アメリカ大陸北極域とシベリアにおける人類集団の変遷(追記有)

 アメリカ大陸北極域とシベリアにおける人類集団の変遷に関する二つの研究が報道されました(報道1および報道2)。いずれもオンライン版での先行公開となります。『ネイチャー』のサイトには解説記事(Stone., 2019)が掲載されています。一方の研究(Sikora et al., 2019)は、シベリア北東部における後期更新世~完新世にかけての現生人類(Homo sapiens)集団の変容とその相互関係を検証しています。現在、シベリア北東部には多様な民族が存在します。シベリア北東部で最古となる確実な人類の痕跡は、31600年前頃となるヤナRHS(Yana Rhinoceros Horn Site)で、上部旧石器時代の石器と骨や牙製の人工物が確認されています。

 最終氷期極大期(LGM)となる23000~19000年前頃までに、ヤナRHS文化はシベリア北東部から消滅し、その代わりに細石刃技術の優占する文化がアムール地域の北方と東方に拡大しました。この細石刃文化は末期更新世まで、ベーリンジア(ベーリング陸橋)やシベリア北東端のチュクチ半島には拡大しませんでした。シベリア北東部における文化変容は後期完新世まで続きますが、それが在来集団における技術的変化なのか、異なる集団の移住なのか、議論が続いています。後者の場合、各集団が相互にどのように関連しているのか、また現代のシベリア集団やアメリカ大陸先住民集団(NA)とどう関連しているのか、詳しくは明らかになっていません。この問題の解明のため、31600年前頃となるヤナRHSのヒトの乳歯2点から600年前頃までとなるシベリア北東部の34人の全ゲノムデータが作成されました。

 ヤナRHSの2人は男性で、これまで知られていなかった「古代シベリア北部集団(ANS)」と分類されます。この2人のミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)はユーラシア西部の狩猟採集民に多いUで、Y染色体DNAハプログループ(YHg)は、現代のNAで広く見られるQとRの祖型のP1です。ゲノムデータでは、ヤナRHS集団はユーラシア北部とアメリカ大陸という広範な地域の現代人との遺伝的類似性を示し、ユーラシア西部集団とより近縁です。これは、ロシア西部のスンギール(Sunghir)遺跡集団(関連記事)や4万年前頃の華北の田园(Tianyuan)男性(関連記事)といった他の上部旧石器時代集団では、遺伝的に近縁なのがそれぞれユーラシア西部とアジア東部の現代人といったように地理的に限定されているのと比較すると、対照的です。

 ANSは基本的にはユーラシア西部系統に位置づけられ、初期アジア東部系統から22%の遺伝的影響を受けています。ユーラシアの現生人類集団は43100年前頃に東西の各系統に分岐し、ANSは38700年前頃に他のユーラシア西部系統と分岐した、と推定されています。ヤナRHS集団のゲノムに占めるネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)由来の領域の割合は非アフリカ系現代人とほぼ同じの約2%で、現代人よりも長いネアンデルタール人由来の領域はないので、ANS系統における近い世代での追加のネアンデルタール人との交雑はなさそうです。

 ANSと、NAに40%ほどの遺伝的影響を残したと推定されている24000年前頃のシベリア南部中央のマリタ(Mal’ta)遺跡集団(関連記事)との比較では、マリタ集団は他のユーラシア西部集団よりもヤナANSの方とアレル(対立遺伝子)をより多く共有しており、マリタ遺跡集団に代表される古代ユーラシア北部集団は、ANSの子孫と考えられます。ANSは、31600年前頃までにユーラシア北東部に広範に拡大していたことになります。ヤナRHSの2人は近親関係にはなく、スンギール遺跡の個体群のゲノム解析の結果(関連記事)からも、ある程度広範な配偶ネットワークがLGM以前のシベリアの上部旧石器時代狩猟採集民には存在した、と推測されます。

 ヤナRHSの後、シベリア北東部に出現する細石刃文化集団のゲノムはまだ解析されていません。本論文は、9800年前頃となるシベリア北東部のコリマ(Kolyma)遺跡の個体(Kolyma1)を、30000年前頃以後に形成された「古代旧シベリア集団(APS)」系統とみなしています。コリマ1は、mtHg-G1b、YHg-Q1a1bで、そのゲノムデータは、コリャーク(Koryaks)やイテリメン(Itelmen)やチュクチ(Chukchis)といった現代のシベリア北東端集団およびNAとの遺伝的類似性を示します。コリマ1はNAと同じく、ANSとアジア東部集団(EA)との混合ですが、アメリカ大陸先住民集団(63%)よりはアジア東部系統の遺伝的影響が強くなっています(75%)。

