ヒトと大型類人猿の脳発生の違い

 ヒトと(ヒト以外の)大型類人猿の脳発生の違いに関する研究(Kanton et al., 2019)が公表されました。ヒトがチンパンジー系統と分岐して以来、その脳は劇的に変化しました。しかし、この分岐に関与した遺伝的過程と発生過程は充分に解明されていません。この手がかりとなりそうなのが誘導多能性幹細胞から成長させた脳オルガノイド(脳様組織)で、実験室内で脳発生の進化を研究する可能性を生み出しています。この研究はヒト特異的な遺伝子調節の変化を探索するため、幹細胞から作製した脳オルガノイドを解析し、ヒトに特異的な遺伝子調節の変化を調べた。

 この研究はまず、細胞構成を解析し、ヒト脳オルガノイド発生の全過程(多能性段階から神経外胚葉段階と神経上皮段階を経て、その後、前脳の背側と腹側・中脳・後脳の領域内のニューロン運命へと分岐します)にわたる分化の経路を再構築しました。異なるiPSC株から作製したオルガノイドでは、脳領域の構成は多様でしたが、脳領域の遺伝子発現パターンは、どのオルガノイドでも、おおむね再現性が高い、と明らかになりました。次にチンパンジーとマカクの脳オルガノイド解析では、これら2属の霊長類と比較して、ヒトのニューロンの発生はゆっくり起こる、と明らかになりました。発生過程上の同じ時点での比較では、チンパンジーとマカクザルの脳オルガノイドの皮質ニューロンへの種分化の方が、ヒトの脳オルガノイドよりも顕著です。

 分化経路を偽時系列的に整列させると、ヒト特異的な遺伝子発現は、大脳皮質における前駆細胞からニューロンへの細胞系譜に沿った、異なる細胞状態に起因する、と分かりました。クロマチン接近可能性は皮質発生中に動的に変化し、ヒトとチンパンジーの間には、ヒト特異的な遺伝子発現や遺伝的変化と相関した接近可能性の分岐がある、と明らかになりました。最後に、単一核RNA塩基配列解読解析により、成体の前頭前皮質におけるヒト特異的な発現がマッピングされ、成体期まで持続する発生生物学的相違と、成体の脳だけで起こる細胞状態特異的な変化が特定されました。

 この研究は、大型類人猿の前脳発生の時間的な細胞アトラスを提供し、ヒトに固有の動的な遺伝子調節の特徴を明らかにし、これらのデータが、ヒトとチンパンジーの発生中の脳で異なっている遺伝子調節機構に関する、さらなる研究の指針になると結論づけています。脳はヒトの派生的進化の中でもとくに注目されますから、近縁の霊長類との比較を通じて、その遺伝的過程と発生過程、さらには選択圧についての研究が進展することを期待しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


【神経科学】ヒトと大型類人猿の脳発生の違いはどのように生じたのか

 ヒトの脳の発生に関する新知見とヒトとその他の大型類人猿の脳発生過程との違いを示した研究論文が、今週掲載される。この論文は、ヒト特有の脳発生の特徴を明らかにし、ヒトと他の霊長類の脳発生過程の違いがどのように生じたのかを概説している。

 ヒトがチンパンジーや他の大型類人猿から分岐して以来、ヒトの脳は劇的に変化した。しかし、この分岐に関与した遺伝的過程と発生過程は十分に解明されていない。誘導多能性幹細胞から成長させた脳オルガノイド(脳様組織)は、実験室内で脳発生の進化を研究する可能性を生み出している。

 今回、Barbara Treutleinたちの研究グループは、ヒト特異的な遺伝子調節の変化を探索するため、ヒト幹細胞由来の脳オルガノイドの分析を4か月にわたる多能性細胞からの発生過程において実施した。次に、Treutleinたちは、チンパンジーとマカクザルの脳オルガノイドを比較して、ヒトの脳オルガノイドの発生との違いを調べた。そして、発生過程上の同じ時点で比較したところ、チンパンジーとマカクザルの脳オルガノイドの皮質ニューロンへの種分化の方が、ヒトの脳オルガノイドよりも顕著なことが分わかった。この結果は、ヒトの神経発生がチンパンジーとマカクザルの場合よりも遅いことを示唆していると考えられる。

