中国南北沿岸部の新石器時代個体群のゲノムデータ

 中国南北沿岸部の新石器時代個体群のゲノムデータに関する研究(Yang et al., 2020)が報道されました。『ネイチャー』のサイトには解説記事が掲載されています。日本語の解説記事もあります。この研究はオンライン版での先行公開となります。中国・モンゴル・朝鮮半島および日本列島など近隣の島々で構成されるアジア東部には、世界の人口のほぼ1/4が住んでおり、多様な民族・言語集団が存在します。しかし、アジア東部、とくに中国の遺伝的歴史はよく分かっていません。現代アジア東部人の遺伝的関連性パターンは、北から南への勾配で、アジア東部における遺伝的浮動の高水準から、アジア東部集団が完新世の前にヨーロッパ人よりも強い集団ボトルネック(瓶首効果)を経験した、と示唆されます。これまでの研究により、オセアニアの太平洋南西部諸島の人々が、アジア東部本土人と密接な関係を有する台湾の現代オーストロネシア語集団と遺伝的に密接な関係を有している、と明らかになりました。

 しかし、これまでほとんどの研究では、たとえば漢人や傣(Dai)人のような現代アジア東部人がアジア東部系統を表している、との仮定が採用されてきました。しかし、考古学的記録からは、アジア東部人が過去には現在よりも多様だった、と強調されます。この遺伝的多様性の研究は充分ではなく、おもに標本抽出の欠如に起因します。そのため、アジア東部南北における過去の集団構造の特徴づけは難しく、過去の集団がどのように現代アジア東部人に影響を及ぼしたのか、推測を制約しています。頭蓋研究では、アジアの人類史は2層の系統で特徴づけられる、と指摘されています(関連記事)。その研究では、新石器時代前の狩猟採集民が「第1層」で、アジア東部北方関連系統の「第2層」が新石器時代から現代にかけてアジア東部に拡大し、多くの現代アジア東部人系に寄与した、と想定されます。本論文は、新石器時代アジア東部人の遺伝的データをとくに中国から得て、現代アジア東部人の遺伝的パターンの形成に果たした役割を解明します。


●現代と新石器時代のアジア東部人の遺伝的関係

 アジア東部における人口史の解明のため、本論文は較正年代で9500~300年前頃のアジア東部の個体群のDNAを解析しました。アジア東部北方(秦嶺・淮河線以北)では中華人民共和国の内モンゴル自治区と山東省、アジア東部南方では中国福建省と台湾の個体群が対象となりました。26人のDNAが解析され、そのうち11遺跡の24人が分析フィルターを通過しました。内訳は、アジア東部南方が16人、アジア東部北方が8人です。標的とした一塩基多型での網羅率は0.01~7.60倍です。ほとんどの個体の年代は新石器時代で、福建省の1個体のみ300年前頃です。

 本論文は、これらの個体群が現代アジア東部人から深く分岐した系統を有するのか決定するため、アジア東部人の共通祖先から早期に分離した、すでにDNA解析された古代アジア人の標本群と、これら個体群がどの程度系統を共有するのか、検証しました。アジア東部人の共通祖先は本論文では「早期アジア人」とされ、たとえば8000~4000年前頃のアジア南東部のホアビン文化(Hòabìnhian)個体群(関連記事)や、3000年前頃の愛知県の縄文時代の伊川津遺跡個体(関連記事)や、4万年前頃となる北京の南西56kmにある田园(田園)洞窟(Tianyuan Cave)の男性個体(関連記事)です。

 古代および現代のアジア東部人を含む主成分分析では、すべての新石器時代アジア東部人は、現代アジア東部人・新石器時代シベリアのアジア人・チベット人・アジア南東部人・太平洋南西部人を含む、アジア東部系統集団とクラスタ(集団、まとまり)を形成します。これには、上述の頭蓋分析で「第1層」に分類された前期新石器時代アジア東部南方個体も含まれます。具体的には、福建省連江県亮島の粮道(Liangdao)遺跡と福建省の斎河(Qihe)遺跡の個体です。したがって、本論文の分析結果は、上述の頭蓋形態に基づくアジア東部・南東部の「2層」モデルを支持しません。外群f3分析でも、新石器時代アジア東部人は「早期アジア人」よりも新石器時代のシベリア人・チベット人・太平洋南西部諸島人の方と遺伝的類似性をより多く共有します。