 APSもNAも、ANS関連系統ではヤナRHS集団よりもマリタ集団の方とより近縁で、ヤナRHS集団が直接的に、後のAPSやNAに遺伝的影響を残したわけではなさそうです。NAの祖先集団は、EA系統と30000年前頃に分岐し、その後で24000年前頃にAPSとベーリンジア集団(ここからNAが派生します)に分岐しました。古代ベーリンジア集団(AB)は、アラスカのアップウォードサン川(Upward Sun River)で発見された個体(USR1)のゲノムデータに代表されます(関連記事)。APSとABは20000年前頃にANS系統から遺伝的影響を受けています。コリマ1はアラスカのUSR1と遺伝的類似しており、シベリア北東部でこれまでに発見された個体では、最もNAの祖先集団と類似しています。気候変動は、更新世の人類集団の移動の要因とされています。ヤナRHSに人類の痕跡が確認される時、シベリア北東部には広範に人類が存在していましたが、LGMにおける人類の痕跡は確認されていません。この間、ベーリンジア南部が人類にとって待避所となり、遺伝子流動が起きていたようです。

 古エスキモーを代表するグリーンランドの2300~400年前頃のサカク(Saqqaq)遺跡個体はコリマ1と遺伝的に類似しているものの、コリマ1よりもEAとより大きな遺伝的類似性を示します。サカク個体をコリマ1で代表されるAPSと、7700年前頃の朝鮮半島に近いロシア沿岸地域の悪魔の門(Devil’s Gate)遺跡個体(関連記事)で代表される古代EAの混合としてモデル化することにより、サカク個体はEAから約20%の遺伝的影響を受けている、と推定されます。

 ベーリング海のシベリア沿岸に位置するウエレン(Uelen)とエクヴェン(Ekven)の2700~1600年前頃となる新エスキモー集団は、現代のイヌイットと遺伝的に密接に関連しています。新エスキモー集団はAPSから69%、クローヴィス(Clovis)文化のアンジック(Anzick)遺跡の男児(関連記事)に代表されるNAから31%の遺伝的影響を受けた混合集団と推定されます。これはエスキモー・アリュート語族のシベリアへの「逆流」という言語学的証拠と合致します。この遺伝子流動はABと他のNAとの20900年前頃の分岐の後のことで、エクヴェン個体群は、ABよりもアメリカ大陸先住民集団の方とより多くのアレルを共有しています。NAからシベリアへの遺伝子流動は、ベーリンジアが消滅した後の5000年前頃にも起きていました。

 現代シベリア集団は遺伝的に異なる2系統に区分されます。「新シベリア集団(NS)」と呼ばれる大半は、ヨーロッパ集団とEAとの間に位置します。もう一方はEAとNAとの間に位置し、APSとイヌイット集団を含みます。APS系統は早期青銅器時代までシベリア地域で一般的だったものの、その後はシベリア北東部に限定されており、現代のコリャーク(Koryaks)やイテリメン(Itelmen)と類似した、3000年前頃のオホーツク海沿岸のオルスカヤ(Ol’skaya)集団で確認されます。NSはシベリア北東部において、ANS からAPSの第一の事例に続く、第二の主要な人口置換をもたらしました。NSは北方に拡大してAPSをほぼ置換しました。注目すべき例外はエニセイ(Yeniseian)語族のケット人(Ket)で、NSと近縁ではあるものの、APS系統から約40%の遺伝的影響を受けており、APSがかつてはユーラシア北部に広範に存在していたことを示します。

 シベリア南部のバイカル湖地域のウスチベラヤ(Ust’Belaya)とその近隣の新石器時代および青銅器時代の人類集団のゲノムは、約6000年の遺伝的に異なる3系統の連続性を示します。最初期の個体群はおもに古代EA系統を示し、早期青銅器時代においてAPS系統が見られ(最大で約50%)、後期銅石器時代~前期青銅器時代にかけて中央アジアで栄えたアファナシェヴォ(Afanasievo)文化に代表されるユーラシア西部草原地帯系統の影響(約10%)も受けました。本論文は、APSの南方への拡大を示唆します。これはバイカル湖で観察された、新石器時代のYHg-Nから早期青銅器時代の間のYHg-Qという置換とも一致します。

