中川和哉「朝鮮半島南部におけるMIS3の石器群」

 本論文は、文部科学省科学研究費補助金(新学術領域研究)2016-2020年度「パレオアジア文化史学」(領域番号1802)計画研究A01「アジアにおけるホモ・サピエンス定着プロセスの地理的編年的枠組みの構築2019年度研究報告書(PaleoAsia Project Series 25)に所収されています。公式サイトにて本論文をPDFファイルで読めます(P73-77)。この他にも興味深そうな論文があるので、今後読んでいくつもりです。

 朝鮮半島の旧石器時代石器群は、全谷里遺跡を代表とする石英製の握斧(ハンドアックス)を含む大型石器を特徴とするアシューリアン(Acheulian)類似石器群、石刃素材の剥片尖頭器石器群、細石刃石器群に大きく3区分できます。これら3区分される石器群がどのように置換されていくのか、あるいはこれら以外の抽出されていない石器群があるのかについては、それぞれの石器群の年代観が多様であったため、長く論議が深まりませんでした。

 21世紀になり、石英製の大型石器を含む石器群が前期旧石器時代(ユーラシア西部では下部旧石器時代、サハラ砂漠以南のアフリカではおおむね前期石器時代に相当)ではなく、世界的には中期である海洋酸素同位体ステージ(MIS)5まで存続する、と明らかになりました。剥片尖頭器石器群は、MIS3以降、細石刃石器群は MIS2以降に位置づけられました。MIS3以降の石器の編年には通常、放射性炭素年代測定法が有効ですが、韓国内では明らかに測定値に石器群や地層の観察結果と齟齬する年代が多くあり、問題点が多々認められます。本論文は、レス(黄土)-古土壌編年でMIS3と認められる資料を選び、それと齟齬のない年代値や、土壌ではなく炭に限った複数の年代測定がある遺跡を取り上げます。

 MIS3を特徴づける石器は、剥片尖頭器です。剥片尖頭器は、凝灰岩・スレート・頁岩・流紋岩など、石英に比べて石理などの影響されにくい石材を好んで用いる傾向があり、石器素材は石刃です。その出現年代については、龍湖洞遺跡において剥片尖頭器を含む3文化層のAMS年代が38500±1000年前と推定されましたが、報告書出版当時はその年代の古さから、測定された資料は混入したもので石器群と直接関係のない炭ではないか、と懸念されました。

 2013年のスヤンゲ遺跡第VI地点の発掘調査により4枚の旧石器文化層が検出されました。そのうち3・4文化層から剥片尖頭器を含む石器群が発見されました。両石器群ともにスレートを主体とする石器群で、剥片尖頭器が主な利器です。較正年代では、第4文化層は41874~41254年前、第3文化層は40172~39321年前と推定されています。これは龍湖洞遺跡3文化層の年代ときわめて近くなっています。スヤンゲ遺跡石器群の特徴は、剥片尖頭器や石刃、石刃石核が多く出土するのに対して、掻器・削器などの比率が低いことです。そのため、石器石材の豊富にある地点に所在する石器制作址として位置づけられています。同じような遺跡には、同じく原産地に位置する古禮里遺跡があり、石刃や石核の比率が高いと報告されています。石器群は低段丘面上の最下層の古土壌層から発見されており、同じMIS3の石器群と考えられます。

 同じく剥片尖頭器を主体とするMIS3の龍山洞遺跡は、石英とフォルンフェルスがほぼ同比率の剥片尖頭器石器群です。石刃はすべてフォルンフェルス製です。剥片尖頭器は1点を除き37点がフォルンフェルス製で、石材・剥片剥離技術・石器に強い結びつきが見られます。石英は掻器・削器・ノッチ・鋸歯縁状石器・多面体石器などに用いられています。剥片尖頭器には、茎の部分で折れたものが多く、使用による破損の可能性もあり、スヤンゲ遺跡との違いが見られます。また、加工具と考えられる石器の比率も高いことから、石器製作祉とキャンプサイトとの性格を併せ持つと考えられます。

