現生人類の初期の拡散をめぐる議論

 近年、現生人類(Homo sapiens)のアフリカからの拡散がじゅうらいの想定よりも早かった可能性を指摘する研究が相次いで公表され、当ブログでも以前取り上げました(関連記事)。具体的には、現生人類(的な特徴を有する集団)が、レヴァントでは194000~177000年前頃(関連記事)、アラビア半島では88000年前頃(関連記事)、アジア東部では12万~8万年前頃(関連記事)、アジア南東部では73000~63000年前頃(関連記事)に存在した、との見解が提示されています。また、オーストラリアにおける人類の痕跡は65000年前頃までさかのぼる、との見解も提示されています(関連記事)。

 しかし、こうした現生人類の早期拡散説には疑問も呈されています。それらは本当に現生人類の遺骸なのか、年代は信用できるのか、というわけです(関連記事)。じっさい、上記のアジア南東部・アジア東部・オーストラリアの事例に関しては、年代に疑問が呈されています(関連記事)。また、ルソン島で発見された67000年前頃の人類遺骸も、かつては現生人類のアジア南東部への初期拡散の事例と解釈されたこともありましたが(関連記事)、その後の研究で、この遺骸はホモ属の新種ルゾネンシス(Homo luzonensis)と分類されました(関連記事)。

 このように、ユーラシア東部やオセアニアへの現生人類の初期の拡散については疑問が呈されており、まだ確定したとは言い難い状況だと思います。しかし、上記のオーストラリアの事例に関しては、近年の研究の進展により別の可能性も想定されるようになったという意味で、興味深いと思います。昨年(2018年)、オーストラリア南東部のモイジル(Moyjil)遺跡における人類の痕跡が12万年前頃にさかのぼる、と報告されています。これはまだ確定したとは言えないでしょうが、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)がニューギニア島に存在した可能性を指摘した研究(関連記事)との関連で注目されます。つまり、6万年以上前のオーストラリアにおける人類の痕跡は、現生人類ではなくデニソワ人のものかもしれない、というわけです。

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