閉経後のシャチの祖母は孫の生存率を高める

 閉経後のシャチの祖母と孫の生存率に関する研究(Nattrass et al., 2019)が報道されました。朝日新聞でも報道されています。また、ナショナルジオグラフィックでも報道されています。この研究はオンライン版での先行公開となります。多くの哺乳類は年齢とともに繁殖力が低下し、これは通常体細胞老化と一致しているので、繁殖行動ができなくなる時期と死亡時期はおおむね一致します。しかし、ヒト(Homo sapiens)とシャチも含むクジラの一部では、閉経後も雌が長期間生存します。シャチの雌は10歳でほぼ性的に成熟し、30代後半から40代前半に閉経します。10歳まで生き延びた雌の64%は、閉経後もおおむね15年以上生き続けます。一方、雄の多くは30年以上生きられません。ヒトやクジラの一部で閉経後も雌が生き続ける理由については、大きな関心が寄せられてきました。ヒトに関しては、閉経後の女性が親族を助けることによる包括的適応度の向上が進化の選択圧になった、と示唆されています(祖母仮説)。

 本論文は、シャチにおける閉経後の雌の存在理由を検証しました。対照となったのは、北アメリカ大陸太平洋沿岸の2集団で、40年以上にわたるデータが分析されました。分析された孫は378頭となります。シャチは最大で40頭ほどの固く団結した群れを形成します。シャチの親族関係は、長期的観察から推測されました。シャチ集団では繁殖相手は集団外に求められ、雄の仔は出生集団に存在しないため、本論文は父方祖母ではなく母方祖母について検証しました。また、シャチの食資源環境の評価としてサケが用いられ、北アメリカ大陸太平洋沿岸のサケの漁獲量がサケの資源量の指標とされました。

 シャチにおいては、祖母の死後2年で、孫の生存確率は大きく減少します。これは、サケが少ない年に最も顕著な効果を示します。孫の生存確率は、祖母の不在→繁殖中の祖母の存在→閉経後の祖母の存在の順に高くなります。これは、非ヒト閉経種における祖母仮説を支持する証拠となります。繁殖中の祖母よりも閉経後の祖母の方で孫の生存可能性が高くなるのは、祖母が仔の世話のために、孫をじゅうぶん世話できないためと考えられます。また、繁殖中でも閉経後でも、祖母の存在が娘の出産間隔を短縮するという証拠は見つけられませんでした。これは、祖母の存在が娘の最初の仔の生存率を高め、第2仔以降の出産をわずかに遅らせるためではないか、と本論文は推測しています。

 また、祖母の存在においてサケの資源量の影響がとくに大きいことから、サケの捕獲において祖母が重要な役割を果たしているのではないか、と考えられます。以前の研究では、閉経後のシャチの雌は知識が豊富なので、サケを狩るさいに重要な指導的役割を果たす、と示されています。サケの個体数は減少し続けているため、シャチにおいて祖母の存在はさらに重要になりそうです。祖母の存在による孫の生存率向上効果に性差は見られませんでした。ただ、ゾウのように祖母が孫の生存確率を高める一方で、死の直前まで繁殖を続ける種もおり、閉経後の長寿は単に利益だけでは説明できず、たとえば、世代間の繁殖競合のコストも早期の閉経の選択圧になったかもしれません。シャチでは、母と娘が出産すると、母の仔の方が死亡率は顕著に高い、と明らかになっています。本論文が明らかにしたのはシャチにおける祖母効果ですが、人類系統における祖母効果の解明にも役立つ知見と言えそうで、たいへん注目されます。


参考文献:
Nattrass S. et al.(2019): Postreproductive killer whale grandmothers improve the survival of their grandoffspring. PNAS, 116, 52, 26669–26673.
https://doi.org/10.1073/pnas.1903844116

大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』第47回(最終回)「時間よ止まれ」

 1964年10月10日、東京オリンピック大会の開会当日を迎えます。雨の予報でしたが、快晴となり、関係者は安堵します。開会式前の国立競技場には、田畑政治と金栗四三がいて、四三は嘉納治五郎からの手紙を田畑に見せます。開会式は無事に行なわれ、敗戦前からオリンピック招致に関わっていた人々は感無量でした。落語から逃げ出した五りんは、古今亭志ん生の娘の美津子に依頼され、聖火リレーの伴走者を務めた後、古今亭志ん生の寄席を訪ね、許してもらいます。

 ついに最終回を迎え、1年間楽しみに視聴し続けてきただけに、感慨深くもあり、寂しくもあります。可児徳や野口源三郎といった懐かしい人々が登場したのは、予想していたものの、やはりよかったと思います。最終回は、前半で開会式が描かれ、中盤は落語話となりました。正直なところ、最後まで本筋と落語話が上手く接続していなかったように思いますが、富久とオリンピックを重ね合わせたところはさすがに上手いものでした。まあ、できれば落語話を削って大会中の人間模様をもっと描いてほしかったものですが、四三が1967年にストックホルムに招待され、行方不明扱いになっていたマラソンを完走したことが省略されないだけでもよかったかな、とは思います。