『卑弥呼』第28話「賽は投げられた」

 『ビッグコミックオリジナル』2019年11月20日号掲載分の感想です。前回は、新生「山社国」のためにヤノハとミマト将軍とテヅチ将軍が日向(ヒムカ)侵攻を決意したところで終了しました。今回は、山社(ヤマト)の楼観にて、ヤノハがモモソの夢を見ている場面から始まります。モモソはまず、ヤノハがまた間違った、と伝えます。日向(ヒムカ)への遠征だと思ったヤノハは、もちろん多くの血が流れるだろうが、日向を平定するのが日の守(ヒノモリ)だった自分の義母願いだ、と言ってモモソに理解を求めます。しかし、モモソの意図は違いました。山社を国にするため日向の地を得るのは分かるが、最小限ですみ、そこを取れば誰にも文句を言わせず、ヤノハが真の日見子(ヒミコ)と喧伝できる場所にまず行くべきだ、というわけです。

 山社では、夜明けとともに500人の兵が東の日向に向かうはずだったのに、まだ出陣していないことを、クラトが不審に思っていました。ミマアキは、真夜中に日見子(ヤノハ)に新たな神託が下ったが、テヅチ将軍とミマアキの父であるミマト将軍が難色を示している、と説明します。理由の一つは、日見子自身が同行すると言ったからでした。もう一つは、日見子が遠征先を変えると言ったからですが、ミマアキもその行き先までは知りません。

 ヤノハは楼観で、テヅチ将軍とミマト将軍に自分の考えを明かします。ヤノハは日向のある東へ直ちに向かうのではなく、まず北の閼宗(アソ)山(阿蘇山)を目指し、その手前で東進しようと考えていました。イクメは、ヤノハが天照大御神のいる永遠の聖地たる千穂に参詣するつもりだ、と悟ります。千穂に詣でればヤノハが真の日見子と知らしめることができる、というわけです。それでも躊躇うテヅチ将軍とミマト将軍に対してヤノハは、まず千穂に入場すれば都萬(トマ)も他の諸国も戦おうとはしないだろう、と説得します。ヤノハの望みは倭を平和にすることで、戦をせずにすむ道を選ぶ、というわけです。テヅチ将軍とミマト将軍は、都萬はもちろん、少なくとも筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)のどの国も見ないふりをするだろう、と言います。それは、千穂には「何か」がいるからだ、がテヅチ将軍は説明します。イクメは、それは大昔の言い伝えだろう、と疑問を呈しますが、ミマト将軍は、都萬が百年前にその「何か」を成敗するため派兵したものの、全員帰還できなかった、と説明します。ミマト将軍によると、千穂に近い邑人たちは数百年間、荒ぶる「何か」を鎮めるため、今も毎年、8人の生娘を生贄として捧げているそうです。ヤノハに「何か」を問われたテヅチ将軍は、鬼と答えます。ミマト将軍は、人か魔物か分からないものの、その「何か」が鬼道に通じていることは確かだろう、と推測します。さらにテヅチ将軍は、その「何か」は昔から鬼八荒神(キハチコウジン)と呼ばれている、と補足します。鬼がずっと千穂を支配しているため、百年以上倭人は誰も聖地を訪れられないとは面白い話だ、とヤノハは言います。ヤノハはテヅチ将軍とミマト将軍に対して、鬼八なる者が鬼道に通じているなら、自分も同じ術を用いる、と宣言します。自分は鬼も魔物も一度も見たことはないが、その者の正体を確かめたくはないか、とヤノハに問われたテヅチ将軍とミマト将軍は苦笑し、日見子(ヤノハ)に従うだけだ、と覚悟を決めます。

