岡本隆司『世界史とつなげて学ぶ中国全史』

 2019年7月に東洋経済新報社より刊行されました。本書は経済を中心とした社会構造の観点からの中国通史です。政治史的要素は薄く、英雄譚的な要素も希薄なため、人間関係中心の通史を期待して読むと、失望するかもしれません。しかし、中国史の大きな構造が提示されているという点で、読みごたえがあります。もちろん、個人による広範な地域を対象とした通史なので、各時代・地域の専門家からすると、異論が少なくないかもしれません。著者の他の一般向け著書である、『世界史序説 アジア史から一望する』(関連記事)と『近代中国史』(関連記事)を読んでいれば、本書を理解しやすいと思います。

 本書の特徴は、気候の違いに起因する生業の違いが、中国史、さらにはユーラシア史の歴史的展開を規定した、という史観です。乾燥した草原地帯の遊牧民社会と、より湿潤な地域の農耕民社会との相互作用により中国史も含むユーラシア史は展開していった、というわけです。これには類型化されたところもあり、じっさい本書で定義されている遊牧地域でも農耕は行なわれているわけですが、大局的には、本書の提示する歴史観に大過はなく、かなりのところ有効だろう、と私は考えています。

 本書はこの遊牧民と農耕民との相克を前提に、中国史を多元的実態と統一志向の観点から把握しています。本書はまず、中国はもともと、多くの勢力が割拠し、身分階層も分化している多元的世界だった、と指摘します。それが、秦と漢による広範な地域の統合の結果、均質化に向かいます。しかし、紀元後3~4世紀の寒冷化によりこの傾向は逆転し、多元化が進展します。3世紀以降、中国では「士」と「庶」の二元的階層が確立していきます。9世紀頃からのユーラシアにおける温暖化により中国社会は経済的に大きく発展し、周辺地域もその影響を受けつつ発展していきます。そうした中から、モンゴルによるユーラシア規模での統合が達成されます。

 ところが、この大統合も14世紀の寒冷化により崩壊し、中国は多元的世界に逆戻りします。大元ウルスの統治体制が弛緩し、まず華南、次に華北を喪失するという混乱した状況のなかで、明が中国(と一般的に認識されているだろう地域)を統一します。本書は、この明代こそ、現代に続く中国の伝統的構造が形成された時期だと指摘します。3世紀以降、中国では江南の人口比率が増加していったのですが、その傾向は大元ウルス治下の13世紀末で終了し、それ以後は中国内部で南北格差は依然としてあるものの、東西格差が拡大していきます。つまり、先進的な沿岸部の東と後進的な内陸部の西というわけです。これは、モンゴル帝国のユーラシア規模での統合が失われて以降、流通路の比重がユーラシア内陸経路から海路へと移っていったことを反映していた、というのが本書の見通しです。

 本書は、明代以降、3世紀以来の士と庶の階層分化に加えて、その中間的な階層も出現し、地域的には、南北に加えて東西の格差も生じ、中国社会はますます複雑化・多元化していった、と指摘します。日本史研究では日本の多様性が主張されることもあるものの、中国社会と比較すると日本社会はずっと単一的で均質的だ、と本書は評価します。さらに本書は、明代以降の中国社会と日本社会の違いとして、前者では下層社会が肥大化し、政権が下層社会をじゅうぶんに掌握できなくなったことを指摘します。本書は、均質化を志向する近代化において、そうした違いが中国には不利に、日本には有利に作用した、との見通しを提示しています。また本書は、物流において海路が重要になっていき、中国の沿岸地域がそれぞれ外国と結びつく傾向がダイチン・グルン(大清帝国)後期になって強くなっていった、と指摘します。これも、中国の近代化の障壁となりました。

 こうした複雑で多元的な中国社会の構造は近代になっても変わらず、国民党も共産党も国民国家の形成で試行錯誤していきます。共産党政権(中華人民共和国)は、肥大化した下層社会の掌握を優先し、資本家層や知識層を弾圧していきます。本書はこの毛沢東の方針が、中国の統一(一元化)を強く志向し、豊かな江南の地主およびそこに基盤のある官僚を弾圧していった明初期の朱元璋(洪武帝)と類似している、と指摘します。この毛沢東路線が経済的には破綻した後、鄧小平による改革開放路線が進められますが、それは、中華理念と皇帝専制を残したまま、明の対外方針を転換させたダイチン・グルンと重なる、と本書は指摘します。中央と下層の乖離や地域間格差といった現代中国の問題は歴史的に形成されてきたものであり、ヨーロッパ基準では理解が容易ではないだろう、というのが本書の見解で、これには学ぶべきところが多いのではないか、と思います。

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