『卑弥呼』第30話「人柱」

 『ビッグコミックオリジナル』2019年12月20日号掲載分の感想です。前回は、那のホスセリ校尉と兵士たちが、トメ将軍への支持を表明したところで終了しました。今回は、五瀬の邑の老翁(ヲジ)がヤノハに生贄をどのように送り出しているのか、説明する場面から始まります。五瀬から玄武の方角、つまり北方へ石の柱の道が始まるところより、鬼八荒神(キハチコウジン)の支配地となります。石柱の手前の広場まで8人の生贄は輿で運ばれ、邑の男たちは毎年、輿を広場に置くと、生贄と「送り人」を残して立ち去ります。「送り人」は、生贄である8人の娘を奥の祭祀の場に導き、柱にくくりつけます。代々の「送り人」は鬼八を見たことがないのか、とヤノハに問われた邑長と老翁は、見てはいるだろうが、その途端に黄泉の国へ送られる、つまり殺されるだろう、と答えます。「送り人」は腰布以外身に着けない決まりなので、どんなに屈強な男でも鬼八に襲われたら殺されるだろう、というわけです。

 ヤノハに策を問われたミマト将軍とテヅチ将軍は、生贄を捧げず怒った鬼八の襲撃を待つか、こちらから討って出るのかどちらかだ、と答えます。今晩、人柱になる娘たちに会いたい、とヤノハに言われた邑長は、もったいないことだ、と断ろうとしますが、気高い女性たちを勇気づけずに何が日見子(ヒミコ)だ、と言います。ヤノハは生贄とされる女性たちに、戦いを学んだことがあるか、と尋ねます。すると、5人が挙手します。さらにヤノハが、鬼と戦う覚悟があるのか尋ねたところ、4人が挙手します。ヤノハは、ミマト将軍・テヅチ将軍・ミマアキ・イクメ・邑長と対策を練ります。ヤノハは、人柱の中に兵を潜ませてはどうか、と提案します。ミマアキは化粧をせずとも美しい女性に擬装できる、というわけです。クラトもいけるだろう、と言うミマアキに、化粧で黥を隠すようクラトに伝えよ、とヤノハは命じます。自分も参戦したいと言うイクメを、父のミマト将軍は制止しようとしますが、自分は幼い頃より父に言われて武芸に励んでおり、暈(クマ)の国にある「日の巫女」集団の学舎である種智院(シュチイン)でも戦女(イクサメ)希望で、そこらの男性よりずっと戦える、と言います。それでも娘の参戦に反対するミマト将軍ですが、女子も武人たれという自身の言葉を持ち出されてしぶしぶ娘の参戦を認め、ただし死ぬな、と言います。イクメは気丈に、天照大御神は自分を見捨てない、と言います。テヅチ将軍は、兵士200人が千穂を囲み、50人の精兵を人柱付近に潜ませるよう、提案します。ミマト将軍は、「送り人」には副官のオオヒコを任せます。オオヒコならば、たとえ素手でも敵の10人や20人は造作ない、というわけです。

 邑長は日見子たるヤノハに、自分たちの勝利と鬼八の滅亡の祈願を願い出て、ヤノハは楼観に籠ります。しかし、ヤノハは天照大御神の正式な祈り方も知らず、よくばれないものだと自嘲し、戦の間は祈るふりをして楼観で高みの見物も悪くないか、と呟きます。するとヤノハは、モモソの幻覚?を見ます。モモソはヤノハに、イクメとミマアキを人柱に潜ませて終わりなのか、と問いかけます。焦った様子で、よい作戦だと思わないか、と答えるヤノハに、二人が心配ではないのか、とモモソは尋ねます。もちろん心配だが、自分は総大将なので心を鬼にした、と答えるヤノハを、嘘だ、とモモソは一喝します。戦に勝ちたいが、自分だけは誰を犠牲にしても生き残りたいのだ、とモモソに指摘されたヤノハは返答に窮し、何をしろと言うのか、とモモソに問いかけます。するとモモソはヤノハに、本当は何をすべきか分かっているだろう、そなたは歴代の日見子の中で最も血塗られた女王だ、と告げます。

 夜中に生贄8人は石柱の前の広場に連れていかれ、オオヒコはイクメやミマアキなどたち生贄を柱に縛りつけていきます。オオヒコはミマアキに、お前が女なら惚れるところだ、と声をかけます。8人全員が縛りつけられると、いつ敵が来るか分からないので、すぐに紐を切れるよう、刀を準備せよ、とイクメは呼びかけます。恋仲のミマアキとクラトは、互いの美貌を誉めあいます。生贄に選ばれた五瀬邑の娘の一人が沈んでいる様子を見て、この世に鬼は存在しない、正体は人に決まっている、とクラトとミマアキは励まします。しかし、五瀬の邑の娘たちは悪臭に精神的打撃を受けていました。夜が明けると、串刺しにされた腐りかけの複数の死体と、多数の頭蓋骨が見えてきて、五瀬の邑の娘たちは錯乱します。オオヒコはイクメに、紐を切ってこちらから討って出よう、と提案しますが、ヤノハが反対します。ヤノハも生贄の一人として紛れ込んでいたのでした。イクメは総大将のヤノハが現場にいることに反対しますが、だから来たのだ、とヤノハは落ち着いた様子で答え、合図は自分が出す、まずは化け物の数と正体を見極めよう、と言います。ヤノハたちに「何か」が迫ってくるところで、今回は終了です。


 今回は、鬼八荒神との接触との直前までが描かれました。多数の人々を殺害し、その遺骸を積み上げる鬼八荒神の正体と意図は、鬼八荒神が鬼道に通じているとされ、『三国志』によると卑弥呼(日見子)は鬼道により人々を掌握した、とありますから、かなり重要になってくると思います。おそらく、ヤノハは鬼八荒神も配下に組み入れることになるのでしょう。千穂(高千穂)の謎は、序盤の山場になるかもしれません。ヤノハがどのような策で鬼八荒神を迎え撃つのか、楽しみです。また、今回は描かれず、次回も描かれないかもしれませんが、那国情勢も気になるところで、トメ将軍がどのように事態を解決させようとするのか、楽しみです。

現生哺乳類と異なる聴覚器官を持つ初期哺乳類

 現生哺乳類と異なる聴覚器官を持つ初期哺乳類に関する研究(Wang et al., 2019)が公表されました。発生生物学および古生物学の双方から蓄積されたデータからは、哺乳類では、顎の歯骨後方の骨の、頭蓋の耳小骨への変化が、少なくとも3回独立に起きた、と示唆されています。また、保存状態の良好な化石からは、哺乳類中耳の進化における移行段階がいくつも明らかになっています。しかし、哺乳型類の異なる複数のクレード(単系統群)で、これらの歯骨後方の骨がなぜ、どのように歯骨から完全に分離したのかなど、中耳の進化に関してはまだ疑問が残されています。

 この研究は、中華人民共和国遼寧省の九仏堂層で発見された多丘歯目哺乳類(齧歯類様哺乳類の分類群)エオバータル科の新種(Jeholbaatar kielanae)の化石について報告しています。多丘歯類は、おそらくこれまでで最も繁栄した哺乳類の一群であったと考えられています。この新種化石は約1億2000万年前のもので、この哺乳類動物の体重は約50グラムと推定されています。左中耳骨の保存状態が良好だったため、以前に報告された白亜紀の多丘歯目哺乳類よりも独自の構造が明らかになり、その構成要素もより完全な形を保持しています。この標本からは、顎の上角骨が独立した骨要素から中耳の槌骨の一部へと変化し、耳小柱状の鐙骨と平たい砧骨の間に限定的な接触が存在した、と示されました。

 この研究は、哺乳型類において、こうした槌骨–砧骨間の関節の接続様式には2つの骨が隣り合う配置と互いにかみ合う配置の2通りがあり、それは歯骨–鱗状骨関節の進化的分岐を反映している、との見解を提示しています。系統発生学的解析から、この標本のような異獣類における最終哺乳類中耳の獲得は、単孔類や真獣類での哺乳類中耳の獲得とは独立したものであった、と明らかになりました。この新種化石により得られた証拠は、多丘歯目哺乳類の中耳の発達が、摂食に必要な条件によって誘発されたことを示唆しています。この研究は、下頬部の形状から判断して、この新種多丘歯目哺乳類が雑食性で、蠕虫・節足動物・植物を餌として、咀嚼時の顎の動きが特徴的だった、という見解を提示しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


【古生物学】現生哺乳類と異なる聴覚器官を持つ初期哺乳類の新種

 中国で発見された白亜紀の齧歯類様哺乳類の新種が、その近縁種と異なる耳を持っていたことを報告する論文が、今週掲載される。この新知見は、この哺乳類動物の聴覚器官の進化が、摂食のための特殊化によって推進された可能性を示唆している。

 哺乳類の耳の進化、つまり、顎の構成要素が徐々に頭蓋骨内に移動して、中耳の耳小骨になった過程が、少なくとも3回独立に起こったことが、化石証拠から示唆されている。しかし、この過程が異なる哺乳類群でどのように起こったのか、そしてなぜ起こったのかは解明されていない。

 今回、Yuanqing Wangたちは、中国遼寧省の九仏堂層で発見された多丘歯目哺乳類(齧歯類様哺乳類の分類群)の新種Jeholbaatar kielanaeの化石について記述している。Wangたちは、この化石が約1億2000万年前のものであり、この哺乳類動物の体重を約50グラムと推定している。左中耳骨の保存状態が良好だったため、以前に報告された白亜紀の多丘歯目哺乳類よりも独自の構造が明らかになり、その構成要素もより完全な形を保持している。Jeholbaatar kielanaeの化石によって得られた証拠は、多丘歯目哺乳類の中耳の発達が、摂食に必要な条件によって誘発されたことを示唆している。Wangたちは、下頬部の形状から判断して、Jeholbaatar kielanaeが雑食性で、蠕虫、節足動物、植物を餌として、咀嚼時の顎の動きが特徴的だったという見解を示している。


