チベット高原の古代人のmtDNA解析

 チベット高原の古代人のミトコンドリアDNA(mtDNA)解析結果を報告した研究(Ding et al., 2020)が公表されました。チベット高原は平均海抜4000mと、世界でも最高かつ最大の高原です。アジア東部高地における人類集団の継続性は少なくとも3000年続いている、と推測されています(関連記事)。しかし、比較のためのチベット高原における3000年前頃の古代DNAがなかったので、置換されたかもしれない頃にチベットにいた集団は不明です。

 3000年前頃は、チベットの先史時代に重要な時期でした。それは、チベット高原の低地北東部境界からの耐寒性オオムギの導入が3600年前頃で、それにより人類が海抜2500m以上で継続的に生活できるようになった、と考えられているからです(関連記事)。問題は、それが農耕技術革新の伝播なのか、おそらくは現代チベット人に子孫を残した低地からの農耕民の移住なのか、ということです。これまで、チベット高原の中核地域もしくはチベット高原北東端の古代DNAデータが得られていなかったので、その遺伝的交換の詳細の調査は困難でした。

 この問題の解明のため、本論文はチベット高原全域の27遺跡で発掘された5200~300年前の人類遺骸からを骨と歯を収集しました。チベット高原の5200~300年前頃の73人の完全なミトコンドリアDNA(mtDNA)が解析され、汚染率の高い6人が除外されました。残りの67人のミトコンドリアゲノムは、各ハプログループ(mtHg)に分類されました。この中には、母子関係かもしれない個体も含まれます。

 この67人は、高地でも比較的高い地域(HTP)と低い地域(LTP)に区分されました。HTP集団 は海抜平均4000m(3249~4629m)の7遺跡で発見された12人で構成されます。このうち9人の放射性炭素年代測定法による較正年代は2322年前(3061~511年前)です。LTP集団は海抜平均2000m(1566~2953m)の20遺跡で発見された55人で構成されます。このうち33人の放射性炭素年代測定法による較正年代は3729年前(5213~300年前)です。HTP集団には、3150~1250年前頃となる海抜2800~4000mのネパールのアンナプルナ・ヒマラヤ山脈で発見された8人が追加されました。

 全体として、チベット高原の75人の古代人(新たに解析された67人と既知の文献からの8人)のmtDNAデータが得られ、そのうち50人に関しては年代情報が得られています。この75人のデータが、アジア北部(アルタイ地域とロシア)・アジア中央部(タジキスタン)・アジア東部(中国)・アジア南部(ネパール・インド・パキスタン)・アジア南東部本土(ミャンマーとメコン川流域のラオス・タイ・ベトナム・カンボジア)の137集団4656人の現代人と比較されました。中国の新疆ウイグル自治区とネパールとインド北東部とミャンマーのチベット高原に隣接する集団は別にまとめられました。

 一般的に、古代チベット高原集団は現代チベット人と密接です。現代チベット人に残っている古代集団のmtHgは、その近縁関係と年代を根拠に推定されました。まず、mtHg-D4j1bネットワークによりLTPからHTPへの拡大が見つかりました。このネットワークでは、LTPの4750年前頃のハプロタイプが拡大の中心でした。それは2775年前頃のHTP と現代チベットに拡散します。チベット高原外と比較して、mtHg-D4j1b はHTP では低頻度です。mtHg-D4j1b の合着年代は10508年前頃で、mtHg-D4j1b が1万年前頃に形成され、4750~2775年前頃の間にチベット高原境界地域からHTPへと拡散した、と推測されます。

 HTP内の拡大も見つかりました。mtHg-M9a1a1c1b1aネットワークは2125年前頃と1500年前頃のネパールと1100年前頃および現代のチベットへと至り、HTP集団でほぼ排他的に存在します。その合着年代は6048年前頃で、6000年前頃にHTPのどこかで形成された可能性が高く、ネパールの古代人で発生した証拠があります。その後、2125~1100年前頃の間にネパールからチベットへと拡大しました。

 これらを踏まえて、二つの仮説が検証されました。一方は、チベット人が多様な第三の集団の子孫で、HTPおよびLTP関連集団から部分的に母方系統を継承した、というものです。もう一方は、チベット人はHTPおよびLTP関連集団の最近の混合集団というものです。本論文は100万回のシミュレーションを実行しました。その結果、最初の仮説の可能性が高いと推測され、現代チベット人は、過去5200年の古代チベット高原集団からの継続性では完全に説明されない他の母方系統を有している、と示唆されました。

 現代チベット人では5200年前頃から部分的な母系継続性がある、と本論文は推測します。この継続性において、4750~2755年前頃にLTPからHTPへと拡大した人々もいれば、HTP内で2125年前頃に拡大した人々もいました。その時期はオオムギにより変わった高地農耕の頃で、チベット高原北東部近くでは5200年前頃、HTPでは3600年前頃までに出現しました。もし農耕技術革新が急速な人類の居住を促進したならば、その時期の古代個体群の無作為標本抽出は、現代チベット人と合致する可能性がひじょうに高いはずです。より多くの人々が非居住地域へ移動するにつれて、多くの拡大するmtHgネットワークが見つかる、と予想されます。しかし、チベット人で高頻度の16のmtHgに基づくと、mtHg-D4j1bとmtHg-M9a1a1c1b1aは13%で、HTPへのLTP農耕民のかなりの移住は支持されません。

 起源不明の母方系統の可能な説明は、HTPへ定着して孤立を経た集団のより早期の波があった、というものです。より早期の移民は遺骸を残さず、おそらくは石器群もしくは手形や足跡と関連した狩猟採集民でした。その年代は、4万~3万年前頃(関連記事)もしくは13000~7000年前頃(関連記事)です。チベット高原では、こうした古層狩猟採集民と継続的な集団と、最近の拡散が想定されます。現代チベット人のゲノム分析でも同様の見解が提示されています。本論文は最後に、母系遺伝のみに基づく調査結果なので、チベット人の包括的な形成史の提示には、古代の核ゲノムとY染色体データが必要と指摘します。現代日本人やチベット人に多く、その他ではごく一部の地域を除いて稀なY染色体ハプログループ(YHg)Dは、早期に拡散してきた狩猟採集民に由来するのかもしれません。


参考文献:
Ding M.. et al.(2020): Ancient mitogenomes show plateau populations from last 5200 years partially contributed to present-day Tibetans. Proceedings of the Royal Society B, 287, 1923, 20192968.
https://doi.org/10.1098/rspb.2019.2968

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