愛知県の「縄文人」のゲノム解析(追記有)

 愛知県田原市伊川津町の貝塚で発見された2500年前頃の「縄文人」個体(IK002)のゲノム解析結果を報告した研究(Gakuhari et al., 2019)が公表されました。本論文はまだ査読中なので、あるいは今後かなり修正されるかもしれませんが、興味深い内容なので取り上げます。伊川津縄文人のゲノム解析結果については、すでにアジア南東部の現代人の形成過程を検証した研究で取り上げられていましたが(関連記事)、本論文は伊川津縄文人(IK002)と古代および現代の各地域集団とのより詳しい関係を検証しています。

 本論文はIK002のミトコンドリアDNA(mtDNA)と核DNAの解析結果を報告しており、その平均網羅率は、ミトコンドリアが146倍、常染色体は1.85倍です。最近公表された北海道の礼文島の船泊遺跡の縄文人のような高網羅率(関連記事)ではありませんが、福島県相馬郡新地町の三貫地貝塚の3000年前頃の縄文人の部分的なゲノム解析では網羅率が0.03倍以下でしたから(関連記事)、高温多湿な気候で、火山が多く強い酸性土壌のため、古代DNA研究に適していない日本列島の古代人のゲノムデータとして、たいへん貴重だと思います。IK002のmtDNAハプログループ(mtHg)はN9b1で、現代日本人では2%以下と稀ですが、縄文人では典型的です。本論文は、IK002のゲノムデータと、おもにユーラシア東部の古代および現代の人類集団と比較し、縄文人の起源および現代人への遺伝的影響を検証しています。

 化石とゲノムデータの証拠から、アジア東部現代人集団と関連する系統は、4万年前頃にはアジア東部に存在していた、と考えられています。これは4万年前頃の華北の田园(Tianyuan)男性のゲノムデータに基づいています(関連記事)。アフリカからユーラシア東部への現生人類(Homo sapiens)の拡散経路としては、ヒマラヤ山脈の北方もしくは南方が想定されています。現代人のゲノム解析では、アジア東部集団の南方経路起源を支持する研究があります(関連記事)。IK002と8000年前頃のホアビン文化(Hòabìnhian)狩猟採集民との遺伝的類似性からも、アジア東部集団の南方経路起源が支持されます(関連記事)。

 考古学的記録では、ユーラシア圏東端の日本列島において38000年前頃以降の石器が確認されており、シベリア中部のバイカル湖周辺地域に由来すると思われる細石刃が、北海道では25000年前頃以降、本州・四国・九州の日本列島「本土」では20000年前頃以降に見られます。しかし、日本列島では更新世の人類遺骸はほとんど発見されていません。この後、日本列島では16000年以上前に土器の使用が始まり、土器の使用としては世界でも古いと言うるでしょう。土器の使用以降を、狩猟・漁撈・採集で特徴づけられる縄文時代と定義する時代区分区もあります(関連記事)。考古学的証拠では旧石器時代から縄文時代への継続性が指摘されており、縄文人がおそらく最終氷期極大期末まで日本列島で孤立したままの旧石器時代集団の直接的子孫である、という仮説が提示されています。そのため、縄文時代のさまざまな分野の研究は、アジア東部集団の起源と移住の理解に重要となります。

 IK002と世界各地の古代および現代の人類集団とのゲノムデータの比較の結果、IK002は現代のアジア南東部および東部集団と4万年前頃の華北の田园男性系統との間に位置する、と明らかになりました。41264ヶ所の一塩基多型を用いると、IK002は現代の北海道アイヌと強い遺伝的類似性を示し、アイヌは縄文人の直接的子孫という以前からの説が支持されます。IK002は現代の北海道アイヌを除いて、ユーラシア東部および日本列島の現代人集団とはわずかに異なります。IK002系統は、アジア東部系統とアメリカ大陸先住民系統とが分岐する前に、これらの共通祖先系統から分岐したと推測されます。

 より詳しく述べると、ユーラシア集団が東西に分岐した後、ユーラシア東部系統では田园男性系統が分岐します。その後、ユーラシア東部系統はアジア東部・アジア北東部およびシベリア東部集団(NS-NA)系統とアジア南東部系統に分岐します。この後、36000±15000年前頃にアジア東部系統とNS-NA系統が分岐する前に、IK002系統が分岐します。なお、アジア東部系統とNS-NA系統の間には、36000±15000年前頃に分岐した後も、25000±1100年前頃まで遺伝子流動があり、アメリカ大陸先住民系統はアジア北東部およびシベリア東部系統と22000~18100年前頃に分岐した、と推測されています(関連記事)。IK002系統は36000±15000年前頃よりも前にアジア東部・NS-NA系統と分岐したと推測されるので、縄文人系統は38000年前頃に日本列島に到来した旧石器時代集団の直接的子孫である、という見解を本論文は支持しています。この系統関係は、以下に引用する本論文の図4で示されています。
画像

 IK002系統のアフリカからの拡散経路については、シベリア南部中央のマリタ(Mal’ta)遺跡で発見された24000年前頃の少年のゲノムデータ(関連記事)との比較から推測されました。マリタの少年(MA-1)を北方経路の古代ユーラシア北部集団と仮定すると、ユーラシア西部集団にも遺伝的影響を及ぼした古代ユーラシア北部集団から、NS-NA系統およびそこから派生したアメリカ大陸先住民系統への遺伝子流動は確認されたものの、IK002を含む古代および現代のアジア南東部および東部集団への遺伝子流動はなかった、と明らかになりました。これは、アジア東部集団がアフリカから南方経路でユーラシア東部へと拡散してきたことを示唆します。