 600年前頃となるウスチベラヤの個体はNSの範囲内に収まり、シベリア北東部の760年前頃のヤングヤナ(Young Yana)個体と類似していることから、比較的近い過去における新NSの拡大を示します。NSは基本的におもにEA系統としてモデル化でき、ユーラシア西部草原地帯系統の割合は多様です。ユーラシア西部草原地帯系統の最大の比率は、現代と青銅器時代および鉄器時代のアルタイ集団で観察されます。これらの知見から、完新世におけるシベリア南部および東部を通じてのかなりの人類集団の移動と交雑が示されます。人類集団は複数方向に拡散しますが、更新世に見られる大規模な集団置換の明確な証拠は得られていません。

 上述のように、APSはかつてユーラシア北部に広範に存在しており、おそらく西方ではウラル山脈まで到達した、と示唆されます。ユーラシア北部の西端では、フィンランド南部のレヴェンルータ(Levänluhta)遺跡の個体群からの遺伝的データとストロンチウム同位体データが、1500年前頃となる後期完新世のフィンランド南西部のサーミ人(Saami)系統の存在を示しています(関連記事)。サーミ人系統は現在ではフィンランド南西部の北端に限定されており、APS系統との類似性が見られます。しかし本論文は、古代サーミ人は東方起源系統を有しているものの、これはAPS系統よりもEA系統でよりよくモデル化される、と指摘します。APS系統の影響はウラル山脈を越えてユーラシア西部へとおそらく拡大しなかった、というわけです。ユーラシア東西の遺伝子流動は比較的最近まで続き、現代フィンランド人はより大きなシベリア人(東方)系統を古代のレヴェンルータ個体群よりも有しており、現代フィンランド人のウラル語とスカンジナビア語という二重起源を表しているかもしれません。

 以上の知見をまとめると、本論文は、シベリア北東部における後期更新世~完新世にかけての人類集団の3回の主要な拡大と、それに続く大規模な置換を明らかにしました。最初の拡大は、現代ではその遺伝的構成が失われてしまったANS(古代シベリア北部集団)で、ヤナRHS個体に代表されます。ANSは43100年前頃のユーラシア東西系統の分岐からさほど経過していない38700年前頃に多様化していき、ユーラシア西部系統に近いものの、ユーラシア東部系統からも1/5ほど遺伝的影響を受けています。これは、この頃に初期現生人類がユーラシアの広範な地域に急速に拡大していった、と指摘する先行研究と一致します。ANSはユーラシア北部に広範に拡大しました。

 2回目の主要な拡大は、EA(アジア東部集団)系統とANS系統の子孫との混合したAPS(古代旧シベリア集団)で、20000~18000年前頃にシベリア北東部に到達し、AB (古代ベーリンジア集団)の母胎となりました。AB からNA(アメリカ大陸先住民)が派生します。APSは、考古学的には細石刃技術が指標となります。かつては広範に存在した、いわゆるマンモス・ステップがLGM(最終氷期極大期)後に収縮していくなか、新たな生業を開発したのではないか、と考えられます。APSもユーラシア北部に広範に拡大しましたが、ウラル山脈よりも西には拡大しなかった、と推測されます。

 3回目の主要な拡大は、中期完新世のNS(新シベリア集団)です。NSはEAを母胎とし、13000年前頃のAPSとの交雑と、5000年前頃以後の、アジア中央部草原地帯からの青銅器時代集団との交雑を通じて、ANS系統の遺伝的影響を間接的に受けた、と本論文は示唆します。NSはシベリア北東部のAPS系統をほぼ置換しましたが、カムチャッカ半島など一部ではAPS系統の影響が強く残っています。なお、アマゾン地域の現代(関連記事)および古代(関連記事)のアメリカ大陸先住民集団の一部にオーストラレシア人の遺伝的影響が見られますが、本論文または以前の研究における古代のシベリアおよびベーリンジアの人類集団では、その証拠は得られていません。

 このようにユーラシア北部では過去40000年にわたって、大規模な現生人類集団の移動・置換・混合の複雑なパターンが見られます。本論文は、類似の過程が北半球の広範な地域で起きただろう、と指摘しています。しかし、ユーラシア北東部に最初に拡散してきた人類集団であるANSは、今ではその遺伝的構成が失われてしまいましたが、ユーラシア北部とアメリカ大陸の古代および現代の人類集団にその遺伝的影響を残しています。本論文は、ユーラシアの北東部を中心ユーラシア北部における過去40000年の人類集団の遺伝的構成の変容を検証してきましたが、今後の課題として、ヤナRHS遺跡の個体とコリマ遺跡の個体との間の、2万年ほどの人類ゲノムデータの空白期間を埋めることが指摘されています。