 Treutleinたちは、今回の研究で得たデータが、ヒトとチンパンジーの発生中の脳で異なっている遺伝子調節機構に関するさらなる研究の指針になると結論付けている。


発生生物学:オルガノイドの単一細胞ゲノムアトラスから明らかになったヒト特異的な脳発生の特性

発生生物学:ヒトの脳発生は他の大型類人猿からどのように分岐したか

 ヒトの脳発生に独特な遺伝的プログラムや発生プログラムを調べるために、B Treutleinたちは今回、ヒトや他の大型類人猿の幹細胞から脳オルガノイドを作製した。単一細胞トランスクリプトミクス、細胞構成解析、およびゲノムプロファイリングから、ヒトの分化経路が明らかになり、この分化経路はオルガノイドの全発生段階を通じてヒトに独特なものであることが明らかになった。加えて、ヒトのニューロン発生は他の大型類人猿に比べて、ゆっくりと進行することが分かった。



参考文献:
Kanton S. et al.(2019): Organoid single-cell genomic atlas uncovers human-specific features of brain development. Nature, 574, 7778, 418–422.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1654-9

長寿関連タンパク質

 長寿関連タンパク質に関する研究(Zullo et al., 2019)が公表されました。ヒトで寿命を延長する機構についてはよく分かっていません。神経系が老化の調節に関与している、とこれまでの研究から示唆されていますが、神経系と老化の関係を裏づける機構の解明は困難でした。この研究は、死後のヒト脳組織における遺伝子発現パターンを調べ、85歳以上の長寿者において、転写因子RESTの発現が上昇して、神経興奮に関連する遺伝子を抑制していた、と明らかにしました。

 モデル生物である線虫の一種(Caenorhabditis elegans)を用いた研究では、老化に伴って神経興奮の上昇が見られ、全体的な興奮抑制、あるいはグルタミン作動性またはコリン作動性ニューロンにおける興奮を抑制すると、寿命が延長しました。一方、RESTオルソログ遺伝子であるspr-3とspr-4の機能喪失変異は、神経興奮を上昇させ、長寿命であるdaf-2変異体の寿命を短縮しました。野生型の線虫では、spr-4を過剰発現させると興奮が抑制され、寿命が延長しました。RESTやその線虫オルソログおよび神経興奮低下はいずれも、長寿命に関連するフォークヘッド型転写因子FOXO1(哺乳類)とDAF-16(線虫)を活性化させ、寿命と神経活動パターンとの因果関係を示唆しています。

 中枢神経系には数多くの興奮性ニューロンと抑制性ニューロンが存在し、それぞれシナプス活動を増加させたり減少させたりします。この研究は、全般的な興奮レベルと抑制レベルの不均衡が老化過程に寄与している可能性を指摘し、神経活動を弱めるRESTという哺乳類の転写因子の役割を強調しています。この研究は、RESTの発現レベルを高め、興奮性ニューロンの活動を減少させる方法を使って老化に影響を及ぼすことが可能だ、との見解を提示しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


【遺伝学】長寿に関連するRESTタンパク質

 脳内の全般的な神経活動レベルにはRESTと呼ばれるタンパク質が介在しており、脳内の神経活動レベルが寿命に影響している可能性のあることを示唆する論文が掲載される。この知見は、モデル生物とヒトを用いたさまざまな研究に基づいており、ヒトの老化を遅らせるための新たなアプローチを模索する研究者を支援できるかもしれない。

 神経系が老化の調節に関与していることがこれまでの研究から示唆されているが、神経系と老化の関係を裏打ちする機構を解明することは困難だった。今回、Bruce Yanknerたちの研究グループは、死後のヒト脳組織における遺伝子発現パターンを調べて、長寿者(85歳以上)の場合に神経興奮とシナプス機能に関連する遺伝子の発現が低下していることを明らかにした。

 また、モデル生物を使った研究では、薬物や遺伝子操作によって脳内の神経興奮やシナプス活動のレベルを低下させることで、線虫の寿命を延ばせることが分かった。また、神経活動レベルを高めた実験では、逆の効果が得られた。以上の知見は、寿命と神経活動パターンとの因果関係を示唆している。

 中枢神経系には数多くの興奮性ニューロンと抑制性ニューロンが存在し、それぞれシナプス活動を増加させたり減少させたりする。Yanknerたちは、全般的な興奮レベルと抑制レベルの不均衡が老化過程に寄与している可能性があると考えており、神経活動を弱めるRESTという哺乳類の転写因子の役割を強調している。そして、Yanknerたちは、RESTの発現レベルを高め、興奮性ニューロンの活動を減少させる方法を使って老化に影響を及ぼすことが可能だとする見解を示している。