 石英が主体となる同じくMIS3の石器群である好坪洞遺跡第1文化層では、凝灰岩製の剥片尖頭器が出土していますが、掻器やベックや削器など加工具と考えられる石器の比率が高くなっています。MIS5以前の石器群でよく見られた多面体石器も存在しています。また、石刃は検出されているものの石核がなく、素材剥片製作の形跡が認められません。そのため、キャンプサイトとしての性格が位置づけられています。これらから、石器製作に適した石材原産地への回帰モデルが想定され、石材消費が進むにつれて、在地の石材が狩猟具以外に用いられ、狩猟具の保有数も減少する、と考えられます。

 剥片尖頭器の初源については、正荘里遺跡の石英製石器2点が報告されています。そのうち1点では、平面形は茎を持つ形状をしており、石器の最大幅が約3.5cm、厚さが2.5cmとひじょうに分厚く、表裏に剥離面が認められます。素材は、通常の剥片剥離によるものではなく、石英製石器によくみられる破砕片を用いています。これを刺突具とみなした場合、先端部はあまり鋭くなく、基部は断面が背の高い三角形で、その角部分には硬いものとの接触でできたと考えられるツブレが確認できます。これらの所見から、錐と考えられます。もう1点は、先頭部分の折れた剥片尖頭器と解釈されていますが、横方向の力によって剥がされた石英製剥片を素材としており、剥片端側の半分がおそらく剥離時に折れ、形状が茎状になったものです。これらの所見から剥片として位置づけられます。現在確認できる資料では、剥片尖頭器は石刃技法および均一性のある石材と結びつきが強い、と言えます。

 炭素を用いた年代測定では、5万年前頃が限度とされ、古いほどその誤差が大きくなります。そのため、4万年前頃の年代とされる剥片尖頭器とそれに先行する石器群とを、単純に測定値で対比することは困難です。本論文は、同じ遺跡での層位的違いが判明しているものと、同じMIS3の石器群でありながら様相の異なる石器群を対象としています。石英を主体とする石器群としては、禾岱里遺跡と坪倉里遺跡があります。禾岱里遺跡では、多面体石球以外に定型的な石器がほとんど見られないため実態が不明ですが、坪倉里遺跡では、石核も含めて多くは5cm以下の石器が主体です。剥片剥離技術には平坦面から連続して剥片がとられているものも存在します。また、石器にはベック・ノッチ・削器・多面体石器の他に、刃部が弧状に形成された掻器も存在し、石英以外の円礫を持ち込み敲き石として用いており、MIS5以前の石器群との違いを見せています。石刃技法に関連する遺物はなく、遠隔地石材の搬入も認められません。多面体石器は、後期旧石器時代においても石英製石器がある程度作られる遺跡では存在しており、石器製作に伴う石器と考えられます。

 石英以外を石器石材の主体とする石器群の多くは、朝鮮半島南東部に所在しています。この地域には、火山岩や熱変性を受けた堆積岩などを含む慶尚累層群が広く分布しており、石器に適したフォルンフェルスや頁岩なども入手しやすい環境にあります。この地域の遺跡に新華里遺跡があり、太和江の右岸にある低地から丘陵地にかけて広がっています。新華里遺跡は蔚山新華里遺跡・彦陽新華里遺跡と異なった名称で報告されていますが、彦陽新華里遺跡のトレンチは蔚山新華里遺跡のB6-1地区とセクションを共有して隣接して設けられており、同じ層位から石器が出土しています。低地は農地整備により平坦化されているものの、元から低地だったと考えられますが、地層の観察から低段丘に相当します。このように沖積地と考えられるような地点に埋没化した段丘があることは、韓国ではよく観察されます。低い丘陵地も礫層をベースとしてレスや古土壌の堆積が認められることと、低段丘との礫層の標高の違いから、中位段丘以前の段丘面と考えられます。