 対称性テストでの新石器時代アジア東部人と現代アジア東部人および「早期アジア人」との直接的比較の結果、新石器時代アジア東部人はどの「早期アジア人」よりも現代アジア東部人の方と密接に関連する傾向にある、と明らかになりました。したがって、前期新石器時代アジア東部南方人を含む新たに標本抽出された個体群は、遺伝的にはアジア東部系統の現代集団と遺伝的に最も密接です。

 新石器時代アジア東部人の非現生人類ホモ属(古代型ホモ属)との混合パターンは、現代アジア東部人と類似していました。新石器時代アジア東部人は、35000年前頃のベルギーの個体とも南アメリカ大陸人とも一貫したつながりを示さず、4万年前頃の田园洞窟個体とはパターンが異なり、現代アジア東部人と類似しています。以前の研究では、新石器時代前のアジアで深く分岐した系統はアジア東部集団の「第1層」と関連している、と主張されました。しかし、中国の南北両方の前期新石器時代集団は異なるパターンを示し、「第1層」には分類されず、現代アジア東部人とおもに関連する系統を有する、と示唆されます。


●前期新石器時代におけるアジア東部南北間の集団区分

 主成分分析では、新たに標本抽出された個体群は地理的分離を示します。沿岸部新石器時代アジア東部南方人は現代アジア東部南方人と集団化(クラスタ化)して密接ですが、沿岸部新石器時代アジア東部北方人は、現代アジア東部北方人と集団化して密接です。これらの結果は、新石器時代以降のアジア東部南北両方の間の集団構造を示唆します。

 本論文は、新石器時代アジア東部における遺伝的関係の決定のため、まず外群f3値のペアワイズ比較を用いて、他の新石器時代集団とアジア東部関連系統との関係を評価します。新石器時代アジア東部南方人は、新石器時代アジア南東部人・オーストロネシア関連の太平洋南西部諸島人とそれぞれ高い遺伝的類似性を示し、これは主成分分析でも観察されたパターンです。f4分析では、新石器時代アジア東部南方人と3000年前頃となる太平洋南西部のオーストロネシア関連諸島人とが一貫して、他の沿岸部および内陸部新石器時代アジア東部北方人とシベリア人とチベット人よりも、相互に遺伝的に密接な関係を共有していますが、後期新石器時代アジア東部南方人個体の中には、アジア東部北方人との遺伝的つながりを共有している個体もあり、混合が示唆されます。

 最尤法系統樹では、新石器時代アジア東部南方人集団は、新石器時代アジア東部北方人・シベリア人・チベット人と比較して、集団化しています。したがって、アジア東部南方本土と台湾では、共有されたアジア東部南方系統が見られます。この系統は、新石器時代アジア東部北方人で観察された系統とは異なり、南北のアジア東部人の混合後も持続するパターンです。

 前期新石器時代のアジア東部北方人では、新石器時代アジア東部南方人では見られないものの、新石器時代シベリア人とチベット人には存在する系統が見られます。たとえば最尤法系統樹では、新石器時代アジア東部北方人とシベリア人とチベット人集団は、新石器時代アジア東部南方人およびオーストロネシア関連諸島人との比較で集団化し、外群f3分析でも相互に高い遺伝的類似性を共有します。とくに、沿岸部新石器時代アジア東部北方人が集団化する一方で、内陸部アジア東部北方人を表す内モンゴル自治区の裕民(Yumin)遺跡個体は、ユーラシア東部草原地帯および極東ロシアのプリモライ(Primorye)地域の新石器時代シベリア人と集団化します。ほとんどの新石器時代アジア東部北方人とシベリア人は、新石器時代アジア東部南方人とよりも相互に密接な遺伝的関係を共有します。f2・f3・f4統計すべてを用いて開発されたモデルでは、南北のアジア東部関連系統が2系統に区分する、と観察されます。