加齢:神経興奮とRESTによる寿命の調節

加齢:RESTと神経興奮は寿命に影響を及ぼす

 ヒトの寿命を延ばすものは何か。B Yankner、J Zullo、D Drakeたちは今回、非常に長寿な人々の脳において、神経興奮の下方調節に関与すると考えられる転写シグネチャーを明らかにしている。転写抑制因子RESTが、これらの変化を仲介すると予測される。彼らは、線虫の一種Caenorhabditis elegansをモデルとして用い、神経興奮の抑制により実際に寿命が延長すること、そしてこの過程は、RESTや線虫オルソログの転写因子により仲介されていることを実証した。RESTオルソログの機能喪失変異は、神経興奮を上昇させ、長寿命のdaf-2変異個体の線虫の寿命を短縮したのに対し、RESTオルソログの過剰発現は、野生型線虫個体の寿命を延長した。同様に、脳でのREST遺伝子の条件的欠失は、加齢マウスにおいて大脳皮質の活動やニューロンの興奮性を上昇させた。RESTやその線虫オルソログおよび神経興奮低下はいずれも、長寿命に関連するフォークヘッド型転写因子FOXO1(哺乳類)とDAF-16(線虫)を活性化させる。従って、線虫からヒトに至るまで、神経興奮の状態は、RESTや関連転写因子により調節される老化過程の中心的モジュレーターである可能性がある。



参考文献:
Zullo JM. et al.(2019): Regulation of lifespan by neural excitation and REST. Nature, 574, 7778, 359–364.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1647-8

喫煙と糖尿病

 喫煙と糖尿病に関する研究(Duncan et al., 2019)が公表されました。2型糖尿病は非喫煙者よりも喫煙者の方にずっと多く見られますが、その機序はよく分かっていません。この研究は、糖尿病関連遺伝子Tcf7l2が齧歯類の脳の内側手綱(mHb)領域で密に発現しており、そこでニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)の機能を調節している、と明らかにしました。マウスとラットのmHbで転写因子TCF7L2シグナル伝達を阻害すると、ニコチン摂取量が増加します。ニコチンは、TCF7L2に依存してmHbを刺激することにより、血糖レベルを上昇させます。

 ウイルス追跡実験により、mHbから膵臓への多シナプス性の接続が明らかになり、ニコチン摂取経験のある野生型ラットでは、グルカゴンとインスリンの循環血中レベルが上昇しており、糖尿病に似た血糖恒常性の調節不全が見られました。これとは対照的に、Tcf7l2変異ラットは、ニコチンのこのような作用に抵抗性を示します。これらの知見から、ニコチンには手綱核–膵臓軸に対する刺激作用があり、これがニコチンの嗜癖性と糖尿病促進作用を結びつけており、TCF7L2はこの刺激作用を調節している、と示唆されました。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


神経科学:手綱核のTCF7L2はニコチン嗜癖と糖尿病を結び付ける

Cover Story:喫煙のシグナル:ニコチン嗜癖と糖尿病リスクの増大をつなぐニューロンのフィードバックループ

 喫煙は2型糖尿病のリスクを劇的に高めるが、こうした効果の根底にある機序はまだよく分かっていない。今回P Kennyたちは、ラットでは、ニコチンによって活性化される脳内のニューロンと、膵臓による血糖調節を結び付けるシグナル伝達回路を、転写因子TCF7L2が媒介していることを明らかにしている。著者たちは、脳の内側手綱領域のニューロンに発現するニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)がニコチンによって活性化されると、膵臓によるグルカゴンとインスリンの放出だけでなく、ニコチンに対する有害な応答も生じることを示している。この結果、血糖レベルが上昇し、糖尿病の発症リスクが高まる。さらに、血糖レベルの上昇は、内側手綱領域のニューロンが発現するnAChRを抑制することによってフィードバックループを生み出し、喫煙に対する有害な応答を妨げるため、ニコチン嗜癖が強くなるのを助ける。TCF7L2は、シグナル伝達回路全体を変化させるので、ニコチン嗜癖と糖尿病リスクの増大とを結び付けている。



参考文献:
Duncan A. et al.(2019): Habenular TCF7L2 links nicotine addiction to diabetes. Nature, 574, 7778, 372–377.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1653-x

ゲノム編集による進化の再現

 ゲノム編集による進化の再現に関する研究(Karageorgi et al., 2019)が公表されました。適応の遺伝学的機構を特定するには、DNA塩基配列の進化と表現型と適応度の間のつながりを解明する必要があります。収斂進化は、適応形質の根底にある候補変異を特定するための指標として使用でき、また新しいゲノム編集技術は、全生物においてこれらの変異の機能的な検証を容易にしています。この研究は、これらの手法を組み合わせて、毒素である強心配糖体を産生する植物にコロニーを形成するよう独立して進化したオオカバマダラ(monarch butterfly;Danaus plexippus)など、昆虫綱の6目における収斂の典型例を検証しました。

