皇位継承の根拠をY染色体とする言説について、竹内久美子氏より有本香氏の見解の方がずっとまとも

 現行法では、悠仁親王に息子がいなければ将来皇位継承者が不在になるため、皇位継承への関心が以前よりも高まっているように思います。そうした中で、皇位継承の根拠をY染色体とする言説が支持を拡大しているように見えます。そうした言説の古株とも言える竹内久美子氏は、

神武天皇のY染色体です。男しか持たない性染色体Yは、父から息子へ純粋に受け継がれ、男から男へ、つまり男系でつなげている限り、そのままの状態を保ち続けます。性染色体Xも、その他の常染色体もこういうことはなく、わずか数代で「薄まって」しまいます。

発言し、また

先ほど、読者の方から指摘があり、有本氏は先人が見抜いたこと(男系男子でY染色体が純粋に受け継がれる)に敬意を払っているが、科学的根拠に基づいて説明されることに抵抗があるとのことです。私は科学的根拠ほど客観的で優れたものはないと考え、どうして抵抗があるのか、理解できないのですが。

とも発言しています。皇位継承を男系に限定することは短くとも1500年以上の伝統と言って大過はないでしょうが(前近代において皇位の男系継承が明文化されなかったのは、それが支配層において常識・大前提だったからと考えています)、その根拠をY染色体とすることには弊害が大きい、と私は考えています。この問題については以前述べたので(関連記事)詳しくは述べませんが、DNA解析のない時代には父子関係が遺伝的に保証されていたわけではないので、どこかで「間違い」が起きていた可能性もある、ということが皇位継承の根拠をY染色体とする言説の致命的な欠陥だと思います。

 皇位の男系継承は、社会的合意(前近代において、その社会の範囲は限定的だったわけですが)が積み重ねられてきた伝統により主張されるだけでよく、Y染色体という生物学的根拠を持ち出せば、じっさいに検査しなければ正統性が認められない、という話になってしまいます。その意味で、皇位継承をY染色体で説明することに抵抗がある、という有本香氏の見解は、竹内久美子氏よりもずっとまともだと思います。また、Y染色体には短いながら組換え領域がありますし、もちろん変異は蓄積されていきますから、Y染色体が「純粋に受け継がれ」て「そのままの状態を保ち続け」ることはあり得ません。まあ竹内久美子氏の発言なので、とくに驚きませんが。

 皇位継承の根拠をY染色体とする言説は、女系容認派や天皇制廃止派に付け入る隙を与えるだけの愚行だと思いますが、それ以上の問題に発展しかねません。今後、男系維持派の大半?が主張するような、旧宮家の男系男子の皇族復帰にさいして(皇別摂家の男系子孫の皇族復帰を主張する人は、私の観測範囲では皆無に近いようです)、Y染色体根拠論に基づくと、Y染色体DNAの検査が必要となるからです。仮に、現在の男性皇族と旧宮家の男系男子とでY染色体ハプログループ(YHg)が大きく異なっていた場合(たとえば、YHg-DとYHg-O)、どちらが「正統」なのか、という点をめぐって議論になり、皇室の権威を傷つけてしまうことになりかねません。じっさい、外国の事例ですが、プランタジネット朝に始まる父系一族において、サマーセット家ではどこかで家系図とは異なる父系が入っている、と推測されています(関連記事)。今後、皇族が減少するなか、旧宮家の男系男子を皇族に復帰させるとしても、DNA検査は必要ない、と私は考えています。

 なお、世論は女系容認と愛子内親王の即位を支持しており、旧宮家の男系男子の皇族復帰は支持されていない、と主張する天皇制支持の女系容認派も少なくないようですが、世論は移ろいやすいものであり、世論を根拠とするのは危険だと思います。かりに、旧宮家の男系男子に、人格・知性・体力・容貌に優れ、皇族復帰の意志のある人、つまり現時点では旧宮家の男系男子として最も有名であろう竹田恒泰氏とはとても似ていないような人がいれば、世論は一気に旧宮家の男系男子の皇族復帰に傾くのではないか、と私は危惧しています。まあ、私は子供の頃からずっと天皇制には好感を抱けず、長く廃止論者でしたから(近年では、世論で強く支持されている以上、直ちに廃止する必要はない、と考えていますが)、男系派が声高に主張し続け、一方で旧宮家の男系男子の皇族復帰も支持されないまま、悠仁親王とその配偶者の間に息子が生まれず、皇族がいなくなり、天皇制が実質的に廃止になってもよい、と考えていますが。

 日本の皇位継承に限らず、人類史において男系継承は普遍的に見られます。その意味で、日本の皇室のように長期にわたって特定の父系がある政治的体制の君主であり続けたのは珍しいとしても、男系継承自体には特別な価値はない、と言うべきでしょう。おそらくこれは、人類社会にはもともと父系的性格が強いことに起因するのではないか、と私は考えています。もっとも、現生人類(Homo sapiens)社会は単純な父系制でも母系制でもなく、所属集団を変えても元の集団への帰属意識を持ち続けるので、双系的と考えるのが妥当だと思います(関連記事)。ただ、現代人も含まれる現生類人猿(ヒト上科)の社会からは、現生類人猿社会は人類系統の一部を除くと、非母系社会だった可能性がきわめて高いと思います。さらに、ゴリラ社会は基本的に父系でも母系でもない「無系」と言うべきかもしれませんが、一部の社会においては父親と息子が共存して配偶者を分け合い、互いに独占的な配偶関係を保ちながら集団を維持しています(関連記事)。

 おそらく、現代人・チンパンジー属・ゴリラ属の最終共通祖先の時点で、父系にやや傾いた無系社会が形成されており、チンパンジー属系統ではその後に明確な父系社会が形成されたのだと思います。人類系統においても、現生人類ではない絶滅人類で父系社会を示唆する証拠が得られています(関連記事)。人類系統においては、父系に傾きつつも、じょじょに双系的な社会が形成されていき、さらに配偶行動が柔軟になっていき、母系社会も出現したのだと思います。おそらく人類史において、母系社会の形成は父系社会よりもずっと新しいと思います。ただ、そうした変化が現生人類の形成過程と関連しているのか、それともさらにさかのぼるのか、現時点では不明ですし、将来も確証を得るのはきわめて困難でしょう。

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この記事へのコメント

2019年11月02日 10:26
宗教に根拠はいらぬ。
2019年11月02日 10:35
「科学的」根拠に拘るあたりが、いかにも近代以降の心性だなあ、とは思います。