現代アフリカ人におけるネアンデルタール人の遺伝的影響(追記有)

 現代アフリカ人におけるネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の遺伝的影響に関する研究(Chen et al., 2020)が報道されました。『サイエンス』のサイトには解説記事が掲載されています。この研究はオンライン版での先行公開となります。現生人類(Homo sapiens)は絶滅した他のホモ属(古代型ホモ属)と交雑してきました(関連記事)。具体的には、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)です。すべての非アフリカ系現代人のゲノムには、約2%のネアンデルタール人由来の領域があり、その中でもオセアニア系には、デニソワ人由来の領域が追加で2~4%存在します(関連記事)。

 しかし、古代型ホモ属のゲノムの中には現代人に継承されていない大きな領域も確認されており、選択が生じた可能性も指摘されています(関連記事)。一方で、古代型ホモ属由来の配列が有益だった可能性も指摘されています(関連記事)。ただ、古代型ホモ属から現生人類への遺伝子流動における、機能的影響や選択については、まだ研究が始まったばかりである、と本論文は指摘します。また、非アフリカ系現代人のゲノムにおける古代型ホモ属由来の領域の割合について、アジア東部系がヨーロッパ系よりも20%ほど高いことなど(関連記事)、地域差が見られることも指摘されてきました。これに関しては、ヨーロッパ系現代人の祖先集団が、まだ化石の確認されていない仮定的な存在(ゴースト集団)で、ネアンデルタール人の遺伝的影響をほとんど受けていなかったと推測される「基底部ユーラシア人」と交雑したからだ、との仮説(希釈仮説)や、選択の違いを想定する説や、ボトルネック(瓶首効果)説や、複数回交雑説など、さまざまな仮説が提示されており、まだ確定していません(関連記事)。

 こうした現生人類と古代型ホモ属との間の遺伝子流動について、近年では研究が飛躍的に発展してきました。それは研究手法改善の結果でもあり、古代型ホモ属の参照ゲノムを利用せずとも、現代人のゲノム配列の比較により古代型ホモ属との交雑の痕跡と思われる領域を検出する方法では、以前には検出できなかったデニソワ人と現生人類との複数回の交雑が明らかになりました(関連記事)。本論文は、古代型ホモ属と交雑していない参照現代人ゲノム配列を必要とせず、現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人系統を検出する新たな手法であるIBDmixを用いて、現生人類とネアンデルタール人の交雑を検証します。本論文はIBDmixを、ユーラシア・アメリカ・アフリカの現代人の大規模ゲノムデータセットに適用し、現代アフリカ人におけるネアンデルタール人系統に関する新たな知見を提示し、ユーラシア人におけるネアンデルタール人系統の相対的な水準を再検証するとともに、適応的な遺伝子移入の事例を調査します。

 これまで、現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人由来の領域の識別には、一般的にヨルバ(YRI)などネアンデルタール人と混合していないとされる現代人のゲノムを参照配列として利用し、共有配列を特定したうえで決定します。しかし、参照配列にネアンデルタール人配列が含まれていると、対象となる現代人のネアンデルタール人配列を見落とす場合があります。本論文が用いる新たな手法であるIBDmixの名称は、遺伝的原理である「同祖対立遺伝子(identity by descent)」に由来します。IBDmixでは、現代人の参照配列は利用されません。同祖対立遺伝子(IBD)とは、かつて共通祖先を有していた2個体のDNAの一部が同一であることを示します。IBD領域の長さは、2個体が共通祖先を有していた期間に依存し、たとえばキョウダイよりもハトコの方が短くなります。

 本論文は、現生人類のゲノムにおけるネアンデルタール人配列に関して、5万年前頃の両者の交雑に起因する配列と、50万年前頃かそれ以前に共通祖先を有していたことに起因する配列とを区別するために、IBDmixを用いました。以前の手法は、ネアンデルタール人と交雑していないとされる現代人のゲノムを参照配列として、現生人類のゲノムにおける、共通祖先に由来しないネアンデルタール人由来の領域を特定しました。しかし本論文は、この方法では、どの集団の個体のゲノムを参照配列として用いるかにより、ネアンデルタール人由来の領域の推定に相違が生じる可能性を指摘します。IBDmixでは、変異頻度やIBD領域の長さのようなネアンデルタール人の配列の特徴を用いて、共通配列が最近の交雑なのか、それとも共通祖先に起因するのか、区別します。

 IBDmixの使用により、現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人系統の領域をより正確に検出できるようになりました。ただ、以前の研究では、現代人に遺伝的影響を残しているネアンデルタール人は、南シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見された女性個体(関連記事)の集団(東方系ネアンデルタール人)とは遺伝的にやや異なる集団(西方系ネアンデルタール人)と推測されています(関連記事)。そのため本論文は、参照古代型ゲノム(本論文では南シベリアのネアンデルタール人)が遺伝子移入をもたらした古代型ゲノム(西方系ネアンデルタール人)と離れた関係にある場合、IBDmixがどのように機能するのか、検証しました。その結果、短い配列でわずかな低下が観察されましたが、全体的なパフォーマンスは一貫していました。本論文は、IBDmixが古代型ホモ属からの遺伝子移入を検出する強力な手法であることを指摘します。