進化学:白亜紀の化石から明らかになった哺乳類中耳の新たな進化パターン

進化学:中耳進化の異なる道筋

 多丘歯類は、おそらくこれまでで最も繁栄した哺乳類の一群であったと考えられる。中生代の前半に進化を遂げた多丘歯類は白亜紀末の大量絶滅を乗り越え、始新世まで生き延びた。その名称が示すように特徴的な歯を有していた多丘歯類は、多くの点で齧歯類の先駆けとも言える存在だった。今回Y Wangたちが新たに発見したJeholbaatar kielanaeは、現在の中国で約1億2000万年前に生息していた多丘歯類であり、その標本には多くの構造、中でも中耳が極めて詳細に保存されている。哺乳類の進化は、祖先的爬虫類の下顎から多くの骨要素が頭蓋へとゆっくり移動して中耳の小骨を形成したことを特徴とする。これまで、この進化は独立して複数回起こったと考えられてきたが、それはJ. kielanaeにも当てはまるようである。著者たちは、哺乳類進化における顎の歯骨後方の骨の耳小骨への変化は、多丘歯類などの哺乳類系統において咀嚼機構が複雑さを増していったことと関係している可能性があると示唆している。



参考文献:
Wang H, Meng J, and Wang Y.(2019): Cretaceous fossil reveals a new pattern in mammalian middle ear evolution. Nature, 576, 7785, 102–105.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1792-0

都市部の河川におけるリチウム濃度

 都市部の河川におけるリチウム濃度に関する研究(Choi et al., 2019)が公表されました。携帯電話と電気自動車が普及し、需要が生まれているため、リチウムの使用量が増加しています。また、今後もリチウムの需要増加が予想されていますが、廃棄されたリチウムの処理ガイドラインはひじょうに少なく、リチウムの製造と廃棄が環境と人間の健康に及ぼす悪影響についての知識も、ほとんど得られていません。

 この研究は、韓国最大の都市ソウルの主たる水道水源である漢江流域でサンプリング調査を実施し、漢江上流のリチウム濃度が世界の他の河川より低いことを見いだしました。しかし、漢江が都市部に入り、流域の人口密度が上昇すると、リチウム濃度は上流域の最大600%に達した、と明らかになりました。この研究は、こうした濃度の変化の原因が人為的活動だと推測しており、水道水試料のリチウム濃度についても、流域の人口密度の上昇に伴って同じ傾向が観察されました。また、水道水試料のリチウム同位体組成を分析した結果、漢江に流入したリチウムが、リチウムイオン電池・治療薬・食品廃棄物に由来するものである、と明らかになりました。

 この研究は、リチウムに関連した生態系と人間の健康に対する影響について、モニタリングの質を高め、リスクの高い地域を特定し、影響全体を最小限に抑えることが必要だと明らかになった、と主張しています。また、これらの知見は、水路のリチウム濃度が人口密度と相関し、汚水処理施設がリチウムの除去に効果がないと考えられることを示唆しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【環境】韓国のソウルを流れる水路で測定されたリチウムの濃度

 電子機器やバッテリーに由来するリチウムが、ソウル(韓国)の河川に流入し、水道水を汚染している可能性のあることを示唆する論文が今週掲載される。今回の研究結果は、水路のリチウム濃度が人口密度と相関し、汚水処理施設がリチウムの除去に効果がないと考えられることを示唆している。

 携帯電話と電気自動車が普及し、需要が生まれているため、リチウムの使用量が増加している。また、今後もリチウムの需要が増加することが予想されているが、廃棄されたリチウムの処理ガイドラインは非常に少なく、リチウムの製造と廃棄が環境と人間の健康に及ぼす悪影響についての知識もほとんど得られていない。

 今回、Jong-Sik Ryuたちの研究グループは、韓国最大の都市ソウルの主たる水道水源である漢江流域でサンプリング調査を実施し、漢江上流のリチウム濃度が世界の他の河川より低いことを見いだした。しかし、漢江が都市部に入り、流域の人口密度が上昇すると、リチウム濃度は上流域の最大600%に達したことが判明した。Ryuたちは、この濃度の変化の原因が人為的活動だと考えており、水道水試料のリチウム濃度についても流域の人口密度の上昇に伴って同じ傾向が観察された。また、水道水試料のリチウム同位体組成を分析した結果、漢江に流入したリチウムが、リチウムイオン電池、治療薬、食品廃棄物に由来するものであることが判明した。

 Ryuたちは、リチウムに関連した生態系と人間の健康に対する影響について、モニタリングの質を高め、リスクの高い地域を特定し、影響全体を最小限に抑えることが必要であることが今回の研究で明らかになったと主張している。



参考文献:
Choi HB. et al.(2019): The impact of anthropogenic inputs on lithium content in river and tap water. Nature Communications, 10, 5371.
https://doi.org/10.1038/s41467-019-13376-y

絶滅したシカ似の種の「再発見」

 絶滅したシカ似の種を「再発見」したと報告する研究(Nguyen et al., 2019)が報道されました。ベトナムとラオスの大アンナマイトエコリージョン(Greater Annamites Ecoregion)は、世界有数の生態学的多様性を有する地域でする。1910年、silver-backed chevrotainと呼ばれるシカに似た有蹄類のマメジカの一種(Tragulus versicolor)が、ベトナムのニャチャン市近郊で得られた標本に基づいて初めて記載されました。しかし、1990年以降は科学的に確かな目撃例が確認されておらず、この地域で盛んに行なわれている罠猟がこの種を絶滅の瀬戸際に追い込んだのではないか、と懸念されていました。

 この研究は、ベトナムの3省の住民から聞き取りを行ない、このマメジカ種を捜し出す取り組みの中で、マメジカの目撃例がその種の記載と一致する、と明らかにしました。この研究は地元の情報を利用して、動きに反応するカメラトラップを近隣の森林生息地に30台以上設置しました。6ヶ月にわたるカメラトラップ調査の結果、このマメジカ種は200回以上検知されていた、と確認されました。ただ、写っている個体が何頭なのかは不明です。この種は科学的には「再発見」されたと考えられますが、現地の調査から、地元住民の間では絶滅したとは考えられていなかった、と指摘されています。この研究は、個体群のサイズを明らかにし、この種の保全に資する取り組みの強化を図るためには、さらに徹底的な調査と地元社会の関与が必要ではないか、と示唆しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【生態学】絶滅したシカ似の種が「再発見」された

 科学的には絶滅したものと考えられていた、シカに似た有蹄類種がベトナムにおいて野生で生きているのが発見されたことを報告する論文が掲載される。これまで、マメジカの1種Tragulus versicolorのものとして知られる最後の記録は、1990年に狩猟で殺された標本であったが、このほど、その種の生きている姿が30年ぶりに撮影された。

 ベトナムとラオスの大アンナマイトエコリージョン(Greater Annamites Ecoregion)は、世界有数の生態学的多様性を有する地域である。1910年、silver-backed chevrotainと呼ばれるマメジカの一種T. versicolorが、ベトナム・ニャチャン市近郊で得られた標本に基づいて初めて記載された。しかし、1990年以降は科学的に確かな目撃例が確認されておらず、この地域で盛んに行われているわな猟がこの種を絶滅の瀬戸際に追い込んだのではないかと懸念されていた。

 An Nguyenたちは、ベトナムの3つの省の住民から聞き取りを行い、T. versicolorを捜し出す取り組みの中で、マメジカの目撃例がその種の記載と一致することを明らかにした。そして、この地元の情報を利用して、動きに反応するカメラトラップを近隣の森林生息地に30台以上設置した。

 6か月にわたるカメラトラップ調査の結果、T. versicolorは200回以上検知されていたことが確認された。ただし、写っている個体が何頭なのかは不明である。この種は科学的には「再発見」されたものと考えることができるが、現地の調査から、地元住民の間では絶滅したとは考えられていなかったことが指摘された、というのが研究チームの結論である。

 個体群のサイズを明らかにし、この種の保全に資する取り組みの強化を図るためには、さらに徹底的な調査と地元社会の関与が必要なのではないか、と研究チームは示唆している。



参考文献:
Nguyen A. et al.(2019): Camera-trap evidence that the silver-backed chevrotain Tragulus versicolor remains in the wild in Vietnam. Nature Ecology & Evolution, 3, 12, 1650–1654.
https://doi.org/10.1038/s41559-019-1027-7

『性の進化論 女性のオルガスムは、なぜ霊長類にだけ発達したか?』第4刷

 クリストファー・ライアン(Christopher Ryan)、カシルダ・ジェタ(Cacilda Jetha)著、山本規雄訳で、2017年9月に作品社より刊行されました。第1刷の刊行は2014年7月です。原書の刊行は2010年です。今年(2019年)1月に掲載したさいには、当時の字数制限2万文字を超えたので前編後編に分割したのですが、その後も参照する機会があり、分割されていては不便なので、1記事の字数制限が約13万文字に増えたこともあり、一つの記事にまとめます。本書は、人類社会が長期にわたって一夫一妻的傾向にあった、と想定する通説を批判し、現代人系統は過去にチンパンジー(Pan troglodytes)やボノボ(Pan paniscus)のような「乱婚」社会を経験し、その証拠が生殖器官をはじめとして現代人の表現型に見られる、と主張します。


