『卑弥呼』第26話「剛毅」

 『ビッグコミックオリジナル』2019年10月20日号掲載分の感想です。前回は、タケル王がトンカラリンの洞窟から脱出できた場合を懸念するイクメに、そうなれば日見子(ヒミコ)たる自分が消えればよい、とヤノハが答える場面で終了しました。今回は、トンカラリンの洞窟の入口の前で、鞠智彦(ククチヒコ)の配下の志能備(シノビ)と思われるシコロが見張っている場面から始まります。そこへ、シコロよりも上の志能備と思われるアラタと棟梁が現れます。シコロはアラタと棟梁に、山社(ヤマト)の兵2人(ミマアキとクラト)が3日前にトンカラリンの洞窟にタケル王を封じ込め、タケル王を洞窟に残して出てきた、と説明します。ミマアキとクラトは、洞窟の中でタケル王を連れまわし、暗闇の中に放置したわけです。洞窟の出口には、おそらくは志能備のスサという人物が見張っていますが、タケル王はまだ現れていない、とシコロはアラタと棟梁に報告します。棟梁はアラタに、トンカラリンの洞窟に残るよう指示し、自分は鞠智彦に報告するために戻る、と言います。洞窟に入ってタケル王を救出しなくてもよいのか、とアラタに尋ねられた棟梁は、地図がなければ誰も迷うだけなので、絶対に中に入るな、と指示します。それでもタケル王を放置することに躊躇うアラタに、タケル王は日見彦(ヒミヒコ)なので、造作なく出られるはずだ、と棟梁は言います。

 山社の眼前まで迫った那軍の陣地では、山社からの使者であるミマアキがトメ将軍と面会していました。山社を守護するミマト将軍が息子のミマアキを使者として派遣したことにトメ将軍は感心しますが、武人として名高いトメ将軍を一度見たかったので、自分の意志で使者として来た、とミマアキは言います。トメ将軍は剛毅なミマアキを気に入ります。ミマアキはトメ将軍に、日見子(ヒミコ)たるヤノハからの和議を提示します。ミマアキはトメ将軍に、山社に攻め入ろうとした暈(クマ)のテヅチ将軍が率いる千人の兵は武装解除され、タケル王は追放された、と説明します。千人もの軍に無血で勝利したのか、と愉快そうに語るトメ将軍に、自分が言った通りだろう、とヌカデが言います。トメ将軍は、日見子と名乗る祈祷女(イノリメ)のヤノハがただ者ではない、と改めて認識します。トメ将軍はミマアキに、日見子たるヤノハと会わせてもらいたい、と和議の条件を提案します。トメ将軍がヤノハと会って気に入れば和議は成立、気に入らなければ戦う、というわけです。

 鞠智(ククチ)の里では、鞠智彦が志能備の棟梁と思われる人物から報告を受けていました。テヅチ将軍が裏切って山社は戦わずして勝利し、大河(筑後川と思われます)を渡って暈軍を撃破したトメ将軍率いる那軍は山社を包囲しているものの、まだ戦いは始まっていない、と報告を受けた鞠智彦は、すべての運が山社のヤノハに向いたな、やはり一度会ってみたい、と言います。タケル王が山社の兵によりトンカラリンの洞窟に放置された、と報告を受けた鞠智彦は、面白い仕置きを考えつくものだ、と感心するように言います。早急にタケル王を救出すべきだ、と進言された鞠智彦は、トンカラリンの洞窟の見取り図がなければ助け出せないので、自分が直接助けに行く、と伝えます。

 山社では、ミマト将軍とテヅチ将軍が会見していました。テヅチ将軍は、自部隊が那軍に包囲されて山社に入った以上、もはや暈には戻れず、山社に合流するしかないだろう、と覚悟を決めていました。ミマト将軍は、先行きは暗いと指摘します。いずれ総兵25000人の暈が本気で攻めてくるので、どう考えても勝ち目はない、というわけです。日見子たるヤノハは那の全軍2万人が山社につくと予言しているが、さすがに信じられない、とミマト将軍は嘆息します。トメ将軍は日見子たるヤノハと2日後の朝に会見し、和議か戦いか、自分たちの運命も決まる、とミマト将軍とテヅチ将軍は語り合います。