 これらの昆虫の多くは、強心配糖体の生理的標的であるナトリウムポンプ(Na+/K+-ATPアーゼ)のαサブユニット(ATPα)において、アミノ酸置換を平行進化させました。この研究は、強心配糖体の特殊化に関連する、ATPα中の反復変化した3つのアミノ酸部位(111、119、122)が関与する変異経路について報告しています。この研究は次に、キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)において天然のAtpα遺伝子にCRISPR–Cas9塩基編集を行ない、オオカバマダラ系統に起こった変異経路を再現しました。この研究は、in vivo、in vitro、in silicoで、強心配糖体に対する耐性を付与して標的部位の感受性を失わせる経路を示しています。この経路の結果、オオカバマダラのように強心配糖体に非感受性の三重変異体「monarch fly」が生じました。「monarch fly」は変態期間中に少量の強心配糖体を保持しており、これは、オオカバマダラにおいて捕食者を防ぐために最適化されてきた形質です。

 このようなアミノ酸置換が進化した順序は、エピスタシスを介して拮抗的な多面発現が軽減されることで説明されます。この研究は、オオカバマダラが、あるクラスの植物毒素に対する耐性を進化させて、最終的に捕食されにくくなり、生態学的群集内の種の相互作用の性質を変化させた仕組みを明らかにし、収斂形質の教科書的な例の起源と機能的な遺伝学的基盤について最初の包括的な解析を示すことで、進化生物学の基本的な問題に関する手掛かりを提示しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


進化遺伝学:ゲノム編集によりオオカバマダラの毒素耐性の進化を再現する

進化遺伝学:平行進化の経路

 収斂が自然界でこれほどよく見られるのはなぜだろうか。この現象の顕著な例の1つは、昆虫が、強力な植物毒素に対する耐性を進化させてきた機構である。例えば、強心配糖体という毒素は、通常はNa+/K+-ATPアーゼを標的とするが、昆虫綱の6つの目では、この酵素のアミノ酸置換を平行進化させることにより、このような毒素に対する耐性を獲得している。しかし2つの疑問が残っている。1つ目は、これらの繰り返し進化した4回のアミノ酸変異は耐性を付与するのに十分なのかどうか。2つ目は、これほど遠縁の昆虫に、これらの平行進化した変異が生じたのはなぜなのか、である。N Whitemanたちは今回、キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)においてCRISPR–Cas9を用いて、オオカバマダラの系統で観察される変異経路の進化の順序で、この4つのアミノ酸置換のそれぞれをノックインして調べた。オオカバマダラは、これらの毒素に耐性があるだけではなく、その毒素を体内に蓄積して自己防御する種である。今回の結果は、収斂形質の教科書的な例の起源と機能的な遺伝学的基盤について最初の包括的な解析を示すことで、進化生物学の基本的な問題に関する手掛かりを示している。



参考文献:
Karageorgi M. et al.(2019): Genome editing retraces the evolution of toxin resistance in the monarch butterfly. Nature, 574, 7778, 409–412.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1610-8

乳幼児死亡率の地理的格差

 乳幼児死亡率の地理的格差に関する研究(Burstein et al., 2019)が公表されました。小児(5歳未満)の死亡は全世界で減少しており、1950年に1960万人だった死亡数が2017年には540万人となり、2017年の小児の死亡の93%は、中低所得国で起きています。国連の持続可能な開発目標(SDG)のターゲット3.2は、予防可能な小児の死亡を2030年までになくすと定めています。この目標を達成する上でかなりの進展がありましたが、地方行政区分レベルでは依然として死亡率にばらつきがあります。

 SDGのターゲット3.2に近づくには、小児の死亡率と傾向を十分に解明する必要があります。この研究は、2000年から2017年までのアフリカ・アジア・中東・北米・中南米・オセアニアの99の中低所得国の5歳未満児の死亡に関する高分解能地図を作製しました。この研究は、国レベルで、調査対象国の小児死亡率が2000年から2017年までに41%減少した、と示しています。2017年の小児の死亡数が最も多かったのはインド・ナイジェリア・パキスタン・コンゴ民主共和国ですが、それぞれの国内で死亡数の分布に偏りがありました。この研究は、地理的格差がなければ、これらの国々で2000年から2017年までに起こった小児の死亡の32%を防げた、と推定しています。さらに、研究対象地域でSDG ターゲット3.2の目標値である少なくとも1000人当たり25人という死亡率を達成していれば、2017年には推定260万人の5歳未満児の死亡を回避できた可能性がある、とこの研究は報告しています。この研究は、5歳未満児の死亡が多い地域群・死亡率削減の進捗のパターン・地理的不均衡の特定を可能にし、全人口の健康状態改善に資する適切な投資および対策に情報をもたらします。