 新石器時代は明確な南北のアジア東部関連系統で強調されますが、この時期に遺伝子流動も集団に影響を与えました。主成分分析では、内陸部新石器時代アジア東部北方人である裕民遺跡個体は、新石器時代シベリア人や沿岸部アジア東部北方人と同様に他のアジア東部北方人と集団化せず、むしろ現代のチベットとアジア東部北方人との間に位置します。さらに、最尤法系統樹ではまず、上部旧石器時代シベリア北部人が、おそらくはアメリカ大陸先住民と密接に関連したシベリア集団経由で新石器時代シベリア人系統に影響を与え(関連記事)、これはf4分析でも確認されました。次に、シベリアやチベットのようなアジアのより内陸の集団と比較すると、沿岸部前期新石器時代アジア東部北方人の中には、沿岸部後期新石器時代アジア東部南方人との類似性を示す個体がいる、と明らかになりました。沿岸部前期新石器時代アジア東部北方人は、同様に前期新石器時代アジア東部南方人とのつながりを示します。これらの関連は、沿岸部アジア東部南北間の集団関係が、混合(交雑)なしでは容易に解明できないことを示します。


●アジア東部南方におけるアジア東部北方人系統の増加

 時空間分析では、新石器時代と現代の間のアジア東部系統の違いが評価されました。新石器時代アジア東部系統のおもな特徴は、新石器時代アジア東部北方人とシベリア人とチベット人により表される北方系統と、新石器時代アジア東部南方人およびオーストロネシア関連太平洋南西部諸島人により表される南方系統です。遺伝的差異の検証では、沿岸部新石器時代アジア東部北方および南方人が相互に、現代のアジア東部北方および南方人との間よりもずっと異なる、と示されます。新石器時代の遺伝的違い(FST=0.042)に対して、現代ではずっと小さくなります(FST=0.023)です。この違いは、現代アジア東部人が新石器時代アジア東部人よりも遺伝的に均質であることを示します。

 新石器時代から現代にかけて遺伝的差異が減少した要因の特定のため、f4分析が用いられ、対称性テストが行なわれました。前期および後期新石器時代では、明確な地理的区分があり、北方集団は9500年前頃となる山東省の變變(Bianbian)遺跡個体と、南方集団は福建省の斎河遺跡個体とより密接関係を共有しています(図3A・B)。このパターンは、斎河個体を他の前期新石器時代アジア東部南方人、變變個体を他のアジア東部北方人に置き換えても変わりませんでした。qpAdmを用いての混合モデルでは、新石器時代集団における系統の割合が推定され、新石器時代アジア東部の北方人および南方人はそれぞれ、その地理(アジア東部北方もしくは南方)と関連した異なる系統に属します(図3D・E)。

 対称的に、現代アジア東部人のパターンは、その内部の遺伝的差異を減少させる主因が、アジア東部南方におけるアジア東部北方関連系統の増加であることを示します。現代アジア東部人では、地理に関わらず、全アジア東部人が新石器時代アジア東部北方人と類似性を共有するという、劇的な変化が観察されます。本論文の混合モデルにおける系統の割合の推定は、アジア東部南方本土におけるアジア東部北方系統の21~55%の増加です。一方、アジア東部南方系統の北方への拡大も見られ、中国北部の漢人集団では36~41%、朝鮮人集団では35~36%と推定されます。古代シベリア人関連系統は、300年前頃となる沿岸部アジア東部南方本土個体や台湾集団やチベット人や日本人を除いて、最近のアジア東部人にも大きく影響を与えています。アジア東部周縁部における古代シベリア人関連系統の欠如は、北から南への遺伝子流動の異なるタイプがアジア東部で起きたことを示唆します。

 遺伝子流動事象の年代は推定できませんが、上述のf4分析で後期新石器時代アジア東部南方人個体の中にアジア東部北方人との遺伝的つながりを共有している個体が示されることから、後期新石器時代までにはアジア東部人に影響を与え始めたかもしれない、と示唆されます。後期新石器時代アジア東部南方人は、前期新石器時代アジア東部南方人が共有していない沿岸部アジア東部北方人の變變個体とつながりを共有しています。他の混合検定もこの知見を支持し、後期新石器時代アジア東部南方人におけるアジア東部北方系統を推定します。

