現代人アフリカ南部起源説

 取り上げるのが遅れてしまいましたが、ミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)L0系統の詳細な分析を報告した研究(Chan et al., 2019)が報道されました。ナショナルジオグラフィックでも報道されています。現生人類(Homo sapiens)の起源がアフリカにあることは広く認められています(現生人類アフリカ単一起源説)。本論文は、現生人類の起源地をアフリカ東部と示唆する人類遺骸もあるものの、現代人のmtDNA系統樹では、最初に分岐した系統であるmtHg-L0を代表する複数の現代人集団はアフリカ南部に存在している、と指摘します。しかし、これまで、ヨーロッパ系のmtHg-N(mtHg-L3から分岐)の詳細な分析が進展していた一方で、mtHg-L0の分析は遅れており、代人の遺伝的多様性に関する研究の制約となっていました。そこで本論文は、新たなL0系統のデータを得て、現代の地理的分布と古気候データを組み合わせることで、L0系統の起源地と、L0系統がいつどのように拡散していったのか、推測しました。

 その結果、本論文は、L0系統が現在はマカディカディ塩湖(Makgadikgadi Pans)となっているボツワナ北部のマカディカディ–オカバンゴ古湿地という残存古湿地内で20万年前頃(95%の信頼性で240000~165000年前)に出現した、と推定しています。これは、じゅうらいの推定よりもやや古くなります。当時、この地域にはマカディカディ(Makgadikgadi)湖という当時アフリカでは最大の湖(面積は現在のビクトリア湖の約2倍)があり、20万年前頃に乾燥化によりマカディカディ–オカバンゴ古湿地となって、乾燥の進んだ土地に囲まれた豊かなオアシスとなりました。さらに本論文は、L0系統が約7万年にわたってこの地域に居住し続け、13万~11万年前頃に、まず北東方向、次に南西方向へと拡散していった、と推測しています。古気候データからは、湿度の上昇により最初に北東方向、次いで南西方向へと緑の回廊が開かれた、と示唆されます。その後、L0系統の故地である現在のボツワナ北部はさらに乾燥化し、推定有効集団規模からL0kが系統故地に留まった一方で、南西方向に拡散したL0d1-2系統は、アフリカ南部の湿潤化と海産資源の利用により人口が増加していった、と推測されます。現生人類の起源は現在のボツワナ北部となるアフリカ南部にあり、この最初期集団は、気候変動による拡散の前まで長期間(約7万年)故地に留まっていた、と本論文は主張します。以下、L0系統の初期の拡散を示した本論文の図2です。
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 本論文の見解には多くの批判が寄せられています。遺伝人類学者のバービエリ(Chiara Barbieri)氏は、mtHg-L0系統の詳細な分析興味深く価値があるものの、L0系統の起源地と年代について、現代人のDNAのみに基づいていることに注意を喚起しています。先史時代は長く、人々は移住する、というわけです。バービエリ氏は、L0系統の正確な起源地と年代の確定のためには、年代測定のされた化石からのDNA解析が必要になる、と指摘します。しかし、本論文は古代DNAを考慮に入れておらず、現代人のDNAのみを調べました。

 ゲノムの異なる部分では、本論文の見解と矛盾する物語が現れます、たとえば、現代人のY染色体DNA系統樹では、起源地はアフリカ西部のカメルーンと想定されています(関連記事)。ゲノム研究では、コイサン人系統が他のアフリカ人系統と35万~26万年前頃に分岐した、と推定されています(関連記事)。まだ査読中の研究(Bergström et al., 2019)では、50万年前頃までさかのぼる可能性も指摘されています。進化人類学者のハーヴァティ(Katerina Harvati)氏は、本論文がこれらの研究を参照しなかったか、議論しなかったことに驚いた、と述べています。これら一見すると矛盾した結果は、アフリカにおける人類史が単純なものではなく、現生人類が長期にわたって混合・多様化し、移動していることを示唆しています。化石証拠も同様で、現生人類的な化石は、たとえばモロッコでは30万年以上前(関連記事)、レヴァントでは194000~177000年前頃のもの(関連記事)が発見されています。複雑な石器も、アフリカ北部・東部・南部で30万年前以前のものが知られています。

