太田博樹「ゲノム人類学から見たふたご研究」

 取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、双子に関する研究(太田., 2017)が公表されました。哺乳類には、1回の出産で複数の個体を産む種と1~2仔しか産まない種が存在します。1回の出産で、たとえばマウスが8~12仔くらい産むのにたいして、霊長類が産むのは1~4仔です。霊長類の中でも比較的祖先型に近いと考えられている曲鼻猿類(メガネザルを含まない原猿)では2~3仔ですが、真鼻猿類(メガネザルを含む真猿)はより少なく、いわゆる新世界ザルのコモンマーモセットやタマリンは2仔出産ですが、その他の新世界ザルやいわゆる旧世界ザルでは、いずれも1仔出産が普通です。とくに、ヒトも含む類人猿(ヒト上科)では1仔出産が標準的です。これは、ヒトを含む霊長類が、多くの個体を産み競争させて生存力の強い個体を生き残らせるような戦略(r戦略型)ではなく、少数個体を産み親が大切にその少数個体を育てて生存力を高めるような戦略(K戦略型)を採用し、進化させてきた結果と言えそうです。

 複数仔の出産は多排卵(polyovulation)と関係しており、多排卵は性腺刺激ホルモンのゴナドトロピン(gonadotropin)により制御されていると考えられています。したがって複数仔出産は、ゴナドトロピンや黄体形成ホルモン、卵胞刺激ホルモンの活性の差違あるいはそれらの発現を制御する遺伝的要因によって決まる、と推定されます。その具体的な機序はまだ不明ですが、複数仔から1~2仔への進化の根拠となる遺伝的な変化を想定することは可能です。

 ヒトにおける二卵性双生児(dizygotic twin: DZ)は、多排卵による双子です。二卵性双生児に関しては、民族集団による出産頻度の違いが報告されています。これはゴナドトロピンなどの活性や発現量に関与する遺伝的多型の地域的な頻度差が原因だろう、と考えられています。一方、一卵性双生児( monozygotic twin: MZ )は受精卵の発生の極初期でおこる多胚化(polyembryony)が原因と考えられ、こちらは偶然による現象で遺伝的背景は考えにくいので、出産頻度は一卵性双生児の場合はランダムとなり、民族集団による頻 度差の報告はありません。


 本論文は双子に関する基本的情報をこのようにまとめたうえで、まず一卵性双生児は遺伝的にクローンなのか、と問いかけます。ゲノム解読に多額の費用と長い時間を要した頃の研究では、ゲノム中に存在するコピー数バリエーション(CNV: copy number variation)、つまり遺伝子のコピー数の個人差が調べられました。CNVは個人間での違いの他に同じ個体の中でも細胞によって異なっている場合がある、と知られており、その遺伝子コピー数の違いと疾患との関連がしばしば報告されているそうです。CNVの調査では、表現型の一致する群および不一致の群を含む一卵性双生児19組のどちらの群でも、ペア間でCNVの違いが存在する、と発見されました。

 一卵性双生児では、受精卵が2つに分かれ、独立して成長します。その過程における細胞分裂において2個体の間でCNVの違いが生じる(somatic mutation:体細胞突然変異)、という可能性が考えられています。1個体でも、CNVが存在するモザイク状態になっていることも想定されます。つまり、一卵性双生児でも遺伝的に完全にクローンではない、というわけです。表現型においても、左右非対称性や変形部位や成長や子宮内胎児死亡など、一卵性双生児が互いに示す不一致(discordance)は古くから報告されています。本論文は、一卵性双生児の不一致の原因となり得るメカニズムとして、幹細胞の不均一な配置、染色体のモザイク状態、受精後に起きた変異、X染色体の不活性化の偏り、ゲノム刷り込み、ミトコンドリアの不均一分布、テロメア長の違い、繰り返し配列多型の繰り返し回数の違い、CNV の違いなどを挙げています。

 本論文はこのうち、X染色体の不活性化の偏りを取り挙げています。これは哺乳類のメスでX染色体の一方が不活性化することを指しますが、本論文はその理由として挙げているのは、過剰な遺伝子発現量を避けることです。女子の一卵性双生児では、それぞれX 染色体の片方が不活性化されていますが、それはランダムなので、不活性化されるX染色体が、母親由来のX 染色体か父親由来のX染色体かは偶然決まります。X 染色体上の同じ遺伝子でもそこに多型があり、母親由来のタイプと父親由来のタイプとで機能や発現量に差があれば、姉妹で発現する遺伝子タイプに違いが生じるかもしれません。一方、男子の一卵性双生児では、X 染色体は必ず母親由来なので、兄弟で差はありません。女子の一卵性双生児と男子の一卵性双生児のペアを比較した研究では、言語を操る能力や知性と関連する形質の一部で、女子のペアより男子のペアの方が似ていたそうです。ヒトで精神的な障害を引き起こすリスクが報告されている遺伝的欠損のうち、約10%がX染色体に載っている、と知られています。一卵性双生児のX 染色体の不活性化が、女子ペアでヒトの言語能力や知性とより関連する結果はそのためかもしれない、と本論文は指摘します。

 X染色体の不活性化の偏りやゲノム刷り込みなどの要因は、エピジェネティクス(epigenetics)として知られています。エピジェネティクスの分子基盤は基本的に、ヒストン(染色体でDNA が巻き付いているタンパク質)のメチル化やアセチル化、およびDNA塩基の1つであるシトシン(C)のメチル化による、遺伝子発現の抑制あるいは促進です。本論文はエピジェネティクスな特性を、 「DNA の塩基配列の変化をともなわず、染色体における変化によって生じる安定的に受け継がれうる表現型」と定義しています。