 本書の見解には、参考にすべきところが少なくない、と思います。たとえば、通説の根拠とされている各種調査には、調査しやすい人々を対象としたものが少なくなく、人類全体の傾向の代表として妥当なのか疑わしい、といった指摘です。これはもっともですが、たとえば「孤立」集団の調査が倫理的にも安全上もいかに困難か、最近のインド洋での事例(関連記事)からも明らかで、いかに妥当な調査をするのかは、たいへん難しい問題だと思います。また、ダーウィン(Charles Robert Darwin)をはじめとして、研究者たちの観察・考察が同時代の社会的規範や個人的体験、とくに性嫌悪により歪められることは珍しくない、といった本書の指摘もたいへん重要だと思います。本書がとくに言及しているのは、セクシュアリティにまつわる社会的規範と個人的体験が観察・考察を歪める可能性ですが、これは、時代・社会の異なる外部者ができるだけ多く参加して検証していくしかないでしょう。


 このように、本書の指摘には有益なところが少なくありませんし、著者二人は博学で、この点の面白さもあります。何よりも、通説が決定的な根拠に基づいているのではない、との指摘は重要です。ただ、著者二人も認識しているに違いありませんが、本書の主題である過去(おもに更新世)の配偶行動に関して、「確定的な」証拠を提示することは不可能です。したがって、どれだけ関連する証拠(関連度合いの強弱の判断も議論となってくるわけですが)を提示でき、各証拠を統合した整合的で説得力のある先史時代人類社会像を提示できるのかが、重要となります。しかし、セクシュアリティを中心とする本書の提示する先史時代の人類社会像は説得力に欠け、とても最有力の仮説にはなりそうにない、というのが私の率直な感想です。


 私がそのように思うのは、本書が不誠実だと考えているからでもあります。それは、本書が二分法の罠的な技巧を少なからず用いていることもありますが、何よりも、戯画化が度を越している、と考えているためです。まず本書は、「単婚すなわち一夫一妻という結婚が、われわれ人類の本質であり、ここから逸脱する者は、人類の品位を汚すといった偽りの物語が大手を振っている」と主張します(P16)。しかし、最近数十年間に、まともな研究者でそのような倫理的・道徳的観念に依拠した見解を主張している人がいるのか、はなはだ疑問です。現代世界の多くの地域の通俗的観念では、近代化(すなわち西洋化)の進展もあり、確かに一夫一妻が大前提とされていますが、一夫一妻が人類の本質とまで本気で考えている人が非専門家層に多くいるのかも、疑問です。率直に言って、本書のこの認識は多分に藁人形論法だと思います。冒頭からこんな調子なので、この時点で本書には疑問と不信感を抱いてしまったのですが、読み進めても、それらは解消されていくどころか、ますます深まっていきました。


 配偶子へのコストに基づく雌雄の繁殖戦略の違いと競合を指摘する進化心理学的知見は、文化的偏見に起因する性嫌悪に基づいている、と本書は主張しますが(P39~41)、これも藁人形論法だと思います。有性生殖の生物において、雌雄の繁殖戦略に競合的・軍拡競争的側面が多分にあるのはとても否定できないでしょう。何よりも問題なのは、社会生物学論争に関する認識です。社会生物学論争の結果、人間の行動は遺伝子により決定されるとする立場と、社会により決定されるとする立場に落ち着いた、と本書は評価しています。この認識は、いかに読者を説得するための技巧だとしても、もはや誇張どころではなく、捏造と言うべきでしょう。学界にそうした絵に描いたような遺伝子決定論者が存在するのか、はなはだ疑問です。本書は、真実はその両極端の立場の間にある、と指摘しています。本書こそ冷静な科学的知見を披露しているのだ、と読者に印象づけようとして、あえて読者に誤認させようとしているのではないか、と疑いたくなります。一応本書は、単純化しすぎているように見えるかもしれない、と弁明してはいますが、本書の社会生物学論争に関する認識は、本書への私の不信感を決定的なものとしました。本書に垣間見られる進化心理学への敵意も、社会生物学論争に関するこの認識に由来しているように思います。


 また、女性の性衝動は弱いとする進化心理学の通説には問題がある、と本書はたびたび指摘します。進化心理学の知見が不足している私には、本書の指摘が妥当なのか、的確な判断はできませんが、進化心理学の知見を戯画化しているのではないか、との疑念は拭えません。そもそも、女性の性欲が一般的に?言われているほど弱くはないとしても、それが人類社会乱婚説を証明するものではないと思います。以下でも述べていきますが、本書が引用している数々の知見は、人類社会乱婚説と決定的に矛盾するわけではない、というだけで、その確たる証明になっているわけではない、と思います。一夫一妻的な傾向の強い社会を想定する仮説でも、本書の引用した知見は基本的に、決定的に矛盾するわけでもないと思います。このように、本書にたいしては疑問・不信感が拭えませんが、まずは本書の大まかな見解について述べ、その後に本書の主張する具体的な根拠を見ていきます。なお本書では、「乱婚」には「行き当たりばったり」の性交という意味合いは一切なく、選好が行なわれている、と定義されています。



  • 本書の見解の概要

 本書は、現代人系統が、戦いに勝ち残った1頭のアルファ雄がハーレムを形成するゴリラ型の配偶システムから乱婚社会へと移行し、遅くともホモ・エレクトス(Homo erectus)の時点では乱婚社会だった、と想定しているようです。その根拠は雌雄の体格差です。霊長類社会では、これが大きいと(性的二形)、単雄複雌のハーレム型の配偶システムを形成する傾向にあるからです。本書は、アウストラロピテクス属よりも前に存在したアルディピテクス・ラミダス(Ardipithecus ramidus)では雌雄の体格差が小さかった、との見解(関連記事)が400万年以上にわたる一夫一妻を想定する仮説の根拠とされていることから、ラミダスでは雌雄の体格差が小さかった、との見解に慎重です。本書のこの認識はとくに問題ないと思いますし、そもそもラミダスは現代人系統ではない可能性が高い、と私は考えています。


 ラミダスの人類系統樹における位置づけはさておき、本書は、アウストラロピテクス属における雌雄の体格差は大きかった、との有力説を採用しています。アウストラロピテクス属の性的二形については異論も提示されているのですが(関連記事)、最初期の広義のエレクトスにおいても、性的二形はアウストラロピテクス・アファレンシス(Australopithecus afarensis)と大差がなく、チンパンジーよりも大きかった、との見解さえ提示されています(関連記事)。おそらくアウストラロピテクス属においても、性的二形は顕著だった可能性が高いでしょう。本書は、数百万年前に現代人系統はハーレム型社会を脱した(P23)、との認識を示しているのですが、雌雄の体格差という観点からは、その時期は150万年前以降である可能性も想定されます。


 本書は、現代人とチンパンジーおよびボノボ(チンパンジー属)、とくにボノボとの類似性を強調し、現代人系統が過去にボノボと類似した乱婚社会を経験した、と主張しています。したがって、本書では明示されていないように思いますが、アウストラロピテクス属の時点では雌雄の体格差が依然として大きかったとの認識からは、現代人系統の雌雄の体格差がゴリラよりもチンパンジーおよびボノボにずっと近づいたのは、現代人系統とチンパンジー属系統とが分岐してかなり経過してから、という見解が導かれます。本書は、チンパンジー属系統の雌雄の体格差がどのように進化してきたのか、明示していませんが、現代人系統が過去にはゴリラと類似していたと認識しているわけですから、チンパンジー属系統もかつては雌雄の体格差が大きかった(性的二形)と想定している可能性が高そうです。つまり、現代人系統とチンパンジー属系統とで、雌雄の体格差の縮小および乱婚社会への移行が並行して起きた、というわけです。もちろん、収斂進化は生物史においてきょくたんに珍しいわけではありませんが、本書の論理では、現代人系統とチンパンジー属系統の社会構造・配偶システムの類似性をもたらした重要な遺伝子発現の変化には共通性がない、ということになります。したがって、チンパンジー属系統が現生種では現代人と最近縁とはいっても、そのこと自体は、チンパンジー属系統と現代人系統とが類似の社会を形成した、との仮説の状況証拠にはなりません。


 なお、本書では、現代人系統とチンパンジー属系統との分岐年代は500万年前にすぎない、とされていますが(P15)、原書刊行後の研究では約1345万~678万年前とも推定されています(関連記事)。チャドで発見された、704±18万年前と推定されている(関連記事)サヘラントロプス・チャデンシス(Sahelanthropus tchadensis)が、現代人の直系祖先ではないとしても(その可能性は高いと思います)、チンパンジー属の祖先系統と分岐した後の人類系統に区分される可能性は高そうですから、現代人の祖先系統とチンパンジー属の祖先系統の分岐は700万年以上前だった可能性が高いと思います。もっとも、本書が指摘するように、この分岐の後もしばらくは、両系統間で交雑があったかもしれません(関連記事)。


 最初期の(広義の)エレクトスの頃なのか、150万年前頃以降なのかはともかく、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の祖先集団もしくはそのきわめて近縁な集団と考えられる、43万年前頃のイベリア半島北部の人類集団の性差は現代人と大きく変わらなかったので(関連記事)、遅くとも100万年前頃には、現代人系統の性差は現代人とさほど変わらなかった、と推測されます。もちろん、当時は狩猟採集社会だったわけで(地域により異なったでしょうが、狩猟への依存度は後期更新世より低かったかもしれません)、現代の狩猟採集社会の研究から、性差が縮小して以降の狩猟採集社会では厳格な平等主義が貫かれており、それは食料の分配だけではなく性に関しても同様だった、と本書は主張します。さらに本書は、この小規模の親密な血縁集団(バンド)で形成される狩猟採集社会において、ほとんどの成体が任意の一定期間、複数の性的関係を結び、それは農耕と私有財産の発生まで続いた、との見通しを提示します。


 これが大きく変わるのが農耕開始以降で、そこで乱婚社会を形成して以降初めて、父性の確認が重要課題になった、と本書は主張します。現代人系統において農耕開始まで父性の確認が重要課題ではなかったとの想定は、本書の乱婚社会説の鍵となります。通説では、父性の確認は人類にとって最大の重要性を有しており、それは進化心理学においても同様です。しかし本書は、現代人のセクシュアリティの起源に関する通説は、農耕開始以降の劇的な変化への人類の柔軟な適応行動の誤認に由来し、本質は異なる、と主張します。本書はその根拠として、世界各地の狩猟採集社会の事例や、現代人の生殖器官および性行動と近縁種との比較を挙げます。以下、多岐にわたるそれらの根拠のうちいくつかを見ていきますが、疑問は少なくありません。