 また、アジア東部北方人が内陸部の裕民遺跡個体と沿岸部の變變遺跡個体のどちらに近いのか、検証されました。対称性のf4検定では、全ての新石器時代アジア東部人と沿岸部新石器時代シベリア人は、内陸部の裕民遺跡個体よりも沿岸部の變變遺跡個体の方と密接な関係を共有していましたが、全ての内陸部シベリア人とチベット人はそうではありませんでした。これは、全ての現代アジア東部本土人で見られるアジア東部北方系統が、おもに黄河下流沿いの集団と関連していることを示唆します。これらの観察結果は、漢人という民族集団の起源が黄河流域の中国北部にある、と推測する考古学的および歴史学的研究と一致します。


●中国南部と沿岸部のつながりにおける先オーストロネシア人の起源

 オーストロネシア語集団は台湾から太平洋南西部とマダガスカル島にまで及びます。中国南部本土は、地理的近さと遺物から、台湾に拡散した先オーストロネシア語集団の起源地と考えられてきました。さらに、現代アジア南東部人のミトコンドリアDNA(mtDNA)ゲノム分析でも、中国南部起源が示唆されています。8320~8060年前頃となる福建省の粮道遺跡個体のmtDNAハプログループ(mtHg)はE1で、台湾やフィリピンやインドネシアの現代オーストロネシア語集団において一般的で、台湾先住民のmtHgと最も類似しています。

 本論文のデータは、祖型オーストロネシア語集団の中国南部起源を支持します。主成分分析では、新石器時代アジア東部南方人は一貫して、他の現代アジア東部南方集団よりも、現代オーストロネシア人の勾配に収まり、他の現代アジア東部南方人と比較して、現代オーストロネシア人である台湾先住民のアミ人(Ami)とつながりを共有します。中国南部本土と台湾の全新石器時代個体で見られる現代オーストロネシア人とのこのつながりは、祖型オーストロネシア人の中国南部起源を支持します。

 さらに、本論文で分析された古代の個体群と、現代オーストロネシア人と密接な関係を共有する太平洋南西部のバヌアツ諸島の3000年前頃の個体群(関連記事)との間のつながりが分析されました。中国南部本土と台湾の新石器時代個体群は、最尤法系統樹では集団を形成し、外群f3分析では3000年前頃のバヌアツ諸島個体群との高い遺伝的類似性を共有します。さらに、直接的なf4比較では、後期新石器時代アジア東部南方人はオーストロネシア関連太平洋南西部諸島人と密接な遺伝的関係を共有し、新石器時代アジア東部北方人のどの集団とも過剰なつながりを有しません。これらの結果は、新石器時代アジア東部南方人と祖型オーストロネシア人との間の提案されてきたつながりをさらに支持します。

 沿岸部集団間の遺伝的孤立の欠如は、アジア東部および南東部の沿岸すべてで観察できます。ほとんどの新石器時代アジア南東部人は、ホアビン文化関連系統とアジア東部南方関連系統の混合ですが、ベトナムの4000年前頃の集団はとくに、沿岸部後期新石器時代アジア東部南方人と密接な関係を共有しています。さらに、この沿岸部のつながりはさらに北方まで拡大します。2700年前頃の愛知県の伊川津遺跡の縄文時代の個体は現代アジア東部人とは早期に分岐した系統で、ホアビン文化集団と遺伝的類似性を共有していますが(関連記事)、新石器時代アジア東部人を含む比較はこのパターンを示しません。代わりに伊川津個体は、アジア東部南方人と同様にいくつかのシベリア沿岸部新石器時代集団との類似性を示します。このパターンは、沿岸部が孤立よりも相互のつながりと遺伝子流動の地域だったことを示します。アジア東岸および東岸から離れた島嶼部の集団間の類似性は内陸部のアジア東部集団には共有されておらず、海洋関連環境に沿った相互作用が沿岸部アジア東部の先史時代に重要な役割を果たした、と示唆します。以下、本論文の図1および図2および図3です。