 こうした知見に基づき、現生人類の起源はアフリカの特定地域にある、という見解を多くの研究者は捨て、アフリカ全体が起源地と考えるようになりました(関連記事)。現生人類の起源に関して、アフリカ単一起源説を前提としつつも、現生人類の派生的な形態学的特徴がアフリカ各地で異なる年代・場所・集団に出現し、比較的孤立していた複数集団間の交雑も含まれる複雑な移住・交流により現生人類が形成された、というような見解です(関連記事)。本論文は、化石や考古学的知見に言及しておらず、反論していない、と指摘されています。また、この研究の指導的立場にあるヘイズ(Vanessa M. Hayes)氏によるサン人のDNA解析に関しても、先住少数民族に関わる非政府組織から傲慢・無知と個人情報の取り扱いについて批判されているそうです。

 本論文は、現代人の核DNAも古代DNAも考慮せず、過去の人類の移動も軽視していることから、複数の研究者に強く批判されています。上記報道ではまだ穏やかな表現になっていますが、Twitter上では辛辣な表現で批判されています。たとえば、奇妙な論文との発言や、本論文が現在『ネイチャー』に掲載されたことに本当に驚いた、20年前からタイムワープしたようだとの発言や、1930年代のような論文との発言です。mtHg-L0系統を詳細に分析した本論文の意義は大きく、それ故に『ネイチャー』に掲載されたのでしょうが、本論文のデータは現代人アフリカ南部起源説を示唆するとか、それと整合的であるとかいった一文を挿入するのに留めておくべきだったのではないか、と思います。Twitter上での複数の研究者による本論文への辛辣な発言も、仕方のないところもあると思います。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


進化学:アフリカ南部の古湿地における人類の起源と最初の移動

進化学:そこは「エデンの園」だったのか

 現生の全ての人々の祖先の発祥の地と考えられる場所は、ボツワナ北部の地域である。この地域は、現在は乾燥した塩生砂漠だが、約20万年前まではマカディカディ湖という当時アフリカ最大の古湖(面積は現在のビクトリア湖の2倍)があった。そして約20万年前、気候の乾燥化によってマカディカディ–オカバンゴ古湿地へと変貌し、乾燥の進んだ土地に囲まれた豊かなオアシスとなった。それはちょうど、解剖学的現生人類がそこで足掛かりを得た時期であった。その後、解剖学的現生人類は7万年間にわたってこの地にとどまり、約13万年前になってようやく(より穏やかな気候を利用して)外の世界へと移動し広がっていった。その先は先史時代が示すところである。A TimmermannとV Hayesたちは今回、この成り行きを気候の再構築から組み立てたが、その根拠の大部分はミトコンドリアDNAの解析に基づいている。現生人類のミトコンドリアゲノム(ミトゲノム)で最も古く分岐したのは、現在もこの地方に居住しているコイサン族に由来するL0系統のものである。現代人のミトゲノムに関する既存の情報を、新たに得られた情報資源と合わせて用いることで、L0系統の歴史および分岐の状況が再構築され、この系統がどこで出現し、その後どこへ移動したのかが明らかになった。こうして、L0系統が約20万年前にアフリカ南部で出現したという新たな知見が得られた。この年代は、従来の推定を5万~2万5000年さかのぼるものである。



参考文献:
Chan EKF. et al.(2019): Human origins in a southern African palaeo-wetland and first migrations. Nature, 575, 7781, 185–189.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1714-1

Bergström A. et al.(2019): Insights into human genetic variation and population history from 929 diverse genomes. bioRxiv.
https://doi.org/10.1101/674986

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