 低段丘面には彦陽新華里遺跡のB区間トレンチと蔚山新華里遺跡のB6-1地区(以下、B地区) があり、高位の段丘上には蔚山新華里遺跡A4-5地区(以下、A 地区)が設定され、それぞれから旧石器文化層が検出されています。B地区では、古土壌層から2枚の旧石器文化層が検出されており、下層から1文化・2文化と命名され、A地区で検出された文化層は3文化とされています。B地区では光刺激ルミネッセンス法(OSL)年代が測定され、28400±1600年前と推定されています。年代はMIS2を示していますが、断面の古土壌化や土壌楔の入り方からMIS3の古土壌と考えられ、OSL年代もまた信用できない、と本論文は指摘します。

 1文化層は、フォルンフェルスを石器石材に用いる石器群で、明確な石刃技法は見られませんが、 縦長傾向の大型の剥片や石刃の可能性のある折れた剥片などが存在します。石器では、大型のベックや端部に弧状の刃部を持つ掻器が特徴的です。石器製作には安山岩質凝灰岩とされる敲石があり、石器には用いない石材のものが複数存在しています。石器製作具と石器素材を分けて所有することは、MIS5以前には見られない傾向です。また、石英を主体とするMIS3の石器群に見られる多面体石器は確認できません。2文化層でも同じくフォルンフェルスを主体とする石器群が見られ、同じように大型ベックや端部に弧状の刃部を持つ掻器があり、1文化と同一の文化層と言えます。

 彦陽新華里遺跡では、石刃といってよい剥片が出土しています。3文化層ではフォルンフェルスを主体とする石刃石器群が検出されています。主要な石器は剥片尖頭器です。その他に大型のベックがあり、他の剥片尖頭器石器群ではあまり見られない様相を示しています。敲石には硅岩・礫岩・砂岩など他の石材が用いられており、すべて円礫です。中には凹石や磨石の機能を持つものも確認されます。3文化は剥片尖頭器という利器を持っていますが、1・2文化には利器と考えられる着柄するための先端部を持った石器が存在しません。一方、同じように大型のベックが存在し、MIS5以前に見られた石器を持つ共通性が見られますが、握斧類や石球は認められないことから、フォルンフェルス原産地遺跡における伝統として把握できます。

 MIS3の石器群には、上述のように、石刃技法を背景にした剥片尖頭器石器群と、それ以外の明確な狩猟具を持たない石器群とに分かれます。明確な狩猟具を持たない石器群では、MIS2にも継続して剥片尖頭器石器群が認められることから、剥片尖頭器石器群以前のものと考えられます。また、剥片尖頭器は、正荘里遺跡出土資料の検討の結果、石英製石器群から生じた可能性が低いことも分かりました。石製の狩猟具を持たない石器群は、石英を主体とする石器群とフォルンフェルスなどの石材を主体とする石器群に細分できます。相互に異なった様相を見せますが、皮なめしなどに用いる円弧状の刃部を持つ掻器や、石材を選択した敲石の存在など、MIS5の石器群とは異なる後期旧石器的な様相を見せます。

 剥片尖頭器を含む石器群では、石刃は狩猟具である剥片尖頭器の素材で、他の石器には特定の結びつきがありません。狩猟具を作らないのであれば、石刃技法など完成形態を想起した剥片製作の必然性はなく、特定の技術に最適な遠隔地石材を入手する必要も少なくなります。本論文は、剥片尖 頭器を持たない2つの石器群に関して、石材環境の違いにより違った様相を見せている、と想定します。剥片尖頭器を持たないMIS3の石器群は、明らかに中期のMIS5の石器群とは異なっており、積極的捕食者である現生人類(Homo sapiens)ならば、他に狩猟具を保持していたと考えられます。そのため本論文は、石以外の素材の狩猟具が存在した、と推測しています。その後、狩猟具を石で作る契機があり、石材産地から石刃技法に適した石材獲得をする必要が生じ、剥片尖頭器を含む文化が成立した、と考えられます。本論文は、朝鮮半島で盛行する剥片尖頭器の形態に関して、先行して存在していた茎のある有機物性槍先の形状から生じた可能性も指摘しています。


参考文献:
中川和哉(2020)「朝鮮半島南部におけるMIS3の石器群」『パレオアジア文化史学:アジアにおけるホモ・サピエンス定着プロセスの地理的編年的枠組みの構築2019年度研究報告書(PaleoAsia Project Series 25)』P73-77

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