 暈(クマ)と那(ナ)の国境近くでは、那のトメ将軍が配下から報告を受けていました。那の都では、トメ将軍は謀反人で、新王になるため攻め寄せてきた、と大騒ぎになっていました。大河(筑後川と思われます)の対岸に控えるトメ将軍の配下であるホスセリ校尉も9000人の兵を率いてトメ将軍を迎え撃とうとしていました。その後トメ将軍は伺見(ウカガミ)から、ヤノハの預言通り、那では自分が謀反人と断定され、都への入場が止められようとしている、と報告を受けます。那の島子(シマコ)のウラは、トメ将軍を狙って手勢を差し向けたらしい、と言うトメ将軍に対して、どうするつもりなのか、ヌカデは尋ねます。答えが出ないというトメ将軍に対して、兵法を駆使してはどうか、とヌカデは進言します。するとトメ将軍は、かつてヌカデに話した、ヤノハに似ている兵法家の韓信について語ります。韓信は賽を発明した人物でともありました。賽自体は秦の始皇帝の時代よりあったものの、正六面対の賽を発明したのは韓信と言われています。賽についてヌカデに訊かれたトメ将軍は、各面に壱から六までの漢字か穴が彫られており、放り投げて地に落ちた時に出た数で運命を決める、と答えます。兵法家は情報分析のみを重んじ、天命や運を信じないのでは、とヌカデに問われたトメ将軍は、大兵法家の韓信ですら、時には天命にすがりたくなり、賽を発明したのだろう、と答えます。トメ将軍は兵士たちを集め、祖国である那のために暈を蹴散らしたにも関わらず、謀反人呼ばわりされている、大河を越えれば那国の悲惨、越えねば我々の破滅だが、迷うことなく進もう、我々に疑惑の目を向けた敵どもに一泡吹かせる、とうったえ、兵士たちの士気は高まります。トメ将軍に別れを告げられたヌカデは、今ここに韓信の賽があればどうするのか、と問いかけます。これに対してトメ将軍が、もちろん投げるが、どんな数字が出ようが答えは決まっている、我が道を進むのみ、と答えるところで今回は終了です。


 今回は、トメ将軍が自分たちを謀反人扱いした祖国である那の要人相手に戦う、と決断したところまでが描かれました。那の富は倭国一とされており(第1話)、ヤノハは、倭国安定のためにはまず最も豊かな国を自陣営に引き入れねばならない、と計算しているのでしょうか。トメ将軍は大物感のある魅力的な人物として描かれており、人物造形に成功しているように思います。トメ将軍はヤノハを霊感の持ち主としてよりは、情報分析と決断力に優れた兵法家と認識しています。おそらくトメ将軍は、倭国から魏に派遣された大夫の難升米でしょうから、今後も、そうした観点からヤノハを支えていくことになりそうです。

 今回、謎解き要素という点で注目されるのは、天照大御神のいる永遠の聖地たる千穂(おそらく高千穂でしょう)に関する話です。千穂にいる「何か」である「鬼八荒神」は鬼道に通じている、とされています。『三国志』には、卑弥呼(日見子)は鬼道により人々を掌握した、とあります。この鬼道が何なのか、諸説あるようですが、本作ではどう設定されるのか、楽しみです。ヤマタノオロチ伝説も絡められ、なかなか面白い設定になりそうですが、鬼八荒神とは、儒教的な枠組みに収まらないさまざまな術を用いる集団で、古くから天照大御神の聖地を守っているのではないか、と予想しています。娘を生贄にするとは、鬼八荒神集団は父系継承で、外部である近隣集落から若い女性を差し出さて子供を産ませていることを意味しているのかもしれません。暈にある「日の巫女」集団の学舎である種智院(シュチイン)の祈祷部(イノリベ)の長であるヒルメは、四肢を砕かれて野原に放置され、そこへ狼を率いる人物が現れましたが(第23話)、この人物こそヤノハの弟であるチカラオで、種智院に身を寄せた姉にたいして、鬼八荒神集団に養われ、狼を操る術も習得したのではないか、と予想しているのですが、どうなるでしょうか。ヤノハは、弟は死んだと考えていますが、おそらく、『三国志』に見える卑弥呼を支える「男弟」がチカラオだと思います。次回は巻頭カラーとのことで、たいへん楽しみです。