  • 現代人とボノボとの類似性

 本書は、通説においては、男性は嘘つきのゲス野郎に、女性は嘘つきの二股をかける金目当ての男たらしに進化したと想定されている、というように要約し、通説を批判しています(P71)。しかしこれも、自説の妥当性を読者に印象づけるための技巧で、戯画化を通り越して捏造に近いのではないか、と思います。また本書は、排卵の隠蔽は人間だけの例外として重要との認識を前提として通説は組み立てられている、と説明します(P89~92)。しかし、現代人も含めて現生類人猿系統は、排卵の隠蔽というか発情徴候が明確ではないことが一般的です。むしろこの点では、現生類人猿系統においてチンパンジー属が例外的です(関連記事)。つまり、類人猿系統においてチンパンジー属系統のみが特異的に発情徴候を明確化するような進化を経てきただろう、というわけです。ここでも、本書が通説を意図的に戯画化しているのではないか、と疑問を抱いてしまいます。


 類人猿系統の中で現代人とは遠い関係にあるテナガザルは単婚だと指摘されていますが(P97~98)、霊長類系統、とくに類人猿系統の繁殖行動は柔軟で、その社会構造も比較的短期間に変わり得るものと考えるのが妥当でしょうから(関連記事)、人類系統が単婚ではなかったことを系統関係から証明するのは難しいと思います。何よりも、上述したように本書の論理では、類人猿系統における近縁性は、現代人系統が乱婚社会であることの証明にはなりません。また、テナガザルを人類のセクシュアリティのモデルとみなす通説的見解が否定されていますが、そうした見解が主流と言えるのか、疑問があります。現代人の特徴は、単婚を基礎とする家族が複数集合した共同体にあり、それはテナガザルとは大きく異なるからです。単婚というだけで、テナガザルが人類社会のモデルになる、との見解は果たして主流なのでしょうか。テナガザルは単雄単雌(単婚)で暮らし、大きな社会を形成しません。本書は、大きな社会集団を形成して生活する霊長類に、単婚社会の種は存在しない、とたびたび強調します。しかし、単婚の家族と共同体を両立させたところに人間社会独自の特徴と(あくまでも個体数と生息範囲の観点からの)大繁栄の要因がある、という見解の方がずっと説得的だと思います(関連記事)。


 本書は、ボノボでは雌の社会的地位が高く、母と息子の絆が強いと指摘しており(P100、107~114)、それは妥当だと思います。また、ボノボの雄の地位は母親に由来する、とも本書では指摘されています。しかし、これはボノボが母系社会であることを意味しません。多様な社会構造を示す現代人を除いて、現生類人猿系統はいずれも父系もしくは非母系社会を示しており(関連記事)、現代人社会も多くは父系的です。本書では説明されていませんが、ボノボも雌が群れを出ていく非母系社会です。もっとも、本書はボノボが母系社会だと明確に主張しているわけではありませんが。本書はボノボと現代人との性行動の類似性を強調しますが、ボノボのように挨拶代わりといった感じで性交渉を行なうような現代人社会は存在しないと思いますし、何よりも、発情徴候の明確化という重要な違いが軽視されていることは問題です。この観点からは、チンパンジー属の乱交的な社会は、人類系統と分岐した後に生じた、と考えるのが最も節約的だと思います。チンパンジーが複数の地域集団(亜種)に分岐していることから推測すると(関連記事)、ボノボ系統の平和的な社会も、チンパンジー系統との分岐後に生じた可能性が高いでしょう。


 また本書は、チンパンジーとボノボの雌雄の体格差は現代人と「まったく同じ範囲に収まっている」とたびたび強調していますが、これは身長と体重とを都合よく合わせて評価した「体格差」だと思います。体重の雌雄差(雄の体重÷雌の体重)では、チンパンジーが1.3倍なのにたいして現代人は1.1倍で、有意な差があります(関連記事)。一般的にも、確かに現代人の性差はゴリラよりもチンパンジー属の方にずっと近いのですが、チンパンジー属よりも小さく、一夫一妻型のテナガザルと乱交型のチンパンジーとの中間である、といった見解が有力だと思います。本書は、おそらく意図的なのでしょうが、現代人とチンパンジー属との類似性を誇張しているように思われます。


 なお本書は、現代人の傑出した特徴として、社会的であることと過剰なセクシュアリティを挙げており(P124~128)、どうも、身体能力の点で現代人には傑出したものがない、と言いたいようです。しかし、現代人の長距離走行能力はなかなかのものですし、何よりも、投擲能力は現生種においては傑出しており、これは現代人とその祖先および近縁系統の生態的地位の確立に、たいへん重要な役割を果たしたのではないか、と思います。また本書では、セクシュアリティに関して、いつでも性行動のできる現代人とチンパンジー属の特異性が強調されていますが、ゴリラの雄は常に交尾可能ですし、オランウータンの雌も、雄に求められれば大抵は交尾を許可します。チンパンジー属ではない類人猿系統と、現代人との性行動は、本書が強調するよりもずっと類似しているのではないか、と思います。



  • 現代人の暴力性の起源

 本書は現代人系統が更新世というか農耕開始前にはそれ以降と比較してより平和的な社会を構築していた、と強調します。本書は、人間やその近縁系統が本質的には攻撃(暴力)的か平和(協調)的か、とたびたび問いかけますが(P101~104)、これは二分法の罠と言うべきで、環境に応じて攻撃(暴力)的でも平和(協調)的でもあるのが人間やその近縁系統の本質で、とくに人間は柔軟なのだ、と考えるのが妥当であるように思います。また本書は、多くの科学者が、人類の持つ攻撃性の根源を霊長類としての過去に位置づけようとしているのに、人類の持つ肯定的な衝動が霊長類から連続していることは認めたがらない、と通説側を批判しています(P107)。しかしこれも、通説側がかなり戯画化されているのではないか、との疑念は拭えません。また本書は、チンパンジーの「暴力性」は人為的活動の結果かもしれない、と指摘しています(P281~284)。つまり、人間の「暴力性」の起源をチンパンジーとの最終共通祖先の段階までさかのぼらせる見解は誤りではないか、というわけです。しかし原書刊行後、チンパンジーの同士の攻撃には人間の存在の有無は関係していない、との見解が提示されています(関連記事)。



  • 父性の確認と多様な現代人社会

 第6章は、父親が一人ではない社会は珍しくないと強調し、父性の確認が人類進化史において重要ではなかった、と示唆します。民族誌的研究は私の大きな弱点なので、本書の見解の妥当性の判断については、今後の課題となります。ただ、狩猟採集社会とはいっても、現代と過去とでは条件が異なります。現代の狩猟採集社会は、農耕社会に、さらに後には工業社会にたいして劣勢に立った結果として存在しています。本書は、厳格な平等主義がほぼ普遍的な狩猟採集社会の環境は、現代人系統というか現生人類(Homo sapiens)が5万年前、さらには10万年前に直面していた環境に酷似している、と主張します(P148~149)。しかし、更新世の気候は完新世よりも不安定でしたし、何よりも、農耕社会の存在は更新世と完新世の大きな違いです。またユーラシア大陸やアメリカ大陸においては、狩猟対象となった大型動物が更新世後期には現在よりも豊富に存在していました。これらの違いを無視して、現在の狩猟採集社会と更新世の狩猟採集社会の類似性を強調することは妥当ではないでしょう。


 こうした「分割父性」という考え方の採用は、集団全体で父親としての感情を共有することだ、と主張されています(P159~162)。しかし、尾上正人氏の指摘にあるように、伝統社会において、DVや殺人の原因の大半が不貞(に対する男の嫉妬感情)に由来することをどう説明するのか、という重要な疑問が残ります。また、中国南西部のモソ族社会では、父性の確認が重要とは思われていないので、男性が自分の姉妹の子を自分の子として育てている、と本書は主張します(P186~194)。しかしこれについては、包括適応の理解が根本的に欠落しており、父性が重要と思われていないのではなく重要だからこそ、姉妹の子のみ信用するのだ、との尾上氏の指摘が妥当でしょう。


 そもそも、『家族進化論』(関連記事)が指摘するように(P180~185)、ゴリラはある程度、交尾と妊娠との関係を理解している可能性が低くありません。雄ゴリラにとって父性の確認は重要で、それをある一定以上の精度で判断して子殺しをするか否か決めている、というわけです。現代人系統も、農耕社会への移行にともなう価値観・世界観の変動により父性に拘るようになったというよりも、ずっと父性の確認に拘り続けた、と想定する方が節約的であるように思います。本書は、現代の狩猟採集社会では父性の確認を軽視もしくは無視するかのような認識が見られる、と強調しますが、それは、現生人類(系統だけではないかもしれませんが)の高度な象徴的思考能力と、入れ子構造を持つシナリオを心のなかで生み出す際限のない能力(関連記事)と、高い好奇心の産物と解釈するのが妥当なように思います。


 インドネシアの西スマトラ州のミナンカバウ族社会は母権制的だ、と本書は主張します(P195~199)。だからといって、それは更新世の人類社会が父権制もしくは父系性的だったことを否定する根拠にはならないと思います。けっきょくのところ、こうした多様な現代人社会が証明するのは、現生人類はきわめて柔軟に社会を構築する、ということだと思います。さらに言えば、霊長類にもそうした柔軟性が見られますし、現代人も含まれる類人猿系統はより柔軟なのだと思います。


