丸橋充拓『シリーズ中国の歴史2 江南の発展 南宋まで』第2刷

 岩波新書(赤版)の一冊として、岩波書店より2020年2月に刊行されました。第1刷の刊行は2020年1月です。本書はおもに江南を対象に、新石器時代から南宋の滅亡までを取り上げています。江南は華北で形成されていった「中華世界」の視点からは、当初外縁的な位置づけでした。それが、前漢後期から後漢前半にかけて成立していった「古典国制」に江南も次第に取り込まれていきました。さらに、三国時代の分裂を統一した西晋が内紛と外敵の侵攻により崩壊すると、混乱状態に陥った華北の住民が、上層から下層まで多数江南へと避難し、江南はさらに「古典国制」に取り込まれていきました。

 こうした魏晋南北朝時代において、江南では農業が発展するとともに、混乱して「蛮族」に支配された華北ではなく、江南にこそ中華文化と古典国制の真髄が保持・継承された、という認識をもたらしたようです。この構図は、この後長く中国史において見られます。その後、江南では唐代前半には農業発展がやや停滞したこともあったものの、唐代後半以降に再度発展していき、それは商業・文化にも及びました。やがて、人口比でも江南が華北を上回り、経済の江南と政治・軍事の華北という構図が成立していきます。

 本書はこのように、江南を中心に新石器時代から南宋の滅亡までを概観するとともに、中国社会の重要な特徴を指摘します。それは、前近代の日本やヨーロッパ西部と比較して、社会の流動性が高いことです。これは、身分・社会的地位の上昇および下降だけではなく、同じ階層での生業・住居選択においても同様で、ある一族が特定の生業を続ける(家業化)のではなく、上昇の好機も下降の危機もあるなかで、なるべく多様な生業に関わろうとする傾向が強かったようです。これは、前近代の日本やヨーロッパ西部との大きな違いとなります。こうした選択の前提として、家産均分慣行がありました。

 また中国史では、とくに宋代以降の皇帝独裁政治が強調されることもありますが、そうした一君万民的志向は外形的一元性に留まり、基層社会の把握には向かわなかった、と本書は指摘します。皇帝専制国家は人々の日常にはほとんど関心を持たず、行政の権能を極小化して、基層社会から浮き上がっていた、というわけです。宋代以降にさらに社会的流動性が高まると、この傾向はさらに強くなります。また、村やギルド(行)など中国の中間団体は法共同体として自律・完結していないため、人々はあらゆる階層で個人的関係を結んでいき、我が身の保全、さらには上昇を図っていきました。本書はこれを、「幇の関係」と呼んでいます。皇帝専制国家が一元的支配を志向しているように見えても、基層社会にはそれとは異なった関係・論理があった、というわけです。

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