 本論文は、1000ゲノム計画に登録された地理的に多様な現代人集団からの2504人のゲノムにIBDmixを適用し、南シベリアのネアンデルタール人個体の参照ゲノムを利用して、現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人由来の配列を特定しました。2504人の現代人のゲノムでは、重複分を除くと、合計でネアンデルタール人由来の12億9千万塩基対が特定されました。上述のように、IBDmixは現代人の参照配列にネアンデルタール人と交雑していないと推定されるアフリカ集団を利用しなかったため、現代アフリカ人集団におけるネアンデルタール人由来の領域を初めて堅牢に特定できました。

 アフリカ人では、ナイジェリアのエサン(ESN)集団の1640万塩基対(16.4 Mb)からケニアのルヒヤ(Luhya)集団の1800万塩基対まで、平均して1700万塩基対のネアンデルタール人配列が特定されました。これは、以前の推定である26000~500000塩基対よりもはるかに多くなります。また、アフリカ人のゲノムのネアンデルタール人配列のうち94%以上は、非アフリカ人と共有されていました。非アフリカ系現代人のゲノムに見られるネアンデルタール人配列の平均は、ヨーロッパ系が5100万塩基対、アジア東部および南部系がともに5500万塩基対で、以前の推定である20%よりもずっと低く、8%ほどの違いしかありませんでした。なお、アメリカ合衆国やカリブ海のアフリカ系のゲノムに見られるネアンデルタール人配列は、非アフリカ系との交雑を反映してかアフリカ人よりは多いものの、アジア系よりはずっと少なくなっています(2270万~2750万塩基対)。

 アフリカ人に見られる、以前の推定よりもずっと多いネアンデルタール人配列の起源について本論文は、ネアンデルタール人と交雑した出アフリカ現生人類集団の一部がアフリカに「戻って」きたことに加えて、非アフリカ系現代人の主要な祖先集団の出アフリカの前に、アフリカからユーラシアへと拡散した現生人類がネアンデルタール人と交雑したことを想定すると最も整合的である、と見出しました。また、アフリカに戻って来た現生人類は、大きく分けると、アジア東部系と分岐した後のヨーロッパ系(ユーラシア西部系と言う方がより正確かもしれませんが)であることも明らかになりました。

 上述のように、本論文が示す現代人のネアンデルタール人配列の割合は、以前にも推定されていたようにヨーロッパ系よりもアジア東部系の方が高いものの、その違いは以前の推定である20%増よりもずっと低い8%増である、と明らかになりました。これは、以前の手法では、ネアンデルタール人と交雑していないという前提の現代アフリカ人のゲノムを参照配列として用いていたことに起因する、と本論文は指摘します。IBDmixでアフリカ人に見られるネアンデルタール人配列を除去して計算すると、ネアンデルタール人配列はヨーロッパ系よりもアジア東部系が18%ほど増加します。これは、ヨーロッパ系(ユーラシア西部系)現生人類がアフリカに「戻って」きたことにより、アフリカ人のみと共有されるネアンデルタール人配列が、アジア東部系よりもヨーロッパ系(ユーラシア西部系)の方でずっと多いためです(前者が2%なのに対して後者が7.2%)。以前の推定ではこの効果が無視されていた、というわけです。

 本論文は、現代人に見られる高頻度のネアンデルタール人由来のハプロタイプについても検証しています。これらは現生人類の適応度を高めたかもしれないため、以前から注目されていました。本論文は固有の高頻度ネアンデルタール人ハプロタイプを、非アフリカ系現代人で38、アフリカ人で13特定し、以前に特定されている高頻度ハプロタイプと比較しました。非アフリカ系現代人の38ハプロタイプのうち19は、以前の研究で報告されていました。また、アフリカ人とヨーロッパ人が共有する高頻度ネアンデルタール人ハプロタイプも特定されました。これはIBDmixの威力を示しています。アフリカ人固有となる13の高頻度ネアンデルタール人ハプロタイプには、免疫機能に関連する遺伝子(IL22RA1およびIFNLR1など)や紫外線感受性関連遺伝子(DDB1およびIL22RA1など)があります。これらのうちいくつかは、非アフリカ系現代人の主要な祖先集団の出アフリカの前に、アフリカからユーラシアへと拡散した現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動でもたらされたかもしれませんが、アフリカ人とヨーロッパ人で共有される高頻度のネアンデルタール人ハプロタイプのうちの一つ(3番染色体に位置します)のみが、現生人類から南シベリアのネアンデルタール人への遺伝子移入(関連記事)の結果として特定された遺伝子座と重なっており、その他は重なっていません。こうした高頻度のネアンデルタール人ハプロタイプは、アフリカ人の進化史における選択の考察に有益です。

