『卑弥呼』第27話「兵法家」

 『ビッグコミックオリジナル』2019年11月5日号掲載分の感想です。前回は、那国がトメ将軍を裏切ったので、即刻兵を率いて渡河(筑後川と思われます)しなければ、トメ将軍は百日以内に死ぬ、という天照大御神からのお告げをヤノハがトメ将軍に伝えるところで終了しました。今回は、その7日前の那と暈の境界の場面から始まります。大河(筑後川と思われます)で男性の船頭は那の兵士たちに呼び止められます。大河を渡るのは御法度というわけです。兵士たちが密輸なら即刻死刑だと船頭を脅すと、中から青い服を着たアカメが現れます。兵士たちは、その服の色からアカメを祈祷女(イノリメ)と誤認します。アカメは山社(ヤマト)から逃れてきた祈祷女と名乗り、兵士たちの上官に会いたい、と言います。

 アカメはトメ将軍不在の留守を預かるホスセリ校尉と面会します。ホスセリ校尉に暈(クマ)の国の状況を尋ねられたアカメは、山社に日見子(ヒミコ)を名乗る女子が現れ、国内には内乱の兆しがある、と答えます。日見子と名乗った女子(ヤノハ)はタケル王に簡単に成敗される、と思っていたホスセリ校尉にたいして、ヤノハがしぶとく生き残り、国としての山社の独立を宣言した、とアカメは説明します。祈祷部(イノリベ)はその女子を日見子と認めたのか、とホスセリ校尉に尋ねられたアカメは、日の巫女の到来を信ずる者と信じない者に割れたが、信ずる側が勝ち、偽物と主張していた、暈の国にある日の巫女集団の学舎である種智院(シュチイン)の祈祷部の長であるヒルメは捕縛され、自分は隙を見て命からがら逃亡してきた、と答えます。トメ将軍が山社に向かったから山社に戻れるだろう、とホスセリ校尉に言われたアカメは、そうはならないようだ、と言ってトメ将軍謀反の噂を告げます。

 那国の「首都」である那城(ナシロ)では、ウツヒオ王が島子(シマコ)のウラと日の守(ヒノモリ)のサギリを呼び、対応を検討していました。島子のウラは、以前と変わらず、トメ将軍は信用ならない、とウツヒオ王に改めて訴えました。サギリは、トメ将軍が裏切り者とは信じられないが、万が一トメ将軍が兵を都に向ければ一大事だ、と言います。そんなサギリを、肝が小さいとウラは嘲り、トメ将軍の謀反は事実なので、成敗するだけだ、と主張します。サギリは、トメ将軍が勇猛果敢であることから、慎重な姿勢を示しますが、ウラは、たとえ不敗の将軍でもたった500人の兵士たちで何ができるのか、国境にはホスセリ校尉の率いる9000人の兵士たちがいるのだ、と事態を楽観しています。するとサギリは、その9000人の兵士たちがトメ将軍と真っ向から戦えるほど剛毅なのか、と疑問を呈します。戦人は最強の武人を敬い畏れるので、9000人の兵士たちがトメ将軍につく可能性もある、というわけです。ウラは慌てて、伊都(イト)・穂波(ホミ)・都萬(トマ)の国境に配した兵士たちを呼び戻すよう、ウツヒオ王に進言し、ウツヒオ王は悩みます。

 トメ将軍は暈の国内にある閼宗(アソ)山(阿蘇山)の近くにいました。トメ将軍に「アソ」の意味を問われたヌカデは、先祖の魂が戻らないよう塞ぐ場所と答えます。トメ将軍は、人の魂や黄泉返りといった人智を超えた事象は何も信じていないので、日見子(ヤノハ)の千里眼を今も疑っている、と打ち明けます。即刻兵を率いて渡河(筑後川と思われます)しなければ百日以内に死ぬ、という天照大御神からのお告げをヤノハから伝えられたトメ将軍は、すぐには納得しませんでした。するとヤノハは、トメ将軍が筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)でもはや並ぶ者のない武人で秀ですぎた、と指摘します。戦人として称賛されて何が悪い、とトメ将軍に反問されたヤノハは、称賛の裏には悪意もあり、悪意とは称賛の倍あるものだ、と答えます。たった500人で大河を渡り、鬼神と名高きオシクマ将軍を一蹴し、その勢いで兵を進めて暈のタケル王を追い詰めたトメ将軍を、那の王族・太夫・貴人・戦人・民・奴婢は畏怖し、那国の新たな王になろうとしているのではないかと考えるだろう、とヤノハは指摘します。その流言を那の王は一笑にふすほど、トメ将軍を信頼しているのか、と問われたトメ将軍は反論できません。急いで那国に戻るべきとヌカデはトメ将軍に進言し、ヤノハは、一刻の猶予もないため、ヌカデを案内役に那への最短の道を行くよう、トメ将軍に勧めます。その道を使えば、鞠智彦(ククチヒコ)の手勢と遭遇する危険もない、というわけです。それが、閼宗山を横断する経路でした。