 DNA の塩基配列には、タンパク質に翻訳される部分と、そうでない部分が多く含まれますが、遺伝子の上流配列に遺伝子発現を制御するプロモーター領域があり、プロモーターに転写制御因子が結合することで、発現が抑制されたり促進されたりします。こうしたDNA の塩基配列に記述されたタンパク質の情報や発現制御のメカニズムは、生殖細胞ができるときに起こる突然変異によって変化する以外、原則的に不変です。

 一方、エピジェネティクスによる発現制御は変化します。ヒストンのアセチル化(アセチル基の付加)は遺伝子発現を促進させ、DNA のメチル化(メチル基の付加)は遺伝子発現を抑制します。こうしたアセチル化やメチル化は、1人の個体の中の様々な組織の様々な細 胞で異なっており、食べ物や薬などによって変化し、 年齢によっても同じ個人でもそのパターンが変化します。ヒトに関してエピジェネティクスと関係がありそうな現象は、癌や生活習慣病や自閉症や双極性障害や統合失調症などが挙げられており、行動や記憶などとの関係も指摘されているそうです。

 一卵性双生児は、DNAのメチル化の程度を比較するのに適しています。一卵性双生児と二卵性双生児のそれぞれ100人前後を対象としてゲノム全体のメチル化を調べた研究では、一卵性双生児に特異的なメチル化箇所が約6000あったそうです。この6000箇所は、遺伝的に規定された(塩基配列に依拠した)メチル化箇所と言える、とこの研究では主張されています。それが親から生殖細胞を介して継承されたメチル化かどうかは不明です、年齢によるメチル化パターンの変化も考慮すべきですが、この主張が正しいとすれば、逆にそれ以外のメチル化箇所は環境要因によって変化するメチル化パターンと推定できる、と本論文は指摘します。

 主要組織適合遺伝子複合体(major histocompatibility complex: MHC)は免疫にとって重要なゲノム領域ですが、一卵性双生児と二卵性双生児を対象としてMHC領域のメチル化を調べた研究では、二卵性双生児のペア間より一卵性双生児のペア間のメチル化の違いは小さかったそうです。二卵性双生児のペア間には兄弟・姉妹と同様の遺伝的な違い(塩基配列の違い)があるので、遺伝的に規定されている(塩基配列に依拠している)メチル化領域は一卵性双生児のペア間より少ないのは当然ですが、全体としてメチル化の遺伝性が低かった結果は、免疫が環境要因によって影響を受けていることと整合性があるだろう、と本論文は指摘します。

 自己免疫疾患である乾癬を一卵性双生児のペアで調べた研究では、メチル化の違いで発症の有無が決まる、と示唆されたそうです。上述のようにメチル化は食べ物や薬などによって変化するので、遺伝的に乾癬を発症する因子を持っていたとしても、食べ物や薬などを制御することで発症を抑えることができる、というわけです。2型糖尿病でも同じような結果が得られているそうです。2 型糖尿病を発症している一卵性双生児ペアおよび未発症のペア、合計27ペアでゲノム規模のメチル化を検出したところ、MALT1 という遺伝子のプロモーター領域(遺伝子発現を制御する領域)において、発症している一方と発症していないもう一方の一卵性双生児ペア間で大きな差が見られたそうです。

 18~89歳の一卵性双生児のペアを対象としたエピジェネティクスの変化を調査する研究では、DNA のメチル化の程度に関して、一部の遺伝子を除いて、一卵性双生児ペア間での不一致は、年齢が高いペアほど低いペアより大きかった、と明らかになりました。ゲノムが(ほぼ) 100% 同じの一卵性双生児でも、年齢を重ねると DNA のメチル化の程度がペア間で異なってくるわけで、遺伝要因よりも環境要因のほうがメチル化に影響している可能性を示唆しています。メチル化の程度が異なれば、遺伝子発現も異なる可能性があるので、結果的に表現型にも違いが生じてくる、と予想されます。一卵性双生児ペアでも年齢が高いほど、お互いに似なくなってくる可能性があるわけです。こうした成果を踏まえて、双子のゲノムのメチル化における個体差のカタログ作成なども進んでいるそうです。双子2603人を対象とした包括的な分析では、メチル化の遺伝性がゲノム全体ではバラバラであると示されたそうです。一方、1000あまりの箇所は、性に関連するか年齢によってメチル化の程度が異なっており、メタボリックな特徴や喫煙歴と関連していたそうです。

 エピジェネティクスは、生理人類学においてこれまで「馴化(acclimatization)」と記載されてきた現象の多くを説明できるのではないか、と本論文は指摘します。遺伝的多型に関しては、20世紀初頭から始まる集団遺伝学で精緻な理論が構築され、生物進化の基本理論となっています。このため、遺伝的多型と生理的多型の関連を見つけることは、環境適応に関連する進化を理解するのにきわめて重要だ、と本論文は指摘します。一方、DNA の塩基配列が変化しなくても、DNA のメチル化などで環境に応答するメカニズムの理解が進み、遺伝的多型とは関係しない生理的多型が、こうしたメカニズムで理解できる可能性もある、と本論文は指摘します。生物進化はDNA の塩基配列の変化を前提としていますが、その変化を伴わないエピジェネティクスが、塩基配列に起こった突然変異の固定が起こる以前の環境適応に果たす役割が、どのように生物進化と関係してくるのか、理解することがたいへん重要というわけです。今後はエピジェネティクスを視野に入れたヒトの生理反応の研究が重要になってくる、と本論文は予想しています。


参考文献:
太田博樹(2017)「ゲノム人類学から見たふたご研究」『日本生理人類学会誌』第22巻第2号P91-96
https://doi.org/10.20718/jjpa.22.2_91

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