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●まとめ

 アジア東部南北の遺伝的調査は、アジア東部では現代よりも前期新石器時代において集団間の差異が大きかったことを示します。上述のように、頭蓋分析では、アジア東部北方関連集団の「第2層」が前期新石器時代にアジア東部全域に拡大し、新石器時代より前の狩猟採集民である「第1層」を少なくとも部分的に置換した、と想定されていました。本論文の遺伝的分析では、8400年前頃までの沿岸部アジア東部南方における「第1層」の証拠は見つかりませんでしたが、前期新石器時代と現代との間のアジア東部南方における北方系統の影響増加は観察されました。したがって、アジア東部北方系統と関連する「第2層」の拡大についての議論は依然として、アジア東部先史時代の文脈で調査すべき重要なモデルです。

 しかし、アジア東部北方系統の拡大は、両方向での混合の増加に至りました。現代アジア東部人のほとんどは、アジア東部の南北両系統の混合です。したがって、アジア東部南方へのアジア東部北方系統の拡大だけではなく、現代アジア東部北方人の一部におけるアジア東部南方系統も見られます。新石器時代において現代の水準ほどのこうした混合は観察されず、現代アジア東部人の遺伝的パターンに寄与した人類の移動は新石器時代後に起きただろう、と示唆されます。

 アジア東部本土南岸と台湾と太平洋南西部バヌアツ諸島の古代の個体群間の共有された系統が示唆するのは、オーストロネシア人が中国南部から到来した集団に由来し、そのパターンは、mtDNA研究と共に、中国南東部沿岸とオーストロネシアの物質文化の類似性で支持される、ということです。さらに、アジア東部沿岸部集団間の遺伝子流動は一般的傾向で、異なる沿岸部のつながりが、シベリア沿岸部から日本列島を経てベトナム沿岸部まで、南北の広大な距離の新石器時代集団で観察できます。

 中国南北の9500~300年前頃の個体群では、新石器時代の集団移動と混合を示唆する系統の変化はあるものの、アジア東部人の間の密接な遺伝的関係が観察されます。アジア東部新石器時代個体群は明確に南北に区分されるものの、他地域集団との比較では近縁になる、というわけです。本論文は、旧石器時代の個体の遺伝的解析数が増加していけば、中国中央部のさらに内陸の集団と同様に、旧石器時代狩猟採集民と新石器時代農耕民と現代アジア東部人の間の関係をさらに明確にできるでしょう、と今後の展望を述べています。


 以上、本論文についてざっと見てきました。アジア東部では、新石器時代には現代よりも人類集団の遺伝的差異がずっと大きく、遺伝的には現代よりも多様な集団が存在していたことになります。これは、日本列島の「縄文人」など「早期アジア人」系統の影響の強い集団が存在していたからでもあります。しかし新石器時代の中国では、現代アジア東部人と遺伝的に比較的類似していた系統が南北に存在していました。この2系統は他系統との比較でアジア東部系統を形成します。しかし、この2系統が明確に区分されることも確かで、文化的交流はあっただろうとはいえ、新石器時代にはまだ中国の広範な地域が一体的とは言えなかったことを示唆します。

 このアジア東部の南北両系統のうち、現代アジア東部人に強い影響を残しているのは北方系統で、南方系統はオーストロネシア語集団との強い類似性を示します。これは上述のように、祖型オーストロネシア語集団が中国南部から台湾に移動し、そこからさらにアジア南東部を経てオセアニアやマダガスカル島まで拡散した、という以前からの有力説を改めて確認しました。アジア東部北方系統の拡大は、華北の勢力に江南が政治的に取り込まれていった中国史の大きな動向を反映している、と考えられます。上述のように、中国南北の混合は後期新石器時代には始まっていたものの、それが大きな動向となったのは新石器時代後なのでしょう。