 鞠智彦は配下の兵を引き連れてトンカラリンの洞窟まで来ましたが、共に洞窟に入ろうとする志能備の棟梁を制し、自分だけで中に入ろうとします。洞窟の中は危険なので、無駄な死人を出したくない、心配無用というわけです。志能備の棟梁は剛毅な鞠智彦に感心し、鞠智彦の配下のウガヤは、剛毅である以上に、下々の者の生命すら大切に考えている人だ、と言います。洞窟に入った鞠智彦は、タケル王は賢いのでこの辺りまでは正しい道を進んだと思ったが、と呟きます。すると、鞠智彦の声を聞いたタケル王が鞠智彦に声をかけます。暗闇の中でずっと考えていたタケル王は鞠智彦に、今の想いを打ち明けます。自分は真の日見彦だが、父が無事な限りはイサオ王とは名乗れない、とタケル王は言います。倭の日見彦ではあっても、暈の渠師者(イサオ)・梟師(タケル)制は超えられない、というわけです。暈では大王が代々イサオを名乗り、その息子や後継者はタケルと名乗っていました。タケル王は鞠智彦に、今後、自分は暈タケルではなく山社タケル、つまりヤマトタケルと名乗る、と宣言します。タケル王は鞠智彦に、出口まで自分を導くよう、命じます。自分は朝日を待って外に出て、鞠智彦は1日待ってこっそり出れば、自分は自力でトンカラリンの洞窟を抜け出た正真正銘の日見彦として、日見子と騙るヤノハを殺す大義ができる、というわけです。自分の言葉に無反応な鞠智彦を見て、自分は気がふれたわけではないので、安心してほしい、とタケル王は笑って言います。すると鞠智彦は、無表情のままタケル王を刺し、イサオ王から、新たな日見彦を探すのでタケル王は黄泉の国に行けと命じられた、とタケル王に伝えます。倒れたタケル王を見て、自分はお前が嫌いだった、と鞠智彦は呟きます。

 山社では、トメ将軍と日見子たるヤノハの面会の日を迎えました。ヤノハをまだ真の日見子と認めていないトメ将軍は、刀をミマアキに預けようとしません。山社の兵士たちに弓を向けられても堂々としているトメ将軍の剛毅さにミマアキは感心します。トメ将軍と面会したヤノハは、自分が真の日見子か否か確かめる余裕はない、と伝えます。ヤノハが、天照大御神から、那国はトメ将軍を裏切ったので、即刻兵を率いて渡河(筑後川と思われます)しなければ、そなたは百日以内に死ぬ、とトメ将軍に伝えるところで今回は終了です。


 今回はタケル王の最期が描かれ、暈の仕組みもやや詳しく説明されました。タケル王はいかにもといった小者でしたが、鞠智彦はタケル王を賢い人物と評価しています。まあ、賢いというよりはずる賢いといった感じですし、鞠智彦もそうした意味で発現したのでしょう。タケル王の父親であるイサオ王は冷酷な人物なので、息子を見捨て新たなタケル王を立てる可能性が高いと予想していましたが、鞠智彦が自らタケル王を殺害するのは予想外でした。イサオ王は他にも息子がいるのか、あるいは息子に限らず優秀な人物をタケル王として擁立し、日見彦として諸国に認めさせようとしているのでしょうか。鞠智彦がタケル王を嫌っていたのはもっともだろう、と思います。人物相関図で「わがままで幼稚な性格の人物」と紹介されているタケル王の言動に、鞠智彦は随分と振り回されたでしょうから、鞠智彦にとってタケル王は暈の足を引っ張っている人物という認識だったと思います。鞠智彦がタケル王にうんざりしているような描写もこれまでにあったので、今回は納得のいく話になっていました。鞠智彦は自分だけでトンカラリンの洞窟に入り、配下はそれを鞠智彦の剛毅さと思いやりと解釈していましたが、そういう側面もあるとしても、タケル王の殺害場面を見られたくなかったのが最大の理由でしょう。現時点では、ヤノハの思惑通りに事態が進んでいるように見えますが、剛毅な知恵者である鞠智彦と、それ以上に大物かもしれないイサオ王がこのままヤノハの思惑通りに進むことを見逃すとは思えず、ヤノハが鞠智彦やイサオ王とどう関わっていくのか、注目されます。

 今回の表題である剛毅とは、一人は鞠智彦、もう一人はトメ将軍を指します。トメ将軍は、ヤノハが真の日見子なのか見極めるために、ヤノハと面会します。ここで、ヤノハがアカメに、トメ将軍を陥れるような噂を那国で流すよう、命じたことが活きてくるのではないか、と思います。那国上層部は、その噂によりトメ将軍に疑いを抱いているでしょうから、トメ将軍ヤノハはトメ将軍に、兵を率いて那国に戻らせ、那国を掌握させようとしているのでしょうか。あるいは、トメ将軍に自分を真の日見子と認めさせ、トメ将軍を那国に戻らせ、那国上層部のトメ将軍への疑念を解消させるとともに、那国上層部にもヤノハを真の日見子と認めさせ、那国を新生「山社国」の側に引き込もうとしているのかもしれません。いずれにしても、暈軍が今後本気で山社に攻め込めば、さすがに山社の兵数では持ちこたえられないでしょうから、倭国随一の富を誇る那(第1話でのイクメの説明)を新生「山社国」の陣営に引き込むことは必須です。

 暈は『三国志』の狗奴国でしょうから、ヤノハと暈が和解することはなく、今後も対立を続けていくのでしょう。一方、那は『三国志』の奴国でしょうから、卑弥呼(日見子)たるヤノハの山社国(邪馬台国)陣営に就くことになりそうです。その意味で、今後の展開はある程度予想できるわけですが、その過程には創作の余地が大きいわけで、どう描かれるのか、楽しみです。『三国志』から予想すると、トメ将軍は、倭国から魏に派遣された大夫の難升米でしょうから、今後百日以内に落命することはなく、日見子たるヤノハに仕えることになりそうです。トメ将軍はかなり魅力的な人物造形になっていますから、どのような心境・経緯でヤノハに仕えることになるのか、今後の描写が楽しみです。

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