 上述のように、古代型ホモ属のゲノムの中には現代人に殆どあるいは全く継承されていない大きな領域(不毛領域)も確認されており、選択が生じた可能性も指摘されています。その結果、ネアンデルタール人に関しては、以前に報告されていた6ヶ所の不毛領域のうち、7番染色体の発話能力に関連するFOXP2と、3番染色体の脳細胞の突起抑制に関連するROBO1およびROBO2を含む4ヶ所で改めて確認されました。これは、デニソワ人の不毛領域とも一致します。古代型ホモ属の不毛領域の頻度はアフリカ人全体の標本を含めても含めずとも大きく変わらず、アフリカ人のゲノムにおけるネアンデルタール人配列がおもに非アフリカ系現生人類からの遺伝子移入に起因する、という推測と一致します。

 本論文は、現生人類と古代型ホモ属との交雑の検出にIBDmixがきわめて有効であることを示しました。しかし本論文は、IBDmixは古代型人類の参照ゲノム配列を必要とするため、未知もしくは配列されていない人類系統から現生人類へと遺伝子移入された配列の検出には適していない、と注意を喚起しています。また本論文は、IBDmixにおいて、ゲノムおよび集団間の遺伝的組換え率の不均一性による影響があることも指摘しています。そのため、標本サイズが限定され、アレル(対立遺伝子)頻度と遺伝的組換え率の推定が不正確である個体のゲノムへの適用は困難です。IBDmixはゲノム解析におけるこれまでの手法の上位互換ではなく、相互補完的手法になる、というわけです。

 本論文は上述のように、アフリカ人のゲノムに見られるネアンデルタール人由来の領域の割合が、以前の推定よりもずっと高いことを明らかにしました。とはいえ、その割合は非アフリカ系現代人の約1/3と低くなっています。しかし、じゅうらいの推定よりもずっと高いこの割合は、アフリカの人類集団が静的ではなく動的で、現生人類の出アフリカ後も同様だったことを示します。それは、最近のアフリカ西部の古代DNA研究でも改めて示されました(関連記事)。

 出アフリカ現生人類集団の一部がアフリカへと「戻り」、アフリカ集団に遺伝的影響を与えたことは、以前から指摘されていました。古代DNA研究では、現代アフリカ東部集団の遺伝子プールの25%ほどはユーラシア西部集団に由来し、アフリカ西部・中央部・南部の現代人集団にも、この「逆流」の遺伝的影響は及んでいる、とすでに2015年の研究で推測されていました(関連記事)。2017年の古代DNA研究では、現代人では早期に分岐した集団とされるコイサンも、アフリカ東部やユーラシアの集団から9~30%の遺伝的影響を受けている、と推定されています(関連記事)。また現代人のゲノムデータに基づく2015年の研究では、アフリカ西部のヨルバ(Yoruba)人集団と、古代ユーラシア人集団との10500~7500年前頃の交雑の可能性が指摘されています(関連記事)。

 本論文は、アフリカ全土の集団において、多様な水準でゲノムにネアンデルタール人由来の領域が見られても不思議ではない、と指摘します。私も、漠然とした想定よりも高かったものの、とくに不思議な結果ではない、と思います。「純粋なサピエンスはアフリカ人のみ」といった認識もネットで見られますが、それには大きな問題があります(関連記事)。また近年では、現生人類の形成過程がたいへん複雑であることを指摘した見解も提示されており(関連記事)、そもそも「純粋な種」という概念自体に問題があるのでしょう。

 また上述のように、非アフリカ系現代人の主要な祖先集団の出アフリカの前に、アフリカからユーラシアへと拡散した現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の可能性が指摘されています。この年代に関しては、10万年前頃から25万年前頃まで、議論が続いていますが、本論文は15万~10万年前頃と推定しています。ただ本論文は、追加のデータが必要とも指摘しています。ネアンデルタール人やデニソワ人など古代型ホモ属と現生人類との交雑は、たいへん複雑だった可能性が高そうです。

 アフリカ人のゲノムにおける以前の推定よりもずっと高いネアンデルタール人配列の割合を明らかにしたことと共に、本論文の知見で重要なのは、上述のように、ヨーロッパ系とアジア東部系の間でゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域の割合の違いが以前の推定よりもずっと小さい、と示したことです。以前はこの違いについて、上述の希釈仮説も提示されていました(関連記事)。希釈仮説に対しては、ヨーロッパ系とアジア東部系の間の、ゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域の割合の違いを説明できるほどではない、との批判もありますが、本論文によりその違いは以前の推定よりもずっと小さい、と見直されたので、希釈仮説がより説得的になった、とも言えるかもしれません。ただ本論文は、現生人類の特定の集団とネアンデルタール人との追加の交雑が起きた可能性を排除するわけではない、と注意を喚起しています。


参考文献:
Chen L. et al.(2020): Identifying and Interpreting Apparent Neanderthal Ancestry in African Individuals. Cell, 180, 4, 677–687.E16.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2020.01.012


追記(2020年2月4日)
 ナショナルジオグラフィックでも報道されました。

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