 IK002系統がアジア東部系統と基底部で分岐していることから、現代のアジア東部集団へのIK002(縄文人)系統の影響はわずかと予想されます。しかし現代人では、日本人・台湾先住民のアミ人(Ami)とタイヤル人(Atayal)・ロシアのオホーツク海沿岸~沿海地域の少数民族は、他のアジア東部集団と比較してIK002と顕著に多くのアレル(対立遺伝子)を共有しており、これは7700年前頃の朝鮮半島に近いロシア沿岸地域の悪魔の門(Devil’s Gate)遺跡集団(関連記事)も同様です。一方、ユーラシア東部内陸部集団にはIK002との遺伝的類似性は見られず、8000年前頃には、ユーラシア東部内陸部のIK002関連系統は、完全ではないとしても、おおむね後の移民により置換されたか、そもそも存在しなかった、と示唆されます。IK002との遺伝的類似性は、ユーラシア東部圏沿岸地域集団のみで見つかっており、古代および現代のユーラシア東部内陸部集団では見つかっていません。ユーラシア東部圏沿岸地域集団のうち、台湾先住民のアミ人およびタイヤル人とフィリピンのイゴロット人(Igorot)はオーストロネシア系で、台湾先住民はユーラシア大陸東部から13200±3800年前頃に到来したと考えられていますが、イゴロット人の起源はまだよく分かっていません。

 IK002との遺伝的類似性がアジア東部内陸部より沿岸部で顕著なのは、アジア東部への現生人類の最初の移住の波が、南方からの沿岸経路による北上だったことを示唆します。あるいは、最初の移住の波は沿岸経路だけではなく陸路もあったものの、最初の移住の波の遺伝的構成が、内陸部では北方から南方への逆移動などにより消滅した、とも考えられます。アジア東部に限らず、初期現生人類の拡散経路として沿岸は注目されており、舟による海上移動もあったのではないか、と推測されています。しかし、更新世の舟は考古学的証拠として残りにくい、という問題があります。それでも、オーストラリア(更新世の寒冷期にはニューギニア島・タスマニア島と陸続きでサフルランドを形成していました)のようにユーラシアからの移住にさいして渡海が必要な地域もあることから、更新世の現生人類が航海をしていたことは確実だと思います。

 これらの知見は、IK002系統も含めてアジア東部集団がアフリカから南方経路でユーラシア東部へと拡散してきて、IK002系統およびその近縁系統はおもにユーラシア東部沿岸を北上してきた、と示唆します。しかし上述のように、北海道の旧石器時代集団では25000年前頃、日本列島「本土」では20000年前頃以降に、シベリア中央部のバイカル湖周辺地域起源と考えられる細石刃技術が確認されています。古代ユーラシア北部集団の遺伝的影響が、IK002系統も含む古代および現代のアジア南東部・東部集団で見られないことと、日本列島における25000年前頃以降のバイカル湖周辺地域起源の細石刃技術の存在をどう整合的に解釈するのかは、難しい問題です。本論文は、古代ユーラシア北部集団が細石刃技術を開発した集団ではない可能性と、古代ユーラシア北部集団の遺伝的影響を受けたNS-NA集団からの文化伝播の可能性を想定しています。この問題の解明には、バイカル湖周辺地域とロシアのオホーツク海沿岸および沿海地域の、細石刃技術を有する集団のゲノムデータが必要になる、と本論文は指摘しています。

 また、これらの知見は、縄文人と弥生時代以降にユーラシア東部から日本列島に到来した集団との融合により「本土日本人」が形成され、アイヌは「本土日本人」よりも縄文人の遺伝的影響を強く受けている、との古典的仮説を強く支持します。IK002系統からの遺伝的影響の推定は難しく、かなり幅があるのですが、本論文は、「本土日本人」に関しては8%程度の可能性が最も高い、と推定しています。一方、アミ人へのIK002系統からの遺伝的影響は41%と「本土日本人」よりずっと高く、統計量で示された、「本土日本人」の方がアミ人よりもIK002と遺伝的類似性が高い、との結果とは逆となります。これは、アミ人がIK002系統から早期に分岐した異なる集団からの強い遺伝的影響を受けたからではないか、と本論文は推測しています。これは、IK002系統がホアビン文化(Hòabìnhian)狩猟採集民系統と近縁な系統から遺伝的影響を受けて成立したこと(関連記事)とも関係しているのではないか、と本論文は指摘しています。

 本論文の見解は、福島県の3000年前頃の縄文人の部分的なゲノム解析(関連記事)や、最近公表された北海道の縄文人の高品質なゲノム配列(関連記事)とおおむね合致するものだと思います。その意味で、縄文人は独自の遺伝的構成の集団であると、改めて示されたと言えるでしょう。本論文が指摘するように、ユーラシア東部集団の移住史を理解するには、古代ゲノムデータはまだ不足しています。それだけに、今後大きな発展が期待されます。今後、縄文人とより遺伝的に類似した古代ユーラシア東部集団か確認される可能性は高いと思いますが、遺伝的に既知の縄文人の範囲内に収まる集団が日本列島以外で発見される可能性はきわめて低いと思います。縄文人の現代「本土日本人」への遺伝的影響については、まだ推定の難しいところだと思います。今後、西日本の縄文人のゲノムデータが蓄積されていけば、縄文人の現代「本土日本人」への遺伝的影響は、北海道や伊川津の縄文人(IK002)から推定されているよりも高くなるのではないか、と予想しています(関連記事)。



参考文献:
Gakuhari T. et al.(2019): Jomon genome sheds light on East Asian population history. bioRxiv.
https://doi.org/10.1101/579177


追記(2020年8月26日)
 本論文が『Communications Biology』誌に掲載されたので、当ブログで取り上げました(関連記事)。トラックバック機能が廃止になっていなければ、トラックバックを送るだけですんだので、本当に面倒になりました。

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