ネアンデルタール人によるイヌワシの捕獲

 ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)によるイヌワシ(Aquila chrysaetos)の捕獲に関する研究(Finlayson et al., 2019)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。ネアンデルタール人は鳥を捕獲できなかった、と長く考えられてきました。ネアンデルタール人には、空を高速で飛べる鳥の捕獲に必要な認知能力・技術がなかっただろう、というわけです。一方現生人類(Homo sapiens)は、他の人類系統には起きなかった認知革命により、ネアンデルタール人よりも広範な動物を狩猟対象とできた、と考えられていました。しかし近年では、ネアンデルタール人が鳥を捕獲していた証拠が蓄積されつつあります。ジブラルタルのゴーラム洞窟(Gorham's Cave)遺跡ではネアンデルタール人がカワラバト(Columba livia)を食べていた、と明らかになりました(関連記事)。また、ネアンデルタール人は鳥を食べただけではなく、クロアチアのクラピナ(Krapina)遺跡の13万年前頃の層では、オジロワシ(Haliaëtus [Haliaeetus] albicilla)の爪を装飾品として利用していた痕跡も確認されています(関連記事)。

 本論文はおもにヨーロッパを対象として、ムステリアン(Mousterian)期154遺跡(125000~32000年前頃)、オーリナシアン(Aurignacian)期57遺跡(43000~36000年前頃)、グラヴェティアン(Gravettian)期33遺跡(34000~24000年前頃)、マグダレニアン(Magdalenian)期176遺跡(20000~13000年前頃)の鳥の利用を調査しました。ムステリアンはネアンデルタール人、それ以外は現生人類の所産と考えられています。ただ、オーリナシアン以降の文化の担い手が現生人類のみである可能性はきわめて高そうですが、ムステリアンの一部や、シャテルペロニアン(Châtelperronian)などムステリアンとオーリナシアンの移行期の諸文化については、多くの遺跡で人類遺骸が共伴していないため、その担い手については慎重に考えるべきかもしれません。

 ネアンデルタール人が標的とした鳥は大きく二分されます。一方はカワラバト(Columba livia)やカラスのような中型の鳥で、岩陰遺跡や洞窟遺跡といったネアンデルタール人の居住地の近くに大規模な群で生息しているので、ネアンデルタール人はこれらの鳥を比較的容易に捕獲していた、と考えられます。もう一方は大型の鳥である猛禽類で、上述のオジロワシのように、羽や爪(鉤爪)のために捕獲された、と考えられます。猛禽類の中では、ムステリアン期~マグダレニアン期まで、つまりネアンデルタール人から現生人類まで一貫して、発見された遺跡数ではイヌワシが最多となっており、ネアンデルタール人にとって猛禽類の中で主要な標的だったことを示唆します。

 イヌワシはアフリカ大陸北部・ユーラシア大陸・北アメリカ大陸に広く分布しています。イヌワシはアメリカ大陸先住民の信仰やギリシア・ローマ神話において崇められ、しばしば太陽信仰と関連づけられてきました。北半球において、イヌワシは体重2.8~6.4kgと最大級の猛禽類です。イヌワシは岩陰遺跡や洞窟といったネアンデルタール人の居住地近くに巣を作り、繁殖期以外には定期的に動物死骸を摂食するので、ネアンデルタール人に待ち伏せの機会を与えたかもしれない、と本論文は推測しています。イヌワシは他の大型類人猿を追い払えるほどの強さを示すため、人類に崇められるようになった、と本論文は指摘します。なお本論文は、日本の天狗のモデルはイヌワシだった、との見解を取り上げています。

 イヌワシの解体痕(cut marks)はほとんど肉のない翼にも見られ、ネアンデルタール人が注意深く羽を取った、と示唆します。また、イヌワシの脚と足にも解体痕が見られることから、ネアンデルタール人はイヌワシの爪も取っていたのではないか、と推測されています。イヌワシの部位を用いた装飾品は発見されていませんが、上述したように、まず間違いなくネアンデルタール人の所産である13万年前頃のオジロワシの爪の装飾品の事例があることから、ネアンデルタール人がイヌワシの爪や羽も装飾品に用いた可能性は高そうです。

 イヌワシの主要な生息地域がアフリカ外で、ネアンデルタール人による猛禽類の捕獲と装飾品への利用が13万年前頃には始まっており、ヨーロッパにおけるイヌワシへの拘りはネアンデルタール人もその後の現生人類も同様と考えられることから、本論文は、現生人類がネアンデルタール人からイヌワシなど猛禽類の捕獲や装飾品への利用を学んだかもしれない、と指摘しています。象徴的文化行動に関して、シャテルペロニアンなどにおいて現生人類からネアンデルタール人への伝播事例はよく主張されていますが(関連記事)、逆にネアンデルタール人から現生人類への伝播事例もあったのではないか、というわけです。この他には、ネアンデルタール人の皮なめし用の骨角器技術が現生人類に伝わった可能性も指摘されています(関連記事)。もちろん本論文は、ヨーロッパに拡散してきた現生人類が、独自に猛禽類の捕獲と装飾品への利用を始めた可能性も認めていますが、ネアンデルタール人から現生人類への象徴的文化行動の伝播があった可能性は低くないように思います。本論文も、近年のネアンデルタール人見直し傾向(関連記事)に沿ったものになっているように思います。

 もちろん、早ければ75万年前頃には分岐していた(関連記事)ネアンデルタール人系統と現生人類系統との間に、何らかの認知能力の違いがあっても不思議ではありません。私もその意味で、近年のネアンデルタール人見直し傾向とはいっても、ネアンデルタール人と現生人類の認知能力が同じだと強く主張したいわけではありません。しかし、とくに象徴的文化行動において、ネアンデルタール人には不可能と考えられていた行為の証拠が近年蓄積されつつあることから(関連記事)、ネアンデルタール人と現生人類との違いが強調されていた時期(1997~2010年頃)の主流的論調よりは、ネアンデルタール人と現生人類の認知能力は類似していた可能性が高いと思います。


参考文献:
Finlayson S. et al.(2019): Neanderthals and the cult of the Sun Bird. Quaternary Science Reviews, 217, 297–309.
https://doi.org/10.1016/j.quascirev.2019.04.010

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