ホモ・アンテセッサーのタンパク質解析

 ホモ・アンテセッサー(Homo antecessor)のタンパク質解析に関する研究(Welker et al., 2020)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。1994年以降、スペイン北部のアタプエルカ山地(Sierra de Atapuerca)のグランドリナTD6(Gran Dolina-TD6)遺跡(以下、TD6遺跡)では、170点以上の人類化石が発見されています。これらの化石は前期更新世にさかのぼり、頭蓋・下顎・歯の独特な組み合わせを示すことから、ホモ属の新種アンテセッサー(アンテセソール)と分類されました。

 アンテセッサーとユーラシアの前後の時期のホモ属、たとえばジョージア(グルジア)のドマニシ(Dmanisi)遺跡の185万~176万年前頃の人類、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)、現生人類(Homo sapiens)などとの関係は、激しく議論されています。この問題は、更新世の人類化石には断片的なものが多いことと、前期更新世および殆どの中期更新世のDNAが解析されていないため、未解決です。しかし、古代タンパク質の抽出およびタンデム質量分析の近年の発展により、前期更新世の動物遺骸から系統関係を推定できるタンパク質配列情報の取得が可能となりました。

 そこで本論文は、TD6遺跡の人類遺骸(TD6.2)の大臼歯(左側永久歯で第一もしくは第二大臼歯)からタンパク質を解析しました。TD6.2は電子スピン共鳴法とウラン系列法の直接的な年代測定により、年代が949000~772000年前頃と推定されています。また、ドマニシ遺跡の177万年前頃の人類遺骸のタンパク質も解析されました。本論文では、この人類はホモ・エレクトス(Homo erectus)に分類されていますが、ゲオルギクス(Homo georgicus)という新種のホモ属に分類する見解も提示されています。

 TD6.2とドマニシ人類のエナメル質標本から、古代プロテオーム(タンパク質の総体)が抽出されました。これらのプロテオーム組成は、以前の研究で示された古代エナメル質プロテオームと類似しています。エナメル質固有のタンパク質として、アメロゲニンやエナメリンなどがあります。TD6.2とドマニシ人類のエナメル質タンパク質の脱アミド率は最近のヒト標本より高く、また、両方とも最近のヒトよりもペプチドの平均的長さが短いことから、内在性であると示されます。ペプチドの平均的長は、より古いドマニシ人類の方がTD6.2よりも短いことも明らかになっています。Y染色体固有のペプチドの存在から、TD6.2は男性と推定されています。

 アンテセッサーはTD6遺跡でのみ確認されており、アンテセッサーが現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人の最終共通祖先なのか、あるいはその姉妹系統なのか、という問題も含めて、他のヨーロッパの中期更新世人類との関係は激しく議論されています。TD6.2のタンパク質解析は、問題解決の手がかりを提示します。タンパク質解析に基づく系統樹では、アンテセッサーは現生人類・ネアンデルタール人・デニソワ人の最終共通祖先ときわめて近縁な姉妹系統とされます。ただ、エナメル質タンパク質解析では、分類に有用な単一アミノ酸多型の数が少ないため、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人の間の系統関係は解決されない、と本論文は指摘します。じっさい、本論文で分析対象とされた標本のうち、現生人類は単系統群(クレード)を形成するものの、ネアンデルタール人は違います。以下、この系統関係を示した本論文の図2aです。
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 頭蓋顔面形態から、アンテセッサーと現生人類やネアンデルタール人との部分的な類似性が指摘されており、アンテセッサーがネアンデルタール人(およびデニソワ人)と現生人類の最終共通祖先である可能性も提示されていました(関連記事)。臼歯に関しては、アンテセッサーとネアンデルタール人との共通の特徴が指摘されています(関連記事)。また、顔面に関しては、アンテセッサーが未成熟個体でも成体でも現代人的な中顔面を示していることから、これは祖先的特徴で、中期更新世のハイデルベルク人(Homo heidelbergensis)やネアンデルタール人のような中顔面は派生的との見解も提示されています(関連記事)。しかし、本論文で示されたタンパク質解析による系統樹では、アンテセッサーは現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人の最終共通祖先ときわめて近縁な姉妹系統となるので、こうした現生人類やネアンデルタール人と類似した特徴は、前期更新世人類にすでに出現していた、と示唆されます。また、ネアンデルタール人の頭蓋形態に関しては、祖先的ではなく派生的である可能性が指摘されています。

 ドマニシ人類のタンパク質解析では、平均的なペプチドの長さが短く、中程度の解像度しか得られず、特有の分離した単一アミノ酸多型が欠如しているため、TD6.2も含めての系統樹には明確に位置づけられません。本論文では、ドマニシ人類は現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人の共通祖先系統にとって、チンパンジーよりもずっと近縁な系統と位置づけられています。177万年前頃のドマニシ人類でもタンパク質解析が可能なことは、すでに明らかになっていたタンパク質解析の威力(関連記事)を改めて示しましたが、一方で、古くなると系統樹における位置づけが難しくなることも確かなので、本論文は現時点での限界を指摘しています。また本論文は、骨格や歯の象牙質よりも歯のエナメル質の方が、プロテオームは長期間保存されやすいことも明らかにしました。現時点では、歯のエナメル質が哺乳類の古代タンパク質解析に最も適していることになります。古代タンパク質解析は、古代DNA解析の困難な地域・年代の動物遺骸でも可能なことから、人類進化史の研究に大きく貢献できそうだと期待されているので、今後もできるだけ最新の研究を追いかけていくつもりです。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


進化:ヒトの歯を手掛かりとした顔の進化の解明

 初期のヒト族種であるホモ・アンテセソールの歯のエナメル質の分析が行われ、ホモ・アンテセソールが、ヒト(Homo sapiens)、ネアンデルタール人とデニソワ人の最終共通祖先と近縁関係にあったことが示唆された。このようなヒト族の進化におけるホモ・アンテセソールの位置づけは、その現代的な顔貌がヒト属の祖先に深く根ざしていることを意味している。このような研究結果が、今週、Nature に発表される。

 ホモ・アンテセソールなどの前期更新世(約250万年〜77万年前)のヒト族種と後代のヒト族種の関係については議論が続いている。ホモ・アンテセソールの現代的な顔貌のいくつかを根拠として、ホモ・アンテセソールがネアンデルタール人と現生人類の最終共通祖先である可能性が提起された。しかし、断片化石による化石記録しかなく、ユーラシアにおける前期更新世と中期更新世のヒト族の古代DNAの復元ができていないため、この問題は未解決のままになっている。

 今回、Frido Welker、Enrico Cappelliniたちの研究チームは、スペインのアタプエルカで出土した(94万9000~77万2000年前の)ホモ・アンテセソールとジョージアのドマニシで出土した(約177万年前の)ホモ・エレクトスの臼歯のエナメル質からタンパク質を抽出した。そして、ホモ・アンテセソールから得られた古代のタンパク質配列に基づく系統発生解析が行われ、ホモ・アンテセソールが、その後の中期更新世と後期更新世のヒト族(現世人類を含む)に近縁な姉妹系統群であることが明らかになった。今回の論文の著者は、以上の知見に基づいて、ネアンデルタール人の頭蓋の形状が原始的なものではなく、派生的なものであると考えている。

 この研究結果は、ホモ・アンテセソールのその他のヒト族集団に対する進化的関係に関する新たな手掛かりをもたらしている。



参考文献:
Welker F. et al.(2020): The dental proteome of Homo antecessor. Nature, 580, 7802, 235–238.
https://doi.org/10.1038/s41586-020-2153-8

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