 また本書は、農耕開始以降に女性の社会的地位が低下したと主張しますが、そうだとしても、それが農耕開始前の母権制の存在を証明するものではない、と思います。本書は、農耕開始以降、女性の生存能力は根本的変化を被り、狩猟採集時代とは異なり、生存に不可欠な資源と保護を入手するために、自身の生殖能力を引き換えになければならなくなった、と主張します(P18~22)。しかし、ホモ・エレクトス以降に出産がさらに困難になっていったことを考えると、ホモ属では遅くとも180万年前頃には、女性が「生殖能力と引き換え」に生存に不可欠な資源と保護(夫に限らず、夫の親族もしばしば参加したことでしょう)を入手するようになっていたのが一般的だった、と考えるのが妥当だと思います。



  • 先史時代の現代人系統の社会

 先史時代の人間は、孤独で、貧しく、意地が悪く、残忍で、短命だった、という誤った考え方はいまだに普遍的に受容されている、と本書は指摘します(P226)。しかし、他はともかく、「孤独」だったというような主張が主流なのか、きわめて疑わしいと思います。通説の側の先史時代の主流的認識は、家族を基礎単位としつつ、ある程度の規模の共同体(というかバンド)を形成して生活していた、というものだと思います。通説の側で「孤独」が主張されるとしたら、人口密度の低さに起因する、他集団との接触機会の少なさという意味合いだと思います。


 現代人の祖先は、農耕開始前には広範な慢性的食糧難を経験しなかった、と本書は主張します(P267~268)。しかし、現代人系統はアフリカで進化した可能性が高く、そのように断定できるだけの遺骸がそろっているとは思えません。一方、現代人の遺伝子プールにはほとんど寄与していないでしょうが、ヨーロッパのイベリア半島のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)に関しては、飢餓は日常的だった、と指摘されています(関連記事)。また、フランス南東部のネアンデルタール人に関しても、飢餓が珍しくなかった、と示唆されています(関連記事)。


 もちろん、これらはおそらく現代人系統とはほとんど無関係のネアンデルタール人系統で、場所もアフリカとヨーロッパとでは異なります。しかし、更新世の現生人類社会が本書で強調されるほど豊かだったのか、疑問は残ります。おそらく、遊動的な狩猟採集社会では授乳期間が長く、その分出産間隔が長いことと、本書でも指摘されているように、体脂肪率の低さから繁殖可能年齢が現代よりも高かったために人口密度が低いままだったので、定住的で人口増加率の高い農耕社会よりも、個体の健康度は高い傾向にあった、ということなのでしょう。


 しかし、だから平和的だったのかというと、疑問の残るところです。人口密度が低く、人類も他の類人猿系統と同様に女性が出生集団から離れていくような社会だったとすると、繁殖相手をめぐる闘争はかなり厳しかった可能性もあります。じっさい、更新世の人類社会において、女性が出生集団を離れていく傾向にあったことを示唆する証拠はありますが、母系的だったことを示唆する証拠は現時点ではないと思います(関連記事)。確かに、前近代農耕社会と比較すると、更新世の狩猟採集社会の方が個体の健康度は高かったかもしれません。しかし、本書はそれを過大評価しているのではないか、との疑念は拭えません。また本書ではたびたび、人類は絶滅しかけたと主張され、その一例として74000年前頃のトバ噴火が挙げられます。しかし、トバ大惨事仮説(トバ・カタストロフ理論)には複数の研究で疑問が呈されています(関連記事)。もっとも、原書刊行後の研究も多いので、仕方のないところもあるとは思いますが。


 本書は現代人系統の狩猟採集社会において厳格な平等主義が貫かれている、と強調します。それが、全構成員に繁殖機会を与える乱婚社会ともつながっている、というのが本書の見通しです。しかし、そもそも、なぜ狩猟採集社会で厳格な平等主義が貫かれているかというと、人類にはそれに反する生得的性質があるからでしょう。他の動物とも共通するところが多分にありますが、人類には公平さへの要求と自己利益増大への要求や優位・劣位関係の把握に囚われていること(関連記事)など、相反する生得的性質が備わっています。一方の性質により他方の性質を抑圧するのが狩猟採集社会の厳格な平等主義の本質で、それは殺害も含む懲罰を伴うものだと思います。本書が指摘する、繁殖の共有が現代人系統における過去の一定期間の「本性」だとする見解は、少なくとも半面は間違っているように思います。


 平等主義とも密接に関連しているだろう利他的傾向は、身内贔屓よりも脆弱なので、身内贔屓を抑え込むための厳格な平等主義が集団の構成員に与えた抑圧・ストレスは、小さくないと思います。狩猟採集社会から農耕社会への移行に関しても、そうした観点からの評価も必要でしょう。父性への拘りとも密接に関連するだろう身内贔屓が、農耕開始以降の世界観・価値観の大きな変化に伴い出現したと想定するよりは、他の霊長類の事例からも、身内贔屓は人類史を貫く本性の一側面だった、と考える方がはるかに説得的だと思います。


 かりに本書が主張するように、農耕開始前の現代人系統社会がそれ以降より平和的だったとしても(かなり疑わしい、と私は考えていますが)、それは集団規模の小ささのために厳格な平等主義という統制が有効だったからで、潜在的には農耕開始以降の社会と変わらない残酷さを抱えていただろう、と私は考えています。食や性において一定以上平等が保たれるような平穏な状況ならともかく、飢餓などの緊急時には厳格な平等主義が崩壊し、むき出しの暴力的状況が出現した可能性は高かったように思います。そうした緊急事態は、完新世よりも気候が不安定だった更新世には、さほど珍しくなかったのではないか、と私は推測しています。



  • 現代人系統の配偶システム

 人類の祖先の配偶システムとして古くから一夫一妻があり、一夫多妻から一夫一妻へと移行したという通説は、人類の祖先に複雄複雌という配偶システムが存在しなかったことを前提としている、と本書は指摘します(P327~328)。そこから本書は、雄間競争の緩和には一夫一妻だけではなく複雄複雌も有効で、現代人の最近縁系統であるチンパンジーおよびボノボの事例が参考になる、と主張します。つまり、人類の祖先が乱交的だった、との本書の主張につながるわけですが、これも、多分に二分法の罠的な詐術であるように思います。


 「プレ・ヒューマンへの想像力は何をもたらすか」(関連記事)で指摘されているように、マウンテンゴリラでは、血縁関係(親子や兄弟)にある複数の雄が交尾相手を重複させずに共存しています。霊長類は繁殖様式も含めて社会構造を柔軟に変えていく系統であり、現生類人猿系統が基本的に父系もしくは非母系であることを考えると、人類系統は、マウンテンゴリラのように複数の雄が複数の雌と共存して交尾相手を重複させない父系的な社会から、そうした家族的要素を解体せずにより大規模な共同体を形成していった、と考える方が、ずっと説得的だと思います。


 第16章は、現代人の男性器サイズや精子の特徴から、現代人系統が乱婚的社会を経験した、と論じます。確かに、この点で現代人はゴリラよりチンパンジーおよびボノボの方に近いと言えるかもしれません。しかしこれも、現代人系統が乱婚的社会を経験したと仮定すると矛盾しないとは言えても、乱婚的社会説を証明するものではない、と思います。『家族進化論』(関連記事)が指摘するように(P143~144)、人類が精子競争を高めるような繁殖戦略を採用したのは、チンパンジーおよびボノボほどには乱交的な社会を経験せずとも、社会・文化により、ペアの永続的な結合を強めるような方向にも、乱交を許容して精子競争を高めるような方向への変異幅を持っていたから、とも考えられます。この柔軟性こそ現代人系統の重要な特徴で、故に家族を解体せずにそれらを統合してより大規模な社会を形成できたのでしょう。また、その柔軟性が、母権制的とも言えるような社会も含めて多様な社会を生み出したのだと思います。


 第17章では男性器の形状から、現代人系統が乱婚的社会を経験した、と主張されていますが、これも、現代人系統が乱婚的社会を経験したと仮定すると矛盾しないとは言えても、乱婚的社会説を証明するものではない、と思います。現代人の大きな男性器は、乱婚的社会を経験したからではなく、単に一夫一妻的社会の配偶者選択で重要だったから、とも解釈できます。第19章で主張される、女性のオルガスムと乱婚的社会の経験とを結びつける見解や、男性はセクシュアリティに新規性を求める、と主張する第21章の見解も同様に、乱婚的社会説を証明するものではないでしょう。本書が指摘する、現代人における乱婚的社会を経験した痕跡は、基本的に一夫一妻仮説でも説明のつくことだと思います。さらに言えば、本書が主張する乱婚的社会を経験した痕跡のいくつかは、とくに選択圧を受けたわけではなく、遺伝的浮動だったか、関連する遺伝子が別の表現型にも関わっており、その表現型で選択圧を受けた結果である可能性も考えられます。


 配偶システムと関連して子育てについて通説は、人類社会において古くより、一人の女性が一人の男性に頼って子育てしてきたと想定している、と本書は主張します(P458)。しかし、人類学の教科書(関連記事)でも指摘されているように、人類の子育てには両親だけではなく親族も関わっている、との見解は一般的であるように思います。まあ、私は学説史をしっかりと把握できているわけではないので、的外れなことを言っているかもしれませんが。上述してきたように、こうした本書の戯画化は珍しくありません。進化心理学などの学問領域では、「愛」と「性欲」が交換可能な用語だと考えられている、と本書は批判します(P167~169)。この批判もまた、戯画化されているのではないか、との疑念を拭えません。ただ、本書において、結婚という用語の多義性・曖昧さや、研究者も社会の規範に影響を受けることが強調されているのは(P167~182)、基本的には意義があると思います。



