古澤拓郎『ホモ・サピエンスの15万年 連続体の人類生態史』

 『叢書・知を究める』の一冊として(15)、ミネルヴァ書房より2019年4月に刊行されました。表題にあるように、本書は基本的に現生人類(Homo sapiens)のみを対象としています。本書の基調は、現生人類(人間)を「連続体(スペクトラム)」として把握することです。肌の色は何らかの能力と連動しているわけではなく、メラネシアの比較的狭い範囲でも遺伝的相違は大きく、人種区分は何の役にも立たないし、人間の性は連続的に変化するものだ、と本書は指摘します。本書は、人間を表す言葉として、区別を前提とする多様性よりも連続体の方がふさわしい、と主張します。

 本書のこうした見解は、いかにも現代の「先進諸国」の学術における主流を表している、と思います。本書の枠組みから外れた認識を表明するようなら、先進諸国の学界やマスメディアなど「リベラル」が主流の分野では異端視されることでしょう。その意味で本書は、「先進諸国」の主流・支配層でいるための、人類学的見地からの指南書にもなっているように思います。現代世界において、マスメディアなど「先進諸国」の影響力の強い分野の世界観・知的規範、つまり「リベラル」的価値観というか「正統派的学説」の一端を把握するのに、本書は有益だと思います。

 とはいっても、本書が偏向しすぎていると主張したいわけではありません。先住民は環境保護的といった素朴な観念について、そのように単純化できる問題ではないと指摘していることや、人間が介入することで自然がより豊かになることの解説など、私のような「アンチリベラル」側がつい押しつけてしまいがちな「リベラル」像とは異なる見解を、本書は提示しています。その意味で、生業や病気の解説など、本書には勉強なるところが多々あります。人口増加にも関わらずまだ食料不足が深刻になっていない理由として、人口が急増した地域では伝統的に肉食志向が弱く、穀類の消費が抑制されたからだ、といった指摘などは面白いと思います。

 ただ、人間の性を連続体と認識する主張にはやはり問題があると思います(関連記事)。人間の性的発達の最終結果の99.98%以上は明らかに男女です。性は過度に単純化されている、との指摘は誤解を招くものです。中間的な性は、性別が曖昧で、なおかつ(または)性的な遺伝子型と表現型が一致していない、ということであり、第三の性ではありません。性は連続体との主張も誤解を招きます。連続体とは連続的分布を意味するからです。人々を形態や遺伝子に基づいて性別に分類することに偏りがあるわけではありません。

 人種に関しても、通俗的な黒人・白人・黄人(黄色人種)という人種区分に大きな問題があり、それが多分に社会的構成概念としても、人口集団はそうではなく、人種は入れ子的な遺伝的構造の低解像度の描写です(関連記事)。人口集団間において実質的な遺伝学的差異があるのに、「正統派的学説」の立場から、それを無視したり、研究を抑制したりするようなことが続けば、集団間の実質的な遺伝学的差異の確たる証拠を提示された時に右往左往して対処できなくなるし、また抑圧により生じた空白を似非科学が埋めることになり、かえって悪い結果を招来するだろう、との懸念は妥当だと思います(関連記事)。人間の集団区分をより妥当なものとし、集団間の相違を提示しつつも、それに基づく差別は許されない、と明確に発信することの方が、人種区分は無意味と言ってすませることよりもずっと必要ではないか、と思います。

 まあ、主流派から見ると、こうした私の疑問は不勉強と偏見に起因する差別意識に他ならないのでしょうが。現代日本社会の「リベラル」派からは、私は「ネトウヨ」に他ならないと見えるでしょうし、「魂が悪い」などと罵倒されそうです。なお、私の「ネトウヨ」的価値観とは無関係(だと思います)なところで本書の問題点を挙げると、まずは精子にミトコンドリアは含まれないとの記述です(P61)。精子にもミトコンドリアはあり、受精後に分解されると思います。また、エピジェネティクスがラマルク説の原理をある程度指し示すことになった、と本書は評価していますが(P94)、エピジェネティクスとラマルク説は似て非なるものどころか、そもそも似ていると言えるのかさえ、疑問です。まあ、私のエピジェネティクスの理解は不足しているので、本書の見解を断定的に否定できるわけではありませんが。


参考文献:
古澤拓郎(2019)『ホモ・サピエンスの15万年 連続体の人類生態史』(ミネルヴァ書房)

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