ピャスト朝の遺伝的調査

 ポーランドのピャスト朝の遺伝的調査に関して報道されました。この研究では、ピャスト家の人々の遺伝子を調べ、王家の起源や個体間の血縁関係、さらには健康や外見も明らかにしようとしています。当初、ポーランド全土と他地域から、500人の被葬者がピャスト家の構成員の候補とされたそうです。しかし、ほとんどの場合、墓が破壊されていたか、遺骨が後世のものもと完全に混同されていたそうです。数年の調査の後、30人以上の墓がピャスト家のものとして特定されました。この中には、ヴァヴェル大聖堂の保護の観点から、ヴワディスワフ1世やカジミェシュ3世のようにヴァヴェルの丘に埋葬された人物は含まれていませんが、今後は両者の調査も検討されているそうです。

 この研究は、ピャスト朝初代のミェシュコ1世(在位は963~992年)から王朝末期(1370年)までと、マゾフシェ公およびシレジアのピャスト家も調査対象としました。この研究はY染色体のDNA解析を重視しています。ピャスト家の男子ならば、同じY染色体ハプログループ(YHg)を有している、と考えられます。しかし、現時点で30人のY染色体が調査されていますが、YHgが一致せず、その理由について決定的なことは分かりません。ピャスト朝において妻の浮気あったようですが、どこかの段階で起きて後世に伝わったのか、あるいはピャスト家の分家の一つで起きたのか、まだ明らかになっておらず、今後は他の遺骸も調査していく予定とのことです。

 系図と生物学的な父子関係が一致しない場合もあること(ペア外父性)は、多くの人が常識的に知っていると思います。14~20世紀のネーデルラントの調査事例から、人口密度が高く、下流階級ほどペア外父性率が高く、人口密度の高い下流階級では5.9%、人口密度の低い地域の中流~上流階級は0.4~0.5%と推定されています(関連記事)。ピャスト家ともなると、文句なしに上流階級ですが、それでもペア外父性が発生した可能性は低くない、というわけです。もちろん、この事例を単純に日本の皇室に当てはめることはできませんが、皇位継承に関して男系維持派がY染色体を根拠とすること(関連記事)はあまりにも筋の悪い主張だな、と改めて思い知らされました。

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