 このアジア東部北方系統の拡大は、南方だけではなく西方でも見られ、まだ査読前ですが、最近公表されたアジア東部の古代ゲノムデータを報告した研究で指摘されています(関連記事)。現代日本人の多くは、「早期アジア人」とされる先住の「縄文人」と、弥生時代もしくは縄文時代後期~晩期以降に到来したアジア東部北方系統を主体とする集団との混合で成立し、アジア東部北方系統の影響が圧倒的に強い、と推測されます。一方、日本列島でもアイヌ集団では「縄文人」の遺伝的影響が他の日本人よりも強く残っている、と推測されます(関連記事)。

 ただ、考古学者の秦嶺(Ling Qin)氏は、本論文が取り上げた中国南部の人々は孤立集団で、広範な地域を代表していない可能性があり、稲作の起源的な中心地である長江流域の早期農耕民のDNA解析が優先されるべきと指摘します。確かにこの指摘は妥当で、福建省の新石器時代個体群は特異な集団で、長江流域とは遺伝的構成が異なっていた可能性も考えられます。あるいは、中国南北の一体化は後期新石器時代の時点でそれなりに進展していたかもしれません。この問題は、長江流域の新石器時代個体群のゲノムデータでより詳しく解明されるでしょう。

 本論文は、アジア東部の古代DNA研究がヨーロッパと比較してずっと遅れていたことを考えると、たいへん意義深いと思います。とはいえ、本論文も認めるように、旧石器時代(更新世)のゲノムデータの増加など、まだ課題は多くあり、とてもヨーロッパの水準には及びません。そのため、アジア東部における現代人の形成史については、まだ確定的には発言できない状況と考えるべきでしょう。本論文の図3も、あくまでも現時点での知見に基づいてソース集団を設定しモデル化したもので、より妥当な集団形成史の提示には、さらなる古代ゲノムデータの蓄積が必要となります。

 本論文ではとくに言及されていませんでしたが、私が注目しているのは、沿岸部新石器時代アジア東部個体群では見られない古代シベリア人関連系統が、現代アジア東部では台湾や日本のような島嶼部とチベットを除いて、一定以上の影響を残していることです。これは、漢文史料に見える匈奴や鮮卑や女真など華北よりも北方の集団が華北、さらには華南や朝鮮半島へと到来したことを反映しているのではないか、とも思うのですが、現時点では私の妄想にすぎません。今後、匈奴や鮮卑や女真など歴史時代の華北よりも北方の集団の古代ゲノムデータが蓄積されていけば、たとえば北京住民の数千年にわたる遺伝的構成の詳細な推移(変容と継続の度合)も解明されるのではないか、と期待されます。


参考文献:
Yang MA. et al.(2020): Ancient DNA indicates human population shifts and admixture in northern and southern China. Science.
https://doi.org/10.1126/science.aba0909

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この記事へのコメント

kurozee
2020年05月18日 23:24
 本記事を読んで、東アジアの詳細なゲノム研究がようやく(少しは)進展したかと感慨深いものがあります。複雑な本論を丁寧に整理していただきありがたい限りです。
 それにつけても、2011年の東北大震災の年に、松本克己著の「世界言語の中の日本語」を読んだことを思い出しました。本書で松本氏は「ユーラシア内陸言語圏と太平洋沿岸言語圏」という独自の言語系統論を提唱され、さらに太平洋沿岸言語圏に南方群と北方群という2つの下位群があるとも書かれています。言語学会ではおそらくあまり評価は高くなかったと思われますが、まさに今回の新石器ゲノム解析論は、松本説をしっかり支えてくれていると思いました。
 約10年ごとの大きな災厄の年にあたって、このような研究と出会えたことを感謝いたしますし、今後さらに(できれば日本人研究者が)東アジアと日本の古人類学・ゲノム研究を発展させてくれればと期待しています。

管理人
2020年05月19日 03:35
最近、アジア東部の古代ゲノム研究を大きく発展させる論文が続いて公表され、今後の研究の進展が期待されます。今後の注目点は、やはり本文でも触れた長江流域の新石器時代で、どのような結果が得られるのか、楽しみです。