  • まとめ

 本書は冒頭において、「人類のセクシュアリティの本質」が、類人猿と共通の祖先に由来することを論証する、と目的を明かしています(P16)。現代人のセクシュアリティが祖先に由来するものであることは確かですが、率直に言って、その「本質」が乱婚社会だという論証に本書は失敗していると思います。上述したように、本書の論理構造にしたがえば、現代人系統のセクシュアリティの「本質」が乱婚社会にあるとしても、それはチンパンジー属系統とは独立して獲得されたことになるからです。ただ、現代人系統が乱婚社会を経験した、という可能性自体は、上述したように、霊長類系統、とくに類人猿系統の繁殖行動は柔軟で、その社会構造も比較的短期間に変わり得るものと考えるのが妥当でしょうから、じゅうぶん検証に値すると思います。しかし、上述したように、それを直接検証することは不可能ですから、どれだけ関連する証拠(関連度合いの強弱の判断も議論となってくるわけですが)を提示でき、各証拠を統合した整合的で説得力のある先史時代人類社会像を提示できるのかが、重要となります。


 その意味で、現代人系統が乱婚社会を経験し、それは農耕開始まで続いた現代人の「セクシュアリティの本質」なのだ、という本書の主張は、他の可能性よりもずっと説得力に欠け、とても最有力説たり得ない、と私は考えています。本書は多数の根拠を挙げていますが、上述したように、それは乱婚社会説と決定的に矛盾するものではない、というだけで、その多くは通説とも決定的に矛盾するものではない、と思います。何よりも、上述したモソ族社会の事例もそうですが、本書が自説の根拠とする事例の解釈のいくつかには疑問も残ります。専門家であれば、私よりもはるかに多く、不備を的確に指摘できるでしょう。


 じっさい、訳者あとがきでは、本書を痛烈に批判した本が刊行されている、と紹介されています。その批判本は、本書の原題『Sex at Dawn: How We Mate, Why We Stray, and What It Means for Modern Relationships』をもじった、『Sex at Dusk: Lifting the Shiny Wrapping from Sex at Dawn』と題されています。訳者あとがきでは、本書がAmazonで高い評価を受けている一方、批判本のインターネット上での評価は高くない、と指摘されています。確かにAmazonでは、批判本の評価は本書よりも低くなっています。しかし、ざっと読んだ限りですが、批判本に対する評価の高い書評は、批判本にたいしておおむね肯定的であるように思います。この批判本もいつかは読まねばならない、とは思うのですが、怠惰なので結局読まずに終わりそうです。ともかく、徹底的な批判本が刊行され、一定以上の評価であることからも、本書の見解は基本的に疑ってかかるのが妥当だろう、と思います。では、本書の見解よりも妥当な見解は何なのかとなると、私の現時点での知見・能力では的確に答えられないのですが、やはり、本書が批判する通説の方がより妥当なのではないか、と考えています。もっとも、私の見解は本書の想定する通説とはかなり異なるかもしれませんが、以下に簡略に述べていきます。


 まず大前提となるのは、現生類人猿系統において、多様な社会を構築している現代人を除いて、すべて父系もしくは非母系社会を構築している、ということです。これは、現代人も含めて現生類人猿系統の最終共通祖先も父系もしくは非母系社会だった可能性が高いことを示唆します。次に、現生類人猿系統において発情徴候が明確なのはチンパンジー属(チンパンジーおよびボノボ)だけということが前提となります。現生類人猿系統の最終共通祖先から、テナガザル→オランウータン→ゴリラ→チンパンジーおよび現代人という順に系統が分岐していったことから、現代人とチンパンジー属の最終共通祖先も、発情徴候は明確ではなかった可能性が高そうです。また、上述したように、アウストラロピテクス属のみならず、初期ホモ属でも性的二形が顕著だったかもしれないことから、現代人系統とチンパンジー属の最終共通祖先も、200万~150万年前頃までの現代人系統も、性的二形が現生ゴリラ並だった可能性は低くありません。


 つまり、チンパンジー属のセクシュアリティの重要な構成要素たる穏やかな性差(ゴリラより小さいとはいっても、現代人よりは大きいわけですが)も、明確な発情徴候も、人類系統と分岐した後に獲得された可能性が高い、というわけです。上述したように、かりに現代人系統が過去にチンパンジー属系統と類似した乱婚社会を経験したとしても、それは共通の祖先的特徴に由来するのではなく、両系統で独自に獲得された可能性が高いでしょう。もちろん、収斂進化は進化史においてきょくたんに珍しいわけではありませんが、もっと節約的な仮説が立てられるならば、そちらを採用すべきだと思います。


 その仮説の前提となるのは、現生類人猿系統において、明確な発情徴候はチンパンジー属系統でのみ進化した可能性が高い、という推測です。現代人系統のセクシュアリティについて推測する場合、この違いは大きな意味を有すると思います。おそらく現代人系統は、マウンテンゴリラのような、親子・兄弟といった父系の血縁関係にある複数の雄が複数の雌と交尾相手を重複させずに共存する、家族に近い小規模な共同体から出発し、利他的傾向とコミュニケーション能力が強化されるような選択圧を受けた結果、一夫一妻傾向の家族を内包する大規模な共同体という、独特な社会を形成したのではないか、と思います(関連記事)。さらに現生人類系統において、象徴的思考能力など高度な認知能力を獲得したことで柔軟性が飛躍的に発展し、父系・単婚傾向に限定されない多様な社会を形成したのではないか、と推測しています。もっとも、柔軟性とも深く関わるだろうこの高度な認知能力は、現生人類系統とネアンデルタール人系統の最終共通祖先の時点で、すでに潜在的にはかなりの程度備わっていた可能性もあると思います(関連記事)。


 ただ、現代人の体格の性差がチンパンジーとテナガザルの中間であることから、人類社会には一夫一妻傾向があるとはいっても、それが徹底されているわけではない、ということも以前からよく指摘されていたように思います。現代人系統は、強制された平等主義に基づいて一夫一妻傾向が見られるものの、それと反するような生得的性質も有しており、一夫多妻や乱交的な社会への志向も見られ、それが本書の指摘する、乱交社会に適しているとも解釈できるような、現代人の生殖器官や性行動の選択圧になったのではないか、と思います。


 本書を読む契機となったのは、当ブログにおいて、本書が唯物史観的な人類社会集団婚説や母系制説を主張している、と指摘を受けたからでした(関連記事)。しかし、「乱婚」には「行き当たりばったり」の性交という意味合いは一切なく、選好が行なわれている、と定義する本書の見解は、人類の「原始社会」を親子きょうだいの区別なく乱婚状態だったと想定する、唯物史観的な「原始乱婚説」とは似て非なるものだと思います。じっさい、霊長類の広範な系統において近親婚を避ける仕組みが備わっている、と明らかになった現在の水準では、唯物史観的な原始乱婚説はとてもそのまま通用するものではありません。本書の意図は、人類社会における一夫一妻を基調とする通説には問題があり、今では捨てられてしまった唯物史観的な原始乱婚説にも改めて採るべきところがある、といったものだと思います。


 また、農耕開始前の現代人系統社会における女性の地位の高さを強調する本書からすると、唯物史観的な原始社会母系説も採るべきところがある、ということなのかもしれません。しかし本書は、母権的と解釈できそうな現代人社会(この解釈の是非については、本書の信頼性からしてとても直ちに肯定できませんが)の存在を指摘し、現代人系統社会がかつて母権的だったことを示唆しているものの、はっきりと母系制だと主張しているわけではないように思います。上述したように、本書は現代人とボノボとの類似性を強調し、ボノボにおいて母親と息子との関係がずっと密接で、母親の地位が息子に継承される、と指摘しています。しかし、本書では言及されていませんが、ボノボは母系制社会ではなく(現代人を除く現生類人猿系統はすべて同様ですが)、その地位が母系を通じてずっと継承されるわけではありません。


 何よりも、現代人の直接の祖先ではなさそうで、お互いに祖先-子孫関係ではなさそうな、アウストラロピテクス・アフリカヌス(Australopithecus africanus)およびパラントロプス・ロブストス(Paranthropus robustus)とネアンデルタール人について、前者は男性よりも女性の方が移動範囲は広く(関連記事)、後者は夫居制的婚姻行動の可能性が指摘されていることから(関連記事)、人類系統の社会は他の現生類人猿系統と同様にずっと父系的だった、と考えるのが節約的だと思います。現代人に見られる、父系的とは限らない多様な社会は、高度な認知能力に基づく現生人類の柔軟な行動を示している、ということだと思います。もっとも、上述したように、ネアンデルタール人系統にも、こうした柔軟性は潜在的にはかなりの程度備わっていた可能性も考えられます。


 率直に言って、本書を読んで疑問と不信感が強くなる一方だったのですが、改めて調べたり情報を整理したりする機会になりましたし、著者二人が博学であることは間違いないので、勉強になりました。ただ、最初から本書の批判本を読むだけでよかったのではないか、と後悔もしています。年末年始の貴重な時間のかなりの部分を本書に割いてしまいましたが、かなりの本数になってしまった録画番組の視聴を優先すべきだったかな、とも思います。とはいえ、録画番組を視聴するよりは、本書を読んだ方がずっと勉強になるでしょうから、深く後悔しているわけではありませんが。



参考文献:

Ryan C, and Jetha C.著(2017)、山本規雄訳『性の進化論 女性のオルガスムは、なぜ霊長類にだけ発達したか?』第4刷(作品社、第1刷の刊行は2014年、原書の刊行は2010年)

母系制で平和的なボノボ社会

 検索していたら、表題の発言を見つけました。リンク箇所を除いて全文を引用すると、
母系制で平和的なボノボ社会と、男性優位で争いの絶えないチンパンジー社会。生まれ変わるならどっちがいい?