 もう一方の研究(Flegontov et al., 2019)は、アメリカ大陸北極圏の人類集団の遺伝的構成の変容を検証しています。現代のアメリカ大陸先住民(NA)は、ユーラシア東部からベーリンジアを経由してアメリカ大陸に到達しました。本論文は、その移住の波は少なくとも4回あった、と指摘します。1回目は、現代のアジア東部集団(EA)と関連した集団の、14500年前頃までのアメリカ大陸への拡散です。本論文はこのアメリカ大陸最初の人類集団を「最初の人々(FA)」と呼んでいますす。2回目は、「集団Y」と呼ばれるオーストラレシア人関連系統の遺伝的影響を有する人々の、アマゾン地域先住民の祖先集団への遺伝的影響です(関連記事)。3回目は、5000年前頃以降の「古エスキモー(PE)」関連系統のアメリカ大陸北極圏への拡大です。4回目は、「新エスキモー(NE)」による800年前頃に北極圏への拡大で、現代のユピク(Yup’ik)やイヌイット(Inuit)の祖先集団です。

 なお、「古エスキモー」や「新エスキモー」という用語は、カナダおよびアメリカ合衆国の学者や先住民全員に受け入れられているわけではない、と本論文は注意を喚起しています。北極圏の大集団について本論文は、遺伝子と言語の関係がよく一致しているため、ナ・デネ語族とエスキモー・アリュート語族とチュクチ・カムチャツカ語族と呼んでいます。PEの考古学的記録は5000~700年前頃まで見られますが、現代の北極圏集団への遺伝的影響がどの程度なのかは不明です。前の研究では、イヌイットやユピクやアリュート(Aleuts)といった現代の北極圏集団の祖先集団によりPEはほぼ置換された、との見解も提示されていますが(関連記事)、議論が続いてます。

 本論文はこの問題の検証のため、アメリカ大陸北極圏とシベリアの古代人48個体のゲノム規模データを生成しました。その内訳は、アリューシャン列島の2050~280年前頃の11人、900~550年前頃の北アサバスカ(Athabaskans)の3個体、1770~620年前頃となるチュクチ古ベーリング海文化集団のエクヴェン(Ekven)とウエレン(Uelen)埋葬地の21個体、1900~1610年前頃となる中期ドーセット(Dorset)文化の古エスキモーの1個体、7020~610年前頃となるバイカル湖近くのウスチベラヤ(Ust’-Belaya)埋葬地の12個体です。これら48個体の24万ヶ所の一塩基多型が解析され、既知の古代および現代の人類集団のゲノムデータと比較されました。

 その結果、アメリカ大陸北極圏およびシベリア北東端の人類集団は、PEの遺伝的影響をかなり受けている、と示されました。これには、ユピクやイヌイットやアリュートのようなエスキモー・アリュート語族集団と、アサバスカやトリンギット(Tlingit)のようなナ・デネ語族集団が含まれ、その範囲はアラスカおよびカナダとアラスカ以外のアメリカ合衆国に及んでいます。PEはアラスカに到達した後すぐ、5000~4000年前頃に、南方のFA系統と交雑しました。アリューシャン列島とアサバスカの祖先集団は、PE系統とFA系統の混合集団から直接的に遺伝的影響を受けました。つまり、人類の移動はユーラシア北東端からアメリカ大陸への一方向だけではなく、その逆もあったわけです。

 NE の祖先集団はFA系統から60%、PE系統から40%ほどの遺伝的影響を受けて成立しました。この集団はその後、PE系統と近縁なシベリア北東部系統から15%ほどの影響受け、シベリア北東端のエクヴェンおよびウエレン集団が成立し、NEとしてアメリカ大陸北極圏へと拡散し、文化的には先住のPEをほぼ置換しました。本論文と上記論文(Sikora et al., 2019)は、エクヴェンおよびウエレン遺跡集団とNEとの密接な遺伝的関連の想定は同じですが、NE系統の成立過程については、ユーラシア北部の各系統のモデル化も含めて一致していないところもあります。この問題は、古代ゲノムデータの蓄積により次第に解消されていくのではないか、と期待されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【ゲノミクス】古エスキモーとシベリア人の集団史の謎が氷解し始めた