 国連人権高等弁務官で、前チリ大統領であるバチェレ(Michelle Bachelet)氏は、小児の死亡を減らすには、病気の子供が確実に医者に診てもらえるようにすることよりも、広範な努力が必要だと主張しています。バチェレ氏は、死亡に寄与する要因とはけっきょく、病気よりも広範な困難である貧困・無力化・差別・不正の解消に失敗していることで、この研究が提示しているような確かなデータに対しては、政府と社会のあらゆる分野で対策を講じられなければならない、と指摘しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


【健康科学】乳幼児の死亡に関する世界地図が示す地理的格差

 低所得国と中所得国の5歳未満児の死亡率に関する詳細な世界地図が作製され、2000年から2017年までの死者数が1億2300万人と推定されていることを報告する論文が、今週掲載される。今回の研究は、小児が5歳に満たずに死亡するリスクについて、出生地による格差がどの程度あるのかを調べた。こうした格差の原因を調べることは、全世界の予防可能な小児の死亡をなくすことを目的とした政策や公衆衛生プログラムへの有益な情報提供に資する可能性がある。

 小児の死亡は、全世界で減少しており、1950年に1960万人だった死亡数が、2017年には540万人となり、2017年の小児の死亡の93%は、中低所得国で起こっている。国連の持続可能な開発目標(SDG)のターゲット3.2は、予防可能な小児の死亡を2030年までになくすと定めている。この目標を達成する上でかなりの進展があったが、地方行政区分レベルでは、依然として死亡率にばらつきがある。

 予防可能な小児の死亡をなくすという目標の達成に近づくには、小児の死亡率と傾向を十分に解明する必要がある。この必要性に応えるため、Simon Hayたちの研究グループは、2000年から2017年までのアフリカ、アジア、中東、北米・中南米、オセアニアの99の中低所得国の5歳未満児の死亡に関する高分解能マップを作製した。Hayたちは、国レベルで、調査対象国の小児死亡率が2000年から2017年までに41%減少したことを示している。2017年の小児の死亡数が最も多かったのはインド、ナイジェリア、パキスタン、コンゴ民主共和国だが、それぞれの国内で死亡数の分布に偏りがあった。Hayたちは、地理的格差がなければ、これらの国々で2000年から2017年までに起こった小児の死亡の約3分の2を防ぐことができたと推定している。さらに、研究対象地域でSDG ターゲット3.2の目標値である少なくとも1000人当たり25人という死亡率を達成していれば、2017年には推定260万人の5歳未満児の死亡を回避できた可能性があるとHayたちは報告している。

 同時掲載のWorld Viewでは、国連人権高等弁務官のMichelle Bachelet(前チリ大統領)が、小児の死亡を減らすには、病気の子どもが確実に医者に診てもらえるようにすることよりも広範な努力が必要だと主張している。Bacheletは、「死亡に寄与する要因とは、結局、病気よりも広範な困難である貧困、無力化、差別、不正の解消に失敗していることなのである。今週号に掲載されるデータのような確かなデータに対しては、政府と社会のあらゆる分野で対策を講じられなければならない」と指摘している。


健康科学:2000~2017年に発生した1億2300万人の新生児死亡、乳児死亡、幼児死亡のマッピング

健康科学:世界の乳幼児死亡の不均衡

 多くの国々で、過去数十年間に乳幼児の生存が国家レベルで改善されてきたが、地域的な進捗には今なお大きなばらつきがある。5歳未満児(乳幼児)の予防可能な死亡を2030年までに国際連合の持続可能な開発目標(ゴール3)のターゲット3.2のとおりに減少させる取り組みに情報をもたらすため、S Hayたちは今回、地球統計学的モデルを用い、99の低中所得国の5歳未満の乳幼児に関して、2000年から2017年までの死亡率および死亡数の高分解能の地図を製作した。それらの地図から、2030年までに乳幼児死亡率を低下させることに向けた進捗の程度には、一部の国では、いまだに大きな地理的不均衡が存在することが明らかになった。死亡率の高い地域、死亡率削減の進捗の代表例、地理的不均衡を特定することにより、研究チームは、究極的にはさらに的を絞った介入および公衆衛生投資に情報をもたらすことになると期待している。



参考文献:
Burstein R. et al.(2019): Mapping 123 million neonatal, infant and child deaths between 2000 and 2017. Nature, 574, 7778, 353–358.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1545-0