となります。さらに検索してみると、ボノボ(Pan paniscus)が母系社会だという認識はそれなりに浸透しているようです。たとえば、

ボノボの喩え、私も良く使います。
チンパンジーとの比較で。
生存戦略として、チンパンジーは強い雄を中心に、戦って群を作る。
ボノボは母系の集団を作り(数年前まではセックスを手段とする、などと身も蓋もない言い方されてましたが)平和的に争いを避ける。
でも人間はそれ以下だと。


との発言や、

ボノボは母系社会で雌は誰とどのようにしてもOKだし、雄も雄同士でまぁ色々したり、雌も雌同士としたり、ほぼバイセクシャルばっかりで、生まれた子供は群れの中で育てるので特に区別しないっていう、なんかもうおおらかをそのまま生き様にしたような生き方してて水龍敬ランドはボノボなのかって思った

との発言や、

哺乳類であれば同じ行為をする事によって、子が産まれ命が続いていくって事に気付いた後に、年がら年中発情期ってのは人間だけかいな?ってな疑問も浮かんでのも小学生の最後の頃だった。ボノボってのが、母系社会で若手の性処理をおばさん系が行い群の平安を保ってたりするっての知ったのはかなり後。

との発言や、

チンパンジーはオスが優位な社会で、他集団との争いも多く、子殺しやレイプなども行ないます。一方のボノボは母系社会ですが、オスとメスはほぼ対等で、力ではなく「性」でコミュニケーションを図って相手との緊張を取り除き、喧嘩が起きないようにしています。

との発言です。最後の発言はnoteの記事なのですが、Twitter上で、

ボノボは母系社会というのはガセで、他のヒト科の動物同様、メスが育った集団を出て嫁に行く父系社会である。

批判されているように、ボノボは最近縁の現生種であるチンパンジー(Pan troglodytes)と同様に父系社会を形成しています。ボノボ社会が母系だと誤解されるのは、おそらくチンパンジーと比較して雌の社会的地位が高いからなのでしょう(関連記事)。それを反映して、ボノボの雌はしばしば、息子を発情期の雌に接近できるような場所へと連れて行き、他の雄による干渉から息子の交配を保護し、息子が高い支配的地位を獲得して維持するのを助ける、と報告されています(関連記事)。一方、ボノボ社会でも稀に雌が出生集団に留まりますが、その母親は娘を息子ほどには熱心に支援しないようです。これは、ボノボ社会が父系であることをよく反映している、と言えるでしょう。

 現代人(Homo sapiens)も含む現生霊長類では母系社会の方が優勢ですが、現代人も含まれるその下位区分の現生類人猿(ヒト上科)では、現代人の一部を除いて非母系社会を形成します。これは、人類社会が、少なくとも現生類人猿との最終共通祖先の段階では、非母系社会を形成していた、と強く示唆します。さらに、現代人と最近縁の現生系統であるチンパンジー属(チンパンジーおよびボノボ)は父系社会を形成し、次に近縁な現生系統であるゴリラ属は、非単系もしくは無系と区分すべきかもしれませんが、一部の社会においては父親と息子が共存して配偶者を分け合い、互いに独占的な配偶関係を保ちながら集団を維持するという、父系的社会を形成しています(関連記事)。

 おそらく、現代人・チンパンジー属・ゴリラ属の最終共通祖先の時点で、父系にやや傾いた無系社会が形成されており、チンパンジー属系統ではその後に明確な父系社会が形成されたのだと思います。人類系統においても、現生人類ではない絶滅人類で父系社会を示唆する証拠が得られています(関連記事)。人類系統においては、父系に傾きつつも、所属集団を変えても出生集団への帰属意識を持ち続けるような双系的社会がじょじょに形成され、さらに配偶行動が柔軟になっていき、母系社会も出現したのだと思います。おそらく人類史において、母系社会の形成は父系社会よりもずっと新しいと思います。ただ、そうした変化が現生人類の形成過程と関連しているのか、それともさらにさかのぼるのか、現時点では不明ですし、将来も確証を得るのはきわめて困難でしょう。

アジア東部集団の形成過程

 アジア東部も含めてユーラシア東部集団の形成過程の解明は、ユーラシア西部集団と比較して大きく遅れています。これは、ユーラシアにおいては東部よりも西部、とくにヨーロッパの古代DNA研究がはるかに進展しているためです。これは、近代以降にヨーロッパおよびその派生的文化圏である北アメリカから構成される西洋が覇権を掌握していたことに起因します。近代以降、学術も西洋が主導し、20世紀後半になってアジア(東洋)系の台頭が著しいとはいえ、西洋が確立してきた知の構造は依然として堅牢です。そのため、現代人集団の形成過程についても、まず自分たちの起源であるヨーロッパ、さらに範囲を拡大してユーラシア西部に関心が集中するのは仕方のないところでしょう。さらに、近代化で先行した西洋社会では、開発が進んでおり、それに伴う遺跡発掘の機会が多かったことも挙げられます。また、近代化で先行した西洋社会の方が、治安や政治および社会的安定と統合の点でも東洋社会より恵まれていた、という社会・政治環境も一因となったでしょう。

 こうした人為的要因とともに、自然環境の問題もあります。DNAがどれだけ残存しているかは、年代もさることながら(当然、一般的には新しい年代の方がより多く残る傾向にあります)、環境も重要となり、寒冷で乾燥した気候の方がより多く残りやすくなります。逆に、高温多湿環境ではDNAの分解が進みやすくなります。アジア東部では、たとえば北京は北に位置しており、じっさい冬はかなり寒いのですが、これはシベリア寒気団の影響によるもので、北京の緯度はローマよりも低く、夏の気温はローマより北京の方が高くなっています。当然、たとえばパリはローマよりもさらに気温が低くなります。ヨーロッパ、とくに西部はおおむね、北大西洋海流のため冬は北京よりも暖かいのですが、夏は北京よりも涼しく、この点で北京というかもっと広範囲の華北よりも古代DNA研究に適しています。当然、たとえば上海や広州は北京よりもずっと暑いわけで、この点でもアジア東部はヨーロッパよりも古代DNA研究で不利と言えるでしょう。日本列島も例外ではなく、たとえば札幌でさえ、ローマよりも緯度は高いものの、パリよりは低く、さらに日本列島はおおむね酸性土壌なので、そもそも人類遺骸の長期の残存に適していません。日本列島は非西洋社会としてはかなり早い時期に近代化が進展し、開発とそれに伴う遺跡の発掘が進んだ地域ですが、土壌と気候の点から古代DNA研究に適しているとは言い難いでしょう。

 このように、ユーラシア東部、とくにアジア東部は人為的および自然環境的問題のため、ユーラシア西部、とくにヨーロッパと比較して古代DNA研究が大きく遅れているのですが、それでも着実に進展しつつあり、とくに中国においては、経済発展とともに今後飛躍的な発展が期待されます。じっさい、アジア東部よりもさらに古代DNA研究に適していない自然環境のアジア南東部でも、4100~1700年前頃(関連記事)や8000~200年前頃(関連記事)の古代DNAが解析されています。また、アジア東部の古代DNA研究はまだ遅れているとしても、アジア東部系と遺伝的に近縁なアメリカ大陸先住民集団の古代DNA研究はかなり進展しているので、アジア南東部やアメリカ大陸、さらにはユーラシア西部の古代DNA研究を参照していけば、アジア東部集団の形成過程についても、ある程度は見通しが立てられるのではないか、と思います。以下、アジア東部集団の形成過程について、現時点での情報を整理します。

 出アフリカ系現代人の主要な祖先となった現生人類(Homo sapiens)集団は、出アフリカ後に各系統に分岐していきます。まず大きくはユーラシア西部系とユーラシア東部系に分岐し、後者はパプア人などオセアニア系とアジア東部・南東部・南部系に分岐していきます。現代東南アジア人の形成過程を検証した(関連記事)、以下に引用する研究(McColl et al., 2018)の図で示されているコステンキ(Kostenki)個体(関連記事)がユーラシア西部系を表します(図1)。
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 ヨーロッパ人の形成過程については、中期更新世~青銅器時代までを概観した(関連記事)以下に引用する研究(Lazaridis., 2018)の図にまとめられています(図2)。
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 アメリカ大陸先住民集団の形成過程とも関連してくる、シベリア北東部における後期更新世~完新世にかけての現生人類集団の変容を検証した(関連記事)、以下に引用する研究(Sikora et al., 2019)の図も参考になります(図3)。
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 分岐していった出アフリカ現生人類系統で注目されるのが、古代シベリア北部集団です。図3で示されているように、古代シベリア北部集団はユーラシア東部系統よりも西部系統の方と近縁ですが、アジア東部集団からも一定の遺伝的影響を受けている、と推定されています。古代シベリア北部集団は、シベリア東部北端に位置する31600年前頃となるヤナRHS(Yana Rhinoceros Horn Site)の31600年前頃の個体に代表されます。古代シベリア北部集団は、ユーラシア東部高緯度地帯に広範に分布していた、と考えられます。

 シベリア東部において30000年前頃以後、アジア東部集団が拡散してきて、古代シベリア北部集団と融合して新たな集団が形成され、24000年前頃には古代旧シベリア集団とベーリンジア(ベーリング陸橋)集団に分岐します。ベーリンジア集団からアメリカ大陸先住民集団が派生します。古代旧シベリア集団もベーリンジア集団も、アジア東部系統の遺伝的影響力の方がずっと強くなっています(63~75%)。アメリカ大陸先住民集団は、後に漢人など現代アジア東部集団を形成する系統と30000年前頃に分岐したアジア東部系統を基盤に、古代シベリア北部集団の遺伝的影響も一定以上受けて成立したわけです。

