

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