 日見子(ヤノハ)の千里眼が信じられないなら、なぜ日見子の勧めに従ったのか、とヌカデに問われたトメ将軍は、海の向こうの大陸の帝の住む大国(当時は後漢)には、昔より兵法家と呼ばれる人々がいる、と自分の考えを説明し始めます。兵法とは戦の勝利を天運に頼らず、分析と研究と人為によって実現する学問で、兵法家として有名な先人には、太公望呂尚や孫武や呉起がいます。その偉大な兵法家に共通するのは、まず第六感の存在を信じないことでした。見る・聞く・嗅ぐ・触れる・味わうという人の五感に加えて、第六感とは、千里眼や預言や神との語らいなど、人智を超えた能力です。トメ将軍は、日見子(ヤノハ)にそれがあるとは思えない、とヌカデに打ち明けます。しかし、日見子は研ぎ澄まされた五感の持ち主で、優れた分析力と冷徹非情な決断力がある、というのがトメ将軍の評価でした。200年前(じっさいはこの時点から400年前頃)、大陸に韓信という前漢の高祖(劉邦)の知恵袋がおり、貧しい出自の不良で、生き残るためには恥を捨てて人の股すらくぐり、勝利のためならどんな汚い手も使って見方さえ欺いた男だったが、日見子はその大兵法家の韓信に似ているような気がする、とトメ将軍はヌカデに説明します。それ故に、トメ将軍は日見子の発言なら何か根拠があると思った、というわけです。

 山社では、日見子たるヤノハが、テヅチ将軍とミマト将軍に日向(ヒムカ)を併合するよう命じましたが、テヅチ将軍は躊躇います。ヤノハは、山社が国となるには日向が必要で、得るのは今しかない、と説明します。しかし、日向は古のサヌ王(記紀の神武天皇と思われます)の地で、両隣の暈と都萬がいかなる侵攻も許さないだろう、と言ってミマト将軍も躊躇います。日向出身のヤノハは、日向は誰からも守られず、見捨てられ、(瀬戸内海と思われる)内海(ウチウミ)の賊の餌食になっているので、山社の侵攻は日向の民の望みでもある、と両将軍を説得します。暈と都萬の連合軍をどう倒すのか、とテヅチ将軍に問われたヤノハは、タケル王が姿を消した今、暈があえて兵を差し向けるだろうか、また、平和に倦んだ都萬が単独で挙兵するだろうか、と反問します。その説明を聞いたミマト将軍は、ヤノハが優れた兵法家だと感心します。それでもテヅチ将軍は、サヌ王の盟約は筑紫島全土に及んでいる、と日向侵攻に消極的です。サヌ王の盟約とは、東征するサヌ王がかけた、自分の血筋以外の者が日向を治めようとするなら恐ろしい死がくだる、という呪いのため、日向には王がおらず、暈と都萬が共同管理していることです(第15話)。伊都・穂波・末盧といった国々がわざわざ他国の領土を踏み越えて派兵するだろうか、とヤノハに反問されたテヅチ将軍は、那国の動向を心配していました。するとヤノハは、那国では近く内乱が起きる、と断言します。それでテヅチ将軍も得心し、ミマト将軍が意気揚々と日向への侵攻を決意するところで、今回は終了です。


 今回は、トメ将軍の視点からヤノハの本質が描かれました。初期から存在を言及されていながら、他の主要人物よりも登場の遅かったトメ将軍ですが、的確にヤノハの本質を見抜いており、大物感があるので、たいへん魅力的な人物造形になっています。ヤノハは、近いうちに那国で内乱が起きる、と予想していますが、これも新生「山社国」成立のための計画の一環なのでしょう。どのように展開していくのか、楽しみですが、トメ将軍は大物感のある人物だけに、ヤノハの思惑通りに事態が進むとは限らないかもしれません。また、暈の鞠智彦とイサオ王も大物感のある人物で、『三国志』からは、新生「山社国」成立後、暈と「山社国」は対立を続けると予想されるので、その意味でも、ヤノハの思惑通り事態が進むのではなく、今後ヤノハが窮地に陥るような事態もありそうです。

 トメ将軍をめぐる事情も少し描かれ、那国の島子であるウラは、以前の描写(第14話)でも示唆されていましたが、明らかにトメ将軍を嫌っています。これは、トメ将軍が島子の地位を望んでおり、島子を務めるだけの能力・経験・人々の信頼があるので、自分の特権的地位を奪われるかもしれない、と警戒しているためなのでしょう。一方、那国の日の守であるサギリは、トメ将軍を信頼し、その能力を認めつつも、警戒もしているようです。トメ将軍は庶民出身なので、その点で那国上層部にはトメ将軍への軽視・警戒があるのかもしれません。主要人物のキャラは立っていますし、謎解き要素もあるので、今後『天智と天武~新説・日本書紀~』以上に楽しめる話になるのではないか、と期待しています。

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