 図2で示されているように、古代シベリア北部集団はヨーロッパ東部狩猟採集民(EHG)経由で現代ヨーロッパ人の形成にも一定以上の影響を残しています。つまり、アメリカ大陸先住民集団は、アジア東部集団と遺伝的に強い関連を有しつつも、現代ヨーロッパ集団とも3万年前頃以降となる共通の遺伝的起源を有しているわけです。ユーラシア西部で見られるミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)Xが、現代アジア東部集団では基本的に存在せず、アメリカ大陸先住民集団で一定以上確認されていることから、かつては更新世におけるヨーロッパからアメリカ大陸への人類集団の渡来も想定されました。しかし、ヨーロッパ集団にもアメリカ大陸先住民集団にも遺伝的影響を残した古代シベリア北部集団の存在が明らかになり、アメリカ大陸先住民集団のmtHg-Xは古代シベリア北部集団由来と考えると、人類集団の移動を整合的に解釈できると思います。

 アジア東部集団の形成過程に関する議論において問題となるのは、アジア東部集団においては、mtHg-Xが基本的には見られないように、古代シベリア北部集団の遺伝的影響がほとんど見られない、ということです。もちろん、たとえば中国のフェイ人(Hui)が父系(Y染色体DNA)でユーラシア西部系の遺伝的影響を受けていることからも(関連記事)、現代アジア東部集団にも古代シベリア北部集団の遺伝的影響は存在するでしょう。しかし、フェイ人(回族)におけるユーラシア西部系統の遺伝的影響は父系でも30%程度で、母系(mtDNA)でも常染色体でも、フェイ人は基本的にアジア東部集団に位置づけられます。アジア東部集団は近縁なアメリカ大陸先住民集団よりもずっと、古代シベリア北部集団の遺伝的影響が低い、と言えるでしょう。

 では、31600年前頃にはユーラシア東部高緯度地帯に広範に分布していたと考えられる古代シベリア北部集団にたいして、アジア東部集団はどのような経路でいつアジア東部に拡散してきたのかが問題となります。図1で示した研究(関連記事)を参考にすると、アフリカから東進してきた現生人類集団のうち、アジア南部まで拡散してきた集団が、アジア東部集団の起源だった、と考えられます。ここから、アジア南部もしくはさらに東進して南東部から北上した集団(北方系統)と、南方に留まった集団(南方系統)に分岐します。南方系統は、アジア南東部集団の主要な祖先集団の一部です。現時点で北方系統を表していると考えられるのは、北京の南西56kmにある田园洞窟(Tianyuan Cave)で発見された4万年前頃の男性です(関連記事)。ただ、田园男性の集団は現代人にほとんど遺伝的影響を残していない、と推測されています。田园集団と近縁な北方系統の集団は、北上してきた一部の南方系統集団と融合して、アジア東部集団の主要な祖先集団(祖型アジア東部集団)を形成した、と推測されます。そのさいに南方系統の方が北方系統よりも大きな遺伝的影響力を有したようです(およそ4:1の比率)。

 ここで問題となるのは、アジア東部には、大きな分類ではユーラシア東部系ではあるものの、祖型アジア東部集団とは遺伝的にかなり異なる集団がかつて存在し、現代の各地域集団の遺伝的相違にも影響を及ぼしている、ということです。まず、4万年前頃の田园男性がその代表格で、上述のようにその近縁集団が祖型アジア東部集団の形成に関わったと推測されますが、図1で示されているように、系統樹ではアジア東部の他集団と大きく異なる位置づけとされています。類似した位置づけなのが「縄文人」で、北海道の礼文島の船泊遺跡で発掘された3800年前頃の「縄文人」の高品質なゲノム配列を報告した(関連記事)、以下に引用する研究(Kanzawa-Kiriyama et al., 2019)の図では、船泊遺跡縄文人(F23)は田园男性ほどではないにしても、他のアジア東部集団とは遺伝的にやや遠い関係にあります(図4)。
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 船泊縄文人と遺伝的に比較的近縁な現代人集団は、日本人をはじめとしてウリチ人(Ulchi)や朝鮮人などアジア東部沿岸圏に分布しています。これは、愛知県田原市伊川津町の貝塚で発見された2500年前頃の「縄文人」でも同様なので(関連記事)、少なくとも東日本の「縄文人」の遺伝的特徴だったと考えられます。これと関連して注目されるのは、頭蓋形態の研究から、ユーラシア東部には南方系の「第1層」と北方系の「第2層」が存在し、更新世のアジア東部および南東部には日本列島の「縄文人」も含めて「第1層」が広範に分布していたのに対して、農耕開始以降、「第2層」が拡大していった、とする見解です(関連記事)。

 遺伝学と形態学を安易に結びつけてはなりませんが、アジア東部にまず拡散してきた現代人の主要な祖先集団は、アフリカからアジア南東部までユーラシア南岸沿いに拡散し、そこから北上していった、と考えられます。これが「第1層」とおおむね対応しているのでしょう。「縄文人」もその1系統で、おそらくはこの最初期アジア東部集団のうち複数系統の融合により形成されたのではないか、と思います。アジア東部ではおもに日本列島とチベットでしか見られないY染色体ハプログループ(YHg)Dは、この最初期アジア東部集団に由来するのでしょう。ただ、日本のYHg-Dのうちかなりの割合は、「縄文人」に由来しない可能性もあると思います(関連記事)。農耕拡大に伴い、アジア東部ではおおむね「第2層」と対応する祖型アジア東部集団が拡大して遺伝的影響を高めていき、日本列島でも、本州・四国・九州を中心とする「本土」集団では、遺伝的に「縄文人」の影響が弱くなり、祖型アジア東部集団の影響がずっと強くなっていった、と考えられます。

 では、祖型アジア東部集団の農耕開始前の分布範囲はどこだったのか、という問題が生じるわけですが、これはまだ不明です。おそらく、アジア東部でも北方の内陸部に存在していたのではないか、と思います。祖型アジア東部集団に近い古代集団として、朝鮮半島に近いロシアの沿岸地域の「悪魔の門(Devil’s Gate)」遺跡の2人が挙げられます(関連記事)。しかし、7700年前頃と推定されている悪魔の門遺跡の2人は現代人ではウリチ人に最も近く、漢人よりも朝鮮人および日本人の方と近縁です。おそら悪魔の門遺跡集団も、最初期アジア東部集団を基盤として、後に拡散してきた祖型アジア東部集団との融合により形成されたのでしょう。祖型アジア東部集団の形成過程と分布範囲については、今後明らかになっていく、と期待されます。


 まとめると、現代アジア東部人の主要な遺伝子源となった集団のうち、アジア東部へ最初に拡散してきたのは、アフリカからアジア南東部へと東進し、そこから4万年前頃以前に北上した最初期アジア東部集団でした。最初期アジア東部集団はアジア東部に広範に存在したと考えられます。「縄文人」は、最初期アジア東部集団のうち複数系統の融合により形成された、と推測されます。一方、最初期アジア東部集団とは別に、アジア南東部もしくは南部から北上してアジア東部内陸部北方に拡散してきた集団(北方系統)が存在し、その集団と、後にアジア南東部から北上してきた集団(南方系統)の融合により、祖型アジア東部集団が形成されました。そのさいに南方系統の方が北方系統よりも大きな遺伝的影響力を有したようです(およそ4:1の比率)。

 祖型アジア東部集団の分布範囲は、アジア東部でも内陸部の比較的北方だったものの北部集団の遺伝的影響をほとんど受けていないと考えられることから、その北限はシベリアよりも南だった可能性が高そうです。祖型アジア東部集団はアジア東部において農耕の拡大にともなって拡散し、遺伝的影響を強めていきました。日本列島もその例外ではなく、弥生時代以降に到来した祖型アジア東部集団系統の遺伝的影響が在来の「縄文人」を上回っていきます。アジア南東部においても、祖型アジア東部集団系統が完新世に2回にわたって南下してきて、一定以上の遺伝的影響を残しました(関連記事)。最初期アジア東部集団の中には、4万年前頃の田园集団のように、現代人にはほとんど遺伝的影響を残していない集団も少なからずあった、と予想されます。

 私はアジア東部集団の形成過程を現時点ではこのように把握しているのですが、上述のように、アジア東部における古代DNA研究がヨーロッパとの比較で大きく遅れていることは否定できません。アジア東部においては、歴史時代においても、魏晋南北朝時代や五代十国時代~ダイチン・グルン(大清帝国)拡大期などにおいて、ある程度以上の遺伝的構成の変容があった、と考えられます。現時点では、在来集団も拡大集団もともにアジア東部系としてまとめられるかもしれませんが、将来は、アジア東部系もさらに細分化されていくだろう、と予想しています。現時点でのヨーロッパ人の形成に関する研究のように、アジア東部A系統とアジア東部B系統がどのような割合で混合したのか、というような詳しいモデル化も可能になるのではないか、というわけです。ヨーロッパと比較して古代DNA研究の遅れているアジア東部集団の形成過程について、確実な見解を提示できる段階ではまだありませんが、自分が現時点での見解を整理したかったので、まとめてみた次第です。勉強不足のため、今回は考古学の研究成果と組み合わせてまとめることができなかったので、今後はそれも課題となります。

大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』第45回「火の鳥」

 田畑政治は、東京オリンピック組織委員会事務総長を解任され、岩田幸彰も辞任を考えていましたが、田畑に慰留されます。田畑を嫌う人は少なくありませんでしたが、田畑を慕う人も少なくはなく、岩田たちは田畑邸を頻繁に訪れます。また、田畑を信頼していた黒澤明は、記録映画監督から降ります。失意の田畑は、それでもオリンピックへの情熱を失わず、岩田たちとオリンピックをどう盛り上げるか、自宅で議論します。

 今回は、失脚した田畑をどう描くのか、注目していたのですが、岩田たち田畑を慕う仲間もおり、田畑が意気消沈したままではなく、安心しました。田畑と目標を見失って迷走していた女子バレーチームの大松博文監督とのやり取りもよかったのですが、何よりも、金栗四三の事績と聖火リレーの新たな経路をつなげたところは上手かったと思います。いかにも大河ドラマの終盤といった感じで、これまでの積み重ねが活かされていくのは感慨深くもありました。いよいよ残り2回となり、やはり寂しさはあります。