エレクトスの性的二形

 取り上げるのが遅れてしまいましたが、ホモ・エレクトス(Homo erectus)の性的二形に関する研究(Villmoare et al., 2019)が公表されました。化石種の社会的行動の最重要な指標の一つは性的二形で、その社会構造の解明に役立ちます。多くの化石人類種には、性的二形のパターンを推定するのに充分な標本はありませんが、アウストラロピテクス・アファレンシス(Australopithecus afarensis)、アウストラロピテクス・アフリカヌス(Australopithecus africanus)、パラントロプス・ボイセイ(Paranthropus boisei)、パラントロプス・ロブストス(Paranthropus robustus)、ホモ・エレクトス(Homo erectus)、ハイデルベルク人(Homo heidelbergensis)、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)に関しては性的二形が研究されています。

 ほとんどの研究では、鮮新世およびいくつかの前期更新世の人類系統では性的二形がゴリラ属のように顕著に強かった、と推測されています。たとえば、ロブストス(関連記事)やアファレンシス(関連記事)などの研究があります。これらの研究は、鮮新世およびいくつかの前期更新世の人類系統ではゴリラのような単雄複雌のハーレム型社会が形成されていた、と示唆します。しかし、アファレンシスの性的二形はゴリラ属どころかチンパンジー属よりも弱く現代人(Homo sapiens)並だった、との見解も提示されています(関連記事)。

 エレクトスの性的二形に関しては、鮮新世の人類と現代人(Homo sapiens)の中間程度だった、との見解が有力でしたが、21世紀になって、155万年前頃のエレクトスの性的二形の大きさが指摘されており(関連記事)、初期エレクトスにおいても性的二形は鮮新世の人類並に顕著だった、との見解も提示されています(関連記事)。エレクトス化石は時空間的に広範に存在し(年代では100万年以上、地理的範囲ではアフリカおよびユーラシア中緯度地帯以下の全域)、かなりの形態的変異を示しており、性的二形の評価を難しくしています。

 性的二形の評価には化石だけではなく足跡も使えます。化石と比較しての足跡の利点は、時空間的にきわめて制約された標本を提供できることです。これは、エレクトスのような時空間的に広範囲に存在した分類群において有効になる、と本論文は指摘します。一方その欠点は、足でしか評価できないことです。しかし本論文は、化石も断片的であることから、これは大きな欠点にはならない、と指摘します。また足跡には、同一個体を複数回標本抽出してしまう危険性もあります。さらに、小柄な足の成体と子供との区別が困難という欠点もあります。

 本論文はこうした欠点を踏まえつつ、人類の足跡として、タンザニアのラエトリ(Laetoli)で発見された366万年前頃もの(関連記事)や、ケニアのイレレット(Ileret)で発見された150万年前頃のもの(関連記事)や、オーストラリアのウィランドラ湖(Willandra Lakes)の23000~19000年前頃のものや、ナミビアのウォルビスベイ(Walvis Bay)の500~400年前頃のものなどを分析し、ニシローランドゴリラ(Gorilla gorilla gorilla)やチンパンジー中央部集団(Pan troglodytes troglodytes)やボノボ(Pan paniscus)といった現代人と近縁な現生類人猿と比較しました。チンパンジーとゴリラと現代人という現生種では、それぞれ足の長さと身長の間に強い相関が見られました。

 イレレットの足跡からは、これを残した人類集団の性的二形がアファレンシスやゴリラよりは弱かった、と推測されます。イレレットの足跡と同年代のアフリカ東部には複数の人類種が存在しましたが、本論文は、その化石から強い性的二形が推測されるボイセイは候補者ではなく、ハビリス(Homo habilis)とルドルフェンシス(Homo rudolfensis)はボイセイよりも性的二形は弱かったものの、年代からイレレットの足跡を残した可能性は低い、と指摘します。そのため本論文は、イレレットの足跡を残したのは(広義の)エレクトスだと推測しています。この前提に立つと、イレレットの足跡は、エレクトスがアファレンシスのような強い性的二形を示す、という解釈と矛盾し、ゴリラと現代人の中間型を示します。一方、ラエトリの足跡からは、アファレンシスがゴリラのような強い性的二形だった、と示唆されます。

 この結果は、エレクトスの性的二形はゴリラのように顕著に強くはないものの、現代人よりはやや強い、という見解と一致します。本論文は、エレクトスの性的二形を指摘した以前の研究(関連記事)は、ジョージア(グルジア)のドマニシ(Dmanisi)遺跡の185万~176万年前頃の小柄なホモ属化石を含めてしまったことが原因だろう、と指摘します。初期エレクトスにおいても性的二形は鮮新世の人類並に顕著だった、との見解(関連記事)についても、アフリカとジョージア以外のエレクトス化石を含めると、性的二形は現代人により近づく、と本論文は指摘します。

 本論文は、エレクトスの性的二形がゴリラやアファレンシスと現代人の中間であることから、エレクトスの向上進化の可能性を指摘します。強い性的二形は、社会構造では単雄複雌との強い関連が指摘されています。ただ本論文は、弱い性的二形が雄間の競合の欠如を示すとは限らず、弱い性的二形は特定の繁殖システムと関連づけられない、との見解も取り上げています。そのため、エレクトスの性的二形がその祖先であろうアファレンシスより弱くなった要因は何なのか、容易に断定できません。しかし本論文は、150万年前頃までにエレクトスが単雄複雌社会から移行した、との解釈が最も説得的だろう、と指摘します。エレクトスでは、その祖先であろうアウストラロピテクス属よりも、脳容量の増加と直立二足歩行へのさらなる特化により出産が困難になっており、これが性的二形の弱化と強く関連しているのかもしれません。


参考文献:
Villmoare B, Hatala KG, and Jungers W.(2019): Sexual dimorphism in Homo erectus inferred from 1.5 Ma footprints near Ileret, Kenya. Scientific Reports, 9, 7687.
https://doi.org/10.1038/s41598-019-44060-2