 シベリアと北米の古代人と現代人のゲノム解析が行われ、これらの地域における主要な移住現象とヒト集団史に関する手掛かりが得られたことを報告する論文が、今週掲載される。

 古エスキモーは、約5000年前に広大なアメリカ北極域に最初に定住した人々であり、約1000年前に新たに加わった現在のイヌイット族とユピック族の祖先に取って代わられた。古エスキモーとアメリカ先住民、イヌイット族、ユピック族、アレウト族の遺伝的関係は、はっきりとは分かっていない。

 今回、Stephan Schiffelsたちは、アメリカ北極域とシベリア(チュクチ、東シベリア、アリューシャン列島、アラスカ、カナダ北極域を含む)出身の古代人48人と、現代のアラスカのイヌピアットと西シベリアに住む人々のゲノムのデータを示している。Schiffelsたちの分析によれば、北米のヒト集団史は、古エスキモーとファースト・アメリカンの間の遺伝子流動によって形成され、そこからエスキモー・アリュート語とナ・デネ語を話す集団の出現に至ったとされる。

 一方、Eske Willerslevたちは別の論文で、現在のロシア極東地域に位置するシベリア北東部に由来する、3万1000~600年前のものと年代測定された34の古代ゲノムについて報告している。この地域は、4万年以上にわたってヒトが居住しているが、その詳しい集団史の解明は進んでいない。Willerslevたちは、この時期の複雑な集団動態について説明しており、これには、(1)これまで知られていなかった旧石器時代の古代北シベリアの集団(初期の西ユーラシアの狩猟採集民と遠い類縁関係にある)がこの地域に初めて到来したこと、(2)その後の古代人(古シベリア人とアメリカ先住民)につながる東アジアの民族が到来したこと、(3)多くの現代シベリア人の祖先である新シベリア人と呼ばれる東アジア人が完新世に移住したこと、という少なくとも3つの主要な移住現象が含まれる。



参考文献:
Flegontov P. et al.(2019): Palaeo-Eskimo genetic ancestry and the peopling of Chukotka and North America. Nature, 570, 7760, 236–240.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1251-y

Sikora M. et al.(2019): The population history of northeastern Siberia since the Pleistocene. Nature, 570, 7760, 182–188.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1279-z

Stone AC. et al.(2019): The lineages of the first humans to reach northeastern Siberia and the Americas. Nature, 570, 7760, 170–172.
https://doi.org/10.1038/d41586-019-01374-5


追記(2019年6月13日)
 本論文が『ネイチャー』本誌に掲載されたので、以下に『ネイチャー』の日本語サイトから引用(引用1および引用2)します。



古代ゲノミクス:シベリア北東部における更新世以降のヒトの集団史

古代ゲノミクス:シベリア北東部のヒトの集団史

 今回、E Willerslevたちによって、現在の極東ロシアに当たるシベリア北東部から得られた34例の古代ゲノムが報告されている。これらの古代ゲノムには、この地域で見つかったヒトの遺物としては最古である、ヤナRHS遺跡から得られた良質のゲノム2例が含まれる。解析の結果、シベリア北東部の複雑な集団史の詳細が明らかになり、後期更新世から完新世の初期にかけて主要な集団移動とそれに続く大規模な置き換わりが少なくとも3回あり、その後の完新世を通してより小規模な集団の流動があったことが示された。ヤナRHS遺跡に代表されるシベリア北東部の最初の居住者は、分岐年代の古い初期ユーラシア人系統の最初期の子孫であるとともに、西ユーラシア人が東アジア人から分岐して間もない約3万8000年前に西ユーラシア人からさらに分岐した集団であった。


古代ゲノミクス:古エスキモーの遺伝的祖先とチュクチ半島および北米への移動

古代ゲノミクス:古エスキモーのゲノム

 S SchiffelsとD Reichたちは今回、チュクチ半島、東シベリア、アリューシャン列島、アラスカ、カナダ北極域を含む、シベリアから北米北極域にわたる地域の古代人48人のゲノム規模のデータを、現在のアラスカのイヌピアット族集団および西シベリア人集団のデータと共に報告している。解析の結果、北米の集団史が、古エスキモーと最初に南北アメリカ大陸に移動した現代の東アジア人に近縁な集団との間の2つの主要な混合事象によって形作られ、そこから新エスキモーおよびナ・デネ語族の話者集団の両方が生じたことが示唆された。

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